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その頃の四神たち


 ツヴェイトが師であるゼロスに学院へ戻ることを告げて三日目の朝、彼が住むソリステア公爵家の本邸に珍しい客が訪れていた。

 普通なら歓迎するべきなのだが、その人物に対してだけは正直歓迎する気にもならない。

 その人物の名は――。


「……とうとう来たのか」

「ちょ、ツヴェイト!? 親友が訪ねて来たのに、その言い方はないんじゃない?」


 ――ツヴェイトの友人であるディーオであった。

 仮にも公爵家の――もはや城と言っても過言ではない大邸宅に、一庶民の客が来るなど先ずない。

せいぜい父親であるデルサシス公爵の客人である貴族か、あるいは商品を売り込もうとする商人くらいのものであろう。だがディーオは来た。

 そこに打算と下心があることを隠そうともせずに。


「お前、よく屋敷に通してもらえたな?」

「う~ん、俺もさすがに門の前で尻込みしていたよ。守衛さんにも止められたし。けど、偶然ミスカさんに出会って――」


 それは、ディーオが公爵家の屋敷前でうろつき、守衛に不審者と間違われ職質されていた時のことであった。

 友人に会いに来ただけだと必死に誤解を解こうとしていたが、守衛も職務に忠実で頑として取り合おうとはせず、千日戦争に突入しそうなときに彼女は現れた。

 門の向こう側からディーオは見知った人物が歩いてくることに気づき、なんとか助力してもらおうとミスカの名を呼ぶディーオであったが、ミスカはディーオの姿を確認すると突然震えだし――。


『ツ、ツヴェイト様にお友達が訪ねてくるなんて……。そんな……こんな、あり得ません! あのボッチの! あのボッチの!! あのボッチのツヴェイト様に、訪ねて来られる方がいるなどと……。夢よ、これは夢なんだわ、ミスカ! こんな非現実なことが起こり得るなんて、まさか明日にでも世界が滅亡してしまうとでもいうのですか! おぉ……神よ、もう終わりなのですね。 偉大なる神にして至高の御方、アンゴルモゲチマエ様。どうか我等にお慈悲を……』


 ――などと、のたまった。

 さすがにディーオも思わずツッコミを入れる。


『なんでぇ!? ツヴェイトを訪ねる客がいたらそんなにおかしいの!? それと、何気に邪神に救いを求めているよねぇ!? なんなの、そのアンゴルモゲチマエ様って!』

『人生に充実している方の、特に殿方の局部を捥いでしまう、それは、それは恐ろしい神です。女性と全く縁のない方に加護を与えてくださる慈悲深いお方でもありますね。主に変なマスクを……ですが』

『その神様の所為で女性と縁がない人が増えるだけじゃないの!? 俺、彼女いないんですけど……』

『なら大丈夫ですね。では、お入りください。ツヴェイト様ぁ、ガサ入れですよぉ!!』

『ガサ入れ!? っていうか、ミスカさんが案内してくれるわけじゃないの!?』

『嫌ですよ、めんどくさい。そこの守衛に入邸許可を出しておきますから、勝手にツヴェイト様の許へ行って乳繰り合ってください』

『こんな往来でなんてことを言うのぉ!?』


 とんでもないことを天下の往来で口にしておきながら、ミスカはディーオの入廷許可を守衛に伝え、我関せずとクールにその場を去っていった。

 残されたのは、あらぬ疑いを掛けられたディーオと、戦慄に身を震わせる衛兵を残して――。

 偶然にその場に居合わせた一般人からの視線がもの凄く辛かった。


「………なんて事があったんだ。ミスカさん、しょっぱなから飛ばしてたよ」

「おのれぇ、ミスカぁ!!」


 知らないところであらぬ疑いを掛けられ、ツヴェイトは怒りに打ち震える。

 だが、ミスカ相手に何かができるわけもなく、己の無力さにただ物に八つ当たりすることしかできなかった。

 情けない話だが、これがソリステア公爵家のヒエラルキー関係というものである。

 デルサシス公爵とクレストンの次にメイド長が強かった。


「ミスカさんって、公爵家で雇っているメイドだよね。なんでクビにしないの?」

「親父に聞いてくれ……」

「優秀な人なのに性格に問題があるよ。前から知ってたけど」

「俺の周りは、そんな奴らばかりだ」


 実の父親から始まり、師であるゼロスや護衛のアンズ、ミスカに弟のクロイサス。エロムラと魔導士として尊敬する祖父であるクレストン。彼等はどこか人格がおかしい。

 壊れているわけでも破綻しているわけでもないのに、その行動があまりにも非常識すぎる。真面目に行動しても相応の結果を出せるにもかかわらずだ。


「セレスティーナのやつも、ミスカの影響を受けて腐った書籍を出しているからなぁ~。最新作の内容なんか知りたくもない……」

「な、なんとかしようよぉ! セレスティーナさんが更にディープな趣味に走ったらどうするのさぁ!!」

「ディーオ……世の中にはなぁ、出来ることと絶対に不可能なことがあるんだ。それに……」

「それに?」

「もう手遅れだ」

「嘘でしょぉ!?」


 何もかもを諦めたような表情でディーオを諭すツヴェイト。

彼に人格や趣味がぶっ飛んでいる者達を説得できる力はなく、目の前にいる親友のディーオもまた人格が些かおかしいと、最近になって理解したほどである。

言葉では濃い人達の行動を止めるなど不可能であると悟っていた。


「…………なにか、凄く失礼なことを考えてないかい?」

「いや……。それより、なんでウチに来ようなんて思ったんだ? 下手をすれば不審者として牢送りだぞ。いや、言わなくていい……。どうせ、セレスティーナが目当てなんだろ」

「その通り。ツヴェイトのことだから、そろそろ学院に戻ろうとすると思ってね。ご一緒しようかな~と尋ねてきたってわけさ」

「変なところで堪が働きやがる」

「これも神の采配だよ。まさか二人も明後日にここを立つとは思わなかったし、タイミングはバッチリだったね」


 一緒にイストール魔法学院に戻るのは構わない。

 ただし、そこにセレスティーナ目当てという下心がなければ歓迎しただろう。

 ディーオは友情を盾に便乗を狙ったに過ぎない。


「お前、まさか……ウチに泊まるつもりじゃないだろうな?」

「そこまで厚かましくないよ。ちゃんと宿は取ってあるさ」

「ならいい。俺もディーオが目の前で御爺様に殺される姿は見たくねぇんだ」

「そこは普通、止めるか説得してくれるんじゃないの? それが友情ってものじゃないの?」

「無茶を言うな、誰が御爺様を止めることができんだよ。ことセレスティーナに関しては常軌を逸しているぞ」

「やっぱり、最大の難関はクレストン様か……」


 恋する好青年のディーオは、手の施しようがないほど盲目だった。

 そもそも孫娘を溺愛するクレストンを説得するなど不可能に近く、唯一できる者がいるとしたらセレスティーナ本人だけだ。

現時点でディーオの立場は兄の仲のいい友人程度でしかない。

 つまり、今ならクレストンはディーオを確実に殺れるのである。


「飛んで火に入るって言葉を知ってるか?」

「何のことだい? ところでツヴェイト………」

「なんだよ、急にそわそわしだして。気色悪い」

「いや、その……ここにセレスティーナさんは……」

「あぁ~……」


 ツヴェイトはディーオの態度で察した。

 最初からセレスティーナが目的だと分かり切っていたことである。

 祖父のクレストンが知れば半殺しの目に遭う可能性が高く、その危険を押してまで彼女に会いに来た根性は評価できるだろう――が、ディーオは肝心なことを忘れている。


「あいつはこの屋敷にはいないぞ。別邸の方にお爺様と暮らしているからな。門の前でミスカと会っただろ? 別邸に戻るときに、偶然お前と鉢合わせしたんだろうな」

「そ、そうなのかい?」

「俺、以前に説明したよな? 御爺様と暮らしているって……。御爺様は母上達との仲が悪いし、本邸よりも別邸の方を気に入っているから、ここにはいねぇよ」

「………………覚えてない」

「お前はセレしティーナのことになると、都合の悪い情報を頭から追い出すからな。先に別邸の方に行っていたら、今頃生きていられたかどうか……。命拾いしたな」


 クレストンはセレスティーナに近づく男に容赦はしないだろう。

 別邸で働くメイド達の話を聞くところによると、見合いを進めてくる貴族達を裏で調べ上げ、不都合な事実を突きつけて脅迫していると聞いている。

 隠居したクレストンだけでそのような真似ができるとは思えず、おそらくは父親のデルサシスも協力している可能性も高い。


「ミスカから聞いた話だが、そもそもセレスティーナの奴は年上好みのようだぞ」

「えっ? マ、マジで!? まさか……」

「言っておくが、師匠は対象外だ。魔導士としては尊敬できるが、人としてとなると評価は厳しい。セレスティーナは後付けの地位には興味ないようだしな」

「地位でなく、人として勝負をしろってことか。でも年上好みって……」

「最近気づいたが、セレスティーナを狙うなら御爺様だけでなく親父とも相対することになるぞ。放置しているように見えて親父もセレスティーナには甘いようだしな」

「げっ!? そ、そうなの!?」

「あぁ……。同じ四大公爵家の馬鹿が、婚約者候補としてセレスティーナの名を親父の前で挙げたみたいなんだが、どこかの辺境伯の娘と無理やり婚約させられた。その娘はポッチャリ肥満体形らしい」

「………マジで?」


 ディーオとしては聞きたくもなかった話だ。

 四大公爵家は王家の次に権威のある家系だが、その子息にすら容赦なく鉄槌を下すデルサシス公爵に対し、恐怖すら覚える。

 

「まぁ、アイツは性格に問題があるから、いい薬だ」

「俺、消されるんじゃない? そこまで分かっていながらツヴェイトは本当に協力してくれないの!?」

「してやりたいところだが、結局はセレスティーナの意志の方が大事だろ。アイツが選んだ相手だとしても、家族構成や交友関係なんかを徹底的に知らべられるだろうがな」

「なんか、ソリステア公爵家が怖いんだけど……」

「仮にセレスティーナがお前を選んだとしても、調査で少しでも問題あると判断されれば、最悪……消されるぞ」


 表立ってセレスティーナを可愛がったりはしないが、誰よりも娘の幸せを願っているデルサシスと、孫娘を溺愛している祖父のクレストン。

 敵に回すにはあまりにもリスクが高かった。

 庶民のディーオにとっては最初から難易度が高すぎるのである。

そこに憐みの込められた視線を向けているツヴェイトも、親友のために一肌脱いでやろうとすら思っていない。むしろ諦めてほしいと思っている。

 冷たい友人関係のようだが、これでも充分ホットな友情なのだ。

 

「………百歩譲ったとして、セレスティーナさんが好きになる男ってどんな人だと思う? 俺には想像もつかないんだけど」

「そりゃそうだろ。俺も分からん」

「一応、妹なんだよね? 冷たすぎやしないかい?」

「俺の立場上、アイツの人生に口出しできるもんじゃねぇよ。昔からセレスティーナを虐げてきたからな。それが無知からきた誤解だと分かっても、俺自身がやってきたことは消えやしない。だから、アイツが選んだ道ならできるだけ応援してやるつもりだ」

「俺が、『セレスティーナさんを幸せにしてみせる』と言っても、応援してくれないのに?」

「何度も言ってるが、そこは自分で何とかしろよ。そもそも、アイツには知り合い程度にしか認識されていないんだぞ。人を頼らずに自分で振り向かせる努力をしろや」


 ツヴェイトとしてもディーオの想いは分からなくもない。

 だが、親友に恋人関係に至る過程の手段に用いられるのは友人として受け入れがたく、協力するにしてもその前に努力は見せてもらいたかった。

 このままだと想いの感情を拗らせ、やがてストーカーの仲間入りをしそうで心配になるのだ。

 いや、もう既に片足をストーカーの道に踏み込んでいる。


「そうは言うけど、彼女の趣味を知ろうにもジャンルの幅が広くて……」

「魔法学に錬金学、薬学書に歴史書。医学書も読んでいるな……。そして、男色の薄い本や小説もだな」

「認めたくないけど、本当に読んでいたんだ……薄い本」

「そして、自分でも書いている」

「嘘だと言ってよ、バーニィ!!」

「誰がバーニィだぁ! いい加減、現実から目を背けるのやめろ」

「呼んだ?」

「「!?」」


 二人の目の前に突然現れた謎の下着売り忍者アンズに、二人は驚いた表情のまま硬直した。

 なぜなら、彼女の姿はハイヒールに幼女が履くには危険なスケスケな網タイツ。

ペッタンな胸が動くだけでずり落ちそうな、光沢のあるエナメル質なボンテージ。

 そして、ウサギを象徴する長い耳を象った着け耳。所謂バニーガールの格好であった。

 世界が異なれば即通報されるレベルである。


「「なんつー格好をしてんだぁ!?」」

「……ドワーフの奥様向けに、夜のお仕事を彩る魅惑のスーツ。お値段もお手頃に仕上げてみた」

「「売る気か!?」」

「お仕事馬鹿な旦那さんも、今夜はこれでフィーバーハッスル間違いなし。お父さんも、お母さんにこの格好をさせてバーニング・ラブしてた。そそる?」

「「ご両親、娘さんに夜の秘密を知られてますよぉ!?」」

 

 バニーなアンズは犯罪臭がハンパなかった。

 あざとくポージングするアンズを見て、二人の背中を嫌な汗が伝う。

 こんなところを誰かに目撃されでもすれば、ツヴェイトとディーオの人生は間違いなく確実に詰むだろう。


「着替えてこい! その恰好はさすがにマズイだろ」

「うん、犯罪的で危険すぎるよ。誰かに見られたらどうするの?」

「ん……でも、ちょっと遅かったみたい」

「「な、なん……だと?」」


 アンズが指をさした方向を振り向けば、驚愕で打ち震えた年配メイドさんの姿があった。

 タイミング悪く目撃者となってしまったメイドさんは、動揺して一歩一歩と目の前の現実を否定するかのように首を振りながら後ろへと下がり、手から落ちたトレイを拾うことすら忘れ、震える足を必死に動かしフェードアウトを試みていた。

 落ちたトレイの音が、静まり返った部屋に虚しくカランカランと空しく響き渡る。

 否定できない現実を受け入れたのか、彼女は使える主の子息が受け入れがたい過ちを犯していることに対し、非情となる覚悟を決めた。


「ツ、ツヴェイト様が! ツヴェイト様がご友人と犯罪にぃ!!」

「「誤解だぁ――――――――っ!!」」


 そして、最悪の展開に突入。

 必死に誤解を解こうとする二人だったが、年配のメイドさんは錯乱しているのか、はたまた混乱から口走ったのか、『まさか、二人で美しい私を押さえつけ、あのような格好をさせようと!? ケダモノよぉ!!』などとのたまう。

 そのセリフにキレ、『『ざけんなぁ!! 何でおばさんにあんな格好させて喜べるんだよぉ!! 図々しいにも程がある!!』』と、かなり失礼な反論をしたツヴェイトとディーオ。

 その発言がますます誤解を招く結果となり、他の家臣達も何事かと集まりだし、場はさらに混乱していった。

 一人カオス展開から取り残されたアンズは、ニンマリと笑みを浮かべる。

 ツヴェイトとディーオの冤罪は、しばらく晴らされる事はなかったとか……。



 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


【聖域】、そこは惑星の環境維持や流れていく時間経過の中で世界の変革を観測する、管理者のみが許された領域である。

 その聖域に、今や二柱となった女神がダラダラと腐っていた。

 勿論、ガイアネスやウィンディアが神としての力を失ったことなど知ることもない。


「ハァ~………暇ねぇ」

「暇だぉ~。ウィンディアもガイアネスもいないし、二人だけだとつまんないのだぁ~っ!」


 地球で手に入れてきたマンガはすべて読み切り、ゲームは攻略済み。

 化粧品も底を尽き、菓子類は既に腹の中に消費して、音楽ももう聞き飽きていた。

要は新しい娯楽がない状態が続いていたのである。


「あの二人、いったいどこへ出かけたのかしら?」

「ガイアネスは、きっとどこかで眠り呆けているんだお。ウィンディアは………分からないのだ」

「重度の睡眠中毒者は別にいいとして、ウィンディアがいないのが変なのよね。あの子は向こうの大衆音楽やコスプレ? そっちの興味しかないから、この世界になんの期待もしていないもの」

「偏っているんだぉ」


 風の女神であるウィンディアは、地球の大衆音楽やティーンズファッション、コスメ、コスプレ衣装などに興味津々だった。

 そんな彼女は、いつも某潜水艦の人型AIのようなセーラー服をこよなく愛していた。

 ちなみに、火の女神フレイレスはゴスロリ衣装の姿が多く、興味があるのはお菓子や漫画、そしてゲームと思考が子供っぽい。

 水の女神アクイラータは化粧品や宝石類に目がなく、衣類にこだわりがないので普段から自分で生み出した煽情的な水のドレス姿である。

 そして、地の女神ガイアネスは寝ることが我が人生なので、寝具以外に興味を持つことは一切なかった。

 そして現在、聖域には二柱の姿がない。


「ウィンディアが聖域にいないのはおかしいのよ。この世界の文明水準はまだ低いし、人間の街に行ったとしても、あの子が満足できるものなんてないわ」

「となると………何か楽しいものでも見つけたとか?」

「そんなもの、この世界にあると思う? 私も偶に地上へ行くけど、まだまだ原始的でつまらないわ。勇者達も役に立たないし、戦争ばかりよ」

「人間って、本当に戦争が好きなんだぉ。絶滅されても困るけど、いい加減にしてほしいのだぁ~」


 邪神戦争以降、唯一残った勇者召喚魔法陣を人間に任せたのは、文明崩壊した旧魔道文明期のレベルにまで文化水準を上げることが目的であった。

 かつての文明レベルは地球よりもはるかに優れ、娯楽という面では地球と同レベル。宇宙開拓に手を出せるまでに技術力は高い時代だった。

 だが、邪神の覚醒で世界は荒廃し勇者の召喚を実行した。。

封印は成功したが文明は後退。元に戻すために異世界人の召喚を容認したのだが、結果は思わしくない。それどころか四神のお墨付きは別の問題を引き起こした。

 異世界人の召喚で齎された知識と技術により多少なりとも文明は復興したが、宗教が権威を持ったことにより科学技術や魔導技術は否定され、医学ですら自然の姿を冒涜する行為と弾圧する始末。

 娯楽に至っては人心を歪ませる悪しきものとされ、倫理観の外れた内容のものは全て抹消。大国となったメーティス聖法神国は特権階級にいる者以外、慎ましい生活を強要する国となったのである。

 当然だが周辺の国家にも強要したせいで対立が生まれ、戦乱の時代が長引くことになる。

 娯楽を求める者達は地下活動をしていたのは救いであろうか。

 その地下活動はやがて規制も緩んだことで表に姿を現し、現在のように様々な娯楽を生み出しては周辺国に発信するまでに至った。

 やっと求めた時代に向け動き出したが、まだまだ満足いくものとは言い難い。


「魔導士を優遇すればよかったわね。少なくとも頭の固い神官よりはマシだったろうし、化粧品も科学分野だから……」

「『何でも言うことを聞く神官の方が、自分達に都合がいいわ』って言ってなかったっけ?」

「最初はそう思ったわよ。でも、実際は自分達の欲望のまま、都合の良い国を作ることになったのよね~。誤算だったわ」

「召喚陣、壊されちゃったんだぉ?」

「まさか、この世界が滅びる寸前になっていたなんて思わなかったわ。転生者には助けられたけど、同時にアイツらは私達の敵よ。おそらく向こうの神々が私達を始末するために送り込んだと見るべきね」

「けど、人間は直ぐに死んじゃうんだぉ? 送り込むにしても、聖域に逃げ込めば手が出せないんじゃないの? 他にも何か目的があると思った方がいいんじゃ……」


 フレイレスは意外に鋭かった。

 だが、最終的な目的までは辿りつけない。

 転生者の目的が邪神――観測者の復活であり、その目的が既に果たされていることなど、今の彼女達には分かるはずもなかった。

 聖域のシステムすら満足に扱えない二柱が異変に気づくことはない。


「目的があったとしても、聖域にいる限り何もできないわよ。あいつらは確かに強いけど、所詮は人間なのだから」

「う~ん、だといいんだけど……」

「それよりも、最近は聖女達からの催促がうるさいことが問題だわ。昼夜ひっきりなしでお肌があれちゃう」

「あぁ~、確かに鬱陶しいんだぉ。ドラゴンがどうとか……。下界のことは人間が解決すればいいのに、なんでも神様に頼ればいいと思っているし」

「ドラゴン?」

「ドラゴンが派手に暴れているらしいんだぉ? 聞いた話だと神殿や教会が集中的に襲われたらしいのだ。それくらい勇者達を使って何とかしてほしいにょぉ~」

「ちょ!? それ、いつの話よ!」


 ドラゴンは魔物としては知性が高いが、そもそも神殿に対して興味を持つことはない。

 そのような存在が神殿だけを襲うというのは異常な出来事だった。


「なんでドラゴンに襲われてるのよ!」

「知らないんだぉ! ドラゴンに聞いてほしいのだぁ~!!」

「フレイレス、アンタ状況が分かっているの!? 役に立たない神官達だけど、私達の目的のためには人間が必要なのよ。国一つ滅ぼされたら、言うことを聞いてくれる下僕がいなくなるじゃない! また戦争ばかりの世界になるなんて面倒じゃないの!!」

「…………あっ」


 四神は思いっきり身勝手な存在で、そもそも人間達を正しき道に導こうなどとは思っていない。そんな思考回路など最初から持ち合わせてなどいないのだ。

 妖精であった頃であれば魔力濃度の高い地域に引きこもれば良いが、神となった今では娯楽というものを知ってしまい、元妖精であった頃の本能が退屈極まりない世界に拒絶感を抱いていた。

 ドラゴンを放置してメーティス聖法神国が滅びてしまえば、また一から人間を先導し直さなければならず、死活問題である。

 

「先ずはドラゴンのことを調べないと……」

「う~……こんな時にあの二人はどこへ行ったのだぁ~!!」


 フレイレスは緊急事態の時に姿を見せない残り二人に対し、不満の叫びをあげた。

 だが、ウィンディアもガイアネスも、もう聖域に戻ってくることはない。

 彼女達は既に神ではないのだから――。


~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~  


 さて、聖域でフレイレスが叫んでいた頃。

 件のガイアネスは何をしているのかと言えば、ソリステア魔法王国のとある民家の一室に封印され、差し込む夕日の暖かさに包まれながら寝ていた。

 元より神の地位に固執していない彼女は、アルフィアに管理権限を返した後、飽きもせずに惰眠を貪っていた。


「………?」


 そんな彼女は時折目を覚ますと、目ヤニのついた眼を手でこすり、呆けた顔で辺りを見回す。

 そして、何かを考えたあとポンと手を叩くと、その身に残された神としての力の残滓を使い、何もない空中に黒い穴を生み出した。

 大地の女神であったガイアネスは重力による空間操作を可能としていた。

 その力を応用して空間を歪め、亜空間に自分の持ち物を収納している。

 これは勇者や転生者の持つストレージやインベントリ、あるいはアイテムBOXと呼ばれているものと同質のもので、便利そうだという理由から必死で覚えたものだ。

後にも先にも彼女が本気で努力したのはこのとき以外にない。

 そして、この空間歪曲を利用し、たまに別の場所へ転移することも可能としている。

 これもまた寝心地の良いお気に入りの場所へ移動するために覚えたもので、それ以外のことで使用したことなど一度たりともない。

 努力する方向性がどうしようもなく間違っている、それがガイアネスなのだ。


「ん~…………どこへいったかなぁ~?」


 亜空間の中に手を突っ込み、かき混ぜるように動かしながら目的のものを探す。

 ちなみに彼女が探しているのはペンギンの着ぐるみパジャマだ。

 ふかふかのもっふもふな感触が大のお気に入りなのであるが、探しているのに見つからず次第に不機嫌な顔になっていく。

 そんな時、布団の中から枕とは違う柔らかい感触を感じた。


「…………ん?」

「………やっと、起きた」


 寝ぼけ眼で見たそれは、少し前にアルフィアによって封印されたウィンディアであった。

 首を傾げるガイアネス。


「こんな抱き枕……買ったかな?」

「抱き枕じゃ……ない」

「………お~。それでウィンディア、なんでいるのぉ~?」

「この間まで邪神に封印されてたけど、ガイアネスが封印空間から引き抜いたんじゃない……。その後に寝ぼけたあなたに布団の中へ引きずり込まれた」

「そんなこと、あったっけ? ん? ………邪神?」


 もの凄く不思議そうに呟くガイアネス。


「世界の管理権限を奪われた。………アクイラータ達に知らせないと。でも結界が張られているから今の私じゃ出られない。力を貸して」

「…………やだ。ここは隔絶されたパラダス」

「………えっ?」


 ウィンディアが調べた限りでは、自分のいる場所――部屋は恐ろしく強力な結界によって隔離されていた。

 ここから出るにはかなりの魔力が必要となるが、今のウィンディアには内部から結界を解除する力は残されていない。結界ごと部屋を破壊するこなど不可能だ。

ガイアネスが唯一の希望であったが、あっさり断られてしまった。

 

「………ねぇ、ガイアネス。あなたも封印されているんだけど?」

「ん~………だから?」

「まさか、あなたも邪神に…………」

「違う………管理権限を返したらパラダイスを用意してくれた」

「え?」

「我が至高の神、惰眠のパジャマ神に管理権限を献上したら、安眠枕と羽毛布団とパラダイスをくれた………。誰にも邪魔されず眠れる」

「えっ? えぇ……!?」


 つまり要約すると、ガイアネスは管理権限を返上する見返りに安眠枕と羽毛布団を貰い、ついでに快く封印されたことになる。

 ウィンディアのように強制封印でなく、自ら進んで封印されたのだ。

 ただ、好きなだけ惰眠を貪るためだけに………。


「………裏切ったの?」

「? 元から神になんてなりたくなかった。世界の管理なんて面倒なだけだし、そんな力なんていらない。やってなかったけど」

「そうだった。…………ガイアネスは、元からこういう性格だった」

「ん……………理解してくれてなにより~。ねむ……」


 ウィンディアは、ガイアネスが元から怠惰であることを知っていたが、まさか自ら管理権限を明け渡すとは思ってもいなかった。

 力が強いだけの妖精に戻り、自然界から魔力供給も碌にできない暗黒空間から出してくれたことに感謝はするが、封印されていた場所が別の場所に移っただけで現状は何ひとつ変わらない。

 しかも同類は非協力的ときている。


「………封印、されているのよね? 不満はないの?」

「ないよぉ~。面倒なことがなくて安眠できる。これをパラダイスと言わないでなんていうのぉ~?」

「私が起こすとは思わないわけ?」

「そしたら……………また同じ場所に戻すけどぉ~? たぶん、できると思う」

「………」


 ここを天国と思うのは目の前の怠惰な元女神くらいのものだ。

 しかし、ガイアネスは封印を解除することに協力してくれそうもなく、だからといって何もせずにダラダラと生きていたいとは思わない。

 ウィンディアは風の属性で、クールな少女の外見とは裏腹に実は活動的だ。一箇所に留まっていることが苦手なのだ。

 可能かどうかは別として、駄々を捏ねてガイアネスの不興を買い、元の封印空間に戻されるのも遠慮したい。

 暗黒封印空間から生還してみれば、今度はひだまり封印空間だ。どちらがマシと問われれば悩ましい問題である。

 

「なんか、喋るのも面倒になってきた……」

「ちょっと?」


 ガイアネスはいきなりウィンディアに抱き着くと、そのまま布団の中へ引きずり込む。


「な、なんの……つもり? まさか、また……」

「ウィンディアを抱き枕にして寝る………サイズがちょうどいいしぃ~お休み………」

「は、離して……熱いんだけど、ちょっと!? もう寝てるし……」


 ガイアネスはウィンディアを抱き枕に、一秒足らずで夢の中へと落ちていった。

或は堕ちていったが正しいのかも知れない。

 ウィンディアが抱き枕状態から解放されるまで、再び大蛇に巻き付かれた被害者の気分を味わいながら、気絶と覚醒を繰り返すこととなる。

 消えゆく意識の中、暗黒空間に封印されたまま消滅を待った方がマシだと思ったとか……。


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