おっさん、処刑要塞に到着する
まばらに木々が生える草原を、一台の軽ワゴンが砂塵を巻き上げながら走る。
ときに生え盛る草がドライブシャフトに絡まり、ときに車輪が柔らかい土に埋まり足止めをくらいながらも、やっとの思いで獣人族が住む居留地近くまで来たゼロス一行。
広大な土地の代り映えしない風景には流石にゼロス達も飽きていた。
「……アド君や、〝私の愛馬は〟と言えば?」
「……〝凶暴です〟。んじゃ、〝エロムラの頭〟とくれば?」
「……〝ラリホーです〟。そのお題、ちょっと酷いと思うんだけどねぇ? じゃぁ、次……〝聖女の魔力は〟?」
「ばん……ちょい待ち! そのお題はいろいろと問題あるだろ。あと、エロムラに関してはゼロスさんのほうが酷いと思うぞ」
『なに言ってんだ……この二人?』
そして暇だった。
会話についていけないザザは、後部座席でただ呆れ気味で眺めている。
まぁ、長時間も平原を移動してきたのだから疲れも出てくるものだろう。
「しっかし、どこの獣人族はいるのかねぇ? 見渡す限り草ばかり……」
「木もあるけど?」
「まばらに生えている木々は、もしかして獣人族が切り倒した名残なのかな? 森が見当たらない。テントや火を起こすにも薪が必要だと思うんだけど」
「あ~、ゼロス殿……獣人族には植林なんて概念はありません。テントの柱にも木材は使われますから希少なんですよ」
「もしかして、火起こしに使う燃料は乾燥させた家畜の糞かい?」
「それ、正解……。ゼロスさん、詳しいな」
「辺境に住む者達には貴重な燃料ですよ。ただ、アレで食事を作っていると思うと……」
獣人族は基本的に平原に生きる武闘派遊牧民だ。
生活はお世辞にも裕福とは言えないが、ある物は工夫し利用するくらいのことはやっており、家畜で生きる糧を得る分には充分程度な生活を送っている。
部族間の争いもあるが、基本は当事者同士が拳で語り合う平和的なものだ。戦争になるような事態など余程のことがない限り起こらない。
そう、余程のことがない限りは……。
「ザザさん……イサラス王国側から見て、獣人族の戦況はどう思っているんだい?」
「上がどう思っているかはわかりませんが、俺個人から見る限りでは圧勝でしょう。ただ……」
「ただ?」
「あのブロス殿の強さは、いずれ獣人族の中で不和を招きかねないですね」
「と言うと?」
「獣人族は強さを尊ぶ種族ですが、同時に部族が一つの家族のようなものです。突出しすぎた個人の力は不信を招くことになるかと……」
「知ってはいたけど、やっぱそうなのね……。どんな犠牲を払っても共に戦う道を選ぶのが野生の獣人族でしたっけねぇ」
「彼らは独断専行を良しとしない、ちょっと面倒くさい民族性を持っているんですよ。……物騒な風習もありますし」
物騒な風習という言葉にアドは心当たりがあり、何かを思い出したのか凄くうんざりした表情を浮かべていた。
そんなアドに不審気なおっさんだったが、詳しく問う前に目的の場所が見えてきたことで、そこから先を聞くことはなかった。
「見えてきましたね……」
「な、なんだ……あれ」
それはどう見ても日本の城を模した建築物だった。
しかし、よく見ると壁以外はすべて張りぼてのように見受けられ、とてもではないが防衛施設のようには思えない。
しかし逆にそれが不気味だとゼロスは思った。
「ブロスの奴が適当に建築した超処刑要塞。最深部まで踏み込むとマイクロウェーブで焼き殺される、城の形をした大型処刑電子レンジだ」
「ブロス君……なにを建築してんの!?」
「今思えば、あいつ……人間をゴミとしか見てなかったんだとわかるな」
以前ゼロスは『ブロスは人間を信用しちゃいない』と言ったが、凶悪な処刑要塞を建築しているのを見ると信憑性が増すどころか、むしろ殺す気満々の意志がアリアリと見て取れる。
溢れる殺意が半端じゃない。
「彼は極度の人間嫌いだと思ってはいたけど、あんなものを建築するとなると、本気で人間種そのものを絶滅させたいくらい憎んでいたんかねぇ……」
「今の俺なら、あいつがコロニーを落とした犯人だと言われても信じられるぞ」
「見た限りでは人当たりのいい少年に見えたんですが、本当に人間嫌いなんですか?」
「アレを見た限りだと間違いなく……。しかも獣人はブロス君のシンパだ、下手なことを言って怒らせたら最悪の事態になる。メーティス聖法神国もとんでもない相手を敵に回したもんだよ。アンゴラ関門とやらを攻略したら虐殺が始まるんじゃね?」
「……アンフォラ関門です」
気になるのは要塞の動力源なのだが、何でも地下深くに旧時代の遺跡があり、そこから魔力を供給しているとか。
つまり要塞は半永久的に稼働し続ける巨大な魔道具と化しているということだ。
恐ろしい話である。
「アド殿……ゼロス殿は本当に強いんですね?」
「あぁ……俺よりな」
「じゃぁ、もしあそこに着いたら……」
「……分かっているけど、ゼロスさんなら大丈夫なんじゃないか?」
「………ん?」
一瞬不穏な空気を感じた気がしたゼロスだが、とりあえずブロスの居城である即席要塞を目指す。
物騒な要塞だが一応は獣人族の居住地でもあるのだから。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
居留地に到着すると、ゼロス達は大勢の獣人族に取り囲まれた。
前もってイサラス王国の国章を軽ワゴンに張り付けていたので、一応だが物騒な状況にはなっていないのだが、人賊を快く思わない者達からは殺意を向けられてくる。
それ以外は軽ワゴンを珍しがってベタベタと触りまくる子供達くらいだ。
騒がしくなっている獣人族達の中から、体格の良い熊の獣人の戦士がこちらに向かって歩み寄ってくるのが見え、ゼロス達は少しだけ緊張した顔を見せた。
ザザはゼロス達から一歩踏み出し彼の前に立つ。
「お前達、イサラス王国の者か!」
「ええ、そうです。ブロス殿の要請でアド殿をお連れしたのですが、彼はこの居留地に居りますか?」
「居ることには居るのだが……」
「なにか問題でもありましたか?」
「いや、我ら戦士達の武器を修理や強化してくれていたのだが、疲れたのか『僕はちょっと地下を漁ってくる。息抜きを入れないとやってらんないよ』と言って採掘……いや、この場合は発掘と言うのだったか? とにかく地下に潜ったまま戻って来ない」
『『 相変わらず自由だなぁ~…… 』』
獣人族がどれほどこの居留地にいるのかは分からないが、一人で武器の整備をしていては疲労もするだろうし、休息をとることも間違いではない。
しかし、地下に潜っての掘削作業など返って疲れるのではないかとおっさんは思う。
「アド君や……この要塞の地下には何かあるんかね?」
「あ~……確か龍脈から魔力を集める機械があるって話だったなぁ~。ソリステア魔法王国に行く前に聞いたんだが、なんでも設置されたまま放置状態らしい。見たことはないが……」
「まさか、昔ここで地下都市でも建築してたのかい?」
「ブロスが言うには、都市じゃないかもしれないとか。どちらかと言えば旧時代の地下工事現場跡地が正しいんじゃないか? この要塞の動力源になってるのは確かだけど」
「それ、魔導力炉じゃね? イーサ・ランテにあるようなやつ……」
魔動力炉にはいくつかの種類がある。
龍脈を利用し都市の生活基盤を賄えるほどの大電力を生み出す超大型魔導力炉、建築物や特殊な施設の電力を賄う大型・中型の発電用魔導力炉、そして自立兵器を動かすための小型魔導力機関だ。
旧時代の文明水準がどれほどのものであったかは推測するしかないが、過去の遺物や多脚戦車の構造から推し量っても、邪神戦争直前までの技術は超高水準に達していたことは間違いない。
『……宇宙戦艦くらい建造してても、おかしくないレベルだとは思うんだけどねぇ』
衛星軌道上から地上を攻撃する兵器が存在していたのだ、宇宙開拓に乗り出していたとしても不思議ではなく、もしかしたらこの惑星以外の外宇宙にスペースコロニーが存在したとしてもおかしいとも思わない。
もっとも、その憶測は宇宙空間内にも魔力が満ちていることが前提となる。
何しろ魔導力炉が稼働するには、周囲に満ち溢れんばかりの魔力があることが絶対の条件とした永久機関なのだ。
衛星軌道上の軍事衛星も魔導力炉で稼働しているとすれば、必然的にこの世界は魔力に満ちた宇宙ということになるだろう。
「地下都市じゃなければ、軍事施設でもここに建てるつもりだったのかねぇ?」
「さぁ~、それを俺に聞かれてもなぁ……。全ては過去に埋もれ去ったものだし」
「アド殿、ゼロス殿! とりあえずブロス殿が生活しているテントに案内してくれるようなので、着いてきてください」
熊の獣人に先導され、ゼロス達はブロスのテントへと向かう。
その間、獣人族からゼロス達に向けられる視線は好奇心か敵視、中には闘志の込められたものも含まれ、正直落ち着かない。
彼らにとって人族は敵で、たとえ国が違ったとしても容易に信用できるわけではない。
「おりょ……アレは銭湯かな? こんな平原で水は貴重だろうに」
「獣人族は風呂に入らないからな、衛生的な面からブロスの奴が率先して広めたらしい。ただ、それでも水が貴重すぎて入る奴は少ないけど」
「彼らには贅沢に思われるわけか。地下水脈でも掘り当てたんかねぇ?」
「もしそうなら、どうやって水を地上へ引き込んでんだ? 井戸から汲み取るわけにもいかないだろ」
「ブロス君のことだから、きっと過去の遺物を流用してんじゃないかな? 知らんけど」
「適当だな」
憶測だけならいくらでも並べられる。
ただ、多くの部族が集う獣人族の居留地で勝手な行動をとれば面倒事を呼び込みかねず、文化や風習の異なる地にて無許可で調べるのは悪手だ。
少なくともブロスに話をつけておくくらいの段取りをしておく必要はあるだろう。
何しろこの地では人族は良く思われていないのだから。
そんなこんなしているうちに、ゼロス達はブロスが使用しているテントに到着する。
「テントと言うより、モンゴルの民族が使っているゲルに近いかな? 中国読みだとパオだっけ?」
「あ~、俺も以前来たときのそう思った。テントの名称は知らんかったけど、ドキュメンタリー番組で見たことがあったからなぁ~」
「部族によってはインディオ風のテントもあるねぇ。そっちの正式名称は知らんけど」
「ゼロスさんなら何でも知っていると思ってたんだが、知らないこともあるんだな」
「そりゃあるよ」
熊の獣人はゲルの中を確認したが、どうやら誰もいなかったようで凄く困っている様だった。
「カシラだけでなく、奥方もいないな……。仕方がない、呼びに行ってくるか」
「我らはここで待っていればよいのか?」
「客人をこの場に立たせておくわけにもいかんし、仕方がないから中で待っていて欲しい」
「いや、他人の家に勝手に上がり込むわけにはいかないだろ」
「構わん。どうせ盗むものもないし、いつも気まぐれで行動するカシラが全部悪い」
『『 ブロス(君)、相変わらず好き勝手やってるのか…… 』』
自分達の事を棚に上げておきながら、そんなことを思う。
熊の獣人に促され、ゲルの中で待つことにした三人。
しかし待っている間も暇だった。
「アド君や……。確かブロス君は、獣人族の奥さんが何人もいると聞いたんだけど?」
「俺がここにいた時も一人、また一人と増えていたからな……。現在何人いるのかすら、俺にも分からん」
「……ハーレムやん」
「う、羨ましい……」
独り身のザザにはつらい現実であった。
しかも所属している部署が暗部である限り、今後彼に恋人ができる可能性は低い。
何しろ同僚の女性は全員がスレており、市井の女性を恋人にしようものなら同僚の野郎どもが邪魔をし、恋人ができたとしても自身の仕事は国外の各地に赴くので、二人だけの甘い時間など取れるはずもない。
ザザの未来は果てしなく続く暗雲だけが立ち込めていた。
「しっかし、普通ならテントに何人かいるもんだと思うんだけどな。以前も数人はここに待機してたから」
「ブロス君……干からびてないといいよねぇ。そんなに奥さんがいたんじゃ身が持たないでしょ」
「羨ましすぎるぅ~」
「「 干からびるのが? 」」
奥さんが何人もいたのでは夜のローテイションもかなり揉めそうな気がする。
下手すると数人同時になんてエロ同人誌展開も現実にあるわけで、さすがに肉体は超人レベルのブロスでも毎日相手をしていては身が持たない。搾り取られ過ぎてミイラ化していたら目も当てられないだろう。
「生きてるよね……ブロス君」
「搾り取られて残りカス状態だったら、ここに来た意味がなくなるよな? 今から帰り支度でもするか……」
「俺も一度でいいから搾り取られてみてぇ~~~っ!!」
『『 マジですか? 』』
ザザの願望はある意味で男にはロマンだが、現実として考えると地獄だ。
悲しい男の悲哀も理解できるわけで、アドとおっさんは何も語らずそっと涙する。
「アドさんが来たってぇ!? むちゃくちゃ早い到着じゃん。アドさん、おっひさ~~~っ!」
テンション高めにテントへと入ってきたブロス。
だが、その彼は半裸で『あっぱれ富士山』と書かれたフンドシ一丁と、とても客前に出るような格好ではなかった。
「「「 なんて格好してんだぁ~~~~~っ!? 」」」
「いやぁ~、少しでも魔導錬成する金属が欲しくてね。採掘……いや、発掘? どっちでもいいか。ともかく作業してたら途中から奥さん全員が来ちゃってね。そこから先はホラ、言わなくても分かるでしょ?」
『『『 こいつ……地下でお楽しみタイムの真っ最中だったのか? 』』』
久しぶりに見たブロスは見事リア充に転向していた。
ザザは嫉妬で血の涙を流し、おっさんとアドは若干イラっときていた。
「んで、みない顔の人がいるね。そのローブ……もしかしてゼロスさん?」
「久しぶりだねぇ……。いや、素で会うのだから初めましてかな? ブロス君。なんか君、角が取れて随分と人格が丸くなった?」
「え~そうかな? 僕は変わらないと思ってるんだけど」
「君、人間嫌いだったでしょ。それは今も変わりないようだけど、雰囲気が少し落ち着いた感じがするね」
人のよさそうな少年の顔に、一瞬であったが影が差した。
それはとても冷たい眼差しで、心の底から怖気が出るほどの異様な光を放っていたが、直ぐに元の屈託のない表情に変わる。
「今さら隠すつもりはないよ。それに、僕はここで守りたいものができたんだ。それを壊すような奴には容赦するつもりもないよ。たとえ相手がゼロスさんだろうともね」
「そうかい。まぁ、いい方向に変わったようだし、元気そうで何よりだ。それにしても……相変わらずケモミミヒャッホーしてんだねぇ。今奥さんは何人いるんだい?」
「ん~33人かな。子供もできたら大家族だね」
「いや、もう充分に大家族でしょ。生活は大丈夫なの?」
「皆が助けてくれるからさ、多少は不便でも困ることはないかな。絶えて久しい義理人情が熱いよね」
ゼロスの知るブロスと言う少年は、危ういほどに心が壊れていた。
そんな彼が守りたいものがあると強い意志を示せるようになったことは素直に嬉しいが、ブロスはゼロス以上に容赦ない性格なので、別の方向で危険な成長を遂げたとも言える。
ある意味ではこの世界に最も適応していると言い換えることもできるだろう。
弱肉強食という意味での適応だが……。
「んなことよりもブロス……お前、俺を呼んで何をさせようっていうんだ?」
「ん~、何となく分かるんじゃない? 武器の修繕と強化を手伝ってほしいんだよ。僕一人じゃ大変なのさ。ゼロスさんも連れてきてくれるなんて、ナ~イス!」
「ブロス君や、それは獣人族全員分の武器をかい? 鉱石とかはあるの?」
「イサラス王国から送られてきてるけど、僕一人じゃ終わらないんだ。お願いだから手伝ってよぉ~~~っ、さっさとカルマール要塞を攻略したいのにぃ~~~っ!!」
「「 その前に服を着ろや! 」」
褌一丁で抱き着いてくるブロス。
残念だが少年に半裸で抱き着かれてもゼロスやアドには嬉しくない。
これが美少女ならおっさんも悪い気はしないが、逆にアドの命が危ないのでこれはこれで助かったともいえる。危ない絵面には間違いないが……。
「まぁ、ぶっちゃけあんな貧弱で脆い武器を使っていたら、カルマール要塞を落とすなんて無理だよ」
「獣人族の武器はそんなに脆いのかい?」
「脆い、へぼい! すぐ壊れるの三拍子だよ。獣人族は基本的に筋肉至上肉体言語主義だからさ……」
「「 あ~……武器にはこだわらないわけね 」」
獣人族でも傭兵であれば武器や防具には多少高値でも良いものを選ぶだろう。
しかし、ルーダ・イルルゥ平原の獣人族達は生まれながらに高い身体能力を持ち、武器を持つ人間を圧倒できるだけの素養が災いしてか、加工技術が進歩することはなかった。
喧嘩や部族間のいざこざであればそれで充分だっただろうが、事が戦争となると彼らの常識は通用しなくなる。特に勝つための騙し討ちなど獣人族は絶対にやらない。
今まで力にものを言わせた突撃も、戦略と戦術の前ではただの自爆に変わり、ここに来てようやく策を練る大切さがわかった時には多くの同胞が奴隷とされてしまった。
ブロスがいなければただ狩られるだけの存在となっていただろう。
「まぁ、今日到着したばかりだから、武器づくりは明日からになるだろうねぇ」
「俺もさすがに今から強化してくれと言われても無理だぞ」
「俺は案内役ですし、役割終えれば暇になりますな……」
「はは、ゼロスさんじゃあるまいし、今から手伝えなんて無茶なこと僕は言わないよ。今日はゆっくり休んでくれていいから」
ブロスの一言でアドとザザの視線がゼロスに向けられる。
おっさんも『なんで僕を見るんだい?』と言いたげな表情だったが、よく考えてみれば【ソード・アンド・ソーサリス】時代に希少アイテムをゲットして直ぐに武器づくりを行ったことが頻繁にあることに気づき、身に覚えがありすぎて何も言えなかった。
そういう意味ではブロスもゼロスの被害者なのである。
「とりあえず来客用のゲルがあるから、今日からそこに泊まってよ。今から案内するからさ」
「どうでもいいけど、なんで君は褌一丁なんだい?」
「えっ? 採掘と言えばフンドシでしょ。地下は蒸し暑いし、厚着してたら直ぐに脱水症状になるからだけど、おかしい?」
『『 こいつ……地下何メートルの場所にいたんだ? 』』
いろいろと気になることはあるが、このブロスと言う少年は素直に質問に答えてくれるような性格ではない。
しかも今は獣人族の頭目で、彼らの不利益になるような情報は決して漏らさないだろう。
それが分かるゼロスとアドはこれ以上聞くことはせず、褌をなびかせながら颯爽と先導する少年の後をおとなしく着いていく。
そんなゼロス達……いや、正確にはゼロスにだけ男達がやけに視線を向けていることに気づく。凄く居心地が悪い。
「ブロス君や……なんか、僕に向けて熱い視線を向けている連中がいるんだけど……」
「うん、いるね」
「彼らは、なぜに僕を見ているんでしょうかねぇ?」
「値踏みしてるんだと思うよ」
「値踏み?」
異文化で彼らのことを良く知らないおっさんは、値踏みが何を意味するのかよく分からなかった。
そんな中、獣人族の中から半裸の男達が立ちふさがる。
全員がガチムチの屈強な体つきで、あきらかに戦士と思わせる覇気を身から漂わせ、しかも彼ら全員が僅かばかりの武装と褌一丁な姿であった。
褌にはそれぞれ『裸一貫、漢道』とか、『漢は黙って背中で語れ』とか、『拳交わしてこそ真の友』・『男は涙を見せぬもの』・『義侠の魂、百まで』などなど、妙に暑苦しいロゴが書かれていたりする。
その一団の代表がブロスに語り掛ける。
「……酋長、その方々は以前に来た客人ですな?」
「そだよ」
「初めて見る者もいるようですが」
「ゼロスさんね。皆も仲良くしてよ?」
「仲良く……ですか。承知しやした。おい、あんた」
「へ? 僕のことですかい?」
フンドシな男達の視線がゼロスに向けられる。
同時に凄く嫌な予感がした。
「「「「「 やらないか? 」」」」」
「・・・・・・・・・・」
そして、男に言われたくないセリフを言われてしまった。
あまりのショックでおっさんの意識が遠のいていく。
『……嘘でしょ。こんな役割はエロムラ君だけだと思っていたのに……。マジか、獣人族にもそっち系がいるんですか……。褌一丁の姿だから怪しいとは思っていたけど、マジもんのサブちゃんでしたか!? 『儂ら素敵すぎぃ~っ!!』と叫ぶんですか!? おぉ……神よ、世界は腐に満ち満ちてます。この呪われし悪夢の世界に早く終焉を……』
世を儚みながら邪神ちゃんに祈る……。
気のせいか、『そんなくだらぬ理由で、我が世界を滅ぼすか!』と聞こえた気がした。
ここで事情を知るアドが助け船に入る。
「ゼロスさん、こいつらが言っていることはそっち系のことじゃないからな? ただ強い相手と戦いたいだけだから。俺も最初はこいつらの相手をさせられたから」
「………え?」
「うむ、そっち系というのが何のことだけかは分からんが、俺達は強いやつと戦いたいだけだ」
「そ、そうですか……。あ~驚いた」
「「「「「 だからよぉ~、決闘し(やら)ないか? 」」」」」
「言い方ぁ! その言い方、何とかなりませんかねぇ!?」
獣人族の男達はまぎらわしい連中だった。
それはともかく、周囲からはギラギラとした闘気が一斉に発せられる。
その波動はまるで『断ってもいいんだぜ? ただ強引にでも相手してもらうだけだからよぉ』と、無言の意志をゼロスに向けているかのようだった。
そう、彼らは強者を尊ぶ。
だが相手が強者であると本能で分かるからこそ挑みたくなるのである。
ここは野蛮人達の巷。
ゼロスが強者である限り逃れられないのである。
「ブロス君……彼らをなんとかできませんかねぇ?」
「無理じゃない? どう見ても彼らは戦う気だよ。ここは腹を決めて相手してあげればいいと思う。僕も認められるまで戦い続けたしね」
「なら獣人族の中で屈強な猛者を出してくださいよ。僕は弱い相手をボコるつもりもないし、手練れなら気兼ねなく倒せますから」
「しかたがないなぁ~。野郎どもぉ、部族の中から代表者を数人ずつ出せ! ゼロスさんは弱いやつは戦いたくないと言ってるぞ!」
「「「「ウォオオオオオオオオオオォォォォォッ!!」」」」
居留地全体に響き渡る男達の雄叫び。
そんな中でアドだけが、『ゼロスさんの相手なんて誰も無理じゃね? 死人が出るんじゃね?』と本気で思ったが、もはや周囲は止めようがないほどにヒートアップ。
周囲は慌ただしく動き始め、お祭り騒ぎ状態へ突入した。
「太鼓用意しろ。宴が始まるぞぉ!!」
「酒もじゃぁ!!」
「久しぶりの喧嘩祭りじゃぁ!!」
「へへへ……滾るぜ」
「参加するのは俺だぁ!」
「あん? 俺に決まってんだろ」
「あ? アタシが参加するんだよ。弱っちい男どもは引っ込んでな!」
強そうな客人が来るたびに、相手に合わせて強者とガチ喧嘩をするのが彼らの風習だ。
逆に言うと弱いと分かる者には見向きもしない。
そして、ゼロスはブロスやアド同様に鳥肌が立つほどの寒気を感じるほどの強者なため、血の気の多い連中はぜひとも挑んでみたくなる。
彼らはどこまでもチャレンジャーなのだ。
「なんて血の気の多い連中なんでしょ……」
「まぁ、部族の連中全てと戦うわけじゃないし、ゼロスさんなら直ぐに片を付けられるだろ」
「あっ、俺は向こうで見物していますんで……」
「ゼロスさん、誤って僕の仲間を殺さないでよ? もし、うっかりでも殺っちゃったりでもしたら……わかってるよね?」
「うわぁ~い……アウェイの中でのガチバトルだぁ~。しかも誰も応援してくれねぇ~……。おじさん、帰りたくなっちゃったよ」
ザザはともかく、アドとブロスはゼロスが強いことを誰よりも知っている。
だからなのか、応援や労いの言葉をかけるなどの気配りすらない。
信頼されているのか、それとも応援するだけ無駄だと分かっているからなのか、何にしてもゼロスに向けられる言葉は実に冷めたものであった。
居留地はあれよあれよと準備が整っていく。
『……まぁ、適当に相手をすればいいか』
そして宴は始まる。
この騒ぎは日付が変わる深夜まで続けられ、多くの獣人達が宙を飛んだ。
ゼロスとしては単調作業であったが、獣人族にとっては圧倒的な強者と戦え、実に嬉しそうであったという。
獣人族――彼らは遊牧民と言うより戦闘民族の類だと思った方がよいのかもしれない。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
メーティス聖法神国は特異な国である。
教皇を筆頭に上位の神官達が国の頂点に立っているが、その殆どは元が貴族であった者達の血統で占められ、市井出身の者達は一定の階級までしか昇り詰めることはできない。
貴族主義の議会制国家がそっくり宗教に置き換わったような国だった。
そのため中央で政権を握る一族は変わることがなく、国境に近い貴族の立場は低かった。
当然だがそこに不満を持つ者もいるが、メーティス聖法神国は事実上軍事国家の側面もあり、表立って反抗することすらできない。
今までも我慢に耐えきれず反抗した者達はいたが、異端者としての烙印を押され悲惨な運命を辿った。宗教という枠組みの中から出ようとする者は危険因子としての末路を辿ることになる。
だが、時代が変われば情勢も変わる。
「……なんとか交易を続けてもらえないだろうか?」
「そうは言いますがね。貴殿の国は以前から我が国に対し、様々な圧力をかけてきたでしょう? 辺境伯殿の気持ちはわかりますが、我が国としては既に我慢の限界なのですよ」
「そこを何とか! 中央議会の方々からも圧力をかけられ、私達もこのままでは……」
「先に仕掛けてこられたのは貴国のほうですぞ? 今まで譲歩してきたからといって、今後も同じように譲歩されるとは限りません。だからこそ外交というもが重要視される」
「そこは分かっております。ですが……このままでは我が領民達が飢えてしまう」
この日もソリステア魔法王国の王都にメーティス聖法神国の辺境貴族が交渉に来ていた。
近隣諸国からの交易が途絶え、国境付近の貴族領から真っ先に経済破綻が始まり、財政を賄えず荒廃の一途を辿っていた。
この辺境伯も自領の民が苦しい状況に置かれることになり、恥も外聞もかなぐり捨て、なんとか交易を続けてもらおうとソリステア魔法王国を訪れたのだ。
対してソリステア魔法王国の外交部職員は冷淡な反応である。
「我が国は、既に貴国の領土を頼る必要はないことはご存じでしょう? 交易品は海路を使うことで陸上運送よりも早く運べますし、イサラス王国やアトルム皇国とも最短の地続きとなった。今さら高い通行税を払ってまで貴殿の領土を通る必要性はないのですよ」
「そのせいで我が領は……」
「今までは鉱物資源などの輸入は貴国に頼らざるを得なかったが、不当な物価のつり上げや高い通行税に悩まされ、それをいかに安定供給できるのか考えた末のイルマナス地下街道計画だったのですよ。今まで散々煮え湯を飲まされてきましたからな」
「うぐ……」
「しかも現在貴国はかなり大変なことになっておられる。好き放題やってきたツケを払う時が来たと思うべきでしょう。こちらとしては譲歩することはありません」
助けるつもりは全くないとはっきり意志表示されてしまった。
何を言っても無駄だと分かり辺境伯はがっくりと肩を落とす。
「ふぅ……領民のことを想うのであれば、貴殿もそろそろ覚悟をするべきでしょうな」
「……覚悟、ですか?」
「この状況が続けば、貴殿に残された道は二つしかありません。どちらを選ぶかはあなた次第ということになりますがね」
「………」
「時が来れば選択を迫られることになるでしょう。アナタがまともな貴族であることを願うばかりです」
二つの道――それは祖国に殉じ無能者として中央議会で処罰されるか、祖国を裏切り領地ごとソリステア魔法王国に呑まれるかだ。
彼にとって、メーティス聖法神国の貴族のままでいることは終わりのない受難が続くことを意味するが、だからといって今すぐ他国側に鞍替えするわけにもいかない。
しかし、こうして交渉している間にも自領の民の暮らしは困窮し、税金すら徴収できぬ有り様だ。
「その時とは……貴国側はいつごろ来ると予想されていますか?」
「北は獣人族の部族が反乱を起こしており、内側では正体不明のドラゴンが暴れ廻っている。城塞都市の一つが壊滅したらしいですな? そのせいもあって交易による流通も滞り始め、ついでに災難続きによる復興の遅れで経済が破綻しかけていると。貴殿が思っているよりも早くその時は来ると推測しておりますよ」
「………(おそらく、それだけとは思っていないだろう。地下で国境を越える街道ができたということは、イサラスやアトルムとの外交が容易になったということ。そしてソリステア側のこの余裕……。まさか!)」
弱小国同士の交流が容易になったということは、同時に支援も可能となったということだ。現にイサラス王国側は外交でも強気に出ており、安価による鉱物資源の購入が難しくなってきている。逆に言うと他国へと流している可能性が高い。
もはや鉱物資源御販売ルートはアトルム皇国だけではないのだ。
「最近、我が国内にもイサラス王国の商人が店を出すようになりまして。、そこを起点に他の隣国への販売ルートが確立しまして、いやぁ~経済が潤い始めておりますよ」
「……(これ見よがしに情報を漏洩。他愛のない情報だが、そこに意味があるはず。交易は領地――国を潤すことを暗示しているのだとすれば、まさか私に祖国を裏切れと言ってる? 決断とはそういうことなのか!? ソリステア魔法王国は戦わずして領土を奪うつもりか!)」
もし今の自分のように、交渉に訪れた貴族にこの話を持ち掛けていたとすれば、情勢次第ではこの話に乗る貴族は増えるだろう。
イサラス王国とアトルム皇国と懇意の仲であることから、水面下でこのような切り崩しを行っていることが窺える。混乱しているメーティス聖法神国からすればかなりマズイ事態であるのだが、対処している余裕がない。
「貴国は……まさか」
「はて、私は少し世間話をしただけですが? あなたが何を思ったかはわかりませんが、その様子だと迂闊に声に出して良い内容ではなさそうですね」
『白々しい……。だが、これは私にとっても好機ではないか? 事が起これば行動に移すだけでよいだろう。問題は彼らの言う時期がいつなのかだが……』
メーティス聖法神国が亡国の道を突き進んでいることは周知のことである。
今後の情勢次第では自分の身も危うくなる可能性も高く、余計な損害や義精を出さずに済むのであれば話に乗るのも悪くはない。しかしこれ以上の情報は望めそうにもなかった。
少しでも多く情報を得ようと、貴族と外交部職員による狐と狸の化かし合いは続けられ、言葉による平行線という名の戦いは続く。
その時が来るのも、そう遠い話のことではなかった。




