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おっさん、デート?する



 往生際の悪い嫌がるジャーネを引き連れて、サントールの街へと繰り出したゼロスとルーセリス。

 だがここで、おっさんは大事なことに気づいた。


『……マズイ。街にまで出たが、いったいどこへ行けばいいんだ?』


 そもそもゼロスはこの世界のデートスポットなど知らなかった。

 地球でなら映画やアミューズメント施設などの娯楽に溢れ、気軽に出かけてもそれほど退屈せずに遊べたが、異世界の中世レベルの文明圏では楽しむ知識がない。

 ついでに年頃の乙女達が喜びそうな場所なども知らない。

 なぜなら彼は、今までの人生すべてが自分の興味のあるものしか優先していなかったからである。


『こ、これではエスコートしようがない。参ったねぇ……』


 おっさん、さっそくピンチである。


「どこへ行きましょうか、ゼロスさん」

「そうですねぇ……オーソドックスに衣料品店や貴金属店でショッピングと行きたいところですが……」

「あんなとこ、金持ちしか行かないだろ。アタシ達が行っても門前払いさせられるぞ」

「そうなんですかい? 店が客層を選んじゃ駄目でしょ」

「いえ、客層を選ぶのは高級店だからではないでしょうか?」


 衣料品店はブルジョワ客層向けだった。

 一般人は主に露店で衣類を購入することが多く、専門店での購入など商人か貴族が常識だ。後は高級娼婦が懇意の上客と共に行くくらいだろう。

 それ以前に一般のご家庭では服は手作りであることが多く、不要となったものが露店で売りに出されるわけで、専門店での購入などほとんどないに等しい。

 そんなことをルーセリスから説明を受ける。


「一般のご家庭では服は自作ですか……。あれ? じゃぁ、ジョニー君達が着ている服もルーセリスさんが作ったんですか?」

「私も作りましたが、他の神官の方々と一緒にですよ。衣服は高いですから」

「できた服を買うより、布を買って作った方が安上がりだからな。孤児院では簡単な裁縫や料理くらいは教えてくれる」 

「なるほど……」


 布などは全て農村で量産されるわけだが、これは奥さん達が畑仕事以外の合間に行う仕事で、各農村では貴重な収入源になる。生産量が決まっているだけに街で布の値段は必然的に高くなりやすいが、それでも完成している服を購入するよりは安い。

 商家は職人に依頼して服を作るわけだが、専門職が手掛けたものはどうしても高価になる訳で、収入の少ない一般人が購入するのは贅沢品といえる。


「となると……ジャーネさん達のような傭兵は、服を買うだけで生活苦になる覚悟が必要ということですかねぇ」

「傭兵の場合はそうでもないぞ? 服は基本的に魔物の皮から作られるし、他にも植物系の魔物であれば繊維もそれなりに剥ぎ取れる。採取ついでの繊維質の高い植物を大量に持ち込めば、格安で服を作ってもらえるんだ」

「あれれぇ? 途端に基準が分からなくなったぞ。それ、現地調達できる強みってやつですかい?」

「そうとも言うな。だが、やはりデザインに関しては素人製作だし、こればかりはどうしようもない」


 傭兵はまず通気性の高い魔物の皮で作られたインナーを下着代わりに、素材持ち込みで作った厚めの服を着る。傭兵相手に戦闘専用の服を作る専門職は結構多い。

 実用性を重視しているのでデザインに関しては職人任せで、しかも関節部などに当たる箇所には金属繊維が使われることもあり、街の人達が着るような服に比べてかなり丈夫に作られているだけでオシャレとは程遠い代物だった。


「ゼロスさんが作ることはできないんですか?」

「う~ん、やってやれないことはないんですが、僕にファッションセンスを求められても困るところだねぇ。男物なら作れそうですが……」

「以前、イリスの装備を強化してなかったか? あの時のフリルとかはおっさんが作ったんじゃないのかよ」

「女性用の装備はデザインを人任せにしてましたから、自分で一から製作したことがないんだよ。当然だけど女性がデザインしていた。フリルとかはその時の余り物だよ」


【ソード・アンド・ソーサリス】にて、ゼロスは女性用の装備製作を頼まれたこともあるが、デザインは知り合いの女性プレイヤーの【影六人】――つまりアンズのいた女性忍者パーティーに依頼することが多かったのだ。

 そのお礼として希少アイテムや素材を報酬として渡し、あるいはクエストの助っ人を無報酬で引き受けなど、ギブ・アンド・テイクの良好な関係を築いていた。


「ふ~ん……おっさんなら何でも作りそうな気がしたんだけどなぁ~」

「私もそう思ってました」

「僕にだって苦手なことはありますよ」


 ちなみの女性下着なら上に姉がいたので、似たようなものなら作れる気がする。

 その中にはかなり際どいものもあり、高校生に入った頃に『おいおい……なんでこんな下着を持ってんだよ。母さん達が見たら号泣するぞ』と、ドン引きしたのは懐かしい記憶だ。

 シャランラ(麗美)はこの当時から様々な意味でヤバかった。


「さて、衣料品店が駄目となると、これからどこへ行きますかね」

「そうですね……なら、市場などへ行ってみるのはどうでしょう」

「ルー……それ、普通に買い物だよな? デートじゃないだろ」

「ならジャーネが決めてください。私はこういうの初めてで、どこへ行けばよいのか分からないんですから」

「アタシに聞くな!」


 この三人、今までデート経験が未熟すぎて、どこで何をしてよいのか全く分からなかった。

 何とも間抜けな話である。


「ふむ……では、お二人が懐かしいと思う場所に行ってみる、というのはどうでしょう」

「懐かしい場所……ですか?」

「えぇ、僕もこの街をいろいろ歩き回っていますが、行きつけの場所なんて決まっていますんで。どうせなら知らない場所を巡ってみたいものですよ」

「そう言われてもなぁ~、アタシ達の知っている場所なんて……」

「あっ、ならよい場所がありますよ。ついてきてください」


 そう言いながら案内すべく先に歩き出すルーセリス。

 ゼロスとジャーネも後に続く。

 狭い路地裏に入り、何度か曲がりくねった道を進んだ先には、小さな店が一件だけ存在していた。

 店の客の殆どが子供で、それぞれが買った菓子を仲間内で交換しながら楽しそうに味わっていた。


『………駄菓子屋みたいなものかな?』


 店の商品はどれもお菓子や安物の玩具で、雰囲気的には駄菓子屋が最もしっくりくる。

 唯一異なるのは、そのお菓子の殆どが店の奥で作られているようで、糖質特有の甘い香りが漂っていた。ちなみに店番はヨボヨボの小柄な老婆が行っている。


「あ~、懐かしいな。アタシ達もよくここでお菓子を買ったなぁ~。まだ店があったんだ」

「お菓子の値段も随分と安いねぇ。子供の小遣いで買えるほどリーズナブルだ」


 不思議と郷愁を誘う趣のある店だった。

 童心に返ったかのような感覚で店の中を見渡すと、これまた懐かしいものを見つけ、内心で『この世界にもあったんだ』と心の中で呟く。

 それは、一見すると小さな封筒のようなものを束ねたものに見えるが、中にアイドルなどのブロマイドを封入し、お金を払い上から順に引き抜いていく販売する。

 ゼロスも幼い頃、近所の駄菓子屋の棚に複数吊るされているのを見たことがあった。


『ただ、中身がブロマイドとは思えないんだよなぁ~。表面は日焼けして色あせているからどんなものなのか分からん』


 そんなことを思っていると、横から子供が数枚小さな袋を引き抜いた。

 俄然中身が気になる。


「なんだ……【泥酔道端乾杯】かよ。これで三枚目だぁ~」

「おれのは……【結婚式三次会乾杯】だ。攻撃力は200」

「私のは【裁判勝訴乾杯】。えっと……攻撃力は1500」

『………はい?』


 封入されたものはどうやらカードゲームのカードのようだが、それよりも内容がおかしい。なぜか最後に『乾杯』とつく。

 思わず背後から子供達の手にあるカードを覗き見すると、ゴミ山に埋もれたリーマン風の男が、酒瓶を片手に乾杯している絵が見えた。


「あっ、【略奪婚返り討ちざまぁ乾杯】……これ、レアカードだ。攻撃力が2500」

「おぉ、すげぇ~」

「初めて見た」

『………なに、これ』


 意味不明なカードゲームに困惑するおっさん。

 再び棚に吊るされているカード封入された束を凝視すると、色あせたパッケージ表面にうっすらとだが【乾杯コレクション】と書かれていた。

 しかも販売元がまたもメーティス聖法出版。

 どうやらカードゲーム事業にも手を出していたようだ。


『またもパクリ……いや、バッタもんじゃねぇか! それに攻撃力って、防御力はないの? それ以前にどうやって遊ぶんだよ!!』

「特殊効果は簒奪効果のある令嬢系カードに−500の攻撃力低下と、イケメン王子系カードをデッキに戻すみたい。更にライフを毎ターン100減少するって」

「「「おぉ~、つよい」」」

『ライフ制!? 意外に複雑なゲームなのか?』


 某カードゲームでは特殊効果などが無駄に増え、デッキの構成次第では無限ループによる1ターンキルも可能だ。しかしカードの特性が複雑化して全てを把握するのが面倒という点がある。

 この乾杯コレクションも似たようなゲームである可能性が高い。


『これ、本当に子供向けなのか? もう少し単純にした方がウケはいいのでは……』


 某宗教国家が何を考えているのか、本気で分からなくなってきた。

 ことの発端である勇者の知識がこうした状況を招いているのだろうが、勢い任せで金儲けに走ったか、シェアの独占を狙った感が拭えない


「あれぇ? これ、乾コレじゃない」

「本当だ……【大日本皇国万歳】だって」

「別のヤツじゃん」

『まさかの万歳コレクション!? それに、大日本皇国って……』


 まさかの第二弾だった。

 異世界だからそれでOK的なノリでやりたい放題である。

 しかも、こんなふざけたカードゲームが受けられてしまうほど慢性的な娯楽不足なのか、あるいは純朴ゆえの一時的な気の迷いなのか判断がつかない。

 しかし、これだけは言える。

『商品名を良く考えてから売れよ!!』と――。


「……そろそろ、あの国には消えてもらうべきなのではないだろうか?」

「何がですか?」

「うおっ!?」


 いつの間にか背後にルーセリスがいた。

 彼女は菓子の入った紙の小袋を手に、きょとんとした顔でこちらを見ている。


「驚いた……いつの間に背後に?」

「たった今ですけど、それよりも何か凄く物騒なことを呟いていましたよ?」

「物騒ですかねぇ? あの倫理感すら大崩壊した書籍を大量に売りさばいている国ですよ。もう滅んでもいいんじゃないですかね」

「否定はしませんが、このような所で言うことではないと思います」


『否定しないんだ……』と心で呟くおっさん。同感ではあったが……。

 それよりも気になるのが、【大日本皇国】という国名だ。

 このカードゲームに入れられた国名は、明らかにゼロスの知るものとは異なる。

 勿論、販売元の意向によって帝国から皇国に変更された可能性もあるが、この世界の人間がたとえ娯楽が少ないとはいえ、そこまで検閲するだろうかという疑問が出てくる。

 そもそも検閲するほど倫理観がまともであれば、エグイ内容のグダグダ漫画の販売を許すわけがない。勇者が関わっている可能性を考慮した方が可能性としては高いだろう。

 

『世界線の異なる地球からの勇者……か』


 世界は管理する神の数だけ存在する。

 それが次元や世界線といった枠を超え、どれほどの広大な領域を管理しているのかは知らないが、許可もなく勝手に召喚いとう誘拐を繰り返されたら神々でもキレるだろう。

 しかも誘拐された勇者が死して魂だけの存在となったとき、元の世界の摂理と貸し与えられた力が病巣となり、今ある世界の摂理を侵食し最終的には周辺世界を巻き込み崩壊へと導く爆弾となる。

まるで時限信管だ。


『アルフィアさんを復活させたけど、はたして次元連鎖崩壊を止められるのか? 残り二匹を仕留めないと完全体には至らないという話だし……』


 復活の邪神ちゃんは、残り二つの管理権限コードを手に入れないと完全体にはならず、力だけは無限大の役立たずのままだ。

 宇宙規模の事象を管理できるほどの演算力は、現在において全くの無駄と言ってよいほど使われていない。

 いや、正確には別のことをするために、超高度な演算力をフル活用してあるプログラムを構築しているらしい。


『そういえば、最近姿を見かけないなぁ~。あんな馬鹿げた存在が好き勝手に出歩くこと自体物騒なのだが……』


 すっかり忘れていたが、最近アルフィア・メーガスの姿を見かけなかった。

 ケガや病気とは無縁の超高次元生命体なだけに、別に心配などしてはいない。むしろ世界の方が心配だ。

 彼女のうっかりで今日この瞬間にも世界が滅んでもおかしくない。


「あっ、やばい……ウチの邪神ちゃん、野放しだ」


 今さらだが、ヤバ~イ存在が野に放たれてたままであったことに気づく。

 放置していた結果、どこからか四神の一匹を拾ってきており、現在は二階の物置に封印中(ウィンディアもいることに気づいていない)。

 また変なものを拾ってこないか、そのあたりのことも心配だ。


「アルフィアさんがどうしたんですか?」

「……いや、しばらく姿を見ていないので、今頃はどこで何をしているのか気になっただけですよ」

「街の屋台でよく見かけますね。教会にも食事をしに来ますし、それに……」

「それに?」

「奥で今、お菓子を買おうとしていますが?」

「…………えっ?」


 長細い店内の奥に自家製菓子の工房があるのだが、そこには多くの子供達が集まっているのだが、その子供達の中に一人、見覚えのあるゴスロリ少女が混じっていた。

なぜか傍にいるジャーネと揉めているような様子だった。


「………い、いつの間に。店に入った時にはいませんでしたよねぇ?」

「私も今気づいたんですよ」

「ジャーネさんと揉めてるようだねぇ」

「揉めてますね……」


 奥の調理場前でスタンバっている子供達とゴスロリ神。

 なぜかジャーネもその中に混ざっているのだが、そのジャーネとゴスロリ審は口論とは行かないまでも、揉め事になってはいるようだ。


「なぜ駄目なのじゃ!」

「おま、ここに並んでいる子達のことを考えろ。皆楽しみに待っているんだぞ」

「ふん、金は払うのだから別に構わぬではないか。我は客であるぞ、それにお主は店員ではあるまい。なぜそこまで言われねばならぬ。店にとって客は神であろう」

「お前ができたての菓子を買い占めようとしているからだろ!」

『『……………』』


 邪神ちゃんは店のできたての菓子を買い占めるつもりだった。

 子供が少ない小遣いで菓子や玩具を買いに来るような店での大人買いは、大人気おとなげなさを通り越して実に意地汚い。

それを高位の存在がやっているのだから威厳など無いにも等しかった。


「なぁ、おっさん……一応はアンタが保護者だろ。少しは一般常識ってやつを教えるべきじゃないのか?」

「わぉ、こっちに矛先が向けられちまったぜ。あいにくとアルフィアさんに一般常識なんて通じませんよ。しかしまぁ、なぜにこうも食い意地張るようになっててしまったんだか……」

「失礼な、我とて一般常識など既に熟知しておるわ。従う気が無いだけじゃ、それが個性というものであろう」

「そんなのは個性じゃない! ただのわがままだ。おっさんが見逃してもアタシは見逃さん」

「わがままも個性の一つじゃ……って、なんじゃ? その、凄く残念なヤツを見るような視線は。失礼じゃろ」


 周囲の者達から見て、アルフィアは残念なヤツ以外の何者でもなかった。

 もっとも彼女は人間など塵芥程度にしか見ていないので、虫けらに気を使うような真似などするはずもなく、それ故に傲慢わがままに振舞ってるだけなのだ。

 しかも悪意が全くない。

 

「しばらく見ないと思ったら、こんな場所に入り浸っていたんですかい? 何も全部購入せんでもいいでしょうに……」

「別に毎日来ているわけでもないのだから、これくらい許してくれてもよかろう。一仕事終えて帰ってきたというのに、なんと心の狭い奴らじゃ」

「せめて子供には寛容であるべきだと思いますがねぇ」

「高位存在の我が、童などに気を使うはずもなかろう?」

「高位だというのであれば、その位に見合うだけの度量というものを示すべきでしょ。はた目には普通に嫌なお子様にしか見えませんよ」

「ぬぅ……」


 どこから見てもただの大人気ない小娘にしか見えない。

 こんなのが世界を管理する存在だと思うと頭が痛くなる。


「ときに、何を大人買いしようとしたんです?」

「ポワワールとかいう揚げ菓子じゃ。お主らで言うところの……そうじゃのぅ、サーターアンダギーが似ていると思うが」

「あ~……ドーナツみたいなものか」

「一個が親指の先端くらいの一口サイズで、昔から子供のおやつとして売られているんですよ。私やジャーネもよく買いに来ましたね」

「司祭長も土産に良く買ってきたよな……。その時は必ずベロベロに酔っていたが」


 子供でも買える値段だということは、それなりの数を買っても大して金額はかからない。

 今も孤児達の土産として買うには手頃なものなのだろう。


「おまたせ、揚げたてだよ」

「キター! 我に全部売るのじゃ!!」

「やめなさいって……。子供が優先」

「離すのじゃ、我も客であるぞ! この罰当たりがぁ!」


 邪神ちゃんは高位次元生命体なのに大人気おとなげなかった。

 羽交い絞めにしされた神様を尻目に、子供達は出来立てのポワワールに殺到する。

 

『駄菓子屋にも似たような菓子があったなぁ~。まぁ、アレはカステラだったけど……』

 

 懐かしさを感じながらも、おっさんは子供達の様子をほんわかと眺めていた。


「ジャーネ、久しぶりに私達も買ってみましょうか」

「なぬぅ!?」

「そうだな、見てたらアタシも食べたくなってきた」

「なんとぉ!?」


 昔を思い出したのか、ルーセリスとジャーネもまた子供達の列へと並んだ。

 それが不満なのか、邪神ちゃんはおっさんに食ってかかる。


「あ、あれはよいのか!? あの二人も大人じゃろ!」

「あの二人は邪神ちゃんと違って買い占めようとはしませんし、別にかまわないでしょ。むしろ空気も読まずに買いまくる君に問題があると思うけどねぇ。どこが神さまなんだい?」

「ぐぬぬ……」


 恨めしそうに、子供達が菓子を買う光景を羽交い絞めにされたまま眺めつつ、それでも未練がましくも手足をジタバタさせて足掻く邪神ちゃん。

 そんな彼女に対し、おっさんは『こんなのに世界の監理を任せて大丈夫なのだろうか……』と心の中で思いつつ、そっと小さな溜息を吐いたのだった。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 その後、ふて腐れたアルフィアと別れゼロス達は公園にやって来た。

 ただベンチに座り、のどかな光景をのんびりと眺めつつ、先ほどの店で購入した菓子を食べつつお年寄りのようにまったりと過ごす。

 だが、人というものは突然我に返るものである。


『………あれ? これ、デートと言うよりただの散歩じゃね?』


 そもそもおっさんは高校生の時以降、女性にまったく縁がない。

 当時のデートというのも放課後に一緒に帰る途中、書店やファーストフード店に立ち寄るなど、その程度のつき合いだった。

 いわば帰宅の延長線上にすぎず、お世辞にもデートと呼べるものだはない。

 そんな僅かな経験しかないおっさんでも、ベンチに座り何も語らず、ただ日向ぼっこしているだけの状況をデートとは呼べないと感じていた。


『なんか、違うよねぇ? それに………』


 公園を見渡すと、子供連れの家族がピクニックをしている。

 まぁ、この程度のことは元の世界でもよく見かけた光景なのでまだよいが、問題は……。


「ワンモア・セット!」

「「「「「 ワン、ツー!! ワン、ツー!!」」」」」


 上半身裸のフルフェイスマスクを被った大男が、厳つい男達を大勢引き連れトレーニングしていることだろう。

 流れ飛び散る球の汗がきらめき、ドーパミンやアドレナリンが出まくりの男達は実にいい笑みを浮かべながら、一糸乱れずヒンズースクワットの真っ最中。


「筋肉は嘘をつかん!! 今日の傷みが明日への強さに繋がるのだぁ、野郎ども根性入れろ!!」

「「「「「 サー・イエッサー!! 」」」」」


 春の爽やかな日差しが照らす公園なのに、一部真夏のように暑苦しい。


「なぁ……デートって、こんなんじゃないよな? アタシら普通に散歩してるだけなんじゃないのか?」

「私に言われても……」


 ジャーネの感想はおっさんも思ったことだ。

 だが、それよりも気になるのが野郎ばかりの集団である。

 その中に――正確には中心にいる人物がゼロスの見知った者であったからだ。


『ボンバー内藤……いや、マスク・ド・ルネッサンス。アンタ、その人達はいったい何なん? この世界でプロレスを開業……いや興行? するつもりなん?』


 プロレスラーのボンバー内藤。

 プレイヤー名を【マスク・ド・ルネッサンス】

 【マッスルミレニアム】というクラン所属の攻略ガチ勢組、と言うよりも戦うことだけを至上とする戦闘中毒者の集団であり、彼らのモットーは『俺よりも強い魔物ヤツに会いに行く』という筋肉(Power)と戦闘の絶対主義を貫いていた。

 そして【殲滅者】達の製作したイカレ装備のお得意様でもある。


「どうでもいいですが、あの暑苦しい筋肉さん達はいったい何なんでしょうか?」

「ルー……言葉遣いがきっつくなってるぞ? まぁ、暑苦しいのは同感だ。あいつらは最近になってできたクランで、確か【マッスルハッスルズ】とかいったな……」

「有名なんですか?」

「主に素行不良の傭兵を更生させていることで有名だな。西に上前を撥ねる傭兵あれば、速攻で駆け付けフライングボディープレス。東にカツアゲ傭兵あれば、行って抱き着きサバ折り固め」

『それ、ソード・アンド・ソーサリスでもやってたぞ。悪夢の筋肉抱擁とか言われてた。マスクさん、世界が変わってもやることがブレてない。むしろめっさ貫いてんじゃん……』


 元気そうで何よりだった。

 だが、率先して挨拶に行こうとは思わない。

 その理由だが――。


『あの人、僕が痩せ型おっさんキャラのアバターを好んで使っていたのに、『がっはっはぁ! そんな貧弱そうなキャラなんぞ使って、情けないぞぉ。男なら力強くあるべきだ! そう、この俺のような美しい肉体みたいにな。マッスル!!』なんて言ってたからなぁ~』


 ――とのことだ。

 しかもアバターなのに『筋肉を鍛えろ! ヒョロヒョロな体で敵が倒せるか』などと、無茶なことも言ってくる始末だ。

 そもそもどんな痩せ形キャラであろうと、ゲームの中で鍛えたところで多少のステータス上がるだけで、実際に筋肉がつくわけではない。

マッスルボディには絶対にならないのだ。

 それなのに無理やりにでも肉体強化を強要してくる。

 今会えば間違いなく連中の仲間に引き摺り込まれることが分かっているので、おっさんは我が身可愛さで近づかない。関わろうとも思わない。


「野郎ども、最後の仕上げだぁ! アメージング・マッスルストレッチをやるぞ。筋肉をいきなり休ませるなど、もってのほかだからなぁ」

「「「「 YES! マッスル、マッスル、ハッスル、マッスル!! 」」」」」


 そして始まるなんだか良く分からない奇妙な筋肉ダンス。

 どこがストレッチなのか意味不明なのだが、鍛え上げた筋肉を惜しみなく晒しダンシングする彼らは、必要以上に無駄に輝いていた。


「………私達は、いったい何を見て――いえ、見せられているのでしょう?」

「さ、さぁな……」

『………』


 同郷の者の奇行に、恥ずかしさのあまり目を逸らすおっさん。

 子供が指を差し、親がそれを遮り子供を連れ逃げ、早朝から酒を飲む(おそらくは深夜から徹夜で飲み明かしていたと思われる)いいご身分のおっさん達が、マッスルズを肴に盛り上がっている。

 ギャラリーも増え出し、公園内は今やカオスと化していた。


「……ポワワール、久しぶりに食べたが美味いな。苦味とエグ味と酸味と辛味とが組み合わさって、天上の味がする」

「ジャーネ、気持ちはわかりますが現実逃避しないでください」

「現実逃避できることが、どれだけ幸せなことか……。まぁ、精神的に逃げようとも現実はまったく変わらないんだけどねぇ」

「ゼロスさん、もう、ここから離れませんか? 彼らを見ていたら『筋肉最高』とか、『Powerは筋肉だぁ!』とかいう幻聴が聞こえてくるんですけど」

「それはいけない。んじゃ~洗脳される前に適当な店にでも入りますか。あっ、宝石店にでも行ってみますかねぇ。聞くところによれば魔道具も売っているらしいし、傭兵のジャーネさんも興味を持つかもしれない」

「そ、そうですね……。なんだかんだでジャーネは乙女趣味ですし、実のところそういったものにも興味津々ですから」


 盛り上がりを見せる公園をそそくさと退散するおっさん達。

この世界、様々な意味合いで娯楽に飢えているようであった。


~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


一方その頃、ゼロス宅の地下で旧時代の兵器を分解しているアドとエロムラはというと――。


『『……………』』


――無言のまま作業を続けていた。

もっとも、分解しているのはアド一人だけで、エロムラは分解されたパーツを仕分けする作業を担当だ。

ゼロスほどではないにしてもアドの作業速度は速く、エロムラの目の前には多くの機材や金属装甲が山のように積まれ、とても一人での仕分けは間に合わない。

次第に焦り始めるエロムラ。


『……やべぇ。装甲ならわかるが、機材だとどう分別していいのか分からん』


 エロムラの【鑑定】のレベルでは機材がどのようなものなのか判別できず、似た形状で判断するしか方法がない。

同じ警備用の無人兵器でも使われているパーツが微妙に異なるのだ。

 おそらくは、作られた年代や標準機や実験機といった分類の差異によるものだろうが、それすらエロムラには分からないため、仕分け作業が難航している。


『もう、かなり山積み状態だ。金がもらえる以上は仕事をやり遂げたいと思うけど、これ無理じゃね?』


油圧サスペンションやシリンダー、駆動モーターに魔導力機関。ついでにブラックボックス。分割したフレームなど分別するものが多い。

中にはガトリングガンや小型グレネードミサイルなんてものもあるので、扱いは嫌でも慎重に行わなくてはならないわけで、その結果分別に時間が掛かりどうしても作業が遅れてしまう。

特にミサイルなどの武装は、運ぶ時に爆発に怯えながら慎重に運ぶので、精神的な疲労が半端ではない。スローペースになってしまうのも致し方ない事だろう。

気を遣うだけでも咽喉が渇いてくる。


『頻繁に休憩入れないと精神が持たないんだけど……』


 エロムラはもう、集中力に限界が来てしまっていた。

 これ以上続ければ絶対に大きなポカをやらかす自信がある


「アドさん、俺、ちょっと休憩したいんだけど……」

「………」

「お~い、アドさんよぉ~い」

「……」

「聞いてる?」

「……」


 アドは黙々と作業を続けていた。


「……アドさん。エロゲーってさ、野外やら保健室やら、公衆トイレや満員電車とかでいろんなプレイがあるけど、現実的に考えて普通に逮捕案件だよね?」

「ブフッ!?」

「さらに教室で教師と生徒が一緒に乱々ル~なんて、バレたら一発で退学とクビ確定もの。しかも務所送り確実だと思うんだけど、どう思う?」

「いきなりなんだぁ、何の話だぁ!!」

「俺は普通にあり得ないからこそ、そういったシチュエーションのインモラル度に興奮するんだと思っているんだ。現実にやったらヤバいけどさ」

「知るかぁ!!」

「誰も最初はエロゲーの濃い内容を享受し、当前のように興奮するんだけど、ある時ふいに悟るんだよ。『こんな状況はあり得ない』、『こんなことは日常に存在するはずがないんだ』って……。アドさん、これだけは覚えていてくれ。エロゲーや漫画のシュチュなんて現実的に絶対あり得ないんだと」

「なんで、そんな話をいきなり俺に対して吹っ掛ける!?」


 エロムラ君は更に語る。


「理想の女の子なんて存在しない。画面越しに眺めるだけの彼女達は、どれだけ理想であっても所詮は二次元の中の空想の産物で、劣情し萌えに萌えまくっても俺達に応えてくれるわけではないんだ。彼女達の笑顔と痴態は幻想に過ぎないんだと突然目が覚めるとさ、途端に空しくなって泣けてくるんだ……」

「まだエロムラと会って日が浅い俺が言うのもなんだが、普通はそんなもんじゃないのか? 男として気持ちは分からんでもないが……」

「リア充のアドさんに、非モテな俺の気持ちがわかって堪るかぁ!!」

「お前に逃げ道を完全に塞がれ、選択肢すらも選ばせない重度のヤンデレに愛される苦労が分かるのか? 毎日が闇堕ち変愛型スリル溢れる重度なサイコパスで、時々ショックやサスペンス。所により血の雨が降るほどバイオレンスなんだぞ。ロマンスの神様も包丁を突きつけられ逃げ出すほどだ」

「言っている意味が分かんな……………いや、なんかごめん」


 隣の芝生は青いという言葉があるが、アドの場合は隣のリビングは血生臭いが該当するだろう。場合によっては本当の意味で血生臭くなりかねない。

 主にユイの手によって……。


「んなことより、なんでエロゲー談話なんかしてきたんだよ」

「いや、なんか疲れたからさ、休憩しようかなぁ~と思って声をかけたんだけど。アドさんは全然聞こえてなかったみたいだったから……」

「あ~……単調作業で疲れたから、ちょっと遊んでた」

「遊んで?」


 アドの手元をのぞき込むと、某勇者シリーズ一作目のロボが動いていた。

しかも作中では絶対にやらないような、妙に香ばしいポーズを取っていたりなんかする。

 どうやら魔導錬成で小型のゴーレムを作って遊んでいたようだ。


「人が黙々と分別作業をしている間に、こんなものを作っていたのかよぉ!?」

「こんなものとは何だ。ちゃんと変形するし、フォームアップもする。プロポーションにもこだわった渾身の力作だぞ!」

「それはそれで凄……ちょい待ち。よく見ると、顔がなんか埴輪みたいなんスけど、これって偽物じゃん。これなら黄金勇者の方が合っているんじゃ……」

「黄金勇者は作らなかったが、黒い勇者の方は作ったぞ?」

「まさか、僕らの勇者王!?」

「いや、鉄道勇者の方。以前から暇なときに部品を作っていたからな」

「ブラック~~~~~っ!?」


 アドはゼロスとの付き合いが長いせいか、多少なりとも趣味に影響を受けていた。

 エロムラとしては、分解された部品がこれ以上山積みにならず安心できたが、『う~ん。次はエル〇ランシリーズにするか』と呟くアドを見て、生産職スキルを持っていることをわりと本気で羨ましいと思う。

 彼もまた、ゼロスやアドと同様にオタク気質だったから。


 その後、休憩するも話が盛り上がり、ゼロスが戻るまで遊びに熱中することになる。









 どうでもいい余談。


「アドさん、もう一言いいか?」

「なんだよ」

「変身ヒロイン物のエロゲーって、Hでエネルギーチャージするパターンが多いじゃん」

「また、くだらない話か?」

「敵を爆破や原子崩壊させるほどのエネルギーをチャージ可能なら、考えようによっては凄くエコじゃね? 少子化問題とエネルギー資源問題が一気に解決すると思うんだけど」

「…………知らん」


 本当にどうでもいい話であった。


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