おっさん、自宅建築現場へ赴く
その日、ゼロスは領主の館に赴き、現公爵であるデルサシスと対面していた。
何やら二人の奥方の視線が突き刺さるが、取り敢えずそこは気にしない事にする。
余計な一言が火種になる可能性が高いのが権力や財力を持つ者の面倒な所であり、そこに首を突っ込んでも碌な事が無い。
現在、ゼロスは前世の経験をフルに使い、営業モードで応対中である。
「そなた、名をなんと申すのです?」
「私ですか? ゼロス・マーリンと言う、しがない魔導士ですが?」
「ほほほ……己を弁えてのようですわね。それにしても、随分と胡散臭い格好をしておいでなのですね」
「趣味ですから」
なぜか二人の奥様方に値踏みをされている。
助けてくれと言いたいのだが、デルサシスは眉間に指を添え頭痛に耐えている様である。
「時にデルサシス公爵、今日は何の御用で?」
「うむ、そなたに土地を与えると云う話であったのは、覚えておるかね?」
「いつ話が来るのか、一日千秋の思いでしたよ。このままでは宿暮らしの何とかですから」
「それは、『借り暮らしの』おっと、ここからはいかんな」
「何で、そんな事を知っているのかはともかく、土地の権利書を与えて下さるという事で宜しいですか?」
「話が早くて助かる。これから妻二人と街に出かけるのでな、手早く済ませたいのだ」
互いに仲が悪いと言う話であったが、とてもその様には見えない。
まるで旧来の友人同士の様に、どこに行くかを嬉しそうに話し合っていた。
「中々にヤリ手の様で……」
「それは置いて於いて欲しい…これが権利書だ。後はそなたの名を書き記す事で所有権が成立する」
「確か、孤児院の裏の土地でしたね。旧市街地の…」
「多少治安が悪いが、そなたなら大抵の相手は返り討ちに出来るであろう?」
「死なない程度に抑えるのが苦労ですけどね。おぉ……家も現在建築中ですか」
新築の設計図まで用意されており、ゼロスはその家の間取りなどの情報を設計から読み取る。
「……少し、良いですか?」
「何だ?」
「家の引き渡しが二週間後になってますが、そう簡単に家が建つものなのですか?」
「大工のドワーフ達が張り切ってな。恐ろしい早さ…速さか?で建築が進んでいる」
「なぜに疑問形? 何者なのですか、そのドワーフ……」
聞けば、どうにも職人気質のような連中で、物を作れるなら何でもやる街の名物集団のであるらしい。
そこに一切の妥協は無く、少しでもヘマをすれば大木すら殴り倒す鉄拳が飛んでくるらしい。
また客にも容赦が無く、後から設計を変更する者には、容赦なくマウントポジションで殴り続けられるとの事だった。
「いますよね。設計通りに家を建てても、途中から気に入らないと言って、急に構造を変更する注文をつけて来る方々」
「職人泣かせだな。そんな建て主は地獄を見る事になる」
「何と言いますか、自分達が作りたい物しか作らない連中なのですか? この職人達」
「だが、腕は確かだ。しかも、期日通りに仕事を終わらせるほどにな」
「なるほど……信用は出来ますね」
それ以外は何か問題がある気がするが、ゼロスは口を挿む事はしなかった。
時に長い物に撒かれるのも賢い生き方だからだ。
「今の内に下見をして、そなたの意見も出してもらえると嬉しいのだがな。奴等だけに任せるのは不安でな」
「家自体は問題はなさそうですよ? バス、トイレ……部屋が少し多い気もしますが、問題は無いでしょう」
「そうか……」
「物置代わりに地下室があると良いのですが、流石にそこまで予算は……」
「ワイヴァ―ンの魔石で充分に元が取れる。今更遠慮する必要は無い。だが、地下室の事は彼らに直接言ってくれ」
「……何か、問題が?」
「私が彼等に言うと、殴られるかも知れないからだ」
「私に殴られて来いと? どんたけ暴力的な連中なんですか」
どうにも一筋縄ではいかない集団の様である。
職人と言うよりは、職業にかこつけて好き勝手な真似をしでかす愉快犯に思えて来る。
そんな場所には正直なところ行きたくなど無い。
「そなたが住む家であろう? 私から意見を言うのは、おかしいのではないか?」
「そうなのですが、変な連中には関わり合いになりたくないんですよ」
「気持ちは分かる。だが、下見に行かないと奴らが殴りに来るぞ? 集団で……」
「どんだけ血の気の多い連中なんですか! 本当に職人?!」
何とも面倒な連中だと溜息を吐き、ゼロスは部屋を後にしようとする。
強制的に下見には行かねばならない様である。
そんな中、奥様二人がゼロスに声を掛けて来る。
「ねぇ、アナタは独身て聞いたいましたけど、結婚はなさらないの?」
「家庭は欲しいですが、今は自分の生活が心配でして、安定したら考えますよ」
「なら、我が家の出来損ないを貰ってくれないかしら? 正直、同じ公爵家の人間とは思えませんし」
「出来損ない? セレスティーナ様ですか? いえ、私はただの平民ですよ?」
「魔法も使えない役立たずなど、政略結婚にも使えませんわ。ですが、いつまでも傍に置いて於くのも嫌ですしねぇ」
奥様二人は、セレスティーナが未だに魔法が使えない落ちこぼれと思っている。
しかし現在の彼女は、おそらく高位の魔導士と呼ばれる程に実力がついている事だろう。
その事実を知らない二人は、邪魔者を排除する事に余念がないようだ。
「それは遠慮しておきますよ。クレストン殿に殺されたくはありませんので……、では御夫人方との休日を邪魔するのも何ですので、この辺でお暇させて貰います。良い休日をお過ごしください」
すげなく無難な言葉で躱し、恭しく頭を下げてこの場から退避するゼロス。
落ち着いた足取りで退室するが、内心はこれ以上、貴族の家庭に関わりたくなかった。
「あっさりと躱しましたわね」
「えぇ、土地を所望するほどですから、何か野心的な裏があると思ったのですが……」
「野心家と言う訳ではありませんわね。さりとて、信用できるとも思えませんわ」
「あの様な怪しい魔導士を引き入れるなど、御義父様は何をお考えなのかしら?」
二人はゼロスの技量を知らない。
それだけに思い思いの憶測を並べ立て、夫であるデルサシスに聞いて来る。
だが、デルサシスは妻二人の質問に答える積もりは無かった。
大賢者を敵に回すような真似はしたく無かったからだ。
「彼の事は良い。それより、準備は整っているのか?」
「えぇ、今日はゆっくり楽しませてくださいな、旦那様」
「そうですわね。今日はどこへ連れて行って下さるのかしら? 楽しみですわ」
デルサシスの一言により、二人はゼロスの事を一瞬でアッサリと忘れ去った。
それ程までに、この領主は妻達に愛されているのだ。
普段から彼は、口は弁護士、心は詐欺師、歩く姿はスケコマシを地で行っている。
ダテに複数の女性達と関係を持っている訳では無い。
無駄にダンディズムに溢れるデルサシスは、火遊びの達人なのである。
デキる漢は、アフターケアも忘れない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サントールの街を歩くゼロス。
彼が向かうのは孤児院の裏手、自分の土地となる建築現場だ。
マンドラゴラの収穫から二週間余り、その時には建設作業などしてはいなかった。
しかし、いざ現場に着いてみると、そこは更地となり、大勢のドワーフ達が建設作業に汗水を流して取り組んでいた。
「親方! この柱木はどこに取り付けるんです?」
「あぁ~? 番号が書いてあんだろっ、どこに目を付けてやがる!!」
「消えてますぜ? 誰か水でも溢したんじゃねぇすか? 似たような物が何本かありますぜ?」
「誰だっ、建材の上で飯を食った奴は!! 茶を溢しやがったな!!」
「コイツです!」
「あっ、馬鹿、裏切りやがったな?!」
何やら取り込み中の様で、口を挿めず呆然とするゼロス。
「バール……てめぇか、覚悟はできてんだろうな?」
「待ってくれ、ドーリルの奴も同罪でさぁ! 殴るならアイツも…」
「てめっ、俺まで売る気かっ?!」
「うっせぇ、お前も道連れだぁ!!」
「二人とも、歯を食いしばれ!!」
やけに生々しい音と、二人のドワーフの呻き声が聞こえた。
二人のドワーフが地べたに這い蹲っている。
「いつまでも倒れてねぇで、さっさと仕事に戻りやがれ!!」
「「・・・・・へぇ~い・・・」」
ドワーフは頑丈だった。
明らかにヘビー級ボクサーでもノックダウンしそうな拳を受けて、それでも何事も無く立ち上がるのだから、彼らの身体は恐ろしく屈強なのだろう。
そして、ゼロスが初めて見る異種族の姿であった。
呆然とするゼロスに、親方ドワーフが気付く。
「おう、あんた。ここに何の用だ?」
「えっ? あぁ……申し遅れました。僕はここに住む者で、ゼロスと言います」
「あんたが? ここは、領主から請け負った現場なんだがな」
「色々と込み入った事情がありますので…。時に、この現場の責任者の方でしょうか?」
「おう、俺はこの大工衆の棟梁で、ナグリってモンだ」
正直に言えば、ゼロスにはドワーフの区別がつかなかった。
全員が髭面でビア樽体型、太い腕に短足、典型的なファンタジーの種族そのものだった。
「ナグリさんですか。お世話になっています」
「かまわねぇが、どうだ? 俺達が設計した家はよぉ」
「良いですね。間取りといい、部屋のバランスといい文句は無いのですが……」
「なんだ? 何か問題でもあんのか?」
「いえ、これは個人的な事なのですが、魔導士ですからね。地下室の様な物置があればと思いまして。ですが、基礎工事をした後では遅いかと」
瞬間、ナグリの目が険しい物に変わる。
「なにぃ~い? 地下室……物置だとぉ~?」
「あくまで希望なので、無理にとは言いませんよ。既に基礎工事は終わっているのでしょうし」
「そいつは盲点だった! あの公爵の注文だから、てっきり愛人でも住まわせるのかと思ってたぜ」
「あの人は……どれだけ愛人がいるんですか」
「さぁな。たまに見かけると、いつも別の女だからな。それも未亡人や、色々と厄介な立場の女ばかりだ」
デルサシスは、どう云う訳か厄介なワケありの女性と関係を持つ事が多い。
中でも有名なのが裏組織に囲われている愛人と関係を持ち、その女性を助けるために手段を択ばず攻め立て、最終的にその組織を根こそぎ叩き潰したという逸話が残されている。
しかも公爵家の権力は一切使わず、自分の副業である商人としての伝手だけでそれを実行した。
その結果、彼はこの国有数の商人として名を馳せている。
ちなみに、潰した裏組織は全て彼の傘下に入り、今は真っ当な商いに勤しんでいた。
「ついた通り名が『沈黙の領主』。奴は見かけはダンディだが、かなり危険な男だぜ?」
「ハードな人ですね。……何が彼をそこまでさせるのか」
「陰のある女を喜ばせるのが生甲斐なんだとよ。本も出してるぜ? 『漢のダンディズム ~女を喜ばせてこそが生きる道~』てやつだが、そこに書いてあった」
「公爵様、なにしてんですかっ?! それより印税でも儲けているんですか?! それ以前に読んだのっ!?」
「ベストセラーだぜ? 漢のバイブルだ」
「マジですかっ!?」
予想の斜め上を行く領主であった。
「まぁ、領主の事はいいんだ。問題は地下室か……『ガイア・コントロール』で何とかならんかな?」
「できるでしょうけど、精密な制御が必要になりますよ?」
「そうか。て、何でそんな事が分かるんだ?」
「魔導士ですからね。なんなら僕がやりましょうか? こうした作業は結構得意ですよ?」
「素人に任せるのもなぁ~……。しかし、俺達じゃそこまで上手く魔法は使えんし……」
ドワーフは基本的に魔法は苦手である。
それなりの努力をすれば魔導士にはなれるが、手に職を持ち、あくせく働く方が性に合う種族だった。
そんな彼等も、農作業や土木作業に使える『ガイア・コントロール』の魔法は利用価値が高かったのだ。
特に基礎工事や森を開拓できるこの魔法は、彼等にとっては実に相性が良い魔法なので、ソリステア商会から挙って購入したのである。
問題は、彼等が精密操作が出来ない事なのだが、使い続ければ【魔力操作】をいずれは覚えるだろう。
だが、現時点で魔法をそこまで精密に操作できる者はいなかった。
「まぁ、あんたの家なら多少崩れても構わんだろ。料金は領主から貰うけどな」
「中々に外道ですね。ですが、問題は構造上の基礎の形を変えなければならない事なのですが?」
「そこは俺達で指示する。ついて来てくれ」
ナグリに連れられ、ゼロスは骨組みの家の基礎部に案内される。
少し開けた場所が、台所兼リビングとなる場所であろう。
その基礎部には床を支える角材が数本張られ、未だ床は張られていないので、作業が楽に出来そうである。
「ここからソコの基礎柱の間を通して掘るしかないが、強度はどうするんだ? ただの土では、いずれ家が崩れんぞ?」
「『ガイア・コントロール』で掘り下げつつ、基礎を含めて『ロック・フォーミング』で岩にしましょう」
「そんな魔法が在るのか? 初めて聞いたぞ!」
「土の粒子を圧縮して強制的に固め、岩にするだけなんですけどね」
主に花壇などを作るために作り出した魔法だが、使い用によっては砦を短期間で作り上げる事に貢献しそうで、迂闊に広める訳には行かない。
短期間で砦が建築されては、この世界の軍事バランスに大きく影響を及ぼす。
何も無かった場所に、ある日突然敵国の砦が築かれては、戦略的に大きな混乱を及ぼしかねないのだ。
墨俣の一夜城みたいなものである。
一般市民が工兵として戦争に駆り出され、軍事拠点を作るために利用される。
しかも、勝てば報奨金が貰えるが、負ければ彼等が死ぬ事になるのだ。しかも奴隷落ち。
戦争で戦うのは騎士だけでは無く、魔導士に傭兵、圧倒的に多いのは民衆から集められた徴兵である。
他にも犯罪者が恩賞を理由に兵士として使われるが、大抵は最前線であった。
そんな理由から、ゼロスは魔法をあまり広めたくは無い。
「少しずつ掘って行きますが、先ずは階段からですか?」
「そうだな。その前に掘り進める場所を残して、基礎部を岩にした方が良いんじゃねぇか?」
「そうですね。では……『ロック・フォーミング』」
周囲の土をかき集め、基礎部は厚さ三メートルくらいの岩盤に変化固定する。
それを見たナグリは感嘆の声を上げた。
「便利な魔法だな。俺も欲しい所だぞ?」
「まだ調整中でして、魔力の消耗率が些か高過ぎるんですよ」
「一般向けじゃねぇてか? 色々と試してんだな」
「使い方によっては危険ですからね。どんな物でも暗黙のルールは必要でしょう」
「ちげぇねぇ」
いくら便利でも、必ず悪用するのが人間である。
「この辺りから斜めに、階段を作る感じで良いですかね?」
「おう、入り口は広い感じで良いのか?」
「そうですねぇ~。まぁ、物置なので出入り口は狭くても良いでしょう」
「アンタが住むんだから構わんが……」
「では、『ガイア・コントロール』」
硬質化させてない地面をアーチ状に掘り進み、地下五メートルくらいで再び『ロック・フォーミング』で硬質化させ、そこから横穴を掘り進んで行く。
更にそこでも硬質化させる事で、次第に地下室が作り上げられていった。
「なぁ、あんた……」
「なんです?」
「ウチで働かねぇか? その腕を建設業で存分に振るってくれると、こっちも助かる」
「ハァアッ?!」
スカウトされてしまった。
「いや、僕は根っからの研究者で、畑仕事をしながらのんびり暮らしたいんですよ」
「良いじゃねぇか、臨時でいいからよ。惚れ惚れする良い腕じゃねぇか! ぜひ俺達の現場で腕を振るって貰いてぇ」
「今はまだ、そこまで考える余裕なんて無いですよ。生活できる場所を確保するのが先決ですから」
「普通は職じゃねぇのか? 住処があっても、金が無ければ生活は出来ねぇだろ」
真っ当な意見だった。
家庭教師をしていても、それが金銭にしてどれ程の収入になるかは分かっていない。
今後の事を踏まえると、どうしても臨時職はあった方が良い。
だが、金銭は生活するだけあれば良いと思っているゼロスは、収入に関しては特に問題視はしていなかった。
そこに税金などの問題もあるが、今は頭の片隅でその文字は眠りに着いていた。
「暇な時なら良いですよ? 日雇いと云う形でお願いします」
「おぉ、話が分かるな」
「どのみち、あと数週間で僕は無職ですからねぇ~。多少の収入口は欲しいんですよ」
「アンタ……その若さで隠居する気か?」
「若く見えても、後十年したら肉体労働は無理でしょうね。人間は老いるのが早いですから」
「ドワーフも似たようなモンだが、歳を取っても体力はあるしなぁ~……」
「人間よりも長生きでしょう? 精霊の眷属では無いので、僕達はそんなに生きられませんよ」
ドワーフの平均寿命は二百歳、エルフは長くても五百歳は生きる。
上位種でもあるハイ・エルフやハイ・ドワーフは、その倍は平然と生き続ける。
ちなみに最も寿命が長いのがドラゴンで、少なくとも三千年は生きる事が出来る。
そこまで来ると生物とはかけ離れ、精霊や神に近い存在となり強大な力を得るのだ。
「長生き、したいのか?」
「長くて百年しか生きられない身としては、長命種は羨ましいものですよ?」
「そんなもんかねぇ~。長く生きてると、知り合いが一人づつ死んで逝くんだぜ? 寂しいもんさ」
「理解は出来ますよ。僕は両親に死なれましたからね、一人で家にいる孤独感は半端ではありませんよ。慣れましたけど」
「なら解んだろ? 後に残され、生き続ける者の気持ちってヤツをよ」
「それも理解できます。それでも、思い出話に名前が出てくれれば嬉しいものですよ。これは先に死んで逝く者の意見ですけどね。
まぁ、あくまで私的な意見ですが、少なくとも僕はそうです。忘れ去られたくはありません」
「なるほどな・・・・・・少し参考になったぜ」
真面目な話をしながらも、地下室作りは進んで行く。
部屋の数は三部屋、十字の形を取りながらも、重厚な地下室が出来上がる。
「部屋もアーチ式か……建築の事を少しは理解しているようだな」
「上から掛かる重量を分散させるには、丁度良い形ですからね。これは基礎的な話でしょう?」
「まぁな。橋や城の建築に良く使われる技法だ」
「通気口も開けた方が良いですね。どうせ家が上に建つのですし、外からは見えなくなりますから」
「益々ウチに欲しい人材だな。作業効率が捗る」
「念のため、地下までの周辺基礎を岩にしておきましょう。万が一の事もありますから」
通気口の穴を開けた後、地下周辺の地盤を岩石化し、一部を除いて完全な一枚岩となった。
家の基礎部分も一体化し、並大抵の事では崩れない強固なものとなる。
「明かりは魔導具を使うのか? 魔石で結構、金が掛かんぞ?」
「その辺は、狩りに行くから良いですよ。魔石はいくらでも手に入りますから」
「……手練れか。涼しい顔で平然と言うんだ、相当に腕が立つんだろ?」
「どうでしょうねぇ~。人の評価は気にしない主義なんですよ」
「魔導士らしいな。研究以外には頭にねぇってか」
地下室の構築作業は、意外に早く終わった。
二人が外に出て来ると、ドワーフ達が何の異変も感じずに建築作業を続けている。
地下と土台基礎の周囲の土を凝縮したので、この土地の周囲は若干低くなっている筈なのだが、何の異変も無かったようである。
「周囲の土地も整地しておきますか。雨が降った後、水没なんて洒落になりませんからねぇ~フフフ…」
「アンタ……何でそんな怪しい格好してんだ? 胡散臭さがパネェぞ?」
「趣味ですよ。このいかがわしさが良いんです……ククク…」
「その内、見た目だけで通報されんぞ? どうすんだ?」
「その時は誤認逮捕で慰謝料をフンだくれますし、ドンと来いですねぇ~。ククク…」
「故意かよ!?」
楽して儲けるスタイルの様である。
さすが元サラリーマン。転んでもタダでは起きないしたたかさであった。
そんな馬鹿の事を言いながらも、周囲の土地を整地し、土地の勾配や凹凸を綺麗に消して行く。
ドワーフ達もその光景に言葉を失い、見事なまでの土木作業に唖然とする。
「親方……スゲェ人だぜ? ウチに来てもらいやしょう」
「一応、臨時の職人として雇う事が決まった。まぁ、この人の都合次第だがな」
「さすが親方! 抜け目がねぇぜ!」
「これで作業が捗る!! 土地の整備が一番面倒なんだよなぁ~」
「街道の整備もなぁ~。範囲が広すぎてまいるぜ」
「グダグダ言ってねぇで、さっさと手を動かせ! 期限が迫ってんだぞ!!」
「「「「ウィ~~スッ!」」」」
ゼロス、土木建築関係者に大歓迎される。
この世界では『ガイア・コントロール』の様な便利な魔法は存在しなかったため、作業は全て手作業だった。
土地を均すのも幾度と無く計測し、その都度に細かく修正して平坦な土地にする。
街道に於いても同様で、雨水が溜まり、池にならない様にするのも一苦労だったのである。
増水すれば商人達の馬車が立ち往生する事になり、それは経済に影響を及ぼす。
雨季の季節ともなれば何日もその場に止まる事になり、山賊などの犯罪者に狙われる事に繋がりかねない。
真っ先に土木作業魔法を取り入れたドワーフ達は、『ガイア・コントロール』の利便性に驚嘆し、それ以上に使いこなすのが早かった。
彼等は常日頃からこうした作業の不自由さを知り尽くしており、『ガイア・コントロール』の魔法の存在を領主から伝えられたとき、直ぐに取り入れる事を選んだ。
まぁ、精密な作業は未だに無理なようではあるが。
例えば凹凸や勾配のある山道、そこを整備するとなると多くの人手が必要となり、人件費だけでも馬鹿にならない。
領主からの直接依頼のために無駄な費用は避け、予算内で仕事を終わらせるためには他の仕事も切り捨てなければならず、しかも作業予定範囲を期日内で終わらせられる事など滅多にない。
だが、『ガイア・コントロール』はその予定期日内で仕事を終わらせられるばかりか、限りある人材を分担させて効率良く工事が出来るだけでなく、整地作業などの作業範囲達成効率も格段に上がる。
さながら土木作業用の重機を使用するのと同等の早さで、しかも余計な荷物を持ち込む必要も無いので撤収作業も楽になり、複数の現場を掛持ちする事ができれば、彼等の収入も跳ね上がる事に繋がる。
ここに『ロック・フォーミング』の魔法が加われば、雨水が溢れる様な街道の傍に側溝を作り、僅かに傾斜を付ける事で雨水を別の箇所に流す事が可能となる。
側溝を掘るにしても、わざわざ人の手で行う必要が無いので、仕事が手早く済ませられる見込みがあった。
魔力回復の『マナ・ポーション』を使用すれば、その作業効率は今までと比べ物にならない速さで、多岐にわたって仕事を受注し達成できるのだ。
更に人足の数も減らせるので、これは土木革命と言っても良い事態が起こった事になる。
歴史に名を刻む積もりは無いのだが、結果としてゼロスは土木業に革命を引き起こしていた。
実際は、魔法の販売はソリステア商会が請け負っており、ゼロスの影響はあくまで間接的ではあるが…。
「この魔法を使い続ければ、直ぐに上達するでしょう。そんなに驚く事ですか?」
「あんたの場合、俺達よりも魔法の範囲が広いんだよ。しかも正確、羨ましい限りだ」
「そんな物ですかね? 周りは最初から畑にする積もりだったので、水捌けが良い様に整地しただけなんですが」
「俺達には、それが困難なんだよ。魔法なんか滅多に使わんからな、基本は肉体労働だ」
ドワーフは地属性魔法と相性が良いが、その魔法の使い道が戦闘でしか使われていなかった。
基本的に戦士職しか魔法を覚えず、他のドワーフは工業製品などに力を入れているので、魔力を使う事が無い。
せいぜい重い物を運ぶために【身体強化魔法】を利用するくらいであろう。
彼等は人間よりも魔力を保有しているが、その魔力をあまり使わない変わった種族なのである。
「ナグリ! 悪いが、そこの柱を取ってくれ」
「おう! コイツだな、待ってろや」
建築中の家、二階部分に固定された骨組みの横柱に座っていた、一人のドワーフがナグリに声を掛けて来くる。
棟梁を呼び捨てにするのだから、このドワーフは現場責任者の立場であるとゼロスは認識した。
ナグリは傍らの柱を手に取ると、彼の目に危険な光が宿るのを見た。
「死ねぇ――――――っ!! ユンボォ―――――――っ!!」
「うおぉおおおおっ?!」
ナグリは柱を槍投げの要領でブン投げ、ユンボと呼ばれたドワーフは、それをスウェイバックで身を逸らして避けつつ柱をキャッチ。
だが、勢いは止まらず、受け止めた柱ごと空中でぶら下がる格好となった。
「チッ! 避けやがったか……」
「ナグリさん……? アンタ…今、あの人を殺そうと…」
「奴は、俺が楽しみにして最後まで取っておいた『ボロモロ鳥のピリ辛揚げ』を食いやがった」
食い物の恨みから来る、衝動的な犯行だった。
「期間限定で、次に食えるのが一年後だぞ? しかも、並んで買った最後のヤツだった……殺意が湧くってモンだろ?」
「まぁ……同意はしかねますが、気持ちは分かります」
ゼロスも楽しみにしていた吟醸酒を飲めず、四神の所為でこの世界に来た。
その恨みは痛いくらいに良く解る。
「しかも、奴は酒のツマミとして豪快に食いやがった。俺の目の前でだ!!」
「うわぁ~……最悪だ」
隠れて食べるなら良いが、買った本人の目の前では食べれば、その怒りも一押しだろう。
思わず殺意に身を委ねてもおかしくは無い。
そんな怒りに震えるナグリの元に、もの凄い形相で迫るドワーフの姿が見えた。
「ナグリィ~~~~~ッ!! テメェ、何てことしやがる!!」
「あぁ~ん? 元はと言えば、お前が悪いんだろ。謝罪も無しに、のうのうとしてるのが腹が立つ!!」
「たかが鶏肉で小さい野郎だな!!」
「たかがだと?! アレを逃せば一年も待たねぇとなんねぇんだぞ! それを、たかがと言うか!!」
「所詮は鶏肉だろうが、いつも似たようなモンを食ってんだろ!!」
「味の違いも分からねぇ、雑食は黙ってろ!! それ以前に人の物を勝手に食う、お前の態度に問題がある!!」
「だからて、殺そうとするか?! 普通!!」
「おう。お前はそれだけの事をしでかした。死んで詫びろ」
ボロモロ鳥は渡り鳥で警戒心も強く、簡単に手に入る食材では無い。
多くの狩人が挑み、その大半が失敗する希少価値のある肉であった。
その貴重な肉を食われ、ナグリは修羅に突入していた。
「テメェが死ね!! ナグリィ~~~~~ッ!!」
「来やがれ!! 返り討ちにしてやんぜ」
ドワーフによる壮絶な殴り合いが始まった。
そんな二人を無視して、他のドワーフは作業を続けている。
動じない彼らの姿を見て、これが彼らの日常であるとゼロスは察した。
「・・・・・帰っていいよな?」
状況に置き去りにされ、ゼロスはただ途方に暮れる。
その後、この殴り合いは明け方まで続いたと言う。
ドワーフの体力はハンパ無い様である。




