おっさん、ルーダ・イルルゥ平原に向かう準備をする
ソリステア公爵家の別邸に呼ばれたゼロス。
屋敷のメイドに案内され応接間に来てみると、そこにはアドとクレストン元公爵の姿があり、何やら重苦しい空気が流れていた。
「お久しぶりです、クレストンさん」
「おぉ、ゼロス殿。待っておったぞ」
「部屋に入った瞬間に重苦しい空気を感じたんですが、何か面倒なことでも起きましたかねぇ?」
「面倒事と言えばそうじゃな。まぁ、立ち話もなんじゃ。そこに座っとくれ」
高価なソファーに座るゼロス。
先に来ていたアドはなぜか悩んでいるようだった。
「アド君や、どしたの? まるでニョッキを口にしたらトッポギだった顔をしてるぞ」
「どんな顔だよ……」
「そうだねぇ……悲しみのあまりドラムを叩きながらレゲエを歌いつつ、天井におわします旧暗黒大邪神に祈りを捧げたら、這い寄られた挙句にマッ●ルインフェルノを掛けられたゴリラのような顔かな?」
「ツッコミどころがありすぎて難解になってるじゃねぇか! どんな顔だかわかんねぇよ!?」
「……いいかのぉ、話をしたいのじゃが」
「「 さーせん 」」
クレストンに冷ややかな視線を向けられ恐縮するおっさんとアド。
アドで遊ぶには場所が悪すぎた。
「して、ご用件は? 僕を呼ぶということは、アド君と何かの依頼を受けてほしいというところですか?」
「何と言うかのぅ。イサラス王国を経由して、獣人族側からアド殿に指名依頼の要請が来ておるのじゃ」
「ほう……」
「おそらくは武器の修復や整備だと思うのじゃが、ほれ……アド殿には奥方と子供がおるじゃろ? 心配で離れたくないようなんじゃ」
「あ~………」
ゼロスが来る前にアドは事前に一通り説明を受けていた。
彼としては、ようやく一緒に暮らせるユイと娘を置いてソリステア魔法王国から離れたくはなく、わざわざ大国の反対側にある獣人族の領域に行きたくはない。
そもそもアドがイサラス王国に手を貸していたのは偶然の結果にすぎず、また異世界に来た理由の根幹には四神のやらかしもあり、復讐目的で行動していたにすぎない。
別に英雄になりたかったわけでもなく、ユイと再会してからは国家間の揉め事に手を貸すことにはなるべく遠慮したいわけで、正直に言えばただ迷惑なだけであった。
柱となっていた復讐心が薄れ、面倒事を避けるようになったともいえる。
「ブロスのヤツ……なんでわざわざ俺を指名しやがるんだ」
「そういえば、獣人族のリーダーはブロス君だったねぇ。彼はケモミミを守るためなら、知り合いでも駒として使うよ」
「俺は戦争に参加したくねぇんだけど……」
「それは獣人族側の武器の質に問題があるのじゃと思うが?」
「質? 獣人族の武器はそれほどしょぼいので?」
「ただでさえ脆い武器なのに、そこへ民族特有の模様を彫り込むからのぅ。長期の戦いには向かぬじゃろう」
ゼロスの脳裏に、『ごめぇ~ん。僕が強化してもいいんだけどさ、さすがに一人じゃキツイから手伝ってね~』と、悪びれなくお願いしてくるブロス(ゲーム時のアバター)の姿が浮かんだ。
だが、このお願いを聞けば間違いなく戦争に参加させられる可能性が高い。
「つまりは、獣人族側の戦争が大詰めを迎えていると、クレストンさんは見ているのかな?」
「あるいは始まりかのぅ。カルマール要塞とアンフォラ関門……。ここを落とせば獣人族の勝利は確定したようなものじゃな。じゃが、そこには北方守備の聖騎士団が防衛しておる」
「獣人族側が数で攻め込んでも、犠牲もかなり出ると予想しているとか? 武器の質が悪いから更に酷い状況になると見ているんですかねぇ」
「戦は確かに数がモノをいうが、武器の質にも左右されるじゃろ。いくら屈強な獣人族の戦士達でも、簡単に壊れるような武器では満足に戦えまい」
「要塞くらいブロス一人で落とせるだろうな」
アドの意見にはおっさんも同意する。
それでもアドに手伝ってもらいたいということは、別の問題が発生しているということだ。武器修繕依頼の可能性は充分に高い。
「ブロス君ならできるだろうね。単純な肉体による戦闘力だけなら、魔導士職の僕達以上だからねぇ」
「なんと、それほどの強者なのか。だとすると、獣人族はかなり落ち込んでおるじゃろうな……」
「「 はぁ!? 」」
「純粋な獣人族はのぅ、強者と背中合わせで戦うことを至上の喜びとしておるのじゃ。ただ、強者による独断専行で知らぬうちに戦いを終わらされると、拗ねてストライキを起こすのじゃよ」
「「 なに、そのめんどくさい習性…… 」」
「部族ごとに集団生活をしておるから、独断で行動するよことは許されぬのじゃよ。それがたとえ自分達が認めた強者であってものぅ」
獣人族の生活はお世辞にも豊かとはいえない。
だからこそ部族が一丸となって協力し合うことで過酷な環境を生き抜いてきたが、その性質がゆえに身勝手な行動は許されず、たとえ仲間を守るためであっても一人で動くなら部族長でも許さない。
言い方を変えるなら、『みんなで地獄へ行こうぜ』とか、『俺達はファミリーだ。一人で死なせやしないぜ』など、何事にも仲間全員で動く部族なのである。
軍隊として見るのであれば恐ろしいところだが、獣人族に適材適所という概念が乏しく、何事にも集団による力押しで事を進めようとしてしまう。
ブロス一人で決着をつけようとすると、『俺達もついて行くぜ、兄貴ィ~~っ!!』とか言い出し、もれなく集団で着いてくることになる。
犠牲を避けたいブロスにとっては彼らの信頼は嬉しい反面、邪魔な民族性であった。
「……ブロス君、苦労しているだろうねぇ」
「強者を尊び弱者は守り、やる時は集団で全力全開。それが純粋な獣人族なのじゃ」
「平原ならそれでいいだろうが、要塞なんかの攻略には戦略や戦術が必要だろ。連中は集団自殺の願望でもあんのか?」
「民族的な伝統が染みついておるのじゃろ。根底には『死した仲間の魂は自分達と共にある』という慣習があるからのぅ。命がけで戦えば必ず勝てるという考えが根強いのじゃな」
「それで勝てるほど戦争は甘くないんですけどねぇ」
なんとも面倒な民族である。
だが、それだけに集団で攻めてきた場合、けして侮れない強さを発揮することもまた事実だった。
「それで、僕が呼ばれた理由は何ですかねぇ?」
「なんとなく察しておるのではないか?」
「アド君と共に、獣人族の住む平原に向かえってことですか? 呼ばれているのはアド君だけでしょうに」
「アド殿は一応、イサラス王国の交渉役としてこの国に来ておることになっておる。何かあっては困るというのが我々の判断じゃが、要はゼロス殿に監視役を頼みたいということじゃな」
「監視?」
「正確にはアド殿に近づいてくる者達への監視じゃな。儂らとしてもアド殿のような優秀な人材を他国に渡したくはない」
イサラス王国にとってアドは恩人であるが、同時に国の変革に一役買った英雄だ。
しかもルーダ・イルルゥ平原で行われた戦いで勇者が率いる聖騎士団を壊滅させ、大国の軍事力を大きく削り取ったことにより、メーティス聖法神国は軍事力の回復に力を入れざるを得なくなる。
イサラス王国の国境に面した砦の兵力は、僅かに残しすべて撤収することになった。攻め込むには好機である。
簡潔に言ってしまえば、イサラス王国はアドを戦力として見ている。
しかし、ソリステア魔法王国から見ると隔絶した強さは脅威でしかなく、できるだけこちら側に留まっていてほしい。
「アド君を軍事目的で利用されないための監視ですか」
「うむ。本人も平穏な暮らしを求めておるのでな、そこに師であるゼロス殿を出すこととで楔を打ち込みたいのじゃよ」
「別にアド君の師匠ではないんですけどねぇ」
「似たようなもんだろ。俺の戦い方はゼロスさんの影響が大きいことは事実だからな」
「君、僕を巻き込もうとしてないかい?」
「面倒事はさっさと終わらせたいんだ、協力してくれよ」
アドとしては、もう四神への復讐など考えていない。
既に邪神ちゃんが復活している以上、今さらそんな面倒事に首を突っ込む気も起きず、のんびりユイと娘三人で暮らしていたかった。
しかし今回はブロスからの要請であり、知り合いのお願いを無視するのも不義理に思え、嫌だけど行くしかなかった。
面倒事は早めに解決しておくことが望ましく、どうせならゼロスも巻き込んでしまえと思うのも、ある意味では仕方がないことなのかもしれない。
「まぁ、アド君の気持ちも分からなくもない。それにしてもブロス君か~……」
「アイツは止まらないだろうな、筋金入りのケモラーだから」
「ケモミミの敵は、全て彼の敵だからねぇ。それとは別のこともあるけど、その何とかという要塞は阿鼻叫喚の地獄を見ることになるだろうなぁ~、きっと。気の毒に……」
「その、なんじゃ……。ブロスとかいう獣人族の首領は、それほど危険な人物なのかのぅ?」
「話せばわかる奴だぞ。獣人に手を出さなけりゃ……」
「国ぐるみで獣人族を酷い目に遭わせたと知れば、彼は笑いながら大量虐殺をするだろうねぇ。人間を殺すことを躊躇わないと思うんですよ」
一言で言うならブロスという人物は動物好きな少年だ。
ただし、そこに人間を生物として見ていないという括りがつく。
一見して純朴そうな少年に見えるが、内面は人間を全く信用しておらず、常々動物虐待するような人間を殺したいと言っていたほどだ。
「彼は動物好きなんだけど、それ以上に極度の人間不信で、『法律で守られてなければ、人間を皆殺しにしたい』とか、『人間なんて絶滅してしまえばいいのに』とか言ってたねぇ」
「えっ? アイツ、そんなに病んでる奴なのか?」
「見た目じゃ分からないだろうね。何と言えばいいのか、彼は純粋に人を憎んでいるよ。ぶっちゃけると彼は僕でさえ信用しちゃいないんだ」
「嘘だろ!? あんなに仲良く物騒な武器を作ってたじゃないかよ」
「だからこそ、ケモさんに懐いてたんじゃないのかい。ケモさんはとんでもなく懐が広かったから、ブロス君の闇でさえ肯定的に受け入れていたし」
底が知れないのは【殲滅者】のリーダーである【ケモ・ラヴューン】も同じだった。
日常会話で高校生低学年の引きこもりとか聞いていたが、話がころころ変わるのでゼロスにはとても未成年とは思えず、時折見せる知性の深さに畏怖を抱くこともあった。
特にブロスに関して、『あの子はきっと誰も信じられないよ。けど、もしも自分を受け入れてくれるような存在がいたら、いったいどんな風に変わるんだろうね』と言っていた。
ゼロスでも掴めなかったブロスの闇を見透かしているかのように。
「そんなブロスと、なんでゼロスさんは仲良かったんだよ」
「まぁ、彼に共感できる部分があったからねぇ」
「ゼロス殿にも闇があるのかのぅ」
「ブロス君ほど重症じゃありませんけどね。それに僕は身内にクズがいただけで、それ以外は普通でしたよ」
「「 どこが? 」」
身内のクズに悩まされ闇を抱えていたのは分かるが、それ以外でも本人がいくら普通だったと言ったところで、今さら誰も信用してはくれない。
それだけのことを今まで充分にやらかしている。
世の中は行動による結果で判断されるのだ。
「僕のことはいいんですよ。それよりも僕は、ブロス君に配下となる人材を得たことの方が問題だと思うねぇ。なにせ極度の人間嫌いだよ? メーティス聖法神国相手に自重なんてするわけがない」
「その割には派手なことはしていなかったと思うな。砦なんかも地道に落としていたし、よほど防衛が厳しいところじゃない限り、単騎突入はしていなかったと思うぞ?」
「そこが気になっていたんだ。ブロス君が僕の知る頃のままなら、一人でメーティス聖法神国に喧嘩を吹っかけてますよ。むしろあの国が今も存続していることの方がおかしい」
「そこまで危険なのかよ」
「……むぅ」
ゼロス自身が心に闇を持っていたからこそ、ブロスの闇を知ることができた。
だが、その闇の深さまでは最後まで分からなかった。
少なくとも彼の危険度はゼロス以上であることだけは分かっている。
「下手をすると、僕達がブロス君を止めなくちゃならないかもね」
「それは嫌だな。アイツとは一対一でも勝てねぇよ」
「僕でも相打ち覚悟で挑むしかない」
「ゼロス殿にそこまで言わせるとは……。恐ろしい話を聞いてしまったのぅ。聞けば成人したばかりの若者という話ではないか」
『『 そんな情報を仕入れてくる公爵家の方が恐ろしいんだけど? 』』
ブロスの姿は知らないクレストンだが、情報部から齎された報告で見た目以上に若いと知らされ、詳しく調べてみると初等学生くらいの小柄な人物ときた。
そこにも驚きだが、ブロスが加わったことでの獣人族の動きは、クレストン達も危険視するほど目覚ましい活躍を見せていた。
『ブロス君らしくないんだよなぁ~。何か心境の変化でもあったのかな?』
ゼロスが先に述べたように、ケモ・ブロスという少年は心に闇を抱えている。
それは【ソード・アンド・ソーサリス】の中でも顕著に表れており、敵対した相手はドン引きするほど残虐な手法で倒し、それゆえに【野蛮人】という二つ名がついたほどだ。
残虐無法、極悪非道、悪徳外道の文字が彼ほど似合う人物はいなかった。
「確かめてみるか」
「えっ、ブロスに会いに行くのか!? さっきまで嫌そうな顔してなかったか?」
「そんなに驚くほどのことかい? ささっと行って、ぱぱっと帰ってくればいいんだよ」
「それだけで済むとは思えねぇんだよなぁ~……」
「では、イサラス王国の方にもアド殿が向かうと知らせておくかのぅ。おそらくは案内人が来るはずじゃ」
「マジかよ……」
こうしてアドのルーダ・イルルゥ平原行きは勝手に決まった。
アドとしては正直行きたくない。
「案内人はおそらくじゃが、アド殿と面識がある者じゃろうな」
「面識がある? 誰のことだろ」
「アド君や、君は世話になった人の名前や顔を覚えていないのかい?」
「なんか、もうどうでも良くなっちまったからな」
「こちらから繋ぎを入れれば、直ぐにでも落ち合う場所を知らせてくれるじゃろ」
「では、落ち合う場所はオーラス大河の畔と伝えてください。指定場所は向こうに任せます」
「ふむ……わかった。こちらからそう伝えておこう。すまぬがよろしく頼むぞい」
「う~ん。俺と面識がある? 誰のことだ……」
同時刻、サントールの裏街にある場末の酒場で、諜報員であるザザがくしゃみをしていた。
それはともかく、翌日からゼロスとアドは急いで出立の準備を始めるのである。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
いきなり新入生の講師を任された上位成績優秀者である生徒達は、全員が頭を抱えていた。
そもそも彼らは、同級生や成績の伴わない上級生などに講義範囲などを教えたことはあるが、それはあくまでも生徒の範疇内であり、責任を持つ立場で講義をしたわけではない。
それがいきなり講師陣営の職務放棄で授業内容を一から作り直し、後輩達の面倒を見ろとまで言われるとは思ってもみなかった。
その結果、所属する派閥関係なくどうしてよいのか悩むこととなり、良案をだせぬまま情けない呻き声をあげていた。
「どうすりゃいいんだ……」
「俺達は学生だぞ。無茶ぶりしやがって……」
「丸投げじゃねぇか」
「こっちだって研究しているものが山ほどあるんだぞ」
「無駄なことはしたくないわよね」
いくら臨時講師とはいえ、何かを教えるには責任が伴う。
誤った知識を教えてしまい取り返しのつかない事件を起こされたら、その責任は臨時講師役の学生に押し付けられる可能性も高い。
「まさか全部俺達に責任を押し付けて、講師達はヘマするのを待っているんじゃないのか?」
「どういう意味だい、ツヴェイト」
「つまり、今いる講師達の立場の失墜は俺達が原因だ。だからこそ無茶なことを押し付け、失敗したらそこを叩く。そうすることで自分達の保身と復権を狙っているとか」
「今さら復権したところで、新入生を教えることができなければ意味はないんじゃない?」
「やっぱ考えすぎか」
ツヴェイトの言うことも実はあながち間違いではなかった。
実際、講師達の中には派閥の権威をチラつかせていい思いをしていた者も少なくはなく、居心地の良い場所を破壊した優良生徒達を恨んでいる者もいる。
そんな講師達は、『所詮は学生だな。講師の苦労も分からず好き勝手なことをして、責任を背負うことの何たるかを知らない。いい気になっているからこんな失敗をするんだ』と嫌味を言いたいのだ。
だが、そんなことをしても根本的なところは何も解決しない。
むしろ見苦しい嫌味を言うだけ恥を晒すだけになるだろう。
「まずは講義内容を決めるのが先決だよね」
「新入生は貴族でない限り魔法に関して素人だ。逆に言えば物事に囚われてはいないということだから、基礎を重点的に教えるのがいいんじゃないのか?」
「そうなると魔力の制御方法や魔力を高める訓練かな……」
「訓練だけなら何とかなるが、座学はどうする。学習させるにしても個人差があるから、基本的に体育会系の俺達じゃ偏りが出るぞ」
「新入生もどの分野に進むかで教える内容が変わるからね」
現在進める道は、戦場で自ら戦う戦闘魔導士、陣地などの防衛や作戦案の立案、物資管理など事務的なものを行う戦術魔導士。魔法薬の製造や研究を行う錬金術師、医療技術で病人や怪我人の治療を行う医療魔導士、文献や遺跡などの発掘調査を行う考古学魔導士などである。
それぞれの分野で講義内容は大きく変わるので、専門分野に秀でた魔導士が講師をするのが一番良いのだが、特に医療魔導士は最近になってできた分野なので専門家がいない状態である。
「少し待ってください。初等部はそれでいいでようが、中等部から高等部でも基礎能力の強化は必須でしょう。魔力制御は何より重要ですし、これは全学年で率先して改革を行うべきです」
「いや、クロイサスよ……さぼっているお前が言っても説得力がないぞ」
「マカロフ君、今はそれを言わないでぇ~」
「イー・リンもさぼってるわよね?」
「サリナ、話が進みませんので二人を静かにさせてください。私としては基礎能力の強化は学院全体で行うとして、座学の講義をいかように割り振るかが最大の問題だと思っています」
座学もいくつかの教科に分かれている。
基礎魔法学、応用魔法学、薬学、医学、語学、数学、物理学、付与魔法学、錬金学、歴史学、魔導考古学などなどだ。
基礎教育は放置でいいとしても、問題なのは基礎魔法学を含む魔法に関するもので、この学科は根幹ら間違いであったため講義内容を見直さねばならない。
それが難しいことでもあるのだが。
「基礎が分からなけりゃ先には進めんよなぁ?」
「術式の解読はいつから始めるべきか……」
「少なくとも中等部からじゃ駄目なんじゃね。初等部の高学年あたりからか?」
「初等部の生徒じゃ魔力が低すぎるからなぁ~、三年間は基礎魔力量を増やす訓練をするべきだろ」
「どこに重点を置くのかで講義する範囲が変わるんじゃないかしら?」
「それが分からないから苦労しているんですけど……」
いつの間にか派閥の垣根を越え、それぞれが思う提案を語りだしていた。
彼らは成績が優秀なだけでなく独自の研究を進めることを許された所謂エリートだ。
一つの提案を出されれば独自の考えを語り、それを聞いた者が別の方向から不足している部分を指摘し、指摘した部分を補った案を出すとまた別の角度から指摘が入る。
こうした語り合いから会議へと発展し、結果的に効率の良い講義のやり方を導き出す。
気が付けば夕暮れ時になっていた。
「――あらかた案は出揃いましたね。初等部の二学年まで基礎を重点的に教え、三学年から初歩的な術式を分かりやすく講義する学科を取り入れる。魔法の解読方法はここから教えても遅くはないでしょう。中等部からは本格的に術式の構築ができるような専門の講義が行えるようにすると……」
「まぁ、中等部からはそれぞれ興味のある学科に進むからな。生徒も分散するから混乱は少なくて済む。魔導術式の解読は専門分野に進みたい奴らに任せればいいだろ」
「魔法を使いたいだけの方と、魔法の根幹を徹底的に知りたいという方は別ですからね。それぞれが進みたい分野に分けるのは今まで通りだと思いますけど……」
「別に悩む必要はなかったね。今までの術式に対する解釈が間違っていたから混乱したけどさ、冷静に考えるとやることは今までと変わりないって結論が出ただけだった」
彼らの出した結論は、魔法を作る側と使う側を明確にすることだった。
魔法の術式を解読し理解する必要があるのは、応用魔法学や付与魔術学科、魔導工学科や魔導考古学科くらいの専門分野くらいのものだ。
主に魔道具などの生産系や、その分野の研究職にのみ必須となる。
少し掘り下げると、そうした知識が必要なのは専門分野の研究派閥だけで、実戦を想定している戦術魔導士は必ずしも術式の解読を必要とするものではない。
そこを講師陣営や生徒達は大きく勘違いしていた。
混迷した原因は、魔導士団の解体に伴い講師陣営までも変革の手が伸びたことにより、その煽りを学院の生徒達もまともに受け、無用の不安と混乱を招いたことにある。
そこへ、ころころと変わる講師達に対する不信感と合わさり、学院に在籍する生徒が自主的に術式の解読法を覚えようと一斉に動き出し、事態は悪化してしまう。
一人が騒げば周りも釣られていく群集心理の一種だった。
「案は纏まったな」
「中等部と高等部の基礎魔法の講師にはなんて報告する? 連中は術式の解読なんて今は無理だろ」
「私達に回って来るんじゃない?」
「いや、術式の解読が必要なのは専門分野に進みたい奴だけだろ? 全員がサンジェルマン派か魔導考古学専門のアルヴィレオ派、魔導工学のクレスベーク派に行くさ」
「派閥に属する者達に任せるのね。なら混乱は直ぐに静まるわ」
「改革案の要点を纏めろ、講師達に提出する。連中に判断できる頭があるといいな」
「難しくないか? そもそも講師達の大半が入れ替わっているんだし、今学院に所属している講師にどれほどの講義を行えることやら……」
「基本的なことは今まで通りなんだから大丈夫なんじゃないかしら」
結論が出れば後は楽であった。
一応はやるべき方向性を見出せたが、実際に新入生の授業を行えば不測の事態も発生する可能性も高く、予想できる修正案も必要となる。
それでも学生全員に講義をするわけではないので彼らは楽観視していた。
「……それで、新入生への講師は誰がやるんだ?」
「「「「「 !? 」」」」」
この場にいる誰かの一言で空気が凍り付いた。
それぞれが周囲にいる者達と顔を見合わせ、一様にしどろもどろと互いの様子を窺い、この場にいる者達の出方を待つ。
しかも凄く嫌そうな顔をしていた。
「お、お前がやれよ」
「やだよ。俺は実験中の研究が残ってるんだ」
「私達だってそうよ」
「俺、人前で講義なんてできないぞ。個人の研究を発表するだけでも緊張して喋れないのに……」
「わ、私も……人前で何かを教えるなんて…無理」
「学院に戻ってきたのも研究を続けるためだしな」
ここに来て最大の難問にぶち当たった。
彼らは一様に成績が優秀で、それぞれが自由に研究できる立場であるのだが、それ以上に派閥など掲げる専門分野に特化している。
だからこそか、クロイサスほど酷くはないが少なからず悪癖を持つ一面があった。
そう、研究馬鹿という一面が……。
「今は大事な研究の最中だ。他のことに手を回すことはできない」
「それは私だって同じよ!」
「誰かを犠牲にすれば、その分俺達が研究に打ち込める」
「ならアンタがやりなさいよ」
次第に険悪な空気に包まれる講義室。
そこから口論に発展し、やがて罵詈雑言を喚き始めるが、殴り合いに発展しなかったのは理性や知性が高いゆえだろうか。
最終的に次の議題として挙げられ、先ほど以上に激論をぶつけ合うことになる。
誰も臨時講師などやりたくはないのだ。
結局、それぞれの研究派閥からローテーションを組んで臨時講師をやることが決まったのだが、結果が出る頃には徹夜して次の日の朝を迎えることになったとか……。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
ルーダ・イルルゥ平原に向かうことが決まったゼロスは、地下に作った倉庫から必要となるアイテムを取りに来ていた。
拡張された地下倉庫の一室には、インベントリの中に収められた数々の作品や失敗作、あるいは使わない素材などが無造作に置かれている。
中には危険極まりない素材などもあるのだが、そういったものはインベントリ内に保管しており、盗まれないよう配慮はしている。
しかしだ、それはあくまでもおっさんの基準であり、一般人からすればかなり凶悪な代物が放置されていることになる。
「確か……この辺に置いたかな?」
木箱の中を漁るおっさんは、傍目から見てもかなり怪しい。
しかしながらお目当てのものを探し当てるには、多少みっともない格好することになっても仕方のないことだ。
『この手触り……これか?』
箱の底にあった感触で目当てのものであると判断したゼロスは、掴んで思いっきり引きずり出してみた。のだが……
「……これじゃなかったか」
ビニールのような素材で作られた、空気を入れてない人形を見てがっかりした。
それは、昭和の頃になぜか一時期ブームとなった南国人形であった。
『まぎらわしい』と呟いてて放り投げると、再び箱の中を物色するおっさん。
放り投げるものの中には、長い棒を持って車輪を転がすと足が動くエリマキトカゲやウーパールーパーの人形、数種類のマッチョなコアラ、顔だけがやけに劇画調なカワウソ人形、銀色の宇宙人や仮面なバイク乗りの人形などなどがあったりする。
おっさんが何を思ってこんなガラクタを作ったのか分からない。
共通しているのはどれも同じ素材で作られているということだけである。
『おっ、これかな?』
やはり無造作に引く抜いたが、一緒に箱に入っていたガラクタも散乱した。
それは一般から軍用まで広く使われているゴムボートであった。
ただし、材質には金属繊維で編み込んだシートの上から、スライムの外皮を煮込むことで溶解させ、粘り気が出たところに硫黄と油を混ぜた液体を染み込ませ固めたものだ。
厳密にはゴムとは言わない。あえて言うならスラボートであろうか?
『河釣りするために作っておいてよかった。今回はイサラス王国を経由しない方がいいだろうからねぇ』
そう言いながら船外機も引っ張り出し、ちゃんと稼働するのか確認を始めた。
趣味で作ったものがどこで役に立つか分からないものである。




