おっさん、ダンジョンの存在理由を知る。
午前中のデートと呼べるか分からないお出かけ――あるいは散歩から教会に帰ってきたルーセリスとジャーネであったが、その二人の様相はどちらも対極だった。
「フフフ~ン♪」
上機嫌に掃除をしつつも、不意に手を止めては指輪を眺め締まりのない笑みを浮かべるルーセリス。
「ハァ~……」
対して椅子に座り、もの思い耽り愁いを帯びた表情で指輪を見つめつつ、時折なにか思い出しては急にそわそわしだす挙動不審のジャーネ。ついでに何かを妄想したのか『いやんいやん』と身をよじる姿は、いつもの姉御肌からはかけ離れていた。
そんな二人をドア傍の壁に隠れ不審気な目で眺めるチルドレンズ。
『アレ……どう思う?』
『おっちゃんと婚約でもしたんじゃないかな? でないとジャーネねぇちゃんの挙動がおかしいことに説明がつかん』
『わかりやすく指輪もしてるしね。アタシもプロポーズされたぁ~い』
『どうでもいいよ。指輪は食えないし』
『それがし、しすたーのあんなだらしのない顔を見たのは初めてだ。恋とはあそこまで人を駄目にすのか』
『『『『『 まぁ、俺(それがし・僕・アタシ)達は温かく見守らせてもらうけどね。なんかキショいし』』』』』
酷い言われようである。
それだけ普段の二人とはかけ離れた挙動不審が際立つというところだろう。
内面乙女のジャーネはまだ行動に現れる理由も分かるが、普段から聖女のようなルーセリスの浮かれた表情など今まで見たことがなく、禁忌を除いてしまった気分にさせられた。
『しっかし、意外だな。あのシスターがあんなに浮かれるとは……』
『ジョニーは分かってないね。シスターだって乙女なんだよ、アタシには分かるぅ~』
『アンジェに乙女心があるかは知らんが、シスターは最初からおっちゃんとの婚姻は乗り気だったぞ? 最初から覚悟ができていたはずだろ』
『何気に失礼だぞ、ラディよ。しかし結婚とはそんなに良いものなのか? それがしには分からぬが……』
『結婚式はやるのかな? できれば肉尽くしにしてほしい』
言いたい放題である。
そして、当然だがこの教会に住んでいるのはチルドレンズだけではない。
子供達のすぐそばで、『ドサッ』と何かが落ちる音が聞こえた。
振り返ると音の主は買い物帰りのイリスだった。
『『『『『 け、気配に気づかなかった、だと…… 』』』』』
そこは別にイリスの武の技量が上がっていたわけでもない。
単に子供達がルーセリス達に気を取られ警戒を怠っていただけの話だ。
「「 あっ…… 」」
当然だが、ルーセリス達も物音で子供達やイリスに気づく。
そして固まった。
対するイリスの脳内では、今まさに超高速で情報処理を行っていた。
『ルーセリスさんが浮かれ、ジャーネさんがもの思いに耽っている……どういうこと? これって、アレだよね。漫画でよく見る初恋JKの反応に似て……待って、二人の指に指輪が。つまり……そういうことぉ!?』
情報処理完了。
次に彼女が出た行動は――。
「やったね、ジャーネさん! ルーセリスさん! とうとうおじさんと結婚したんだぁ、おめでとう。今夜はハンバー……じゃなくてお赤飯だぁ!!」
――と、ぶっこんできた。しかも先走っていた。
婚約を一段抜きで越え結婚に結びつけた勘違い。
その一言で我に返るルーセリスとジャーネだが、同時に先ほどまでの醜態を観られたことに気づき、一瞬にして赤面する。
「ち、違っ……結婚じゃないし!」
「そうです。まだ婚約段階で……」
「Оh―こんにゃく、味噌田楽とおでんがバージンロードを歩き、味が染みてウマ―っ! そんなわけで今夜は婚約尽くしだぁ!!」
「「 なに言ってんの!? 」」
「今宵はおじさんに美味しくいただかれちゃうんだね。大丈夫、私は大人だから覗いたりなんてしないよ。でも盗聴はするかもしれないけど許してね♪」
「「 まだそんな関係じゃありません(ない!!)!! 」」
盗聴――盗み聞きはいいのであろうか?
「フゥ~若さとはいい。溢れんばかりの情熱が暴走特急に乗って天元突破し、止まらない止められない愛欲と本能のままに乱れ乱れたエチエチな行為に及んだとしても、それは決して恥ずかしい事じゃないさ。自然なことなのだよ、ワトソン君」
「「 若いくせになに言っちゃってんの!? 」」
「愛し愛され3pファイッ、巡りめくるフロンティア。三人だけのディストピアで、情欲が動き始めているんだねぇ!?」
「「 ごめん、意味わかんない…… 」」
イリスは感極まった末に興奮していた。そして暴走していた。
それはもう、自分が何を口走っているのか分からないほどに、あらん限り思いつく言葉を乱発する。聞いている側は意味不明で理解できない。
そういうことに興味津々なお年頃のイリスだったが、鼻息荒くするその暴走が誰から見てもドン引きもので、逆にルーセリス達は落ち着きを取り戻させた。
「まぁ、これで俺たちがここを出ても安心だな」
「おっちゃんがいるしねぇ~、でもジャーネねぇちゃんは心配かな? 逃げ癖があるみたいだし」
「フッ……幸せになってくれよ、シスター」
「結婚式には山盛りの肉を用意して」
「うむ、御二方の縁がまとまって何より。これで心おきなく我らは自立ができるというもの」
『『 私達、子供にも心配されてたの? そんなに結婚から縁遠くに見られてたの? 』』
年齢的には結婚適齢期の中間に差し掛かっており、25歳になれば行き遅れがこの世界の一般的な常識。
別に焦っていたわけでもないが、20歳くらいまでには相手が欲しいと二人は思っていた。そのお相手がおっさん魔導士とはルーセリス達自身も意外だったろう。
歳の差結婚などこの世界でも良くあることで、別にそこは気にならない。気にしているのはゼロスだけだ。
いや、ジャーネも気にしていた。
結婚には最初から乗り気だったルーセリスに対し、ジャーネは奥手で逃げ腰気味。
普通なら恋愛症候群の症状が出た時点で婚姻を即決する者が多い中、この三人はいつまで経ってもくっつく様子がなかったので、子供達もさすがに心配していたのである。
勢いで強引に婚約指輪を押し付けたゼロスの行動は、ある意味でファインプレーである。
「いやぁ~、シスターは最初から結婚自体乗り気だったけど、ジャーネねぇちゃんがなぁ~」
「アタシ達も遠回しに煽ってみたけどさ、真っ赤になってすぐに逃げちゃうし、ホント困ったもんだよね」
「マジで手を焼かせてくれたが、これで本格的に独り立ちする準備に取り掛かれる」
「心配は食えないからなぁ~。これで肉が美味しく食べられるよ、よかったよかった」
「来年には子供が見られるかもしれぬな」
子供達の気分は父親か母親かのようだ。
個々の憂いが無くなった子供達はさっさと部屋を出ていき、あとはルーセリス達以外にイリスだけが残される。
「ジャーネさん、ルーセリスさん。無計画な子作りは厳禁だよ?」
「「 イリス(さん)にだけは心配されたくないんだけど…… 」」
「なんで?」
「「 なんでって…… 」」
この世界では成人した14歳から結婚が可能である。
イリスも結婚可能な年齢に達しているので、子作りの話も他人ごとなどではない。
そんな彼女に無計画な子作りは厳禁だと言われても説得力がなかった。
「イリス……お前も結婚に関しては他人事じゃないだろ」
「法律では、イリスさんもいつ結婚してもおかしくない年齢なんですよ?」
「え? えぇ?」
「女の傭兵の場合、適当な場所で知り合った男と関係を持って、うっかり子供を作っちまう奴が多いんだ」
「それ、私よりレナさんのことを心配した方がよくない?」
「レナさんですか……。彼女なら放置しても大丈夫だと思いますね。未婚のままでも充分に子供を育てられそうな気がします」
それ以前にレナが結婚する姿が思い浮かばない。
なぜなら、彼女は重度のショタコンだからだ。
関係を持つ相手も成人したばかりの若い少年達で、同世代の青年などには見向きもしない。知らないところで成人前の少年にも手を出している。
度し難い筋金入りの変質者なのだ。
「見た目は美人なのに、残念だよね……」
「獲物を見つけた時のアイツはヤバイ……。妨害しても強引に突破しようとするからな」
「よくパーティを組んでいられますね」
「仕事はできる奴だからな」
「ちょっと、これって普通に考えても拙いんじゃ……」
ジャーネはゼロスと婚約、場合によっては今年中にルーセリスと共にお嫁入り。
レナは少年達と手当たり次第に関係を持ち、下手をすると妊娠してパーティから離脱。傭兵活動をいつまでも続けることはできないだろう。
イリスとしてはいきなりパーティ解散となった場合、傭兵活動以外にできることなどほとんどなく、ポーション作りで生計を立てるなどできそうにもない。
将来がものすごく不安だった。
「………本格的におじさんのところへ弟子入りしようかな」
「弟子入りすると、いずれ自重を知らないとんでも装備品を作るようになるんだな? この手の話だと師の影響は色濃く受けるらしいぞ」
「いやぁ~、いくらなんでもおじさんみたいな真似は無理でしょ。せいぜい魔法薬くらいじゃないかな」
「もしかしたら、弟子から三人目になる可能性もあるのではないでしょうか……。 一緒に家族になりますか?」
「ないない! おじさんの奥さんなんてさ、年齢的にもアウトだよ」
「そうでしょうか? ゼロスさんと同年代の方がイリスさんのような年頃の子と結婚するなんてよくありますし、別におかしい話ではないと思いますよ?」
「………」
この世界、歳の差結婚の差幅が極端に広かった。
下手をすると老人と呼べる年齢の男性に、成人したての少女が嫁ぐこともある。なぜかその逆は少ないが……。
実際、ゼロスと婚約したルーセリス達も親子と呼べるくらいの年齢差がある。これがこの世界の常識だ。似た考え方をする人は恋愛小説に影響を受けた者くらいだろう。
ただ、どうしても地球の一般常識が先にくるイリスとしては、同年代か少し年上の異性と恋愛結婚したいと思う。
「……恋愛症候群には気をつけよう」
「気を付けてどうなるものでもないと思います。何しろ本能からくる衝動ですし、身を任せた方が気は楽になりますね」
「アタシはそこまで割り切れるルーが羨ましい……」
恋愛症候群は保有魔力が少ない者ほど発症しにくく、魔力の高い者ほど本能からくる衝動に駆られやすい。自然現象なために防ぎようがないのだ。
何しろ魔法障壁を展開していたところで、精神波長の波となった魔力波は障壁を透過し、ダイレクトに脳へと伝わってしまう。
むしろ障壁の所為で精神波動が反響増幅され、酷い暴走を起こしかねない。
この恋愛症候群が発症しない者は既に意中の相手と結ばれているか、あるいは研究一筋で周囲にお構いなしの超鈍感な者だけである。
まぁ、他にもいろいろと条件があるのかもしれないが、誰も詳しく調べた者がいないので謎の多い奇病であった。
「ハァ~……こんなことレナに知られたら、また揶揄われるんだろうな」
「そうね、びっくりよ。私がいないときにまさかゼロスさんと婚約したなんてね」
「「うわぁ!?」」
いつの間にか背後にいたレナ。
突然のことでジャーネとイリスは驚きの声を上げた。
ルーセリスだけは全く驚いた様子がない。
「ふぅ~ん。婚約指輪かぁ~、それもミスリルのリングなのね……。なるほど、なるほど」
「な、なんだよ」
「うふふ、ねぇ知ってる? 婚約指輪といったら普通は銀製なんだけど、ミスリルだと特別な意味があるのよ?」
「特別? な、なんのことだ?」
「聞きたい? 知りたい?」
勿体ぶった言い回しをするレナ。
このとき、ジャーネはまたレナが変なことを言いだすのではと警戒した。
「ミスリルリングにはねぇ、『あなたは私の所有物』って意味があるのよ。深い愛の形を象徴してるの、知ってた?」
「えっ、そうなのぉレナさん!?」
「銀は永遠の愛の誓いだけどぉ~、ミスリルだと永久の束縛を意味するのよねぇ。つまりゼロスさんはぁ~、『もう二人は俺のものだぁ!!』と宣言したようなものよ」
「わぁお、つまりおじさんは『手を出したら殺すぜ』って無言の威圧をしてるんだね。凄いよ、愛が重いよ!!」
『『 初耳なんですが? 』』
そんな意味など二人は聞いたことがなかった。
無論これはレナのデマかせである。
婚約をいいことにジャーネで遊ぶつもりなのだ。
「んふふふ……どうするの? ゼロスさんってばSっ気があるから、たぶんベッドの中ですんごいことされちゃうわよ?」
「「「 凄いこと!? 」」」
「それはもう、Hな本みたいに。Hな本みたいに! Hな本みたいに!!」
『『『 なぜに三度も言うの? しかも嬉しそうに…… 』』』
イリスとルーセリスは三度の強調に首をかしげる。
対してジャーネは、『Hな本みたいに』と言われ思わずその内容を妄想。顔がトマトのように真っ赤だ。
「あれ? ジャーネさん、Hな本がどんなものか見たことがあるの?」
「以前、宿に泊まったとき、レナが土産だと言って持ってたんだ。『この調教されている女性キャラ、ジャーネに似てるわよね』とか言いながらな」
「えっ? そんな話、私初めて聞いたんだけど、いつの頃なの?」
「地下街道工事の護衛依頼の時だ。本当にあんな場所でどうやって手に入れてきたんだか……。ちなみにイリスは良く眠っていたな」
「そんな面白いことしてたのぉ!?」
「面白くない!」
イリスには面白い展開だろうが、ジャーネにとってはレナの悪ふざけの標的にされるわけで、実に腹立たしいことだ。
それでも弄ぶことを止めないレナの行動は、それだけジャーネに心を開いてるともいえるだろう。信頼関係が成り立っていなければ表面だけの付き合いになるのだから。
「レナさん、なんで起してくれなかったの?」
「ウフフ~♪ お子ちゃまのイリスにはちょっと刺激が強すぎる内容だったから、眠った頃を狙ったのよね。アレは本当に凄くHな内容だったわ」
「レナさんが凄くって言うほどの内容って……」
「見たいの? でもアレは……いえ、これも性教育の一環と思えば」
「今も持ってるのぉ、そのエッチな本!?」
「持ってるわよ。だって、絵も内容も秀逸で凄く刺激的だったから、捨てるのが惜しくなっちゃっやって秘密の場所に保管してあるわ」
「えぇ~見たぁ~い。レナさん達だけ楽しんで狡いよ」
イリスの純粋な好奇心の眼差しがレナには凄く眩しく、後ろめたさと罪悪感で心臓が締め付けられる思いだった。
だが、人はいずれ大人になるものである。
体が成長するにつれ、知らず知らずのうちにそのような行為を本能が理解していくもので、いずれはイリスも知ることになる。
早いか遅いかの違いでしかなく、なによりもレナは純粋な好奇心を向けるイリスが刺激的なエロ漫画を見て、いったいどのような反応を見せるのかとても興味があった。
内から沸々と湧き上がる嗜虐心。
「ふぅ……仕方がないわね。特別に見せてあげるけど……心をしっかり保つのよ? 絶対に現実と混同しないで、そういう作品だと強く思いなさい。いいわね」
「えっ、そこまで念押ししてくるほどの内容なの!? ……ちょっと怖い」
「大丈夫よ、ただの本だし。実はジャーネの大切なぬいぐるみの中にこっそり隠していたから、今すぐ持ってくるわね」
「おい、レナ!? お前は人のものに何を隠してるんだぁ!! それよりアレは駄目だろ!?」
ジャーネはレナを止めようとしたが、後ろからルーセリスが羽交い絞めをして動きを封じる。凄く好奇心に満ちた目をしながら。
「ルーっ、なんで止める!?」
「その……私も興味がありますから。その、凄い内容というのに……。後学のために、ね?」
「『ね?』じゃない! アレは……アレだけは絶対に見ては駄目だ!」
「ジャーネさん……人はね、見ては駄目だと言われると余計に見たくなる生き物なんだよ」
「………後悔、するぞ」
「「 それでも……知りたい知識があるんです!! 」」
それから少し時間が経過したのちに子供達が見たものは、赤く染まった教会のリビングであったという。
どこかの団長のように倒れたルーセリスとイリスの指先には、『あの本……超刺激すぎ』というダイイングメッセージが残され、傍にいたジャーネはレナと共に後始末をしていた。
それはさながら殺人現場の証拠隠滅をする犯人のようであったとか。
好奇心は猫を殺すというが、高まった好奇心の代償はあまりにも大きすぎた。
出版物の検閲を行わない弊害が新たな犠牲者を出したのであった。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
午前中はデートなのか散歩なのか分からない時間を過ごしたゼロスは、ルーセリス達と教会前で別れ自宅に戻った。
あいも変わらず庭先ではコッコ達が武闘訓練をし、畑の虫をヒヨコが食べ、腹をすかせた邪神ちゃんが玄関前で倒れている。
「……って、もしもし、そこのアルフィアさん。なぜにこんなところでわざとらしく倒れてるんです? 君は先ほどお菓子を大量に買い込んでいましたよねぇ!?」
「足りぬのじゃ~………。菓子は所詮菓子、どれだけ食べたところで満たされぬ」
「君、胃袋が満たされることなんてあんの?」
「そう言われるとないのぅ。食べたものは全て量子変換されるから、当然だが生物のような排泄もない」
「つまり、どれだけ食っても満たされることはないということじゃないですか。食料を無尽蔵に食い散らかすブラックホールに、食わせるもんはない」
「な、なんじゃと……我からたった一つの楽しみを奪うというのか!? 貴様は鬼かぁ!!」
人の姿はしてても所詮は人外以上の化け物だ。邪神ちゃんの胃袋を満足できる量の料理など用意できるわけもなく、ゼロスがルーセリスに預けている食費など直ぐに底をつく。
よく考えてみるとそれほど食費を渡しているわけでもなく、足りない金額をどうしているのかが気になった。
「アルフィアさんや、君は家にいないとき食費はどこから捻出しているんだい?」
「ん? 我が無から原子を構築して用意しておるに決まっておろう」
「いやいや、それって偽造コインでしょ。なに犯罪なんかに手を染めてんのぉ!?」
「失敬じゃぞ! 我が偽造コインなんて作るわけなかろう。なんせ純度99.999999999%の純銀じゃぞ!」
「イレブンナイン!?」
世間に出回っている銀貨よりも贋金の方が銀の純度が高かった。
銀貨としての価値は圧倒的に高いわけで、こうなると本物の通貨として使われる銀貨の方が贋金にされかねない。
下手をすると国の通貨の価値を下げることになるので、信用がガタ落ちになるだろう。
立派な経済テロだ。
「なんて真似を……今度から質を落として偽金を作ってください」
「それはちょっと面倒じゃのぅ」
「不純物のある物質を作るより、純度の高い金や銀を作った方が楽なので?」
「他の金属を構成する手間があるからのぅ。元から高純度のものを生成した方が楽じゃな」
不純物を込めるというのは銀の元素だけでなく、複数の物質を作りほどよく配合するということなので、アルフィアとしては単一金属を創造する方が楽だった。
「放浪の合間に金属を集めればいいのでは? あるもの精錬した方が楽だと思うんだがね」
「採掘が面倒じゃろ。鉱脈を探さねばならぬしな」
「君の力があれば楽勝だとは思うんだけどねぇ」
「地殻をぶち抜いてもよいならできるぞよ? 今の我は力加減が難しいし、ダンジョンに入れぬ。下手すると誤作動が起きかねん」
「極端な……。それにダンジョンに入ると誤作動って――」
言葉の意味を素直に解釈するのであれば、アルフィアの力がダンジョンに何らかの影響を及ぼすということになる。つまりダンジョンは創造主や観測者と何らかの繋がりがあるということだ。
そこに気づいたおっさんは、かねてからの疑問を訊いてみることにする。
「ダンジョンっていったい何なんです? 旧時代の兵器も再構築したということは、世界の情報を読み取っているということになりますよねぇ。空間を拡張して特殊なフィールドを創り出すだけでなく、外部からも人間を招き入れる仕様から、何らかの役割があるというのはわかるんですが……」
「ふむ……何と答えればよいかのぅ」
「難しいことなので?」
「いや、ある程度のことは簡潔に答えることはできる。我らの禁則事項に触れることは教えられぬがな」
「それで構いませんよ。僕の憶測では、ダンジョンが情報収集装置だと思っているんですがねぇ。ただ、何のためにそんなことをしているのかが理解できない。空間を歪ませてまで外部から得た情報を基に特殊な領域を生み出したり、魔物を管理飼育していたりとかくらいのもので、何のために人間を招き入れているのかも分からない」
「そこまで分かっておるなら教えても構わぬか。目的の一つは命を循環させるためのものじゃな」
「ふむ、命の循環ねぇ?」
命ある者はいずれ死が訪れる。
だが、この世界は魔力に満ちており、その魔力が時に様々な命――魂を輪廻転生の円環から妨げることがある。
それは時に死してなお存在を現世に定着させ、やがて命は淀み魔力を瘴気へと変換して現世を汚染する。自我が強い生物ほどこの傾向が強いのだ。
それが子を思う親の情愛であったとしても、魂が長くこの世界に留まり続ければ歪んでいき、やがては生者の存在を妬むようになる。
特に戦場など多くの命を散らす場所でこの現象は引き起こされやすい。
「――そうしたこの世に留まる命を回収し、浄化して円環に送るのがダンジョンの一つの目的じゃな」
「一つということは、他にも目的があるということか」
「もう一つは生命の進化を記録することかのぅ。進化は気の遠くなるような時間の中で経験を積み重ねることで、今の姿から一段上の種へと昇格する。ダンジョン内に生息する魔物はこの進化を意図的に引き起こし、次なる世界の規範とするように情報を収集するのじゃ。ついでに外部の知的生命体と争わせ、緩やかな進化を促す役割もある。無論、そこには知的生命体の文明構築プロセスも含まれておるがな」
「次なる世界? それってこの惑星が滅んだあとの世界のことですかねぇ」
「うむ、そうじゃ。この世界が滅ぶ瞬間、蓄えた情報を内包した【星の種子】を拡散させ、外宇宙で再び世界を再構築させる。そうやって宇宙というものは拡大してゆくのじゃ。言うなれば生命が生まれやすい惑星の核を創り出すためのシステムじゃな」
ダンジョンは次の世代を育む場を創造する種子を生み出す装置で、惑星上のありとあらゆる情報を常に記録し続けている。これは視点を変えれば意図的に新たな惑星を創造するのためのシステムだ。
だが、ここでひとつ疑問が出てくる。
ダンジョンに情報を与えるのであれば、アカシックレコードから直接インストールしてもよいはずだ。わざわざ現在進行形で情報を収集し続ける必要がない。
「アカシックレコードから情報を直接引き出せばよいのでは?」
「あそこには無限といえるほどの世界の情報が集まっておる。今いるこの世界以外にも似て非なる次元世界の情報もあってのぉ~、うっかり間違えて別の次元の情報を使うとこの世界の摂理とそぐわない星を生み出し、最悪宇宙が崩壊しかねない事態になるのじゃ」
「それ、勇者達に与えられる力と似てませんかねぇ? 現在進行形で元の世界に還れない魂が世界の摂理を侵食してますが……」
「原理は同じじゃ。影響を及ぼす異界の摂理が惑星規模か、複数の異界から齎された摂理の欠片を刻まれた魂が結合しあった結果の差じゃがな」
「同じかぁ~……三流ラノベ並みの設定だったか」
「現実とは大抵そんなものじゃ。じゃが、それ以外のことは少々禁則事項に触れるのでな、教えぬぞ? まぁ、教えようとしてもプロテクトが掛かって話せぬが」
異なる世界の摂理が流入することは、それだけ危険を伴う。
ただ、現時点でこの惑星は存在しているので今生きている人間には意味はなく、気の遠くなるような遥か未来へ向けての準備をしている、それだけの話だ。
「ダンジョンに様々な魔道具や宝、資源も存在するのはどういうわけで?」
「現状の知的生命体をリアルタイムで観察するため、餌として用意しているだけの話じゃな。褒美がなければよほどの事情を抱えた自殺志願者でない限り、誰もあんな危険な場所に足を踏み入れようなどとは思わぬじゃろ。
ついでに進化した魔物を知的生命体と戦わせることで、双方の生物としての成長情報を記録しておる。どちらが倒れても死骸を分解すれば情報が得られ、ついでにダンジョンコアへのエネルギー源として活用できる。リサイクルじゃ、エコであろう?
ダンジョン内で死んでも円環の中に送られるし、全ては自然の理の中で起こることじゃ。問題はあるまい」
「急に話があやしくなったよ。それ、普通に人体実験って言いません?」
「何をいう。より高価な宝を得るには相応の代償を支払うのは当然ではないか、生きていくうえでリスクは大小の差を問わずつきまとうことを忘れたか?」
「神はサイコロを振らないというけど、実際は好き勝手に振りまくってるじゃないか。こんな事実を知ったら、宗教国家は『神は死んだ』とか言って集団自殺をやりかねないぞ」
「人間だけに都合の良い神など存在するものか」
惑星上で普通に生活していても、人生を終えるまで情報を取られ、ダンジョンでは死んでからも情報を取られる。
今この時にも誰かがダンジョン内で死に、惑星崩壊後の新生のための糧となっていると思うと、何ともやりきれない思いになるのは人間の感覚だからか?
輪廻転生があるとはいえ、何とも割り切れない話であった。
「あれ? それだとダンジョンコアを破壊したら星の種子が作れなくなるのでは?」
「ダンジョンは各地に存在し、常に連動して情報の共有を行っておる。端末をいくら潰したところで本体が無事ならいくらでもダンジョンを増やせるぞ」
「あんな大規模な迷宮が端末って……。本体はこの惑星そのものということかな」
「正解じゃ。そんなことよりも腹が減ったのぉ~、我に供物を捧げるがよい」
かなり重要なことを『そんなこと』の一言で済ませる邪神ちゃん。
人間が知ったところで特に問題がないレベルの話なのだろう。
「一応、留守番してくれている二人にも声をかけるべきでしょ。食事の準備はそれからですよ」
「エロス馬鹿とヤンデレに捕まった男なぞ放っておけ、我を優先すべきじゃ。すき焼きが良いのぅ~」
「とうとう注文までするようになったか……って、エロムラ君のことを何で知ってるんです? 会ったことありましたっけ。あ~、もしかして何でも知ってる神様スキルってやつですかねぇ」
「何でもなぞ知らぬぞ、知っていることだけじゃ。それよりも龍王の肉でサイコロせんぱ――もといステーキも所望する」
『だんだん厚かましくなってきたなぁ~、このゴスロリ惰眠のパジャマ神……』
ゴスロリ神は図々しい性格だった。
あれも食いたい、これも食いたい、もっと食いたい、もっともっと食いたいを地で行く暴食神のようである。
そもそも食べたところで満腹にもならないのだから食料消費量は無尽蔵で、食わせるだけ無駄なのだ。
「肉まん、海鮮丼、ビーフストロガノフ、北京ダック、青椒肉絲、ボルシチ、ひつまぶし、デザートにはウェディングケーキくらいの大きさのエクレアが良いのぅ」
「少しは遠慮してもらえませんかねぇ!?」
「だが断る。我が好きなことは、他人に権威をチラつかせて『のぉおぉぉぉぅ!?』と言わせることじゃ」
「無理難題を吹っかけてるだけじゃないですか、性格の悪い」
「人聞きの悪い。こんなプリチーな我に貢ぐのじゃ、男として嬉しかろう?」
「………………うっざ」
「なんてことを言うのじゃぁ、罰当たりめ!!」
騒ぐ邪神ちゃんを無視し、『さて、分解作業ははかどっているかなぁ~』と考えつつ、おっさんは地下へと降りていく。
気合を入れて製作した頑丈な鉄の扉の前に立ち、両手に力を込め押し開いた。
「のぅ……ここまで頑丈な扉をつける必要があったのかや? めちゃくちゃ重そうなのだが……」
「物騒な代物を補完するには、このくらいの分厚い扉が必要なんですよ。何かの間違いでアハトアハトが暴発するかも知れませんからねぇ」
「お主、いったい何をやっておるのじゃ?」
部屋の真ん中には分解中の多脚戦車が置かれ、壁際には外された装甲や電子機器が分別されて置かれていた。どうやらアドたちはしっかり作業を続けていたようである。
「アドさん、なんでドラ〇アスなんか作んの? これって敵キャラじゃん。しかもまた顔が埴輪みたいに……」
「三段変形と合体に挑戦してんだよ」
「俺、轟〇とかの方が好きだな」
「〇龍といえば、確かトラン〇フォーマーでも似た変形をする玩具があったなぁ~。なんて名称だったかは忘れたけど」
「マニアックぅ!」
後ろからこっそり覗いてみれば、アドとエロムラは希少な金属を使って変形合体する玩具を製作していた。しかも顔以外無駄にクオリティが高い。
よほど夢中になっているのか、背後のゼロスに全く気付く様子はない。
「二人とも、いったい何をやっているのかなぁ~?」
「「 げっ、セロスさん!? 」」
突然背後からゼロスに声を掛けられた二人は、まるで魔王と遭遇した冒険者のような表情でゆっくりと振り返る。
そして、ガードロボットや多脚戦車の分解をさぼっていたことにやっと気づく。
「僕は君達に解体作業を頼んでいたはずなんだけだけどねぇ」
「「 そ、それは…… 」」
「それに、装甲板を勝手にインゴットにしてこんなものを……」
握り締めたおっさんの拳が震えていた。
さぼっていたことに後ろめたさを持つアドとエロムラは、ゼロスから放たれる無言の圧力に恐怖を感じ怯え、無意識に後ずさりする。
このとき二人は、『『 やべぇ……殺される 』』と思っていたが……。
「僕も男だ、変形合体の男のロマンは充分に理解できる。基本はコンⅤとボ〇テスだし、あえて推しを語るのならばダ〇ケンゴーを勧めたいと思うほどだ」
「「 あれ? 怒っているんじゃないの? 」」
「しかし、どうしても聞きたいことがある。なぜ、僕が作った木製MSの中にキュ〇レイとミン〇ナーサが並んでるんだ? しかも無駄にバリってる。こんな真似をしたのはアド君だな? さぁ理由を聞かせておらおうか」
「えっと……ネタ?」
「それだけかね」
「後悔はしていない。俺は……自分の心に嘘をつきたくなかっただけだ」
どこかの美食家のようにキッと睨むゼロスと、誇らし気に『殺すなら殺せ』と覚悟を決めた男の表情を浮かべるアドは、無言のまま見つめ合う。
重苦しい沈黙がしばらく続いたが、おっさんは『フッ……これが若さか』と言わんばかりにニヒルに笑い、静かにサムズアップする。
そして、互いに力の入った固い握手を交わし、男達の熱く長いロボ玩具談義が始まった。
さて、話に入れず取り残された邪神ちゃんはというと、『我の食事は?』との呟きが空しく男達の声にかき消され、寂しいボッチ状態になっていた。
男達の熱く滾るロボ魂は、神すら立ち入れない領域のようである。




