おっさん、戦争の兆しを予見する
ツヴェイト達が学院へと戻り、六日ほど時間が経過した。
ルーセリスとジャーネとの婚約をしたゼロスだが、相も変わらず地下で遊んでいる。
その地下では、目の前の巨大な機械を眺め稼働状態を確かめつつ、その性能に驚嘆するおっさんとアドの姿があった。
「……これ、すげぇな。金属の結合や分離だけでなく、加工や工作に組み立てが同時にできるぞ。しかも魔導錬成で鉱石から直接鉱物を抽出するなんて、工場要らずじゃないか」
「機材を繋げただけなのに、この異常なまでの性能……。昔の工業技術はとんでもないものだったんだねぇ」
「マジで万能工作機械だった。こんなのがいくつもあったら、兵器の量産も楽だっただろうな」
「詳細な設計図を読み込ませなければならないけどね。しかし、恐ろしい速さだ……」
一言で言えば巨大な3Dプリンター。
必要な資材の分別や加工を行うだけでなく、部品の製造、そして組み立てと一連の流れが一つの機械としてすべて賄える。
しかも資材の中に必要となる部品があれば分解や除外といった選別を行い、必要な場所で再利用するという完全にオートメーションだ。人間のやることなどほとんどない。
せいぜい設計や部品のデータ入力くらいのものだろう。
「粗大ごみの分別も楽だねぇ。作れない部品を一か製作する手間を考えると、いったいどれだけの時間が掛かったことやら。コンテナも解体してインゴットにしてくれるから楽でいい」
「コンテナを全部回収してきたのか? しかし……」
多脚戦車を解体していた部屋は、この工作機械を設置するために長く拡張されていた。
部屋一つに丸々この巨大な機械が置かれており、忙しなく動くアームが生産される部品を掴み、恐ろしい速度で組み立てていたりする。
それは一見して大型のトラックのようだが、後輪の代わりに戦車のようなキャタピラになっており、荷台には一門の砲身が主張するかのように設置されていた。
それは主に戦場で戦車の駆逐や支援砲撃、あるいは対空攻撃を行うもので、ハーフトラックなどと呼ばれている車両だ。
「なぁ、ゼロスさん……」
「なにかね」
「確か、最初は戦車を作る予定だったんだよな? なぜにハーフトラックになってんだ?」
「ヤークトパンターにしようかと思ったんだけど、ど~せならもっとマニアックな方がいいかなぁ~て思って、途中で変更した。設計図の入力もこっちの方が楽だったんだよねぇ」
「さよけ……。そうだよな、この人は最初からこういう人だった」
その場の思いつきで予定や計画をあっさり覆す。
勿論ゼロスも最初は戦車を作る気満々だったのだが、この工作機械の試運転のために設計図を描いていたら途中で、『試作車両でいきなり戦車というのもアレだし、最初はわかりやすくトラックにしようかな』と路線を変更。
更にそこから『普通のトラックを作っても面白くないから、後輪はキャタピラにしてみよう』になり、最終的に『88mm砲を搭載してみようか』となった。
そのためトラックの形状は日本の某メーカー製のものに非常に酷似していたりする。
「なんか、自衛隊の車両に思えてきた」
「そりゃ~、あのメーカーも自衛隊の車両を製造してるからねぇ。設計の中に取り入れてある」
「無理やり旧ドイツ軍テイストをぶち込んでるけどな……」
「動力は魔動力炉を一機と魔力モーター、砲を撃つときはムーブで固定脚を出してバランスを取り、安定した状態でぶっ放す仕様だよ」
「自衛隊車両というより、梯子車を無理やり軍用にしたように見える」
「参考にしたからあながち間違いじゃないねぇ」
しかも車体と基礎フレームはオリハルコンを混ぜた鉄とミスリル、アダマンタイトの合金製で、ティーガーやパンターなどの装甲よりも薄いのにはるかに頑丈ときている。
砲台にいたってはなぜか旧式仕様で、前方からの銃弾を凌ぐだけの防循しかない。
「砲身……長くね?」
「こうなると高射砲だよねぇ」
「索敵能力が0じゃねぇか」
「この手の車両にそんなものを求めちゃいけない」
「普通に見つかるな」
「今の時代にこいつと戦う馬鹿なんているのかい?」
こんな物騒なものが世に広まれば魔導士の時代も直ぐに終わるだろう。
だが、既に銃という武器の存在している以上、時代は既に新しい流れへと進んでいる。
そう遠くないうちに大砲が作られることだろうとゼロスは予測していた。
「どこと戦争するつもりだよ……」
「今のところメーティス聖法神国かな?」
「個人で戦争を仕掛けるのか?」
「法皇とやらに一発狙撃をお見舞いしたいね」
「教皇じゃなかったっけ? 四神は?」
「邪神ちゃんが何とかするでしょ。暴れ回ればノコノコと出てくるかもしれないし」
「………」
危険人物が厄介な機械を手に入れてしまった。
このままでは本当に戦闘用のロボットや、あるいは地球よりも遥かに頑丈な兵器を量産しかねない。しかもアドは共犯者だ。
「勘弁してくれよ……」
「別にこいつを戦争に使うつもりはないよ。まぁ、必要になったらどうなるかは分からないけどね」
「戦争になりそうな兆しがあるんだよな?」
「獣人族、イサラス王国、アトルム皇国の三勢力かな。他にも周辺小国が事を起こしそうだけど、ソリステア魔法王国は裏から接触して無傷で領地を奪うんじゃね? 前にも言ったがデルサシス公爵はそういう人だからねぇ」
「メーティス聖法神国が馬鹿であってほしいところだな」
メーティス聖法神国が亡国の道に進んでいることは確実だ。
問題はそれがいつ起こるかで、Xデーの秒読みは既に始まっており、複数の国家が今か今かとその時が来るのを待ちわび、タイミングを逃すまいと諜報員をかの国へ頻繁に送り込んでいる。
既に陰では戦争状態に突入していた。
「獣人族の侵攻は、他国にとっていい目くらましになるとして、僕は別のことが気になっているんだよねぇ」
「別のこと?」
「アド君はこの新聞記事を読んだかい?」
機材の上に無造作に置かれた新聞をアドに投げ渡すゼロス。
受け取ったアドはさっそく新聞の内容を確認した。
「………この四コマ漫画、つまんねぇ~」
「そこは別に確認しなくてもいいよ。真ん中あたりの記事の内容がちょっとね……」
「なになに……メーティス聖法神国、アルバス領の城塞都市*****――インクが滲んでいて都市名が分からん。えっと、****の地下下水路から謎の魔物が現れ、その魔物に今世間を騒がせているドラゴンが襲撃……えっ、ドラゴン!?」
「問題はその先」
「このドラゴンは各地の神殿や教会を襲撃しており……ドラゴンが神殿を襲ってるだと!? あの国はドラゴンになにしたんだ。えっと、この魔物と鉢合わせたドラゴンとの交戦により民は都市外部に逃げることはできたが、その爪痕は……ん?」
「気になるでしょ?」
ドラゴンは種類にもよるが基本的に知能が高く、敵と判断した存在には容赦なく襲い掛かり殲滅する傾向がある。例え謎の魔物とやらが城塞都市を襲っていたとしても邪魔することなく目的を遂行する。
無駄な戦闘は決して行わない。
「教会や神殿は襲っているんだよな? なのに民は逃げられた……ドラゴンの目的は四神教なのか?」
「それと、正体不明の魔物を撃退している。まるで住民を守ったみたいに思えるのは気のせいかな?」
「いや、犠牲者も出ているようだぞ」
「巨大生物が激突したんだよ? そりゃ犠牲者も出るもんでしょ。もう一つ気になることが書かれているよ」
「まだあるのか……んんっ!?」
記事を黙読し内容を確認したアドは、ゼロスが気になった理由を知る。
ドラゴンは交戦中の魔物を食らいながら姿を変貌させたとの記載があった。
まるで取り込んだかのように頸が五つに増え、翼も四つになり更に肥大化までしている。
進化したと言えば納得できるものだが、アドはそれとは別にもう一つの可能性に思い当たった。邪神石を使った麻薬である。
「……………」
「本当にドラゴンなのかねぇ? 僕は別の存在に思えて仕方がないんだけどさ」
「いや、ガセじゃないのか?」
「事実ならある魔法薬の存在に行きつくんだけど。あの危険な魔法薬……作ったのはアド君だろ。目的はメーティス聖法神国に混乱をもたらすため」
「………」
「………まぁ、それはどうでもいいさ。問題は謎の魔物とドラゴンが同種の可能性だ。記事の内容が本当なら、魔物をドラゴンが吸収したことになるんじゃないのかい?」
ゼロスの言わんとしたことが理解できた。
それはドラゴンの正体である。
「このドラゴンの正体は元勇者だということか?」
「そう考えれば神殿や教会を襲撃する理由に説明がつく。ドラゴンはいつぞやのゾンビ達と同じ存在で、目的は復讐ってところかな」
「……マジかよ」
「メーティス聖法神国は内憂外患状態。他国の動きに注視する余裕もないと見るべきかな? そうなると事は意外にも早く進みそうだ」
「近いうちに動きがあると見るべきか……。戦争が近いと?」
「当たり」
北の獣人族と内で暴れるドラゴン。
周辺国はこの動きを見逃すはずはなく、急ピッチで侵攻の準備を始めていることだろう。
何しろメーティス聖法神国には余裕がない状況だと露呈したものだからだ。
「勢力図は大きく変わるだろうね」
「確か、デルサシス公爵はイサラス王国とアトルム皇国に支援していたよな? 俺も頼んだけど、まさか……」
「建築資材以外にも軍の補給物資も送っているわけだから、いったいどこまで準備が進んでいるのやら。さて僕達はどうするべきかねぇ」
「戦争に参入するのか?」
「さて、僕としてはそこまでする必要はないと思っているけど、四神には嫌がらせはしたいかな」
「そこは同感だけど、俺たち二人でやるのかよ」
ゼロスとアドであれば国一つ滅ぼすなど容易にできる。
だが、そこに住む人達には何の恨みもないわけで、できることなら巻き込みたくはないと思っていることもまた事実。実に悩ましいところではある。
「参戦するならどこがいいと思う?」
「俺に聞かないでくれよ。そもそも俺は戦争なんかしたくない」
「けど、借りは返さないと駄目でしょ。特に四神にはねぇ」
「そこなんだよなぁ~………」
四神の行いはこの世界のみならず、周辺世界すらも崩壊させるような愚行を犯しており、徹底的に叩きのめさねば気が済まない。
だが、国に肩入れして自分達の力を示すことになれば、およそ平穏な生活とは程遠い状況になりかねない。
「戦争は国同士でやってほしいところだよねぇ。僕らとしてはどこにも属さない……あれ? なら獣人族に肩入れするのはありなんじゃね?」
「連中は国なんてあってないようなもんだからな。けどブロスの奴がいるんだぞ。俺達が力を貸す必要なんてあるのか?」
「ないね」
「断言できちまうな。この先どうすべ……」
「さて、どうにでもなるんじゃないかい。まぁ状況次第だけどねぇ」
このときはまだ、ゼロス達は状況の変化を甘く見ていた。
自分達がメーティス聖法神国滅亡の戦端を開く戦いに身を投じるなど、この時までははまだ知らなかった。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
サントールの街某所。
そこは職人街に比較的近い場所にあり、数多くの倉庫が立ち並ぶ倉庫街であった。
多くの商人達が交易のためにこの場所を借り、他の街へと運ぶ一時的な保管庫としても使われているのだが、この倉庫街の一部をソリステア商会が所有していた。
「ふむ、屋敷から歩いてこれる距離なのに馬車を利用するというのは、さすがに人員の無駄遣いに思えるな」
「デルよ……お主、自分が貴族であることを忘れておらぬか? それに、いくらお主の足腰が強かろうとも、儂には堪える距離じゃわい」
「父上の足腰がそんなに弱いとは思えませんな。なにせ、あのサーガス殿と本気で殴り合えるのですから」
「昔ならともかく、今の儂は全力で挑まぬと奴と対等にやり合えんわい。それより見せたいものとは何じゃ?」
「ある意味では私の商会の新商品とも言えますな。ただ、これは軍事的にも大きな意味を持つもので、かねてから準備を推し進めていたのですよ」
「準備……のう。商品と言うからにはお主のことじゃ、既に量産する手筈は整っておるのじゃろ? いつも事後承諾で行いおってからに……」
クレストンは頭を抱えたい思いだった。
息子のデルサシスは思い立ったら即行動を起こし、ある程度の成果を上げてから報告してくる。クレストンに許可を求めるときには全てが終わっている。
何かを計画するのは良いのだが、できれば行動に移す前に報告をしてほしいとさえ思うが、今更のことだった。
「まぁ良い。さっそくお主の言う商品とやらを見せてもらうとするかのぅ」
「少々お待ちを」
馬車から降りたデルサシスは、近くにいた警備の兵に一言告げると、直ぐに鉄で作られた扉がゆっくりと動き出した。
クレストンもその様子を見てから馬車をおり、デルサシスの下へと向かう。
「デルサシス公爵様、クレストン元公爵様、案内いたします」
「うむ」
『さて、こやつはまた何をやらかしたのじゃ? 一見するとただの倉庫なのじゃが……』
倉庫の中には数多くの荷物が置かれていた。
どれも木箱や樽などの中に収められ、搬入しやすいよう商品名の書かれた小さなラベルが貼られている。
見た限りではどれも紹介が経営する店の商品のようで、ほとんどが日用品だ。
およそ軍に必要なものがあるとは到底思えない。
「これですよ、父上」
「なんじゃ、ただの木箱ではないか。この中にお前の言うものがあるというのか?」
「えぇ、この中身が今後の軍の在りようを変革する商品です。今からそれをお見せしましょう」
倉庫の係員がデルサシスに促され、木箱の蓋を開けた。
その中にあったものは手のひらに乗る程度の小さな金属製の筒であった。
「なんじゃ、これは?」
「缶詰というもので、中には加工した魚の油漬けが入っています。ある者はツナ缶と言っておりましたな」
「これが軍に革命を起こすと?」
「父上、軍を動かすには兵を支える充分な食料が必要です。この缶詰は携行がしやすく、しかも長期間の保存が可能。しかも缶詰にできるのは魚だけではなく、肉などを加工したものやスープと様々な料理に応用が利きます。蓋に少し穴を開け、湯で温めるとその場で食べることもできるでしょう」
「ぬぅ!?」
クレストンはデルサシスの言わんとしていることが分かった。
軍を動かすのにおいて、部隊の兵数に応じて食料を必要とするのは当然だが、問題となるのは戦場での食事情だ。
今までは干し肉に乾パン、わずかな甘味と水だけで必要最低限の栄養摂取だけのものだった。しかし缶詰が様々な料理に応用ができるとなると話は変わってくる。
味気のない食事は士気の低下を招き、重要な戦局でミスを連発するなどという事例は歴史の中で数多く存在する。 最悪自軍が壊滅したなどと言う話もあったほどだ。
更に言うのであれば、戦場でまともな食事など本陣や砦などの料理人がいる場所でしか食べることができず、しかも高官限定である。
最前線であるほど食糧事情は酷いありさまだった。
缶詰という存在はその常識を根底から覆すことになる。
「最前線でも温かい食事で士気の低下を防ぎ、善戦を維持できるか……」
「しかも馬車などで運ぶにしてもコンパクトで嵩張ることはなく、干し肉を樽に入れて運ぶより多くの食料を運べます。しかも既に調理済みであるから、どこでも食べることができる」
「干し肉は購入する業者を間違えれば途中で腐るしのぅ。品質は商人任せじゃから、どうしても不良品を掴まされかねぬが、事前にそれを防げるのは魅力じゃな」
「密閉された容器ですから、渡河して水に濡れても食料が腐ることはありません。さらに言えば、兵の全てにあらかじめこの缶詰を持たせておけば輜重部隊の負担も減ります」
「兵の全てで数日分の食糧を運ぶこともできるか、これは確かに革命的じゃな」
デルサシスはもっと先のことも考えていた。
いずれ兵の全てが魔導銃を持つことになり、剣の時代は終わりを告げると予測している。
以前から携行食の準備を推し進めていたが、魔導銃の存在が重武装な騎士よりも機動性と制圧力を優先した軽装の騎士が増えると当たりをつけ、携行食料の開発を急がせた。
これからの時代に向けての下準備だ。
「戦の常識が変わるな……」
「えぇ、間違いなく変わるでしょう。それは異世界での歴史が証明しておりますからな」
「異世界とな!? まさか、この技術は……」
「30年ほど前に召喚された勇者や、最近になって現れたイレギュラーから齎された情報を精査し、軍の在りようを根底から変える必要があると感じましたのでな。これはテストケースとして以前から準備していたのですよ。失敗しても缶詰が好評であれば商会の売り上げにも繋がりますのでね」
「お主のことじゃ、既に大量生産しておるのじゃろ?」
「イサラス王国からも鉱石が手に入るようになりましたし、思い切って使える金の全てで投資してみましたよ。すでに量産してイサラス王国に送っていますな」
「な、なんじゃと!?」
事後報告にも程があったが、それよりも既にイサラス王国へ缶詰を送っていることが問題であった。
最近になってデルサシスが積極的に動いていたのは知っていたが、その手は隣国のメーティス聖法神国側の貴族達にも及んでいる。ここでクレストンはある可能性があることに気づいた。
いわば今は戦争の前準備の時期で、近隣諸国の動きは話を聞く限りでもきな臭くなってきている。もしかしたら大きな動きがあるかもしれない。
「お主……開戦時期が近いと見ておるのか?」
「父上はどう思っているんです? 私が言わずとも、ある程度のことは把握していると思いますが」
「私見じゃが、メーティス聖法神国は近いうちに滅びるじゃろぅとは思うとる。我らがそうなるように動いたのは確かじゃが、お主がそう言うということは……思っておるよりも早く時期が来るということか?」
「獣人族との戦争までなら予想で時期を割り出せたのですがね、謎のドラゴンが暴れ回っている間に軍備を蓄える隙ができましたから、イサラス王国も急速に戦準備を整え始めてもらってるのですよ。我らも防衛の準備はしておくべきかと思っています」
「自棄を起こして、聖法神国が我が国に攻め込む可能性があると? その予想だけは外れてほしいところじゃな」
「同感です」
デルサシスは既にメーティス聖法神国側の一部の権力者と接触し、ソリステア側に寝返らせることで国土を削るつもりであったが、ジャバウォックの動きだけは予想外であった。
教会や神殿、時には砦にも攻撃を仕掛けるジャバウォックの動きは、彼の予測を上回る速さで状況を引っ掻き回している。
イサラス王国やアトルム皇国の動きを監視しつつも、万が一に備えて軍備を整えなければならず、デルサシスも予定を繰り上げて行動を開始し魔導銃の量産を急がせた。
幸いと言ってよいのか、以前から秘密裏に計画していた缶詰工場は順調に稼働しており、手始めに国境の砦や要塞に食糧の配布を行い、残りをイサラス王国に送り付けることに決めている。
メーティス聖法神国に気づかれる前に内憂外患状態をさらに悪化させ、混乱を助長させる目論見に切り替える算段をつけていた。
「面倒なことだ。戦うと決まった時には勝負がついているのが理想なのですがね」
「こちらの思惑通りにはいくまいよ。準備が早く終えることを祈るしかあるまい……。魔導銃の配備はどうなっておる?」
「生産が思ったよりも進まず、やっと一小隊に配備し終えたくらいですかね。鍛冶師の数を増やすべきか……」
「機密ゆえに、鍛冶師を迂闊にこちらへ引き入れるわけにはいかぬしのぅ。悩ましいことじゃわい」
「一応、部品は各工場に分散させて製作させていますが、いずれ他国に感づかれるのも時間の問題でしょう。情報はいずれ洩れるものですしな」
メーティス聖法神国の火縄銃は既に周辺国の周知のものとなった。
それと同様に魔導銃の情報もいつまでも隠し通せるわけではない。
そうなる前に他国よりも技術面で優位に立たねばならなかった。
先を見据えるためにいろいろと策を講じる二人だったが、その会話を遮るかのように一人の騎士がこちらに向かってきており、二人の前で報告を伝えてきた。
「デルサシス様、報告があります」
「ん? なにかね、今は大事な話の最中なのだが?」
「それが、暗部より緊急の手紙が届けられまして……。こちらです」
「暗部から? さて何であろうか」
手紙を受け取ったデルサシスはその場で封を切り、手紙の内容を即座に確認する。
そこに書かれていた内容に彼は少し思案気な表情を浮かべた。
「デルよ、何か動きでもあったのかのぅ」
「一言で言うと人員の指名派遣要請のようです」
「指名派遣要請とな? イサラスか、それともアトルムか?」
「獣人族側ですな。アド殿を助っ人として送ってほしいと、イサラス経由で届けられたようです」
「なぜアド殿が呼ばれるのかのぅ。獣人族を束ねておる者がいれば充分だと思うのじゃが」
「何となく理解はできますがね」
獣人族は強者に敬意を払うが、強者だが外から来た者が一人で活躍するのは面白くないのであろうと、デルサシスは文面から読み取った。
獣人族は強者と肩を並べて戦うことは良しとするが、圧倒的な実力差から置いてきぼりをされるのは納得できず、かといって文句を言うこともできないので拗ねている可能性をクレストンに伝えた。
「なんというか……獣人族はめんどくさいのぅ。それでなぜアド殿が呼ばれるのだ?」
「いくつかは推測できますが、可能性としては彼らが持つ武器にあるのではないかと」
「あ~……連中の武器は質が悪いから、修復するにしても人手が足りぬわけか」
「他にはカルマール要塞を前に獣人達が拗ねてしまい、今の指導者の代わりに活躍してもらおうと考えたのでは? あの要塞を落とせなければ聖法神国に侵攻するのも難しい」
「アンフォラ関門もあるじゃろ」
「関門を落とせば北壁が意味をなさなくなりますから、挟撃されないために先に要塞を落としたいと、そんなところでしょう」
獣人族の指導者が要塞を落とすだけで済む話だが、獣人族の各部族がそれを良しとしない。どこまでも共に戦うことを望むからだ。
民族の伝統とか種族特性からくるものあるだろうが、それは時に戦場で死亡する犠牲者の数が増えようとも拘ってしまうせいか、ブロスが独断専行してなんとか防いでいた。
犠牲者を減らすための行動が彼らの誇りを傷つけてしまったのは皮肉な話である。
「………言いたくはないのじゃが、アホじゃな」
「民族の特性ともいえるのでしょうが、彼らはあまりに非合理的ですな。とても同盟など組めませんよ」
「難しいことは考えられぬからのぅ。して、アド殿を獣人族に送るのか?」
「ついでにゼロス殿にも行ってもらいましょう。獣人族の指導者がアド殿の知り合いらしく、もしかしたらゼロス殿とも繋がりがありそうでしてね」
「それ、危険な人物を一か所に集めることにならんうかのぅ」
「何が起こるのか実に楽しみですな」
本人達の意志を無視して賢者と大賢者を北へ送る案が勝手に決められる。
報告によると獣人族の指導者は人の枠組みから超えているらしく、この非常識な三者が揃ったことで何が引き起こされるのか、デルサシスは大いに興味を抱いていた。
実のところ彼は最近、書類とばかり格闘していたため、ストレス発散の刺激を求めているだけなのだが、親であるクレストンが気づくことはなかった。
「さて、時代はどう動くのかのぅ」
「こればかりは結果次第でしょう」
時代の流れは多くの人々の行動と結果によって変わる。
人々の選択による相乗効果によっては、時代の変化は時として大きなうねりとなって最悪な事態へと招きかねず、最悪を防ぐためにも今は情報を集め慎重に動きを見極めねばならない。
今まさに一つの大国が消えようとしているのだけは確実で、その結果が後にどのような事態を誘発させるのか未知数なのだから。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
イストール魔法学院では最近新入生が入り、講師陣営は様々なことに追われストレスを貯めこんでいた。
そして彼らがいきついた考えは何というべきか、かなり無責任なものであった。
その無責任な考えを実行に移すべく、上位の成績優秀者を講堂へと集め、今まさにそれを彼らに告げようとしているところであった。
「さて、君達は優秀な成績を収め、我ら講師陣営としては実に誇らしいところではあるのだが……。しかしだ、今現在において我らの学院は様々な問題に追われいることは、君達も充分に理解しているとかと思う」
しどろもどろに話す代表の講師に、上位成績優秀者である生徒達は一抹の不安を覚えた。
実のところ優秀な成績を修めている彼らは、講師達が何を言いたいのか既に理解している。しかしそれだけは受け入れたくない。
だからこそ、この場にいる全員が『言うなよ? 絶対に言うなよ』と思っているのだが、講師の言いにくそうな口ぶりから望みが薄いことも理解していた。
「長い話で引き伸ばしたくないから、単刀直入に言わせてもらう。君達に新入生の面倒を見てもらいたい! 君達は私達講師陣よりも優秀だから」
「「「「 言っちまったよ! とうとう言っちまったよぉ!! 」」」」
それは講師の存在理由を自ら捨てると宣言したようなものである。
今まで派閥の存在が彼ら講師達の保身となっていたが、魔導士団が大幅に解体され派閥の存在理由も無意味になった現在、学院存続させるため運営に力を入れたい。
しかし、魔法式(あるいは魔導術式)の解読法が公表されて以降、今まで教えていたものが土台から崩れ去ってしまい、困ったことに正しい術式の構築ができるのは生徒だという情けない状況になってしまった。
講師達も最早どうすることもできず、成績優秀な彼らに頼むしか手が無くなってしまったのである。
「勿論タダとは言わない。学院側からも臨時講師として給料も出すし、卒院後も講師として手腕を振るってくれてもいい」
「「「「 無責任すぎるだろ!! 」」」」
「しかたがないじゃないか、私達よりも君達の方が優秀なんだから! 古い講義しか受けてない私達にどうしろというんだぁ!!」
「「「「 逆切れ!? 」」」」
「もうやだよ……一から人生をやり直したい。いったい今まで何を学んできたんだろうな……ははは」
『『『『 自暴自棄になってるぅ~~~~~っ!? 』』』』
この講師の言葉はすべての講師達の代弁に過ぎない。
現実問題として講師達の言い分は全て事実であり、最先端の魔法学を学んでいるのは好き勝手に研究している成績優秀者なので、もはや彼らの手を借りるしか手がないのだ。
しかし生粋の院生研究者は他人には興味がなく、新入生に関わるつもりが全くない。
「申し訳ありませんが、私達は新入生などに関わっている暇はないのですよ。こんなところに呼び出されることすら時間の無駄だというのに、挙句に講師の真似事をしろと? 無責任ではないですか」
「クロイサス君……君がいうことも御尤もな話だが、問題ばかり起している君に言われると釈然としないものがあるね。私達を無責任というが、そもそもの発端は君に原因があるんだよ。
あ~、君の言い分も理解している。『魔法式の間違った解釈を正したに過ぎない』と言いたいのであろう? しかしだ、我々講師陣営はその間違った解釈を学んできた者ばかりでね、もはや誰かを指導することはできなくなってしまった。次代の魔導士達を教え導くことは我々にはできないのだよ。君達の研究室メンバー以外はね」
「……うぐ」
正論だった。
むしろ後先考えず研究成果を公表し、このような混乱を招いておきながら何もせず無責任だと言う、クロイサスの方が無責任に思える。
「これはウィースラー派の研究室に所属する院生達も言えるね。戦闘に特化した魔導士と研究や生産に特化した魔導士は分けるべきだと提唱しておきながら、いざ改革が始まると何もせず『研究だけしたい』というのは無責任ではないのかい?」
「「「「 こっちにまで飛び火した!? 」」」」
「無論、他の研究室もそうだ。だからこそ君達が研究した成果の一部でも、他の院生達と分かち合うべきではないのかね? 基礎教育の段階で根本的なものが根元から叩き折られたのだから。その辺りのことを踏まえて新入生を任せたいと言っているんだよ。いや、何なら中等部まで任せてしまってもいいとすら思っている」
「それってつまり、基礎教育すら受けてない新入生を使って、新たな基礎となる講義内容を推し量ろうってことか? (予想はしていたが、まさか本当に俺達が新入生の面倒見るのか? 研究室に入る新入生じゃなくて?)」
「そうとも言う。しかもこれは早急に進めねばならない案件になりつつある。下手をすると来年以降、新入生を迎え入れることが難しくなるそうな状況なのだよぉ~、ツヴェイト君」
学院は今、沈みゆく船のような状況だった。
必死になって問題を解決しようとしても、根本的なところで大穴が開いているような状況だ。これを元に戻すには斬新な改革を行うしか手がなくなったのだ。
「講義内容は全て君達に一任する。これは決定事項なので、これからのことは全員で相談して決めてほしい。あと、どのような講義をしたのか報告書を作成して提出するように。それと臨時講師の給料も出るので、契約書を送るから記入して提出してほしい。安月給だがなぁ! 他には……講義した時間と日数かな。これも詳細に記録して提出することになるね。話は以上だ」
「「「「 マジかよ。しかも安いのか、給料…… 」」」
「教員の給料になにを求めているんだい? まして臨時講師扱いなんだ。高いわけないじゃないか」
「「「「 何を言っても無駄なのか…… 」」」」
かくして、イストール魔法学院は院生が新入生を教えるという前代未聞の事態に陥った。
教壇にすら立ったことのない彼らは、面倒事を押し付けられたことで頭を悩まし、講義室で新入生の教育プランを話し合うこととなる。
のちに成績優秀者は口を揃えてこう言う。
『面倒事を丸投げされたんだ……』と――。




