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ソリステア兄妹の魔導錬成風景


「「 嘘、だろ…… 」」


 前日、多脚戦車の解体作業を行っていたアドとエロムラは、翌日再び作業すべくゼロス邸を訪れたのだが、朝も早くから信じられない話を聞かされた。


「俺とエロムラで解体作業するのはいい。それよりも信じられないのは……」

「ゼロスさんがデートを理由に作業を抜ける……だとぉ? しかも相手が昨日の二人だぁ!? 嘘だと言ってくれよ……」

「いや、エロムラ君が信じられないのは分かるが、でも事実なんだよねぇ」

「もしかして、恋愛症候群とかいう発情期が原因か?」

「そうなんだよ……。このままだと僕はいずれ精神暴走による奇行と絶叫告白を起こし、社会的に死ぬかもしれない。僕にはもう、残された時間がないんだよねぇ」


 恋愛症候群による人々の暴走行動はアドも話に聞いていていたから知っている。

 まさか、その兆候が表れている者が身近にいるとは思わなかったが、同時にゼロスが独身ということを考えると『結婚すればもう少し落ち着くんじゃね?』と思う。

 アドからしてみれば恋愛症候群による暴走よりも、ゼロスの趣味による暴走の方が遥かに怖く、いつとんでも実験に付き合わされるのか分かったものではない。

 対してエロムラだが、こちらはゼロスに心惹かれる女性がいる事実が信じられないでいた。


「な、なんでこんなおっさんがモテるんだ……。しかも二人……昨日の聖女様と姐さんがお相手だとぉ!? 趣味が悪すぎだろ……」

「エロムラ君や、本人を前に失礼じゃないかい? 僕だって人並みに女性にも興味はあるんだがねぇ」

「問題はアンタの性格だろぉ、クレイジーダイナマイトな性格なのにぃ!!」

「失礼だなぁ……殴っていいかい?」

「まぁ、エロムラの言い分も俺にはわかる。趣味のためには他人すら利用するところがあるし、俺も散々巻き込まれた」


 ゼロスには心当たりがありすぎた。

 ただ、ヤンデレの年下女子を妻にしたアドや、エロに忠実な非モテ男子のエロムラにだけは言われたくない。

 普通からは程遠い二人だからだ。


「この世界には人間に発情期があるのか。なら、俺にもワンチャンあるかも……」

「「あ~……それはないわ」」

「酷くね!? 世界は広いんだから、こんな俺にも相性のいい相手がいるかもしれないじゃん」

「いやね? 恋愛症候群は精神波長が魔力と作用して引き起こされる共振現象で、眠っていた野性の直感が半ば強引に相手と同調するんだ。

精神のハウリング現象によって脳波が増幅されるわけで、それが増幅され精神暴走を引き起こすことに結びつく……」

「つまり、酔っ払いのごとく自覚なしで奇行に走るから、気づいた時には牢屋行きとなっているわけだな。俺がゼロスさんから聞いた話の限りだと、エロムラの場合は素で暴走している気がしないでもないが……」

「俺を奇行種扱いしないでぇ!?」


 異世界に来ていきなり奴隷ハーレムをつくろうとしたエロムラの行動は、どう考えても暴走していたとしか思えない。立派な奇行種だ。

 精神暴走によって異常行動に出る恋愛症候群罹患者と、異世界にきて直ぐに奴隷ハーレムづくりに勤しんだ変人と、暴走するするならどちらがマシであろうか。


「エロムラ君や、僕はまだ社会的に死にたくないんだ。ソレは彼女達も同じでね。しかたがないんだよ」

「だからって、いきなり嫁さん候補が二人は羨ましすぎるぅ!! そんなことが許されるのかぁ、俺は奴隷落ちしたのにぃ!!」

「この世界ではどこぞの宗教国家や一部の小国以外、一夫多妻や一妻多夫が合法的に許されているぞ? まさかエロムラ……今まで知らなかったのか?」

「……いや、それは貴族だけの特権かと思ってた」


 エロムラは当時、情報の重要性を理解していなかったのか、深く情報収集をせず短絡的に『奴隷制度がある=奴隷には何をしてもOK』と解釈した。

 性格的に浅い考え方しかできないと言い換えることができるだろう。

 偶に真面目な話をすることもあるが、その場の勢いで思っていることを口にしているだけで、実際は自分自身が発した言葉の意味を深く考えていないように思える。 


「……エロムラ君さぁ~、プラモを説明書なしでいきなり組み立てるタイプでしょ。学校でも、テストも事前になって焦って動くような場当たり的な感じ」

「な、なんでわかった!?」

「部品数がおかしいことに気づいてから、初めて説明書を読むのか? マジでそんな奴がいたのかよ。それにテスト前日に慌てて予習した程度で何が変わる」

「説明書なんて、わからなくなった時に見ればいいんだよぉ。参考書も人生も同じだぁ!!」


 エロムラは期末試験前に一夜漬けするタイプだった。

 普段は授業など真面目に受けず、いざ困った事態が起きた時にようやく本気で動く。

だが、大抵はこの時点ですでに手遅れの場合が多い。

 学習とは何も学校だけのものではなく、普段の私生活でも少なからず行われていることだ。惰性で生きていていて成長はあり得ない。

 エロムラの場合、人一倍自己の優先度が高いために行動が場当たり的になるのだろう。それでも極端なDQNでないことは救いと見るべきか。


「なぁ、エロムラ……。もう少し真面目に生きようぜ」

「ほっといてくれぇ!!」

「あっ、そろそろ僕は行こうかな。それじゃ二人とも、分解作業は任せたよ」

「一人で幸せになる気かぁ! どちらでもいいから紹介してくれよぉ~、ゼロスさ~~~~ん!!」


 切実なエロムラの叫びを背に受けつつ、おっさんは教会の裏口に向かった。

 

「ほれ、給料ももらえるんだから、さっさと作業を始めるぞ」

「世の中……不公平だ」


 人生なんてそんなものである。


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 ソリステア公爵家別邸の一室で、珍しく三兄妹が揃っていた。

 いや、正確には少し違う。

 クロイサスはゼロスの指導を受けたくて前日の夕暮れ時にこの別邸を訪れていたのだが、翌朝っから錬成台で魔導錬成を行うツヴェイトとセレスティーナに興味を持ち、やがて見ているのに飽きて自分も参加しだした。

 興味を持ったら今ある目的すら忘れる。

 それが知識欲に貪欲で忠実なクロイサスという青年である。

 この時点で当初の目的は綺麗さっぱり消え去っていた。


「……ふむ、魔導錬成は普通の金属よりもミスリルの方が扱いやすいですね。これは魔力の伝導率で差が出るということでしょうか」

「ですが、二つの金属を合成させると難易度が上がりますよ」

「異なる金属の融合は、特性同士で反発が起きるからということでしょうか? 興味深い」

「どうでもいいが、俺が使う錬成台を奪うなよ」


 錬成台の上ではそれぞれ種類の異なる金属が、奇怪なダンスを踊っていた。

 まるでスライムのように硬さを感じさせない金属だが、これでも硬度はしっかり残されており、魔導錬成を中断させると一瞬で柔らかさを失う。

 魔力というエネルギーは実に興味深い性質をいくつも持っているのだ。


「もうすぐ物置から別の錬成台が来ますから、兄上はそれまでくつろいでいてください。それにしても魔導錬成とは実に面白……まずいですね、もう魔力が……」

「お前はもう少し鍛えろ。保有魔力は俺やセレスティーナよりも低いんじゃねぇのか?」

「研究を疎かにできませんよ。魔力を手っ取り早く上げる方法でもあればいいんですがね」

「なら強化魔法を常にかけていれば良いのでは? 最初はマナポーションをいくつも用意する必要がありますけど、これならクロイサス兄様でも訓練はできるはずです」

「悩ましいところですね」


 クロイサスは魔法の研究に関して、ジャンル問わず無差別に手を出している。

 その大半は魔力を使用することが多いのだが、普段は同じ研究員が傍らに大勢いるので交代で調査や実験を行うことが多く、これにより自分が魔力枯渇状態になることなど滅多にない。

逆にいうと鍛錬にならないので、保有魔力を増やすことができないことを意味している。

 イストール魔法学院にいるときならまだよいが、個人で研究するときに保有魔力の低さがネックとなり、研究作業が思うように進まないことがよくあった。


「他に魔力を増やす方法はないものか……」

「お前……無茶なことを言ってるぞ。武術の【錬気法】でも習うか?」

「伝承にある【精霊樹の種】や【世界樹の実】にそのような効果があるらしいですが、実物を見たことはありませんしね。先生がそのあたり知っていそうな気がしますけど……」

「発見されても本物か判別が難しいでしょう。ゼロス殿は持っていませんかね?」

「あるいはアドが持っていそうだよな。師匠と冒険したこともあるらしいからな」

「アド殿ですか……ふむ」


 魔法でも実験でも魔力を使う機会が多いだけに、保有魔力量が多いに越したことはない。

 しかしながら、クロイサスは魔力量を増やす訓練を行う気にはならず、そんなことに時間を費やすなら研究や実験に集中するタイプだ。訓練など時間無駄だと切り捨てている。

 だが、魔力を使う機会が多いことも事実で、保有魔力を増やしたいと思うのもまた切実な悩みであった。

 

「う~ん……アド殿に直接聞いてみるべきですか」

「そこは師匠じゃないんだな」

「ゼロス殿に相談すると、とんでもないところで過酷な訓練を受けそうな気がします。私はそんな馬鹿らしい無駄な肉体労働はしたくありませんよ」

「「それは俺(私)達が馬鹿だということか?(ですか?)」」


 クロイサスは基本的に三度の食事よりも研究を選ぶ。

たとえ自分の身体に影響がでようともだ。

とはいえ、クロイサスは別に自己鍛錬を行うことに対して偏見はなく、自身の主観で思ったことをはっきりと言っているだけで悪気は一切ない。

問題なのは彼のクールな見た目と言い方にあり、その一言が嫌味に聞こえてしまう。


「ハァ……こいつは昔からこうだったよな」

「悪気はないと分かっていても、ナチュラルに人を不快にさせるのは才能なのかもしれません。私達でなければ小馬鹿にしているようにしか聞こえませんよ。クロイサス兄様は気を付けてください」

「はて? 何か不快になるようなことを言いましたかね」


 無自覚であるからこそ、それを伝えようとする側は苦労する。

 周りがどれだけ指摘したところで本人に自覚がないのだから、すべてが徒労に終わってしまうのだ。クロイサスの   

 友人達もさぞ苦労していることだろう。


「しかし困りました……。残りの魔力が少なくて、ミスリルの形状が不安定のまま固まっています」

「クロイサス兄様はどのような形状にしようと思っていたんですか?」

「ゼロス殿から戴いた指輪のようなものにしようと思っていたのですが、ここまで操作が難しいとは思いませんでした」

「「指輪?」」


 錬成台の上を見るツヴェイトとセレスティーナ。

 そこにはデフォルトしたサボテンのようなブサ可愛いキャラの人形と、瘴気濃度があまりにも高いために不気味に変質した樹木のようなミスリル細工が、まるでジオラマのように置かれていた。

 前者がクロイサスの作で、後者がセレスティーナの作だ。

 並んでいる錬成台を見ると、まるでサボテン人形があやしい森へ今まさに挑もうとする、コミカルホラーのような世界観が作り出されていた。


「「・・・・・・・・・」」

「お前ら、ミニチュアの細工を作っていたわけじゃないんだよな? 狙ってやったわけじゃないんだよな?」

「わ、私は……ブレスレットを作る…つもり、だったんですけど……」

「セレスティーナが不器用なのは知っていたが、クロイサス……お前もか」

「私は途中で魔力が尽きかけただけですよ。もう少し保有魔力が多ければうまくいったはずです。えぇ、絶対に成功していましたとも」


 誰に対しての強がりなのか。

 クロイサスはクールに誤魔化そうと必死だが、残念さは隠しようがない。

 セレスティーナも穴があったら入りたい心境だった。


「マナポーションをやるから、飲んでもう一度やってみろよ」

「こういうのは何度も挑戦しなくては成功しませんからね。いいでしょう、今度は見事に成功させてみせましょう」

「失敗こそ成功の母と言います。経験者である私が、クロイサス兄様よりも遅れを取るわけにはいきません。今度こそ成功させてみせます!」

「セレスティーナ……なぜ私に対抗心を向けるのですか?」


 そして再び始まる魔導錬成。

 錬成台の上ではサボテンが騎士槍を持ち、不気味な影の魔王に戦いを挑む光景が繰り広げられていた。

 ミスリルサボテンが槍を突き出すたびに、ミスリルの魔王が避けては攻撃を繰り出す。

 手に汗握る一大スペクタクルだ。


「本当に狙ってやっているんじゃないよな!? なんでお前らの魔導錬成は、互いの動きに対して示し合わせてたかのように動いてんだよ。つか、これをセリフ付きで子供の前でやったらウケるんじゃないか?」

「「こ、こんなはずでは……」」


 ミスリル人形はとうとうフィナーレとばかりにダンシング。

 その動きは見事にシンクロしており、一糸乱れぬダンスはまさに芸術。この場にゼロスやエロムラがいれば『Оh……マイケル』と呟いたことだろう。

 今日のステージの主役はこの人形だ。


「………魔導錬成の可能性、見させてもらった」

「いやいや、兄上! これは違う、魔導錬成でありませんよ!」

「なんでこんな……。私はどこで間違えたのでしょう」

「お前ら、街角でエンターテイメントでもやれよ。絶対に成功するぞ」

「「こんなこと意図してできるわけないじゃないですか!」」


 魔導錬成による人形劇とダンスは偶然の産物だ。

 術者が意図して操作したわけでなく、たまたまこのような動きを見せただけであり、同じ動きの再現などできるわけがない。

 つまり、この場限りの奇跡的なエンターテイメントでもあった。

 それを示すかのように、二体のミスリル人形は誇らしげにポーズを決めていたりする。


「そう言えば、学院から通知が来ていたよな。お前らは読んだか?」

「通知? そんなもの来ていましたかね?」

「あの『上位成績者は、戻ってきてもこなくても別にいいよ』的な内容の通知ですか? 学院って、いつからこんな無責任になったのでしょう」

「フッ……今の講師達に私達の指導なんてできませんよ。それはもう、ゼロス殿レベルの魔導士でないとね。学園の講師など所詮は学院を卒業した程度のレベルですし、派閥同士の足の引っ張り合いで研究なんてやっていませんでしたから」

「お前が魔導術式の解読法を公表したときから、全ての常識が覆ったようなもんだ」

「おや、私の所為だけだとでも? 兄上達の派閥の戦術理論も原因の一つですよ。おかげで魔導師団が解体されることになったのですから」


 イストール魔法学院内に巣食う派閥や魔導師団の影響は、ツヴェイト達上位成績者の論文やクロイサスの研究発表の成果により、一部を除いて軒並み解体されることになった。

 無論引き金となったことは確かだが、以前から派閥や魔導士団の横暴ぶりは問題視されていたので、今までの恨みを晴らす勢いで徹底的に改革が行われたのだ。

 そして残ったのがクロイサスのような研究馬鹿と、どこかの大深緑地帯で徹底的に甘さを叩き折られ、戦闘民族となった魔導士達だ。

 それ以外の者達もそれぞれ生産に携わる部署や商人に雇われており、汚職などに手を出していた無駄飯食らい達は早々に国の研究機関から追い出され、落ちぶれ人生を送ることとなった。


「傭兵ギルドにも魔導士が増えたから、結果的に好ましい状況なのか?」

「さぁ? 研究でも実戦でも使えない魔導士が、傭兵として活躍できるとは思えませんね。今まで甘い汁を啜ってきたのだから自業自得かと」

「あの……それって危険なのではないでしょうか? もしも魔導士が犯罪者にでもなったら国が荒れるかも知れませんよ」

「そのあたりは親父が動いているんじゃねぇのか? 御爺様も最近はあまり見かけねぇし、裏で何かやっていると思うぜ」


 ツヴェイトはサントールの街に戻って以降、祖父のクレストンとあまり会うことがなかった。

 書類のようなものを持っていた忙しく働いている姿は何度も目撃しており、裏で何かの計画を行っている可能性を考えていたが、さすがに詳しいところまでは分からない。

 

「上の改革が末端にまで影響を及ぼして、これからどうなるんだか……」

「考えたところでどうしようもないでしょう。まぁ、私は国の研究室に行きますがね」

「お前は将来安泰だろうが、後輩達はこれから苦労することになるぞ。術式の概念が覆ったことで学院の講義内容も最初から見直しだ」

「私達は先生のおかげで誰よりも優位ですが、皆さんは厳しいですよね……」

「結局、お前達はどうするんだ? 学院に戻るのか?」


 この三兄妹は今さら学院に戻る必要がなく、領内にいてもそれなりの地位につける。

 それだけの成績は残しており、新たな発見や論文も多く提出しているからこそ上位にいるからだ。しかし、それ以外の者達の未来は暗い。


「私は学院に戻りますよ。いろいろとやり残していることがありますしね」

「私も後輩の子達に、先生から教えて教えていただいたことを少しでも伝えられたらいいと思っていますし、近いうちに学院に戻ろうかと思っています」

「ハァ~……てことは、いずれ俺達が後輩達に指導しなくちゃならんわけか。生徒がやることじゃないよなぁ~」


 魔導術式の文字を解読する方法が判明し、魔法に関して今まで教えてもらっていたものが誤りだと広がって以降、多くの生徒達は解読に着手している。

 いや、正しい方向に向かい始めたといった方が正解か。

しかし、せいぜい式の文字が読める手順が判明しただけで、いかに魔法が発動かまでには理解が追い付いていない。当然だがその最先端にいるのがこの公爵家三兄妹だった。

 学院の講師が上位成績者以下なため、しばらくは改革で引き起こされたしわ寄せが生徒たちにも降りかかることになる。

ツヴェイト達が講師代わりでもすれば多少の改善はするかもしれないが、それは当人の言う通り生徒のすることではない。


「派閥内で何とかするしかないでしょう」

「クロイサスのところは研究派閥だからいいが、俺のところは戦術研究が主だ。術式の解読に手を出す意味がない」

「あの……ツヴェイト兄様、ウィースラー派には広範囲殲滅魔法の術式がありませんでしたか?」

「セレスティーナ、よく考えてみろ。アレはどう考えてもサンジェルマン派の管轄だろ。後は魔法考古学科の領域だ。サムトロールの奴がこだわっていたが、そもそも俺達とは畑違いの研究だぞ」

「兄上は魔法を使う側で、私達は魔法を研究し作る側ですよ。基礎的な知識は持ち合わせていた方がいいでしょうが、その基礎がいまだに確立していない現状でむやみに手を出すのは、あまり得策と言えませんね」


 イストール魔法学院はいまだに混乱している最中。

 講師陣営も含め今までの講義内容の見直しを根底から作り直す必要があり、その対応で追われているのが現状。しかも講師達は頻繁に入れ替わり、生徒達も独自に魔法の見直しを始めてしまったが故に混乱の渦は広がる一方だ。

 この収拾のつかない状況に匙を投げ、せっかく講師に慣れたというのに退職する者もいるという。


「学院の講師達も大変ですね。今まで必死に研究してきたものの基礎が根底からひっくり返ったんですから、教本も最初から編集し直しですか。フフフ……」

「遅かれ早かれ、こうなる事態は来たんだろうが……お前に言われたら講師達が泣くぞ」

「兄上にもですがね」


 学院の混乱が目に見えるまでに顕在化した要因はクロイサスの研究発表が主な原因だが、よくよく考えるとツヴェイト達も魔導士団に対して改革案を提示して上層部の破壊を招いており、さらにセレスティーナは講師陣営に対して魔法に関する疑問を思いっきりぶつけ、講師陣営の知識不足を白日の下に晒していた。

 この三兄妹は少なからず学院内で現体制を破壊する行動をやらかしている。

保守的な学院の講師達にとって、まさに悪魔のような存在と思われているに違いない。


「まぁ、先のことを考えても仕方がない。それよりも魔力切れを起こしたなら代われよ」

「魔導錬成の欠点は……普通に魔法を使うよりも魔力消費率が高いことですね。これさえなければ面白い技術なのですが……」

「クロイサス兄様の保有魔力が低すぎるだけですよ」

「いや、どっちも正しいんだが……あっ」


 ここでツヴェイトは一つ思い出す。

 もともとツヴェイトとセレスティーナで魔導錬成を行っていたのだが、途中からクロイサスが参入した。錬成台はこの場に二つしかない。

 クロイサスに錬成台を占領されたゆえに、物置から別の錬成台を持ってくるよう使用人に頼んだのだが、クロイサスは魔力切れ寸前でリタイヤ。

 錬成台が空いたことになる。

 つまり、現在進行形で屋敷の使用人が錬成台をこちらに運んできているのだ。


「錬成台……運んでくるように頼んだ意味がなかったな」

『ちょ、リサ……力を抜かないで…重い』

『ですがシャクティさん……もう、指に力が……』

『足に落としでもしたら……骨が砕ける、わよ……お願い、もう少し堪えて……』

『無理ぃ~~~~~っ!!』

「遅かったか」


 思い出したがすでに手遅れで、扉の向こうでは既にリサ達が錬成台を運んできていた。

 別邸には物置部屋はいくつも存在し、どこの部屋かは分からないが使わないインテリアとしてしまいこまれていた。

見た目よりも重量のある錬成台を必死に運んできたリサ達に、『もう必要なくなったから』などと申し訳なくて言うことができない。言えるわけがない。


『……手伝うか』


 せめてもの詫びにとツヴェイトは錬成台を運ぶ手助けをすることにした。

 後日談になるが、リサ達は錬成台をインベントリ内に入れれば簡単に運べたことに気づき、無駄な努力をしたとかなり落ち込んだとか……。

 


 ~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


 メーティス聖法神国聖都、【マハ・ルタート】。

 マルトハンデル大神殿を失った神官達は現在、旧大神殿であるで政務を行っていた。

 転生者と思しき旧時代の衛星兵器による攻撃の爪痕は、ただでさえ国内に混乱を齎したというのに、まるで呪いのように次から次へと別の問題も誘発させた。

 今まさに、メーティス聖法神国は亡国の道を進んでいる状況だ。

 災難の原因の一つは獣人族による侵攻で国境が脅かされ、グレート・ギヴリオンによる辺境の街や砦の崩壊、新種のゾンビによる交易都市の襲撃。

 その復興も終わらないまま更なる脅威が現在進行形で襲ってきた。

そう、国内を暴れまわる謎のドラゴンの存在である。

 このドラゴン、なぜか教会や神殿を集中的に襲い、その被害は神官や神殿騎士達のみに絞られている。

 状況が一向に改善しない中、大神官や勇者達を広間に集め、今後の対策を協議するために話し合いの場を設けた。

 初老の指導者であるミハイルロフ法王は、沈痛な面持ちで書類を眺めつつ集った者達に視線を向ける。


「……これが、現時点で判明しているドラゴンの報告である。何か質問はあるかね」

「法皇様にお聞きします」

「タツオミ殿か、なにかね」

「このドラゴン、突然に姿が変わったと報告されているのですが、これは進化によるものですか? それともこのドラゴンの特性でしょうか?」

「そこは我らにも判断しかねるところだ。何しろ、記録にもこのような力を持つドラゴンの存在は記されておらぬ。分かることは全方向に光の矢を放つ攻撃ができるということだけ、それ以外の生態はいまだに謎のままである」

「それって、レーザーによる砲撃なのでは……」


 現在、勇者のリーダー役となっている【川村 龍臣】は、元の世界の知識からドラゴンがどのような攻撃をしたのか辺りをつけていた。

 生物が化学兵器に匹敵する攻撃を行い、城塞都市の一つを崩壊させたことに恐怖を覚えるが、勇者の立場上いずれはこの脅威に相対するのは間違いない。

 だが、さすがに怪獣の相手をするのは難しい。


「おそらく僕ら勇者が全員で挑んでも、このドラゴンには勝てません。何か決め手となる武器でもない限り倒すのは不可能だと思うんですが……」

「……昔、邪神を封印するために使われた神器があるが、壊れているために使えるかどうかわからぬ。わずかでも力が残されておれば何とかなるやもしれぬが」

「あのボロボロの聖剣か、調べてみる価値はありますね」


 報告書に目を通し、この場にいる全員が絶望している中、ミハイルロフ法皇とタツオミの会話が勝手に進んでいく。

 その様子を【八坂 学】は冷ややかな目で眺めていた。


『川村……頼むから変な安請け合いをするなよ。絶対こちらに面倒事が回ってくるんだからさ。それと笹木、絶対に余計なことは言うなよ……頼むから』


 現在実質上Nо2の立場にいる【笹木 大地】は、つまらなそうな顔でこの会議に参加しているが、今のところ会話に入るつもりはないようだ。

 彼は普段なにかするにも人任せで、事がうまく進めばその成果を自分の手柄にする。いわばクズだ。

 例えば火縄銃だが、これは勇者仲間でもある製作者の【佐々木 学】(通称サマっち)が提唱し、コツコツと研究した末になんとか形になったものだ。

 だが、いつの間にか開発のリーダーに笹木大地が居座っていた。

 要領がいいというか、何もしないくせに人の上前を撥ねるのが得意で、おまけに権力志向も強い。

今では勇者達の自称リーダー気取りである。


『まぁ、笹木の馬鹿のことはどうでもいいとして、気になるのはこのドラゴンのことだ。神殿を襲撃するって……』


 以前、学がルナ・サークの街で相対したゾンビの発生原因は、勇者の魂が集合した悪霊だった。

 メーティス聖法神国に恨みを持っていると考えた場合、ゾンビがルナ・サークの街を襲った理由にも納得がいく。この国を滅ぼしたいほど憎んでいるからだ。

 教会や神殿には、先輩勇者達が最も憎むべき存在である神官や司祭達が大勢いる。

 ドラゴンが優先して襲撃するのも、憎悪を向けるべき相手がそこにいると知っているからではと学は推測した。


『死んだ勇者達がドラゴンの身体を乗っ取って襲撃した……か、これは俺の考えすぎかな?』


 確かにこれに関しては学の考えすぎだったが、残念なことにこの推測を否定できる要素は少なく、むしろ肯定できる要素しかないからこそ結果的に彼の推測を真実に近づけたともいえる。


「……から、聖剣を」

「しかし、アレは我が国の聖遺物であるぞ? 我が国の聖遺物をおいそれと……」

「だからこそ試してみるべきです……。わずかだが力も残っているって話でしたよね? 一度試して有用性が証明できれば……」

「しかし、聖剣を失うのは……。いや……確かに国難ではあるが……」


 龍臣とミハイルロフ法王との会話は続いており、他の司祭達や勇者達も会話に口をはさめずにいる。

 学が少しの思考に耽っている間にも話は進んでいたが、何やら揉めている以外に何の話をしているのか分からない。まったく聞いていなかった。


『……ん? 聖剣?』


 邪神を封じた時に用いられたという聖剣は、辛うじて原形をとどめているガラクタであったと学の記憶にもある。破損状態が酷い代物であったはずだ。

 なぜここで骨董品としても売れない屑鉄の剣が話に出てくるのかわからなかった。


「国の命運を思えばやむを得ぬか……。して、誰が試すのかね」

「あぁ~、なら八坂にでも任せちまえばいいだろ。俺は国境の獣人族に睨みを利かせなきゃなんねぇから暇な奴が検証するしかないだろ」

「「はぁあ!?」」


 突然横から大地に自分の名を挙げられたことで、お偉いさんのいる場で学と龍臣は敬語を忘れ、思わず声を上げてしまった。


「ちょい待て、笹木! お前、俺になにをさせる気だよ!?」

「なんだ、話を聞いていなかったのか? 聖剣に込められた力でドラゴンを退治するんだよ。言っとくが拒否権はねぇぞ」

「ふざけんなぁ、あんなガラクタが戦闘に耐えられるわけないだろ! 普通に考えてもドラゴンの一撃でポッキリ逝くわぁ!!」

「邪神との戦争でも原形が残ってたんだろ? ならドラゴン程度なら大丈夫さ」

「なんの根拠にならないだろ。どうしてもやるならお前が戦え!」

「しょうがないだろ、もう姫島や岩田がいないんだ。田辺でもいれば任せたんだが、アイツはソリステア魔法王国に行ったきり戻って来ない。それ以外の奴らは戦闘に向かないんだ。決まったことだから諦めろ」

「勝手に決めんなぁ、俺一人でドラゴンを相手にできるわけないだろ!」


 笹木は面倒事を全部他人に任せる。

 おそらくドラゴンの相手を学に押し付け、うまく倒せればその功績を自分のものにするつもりなのだろう。失敗しても学が死ぬだけなので腹は痛まない。

 そして困ったことに大地の言う通り、戦闘職の勇者は現時点で五人しか残っていないことも確かだった。


『くっそ……どうする。このドラゴンは何かあやしいところがあるし、俺の知っている情報を開示すればガチで戦うことは防げそうだが……』


 学はこの場を乗り切れる情報を持っている。

 しかし、それは諸刃の剣ともいえる危険な情報であり、この場で公表するにはあまりにもリスクが高すぎた。この場は凌げても暗殺されるのだけは願い下げだ。

 そんな時に龍臣から助け船が入った。


「笹木、お前の案にはいくつかの欠点がある」

「欠点? なんだよ」

「先ず一つは、ドラゴンがどこを襲うか分からないというところだ。やみくもに広い国土を探し回るわけにもいかないだろ」

「まぁ、そうだな……」

「その二、僕ら勇者はともかく一般騎士でドラゴンの相手は務まらない。この報告書を読んだ限りだと足止めすらできないだろう。どうする気だ?」

「そこは何とか工夫してやってくれ」


 案の定、笹木は無責任に返してきた。

 どこまでも他人任せで自身が策を練るという考えを持たないのだ。


「その三、聖剣にどの程度の力が残されているのか知らないが、試してもいないうちに切り札にするのは危険だ。いざ戦おうとして何の力もありませんでしたじゃ済まされない」

「伝説の武器なんだから信用したらどうなんだ?」


 笹木はどこまでも他人事だ。

 そんな彼の姿勢に学もさすがに腹が立つ。


「そう思うならお前がやれよ! 生憎、俺は勝てない勝負はしない主義なんだ。辺境の防衛くらいなら俺でも充分だろうが!」

「うぐ……」


 学が食い下がってくるとは思わなかったのか、笹木は言葉を詰まらせた。

 そこに間髪入れず学は追撃する。


「だいいち、ドラゴンは神殿とかの施設を襲っているんだろ? 俺が探しているうちにここに襲撃してきたらどうすんだよ?」

「そこはお前が考えろよ。ドラゴンの討伐を任せたんだからよ」

「俺の意志を無視して勝手すぎるだろ! 俺は了承し覚えはない」


 笹木はこれ以上の話はないとばかりにさっさと席を立とうとする。

 学は率先して戦闘に挑むタイプではなく、むしろ保身のために距離を置いて危険になれば逃げる性格だ。何よりこんな作戦案もない無謀な任務を引き受けるつもりもない。

 だからこそ都合が悪いと逃げだす笹木を牽制することにする。


「俺はしばらく遠征にも出ないぞ」

「おい、八坂。話を聞いていたか? お前にはドラゴン退治を命じたんだぞ」

「なら有効な作戦くらい考えろよ。それがないのなら俺の好きにさせてもらう。どうせ、近うちにここも襲撃を受けるだろうからな」

「……なんでそう思うんだよ。お前はこのドラゴンのことを何か知ってんのか?」

「報告書を読んだ限りでは、ドラゴンは神殿や教会、時折砦なんかも襲撃している。自分の動きを特定されないように動いているように思えるな。なら最終目的はここだろうさ」

「空飛ぶトカゲにそんな知恵があるとは思えねぇな」


 学は呆れたように溜息を吐いた。

 分かっていたことだが、彼もまた重度の自己中だ。

 たとえ今は自分の意見を押し通しても、後になって誤りであったと判明すれば責任を人に押し付けようと動く。岩田のように暴力で訴えないだけマシだが、後々ネチネチとしつこく粘着気味に嫌味を言ってくるタイプだ。


「あのなぁ~……そもそも神殿を率先して襲撃してるんだぞ。どう考えても人間並みに考える知性を持っていると見るべきだ。笹木さぁ~、報告書をしっかり目を通してる?」

「も、もちろんだ。俺は勇者のリーダーだぞ? そんな無責任な真似はしない」

「その勇者も、俺を含めて数人しかいないからな? その中で戦えるのは俺と川村、そんで笹木だけだ。田辺や一条でもいればよかったが、アイツらは邪神探索の任について他国ときている。貴重な戦力の分散はまずいと思うんだけど、お前はどう思う?」

「うっ……」


 他人の功績を奪うのは得意でも、突然の理詰めには弱い笹木。

 そのくせ勇者の中でも上位の強さを持っているのだから、学としては世の不条理を嘆かずにはいられない。要するに笹木という男は能力だけなら強いくせに、その力に見合わないほど小心者で卑怯なやつなのだ。

 そこへ龍臣も学の意見を擁護するよう援護に動く。


「八坂の意見ももっともだな。むやみに部隊を動かしたところで徒労に終わる可能性の方が高い。それに騎士達も休養を取ってもらわないと、疲労困憊で動けなくなるぞ」

「そ、そうか……それなら仕方がないか」

「今のうちにドラゴンを相手にするための装備も整えておかないと、ここを襲われたときに何もできなかったら全滅だ。笹木……武器の生産と管理はお前の部署が専門だろ。せめて大砲くらいは用意しておくべきだと思う」

「大砲って……八坂、てめぇ無茶を言いやがるな。間に合うかどうかは分からねぇが、キモオタのヤツには言っておくけどよ」

「あまりサマっちに無理させんなよ。数少ない生産職なんだから」

「わかっている!」


 都合が悪くなり笹木は少し不機嫌そうな顔をしながらこの場を去っていった。

 自分の思い通りに話が進まなくて癇癪でも起こしたのだろう。

 うんざりした顔で溜息を吐くと、学は自分の部屋に戻ろうと席を立つ。


「笹木にも困ったものだな」

「同情するなら手を貸してくれよ、川村ぁ~……。あの馬鹿、戦いには出ないくせに姑息な根回しは得意だから、俺に面倒事が回ってくんだよ~」

「そこは僕も同じなんだけどな……」


 苦笑いを浮かべる龍臣に、学も愛想笑いで返す。


「そんなわけで、聖剣の件はそちらで審議をお願いします。法皇様でも一存では決められないでしょうし」

「う、うむ……そこは何とかしよう」


 勇者とジャバウォックの邂逅の時が、少しずつだが確実に近づいてきていた。




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