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ブロス君は悲しみ、おっさんは暇を持て余す


 カルマール要塞での戦闘が終わり、要塞の中心にある城塞都市は瓦礫と灰へと変わり果て、焼け残った傭兵や奴隷商人や傭兵達の炭化した遺体が無造作に転がっていた。

 いまだ炎が燻ぶる中で、ブロスは冷淡な目でその光景を見ていた。

 今の彼にとって獣人族は家族であり、彼らを食い物にする輩は絶対に許さず、受けた痛みは倍返しにすると心に決めている。

 それは決して正義などではなく、ブロス自身の衝動のまま悪意の感情をぶつけただけであり、言ってしまえばただの憂さ晴らしに過ぎなく、またその行為に対して罪悪感も抱いていない。

 無論、死んだ奴隷商人や傭兵達の家族にとってブロスは悪以外の何者でもないだろうが、どんな理由があろうとも敵と判断したら潰すと彼は誓っている。

 燃え落ちた城塞都市にかつては平穏な家庭がいくつあったとしても、ブロスにとってはただの敵拠点の一つにすぎず、そこに住む連中がどれだけ死のうと何の感情もわかない。

 たとえ幾千万の人々に責められ悪と罵られようと、後悔の念一つ持つことはなかった。


「やっぱ、死体は完全に燃えてないっスね」

「灰になるまで燃やしたら時間が掛かるよ。街は燃えちゃったけど、井戸は使えるから問題ないさ~。」

「平原で水の確保は難しいですからな」


 ネズミの獣人である【ジ・チュー】と熊の獣人である【クム・ヤ・グルゥ】は、一仕事を終えてブロスを呼びに来た。

 彼らは本来であればそれぞれの部族の族長になれる立場だが、ブロスの強さに心酔し自ら側近なることを選んだ変わり者で、複数の部族からなる獣人達を纏める補佐役を率先して行っていた。


「二人が来たということは、みんなは要塞の外で休んでいるのかな?」

「カシラも休んでくだせぇよ。ずっと暴れていたんスよね?」

「僕はそれほど疲れてないよ。それより……彼らはどうなった?」

「「彼ら? あ~…………」」


 ブロスが気にしているのは、凶悪栄養剤【マキシマム・オーバードライブEX】で肉体強化(あるいは改造ともいう)された獣人達の事だ。

 ゼロスからは『時間が経てば元に戻るんじゃね?』と言われていたが、本当にガッチムチの最強生物と化した彼らが元に戻ったのか、それが気がかりであった。

 

「実際に見た方が早いっスね」

「うむ……」

「…………待って、嫌な予感がする」


 ほどなくして、ブロスはその嫌な予感が的中したことを知ることになる。

 現実とは時に非情で、ささやかな願いすら打ち砕く。

 ガチビースト化した獣人達が元の姿に戻らなかった現実を見た瞬間、彼は泣きながら全速疾走したのだった。


「うわぁ~~~~ん。ゼロスさんの嘘つきぃいいいいいいぃぃぃっ!!」


 ――と叫びながら。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 暖かな日差しが照らす平原でゼロスとアドは、まったりお茶を楽しんでいた。

 この二人、凄く暇だった。

 そもそも彼らは獣人族の武器を修復するために呼ばれただけで、彼らの戦争に参加する気はない。それ以前に参加などすれば獣人族が拗ねる。

 これは獣人族が自由を勝ち取るための聖戦であり、部外者が横から割り込むなどあってはならない。あくまでも彼らの手で勝利することが前提なのだ。

 そのため、武器を修繕し終えれば二人は暇になり、ただの傍観者に成り代わる。

 役割を終えたのだから帰ればよいのだが、ここはメーティス聖法神国とガチでぶつかり合う場であり、新聞などから情報を知ることしかできない二人にとっては情報収集にはもってこいの場でもあった。

 ……のだが――。


「アド爺さんや、え~天気ですのぅ~」

「ゼロス爺さんや、ほんにえぇ~天気ですねぇ~」

「なんか、ひばりみたいな鳥が飛んでますのぉ~。鳴き声が変だけど……」

「『うんぎゃらほっぽっぽぉ~』という鳴き声も、慣れてくると案外風情があるってもんじゃないですかのぉ~」

「異世界だったらそれでOK~って歌詞を、昔聴いた気がしますのぉ~」

「それ、異次元の間違いじゃないですかのぉ~?」


 ――あまりにもやることがないので、老人ごっこをして暇を潰していた。

 案内役のザザは、『こいつら何やってんだ?』と胡乱な目で二人を見ていたが、ゼロス達は暇が潰せるならどうでも良かった。


「アド爺さんや、コーヒーでも飲みますかの?」

「お茶じゃないんかぁ~、しけた煎餅でもあればいいんじゃが」

「それならあるでよぉ~、コーヒーに浸してしぶしぶしゃぶるのかのぉ?」

「コーヒーに醤油の味は変じゃないかのぉ~」

「海苔の風味はきいてるんじゃないかい?」

「あんたら、いつまで老人の真似をしてるんで? 獣人達が戻ってきましたよ」


 カルマール要塞を攻略していた獣人達が意気揚々と戻ってくる姿が遠方に見えた。

 しかも先頭にいるのは最強生物化した獣人の一団だった。


「なぁ、ゼロスさん……。あれ、全然元の姿に戻ってないようだが?」

「あれぇ~? まさか永続的にあの姿とか? いやいや、魔法薬なんだから効果持続時間というものがあるでしょ」

「鑑定……したのか?」

「いや、してないね。緊急事態だったし……」

「この世界だと、効果が変わるってこともあるんじゃないのか?」


【ソード・アンド・ソーサリス】の世界とこの異世界とで共通するところは多いが、逆に異なることも数多くある。

 同じポーションでも、二つの世界で効果が異なることは充分に考えられる事態であり、特に【マキシマム・オーバードライブEX】のような特殊なものは、副次効果や副作用などが出る可能性が高い。よくよく考えてみれば迂闊に使用してよいものではなかった。


「ミュータントになってたらどうしよう……」

「今さら手遅れだろ。今はちゃんと人間に見えるし、クリーチャー化しなくてよかったと思うべきだ。ガチムチだけど……」

「カノンさん特製の魔法薬だしなぁ~、もっと考えて使えばよかった。使用用途の説明なんてなかったしねぇ~……」

「あの人の作るものは、たまに凶悪なハズレがあるからな。今度からは鑑定しようぜ」

「そうするよ」


 出陣していた獣人族の戦士達は、メーティス聖法神国の重要拠点を潰せたことで、実に清々しい顔で戻ってきた。

 しかしながら重要拠点はもう一つ存在する。

 アンフォラ関門だ。


「さて、ブロス君達はどうするかねぇ。このままアンフォラ関門を攻めるのか、あるいは戦力を整えるまでこの場に留まるのか……」

「獣人族の様子だと攻め込むんじゃないか? 勢いはあるし、ここでいったん中止はやる気を削ぐ愚行だと思うぞ」

「ザザさん的にはどう思います?」

「俺に聞かないでください。連中の行動は極端から極端なんですから」

「君、もう遠慮するのをやめたんだね」


 ザザは今回、ソリステア公爵家からゼロスが派遣されていることもあり、できるだけ対応を丁寧に心がけるつもりだったが、ヤバイことをしでかしたこの魔導士に『もう、遠慮する必要なくね?』と思うようになった。

 いくら弱り果てた獣人足を救うためとはいえ、人生を左右するような肉体改造を施すような人物に、いつまでも気を遣う必要はない。

 最初からボロも出ていたこともあり、とうとう猫を被るのをやめたのだ。


「変人に今さら取り繕うのも馬鹿らしいから」

「ちょっとは取り繕うよ。いささか失礼じゃないかい?」

「ゼロスさん、思い出してみよう。ゴムボートで命がけの暴走大河遡上、屈強な獣人族の戦士を片手であしらう化け物レベルの戦闘力。そして弱った獣人達を素敵に無敵にビルドアップと、ここまでやっといて気遣えると思うか? 行動が非常識そのものだぞ」

「あの時はいい方法だと思ったんだよ」


 ゼロスにとってはちょっとした刺激的体験だろうが、巻き込まれた側にとっては大迷惑。

 圧倒的な強さに関してはアドも同類なのでどうしようもないが、ゴムボートの暴走や人類最強レベルまでの肉体改造は、慎重に行動すれば防ぐことができたはずである。

 他人を気遣う意識が抜け落ちているとしか思えない。


「いやね、ゴムボートの暴走はさすがに予想できないでしょ。マッスルズも想定外の結果だっただけだし、君は緊急時に人命の優先をするなというのかい?」

「百歩譲ってゴムボートの暴走は無しとしよう。けど、ビルドアップ化に関してはゼロスさんが作った栄養剤で済んだ話じゃないのか? なんでわざわざカノンさんのヤバイ秘薬シリーズを使うんだよ」

「フッ………僕が作った栄養剤の殆どはね、ドワーフの土木事務所がすべて買い取ってしまったんだ。あとは効能を確かめていないものばかりだし、手持ちが少ないのだよ」

「ドワーフか……職人達は地獄を見ているんだろうな」


 非常識の連鎖反応。


 非常識な魔法薬を作るゼロス⇒ハンバ土木工業が全部購入⇒新人や半人前職人に使われる⇒もれなく踊る土木作業員の出来上がり。


 踊る土木作業員は現場で働く⇒当然だが新人や半人前を指導することになる⇒疲労者続出⇒おっさんの魔法薬をハンバ土木工業が購入⇒エンドレス。


 不幸になる者たちを増産しているのに、当の本人は今も魔法薬を販売している。上記のような事態が起こると分かっているにもかかわらずだ。

 タチが悪いことに悪意などはなく、生産者が客に物を売っているだけにすぎず、新人職人がどれだけ酷い目に遭おうとも関係ないところにある。

 アドは何となくこの構図が頭に浮かび、結局は傍迷惑な真似をしているのだから敬意を抱けるはずもなく、ザザが遠慮しなくなったことに対しては同感の想いだった。


「あれ? ブロスの姿が見えないな」

「いや、いるけど?」


 よく見ると獣人族の中にひときわ小さな骨装備の戦士の姿があった。

 思いっきり気落ちしているのか項垂れていた。


「いつもの元気がないねぇ、犠牲者でもでたのかな?」

『『 それは、あのガチムチ獣人族が元に戻ってないからだろ…… 』』


対して肉体改造された超獣人族はすこぶる元気だ。

しかも多くの同胞から称えられ、まるで勇者か英雄のような扱いである。

 いや、まさしく彼らは勇者であり英雄だろう。

越えられないカルマール要塞の城壁を素手で踏破し、内側から破壊工作とは名ばかりの凄まじい暴れようで混乱を引き起こし、多くの敵を葬ってきたのだから。

 まぁ、奴隷商人の不幸に関しては身勝手な理由で人の命を売り買いしているのだから、けして同情することはないが、ブロスにも同情できるかと問われれると微妙なところである。

 その落ち込んでいたブロスだが、ゼロス達の姿を捉えた瞬間、もの凄い速さで突撃してきた。


「話が違うじゃないかぁ、ゼロスさん! 彼ら、ぜんぜん元に戻る様子ないんだけどぉ!!」

「そうみたいだねぇ……。ちょっとした善意がこのような事態になるとは、なにが取り返しのつかない事態を招くのか分からないもんだよ」

「なんでそんなに落ち着いてるのさぁ、ゼロスさんはとんでもないことをしでかしたんだよぉ!? 彼らは今後もガッチムチで暮らさなきゃならないんだからね!!」

「けど、その当人達はもの凄く喜んでいるようだけど? 気にしているのはブロス君だけじゃないかなぁ?」

「うっ………」


 獣人族は基本的に脳筋で純粋なまでに実力至上主義だ。

 弱者を守る傾向が強いが、強者は誰であろうとも実力を示せれば受け入れる。敵であろうとも強さを示せば尊ぶのだ。

 そんな風習もあるからなのか、最強生物化した獣人達は力を手に入れたことで喜び、ある者たちは羨み、復讐という本懐を成し遂げたことで同胞からは称えられていた。

 不本意なのはブロスだけである。


「獣人族は彼らの屈強な肉体を褒めたたいているようだけど、ブロス君は元の姿の方がいいと言うのは、少し我儘なんじゃないかねぇ? 彼らは家族や親類、友人に至るまでメーティス聖法神国に奪われているんだ。なら、力を求めるのは当然だと思うよ? いくらブロス君でも、彼らの意志は無碍にできないでしょ」

「そりゃ~戦力が増強されるのは望ましいと僕も思うよ。でも、ゼロスさんが使った魔法薬による強化は違うんじゃないかな。自分の人生を捨てきってまで復讐しようというのは間違ってる!」

「今後も奪われないために何かを犠牲にすることに、君はどこが間違っていると言えるんだい? 強くなりたいから武器の扱いを覚え鍛える。あるいは魔法を使えるように努力するなど、力を求める以上は対価を支払う。まして彼らは理不尽に全てを奪われたんだ。復讐のためであれば、どんな犠牲を払ってでも事を成すだろうね。偶然とはいえ、彼らはその機会があったってだけの話でしょ?」


 まるで子供を嗜めるような言い方で、マッスル獣人族の心の内を代弁するおっさん。

 だが、ブロスはゼロスのこうした態度には裏があることを知っており、あまり信用はしていなかった。

 まぁ、賢明と言える判断である。


「それ、ゼロスさんが自分には責任がないと言いたいだけでしょ。正当化しようとしているようだけど、僕は誤魔化されないからね? アドさんとは違うんだ」

「……どういう意味だよ。まぁ、ゼロスさんは口が上手いことは知っているけど」

「だからと言って、彼らが力を望んでいたことには変わらない。望んだ力を得られたからこそ、彼らは嬉々としてカルマール要塞にとつったんじゃないのかい? 君が要塞内にいた人間を殺しまくったのと何も変わらない。身を焦がすほどの怒りと殺意を内に秘めていた。ただ、それだけの話さ」


 確かに野獣のような姿に変貌したのはゼロスの不可抗力だが、姿が変貌してまで手に入れた力をどう使うのかは、当事者の獣人達に委ねられる。

 彼らがどのような選択をして、力をどのように使うかは彼ら次第だ。

 それがたとえ復讐であっても、彼らの自由意思を無視してはそれこそメーティス聖法神国と変わりない。受け入れることこそがリーダーの度量というものである。


「僕は別に良い事をしたとは思っていない。最適解ではないけど、ベストな選択をしたつもりさ。結果はあ~なったけどねぇ~」

「ぐぬぬ……そうかもしれないけど、じゃあゼロスさんは彼らの今後の人生に責任を持てるわけ? あんな姿にして罪悪感はないの?」

「無いと言えば嘘になるけど、その辺りは大丈夫なんじゃないかな。ほら……」


 ゼロスが指を差した方向には、多くの同胞たちに囲まれる最強獣人達の姿があった。

 中にはいきなり婚姻を求める者や、共に酒を酌み交わす者など自然と受け入れられており、見ている限りでは今後の人生も安泰そうだ。


「心配する必要、あると思う?」

「ねぇな……」

「皆、なんで受け入れちゃっているのぉ!? 筋肉? やっぱり筋肉で物事を判断してるのぉ!? おかしいよねぇ!!」

「この場合、おかしいのはブロス君の方なんじゃないのかな? 君は人間を嫌っておきながら、ものの考え方が人間側寄りなんだよ。獣人達のそれとは思考が全く異なるんだ」

「ガァ~~~~ン!!」


 そう獣人族は脳筋の実力主義だ。

 そのうえ肉体で力を語れる姿となった彼らは、もはや他の獣人達からの羨望と憧憬を一身に浴び、まるで神のように崇められる。

 ブロスの獣人族に対する認識では確かに脳筋なものは知っていたが、本質的なものを本当の意味で理解していなかった。彼らの根幹には野性に近い原始的な本能が刻まれているのである。


「ソリステア魔法王国あたりに住む獣人族は、文明圏に慣れたいわば品種改良された愛玩動物に近いのに対し、彼らは原種に当たるんだと思う。どこかで入った人族ヒューマンの血が色濃く混ざっている雑種とは異なり、純粋な獣人族は野性の本能が恐ろしく強いんだろうねぇ。闘争による生存本能と言い換えてもいい。言い方は悪いけど、ブロス君の求める獣人族は雑種の方なんだよ」

「そ、そんな……僕は獣人全てを愛していると思ったのに、心のどこかで壁を作り差別していたというの……? だから最強生物化した彼らを受け入れられないと?」

「少なくとも僕はそう思うよ。ケモさんのケモミミハーレムの中には、ほとんど人型のビーストとしか思えない獣人の姿もあったしねぇ。アド君なんかがその被害者だから」

「アレは化け物だろ……。俺達の知る獣人よりも野性的で獰猛なうえ、集団で襲ってくるから対処ができなかったな。ケモさんは『僕の鍛え上げた戦士達の強さはどう? 凄く強いでしょ、集団戦では最強だと思うね』とかドヤ顔で言ってたな」

「いや、師匠のケモミミ愛には僕も負けるよ……。あの獣人達には何度も泣かされたし……」

「ケモさんの育て上げた獣人達が本来の姿だというなら、目の前にいる彼らは覚醒した姿なんだろう。常時【闘獣化】した状態が本来の姿なんて、悪い夢としか思えない」


 獣人族は魔法が仕えない代わりに【闘獣化】という種族特性能力により、魔力で身体能力を強化する。

 その戦闘力はただでさえ驚異的な身体能力を更に向上させ、余剰魔力を鎧のように纏うため魔法の効果を相殺してしまう。言ってしまえば民族単位の魔導士殺しのようなものだ。

 隔絶したレベル差があるゼロス達でもないかぎり、おそらく普通の魔導士では彼らに手も足も出ないだろう。

範囲魔法を乱発すれば勝てるかもしれないが一対一で挑むのは無謀である。


「なんか、かなり好評のようだし、もう一本いっとく?」

「やめてよねぇ、これ以上のガチムチ成分はいらないからぁ!! 僕はアレが覚醒した姿だなんて認めない!」

「じゃぁ、ブロス君が飲もう。君のためにこっそり作っておいた強力精力剤、その名を【ファイティング・ナイトフィーバー】を」

「ゼ、ゼロスさん……それって夜の方の薬じゃねぇのか? 確かにブロスには必要だろうが、そんなものの存在が奥さん達に知られたら………」

「確実に搾り取られちゃうよぉ、まさか僕に止めを刺すつもり!?」

「「 まぁ、奥さんが30人以上いたら、そうなるわな…… 」」


 獣人族の女性は性に関しても積極的のようである。

 そんな種族から一斉に婚姻を求められ、受け入れてしまったブロスの落ち度でもあるのだが、さすがに強力精力剤は危険に思われた。

 ただでさえ今も激しく求められるブロスの夜の事情が、この魔法薬によってさらにハードになりかねず、下手をすると彼は骨と皮しか残らないかもしれない。


「さすがにブロス君に引導を渡すのは気が引ける……。今も死にそうなのにねぇ」

「そう思うんだったら、そんな物騒な魔法薬を僕に勧めないでくれない? 本当に死ぬから」

「ブロス君が奥さんに腹上死させられるかどうかは置いといて、君らはこの後どうするんだい? アンフォラ関門を攻めるのかねぇ」

「腹上死……。男ならその死に方でも本望……」

『『 ザザさんよぉ、話を戻そうとしないでくれないかな? 』』


 ゼロスとアドにしてみれば、今後の獣人族の行動次第では、少なくともイサラス王国とアトルム皇国が開戦を表明すると見ている。

この二か国は小国だがアトルム皇国は一騎当千の戦士が揃っており、イサラス王国は食料事情を改善させるにため戦争して領土を奪うしかない状況。メーティス聖法神国が混乱しているこの時期は領土拡大の好機である。

 北のアンフォラ関門を攻略された場合、三つの勢力からメーティス聖法神国は狙われ、しかも国内では正体不明のドラゴンが暴れ回っている。

 この情報を知ってブロスがどうするか気になっていた。


「僕としては、アンフォラ関門を拠点にしたいと思ってるよ。左右が断崖絶壁で、北門と南門の二か所を守るだけで防衛が楽にできるからね。カルマール要塞は……遊牧している人達の居留地になってもらおうと思うんだ」

「屍が散乱してんじゃないのか?」

「そりゃ、戦争してきたんだから転がってるよ。けど、平原を歩いていても、人の死体くらい普通に転がってるよね?」

「「 獣人族は墓を建てる風習がないのか? 」」


 獣人族は基本的には墓を建てることはない。

 生きている以上は寿命や病気、あるいは事故などで死去することもあるが、自然に生まれた者は自然の理に回帰する信仰があり、主に鳥葬による葬儀を執り行ったあと埋葬することはなく遺体は放置され、野生動物(主に魔物など)の糧となる。

 そのためルーダ・イルルゥ平原を探索すると、各地で獣人族の遺骨が散乱しているところをよく見られるのだ。この地では珍しいものではなかった。


「まぁ、街道でも普通に旅人の遺体が普通に転がっていることもあるしねぇ……」

「山賊に襲われるとか、犯罪に巻き込まれることもあるだろうしな。そんな珍しいことじゃ……ないのか?」

「葬儀は遺体を見晴らしの良い場所に置き、【レッドヘッドヴァルチャー】が集まってきたところを、遠方から五体投地して御見送りするシンプルなものさ。残りは血の臭いに惹かれた数種類の獣達で奪い合いになるね。頭も【ギガントワーム】がバリバリ食べてくれるから、本当に一部しか残らないんだ」

「「 …… 」」


 ルーダ・イルルゥ平原には数多くの魔物が生息している。

 大型の魔物でも【ギガントワーム】(最大全長が約15mの巨大なミミズ)くらいのもので、中型の野生動物には暮らしやすい環境のようである。

 その中で獣人族の遺体は貴重なタンパク源となっていた。


「まさに骨すら残らないとは……」

「いやいや、ちょっと文化の違いにカルチャーショックを受けて忘れてたけど、話を戻そうよ。ブロス君達はアンフォラ関門を攻めるという意見でいいんだね?」

「あそこは何がなんでも落とさないと駄目だからね」

「となると……イサラス王国とアトルム皇国の参戦は確実か」

「西のグラナドス帝国も加わりそうな気もするよな……」


 ブロスが獣人族についている以上、アンフォラ関門が落とされるのは時間の問題。

 その結果次第では三勢力、もしくは四勢力が動き出す。メーティス聖法神国の国境はかなり後退することになることが確定である。


「まぁ、そういう話はお偉いさんの仕事だし、僕達には関係ないか」

「普通に生活できればいいだけだしな」

「え~、ゼロスさん達は俺Tueeeeeeしないの?」

「いい歳こいて戦場でヒャッハ~はねぇ……」

「後々面倒なことになりそうだから却下だな」


 自由に生きたい二人だった。


「何にしても、ブロス君の行動でメーティス聖法神国が窮地になるのは確実さ。これ、もう詰んでるよねぇ。あの国の人達は気づいていないのか?」

「情報統制でもしてるんじゃない? 仮に三勢力同時侵攻したとして、メーティス聖法神国はどうなると見てるの? ゼロスさんの意見を僕は聞いておきたいなぁ~」

「ん~……そうだねぇ。国土の三分の一は他国に持っていかれんじゃね? 今のメーティス聖法神国に対応できる力はないし、国土が広いわりに経済はガタガタ。混乱で内部分裂を始めるかもね。勇者を頼ろうにも彼らに経済の立て直しは無理でしょ」

「なぁ、ゼロスさん……。他の勢力を抑えるために、勇者が出張ることも考えられるんじゃないのか?」

「イサラス王国だけならともかく、アトルム皇国も同時に相手をするのは無理。謎のドラゴンも暴れ回っているのに、獣人族の相手をさせるためだけに勇者という切り札を分散させると思うかい? 逃げるときに安全を確保できる戦力を手元に置いておきたいもんでしょ」


 勇者がこれ以上召喚できない以上、メーティス聖法神国は受けに回らずを得ない。

 人数も限られており、戦えるのはせいぜい2~3人程度だとゼロスは思っている。そうなると考えられるのは防衛としての戦力だ。

 領土を求めているイサラス王国や、勇者以上の戦士達を保有するアトルム皇国を相手にできるはずもなく、国土が削られるのを覚悟してでも保身に走る可能性が高い。

 勇者が戦争に介入してくる可能性は低いとゼロスは見ていた。


「あっ、それなら僕達が侵攻しても問題ないよね。どうせあの国は対応できないんでしょ?」

「まぁ、そうだね。ただ問題もあると思うよ?」

「問題?」

「そう。獣人達は……基本的に戦術とか戦略の重要性を意識していない。つまり……」

「あ~……集団で突撃一辺倒か。アンフォラ関門を落としたとしても、素直に防衛してくれるとは限らないか」

「………皆、挑発されると直ぐに出て行っちゃうからなぁ~。アドさんのいう通りになりそう」

『『『 後方の守りに難ありかぁ~……… 』』』


 獣人族の強みは身軽な機動力と、高い身体能力にものを言わせた集団戦闘だ。

 だが、いくら機動力があろうとも生きている以上は食事も必要であり、大部隊を維持するための生命線であるアンフォラ関門を先に奪い返されでもすれば、いずれ敗北する。

 村や街を襲撃して食料を奪い尽くしたところで、集団で動いていれば発見されやすく、浸透作戦を逆手に取られれば土地勘のない敵地で孤立することになる。

 今は順調に勝ち進んでいるが、敵は考えなしの馬鹿というわけではない。


「動くなら、イサラス王国が侵攻を始めた頃合いがいいと思うよ。獣人族の保護も要請すれば、同盟関係にあるアトルム皇国も協力してくれるさ。たぶん……」

「まぁ、僕達は食料事情がギリギリだからなぁ~……。本土に乗り込むのは少し控えようか」

「街を襲って食料確保している暇があるとは思えんし、しばらくはアンフォラ関門の防衛が妥当だろ。欲をかいてもいいことなんかないぞ」

「そうだね。アンフォラ関門を落としたら小休止することにするよ。けど、それだとちょっと問題があるんだよね」

「「 問題? 」」


 ブロスは心底うんざりしたような表情で重い溜息を吐く。


「皆……暇を持て余すと喧嘩祭りを始めるんだよね……」

「「 あ~……納得…… 」」


 獣人族にとって喧嘩は一種のスキンシップだった。

 暇さえあれば『ちょっと喧嘩しようぜぇ~♪』的なノリ感覚で殴り合いを始める。

 場所関係なくスポーツ気分でステゴロガチ勝負を始めるので、毎日どこかで必ずと言っていいほど殴り合いをしており、場合によっては武器まで持ち出すほどエスカレートしたりする。

 その武器を修繕するのがブロスなのだ。


「また……終わりのない修繕作業が続くのかぁ~……」

「……何と言うか」

「ドンマイ………」


 ついでに、アンフォラ関門の攻略を見届ければゼロス達は帰るので、修繕作業はまた一人で行わなくてはならない。

 メーティス聖法神国内に侵攻する頃には再び地獄のルーチンワークだ。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


「にょほ♡ マナが順調に溜まっておるのぅ」


 森林限界まで到達する巨大な大樹を睥睨し、アルフィアは現状に満足していた。

 惑星の生きた生体管理システムであるユグドラシルの周囲は、爆発的な勢いで自然が甦り、広大な砂漠を含む荒涼とした大地は恐ろしい速さで緑地帯が広がり続けている。

 世界樹の上空では雨雲が生まれ、落ちた雨はそのまま大地を流れる河となって砂漠を潤し、辛うじて生き延びていた小さな生物は濃密な魔力の影響を受け進化を始めていた。

 砂地の中で眠り続けていた植物は魔力を受けて巨大樹と成長し、その枝になる果実を食べた小動物は濃密な魔力を体内に取り入れることにより、心臓近くにある魔石が肥大化し、別の姿の魔物へと変わる。

 ネズミを例に挙げるのであれば、ある種の段階から多数に分派増殖し、巨大化する程度であればまだよかったが、中にはネズミの姿からは程遠い生物に進化を遂げたものもいた。

 トカゲなどは種類も豊富で、未確認の飛竜へと姿を変えたものもいるほどだ。

 ダーウィンが進化の研究を投げ捨てたくなるほど、その異常なまでの変質はは恐ろしく多様性に満ち、でたらめな繁殖力で子孫を増やしていた。

 成長速度を含め、そこには異常事態のオンパレードだが、広大な結界が消滅したときこの異常もおさまるだろう。


「この障壁が内側から破れれば、世界は再び魔力に満ち溢れるのぅ。龍脈の流れも正常化すれば、ファーフラン大深緑地帯のような高濃度魔力地帯も均等化できよう」


 勇者召喚魔方陣による魔力の収奪は、局所に高濃度の魔力地帯を生み出した。

 その影響で生物の過剰成長を促し、魔物などの高い魔力を持つ生物は異常進化を繰り返し、生物の領域から逸脱した存在が数多く生まれている。

 世界樹ユグドラシルはこうした異常事態を鎮静化させるために再生され、世界が安定するまで魔力の循環を促す。そもそもファーフラン大深緑地帯のような高濃度魔力地帯が存在すること自体不自然なのである。

 無論、龍脈から魔力が噴き出すような魔力溜まりも存在しているが、そうした場所は常に狭い範囲なので生態系に異常を起こすようなことはなく、時が来れば自然消滅してしまう。

 まぁ、その間に妖精種や悪魔といった魔力生命体が誕生することもあるが、世界の視点から見れば些細な問題であった。


『まぁ、急激に魔力が流れ込んで暴発するかも知れぬが、大した問題ではあるまい。さて、様子見も済んだことじゃし、何か食べてから帰るかのぅ』


 食い意地の張った邪神ちゃんは、用が済んだとばかりにその場から忽然と消え失せた。

 残された世界樹の許では、過剰魔力で進化し続ける生物達の壮絶な生存競争も始まっており、魔力が満ち飽和状態になるまでこの生物達は閉じ込められることになる。

 この生物達が魔力と共に解き放たれるとき、それは生態系が一時的に混沌化することになるのだが、アルフィアは些細なことすぎて気づいてすらいなかった。

 そう、彼女には些細なことでも、人間にとっては生存すら危うい危険な状況になりかねないということに……。


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