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おっさん、獣人族の武器を修復する


 獣人達の武器工房は粗末なものであった。

 高炉も石材を粘土で適当に固めたもので、金床も平らな石で代用している。

 金槌を使用している鍛冶師も少なく、大半が石槌だ。これで装飾の彫り込まれた武器を作れるのだから意外に器用なようである。

 そこに品質という文字が入っていないのが痛いところなのだが……。


「……これが、獣人族の使っている武器かい?」

「うん、そうだよ。思っていたよりも酷いでしょ」

「部族ごとに彫り込む模様――文様か? あるのは知っているが、とんでもねぇ数だぞ……」

「だから部族ごとに日にちを決めて修理してたんだよ」

「「しかしなぁ~……」」


 積み上げられた武器を見てゼロスとアドは早くも心が折れていた。

 獣人族の武器は、とてもではないが実用性に耐えないモノが殆どだった。

 例えば剣だが、先ずは金属で板を作り、砥石で研磨した後に柄となる部分に合わせた木を挟み、その上から獣皮を巻いて膠で固めるといったものだ。

 他の武器も製作工程は似たようなもので、元から耐久力など無いに等しい。

 しかも文様にいたっては部族の数だけ存在している。


「いや、なんでこんな武器に文様なんて彫り込んでんの!? 験担ぎもいいけど、ちょっとした衝撃で簡単に曲がるほど脆くなるんだけどねぇ。あっ、これ……向こう側が透けて見える。ある意味ではたいしたもんだよ」

「僕が苦労している理由がわかるでしょ……。まともな武器が一つもないんだよ」

「こんなんで、よくメーティス聖法神国の聖騎士に勝ててるよな。俺にはそれが謎だ」

「あはは、それは体力ゴリ押しのイケイケで攻めていたからだからだよ。獣人族は人族よりも身体能力が高いからね」

「とはいえ、やらないと終わらないんだよねぇ~……」

『『『 うんざりしてきた…… 』』』


 ゼロスを含むチート転生者三人組は、部族別に武器を分けそれぞれ担当することにする。

 問題は一人当たり10部族担当するわけで、武器の数もそれなりの量を修復強化しなくてはならず、普通に鍛冶で修理しては到底間に合わない。

 そうなると魔力ゴリ押しの魔導錬成で修理した方が手っ取り早いと判断した。


「ポーションの数はOK」

「鉱石の数も充分」

「それじゃ、始めようか。ゼロスさんとアドさん、よろしくね」


 かくして始まる単調だが終わりの見えない地獄のルーチンワーク。

 元の武器に鉱物でコーティングし強度を上げるのではなく、魔導錬成で金属同士を結合させ強化する手法だ。部族特有の文様は紙に書いて残し後から刻み込むための参考にする。

 魔導錬成はゼロスやアドもできるので、実質三倍の速さで仕上がっていくことになる。

 それでも単調作業には変わりなく、最初は会話を交えて和気藹々と作業していた三人であったが、一時間もすれば口数が少なくなり三時間も経過すると無言になっていた。


「……つまらない」

「そう言うなよ、ゼロスさん……。気持ちは俺も同じだから」

「特殊効果を付与したいけど、この品質だとたいしたことはできないもんね~。できればぶっ飛んだ性能の武器が2~3個は欲しいところだよ」

「できて【強度Up】とか【斬撃強化Lv1】といった、簡単なものしか付与はできないだろうねぇ……。作ったとしてもメンテできる人間がいない」

「「あ~……」」


 もちろん付与効果付きの武器も無いよりはマシだ。

 しかし整備できる鍛冶師がいない以上、そのしわ寄せはブロスに集中する。

 さすがに知り合の苦労が増すことはゼロスも望んではいない。


「作ってもブロス君の負担が増えるだけなんだよねぇ~」

「付与効果がついただけでも整備の手間が増えるだけだしな。ブロスはどう思う?」

「部族の中で一番の猛者に渡すくらいなら、僕はいいと思うよ。けど、それだと変にギスギスした状況にならないかな? 獣人族でも嫉妬はするもんだしさ」

「年に一度、各部族の中で最強決定戦でもやればいいんじゃないかい? 僕ならそうするけどねぇ~。整備できる武器も限定できるし」

「部族の勇者に一つの武器を与えるのか……。悪くない案だけど、俺ならやらないな」

「僕がいなくなったら状況が変わるもんね。今は良くても、今後それが続くとは限らないよ」


 基本的に獣人族は部族の中で一番強い人物が長になる。

 複数存在する各部族に一人の勇者がいるわけで、その人物に最高の武器を与えることは間違いではないが、その名誉が部族内に変な軋轢を生み出す可能性がある。

 また、ゼロスの言うように年に一回部族内で勇者決定戦を行ったとしても、1年おきに長が入れ替わることになりかねず混乱を招きかねない。

 またブロスも人である以上は寿命があり、最高品質の武器をいつまでも整備できるわけでない。今は良くても30年先の未来は分からないものである。


「ん~……なら、年齢制限をつけたら? 50歳以下は参加資格なしとか」

「いや、獣人族は50歳でも手練れは多いぞ。むしろ『若造ばかり贔屓すんな!』って暴れかねないな」

「アドさんの意見が正しいかな。みんな血の気が多いからさ~」

「どんだけ戦闘民族なんだ……。普通は若者の成長を望むもんじゃないのかい?」

「むしろ『若い連中にはまだまだ負けんぞ!』って、やる気を出しちゃうと思うなぁ~」


 獣人族はどうしようもなく脳筋のようだった。

 こんなことを言いながらもしっかり武器の強化はやっている。


「とはいえ、今ある武器も使い続ければ劣化するんだけど? 僕達もいつまでもここにいられるわけじゃない」

「そこが問題なんだよね。付け焼刃だとは分かっているんだけどさ、今回はどうしても落とさなくちゃならない要塞があるし、その先はまだ考えられないんだよぉ~」

「カルマール要塞だったか? そんなに難攻不落なのかよ。ブロスだけなら簡単に落とせる程度なんだろ?」

「五稜郭みたいな星形防衛陣地でさ、ついでに城塞都市でもあるんだ。中央の門を破るにも両側の三角陣地からバリスタや投石機、弓兵部隊が狙いをつけているんだよ。一気に突撃できれば楽なんだけど、それが難しいんだよね」

「楽に突破できるのはブロス君だけなのか……」


 カルマール要塞の形状は周囲に八つの鋭角な防衛陣が存在し、中央の門に近づくほど幅が狭くなり、防衛陣地の周囲から一方的な集中攻撃を受けることになる。

 いくら獣人の身体能力が高くとも、門が破壊できなければただの的に成り下がり、被害は甚大なものになるのは目に見えている。


「門だけなら僕が破壊できるんだけどなぁ~……」

「獣人族全体が『どこまでもカシラに着いて行くぜ!』状態だからな。やっぱ面倒な民族性に苦労してたか」

「今まで勝手に突撃していたから、これ以上は突撃できないんだよね。今も拗ねてるのに、ますます拗らせちゃうよ」

「「 めんどくせぇ~…… 」」


 ブロスは獣人族にとって英雄だろう。

 しかし、その英雄が自ら死地に飛び込んでいくのを彼らは見過ごせず、だからこそ少しでも役に立とうとともに行動することを望む。

 今までは被害を抑えるためという名目で、ブロスが嬉々として突撃をかましていたわけだが、英雄の背中に寄り掛かったままで居られるほど獣人族の矜持は安くなかった。

 ましてカルマール要塞は獣人族にとって忌むべき要所であり、ここで共に戦わなくては自分達がゴミカス程度だと思いこむほどなのだ。彼らに活躍の場を与えなくては獣人族の誇りは取り戻すこともできない。


「あっ、それとなんだけど……。確証がないから言わなかったけどさ、カルマール要塞は銃も配備しているみたいなんだよね」

「銃……火縄銃かい?」

「遠目から見ただけだからはっきり分からないけど、なんか守備隊がそれっぽいのを持ってたよ。槍じゃないことだけは確かさ」

「おいおい……。また面倒なことになったな。もし火縄銃だったら厄介だぞ」

「聖法神国側にどれだけ配備されているのか、気になるところだねぇ……」


 投石機による攻撃は石そのもの質量に遠投による勢いと落下速度も加わるので、その威力は充分強力で驚異的なのだが、次の攻撃に時間が掛かることと細かい狙いが定まらない欠点がある。

 それはバリスタも同様なのだが、星型に建築された要塞においては攻め込む側の行動は限定されるので、適当に攻撃をしても充分な効果が望める。

 そこに弓による攻撃に加え火縄銃となると、攻め込む側は尋常では被害を受けることになる。たとえブロスが突出した強さを持っていたとしても獣人族への被害は変わらない。

 たとえそうなると分かっていても獣人族は止まらない。いや、止まれない。

 それが彼らの文化であり誇りでもあり、矜持だから。


「大砲がないだけ救いだねぇ……」

「真っ先に城門を破壊して内部突入するしかないな。それだけならブロスでもできるだろ」

「そうなると、みんなが突撃したときの被害がね……。僕はあの要塞内部に突入するまで、できるだけ被害を抑えたいと思っているのにさぁ、みんな分かってくれないんだよ~!」

「戦略とか戦術なんて関係ない蛮族だからねぇ、蛮勇振りかざして民族総玉砕なんて本気でやりかねない。洒落にならないわなぁ~」


 シンプルな民族と思いきや、シンプルがゆえに融通が利かない。

 なんとも面倒な民族なだけにブロスも頭を抱えていた。


「俺やゼロスさんが手伝ったらだめか?」

「アド君や、僕と君とで両サイドの防衛陣地を破壊するのかい? 流石に外部の人間に頼ろうとは思わないでしょ。それに僕達が出張ったら彼らの立つ瀬がない」

「アドさんもそうだけど、ゼロスさんもチートだからね。僕も加わったらみんなのやる気を木っ端微塵に粉砕しちゃうよ。それにね、あの要塞だけは獣人族の力で落とさなくちゃ意味がないんだ」

「あ~……確かに。奴隷商人とかの拠点になっていたんだよな」

「そうだよ。だから………彼らの手で粉砕しなくちゃならないんだ。あの要塞はね」


 カルマール要塞は北方を守備する大要塞なのだが、同時に獣人族を拉致するための拠点でもある。

 当然だが奴隷商人も頻繁に訪れ、捕らえられた獣人族を奴隷として買い本国へと移送していた。獣人族が憎むのも無理はない。

 だからこそブロスは獣人族の手で要塞を制圧することを考えていたのだが、普通に戦っていては敗北必死の手痛い損害も受けることになる。それでは要塞を落としても意味がないのだ。

 後に控えるアンフォラ関門を落とすことが不可能となり、メーティス聖法神国へ攻め込む兵力が足りなくなる。


「捕らえられた獣人達を解放するにも、あの要塞で兵力を失うのは凄く痛いんだよ。それなのに……」

「『地獄には一人で行かせねぇぜ、兄貴!』的なノリで、ブロス君に任せてくれないわけね。聖法神国に攻め込んでからでも充分でしょうに」

「ブロス……慕われてんだな」

「僕だって彼らの気持ちは分かるよ? けどさ……戦争をやっているんだからさぁ~、楽ができるところで楽をしないと、必要な時に兵力が足りなくなっちゃうでしょ」

「たぶん、民族的な慣習で『ここは任せたぞ、幸運を祈る』みたいなことが言えないんじゃないかい? 文化が違いからくる弊害なのかねぇ」

「あ~……もう! どうすればあの要塞を楽に落とせるんだよぉ~、僕は犠牲を出したくないんだぁ!!」


 戦争は必ず犠牲者が出る。

 獣人族の筆頭に立ち、味方の損害をできるだけ減らしたいと思うブロスは正しいのだが、それを民族的な慣習と性質がぶち壊す。

 それがどれだけ理にかなっていたとしても、昔から続く伝統という彼らの常識が許さない。しかも半ば習性として身に染みついているのだからどうしようもなかった。

 このままでは本気で万歳アタックを敢行しかねないのだから、頭の痛い問題だ。


「せめて要塞周りの防衛陣地をなんとかできればいいんだけど、難しいんだよね」

「大砲を置いたらマジもんの無敵要塞なんだろ? なら正攻法は無理だろ……」

「となると……奇襲かねぇ?」

「僕も奇襲は考えたよ。けどさ、あの四方八方にある三角型防衛陣地……防壁がむちゃくちゃ高いんだよ。僕だけなら登り切れるけど、攻城用の櫓でもない限り登り切るのは無理」

「神聖魔法は光属性魔法だろ? 【ライト】の魔法を使われたら夜襲も簡単にバレるな」

「あの国では【導きの聖光シリウス】とか、たいそうな呼ばれかたしてるらしいねぇ~。誰が命名したんだか……」


 語り合いながらも単調作業で武器を修繕強化していく三人。

 山積みの武器たちはみるみる減っていく。


「酋長、こっちの武器は持っていっていいのか?」

「ん? それは、パン族(豹型の獣人族)の武器かい? 仕上がっているから持っていっていいよ」

「ヘイ! 野郎ども、クソ豹の奴らのとこに持っていくぞ。手伝え!」

「奴らのとこか……。チッ、しゃぁ~ねぇな」

「「………」」


 何やら険悪な気配を含ませつつ、武器を運び出していく獣人達。

 部族間でいろいろと抱えている様であった。


「彼らと仲が悪いのかい? そのパン族とやらは……」

「長いこと宿敵同士だったらしいよ? 僕が問答無用で仲直りさせたけどね」

「いや……仲直りしてないだろ。水面下でめっちゃ確執が強まってないか?」

「それでも、何かがあれば代表同士の殴り合いで決着をつけるんだ。大勢が死なないだけ平和なもんじゃないかな」


 戦争も部族間の争いも互いに血が流れるのは変わりない。

 流れる血は少ない方がいいと言うが、部族の名誉を背負った代表同士の殴り合いは壮絶なものになることは間違いなく、言うほど平和的なものではない。

 実に野蛮なルールがまかり通っていた。


「話を戻すけど、あの防衛陣地を何とかする方法は無いかな? ゼロスさんとアドさんが単独で潰してさぁ~、僕は『何も知りませぇ~ん。二人が勝手にやったんですぅ~』とか?」

「それ、俺達が連中から敵意を向けられるだろ。因縁の要塞なんだろ?」

「やっぱ駄目かぁ~」

「それ以前にお前と俺達は知り合いだ。絶対にお前の関与を疑われるだろ、却下だ」


 獣人達にとっては忌々しい要塞だからこそ彼らの手で決着をつけなくてはならない。

 ブロスは次の戦いも控えている以上、余計な犠牲を出したくないわけなのだが、要塞攻略は一気に攻め落としたくとも堅牢すぎた。

 所謂八方塞がり状態に陥っている。

 そんな中、おっさんだけが真面目に考えていた。

 

「まぁ、犠牲を出さずに済む方法はなくもないんだけどね。ただ……あまり使いたい手ではないかな」

「えっ? ゼロスさん、なんかいい方法があるの!?」

「要するに設置された防衛設備を破壊すればいいんだよね? なら長距離砲撃を加えればいい」

「長距離砲撃って……まさか、アレを使うつもりかよ。持ってきていたとは思わなかった」


 アドには心当たりがあった。

 ゼロス宅の地下で秘密裏に製造された88mm砲を搭載するハーフトラック。

 対空砲か、あるいは榴弾砲なのかはアドも分からないが、分類上は自走砲として使えるこの世界で明らかに使ってはならない兵器だ。

 使えばこの世界の軍事的な常識を根底から破壊し、下手をすると大陸中を悲惨な戦火の渦に陥れかねない。


「ん~、ブロス君に自慢するために持ってきたんだけど……。やっぱ使ったらマズイよねぇ」

「明らかに駄目なやつだろ。軍の装備見直しを各国が始めたら、80年後には世界大戦に突入しないか?」

「何を持ってきたのかは知らないけどさ、既に火縄銃みたいなのは完成してるんだよね? 今更じゃないかなぁ~」

「射程距離も分からないから、どうしても近場でぶっ放すことになる。聖法神国側には間違いなく目撃されるだろうねぇ。勇者達に再現できるかは不明だけど、対抗策としてアームストロング砲くらいなら用意しそうな気がする」

「確かに、大砲くらいなら作れそうな気はするな……」

「やらないよりはマシだよ。僕は長距離砲撃を推奨するかな」

「どうなっても知らねぇぞ……」


 その後は武器の修繕をしつつもカルマール要塞攻略の段取りを話し合ったが、結局いい案は浮かばない。

 ゼロス達は率先して戦争に参加するわけにはいかないので、獣人族の矜持を傷つけないよう、あくまでも裏方として行動しすることに決めた。

 その話の中で『後で返してね』と念押ししつつ、ブロスにダネルMGL二丁をこっそり手渡すのであった。

 やっていることは武器商人である……。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 カルマール要塞はメーティス聖法神国が獣人族の住む北方領域に侵攻するため、長い歴史の中で多くの犠牲を払い築き上げた、難攻不落の要塞であり最終防衛ラインである。

 中央に八角形の城塞都市が存在し、八方向に鋭角な三角形の防衛陣地が築かれ、入り口は北と南に二か所しか存在せず、侵攻する側はこのどちらかの城門を破壊しなくてはならないが、攻め込めば左右の防衛陣地から集中攻撃を受けるまさに死地であった。

 通常この手の要塞を落とすには、相手兵力の三倍の数で押し込まねばならないとされているが、要塞の構造ではそれ以上の兵力を必要とする。

 まともな方法でこの要塞は落とすことは不可能とまで言われるほどの堅牢さを誇っていた。


「いったい、いつまで獣どもをのさばらせておくつもりですかな? 中央では問題になっておりますぞ!」

「そうは言うがな、此度の獣どもは今までとは違う。明らかに外部からの支援を受けているとしか思えん。どこの国かは分からぬが、今までのような突撃一辺倒でないことは、勇者【岩田】が倒されたことでそちらも御存じであろう?」

「そこを何とかするのが貴殿らの役割でしょう。鉱山などでも奴隷の数が減ってきており、本国の経済も著しく落ちてきている。直ぐにでも補充せよと騒がれていますぞ」

「経済が落ちているのは、奴隷の数が不足しているからではあるまい。いろいろと面倒な事態になっていると聞いておるが?」

「うぐ……」


 要塞を預かる【聖天十二将】の一人である将軍、【ガルドア・カーバイン】は、本国の中央上層部から派遣された神官を一瞥しながら正論を突きつけていた。

 ここ最近の本国――メーティス聖法神国の情勢が著しく悪化し、中央議会からは『さっさと獣どもを蹴散らして戻れ!』との御達しが届いていたが、今置かれている状況が芳しくなく要請には応じられない。

 なんどか小競り合いを繰り返しているが、その殆どが聖騎士団の敗北で終わっており、目ぼしい砦も既に獣人族の手に落ちていた。

 中には完膚なきまでに瓦礫にされた砦もあったほどだ。


「はっきり言わせてもらおう。獣どもの頭目は勇者以上の実力を持つ、正真正銘の化け物だ」

「ほぅ、ガルドア殿ほどの御方が、たかが獣の頭目風情に臆したと? いやはや、まさか貴殿のような方からそのような弱音を聞かされるとは……」

「挑発しても無駄だ。儂は事実を言っておる……。ヤツ単独でもこの要塞を落とすなど容易にできるであろうな。無論、我らを皆殺しにしてな」

「では、その化け物はなぜこの要塞を直ぐに落とさないのですかな? この堅牢な防衛の前に尻込みしているからでは?」

「そうであれば良いのだが、おそらくは我らを嬲っているのであろう……。まるで猫がネズミをいたぶるように、我らに危機感を植え付け内部に精神的な圧力をかけている」

「ははは、獣どもにそんな知恵などありますまい」

「獣でなかったらどうであろうな?」


【転生者】――その言葉が互いの脳裏に浮かんでいた。

 彼らは転生者と呼ばれる勇者以上の存在を認知しているが、メーティス聖法神国で確認されているのは二人。

 一人はルーダ・イルルゥ戦役で広範囲殲滅魔法を使い、勇者岩田が率いる聖騎士団を壊滅状態へと追い込んでいた。もう一人は、現在本国にて怪しい本を執筆している【腐☆ジョシィー】と名乗る女性で、これに関しては正直何も言うことはない。

 問題なのは獣人族の頭目で、その圧倒的な強さから【転生者】と一応の定義づけはしているが、事実確認は取れていなかった。

 そもそも目撃情報が少なく、その存在を確認できた者の殆どが死んでおり、それ以外は恐怖から精神疾患を患い廃人同然で、彼らの言葉には信憑性が持てない。

 だが、ガルドア将軍は最近になって三人目を目撃した。


「36号砦……儂はそこで奴を目撃しておる。恐ろしいものであったぞ。次から次へと武器を変え、振るえばいっぺんに数名の騎士達が肉片へと変わり、まるで殺すことを楽しんでいるかのように逃げる聖騎士達を潰し回っておった……。撤退せねば我らは全滅されていただろう」

「同胞を見捨てたのですか? ハァ~……何とも情けない。であればなおのこと、その化け物とやらを殺すべきでしょう? あなた方はいったい何をやっているのですかな?」

「そう思うのであれば貴殿が挑んでみるがいい。獣などたいしたことがないのであろう?」


 ガルドアは正直この砦に残っていたくはない。

 むしろ一刻も早くこの地から離れ、本国に席を戻したいとすら思っている。

 それほどまでに彼が見たものは凄惨なものだった。


「儂はな……ここから離れられるのであれば、ただの一兵卒にまで身を落としても構わぬと思っている」

「何と弱気な……」

「それほど奴が恐ろしいのだ……。狂戦士バーサーカーとは奴みたいな者のことを言うのであろうな」

「狂戦士ですと? そんな馬鹿な……」


 狂戦士とは伝説やおとぎ話に出てくる血に飢えた戦士のことだ。

 獣のようにただ敵を求め戦い、敵味方関係なく殺戮に酔いしれる。そんな存在がいるなど神官には信じられないでいた。


「とはいえ、儂はこの要塞を預かる責任がある。ゆえに民達をこの要塞から本国に戻しておるのだ。いつ陥落されてもおかしくはないからな」

「なっ!? それは独断専行すぎますぞ! 本国からはそのような命令は下されていない!!」

「本国から指示など待てぬほど切羽詰まっていると理解せよ!」


 ガルドアが初めて語気を荒げ叱責した。

 カルマール要塞は城塞都市としての役割がある。

 そこに住む者達の殆どが商人や職人達だが、問題は商人の多くが奴隷売買を生業としている者ばかりで、獣人族がここを襲うに充分な理由であった。

 しかし奴隷商人でもメーティス聖法神国の民であることには変わりなく、被害を最小限に抑えるためにも今のうちに避難勧告を行っており、それでも逃げ出さずに殺されるのであれば自業自得だ。

 ガルドアもそこまで面倒は見きれない。


「無論、逃げ出す時には奴隷達を解放させることを徹底させている。これも時間稼ぎ程度にしかならぬだろうがな……」

「獣など殺してしまわればよかろうに、なぜ生かしたまま逃がすのです」

「多少なりとも手心を加えてもらうためよ……。奴らは奴隷商の存在を決して許さぬ。事実、奴らに捕らえられた者達は全員が無残な殺され方をしていた。我らもこの地に居れば同じ目に遭うであろう……」

「ほ、本気でこの要塞を放棄するおつもりか!? 仮に放棄したとして、獣どもから奪い返すのにどれだけの人員と資金が必要となるか、あなたは分かっておいでか!!」

「……仕方がなかろう。もはや、この要塞の兵力では連中を押し返すことなどできぬ」


 ガルドアにとっても苦渋の選択だ。

 だが、そうした複雑な思いを理解せぬ者はいる。

 神官はガルドアが本国の命を実行したくないがため、要塞の放棄を理由にしていると思っていたが、それが本気だと知り次第に青ざめる。


「そ、それは裏切り行為ですぞ! 奴らがこの要塞を占拠すれば、ここを足掛かりに本国に侵攻しかねない。どんな手を使ってでも死守するべきです!」

「できるのであれば儂がとっくにやっておるわ! 今や残された拠点はここしか存在せず、奴らにアンフォラ関門を先に抑えられるわけにはいかぬのだ!」

「それはいつまでも獣どもに手古摺り、事態を悪化させたアナタ方の怠慢が招いたことでしょう!」

「戦場に出たことのない若造が知ったふうな口を叩くな! そもそも勇者などというクソガキを押し付け、多くの兵が死んでいったのは貴様らの責任ではないか!」


 決して交わることのない意見のぶつかり合い。

 神官は職務に忠実で本国の命令を何としても遂行させたいが、ガルドアは戦況の劣勢から住民を守るため、カルマール要塞の放棄すら考えておりその意志は固い。

 本国の命令を実行に移せば聖騎士団は要塞ごと全滅間違いなく、しかし神官はそんな現実を見ようとせず都合ばかりを押し付け、騎士達の命を軽く考えている。

 結局のところメーティス聖法神国中央の行政議会は、僻地のことなど他人事としか見ていないのだ。


「責任追及なら本国でいくらでも聞いてやる。貴様らは余計な口出しをするな」

「後悔しますぞ!」


 苛立たし気に部屋から出ていった神官。

 そんな彼の姿が消えると同時に隣の部屋から副官が姿を現した。


「ガルドア将軍、よろしいのですか?」

「構わん……。儂の首一つでお前達が助かるのであれば安いものだ」

「中央は……本当に状況を理解していないのですね。国内の経済を立て直すことに躍起になって、外の世界の動きに気づけていないように思われます」

「その原因は……おそらく周辺の小国家群は全て敵に回ったからなのだろう。補給物資も滞るようになっては、いくら堅牢を誇るこの要塞も長くは持たん」

「では、獣人族に支援しているのは……」

「イサラス王国か、グラナドス帝国……。あるいはその両方かも知れん」


 広大なルーダ・イルルゥ平原に住む獣人族に支援をするには、その地に面した国でなければ無理だ。そうなると必然的に西の大国か北東の小国家が候補に上がる。

 だが、その二か国が支援しているとなると状況は更に悪くなる。

 どちらにしてもカルマール要塞を維持し続けることは難しい。


「アトルム皇国とソリステア魔法王国の動きも気になるな……」

「その二か国も一見して中立を決め込んでいるところが、逆に不気味ですよね。我が国を相手にする気が無いように思えますが、裏で動いている可能性も捨てきれません」

「確実に動いておるだろうな。ただ、武力行使をする気が今のところないだけだ」

「あからさまな動きを見せているイサラス王国は、実に分かりやすいですからね」

「経済の発展が早いところ見るに、ソリステアの支援を受けていると見るべきだろう。いや、もしかしたら獣人族にも何らかの介入をしている可能性も考えられるか……」

「あの国は、獣人族にも平等の市民権を与えていますから、人道支援を名目に裏で動いていることも充分に考えられます」


 獣人族に市民権を与えず迫害しているメーティス聖法神国には信じられないことだが、獣人族の人権を認めているソリステア魔法王国が人道支援を名目に何らかの動きをしている可能性は否定できず、仮にこの予想が当たっていた場合、メーティス聖法神国の状況は想像以上に事態が悪いことになる。

 四面楚歌、袋のネズミ、更には周辺諸国と共闘している場合も想定しなくてはならない。


「頭が痛い問題ばかりだな。いっそ隣国へ亡命でもしてみるか?」

「……それも良いですが、隣国といっても数が多いですよ? どこに亡命する気ですか」

「さて、少なくとも西のグラナドス帝国、あの国への亡命だけはありえんことだな」

「そうとう恨まれていますからね」


 気鬱に溜息を吐くガルドア。

 このところ夢見が悪く、起きていても常に敵から狙われているような寒気が付きまとい、落ち着いて休めた記憶がない。

 それだけ現在の状況が悪いと理解しているからこそ、今は迅速に行動せねばと逸る。

 長年の戦場経験がそう告げていた。


「……ロクス、民達の避難を急がせよ。最後の住民がここを立ち去り次第、我らも速やかに撤退する」

「では、当初の予定通りに……」

「うむ、獣どもが動かぬ今が最大の好機だからな。同時進行で撤退の準備も怠るなよ?」

「ハッ!」


 副官が部屋から退室する姿を見送ると、陰鬱気に窓の外を見る。

 太陽は地平の先へと沈みかけ、世界は赤く染まっていた。

 ガルドアの脳裏によみがえる36号砦の光景が、ちょうど今のような夕暮れ時であった。


『ヤツは……嗤っておった』


 砦の防壁は粉々に粉砕され瓦礫と化し、炎の逃げ惑う聖騎士達を圧倒的な力による蹂躙し、大地は夥しい血で染まり無数に横たわる躯を踏みつけ、少年はおぞましく嗤う――。

 日に焼けた褐色の肌は返り血で濡れ、身の丈を超える巨大な武器を軽々と振るい、頭部に被った何かの頭骨で作られた兜がまるで神話上の悪魔に見えるほどだった。

 半裸の少年はさながら武神か、あるいは暴虐の邪神か……。

 どちらにしても尋常ではない存在であり、その姿を見ただけでガルドアは恐怖に震えた。


『何よりも恐ろしいのは―――ヤツは……。ヤツの目には人間などゴミ程度の価値にしか見ていないことだ。神よ……なぜあのような化け物をこの世界に受け入れた』


 ガルドアの記憶の光景は望遠鏡で覗いた時のものだ。

 それでもわかった。

 遠くから覗いている自分を、かの化け物は遠距離にいるにもかかわらず確実に認識し、その上で嘲笑ったのだと……。

 幾多の戦場を駆けたろう騎士を震え上がらせるほど、その姿は恐ろしかった。

 今も握り締めている手が震えているほどに……。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


「「「 やぁ~っと終わったぁ~~~~~っ!!」」」


 ゼロス達が朝から始めた武器の修繕作業は、日が暮れる頃には何とか全部やり終えた。

 三人は疲労から地面に転がり、もう何もする気が起きない。

起き上がることすら億劫だ。


「もう……しばらくは魔導錬成やりたくないねぇ」

「「 ……同感 」」

 

 既に単調作業と化した錬成を黙々と続け、もはや満身創痍の彼らの横を、獣人達がいそいそと完成した武器を各部族へと運んでいく。

 

「腹減ったぁ~……」

「気づいたら日が暮れてたからねぇ」

「僕達、昼食を食べてないんじゃない? ほら、そこに用意されているみたいだけど……」

「「 無意識で作業続けてたんか…… 」」


 彼らには早朝の作業を始めた頃の記憶は残っているが、途中から自分が何をしていたのか思い出せない。無意識で一日中作業に没頭していたということだろう。

 大量生産の機械にでもなった気分だった。


「あ~……でも大変なのはこれからだと思うよ。みんなに新しい武器が回ると、騒ぎを起こす人たちもいるから」

「「 と言うと? 」」


 ブロスが意味深なことを言った傍から、工房の外から騒がしい声が聞こえてきた。

 ゼロスとアドが耳を澄ませて聞き取ろうとすると――。


「スゲェ、前の得物とは段違いだ!」

「こいつはいい……」

「よし、先ずは慣らし目的で手合わせといこうやぁ!」

「「「 いいねぇ!! 」」」

『『『 …… 』』』


 ――真っ先に使い心地を確かめようとする血の気の多い連中が、これまた同類を巻き込んで手合わせしようとしていた。

 当然のことだが、獣人族の頭の中には手加減とか慣らしという言葉は皆無に等しく、やるからには本気のガチ勝負となる。

 当然だがそんなことをされれば武器も破損するわけで、ゼロス達の苦労は無駄となることであろうことは容易に予想できてしまう。その後のルーチンワークまでもだ。


「よし、どうせやるなら他の部族も撒き込もうぜぇ~」

「今日こそ奴と決着をつけてやらぁ!」

「昨日は一方的に負けたからな、楽しい時間になりそうだ」

「じゃぁ、さっそく……」

「「「 すんなぁ!! 」」」


 慌てて止めに入いるゼロス達。

 やっとの思いで修繕したのに、戦争する前に破損させられてはかなわない。

 やる気で滾りまくる戦闘民族を宥めながら、おっさんは『こいつら、本当に遊牧民なのか?』と獣人族という種を疑うのであった。

 余談だが、説得しても納得しない獣人族に対し、各部族から代表者を出し勝負することで妥協してもらうことでその場を収めたのだが、休んでいる間に代表者選抜の激しいバトルが開始されていた。

 結局、おっさん達三人は翌日も武器の修繕作業に追われることになったのだとか――合掌。


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