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おっさん、婚約する


 サントールの街の中央大通りに店を構える宝石店、【ジュエリー・サンシャイン】。

 貴金属を扱う店としてはそこそこ老舗で、魔石なども宝石と思われていることもあり魔道具などの売買も行っていることから、稼ぎのある傭兵達もよく訪れている。

 生活がギリギリの稼ぎしか出せないジャーネにとって、この店の入り口は城門に匹敵するほど堅牢に見え、興味はあっても思わず回れ右して逃げ出し、今まで一度も店内に入ったことがなかった。

 ゼロスから見て普通の店にしか見えないのだが、彼女にとってはセレブ感が半端なく、どうしても及び腰になってしまうのだ。

関係ない話だが、ベラドンナの魔道具店もこの近くに存在しているのだが、この店とは違っていつも閑古鳥が鳴いていた。

ゼロスも久しぶりに店を見たが、改装してファンシーだったが店の外観が無残な姿に変わっており、カラスが群れで集っていたりする。

お化け屋敷と言った方が早いかもしれない。


『あの店はもう駄目かもしれない』


 今更なことをゼロスが呟くその傍で、ルーセリスとジャーネがちょっと揉めていた。


「ほ、本当に入るのか?」

「ジャーネも以前、ここに来たいと言ってたじゃないですか」

「そうなんだが、魔道具は高いからな。アクセサリーにも興味はあるけど」

「なら一度でも見てみるだけいいじゃないですか」

「アタシみたいな貧乏人が入るには覚悟が必要なんだよ」

「何を卑屈になっているんですか」


 魔道具を口実にしているが、実際はアクセサリー類に興味があるのだろう。

 ただ、それでも店前に来て逃げ腰になるのは、少々臆病すぎるのではないかとゼロスは思う。

 普通に店に入るだけなのに覚悟が必要というのはおかしい。


「魔道具なら、材料さえ揃えてくれたら僕でも作れるんですがねぇ~。なんか、こう……いい感じにヤバイものが」

『『 危険物限定なの? 』』


 ゼロスにとっては貴金属など素材にすぎず、たかが鉱物を高い金を払ってまで購入する気持ちが分からない。価値観がそもそも他人とズレていた。

 地球でも元からその程度の認識しか持っていなかったので、異世界に来てそのズレた価値観は知らず知らずのうちに強化され、もはや興味すら持つことはなかった。


「デザインなんかの参考にはなりますけど、そもそも宝石なんかはその辺で採掘してくればいいだけですし、芸術的なものの価値なんて僕にゃぁ~理解できないんですよねぇ」

「以前、ジャーネに魔法付与の剣を作っていませんでしたか? 見た目は武骨でしたが、よく見ると細部に装飾があった気がします」

「よく見てますねぇ。ですが少し残念、装飾に見えますけどアレは魔導術式を刻んだものですよ。目立たないようにしてたでしょ?」

「そうですね。光に当ててようやく模様が浮かび上がるほどでした。」

「そう言えば、分類的にもアノ剣は魔道具に入るかな。何でしたらまた作りますよ。指輪型でもネックレス型でも、ドンと来いってやつですねぇ」

『『あ~……装飾品=魔道具って認識なんだぁ~』』


 普通のものよりもヤバイもの。

 こんな方向に突き進むおっさんを、二人は呆れた目で見ていた。

 異世界に感覚が適応したというべきか、感覚や常識といったものが地球にいた頃よりも大雑把になったというべきか、おかしな方向へ突き進んでいると本人も自覚している。

 もっとも、自覚していようと改めるつもりはない。

 

「それより、いつまでもグダグダしていると店に迷惑でしょうし、さっさと入りましょうや」

「うぅ……本当に入るのか? アタシには場違いに思えるんだが……」

「女は度胸ですよ。誰よりも興味津々なくせに、なぜ尻込みしているんですか」

「なんでお前は平然としてるんだよ、ルー……。仮にもお前は神官なんだから、こんな贅沢品を扱う店なんかご法度だろ」

「所詮は見習いですからね。結婚したら辞めますから関係ありません」


 そう言いながら、ジャーネの背中を押して無理矢理にでも店内に入れようとするルーセリス。見た目とは裏腹に物怖じしない性格である。

 おっさんも気軽に店内へと足を踏み入た。


『ほぉ~、これはまた。店名からもっとギラギラしているのかと思っていたが……』


 店の中は貴金属を扱っているだけに様々な装飾が施されていたが、そのデザインはとても落ち着いており魅せる場所は金の細工があしらわれ、その使い方はけして下品なものではなく、むしろ輝きを引き立てるために店内をシックな色合の調度品などで差し引きした上品なものだ。

 貴族ばかりではなく、一般の人達も気軽に入りやすい雰囲気を作りに拘っているように見受けられる。


「想像していたよりも落ち着きがあるな。内装はもっと豪華なものかと思ってた」

「ジャーネは装飾品を扱う店にどんなイメージを持っていたんですか?」

「いや……まぁ、なんだ。どうでもいいじゃないか」

『あ~……ジャーネさん、僕と似たようなイメージを持っていたんだなぁ~』


 宝石店に似たようなイメージを抱いていたことに、ちょっと嬉しくなるおっさんだった。

 それはさておき、店内のケースに陳列している商品を眺めてみると、どれもただのアクセサリーにすぎず、ゼロスの興味は一気に下がっていた。

 いや、そもそもおっさんが満足するようなものが、一般の店に売っているはずもないのだが……。


『……魔道具じゃないねぇ。ただ魅せるだけのアクセサリーに何の価値があるのか……。まぁ、デザインに関しては秀逸だけど』


 ゼロスにとっての装飾品は、使えるか否かの価値しかない。

 周囲の客――主にカップルや身なりの良い裕福層の客達が、それぞれガラスケースに陳列された商品を眺め、あるいは購入する姿を冷めた目で眺めていた。

 ルーセリスもただ見てるだけだが、唯一ジャーネだけが目をキラッキランのスタースターにし、並べられている商品にえらくご執心。

 思わず、『彼女は乙女だ』などと呟くほど微笑ましい。


「安くても一万ゴルからか、アタシの給料じゃ……けど、欲しい」

「可愛いですねぇ」

「本当に乙女ですよね~。あれがジャーネの可愛らしいところです」


 子供のようなハシャギっぷりのジャーネを横で微笑ましく眺めつつも、ケース内の商品を鑑定していくゼロス。

 そのときガラスケースから僅かに魔力を感じた。


『んお? ここから商品は魔道具になるのか』


 魔石や魔晶石を使ったアクセサリーを眺めながらも、その効果や使用回数などを調べるおっさん。

 だが、そのどれもがゼロスの作るものよりも効果が低い。


『ファーアーボール五回放つだけの指輪が50万ゴル!? 嘘でしょ……高すぎる』


 ダンジョンの低層か錬金術師の試作品くらいの効果しか持たないものが、現実においては高値で売られている。ただの使い捨てアイテムが、だ。

 これがゼロスには到底信じられない。


「やっぱ、自分の魔力を使わないで発動する魔道具は魅力だよなぁ。アタシも切り札として一つくらい欲しいと思っているんだが、金銭的な問題がなぁ……」

「この値段ではジャーネの収入では無理でしょうね」

『いやいや、この程度のものなら材料は簡単に揃えられるし、片手間で大量生産できるんですがねぇ』


 この時点で一般常識が裸足で逃げだすほど、彼の感覚はぶっ壊れている。

 そもそも装飾型の魔道具は身を守るための切り札名のようなものだが、使われている魔石や魔宝石の質や耐久性の問題から刻める魔導術式は限られており、威力が高い魔法ほど錬金術師や魔導士達の手間が増加する。

ゼロスが満足できるものを作れる魔導師などいないのだ。

 仮にそのような真似ができる存在がいたとすれば、旧魔導文明期の精密作業用工作機械くらいのものだろう。人間の手で行うには限界がある。

 その限界をあっさり超えるゼロス達のような生産職の転生者が非常識なのだ。

 そして今日、彼はその現実の差異を初めて目の当たりにしたのだが、ここまで落差があるとは思わなかった。


『まぁ、大量生産なんてやらないけどね。厭きるし、面白くないから』


 逆に言うと気分次第では大量生産するということでもあるが、ありがたいことに大量生産品やぶっ壊れ性能の魔道具を量産する気はなく、一つ作れば満足する程度に収まっていた。

 まぁ、それすらも気分次第というといところが、いささか怖い点でもあるが……。

 ゼロスが世間に大量生産品をばらまけば、治安は一気に最悪の方向へと向かうことだろう。銃社会並みの危険度だ。


「魔道具って、こんなにも高いものなんですね」

「素材を集めるために必要な労力に対する人件費に、魔石や魔晶石に術式を刻む加工費用や、それを装飾品にする職人への報酬。そら高くなりますわな」

「うぅ……この水を生み出す指輪、あったら便利なのに高い」

『攻撃魔法のスクロールより安いが、使用制限があるものだと金をドブに捨てているようなもんだからなぁ~。僕なら長期的な面でも魔法スクロールの購入を選ぶね。頑張れば買えない値段でもないし』


 魔法が使えるゼロスは余裕だろうが、現実はそんなに甘いものではない。

 確かに魔法は便利だが、今までは術式の欠陥から購入して覚えたところで使えない者もいた。手軽に魔法を使えるようになったのはゼロスが改良したためである。

 いまだ古い魔法スクロールが出回っており、魔法に関しても以前の欠陥魔法のことが民の間に偏見として根強く残されていることから、新バージョンの魔法スクロールを購入するのに難色を示す者もいる。

 しかも以前の魔法スクロールよりも値段が高く、傭兵達はどうしても値段の安い魔道具と比べてしまう。魔導士や錬金術師でない限り魔法スクロールを選ばない傾向が高かった。

 だが利便性を考えると、その疑念もいずれは払拭されるであろう。


『魔道具なんて、あくまで補助的なもんなんだけどなぁ~』


 技量次第ではいくらでも強力になるが使用回数も術者次第の魔法と、刻まれた術式のでき次第で威力が変わり効果も安定しているが、使用限界がある魔道具。

どちらも利点と欠点が存在する。

魔道具に頼るのはあまりにも金がかかる。ゼロスからしてみれば、ジャーネのように目の色を変えるほどの価値があるようには思えない。

しかし、彼女の反応こそが魔道具に対する一般的な常識であった。


「……魔道具よりも魔法を覚えた方が早いと言ったら、無粋かねぇ?」

「無粋ですよ。お手軽に魔法を使うことが魔道具の魅力と言えますから」

「魔法は覚えてもしばらく慣らしが必要だからねぇ。使えることと使いこなすとのとは別問題だし、個人の資質と技量に左右されるからなぁ~」

「ジャーネからしてみれば、どちらも高い買い物ですから」

「それを言ったらいけない」


 魔道具や魔法スクロールは、結局のところ購入するのに金が必要で、残念なことにジャーネには難しいことが分かっただけだった。

 気軽に商品を覗きに来たつもりが、懐事情でジャーネを苦悩させるだけになってしまい、今も彼女は魔道具ケース前で値段を見ながら悩み続けている。


「材料を揃えてくれれば、僕が作っちゃってもいいんだけどなぁ~」

「オーダーメイドって、高いのではないですか?」

「ぶっちゃけ、店頭に並んでいる商品と同等の性能なら簡単に作れますねぇ。値もそんなに高くつけませんよ」

「ですが、魔道具なんですよ? あまり安くしても問題があるのではないでしょうか……」

「量産するわけじゃないし、別にいいんじゃないですかね?」


 魔道具が効果という目に見える結果を出す道具である以上、ゼロスがどれだけ材料費込みで安く作ったとしても、ジャーネは相応の値段を払おうとするだろう。

 そうした価値観を生み出したのは、宝石店など装飾品を扱う店と魔法を絶対視していた魔導士達であった。その中にセロス自身は含まれていないが――。

 実際に量産するうえでの手間がかかっており、相応の値をつけなければ採算が取れない。

 好き勝手にポンポン作れるゼロスがおかしいのである。


「ジャーネは剣を作ったとき、後からジャーネはお金を払おうとしてましたよね」

「アレは魔導錬成で遊ぶついでに作っただけなんだけどなぁ~……」


 ジャーネの使う大剣は以前ゼロスが魔導錬成で作り上げたものだ。

 魔力を流すことで火球を放つ能力が付与されており、戦闘時に前衛に立つ彼女の役割を想定し製作したものだが、よくよく考えればこれは魔道具の一種――魔剣ということになる。

 後日、ジャーネはゼロスに追加で料金を払おうとしたが、ゼロスはこれを断り続けた。お遊びで作ったものを手間賃以外に受け取る気がなかっただけである。

 つまり剣を受け取った後になってジャーネはその性能に怖くなっただけという、知られざるどうでもいいエピソードというやつである。

 あくまでゼロスにとってはの話だが。


「そんな、たいした代物でもないんですけどねぇ」

「ゼロスさんの認識がおかしいんですよ」

「たかがファイアーボールを撃つことができるだけなのに……」

「その『たかが』が多くの人達の正しい認識なんです」

「素直に受け取ればいいのに律儀なことで」

「魔法や魔道具はそれだけ価値があるものなんですよ。なぜゼロスさんが理解していないのか、私にも分からないんですけど……」


 この世界の人々とゼロスの価値観は大きな隔たりが存在していた。

 遊び半分で作った魔道具も、一般人から見れば腰を抜かして受け取り拒否したくなるレベルなのだが、あまりにもかけ離れた価値観の差で理解できない。

 ゼロスが危険だなという認識も、この世界の住民にとっては国家が厳重に管理するレベルなのだ。

 

「あ~……やっぱり買うのは諦めた。今のアタシには無理だわ」

「生活が懸かっていますからね。必要でも無理に買うわけにはいきませんよ」

「なんなら僕が作りますか? デザインはこの店の商品を見てだいたい覚えたから、材料を揃えてくれれば作れますがねぇ?」

「それはやめてくれ、心臓に悪い……」

「なして?」


 例え材料を揃えても、作られる魔道具は市販品より高性能。

 もし、そんなものを所有していると他の傭兵達に知られることになれば、不埒な真似をしでかす連中につけ狙われる可能性が高まる。

 ましてジャーネは女性だ。不届き者にとっては別の需要もあるわけで、身の危険を呼び込むようなものは少ないに越したことはない。


「何なら指輪でも買いますか? 僕がお二人にプレゼントしますよ……」

「「 遠慮します(する)! 」」

「なして?」


 ゼロスとしてはここで正式に婚約指輪を購入することも密かに考えていた。

 だが、二人同時に断られると少しへこむ。

 対してルーセリス達はと言うと……。


『ゆ、指輪って……婚約指輪の事ですよね!? そんな、いきなり……あっ、でも以前にプロポーズされてましたっけ。なら断る理由もない気が……』

『ま、待て……指輪ってそういうことか!? ここで正式に婚約者として外堀埋めて、それから、け、結婚に弾みをつけるつもりか!? いや、早すぎるだろ! そんな……アタシには心の準備がまだ……』


 勢いで断ってしまったが、別に婚約指輪を受け取っても構わないと思い直したルーセリスと、恋愛症候群という後のない状態なのに往生際の悪い足掻きをするジャーネ。

 だが、対照的な考え方をしている二人だが、まんざらでもないといった表情が顔に出ていたりする。

 それを見逃さないおっさんは即座に行動に移すことを決定した。


「Hey、店員さん。僕達に婚約指輪を三点、please。please、me! 派手な装飾はいらないYo、地味なミスリルリングでいいからねぇ」

「「ちょっ、ミスリルぅ!?」」

「いらっしゃいませ、ご注文はミスリル製婚約指輪三点ですね? かしこ、かしこまりましたぁ、かしこ! オーナー、婚約指輪三点注文はいりまぁ~す!」

「「料理屋か!」」


 ツッコミ入れると同時に店内の照明が一斉に消え、展示ケース奥の従業員に専用通路の入り口に、唯一の明かりがスポットライトのように光刺す。

 そこにはダンディーな中年紳士がまるで主役のように立ち、片手にはと複数のサイズの婚約指輪を乗せたトレイを掲げ、静かに歩きながらも彼は唐突に語りだす。


「拳を交わしたその日から、恋の花咲く時もある。見知らぬ私と見知らぬ君が、引かれ、魅せられ、惹かれ合い。落ちて堕ちいる愛の道」

『『 へ、変なオーナーが来た…… 』』

『いや、拳を交わして咲く恋っていったい……』


 ドン引きする三人を無視し、オーナーの語りは止まらない。


「ペア婚ですか? 重婚ですか? あなたと私の見る夢、晴れ舞台」

『『『 これ、終わるまで聞いていなくちゃ駄目なん? 』』』

「愛に溺れて陥って、引き返せない恋慕情。燃えて乱れてその気になって、幾度も枕を涙で濡らしてみれば、気づけば出口なき泥縛模様。私……あなたを恨みます。」

『『『 (。´・ω・)ん? 』』』


 内容があやしくなってきた。


「待ち人が来ないドアを毎日眺め、シーツに染み行く歪んだ想い。重く沈む愛憎が、澱んだ心は熟れて爛れ腐汁となる。なんと醜悪なことでしょう」

『『『 ………… 』』』

「操り吊られた運命に、翻弄されるだけの我が人生。今宵もナイフを研ぎ澄まします。それでは選んでいただきましょう、エンゲージリングです!」

「「「 選べるかぁ!! 」」」

「えぇっ!?」


 驚きの声を上げるオーナー。

 今から演歌歌手が歌うかのような前口上にもドン引きだが、その内容が酷すぎる。

 これから新婚になる人達を全く祝う気がない。むしろ呪っていた。


「な、なんなんだぁ、さっきの前振りはっ!!」

「思いっきり破局しているじゃないですかぁ、しかも最悪な形で!」

「そうは言いますがねぇ、お客さん。人生ってそんなもんじゃないですかね?」

「それ……アンタの実体験ですかねぇ?」

「…………」


 おっさんは、オーナーさんの心の踏み込んではいけない場所に、思いっきり土足で踏み込んでしまったようだ。

 彼の表情から感情というものが消え、代わりにある種の憎悪に満ちた嗜虐的な笑みを浮かべると、『ククク……』と声を押し殺して嘲笑う。


「わかりますかぁ~? 私の妻は……私に愛なんて求めていなかったんです。その事実を知って以来ねぇ~、人間を信じられなくなったんですよ」

「愛でないとすると、金ですかい?」

「クフフ……金が目的だったら、私もまだ正気を保てていましたよ。彼女が求めていたものは快楽! ただ肉欲を満たすためだけに生きているような女だったんですよぉおおぉぉぉっ!!」

「「「 ……うわぁ~ 」」」

「私よりも魅力的な男に寝取られるのであれば、まだ諦めがつきます。だが彼女は……あの女は美系だろうが醜悪だろうが、股間の獣を持っている者であれば誰でもよかったんですよぉ! たとえそれがオークだろうとねぇ!!」


 結婚した相手が悪かったようだ。

 オーナーさんはそれ以降女性不振に陥り、心が壊れたまま歪み熟成され、精神が危険な領域にまで病んでしまったようである。


「だからねぇ~、私が皆さんに教えてさしあげようと思うんですよぉ~♪ 所詮、愛なんて幻想なのだと。やれ『永遠の誓いと』か、『運命の相手』だとか、『一生涯、君を大切にしてあげるよ』だとかほざく青臭い連中にネェ!!」

「「………」」


 ルーセリスとジャーネに向ける視線がヤバかった。

 もはやサイコパスの領域である。


「まぁ、そのあたりは同感です」

「「 !? 」」


 おっさん、オーナーさんを肯定。

 途端に晴れやかな笑みを浮かべるオーナーさん。


「わかってくれますか!!」

「結婚とはある種の契約のようなものです。人の心の内が分からない以上、お互いにどうしても理想を押し付けてしまうのも仕方がないことでしょう。オーナーさんは奥さんに理想を求めすぎてしまい、本質を見抜けず、しかも現実を受け入れられずにただ拒絶だけした。それだけの事です」

「……否定はできませんね」

「契約なんて誰でも簡単にできます。それをどれだけ守れるかが重要ですが、人は感情や欲望で生き、左右される生物。理想と異なる姿を見せられた時に裏切られたと感じてしまう。奥さんは極端に性欲が強かった。普通でもなかった」


 指輪を眺めながら、淡々と語るゼロス。

 何気に『ミスリルの純度がいまいちだな』と呟いたりなんかする。

 婚約指輪を見るというより、素材を吟味しているような視点がいかにも彼らしい。


「わ、私は……彼女に求める理想が深すぎたというのですか?」

「いえ、人並みでしょう。オーナーさん、アンタはただ一途すぎた。だからこそ受けたショックの反動が大きかったのでは? 運悪くあなたの奥さんが特殊な人だっただけですよ」

「特殊……確かにそうですね。それに一途、ですか?」

「えぇ、逆に言えばそれだけ想っていたということでしょう。まともな奥さんだったら、今頃はいい家庭を築けていたんじゃないかと思いますね」

「まとも……そうですね。生まれて初めて深く想っていたからこそ私は歪んでしまった……。今頃気づくとは、ハハハ……人生を無駄にしていますね」

「まだまだこれからでしょ。思い切ってお見合いでもしたらいいんじゃないですかい? 今からでも充分間に合うでしょうし」

「っ!? な、んですと……」


 オーナーの背中に電撃が走った。

 そもそもの原因が妻の性癖の問題であったことで、一途すぎる彼は暴走気味に人生を棒に振っていた。さっさと過去を切り捨てておけば、今頃は幸せな家庭が築けた可能性もあっただろう。

 普通に考えても別の人生を歩んだ方が有意義だ。

 そんな当たり前のことを今さらながらに気づかされたのである。


「別におかしいことではないと思いますがねぇ? いつまでも特殊な性癖の奥さんの思い出に悩まされることもないと思いますよ。幸せなんてこれからいくらでも掴めるでしょうに」

「お見合い……なぜそこに気づかなかった。今から幸せをつかんでも遅くはないか。よし、私は人生をやり直しますぞ!」

「ところで、この婚約指輪なんですがねぇ。値段もお手頃ですし買っちゃってもいいかなぁ~と思っているんですが。……3人分」

「毎度ありぃ! 大事なことを気づかせてくださったお礼に、あなた方に限り30%Offにしますので、これからもご贔屓にぃ!」

『オーナーはん、アンタ変わりすぎやろ。ちょろ……』


 相槌打ってオーナーの主張を肯定しては、口八丁でそれとなく窘める。

 ゼロスは別にオーナーを説得する気があったわけでも、立ち直らせるつもりだったわけでもなく、面倒だからとりあえず肯定しておき、後から視点の方向を逸らしただけの事だった。

 対してオーナーは、鬱屈し歪んでしまった想いを誰かに聞いて肯定してほしかったのだろう。結果、悪霊を成仏させる霊媒師のような状況になった。

人にやる気を起こさせるのが上司の務めとは言うが、ゼロスの場合は詐欺師とやっていることが変わりない。だてにドS主任と呼ばれていたわけではないのだ。


「指のサイズを測るので、どうぞお二人ともこちらに来てください」

「えっ? わ、わかりました」

「ちょ、まっ……指輪って」

「婚約指輪ですが、なにか?」

「な、なな、なんで買うことになってるんだぁ!!」


 もちろん『婚約しちゃってもいいんじゃね?』と、この場で思ったからだ。

 それにゼロス達三人は恋愛症候群という奇病が発症中で、このままでは恥ずかしい絶叫告白をする羽目になる。そのためにも強引に事を進める必要があった。

 もう残された時間がないのだ。


「いきなり婚約はないだろ!」

「いきなりも何も、前から分かり切っていたことじゃないですか。ジャーネさんも腹をくくってください。ルーセリスさんはもう指輪を選んでますよ?」

「へっ?」


 幼馴染で友人でもあるルーセリスは、既に指輪をいくつか試してた。

 丁度良いサイズを見つけたのか凄く嬉しそうだ。


「ね?」

「ね? じゃない! アタシの気持ちを無視してるじゃないか!」

「あれが発症したとき、大勢の人がいる前で絶叫告白をし、後からジャーネさんが落ち込むのは目に見えています。多少強引にも婚約しますのであしからず」

「い、嫌だぁあああぁぁぁっ!!」


 婚約することが恥ずかしいのか、即座に逃げ出そうとするジャーネ。

 しかしおっさんは彼女の手を咄嗟に掴むと、重心移動を利用した体術でジャーネを抱きとめるような形で引き寄せた。


「おっと。こうでもしないと、ジャーネさんはいつまでも逃げ続けますからねぇ。もちろん、いろいろな意味で逃がす気もないですが。」

「……うぁ」


 ジャーネの顔が一瞬で真っ赤に染まった。

 今の態勢はゼロスに抱きしめられている状態で、異性の顔をここまで近くで見るなど父親以外では初めてのことで、ついでに例の衝動が合わさり心臓の鼓動が激しくなる。

 意識を逸らそうとも意識せざるを得ない。

 更に付け加えると、おっさんは婚約に関しては真剣だった。本気と書いてマジだった。

 ……暴走も怖くて必死だった。

 その表情はいつものやる気の抜けたものではなく、無駄にイケメンに見えてしまい、ジャーネをときめかせるのに十分な魅力を引き出していたりする。

 少なくとも彼女にはそう見えてしまったのは、恋愛症候群の影響なのかもしれない。


「婚約、してくれますよね?」

「………はい」


 それは諦めか、それとも自分の衝動に従った言葉なのか、あるいは押しに負けただけなのか。

 ともかくジャーネは無駄な抵抗はやめ大人しくなり、素直に指輪を選ぶことになった。

 ゼロスも適当に指輪を選び料金を支払う。

 ジャーネはちょろかった。


「御三方、どうぞお幸せにぃ~~~~っ」


 店員全で拍手を送られ、オーナーの祝福の言葉を背に店を出る。

 本日、どさくさでゼロス達は婚約を果たす。

 指にはそれぞれ銀色に輝く指輪が輝いていた。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 薄暗い回廊を靴の足音だけが響いている。

 天窓から僅かに差し込む明かり以外どこの窓もカーテンなどで塞がれ、外部からな内側の様子を見られない配慮がされていた。

 そんな暗がりの中を進むのは、勇者である【笹木 大地】であった。

 そして、その回廊にある部屋の扉の前で止まると、力任せに蹴り開いた。


「おい、キモオタはいるか!」


 その部屋はまるで組み立て工場のような様相で、複数の人達がそれぞれ作業を行っていたが、突然の来訪者の驚いた彼らの視線が大地に集中した。

 その名中から一人、小太りの青年が大地に声をかける。

【佐々木 学(通称サマッチ)】――開発班で武器開発を行う生産職の勇者である。


「な、なんなんだな。ここでは火薬も扱っているんだから、普通に入ってきて欲しいんだな」

「んなこたぁ~どうでもいいんだよ。それよりも大砲を作れ、大砲をよぉ」

「いきなりそんなこと言われても無理なんだな。今も試しているけど青銅の耐久度を調べてる最中だし、量産の目途が立たないありさまなんだな。それに僕ちゃん達だけじゃ間に合わないよぉ。もっと人手を集めてほしいんだな」

「時間がねぇんだよ。八坂のヤツに大砲を渡さねぇと、俺もドラゴン退治させられそうだしよぉ。なんとかしやがれ」

「ドラゴン!?」


 大地は今現在暴れ回っているドラゴンの話を適当にサマッチに伝えた。

 彼は会議に出席はしていたが話の殆どは聞いてておらず、報告書すら少し目を通しただけで内容も断片的にしか頭に入っていない。だから単刀直入に『ドラゴンを倒すから大砲を作れ』と言うしかなかったのだが、大砲を作る側であるサマッチ達は説明を聞いて、厄介事が飛び込んできたと気を落とす。

 そもそも言葉で言うほど大砲を作るのは簡単ではない。

 そして出された結論が、「無理なんだな」の一言だった。


「俺がやれって言ってんだよぉ、キモオタ!」

「鋳造技術が未熟なのに、いきなり『大量生産しろ』だなんて言われても無理なんだな。できるわけがないんだな」

「お前のスキル、【錬成】で何とかならねぇのかよ」

「錬成をするにも大量の魔力が必要だよぉ、数を揃えるなんて無理なんだな。それに材料も足りないんだな。銅、錫、鉛……よしんば材料が集まっても、使えるものができるかと言われたら自信がないんだな。暴発したりでもすれば悲惨な状況になるんだな」

「使えねぇな。隣の弱小国じゃ、アサルトライフルが開発されているってのによぉ」

「へっ?」


 それはサマッチにとって知りたくもない情報だった。

 彼は基本的にオタクだが、本質は【八坂 学】に似ている。

 技術の発展こそが国を強くすると思っており、元の世界の技術を再現する研究を行っていた。まだ実用段階ではないが蒸気機関の原形も完成させている。

 だからこそ齎された情報が危険なものだと瞬時に理解してしまった。


「ちょ、大地君……今なんて言ったんだな? アサルトライフル!? 隣の国ってまさか、ソリステア魔法王国!?」

「じゃねぇの? 八坂の奴が出した報告書に書かれていた気がしたが……」

「この国……終わったんだな。西の大国に東の馬鹿みたいに強い民族国家、北東の山岳国家に北の獣人族。南の魔法国家……敵が多すぎるんだな。特に南がヤバいんだな」

「はぁ? お前、なに言ってんだ? ウチは国として見れば大国だろ、兵力にも余裕があんだしよ」

「ウチは指揮官不足の上に神聖魔法は攻撃向きじゃないんだな。対してソリステアは攻撃魔法が使えるし、そこへ銃なんて技術が加わったら手に負えないんだな。一方的な虐殺になるんだな。戦える勇者が数人いても、先に国が亡んだら意味がないんだな」

「火縄銃があるだろ」

「こっちが一発撃ち込む間に、向こうは何千発も撃ち込んでくるんだな。しかも魔法を利用すれば火薬を使う必要もないんだな」


 理解を示さない大地に、サマッチは根気強く懇切丁寧に説明をした。

 それは【八坂 学】が危惧した内容と同じもので、どれだけ危機的状況なのか理解したとき、大地の表情は真っ青に染まっていた。

 戦争の様式が騎士と騎士の戦いでなく、騎士VS現代兵器へと変わることを意味していたからだ。さすがの大地もスナイパーライフルで狙撃されれば避けることもできない。

 勇者の存在理由が失われる。


「――というわけで、戦争になったら間違いなく負けるんだな」

「………マジかよ。なおさら大砲が必要じゃねぇか」

「そしたら向こうも大砲を用意してくるんだな。それも恐ろしく短期間で……。火薬を使わないからその脅威度は一気に跳ね上がるんだな」

「ま、まだ国同士で戦争が起こると決まったわけじゃねぇし、今は先に問題のドラゴン討伐のほうを考える……。大砲の試作品くらいは用意できるんだろ?」

「難しいんだな。暴発の危険もあるんだけど、それ以前にドラゴンに通用するかも分からないんだな。何より空からブレス攻撃されたらこっちに被害が出るんだな」

「それ、城壁の上に設置できるのか?」

「無理なんだな。火薬の樽は近くに置いておかなくちゃ駄目だから、空中からは丸見え。危険だと分かったら真っ先に狙われると思うんだな」


 大砲はいまだに実験段階で、しかも暴発の危険があり周囲の被害も考慮しなくてはならない。ドラゴンに上空へ逃げられたら狙いも定められなくなる欠点もある。

 軍隊において制空権を握られることは殺生与奪の権利を奪われるのと同義だ。


「至近距離からズドンしたほうが効果は大きいと思うんだな。通用するかどうかは分からないけど」

「それは八坂の奴に任せてある。戦うのはアイツだからよ」

「ヤーさんも大変なんだな」

「いいから数だけは揃えておけ、これは命令だからよ」


 サマッチは無理難題を押し付けられた知人に同情した。

 この日から火縄銃の量産から大砲の製作へと移行し、いくつかの試作品が作り出されることとなる。

 大砲がドラゴン――ジャバウォックに通用するかはぶっつけ本番となるのであった。


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