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おっさん、拾ってきた旧式PCを弄る


 ゼロスは基本的に暇人である。

 農業をするのは生きるため。

 変な武器や装備を作るのは趣味を満たすため。

 コッコや子供達を鍛えるのは頼まれたから。

 そんな暇な時間を自由に満喫できる彼は地下での作業を中断し、コンテナの中に収められた機材のチェックのため、庭先で機械いじりをしていた。

 前日、セレスティーナに会うため唐突に公爵家を訪れたキャロスティーと共に、作業の傍ら錬金術も教えていたりする。

 

「青空教室か……。戦後はこんな学校が各地にあったんだろうねぇ~」

「何をしみじみ語ってんだよ、ゼロスさん……」


 アドとゼロスの前では、教え子のセレスティーナとキャロスティーが真剣なまなざしで、蒸留した薬品を試験管にスポイトで移し替えているところだった。


「君達、明日には学院に戻るんだよねぇ? 今さらなんだけど、なんで錬金術の講義を受けているのか、おじさんにはちょっと疑問なんだけど……」

「学院に戻る準備は終わらせていますから、先生が心配することはありませんよ?」

「んじゃ、キャロスティーさんは? 君はセレスティーナさんに会いに来たんだよねぇ?」

「セレスティーナさんには会えましたから、今は魔導士の先達であるゼロス様からご教授を賜りたいのですわ。わたくしは別の領地の貴族なので、簡単には会いに来れませんもの」

『この機に乗じてってところかな?』


 キャロスティーはゼロスが高位の魔導士であることを知っている数少ない人物である。

 魔法研究の魔導師家直系であるサンジェルマン伯爵の一人娘であり、自身も魔法という分野の研究者になるべく、日々努力を重ねている。

 そんな彼女は伝説などに出てくる賢者に憧れており、上位の魔導士には並々ならぬ尊敬の念を惜しみなく向けてくる。そんな純真な彼女にゼロスとしては罪悪感が半端ではない。

 

「ゼロスさん……あれ、肌に触れただけでも死に至らしめるヒュドラの毒だろ? なんて物騒なもんを彼女達に使わせてるんだよ。事故でも起こしたらヤバイだろ」

「毒性を抜くための実験だよ。軽い毒じゃ真剣にならないでしょ。ゴム手袋もしてるんだし、手に付着したくらいじゃ死にやしないさ。ついでに【万能結合溶剤】を教えてる」

「いや、ヒュドラの毒って地面に落ちても周辺を汚染するだろ! 気化してもヤバイ劇薬じゃなかったのか!?」

「気化しないよう先に下処理してるんだから、落ち着いて手を動かせばいいんだよ。上級の薬品調合には危険がつきものなんだからねぇ」


 ポーションには複数の種類がある。

 体力の回復、魔力の補充、解毒、麻痺解除、石化解除、混乱解除、身体強化薬、免疫機能の強化などだ。

 全ての薬品には必ず生産工程が存在し、上級になるほど薬物の下処理や緻密な配合などが複雑化し危険を伴う。特定の動物の糞尿から薬効成分を抽出することさえある。

 あっさりと魔導錬成で済ませるおっさんにその苦労はないが、それができないセレスティーナ達は自らの手で調合を行い、危険と隣り合わせで知識を深めなくてはならない。

 工程を一つ間違えれば死ぬ可能性もある作業もあり、その危険が二人をいつも以上に真剣かつ慎重にさせていた。


「ガラス棒、震えてるんだけど?」

「ビーカーの溶剤も劇薬だからねぇ、跳ねただけでもただじゃすまない。劇薬同士を混ぜて中和するんだから、真剣にやってもらわなくちゃ困るだろ?」

「下処理は!?」

「死ぬほどの毒性じゃなくなったってだけだね」


 できたての薬剤に乾燥させた【ピラルケミカルク(アロワナに似た淡水魚)の鱗】の粉末を少量混ぜたことで紫色に変色し、必要とした溶剤が完成したことが確認できた。

 問題なのはここからである。

 その出来立ての溶剤を、ガラス棒を用いてビーカーの中の液体へ少しずつ混ぜ合わせるべく、慎重にゆっくりと溶剤を流し落とすことを試みる。

 ビーカーの口に当てられたガラス棒が震える手の振動を伝え、カチャカチャと音を立て見るからに危なっかしいが、これが最後の仕上げなので横から口出して集中力を切らすわけにもいかない。


『『 あ、危なっかしい…… 』』


 見ている方はいつ失敗するかハラハラドキドキの心配ものだ。

 ガラス棒を伝い、濃い紫色の液体がゆっくりとビーカーのもう一つの劇薬に向けて下りていき、透明なビーカーの液体は紫色から化学反応を起こし徐々に黄色へと変わっていった。


「なぁ、ゼロスさん……」

「なにかね、アド君」

「ビーカーの液体、気のせいか泡立ってないか? 熱が発生しているんじゃ……」

「変色してるし、あの時点で毒は無効化されてるから、噴き出すことがあっても問題ないよ」

「別の試験管にはまだ毒が残っているんだが……。使わない分の処理はどうすんだよ」

「完成した万能結合溶剤とポーションを混ぜて、中級毒消しポーションにするんだよ。バッド・ヴァイパーくらいの毒なら楽に打ち消せるねぇ」


 ヒュドラの毒など普通は学生に扱わせることはない。

 強力な毒なだけに無害化する下処理に手間がかかり、宮廷錬金術師でも扱いが難しい。そんな技術を学院生が行っているのだから講師陣が見たら驚愕するレベルである。

 普通であればこのような実験など行わない。

 だが、セレスティーナとキャロスティーは研究意欲が強く、未知への挑戦に突き進む傾向が高かった。しかも薬物に対しては慎重かつ繊細に扱っている。

 初めて行う作業なのに手際が良い。


「………ふぅ~、何とか成功しましたね」

「生きた心地がしませんでしたわ………。このような劇物を扱うなんて、わたくし初めてですのに」

「これをしばらく置くことで、薬品は定着するんですよね。なら、今のうちに実験結果を記録しておきましょう」

「そうですわね。この溶剤は今後の調合で様々な薬品の繋ぎに使えるそうですから、覚えておいて損はないですわ。調合するまでが命がけですけど……」

『そんなに命がけかねぇ~? カノンさんは鼻歌交じりで調合してたけど』


 おっさんが二人に教えている溶剤は、かつての【殲滅者】仲間であるカノンが作った【万能結合溶剤】というもので、様々な効果のある薬品の効力を損なうことなく定着させるものだ。

 本来は複雑な工程を駆使して作るものだが、カノンは作業工程の簡略化に成功し、それをゼロスに教えた。その無茶な技術をセレスティーナ達に伝えているのである。 

 この世界での常識では、ヒュドラの毒など扱うのであれば安全を重視し、複雑な工程を何度も繰り返す方法が望ましい。

 だが、この万能結合溶剤を安全な工程で作るとなると、寝かせる時間を含めても数カ月もかかってしまう難点がある。

 勿論、やろうと思えばヒュドラの毒などという危険物を使わずとも調合はできるが、それだと更に時間を必要とするので実用的ではなかった。

 技術とは磨かれて進化するということなのであろう。

 しかも簡略化されたと同時に命の綱渡りをするような危険な工程が増え、とても素人が手を出して良いものではないのだが、ゼロスはそこまで危険だとは知らなかった。

 なにしろ彼ら殲滅者にとって、実験の失敗や爆発など日常茶飯事だったからである。

 対策さえしていれば多少失敗しても問題はなかったのだ。


「この溶剤、どこまで有用なのか気になりますわね」

「複数の魔法薬を使って効能の変化を調べてみましょうか?」

「それですと、誰かに服用させる必要がありますわ。重犯罪者をお父様に用意してもらおうかしら?」


 流石は研究者というべきか、さっそく次の実験の計画を練り始める二人。

 この溶剤の凄いところは、魔法効果を付与した薬品同士でも危険な反応を起こさず、複数の効果を維持した魔法薬が作れる媒体になることにある。


「なんとか、うまくいったようだねぇ~」

「失敗したらどうするつもりだったんだか……」

「そのために僕達がいるんじゃないか。危険な状況になったら動くよ」

「ハァ~……まぁ、ゼロスさんだしな。無茶なことをやらかすのは想定していたけど、予想以上に酷いな」

「何を言っているんだい。錬金術を極めるなら、毒の扱いに長けていないと駄目でしょ。成分分析ができない以上、魔物の毒がどんな薬に変化するのか実践して覚えないとねぇ」

「遠心分離機とか作ったら?」

「それはもうある。ただ、地球のように構成されている物質に名称がないから、漠然とした感覚に頼るしかない。アド君はホルムアルデヒドがどんな物質構成をしているか説明できるかい?」

「無理」


 このファンタジー世界は、ゼロス達のような物質世界から来た者から見ると、妙にちぐはぐ感があるような気がしてならない。

 金属は地球のような鉄や銅、アルミなども確かに存在しているが、ミスリルやオリハルコンなどの理解不能な金属が存在している。

 構成する物質の繋がりは分からず、発見したものを漠然と加工して使用しており、それは錬金術においても同じことがいえる。

 薬草や毒物には名称はあるものの薬効成分や構成している物質は誰も知らず、薬物や劇物の化学反応だけで様々な回復薬を作り出してはいるが、『なぜそのような反応を起こすのか?』、『何が毒として作用しているのか?』、そうした疑問は置き去りに効能だけを求め調合されていた。

 漢方レベルから科学的な調剤技術にいたる中間が現在の錬金術師の立ち位置だ。

 高度な魔法薬の生成も、一度文明が滅んだことでリセットされてしまったのである。

 

「薬草同士を混ぜて加工することで魔法薬は作られているけど、なぜそんな効能になるのか誰も疑問に思わないんだよねぇ。結果が出れば細かいことは気にしいないと言えるかな」

「それ、組み合わせ次第じゃ偶然で猛毒もできるだろ。凄く危険だな」

「そうなんだけど、今の文明水準だとこれが当たり前で、明確な化学反応の説明を気にする僕らの方が異端になるんだ。効能を確かめるとき、死刑囚などの犯罪者に投与実験するだけ良心的さ」

「人権はどこへ消えたんだ……」

「そんなもの、この世界では風船のようにふわふわ浮く程度の軽さだよ」


 調合技術が漢方レベルまで落ちた魔法薬だが、その効能を調べるために死刑囚で実験が行われることが多く、日本人の感覚で異世界を生きるアドとしては犯罪者の扱いに対して思うところがあった。

 あっさり受け入れているおっさんがおかしい。


「犯罪者と言えば、エロムラ君の方はどうかねぇ?」

「そろそろ地下から戻ってくると思うぞ」

「アド君、そこの配線を繋いでくれ」

「あいよ」


 魔法薬の調合を指導しつつ地下から持ってきた機材を分解し、鑑定スキルを駆使して必要な部品を調べながら変電圧機を組み立て、配線を小型の魔動力炉へと繋ぐ作業をしている二人。

 いくつか拾ってきた旧時代のパソコン調べる準備をしているのだが、気になるの掌サイズの金属キューブだ。ゼロス達はブラックボックスと呼んでいるものの一つである。

 魔導文明の機械は、制御にすべてに大小様々な金属キューブが使われているのだが、うまく変電圧機と連動して稼働してくれなければ拾ってきたPCもスクラップになってしまうと予想。

 今後ダンジョンが魔導文明の遺物を複製するかは分からず、決して無駄にできないので自然とプレッシャーがかかる。


「ゼロスさん、持ってきたぞ。一番古そうなパソコン」

「おっ、エロムラも戻ってきたし、これで実験準備は完了だな」

「じゃぁ、さっそく見せてもらおうかねぇ。エロムラ君、持ってきたPCはどんなものだい?」

「錆びついたコンテナに山積みにされてたから、モニターを含めて一通り持ってきたぞ」

「「……モニター?」」


 エロムラが持ってきたものは、ノートPC以前の前時代骨董品レベルのディスクトップパソコンで、見た目がえらく古臭い形状だ。

 まぁ、似ているだけで中身は別物かも知れないが、ゼロス達から見るとなんとも懐かしいものを見たような気分にさせられる。


「いやぁ~、見た目より重いこと。ついでにいくつかディスクも持ってきたぞ~」

「これ、動くのか? ディスクってフロッピーディスクじゃねぇか。古いな!」

「廃棄品なのかねぇ? それより、アド君はこの型のパソコンを知っているのかい?」

「物置で埃被ってたのを見たことがあるな……」

「俺も……。ゼロスさんくらいの年代なら使ったことがあるんじゃね?」

「高校の時に、視聴覚室に似たようなものがあったよ。パソコン部の部室として使われてたから……。エロゲーのきわどいムフフシーンがプリントアウトされて、ごみ箱に捨ててあったなぁ~懐かしい。まぁ、試しに繋いで稼働させてみよう」

「「 パソコン部、真面目に部活動していたん? 」」 


 パソコンには配線も一緒についていたので、モニターやキーボードを繋ぐのにそれほど手間はかからなかった。

 そんな男三人が機械いじりをしている姿を、セレスティーナ達は不思議そうに眺めていた。


「アレは何でしょうか?」

「わたくしには分かりませんわ」

「ダンジョンで発見した魔導文明期の魔道具ということはわかるのですが……」

「えっ……ダンジョン!? ダンジョンで旧魔導文明の遺物が発見できますの!?」

「偶然ですけどね。学術調査のためにもあのエリアを探索すべきだと思ったのですが、今の世界では危険なものばかりだったので、先生が破壊したんですよ」

「そこ、詳しく教えてくださいませんこと?」


 好奇心に満ちた純粋な瞳がセレスティーナを見つめてくる。

 あまりの眩しさに耐えられなかったのか、キャロスティーに事の顛末を軽く話し出す。


「詳しくと言われても困ります。地下四階層に降りて直に一方的な攻撃を受けまして……。先生が先陣を切って魔導文明期の大型魔導兵器を壊してました」

「魔導文明の兵器……動いていたんですの!? それは危険ですわね。伝承によると、遠く離れた大陸に攻撃を加えられるとありましたわ。たった一回の攻撃で都市が滅びたとか……」

「そこまでの物ではありませんでしたが、騎士団を総動員しても、軽く全滅させられるほどの威力なのは確かでしたね」

「充分に脅威ですわよ!?」


 そして語られるダンジョン内での古代建造物探索の話。

 内部で見た見たこともない技術の産物やおぞましい実験のなれの果て、その危険性を知り施設そのものを破壊することを決定した師の英断。その後の撤収の結末。

 セレスティーナが見てきたものを知っている範囲でキャロスティーに伝えた。


「そうですの………その施設というのはもう存在していないのですわね」

「帰ってくる途中、先生は『あんなのは気休めかも知れない』とか言っていましたね」

「気休め?」

「ダンジョンが古代の遺物の複製品を生み出したんですよ? この先、同じことが何度もあるかもしれません」

「それは……」


 キャロスティーは大きな危険性に気づいた。

 話ではダンジョン内に存在した魔導文明の施設を破壊したことになっているが、ダンジョンが再び同じものやそれ以上の施設を生み出す可能性は高く、傭兵達も頻繁にダンジョンに潜っている以上、遭遇する可能性は高い。

 傭兵達が発見された物騒な魔道具を持ち出し、地上に解き放たれると考えると恐怖でしかない。何しろ騎士団すら手も足も出ないほど強力な兵器が存在していたのだ。


「物にもよりますけど、魔導文明の遺物は高値で取引されていますわ。一見ただの無価値なガラクタに見えましても、そこには多くの英知が使われておりますもの。壊れていても欲しがる方は大勢いますわ」

「特にクロイサス兄様ですね」

「クロイサス様はコレクターでもありますから……。問題は、何も分からない傭兵が詳細不明の魔道具を持ち出し、それが勝手に動き出すことですわね」

「『それで死ねるなら研究者として本望!』と、クロイサス兄様なら言いそうです」

「それ以上は言わないでくださいまし、セレスティーナさん……。我が研究室の代表のような立場ですのに、人としては様々な意味で変わった御方なのは理解していますから」


 そこは普通に変人と言えばよいのだが、立場的には上の貴族であるクロイサスに相応の敬意を払う律儀なキャロスティーだった。

 だがクロイサスは、英知の探求のためであれば周囲を巻き込むことも厭わないことは事実であり、どれだけ取り繕うとも面倒な人間であると遠回しに認めている。


「……スイッチ、入れたよな? カーソル以外モニターに何も映ってないんだけど」

「OSを読み込んでいるのか? 恐ろしく時間が掛かるな……」

「古いからなのか、どこか壊れてるのか……バラしてわかるかねぇ?」


 エロムラが持ってきたパソコンは、稼働するまでかなり時間を必要としていた。


「あのさ、ゼロスさん……。今鑑定したんだが、即席変電圧機が稼働していないようだぞ? どうもブラックボックスが電圧を勝手に調整しているようだな」

「マジで!? でも電気は通っているから……まさか、魔動力炉とブラックボックスさえあれば、電圧とかその他もろもろを無視して大半の機械を動かせるってこと!? つか、これの中はどんな仕組みしてんだよ」

「あっ、モニターが映った。『No‘File』だってさ。中身がないってことはOSも? プログラムのデータディスクを入れて、初めて機能するってことか。不便な……」


 見た目以上に中身が恐ろしく古臭いパソコンだった。

 入力専用というべきか、おそらく本体にデータ保存のメモリー機能すらない可能性も出てきた。


「……バッテリー切れのノートパソコンの方を先に調べるべきだったかな? だが数が少ないから無駄にできないしなぁ~」

「壊れても困るし、念入りに調べた方がいいんじゃない? あっ、もしかしたらこのフロッピーディスクが使えるんじゃね?」

「エロムラが持ってきたってところに俺は不安を隠せない……」

「アドさん、それってどういう意味ぃ!?」

「せっかくだし調べてみるかな。旧文明のディスクにどんなデータがあるのか、実に興味深いねぇ」


 フロッピーディスクをドライブに差し込み、データを読み込む音がしばらく続いた。

 遅い処理速度だがそれも英永遠に続くわけでもなく、やがてパソコンから軽快でポップな音楽が流れ始め、モニターには可愛らしい少女の絵柄が画面いっぱいに映し出された。


「「「………ギャ、ギャルゲー? 」」」


 ギャルゲー、アダルトゲーム、または高尚に美少女ゲームとか呼ばれ、多少Hなものに興味がある者なら手を出し、気づけば引き返せない沼に嵌る闇への入り口。

 今でこそ感情移入できるストーリー性と共に絵柄を重視して、多くのオタ達を悶絶させているものだが、古き時代は当たりはずれも多く、なんだか良く分からないうちにいきなりHシーンに突入してはプレイヤーを困惑させ、あるいはパッケージにヒロインのように描かれているにもかかわらず実はただのモブで、物語前半であっさり死亡するキャラという、悪い意味で期待を裏切った業深き悪魔の所業の商品もあったものである。

 どうやらこの世界でも旧文明期にはエロゲー文化が存在していたようだ。

 ポップな音楽と共にオープニングが流れ、中盤で美少女キャラが無意味に肌色をこれ見よがしに晒し、呆気にとられるゼロス達から一瞬で思考を奪う。


「ゼロスさん……これ、どこから回収してきたって言った?」

「……ダンジョン。しかも魔導文明期の軍事研究施設を再現した場所からだけど」

「あそこの職員は、職場で何してたんだよぉおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」

『『 エロムラに突っ込まれる過去の職員て…… 』』

 

 職員または研究者かも知れないが、職場でエロゲーに勤しんでいた事実が未来の世界で複製され、明るみにされてしまうとは思ってもみなかっただろう。

 普通に黒歴史ものである。


「絵柄が古いねぇ。これは……内容は期待できそうにないかも」

「意外と秀逸な作品かも知れないぞ?」

「俺、プレイしてもいいかな? いいよね?」


 どうも学園ストーリー物のアドベンチャーゲームようで、主人公はセオリー通りの鈍感系朴念仁タイプ。

 どうでもいい前置き自己紹介テロップを流していくと、何の前触れも脈絡もなく主人公とヒロインらしき美少女キャラのHシーンへ突入した。


「「「 なんでだよ!! 」」」


 総ツッコミ。

 しょっぱなからゲーム性皆無だった。

 

「エロムラ君、パッケージに説明書はなかったのかい?」

「いや、これって市販の製品パッケージだろ? それ以外には何もなかったけど」

「たぶん、その箱はダミーだな」

「それが分かるアドさんって、もしかして同じことをやったことがあるの? むっつり?」

「なんでだよ!」

『昔……友人がVHSのAVを隠すのに同じ手を使ってたなぁ~』


 アドとエロムラを無視しおっさんはゲームを進めていく。

 するとまたも突然に義妹か実妹かは知らないが少女キャラが現れ、ヒロインとの間で修羅場と化し、『お兄ちゃんは私のものよ、この泥棒猫!!』という吐き捨て、手にしたカジキマグロらしき巨大魚でヒロインを串刺しにしようとするも、足を滑らせ誤って主人公を刺し殺してしまった。

 

「「「 ……しゅ、主人公が…いきなり死んだ 」」」


 ドジっ子キャラのようだが、とりあえず凶器のカジキにはスルーする。

 それでも主人公目線で物語は語られていく。

 やがてヒロインと妹キャラが兄を蘇生すべく街を探索する本編へと突入する。

 

「ドット絵形式のRPGかよ、古っ……」

「意外と簡単に終わりそうだよねぇ。どうも同人ゲームくさいな」

「イベントのグラフィックはわりと綺麗だけど、それ以外はクソだなぁ……」


 ゲームを進めていくにつれ増えていく美少女キャラ、戦闘が全く発生しないアドベンチャータイプで面白みが何一つない。おまけに宿に泊まると唐突に始まるフラグ展開ナシの百合シーンと、それを覗き見しているかのような主人公の実況テロップが流れていく。

 やがて初めての戦闘というべきラスボスを倒してゲームは終わる。

 主人公が生き返らない百合ハーレムエンドで……。


「主人公、忘れ去られてるんスけど……」

「ゲームが30分くらいで終わったねぇ~。こりゃ間違いなく同人ゲームだわ」

「これって仕事の合間に研究員が作ってたんじゃないか? 職場の機材を借りて」

「だとしても、これはねぇーでしょ」

「セリフ選択式でエンディングが変わるわけじゃなさそうだねぇ。となると、これは移動画面での辿ったルートでラストが変わるタイプなのかも」

「一応セーブしてあるし、今度はルートを適当に選んでやってみようかねぇ」


 そして再び検証という名のプレイ続行。

 結論から言うとエンディングは3つ。

 主人公無視百合ハーレムエンド、女性キャラ全員お友達ノーマルエンド、主人公復活再殺害エンドだった。


『『『 ……なにこれ 』』』


 百合・おともだちエンドはまだいいが、主人公を復活殺害エンドは美少女キャラ全員から主人公が拷問を受け、無残に殺害されるという酷いものだった。

しかも死体の処理を猟奇的かつ念入りに、執念深く徹底的に行っている。

 骨すら残さない執拗なまでの悪辣ぶりにドン引きするほどだった。


「オープニングでの絡みキャラがヒロインか恋人かと思ったら、まさか妹狙いの百合女子だったとは……。妹ちゃん、割と俺好みだったんだけど……」

「カジキで殺害しようとする妹がか? それにしても……妹以外の主要キャラが全員百合女子。いきなり宿で絡みが出ると思ったら、普通に夜這い仕掛けられ堕とされるだけの話だったし、こんなのどこが面白いのかねぇ?」

「妹、最後には百合に覚醒してんじゃん……。斬新なNTR。つか、クソゲーすぎるだろ」

「全部を総合してみると……」

『『『 主人公を殺すことに、無駄に力が入っているのはなぜだろう? 』』』


 製作者の闇を感じさせる作品だった。

 何しろHシーン画像より拷問や死体処理のグロ画像の方が多かった。

 しかも、キャラ全員の猟奇的な姿や表情がトラウマになるレベルで、ゲーム制作というより『主人公を誰かに見立てて殺害したかったのでは?』という、製作者の心の闇がアリアリと見て取れるのだ。

 しかも最後は主人公の一人語りで、『こうして僕は二度目の死を体験した……。もう、目覚めることはないだろう。お休み、パトフラッシュ』と告げていた。

 ゲーム性に問題ばかりである。


「拷問……無駄に凄かったねぇ。美少女キャラの百合愛が重くて、主人公に対する殺意に戦慄するほどですよ。カニバリズムまで入れてくるほどとは、製作者の悪意しか感じられない」

「テロップを読む限りだと、主人公はかなり能天気だよな。あやしいセリフが何度もあったのに、ヒロイン達の殺意に全く気が付いていない……。生き返って暢気にお礼言うほどお人好し全開だったぞ」

「なぜだろう……俺、製作者の気持ちが分かる気がする。普通の鈍感系モテ主人公キャラって、なぜか怒りが湧いてくるんだよなぁ~。だから基本的にNTRゲーが好きだ」

「「 それはエロムラ(君)が製作者と同類だからだ(だよ) 」」

「酷い! 俺はここまで猟奇的な恨みを持ったことなんて無いんだけどぉ!?」


 自作のゲームをどのような展開にするのかは製作者の自由だ。

 しかし、それをプレイする側からしてみれば間違いなく『金返せ』レベルの駄作で、AVショップの傍らで中古品として激安販売されているか、もしくは売れ残って廃棄処分されるかのどちらかだろう。


「なんにしても、このPCは使えないかな。OSは原始的でデータ処理能力が低いし、メモリーやバックアップもフロッピーの許容量次第。しかも外部からの攻撃に弱いから磁気を当てたら簡単にデータが飛ぶ。どう考えても廃棄品だねぇ」

「もしかして、ノートPCの方にもエロゲーがあるんじゃね?」

「これ、ノートPCから数えて、だいたい8世代くらい前の業務用商品だろう……。データ保存にカセットテープを使うやつよりはマシか」

「化石レベルのPCに最初から期待してなかったでしょ。もとより動くかどうかもあやしいところだったから、正常に稼働しただけでも上出来と見るべきかねぇ」


 ダンジョンが生み出した複製品が正常に動く確認は取れた。

 ノートPCだけでなく他の機械も動く可能性が高くなり、これで好き勝手に遊べるようになるとゼロスは顔に出さず喜ぶが、それとは別にブラックボックスの存在が気になる。

 変電圧機すら必要とせず様々な機械の制御を行い凄く便利なのだが、内部構造や製造方法が謎の機械で、制御面を一括特化した人工知能ではないかと結論付けられる。

 困ったことに魔導錬成を受け付けず、分解すらままならない。


「ブラックボックス、どこかで手に入れられないもんかねぇ……あっ?」

「こいつを何に使う気だよ……って、いっ!?」

「ゼロスさん達、なにを驚いて……ゲゲッ!?」


 クソゲーに夢中になっていて忘れていたが、この場にはセレスティーナとキャロスティーがいた。

 そんな少女達の前で男三人がエロゲーをレッツプレイ。

 はっきり言って気まずい。


「な……何なんですの? こ、この不可思議な魔道具は……それに…」

「こ、こんないかがわしいものが……先生達、最低です」


 少女二人の羞恥の入り混じった軽蔑の視線が痛い。

 アドやエロムラはかなり動揺していたが、おっさんだけが違った。

 ゼロスは煙草に火をともし、ふぅい~と一息入れる。


「二人共、そんな目で見ないでくれないかい? 僕達はこの機械が正常に動くか確かめたかっただけで、中身がどのようなものかまでは分からなかったんだから」

「だ、だからって、このような破廉恥なものを、わたくし達の前でやらなくても良いのではありませんこと!?」

「ん~、そこなんだけど。そもそもこれは昔の人が作ったゲームでね、このフロッピー……薄い板の中に収められた情報を機械が読み取って画面に映し出すんだ。つまり機械を動かさないと中身までは確認できないんだよ」


 あくまで研究のためを協調することで、そこに疚しさなど一切ないことをアピール。

 そのうえで魔導士である二人の好奇心を煽る。


「情報を読み取って画面に映す? それは写真と同じ原理ですか?」

「似て非なるものだよ。内部の情報は製作者が好きなように作れるから、写真のようにありのままを映し出すだけのものじゃなく、非現実的な世界すらも作り出せるんだ。言ってみれば、架空小説の世界を映像に映して楽しむ遊戯なんだよね」

「遊戯……このような破廉恥なものが、昔はたくさんあったってことですの?」

「破廉恥極まりないのは確かだけど、それはただの偶然に過ぎないね。昔はそれこそ冒険ものや戦争もの、男女間のピュアな恋愛など様々さ。そうした娯楽が溢れていた」

「「 高度な技術を娯楽にって…… 」」


 中世まで技術レベルが落ちたこの世界で、魔道具の技術を娯楽に使うという古代の人々の発想は、セレスティーナ達にとって信じられないものだった。

 魔道具は主に攻撃や防御の手段で、補助的なものでも攪乱や捕縛といった類のものなのだから、娯楽目的の魔道具の存在していることに驚くのも無理はない。


「この機械も本来は娯楽目的のためではなく、元となる術式を創り出すための計算機なんだよ。僕の広範囲殲滅魔法も似たような機材を用いて作られた」

「えっ!? じゃあ、この魔道具を使えば複雑な魔導術式も作れるということですか?」

「それは凄い発見ですわね!」

「そうとも言えない。これを使うには専門の知識が必要でね、それを理解できる者が少ないんだよねぇ。覚えるまで時間が掛かるし、術式を記録しておく媒体も製造できないない今の世界では、意味がない代物なんだ。何より、この機械が壊れると修理できないのが問題だよねぇ」


 根本的にパソコンを扱える人間が転生者か勇者以外にいないことと、例え扱えても機械が壊れれば修理することが不可能。わざわざダンジョンや遺跡に探しに行くわけにもいかず、仮に発見できても使い物になるかどうかわからない。

 片落ちの旧世代パソコンのような性能でも、壊れれば部品すら交換できないのだから、宝物庫あたりに厳重に保管する程度の価値しかないのである。


「先生でも直すことができないんですか?」

「無理。特に精密な部品ともなると、僕じゃ手に負えないような知識と技術が必要だねぇ」

「ゼロス様でも直すことができないなんて、魔導文明の技術力はそこまで……」

「一度壊滅的なまでに滅んだ文明と技術はね、再び手にするまで途方もない時間と労力が必要になるんだよ。研究者の殆どが旧時代の足跡を追い必死に研究しているが、追いつくまでには最低でも七百年くらいは必要かな」

「最低で……」

「……七百年」


 一つの文明が失われただけで、技術の再現するのには途方もない時間を要する。

 技術一つでもそれだけの考察と実験、成功と失敗を繰り返すことでようやく形になり、実用にいたる頃には自分達が生きていないことを知る。

 中には永遠に製造工程が分からない魔道具も出てくるだろう。


「ですが、ゼロス様は古代の魔道具を動かしていましたわ。それだけの知識がありながら本当に再現はできないんですの?」

「はっはっは、さすがに内部の細かい部品までは作り方なんて分からないさ。部品を作るのに必要なフッ化ポリーミドとか、シリコンウエハとかフォトレジストなんて作れないしねぇ。専門外だよ」

「「 なんですか、それ…… 」」


 半導体製造に使われる必要素材など、今のこの世界の人々にとっては難解な暗号のようなものだ。追い求めても答えが出るにはいくつもの時代が流れていくことになる。

 文献などで必要と分かっても、今の段階ではそれがどのようなものなのか理解できない。それでも諦めず追及するのが研究者というものだ。


「今はわからなくてもいいさ、いずれ遠い未来で誰かが答えを出すだろう。けど、それは長い知識探求への挑戦となるんだろうねぇ」

「今の私達は無駄なことということですね」

「なんか悔しいですわ」

「けど、今の研究は決して無駄にはならない。受け継ぐ者達がいて、ゆっくりと一歩ずつ時代を進めていくことになるんだから。だから今できる研究をすればいいんだよ」


『すべては繋がっている』。そんな陳腐な言葉が思い浮かぶ。

 それは紛れもない事実であり真理でもある。文化や技術は受け継がれ、時代に合わせ変化し文明は発展していくものだ。

 そして、別の方面でもそれは同じである。


「うっわ、こっちもギャルゲー……いや、今のところエロシーンはないから普通に恋愛アドベンチャーかも。まぁ、けど無駄に際どい描写ポーズが多いが、そこがまたいい。はははは♪」


 エロムラが別のフロッピーも試していた。

 ただ、できることならば思っていることを言わないでほしかった。

 モニターに映し出された美少女たちの際どい描写見て喜ぶエロムラに対し、リアルの少女達の軽蔑の込められた視線が向けられているのに、彼はは全く気付いてすらいない。


「エロムラ君……オープンスケベにも程があるでしょ。さっきの同人ゲームで懲りてないのかい?」

「無理だ、ゼロスさん……。こいつの頭は三分の二の妄想な感情がカラ回るだけで、すべてマイナス方向に働いている。そんな気がする。おそらく治しようがない」

「………おぉ! 考えてみれば今さらか」

「酷くね!? 久しぶりのゲームなんだし、楽しんでもいいじゃんか。たとえ中身がクソでも暇つぶしにはなるんだしさ」


 この中世ヨーロッパのような世界に叩き込まれて、退屈するエロムラの気持ちも分からなくはない。

 何しろ地球に比べて娯楽が少なく、ゲーム機器が存在していないため手が空く時間にソシャゲをすることすらできず、一日が長く感じることもある。

 漫画はあるが楽しめるような内容ですらなく、18禁モノには無駄に力を入れまくっている現状には、おっさんも絶望したくなるというものだ。

 そんな世界に突然PCゲームが現れればエロムラのように飛びつきたくなる。

 例えそれが面白くもない同人エロゲーや恋愛ゲームであったとしても……。


「時と場所を考えようよ」

「お前……今、もの凄く軽蔑されてるぞ」

「……あっ」


 セレスティーナ達の冷ややかな視線にやっと気づいたエロムラ。

 普通に考えても少女達の目の前でエロゲープレイはアウトだ。

 次第に場の空気にいたたまれなくなる。


「ち、ちちち、違うんだぁ!! そ、そんな目で俺を見ないでくれぇ~~~~っ!!」


 そして逃げた。

 エロムラは自分の迂闊さを後悔しつつ、泣きながら走り去っていく。

 そんな無様な彼の姿を、鳥小屋でヒヨコ達をモフっていたアンズが不思議そうに眺めていたが、直ぐに忘れヒヨコの羽毛に顔をうずめた。

 幸せそうなアンズとは裏腹に、コッコとそのヒヨコ達は逃げ場のない状況に混乱していたのだが、これはどうでもいい話である。


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