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おっさん、多脚戦車を解体中


 ゼロス邸の地下では、三人の男達によって多脚戦車が解体されていた。

 取り外された88mm砲は無造作に天井から吊られており、本体の方は電子機器などの撤去作業を行い、脚部を動かす魔導力モーターや円柱型の魔導力機関が無残に曝されている。

 ゼロスとアドの解体作業は恐ろしく早く、エロムラがモタモタしている間にもフレーム以外のパーツが次々に取り外されて、まるでアリに食い尽くされているような錯覚をエロムラは感じた。


「……ゼロスさん達、解体作業が異常に早くね?」

「エロムラ君の作業が遅いだけだよ」

「いやいや、俺はこう見えて整備工場で仕事してたんですけどぉ!? そんな俺よりも機械に強い二人って……」

「俺は適当にバラしてるだけだぞ」

「アド君や、できれば鑑定を使ってからバラしてくれませんかねぇ? 札にどこのパーツか書いてくれると嬉しいんだけど」

「あらかじめ言ってくれよ。もう遅いだろ」


 おっさんは後になってから無茶を言う。

 勿論アドも一応は鑑定しながら解体作業はしていたのだが、分かるのは意味不明なナンバーのようなものだけで、それ以外の詳細な情報は見れなかった。

 首をかしげながらも落ちている機械を手に取るアド。

 

「パーツの番号らしきものは分かるんだが、これは何のための機械なんだ……」

「僕には火器管制ユニットと見えているけど?」

「俺には正体不明の番号しか見えん。製造番号か、それとも商品登録番号なのか?」

「俺ちゃんには鑑定しても何も出てこない……。ゼロスさんとアドさんは見えてるんだよな?」

「ナンバーだけな。鑑定スキルの精度はゼロスさんの方が上かよ、確かスキルレベルは同じくらいあったよな?」

「個人差によって鑑定スキルにも差が出てるのかねぇ? それとも性格か?」

「あっ、鑑定できた……って、【搭乗員が残したグラビアデータ・ディスク】ってなんだよぉ!」


 エロムラの鑑定スキルは主にエロ方面に反応していた。

 どうにも鑑定スキルは使用者の内面に大きく左右されるようである。


「しっかし、よくもまぁこんな兵器を拾ってきたもんだ。ダンジョンにはこんな兵器が無造作に放置されてんのか?」

「いや、僕はこの手の兵器をダンジョンが異界エリアを構築した際に、偶然に再現されただけなんだろうと思っている。ダンジョンに兵器を複製する意図はないんじゃないかな」

「それって、ダンジョンが事象から過去の環境情報を引き出しているってことか? 鑑定スキルみたいにさ」

「鑑定スキルというより、地形データを元に再構築したら偶然そこに兵器の情報が含まれていたってところじゃないかねぇ。結果的に()()()()()()()()()ってだけなのだと思うよ」

「あくまでも偶発的で悪意などの意図はないと? それが事実だとすれば、ダンジョンコアに外部の情報を集め利用する能力があるってことになるんだが……」

「やっぱり、そこに気づくよねぇ」


 今まで知られているダンジョンの形成プロセスでは、地下深くの魔力溜まりからダンジョンコアが発生し、時間をかけて迷宮を構築していくという流れであった。

 だが、旧時代の遺物を再現するという新たな事実から、ダンジョンは迷宮を構築する際に過去からの今までの情報を集積しているか、あるいはどこからか情報の提供を受けている可能性が高いことにいなる。


「……素朴な疑問なんだけど、ダンジョンってなんなんだ?」

「僕に言われても困るよ。情報がないから推測することができない」

「生物兵器も複製してたしなぁ~、ファンタジー世界は常識を超えた神秘に満ちてるってことなんじゃね」

『『 なんでだろう、エロムラ(君)が言うと、途端に胡散臭く聞こえるのは…… 』』


 やろうと思えば生物すら簡単に複製可能なダンジョンという存在が、ゼロスとアドにはどうしても異様なものに感じていたが、そこにエロムラ一声が加わると凄く嘘くさい話に聞こえてしまう。

 特に彼の口から幻想とか神秘という言葉が出るほど、不思議と道端に転がる石ころのように価値のないものに聞こえるのだ。端的に言うと説得力がない。

 これもエロムラの普段の行いが悪いからであろう。


「エロムラ……お前、もう少し真面目に生きた方がいいと思うぞ」

「君が神秘だの幻想だのと口にしても、もの凄く胡散臭いものにしか思えなくなるんだから不思議だねぇ。はっはっは」

「酷い! 俺、わりと真面目に答えたんですけどぉ!?」

「「真面目に答えてなお残念に聞こえるんだな……」」


 それだけエロムラが残念だという印象が定着しているということなのだろう。

 この染みついた駄目さ加減は簡単に払拭できるものではない。


「まぁ、知ってそうな人物に心当たりはあるけど、最近帰ってこないんだよねぇ。ウチの腹ペコ居候モンスター」

「それって、人を下僕扱いするヤツのことか?」

「誰? その人物って誰ぇ? 俺の知っている人?」

「「知らない方がいい。普通に生きていたいなら」」


 邪神が復活して民家で飯を食ってると知れば、エロムラがどんな反応を示すか興味深いところではあるが、無理に惑星一つ簡単に消滅できるような存在と会わせる必要などないだろう。

 むしろ知らない方がいい。


「それにしても、結構バラしたなぁ~……。チートな俺でもさすがに疲れたぞ」

「アド君や、それはただの運動不足ではないのかい?」

「つか、この一番デカい機械が動力なのは分かるが、こっちの大小の黒い金属塊はいったい何なんだ?」

「鑑定の結果だと、内部に賢者の石を利用した集積回路が詰め込まれた制御装置らしいけど、僕にも詳しいことは分からない。どうやって分解するんだろうねぇ? 装甲版のように魔導錬成の術式を利用しているわけではないようだし、壊れたらこいつごと入れ替えるのだろうか……」


 謎の多いブラックボックス。

 この正方形の黒い金属塊には配線を繋ぐ穴がいくつも開いているだけで、それ以外は表面的に見てもネジ一つすら使われておらず、わかることは多脚戦車の機械全てがコレに集中して繋がっていたことだ。

 

「魔導力機関は見た目から動力だと分かる。そこから配線がこの箱に一度繋がり、計器類を経由して脚部を動かすモーターを稼働させる仕組みか……」

「ほんと、どうやって作ったんだ? ただの金属の箱にしか見えないんだけど……」

「エアライダーのブラックボックスもこんな感じだったし、今さら驚きはしないけど、内部構造が分からないのは痛いなぁ~。システムの全てを統括しているのがこの箱と見るべきなのかねぇ?」


 謎の箱の内部構造を知らない限り、同じものの複製品製作は事実上不可能なのだが、『困ったもんだ』と言うゼロス自身それほど困っているようには見えない。

むしろ興味を持っているのは装甲のほうだった。


「まぁ、動力はディーゼル機関にでもするからいいとして、この装甲に使われている術式くらいは流用したいかなぁ~。強化魔法で装甲の強度はいくらでも変えられるから、車体そのものの軽量化が図れる。魔導力機関から直で魔力を流し込めば、オリジナルの戦車よりも軽量で頑丈な戦車ものが作れるぞぉ~」

「魔力って、万能なんだな……」

「アドさん……作るのはゼロスさんなんだぞ? 絶対に何かやらかすと思う」

「失礼な。この魔導力機関を使い魔力を貯蓄し、装甲の強度を上げるだけに流用するんだ。あっ、この世界に軽油はなかったよなぁ~。ひまし油かアルコールじゃ駄目かな?」

「「俺達に聞くなよ。それと搭乗員はどうすんだ?」」


 戦車を動かすには一人ではできない。

 運転、通信、砲手、装弾手などと役割が分かれており、小型のもので最低二名は必要だ。少なくともゼロスが作ろうとしている戦車は四名ほど人員が必要だろう。

 動かすだけなら一人でも充分だが……。


「搭乗員? ん~………二人いれば充分じゃね? 通信士なんて必要ないし、装弾も砲手がやればいいんだから足りると思う」

「いや、ゼロスさん? 戦車の弾って結構重いんじゃ……」

「魔法で爆発を起こすから炸薬なんていらないけど? 弾頭だけ装填する仕様だし充分に軽量化できる。装填役が必要だと思うかい?」

「「戦車である必要はないんじゃね?」」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 ドヤ顔のゼロス。

 このおっさんは当初、戦車製作は諦め自走砲にするつもりだった。

 だが今は駆逐戦車にする方向へと考え始めている。

 何しろ魔導錬成や強化魔法を利用すれば、見た目よりも頑丈かつ軽量な装甲が作れるわけで、見た目だけなら重戦車でも行けそうな気がした。

 おっさん脳裏に過るティーガーやパンターの雄姿がロマンを掻き立てる。


「ドイツの技術力はぁ~~~っ、世界一ぃいいいいぃぃぃぃぃっ!!」

「「魔法を使う時点でドイツの技術力は関係ねぇ!!」」


 おっさんに何者かが憑依しているようだった。

 しかし、ゼロスが何かを始めて予定通りに進んだあまりことはない。


「んなことより、腹が減ったぁ~……」

「ちょいと待って……。作業に夢中になっていたが、もう夕方くらいだぞ」

「空腹も忘れて没頭していたか、一日が終わるのがホントに早いねぇ。どう? これから一杯やってくかい」

「「すきっ腹なのに酒を飲ます気か!?」」


 アドとエロムラのツッコミを背に受けつつ、『じゃぁ、何か作るよ』と言いながら三人は地下倉庫を後にする。

 こうして趣味人に感化された男達の戦車製作は始まった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 地下から戻ってきたゼロスはそのまま台所で夕食の準備に入り、アドとエロムラは椅子に座りその様子を眺めていた。

 だが、ことエロに関しては嗅覚が鋭い不名誉な称号持ちのエロムラは、独身男が一人で住むこの家に違和感を覚えていた。

 それは比喩的表現の嗅覚でなく、文字通りに『女』の匂いを嗅ぎ取っていたのだ。


「アドさん……。ゼロスさんって独身だよな?」

「そう聞いているが、なんでそんなことを俺に訊ねてくるんだ?」

「家の中に女の匂いがする。それも、朝方は感じなかった比較的新しいものだ」

「犬か、お前は!」


 凄くアホなことを言いだした彼に対し、呆れ気味のアド。

 だが、エロムラのアホ発言を肯定するかのように、台所の傍にあるドアが開くと奥から二人の女性が現れた。

 ルーセリスとジャーネである。


「んぉ? ルーセリスさんとジャーネさんでしたか」

「あっ、ゼロスさん。お風呂お借りしました」

「いつも風呂を貸してくれて助かる。いやぁ~、いい湯だった」

「どういたしまして。風呂を作ったけど、どうせ僕しか入りませんからねぇ。にしてもジャーネさんはいつもご機嫌ですね。ジョニー君達は入ろうともしないのに」

「アイツらは風呂嫌いだからな。せめてカエデとアンジェだけは入ってもいいだろうに」


 教会のぱわふりゃチルドレンズは、勝手に台所を漁るが風呂に入ろうとしない。

 聞くところによると着替えるのが面倒らしい。


「あの子達、子供らしいところがあったんだねぇ」

「ですが今年で成人ですよ? 身だしなみにも気を配るくらいしてほしいのですが……」

「色気より食い気だからな。それより……後ろで鼻息を荒くしている奴が気になるんだが」

「「エロムラ……」」


 二人の湯上り美女を前にして、下ネタの道化師という称号持ちのエロムラは、思春期の少年のもつ青い性の滾りに身を焦がしていた。

 表情はセクハラものであったが……。


「……ま、まぁ、お二人とも美人だからねぇ。この年代の若者に刺激が強かったんだろう」

「美人だなんて、そんな……」

「い、いや……刺激だけでこうも興奮するものなのか? 女だから良く分からないんだが……」


 湯上りの赤毛で褐色の肌を持つモデル体型の美女と、しとやかな雰囲気を持つ聖女のような女性を前にし、エロムラのハートは燃え尽きるほどバーニング。

 さすがのおっさんも『殴って気絶させるべきだろうか?』と思うほどの興奮状態だ。

 そんな彼の肩にアドが手を乗せ――。


「エロムラ……そんなに性欲に忠実すぎるから、彼女ができないんだぞ?」


 ――と、憐れみを込めた視線を送りながら致命的な一言を告げた。

 それも妻子持ちに言われた。


「グハァ!!」

「これも変な称号がついたせいなのか、それとも元からの性格が原因なのか、悩むところだね。まぁ、僕にはどうでもいいんだけどさぁ~」

「げぶらぁ!!」

「称号? こいつ、変な称号を持ってんのか?」

「やめて、聞かないでぇ!! 俺のHPはもう0なのよぉ!!」


 流石に、美人二人の前で【下ネタの道化師】と【やらないか】の称号持ちなどと言われたら、エロムラは軽蔑の視線を向けられ社会的に死ぬかもしれない。

 ここで転生者組は忘れているが、そもそもこの世界は現実であり、ステータスに影響を及ぼすような【称号】など存在していない。

 称号とは何かを成し遂げた者に他者から与えられる名誉なのだ。

 その称号に影響を受けているのは転生者だけであるのだが、その異質さに気づいていなかった。


「あの……今ならお湯も温かいので、ゼロスさんもお風呂に入ってきたらどうですか?」

「ん~、けど夕食の準備もあるからねぇ。二人とも先にどうだい?」

「俺は遠慮しておく。二人が入った後なんだろ? ユイのヤツにバレたら俺が殺される」

「………深刻だねぇ。実現しそうで怖いな」

「だろ? だから俺はこのまま別邸に戻ることにする。アイツ……俺に関することは勘が鋭いだけでなく、鼻も利きやがるからな」

「ヤンデレストーカー気質がそこまでとは……。せめてお湯を沸かすから、タオルで体をふいていくといいよ。結構汚れてるだろ?」

「そうするかな」


 アドには命にかかわる問題だった。

 対してエロムラはというと――。


『な、なにぃ!? こ、こんな美人が入った風呂……だとぉ!?』


 ――やはりというべきか、エロに関して真っ先に反応していた。

 その感情が口に出すことすら憚れるほど思いっきり表情に出ていたりする。

 絵にも描けないセクハラレベルのだらしなさだった。


「「…………」」

「「……エロムラ(君)。まさか、ここまでとは……」」

「はっ!?」


 妙な称号がついた原因は性格的な要因だと判明した瞬間だった。

 顔を真っ赤に染めて軽蔑の視線を送るジャーネとルーセリス、対してゼロスとアドは額に手を当て呆れている。言い訳しようのない状況に陥っていた。

 そして重い沈黙の時間が流れる。


「ち、違うんだ……こ、これは……」

「エロムラ、諦めろ。誤魔化しようがない」

「聞いてくれよぉ、これは称号が悪いんだぁ!!」

「いや、称号はあくまで補助的な役割でしかないんじゃないかな。つまり、元から変質者の資質があったということになるんだろうねぇ。ご愁傷様……」

「う、嘘だ……。そんな、そんなはず……うわぁああああぁぁぁぁぁん!!」


 いたたまれなくなったエロムラは泣きながら全力で逃げていった。

 あっさん、ちょっぴり罪悪感を覚える。


「ひょっとして、悪いことしちゃったかな?」

「止めを刺したのは間違いないが、アイツの自業自得じゃないか? んじゃ、俺も帰るわ」

「ごくろうさん、明日もよろしくねぇ。って、汚れを落として行かないのかい?」

「考えてみるとあの屋敷にも風呂はあるし、俺も借りられるからな。しかし、これだけの時間動いても給料でねぇのが痛いがな……」

「えっ、出すつもりだけど? どこでも換金できる宝石でだけどさ。さすがにタダ働きはさせないよ」

「マジで!? おっし、これで当面の仕事ができた! ひゃっほ~っ!」

「アド君っ!? ……って、行ってしまったか」


 アドは一時的にだが仕事ができ、浮かれながらゼロス宅を出ていった。

 とりあえずの無職から脱却ができ、リサやシャクティに白い目で見られることがなくなるので、よっぽど嬉しかったのだろう。

 

「……なんつぅか、あの二人……おっさんの知り合いらしいよな」

「それは、どういった意味でですかねぇ?」

「その、個性的と言いますか……どこか私達とズレているという感覚があるのですが、そこがゼロスさんと似ているように思えますね」

「まぁ、頭のネジがどこか緩んでいるのは確かですかねぇ。常識人ぶっていても、どこかおかしいですから。あの二人は……」

「「アンタ(ゼロスさん)が一番おかしい(ですよ)」」

「えぇ~~~っ?」


 常識人ぶっているという言葉は、まんまゼロスにも当てはまる。

 自分で言ったことがブーメランとなって戻ってきては世話がない。


「夕食は一人分で済みそうだ。そう言えばお二人とも夕食はまだですか?」

「今はジョニー君達が率先して用意してくれていますよ。『野営でもうまいものを食べれるようになるんだ~』とか言って」

「そういうところはアタシも見習う必要があるな。護衛や討伐依頼のときは、いつも干し肉を齧っていたからな……」

「それは栄養が偏りそうだ。野菜の塩漬けくらい準備した方がいいと思いますねぇ、簡単に作れるし手間もかからない」


 傭兵の食料事情はかなり適当だ。

 特に護衛依頼などのときは、魔物や盗賊の襲撃に気を配らなければならず、野営中でも他の傭兵と戦闘以外で協力し合うことはない。

 食事はパーティにもよるが重要視していない者達が多く、調理など匂いで居場所を教えているようなものなので必然的に簡単に食べれるものが選ばれ、疲れを取るための甘い菓子など持っているだけでも喧嘩騒ぎになる。

 特に菓子は砂糖の値段が高いこともあり、盗みを働く者もいるほど貴重品だ。


「柑橘類の蜂蜜漬けでもいいねぇ」

「んなものを持ってたら、同じ依頼を受けた他の傭兵達に目をつけられるだろ。ただでさえ女だけということで目立つのに」

「夜中に夜這いを掛ける傭兵もいそうですよね」

「ルーセリスさんもはっきりと言うねぇ、ジャーネさんが赤面してますが?」

「あら?」


 夜這いという言葉だけで頬を赤らめるほどにジャーネはウブだった。

 そんな彼女を見ていると妙に心臓の鼓動が早くなる。


「ジャーネさん……」

「な、なんだよ」

「今すぐ籍を入れませんか? そして今夜は君とフォーリンラブ」

「なに言ってんだぁ!?」

「おじさんねぇ、今すぐ君を押し倒したい。なんか、こう……可愛らしくてムラムラする」

「ゼロスさん……そういうことを言うから、ますますジャーネが頑なになるんですよ?」


 ルーセリスの言葉に少し熟考し、ぽんと手を叩く。


「なら、段階を踏んで押し倒すことにします。そして今夜は三人、軋むベッドの上でレッツパーリー」

「そ、そんな……ゼロスさん。私も覚悟はできていますが、今夜なんていきなりすぎます。それも三人でなんて……」

「そこぉ!? ルーが気にするのはそこなのかぁ!? つか、今夜と言っている時点で段階なんか踏んでないだろ!!」

「湯上り美人を前にして、ムラムラしない男なんていませんよ。僕もエロムラ君を見習って、性欲に素直になろうと思いますぜ!」

「見習うなぁ!!」


 エロムラ=性欲の権化という図式がおっさんの中で定着してしていた。

 そして本人の知らない場所で勝手に貶められていく不憫なエロムラ君であった。


「ならどうしろと? 今すぐこの場で押し倒した方がいいんですかねぇ」

「なんで押し倒すこと前提なんだぁ!!」

「あの、なら先ずはデートでもしてお互いの距離を縮めるのはどうでしょう。実は、例のあの症状のこともありまして、そろそろ本格的に動かないと危険なのではと二人で話していたんですが……」

「つまり、デートして親密になってから、その日のうちにベッドでサタデーナイトフィーバーしましょうと?」

「その言い回し、なんとかならないのか? 意味が分からん」

「女性の前で具体的な性行為の説明なんて、奥手なおじさんの口からはとても言えませんよ。せいぜい下ネタで誤魔化すしかないのさ。むっつりだっていいじゃない、人間だもの」

「せ、せい……!?」


 いちいち反応してくれるジャーネが可愛い。

 それはともかくとして、恋愛症候群の症状が出ている現在としては、そろそろ行動に移さないと不味いのは事実である。

 なにしろ精神暴走によって自分がどのような行動にでるのか分からず、それを防ぐには早めに三人の関係を進めておかないと手遅れになってしまう。

 ルーセリスの提案は理にかなっているのだ。


「まぁ、真面目な話……僕も全裸、になるかは分からないが、絶叫告白なんてしたくないですからねぇ。デートくらいして親密度を上げておかないと駄目なんだろうなぁ~とは思っていますよ」

「いや、アタシだって社会的に死にたくない。けど、三人でデートっておかしいだろ」

「そうですか? 街を三人で歩いて店を廻って、食事をして他愛のない話をするだけですよね?」

「それ、デートって言えるのか? こう、劇場で演劇を観たりとかは?」

「一般人が演劇鑑賞するにしてもお金の問題が……。入館料って結構かかりますよね?」

「うっ……」


 劇場で行われる演劇や歌姫などのコンサートは、とてもではないが一般人が鑑賞できるものではない。それ以前に一般人に芸術が分かる者は比較的に少ないので、自然と客層は裕福な商人か貴族に限られる。

 勿論一般人でもチケットを購入すれば観ることができるのだが、チケット一枚で一般の民は数日くらい生活できる値段だ。民には縁のない世界なのである。

 特に傭兵家業のジャーネやルーセリスにはとてもではないが、手が届かない。


「それくらいだったら僕が出しますよ。デートなら、なおさら男が支払う場面だよねぇ」

「えっ? い、いや……アタシも言ってみただけだし、そもそも演劇を観て芸術の何たるかなんて分からないぞ」

「私もちょっと遠慮したいですね。神官の修行時代に一度オペラ鑑賞に行ったことがありますが、直ぐに眠くなりましたから」

「あぁ~、ルーはそういうの苦手そうだよな。悲劇的な内容の劇を見て大笑いしそうな気がする」

『見た目で判断するなら逆の感想を持ちそうだが、実際はジャーネさんが乙女趣味で、ルーセリスさんが現実主義なのにざっくばらんなところがあるからなぁ~』


 見た目と性格がこれほど一致しないのも珍しい。

 ゼロスも二人と交流しているからこそ受け入れているわけで、知らなければ二人のギャップに困惑しただろう。


「しかしデートか、若い頃に一度したことはありますが、あんときは邪魔が入ったからなぁ~。それ以来女性に縁がなくなったっけ……」

「お、おっさん……その性格で女とデートしたことがあるのか!?」

「学生だった頃の話ですよ。今はともかく昔は真面目な性格だったんですがねぇ、あの姉のせいで見事に歪みましたよ」

「「あぁ~……納得」」


 少年だった頃に友達以上恋人未満の女友達がいたが、その子の兄に姉の麗美シャランラが近づき、交友関係を見事に破壊された。

 ついでにその女子は家庭も壊され、その恨みをゼロス(大迫聡)が受けることになってしまった経緯がある。

無論、ゼロスは彼女に『姉を絶対に信用するな』と念を押したが、結局は麗美の外面の良さに騙され、忠告は無駄に終わった。


「あのクソアマ、彼女の兄貴を誑し込んで家に潜り込み、合鍵まで作り貴金属や金(通帳と印鑑)を盗み出しやがった。犯罪の痕跡を消すために偽装工作までしただけでなく、自分の罪を他の男やその家族に擦り付け、結果は家庭内で疑心暗鬼に陥り家庭崩壊。それ以来、何度ナイフで刺されそうになったことか……」

「前にも聞いたことがありますが、それってゼロスさんの所為ではないですよね?」

「あぁ……忠告もしたんだろ?」

「家庭を崩壊させられた当事者に、そんな理屈は通じませんよ。『なんでもっと詳しく教えてくれなかったのよぉ、おかげで家族が無茶苦茶になったじゃない!!』と理不尽な怒りをぶつけられましたしねぇ。そこまで関係者を精神的に追い詰めるクズでしたから」

「「………(不憫な……)」」


 おっさんの悲惨な過去に同情する二人。

 そして今のように変な人格形成を起こした。


「ですが、僕にも人並みに結婚願望はあるんですよ。奴の所為でこの歳まで独身でしたから」

「そのあたりも何となく理解できます……」

「他人に寄生するような女だったしな。しかも、吸い尽くしたらさっさと逃げ出すところがまさにダニだ。」

「お二人も身に覚えない借金を背負わされそうになりましたしから、奴のクソな性格がわかるでしょ。そんなのが身内なのだから堪ったもんじゃない」


 以前、麗美シャランラが教会に入り込んだとき、姿を偽る魔道具を利用してジャーネ達に借金を背負わせようとしたが、ゼロスの即席科学調査のおかげで難を逃れた。

 厄介な身内を抱えるということがどれだけのストレスになるかを思うと、無茶苦茶なこのおっさんにも同情したくなるものだ。性格が歪む理由が良く分かる。


「いつ現れるか分からないお姉さんに、ゼロスさんは警戒していたんですね」

「ですが奴はもういない。そろそろ自分の人生を真面目に考えるには、丁度良い頃合いだとも思いますねぇ。僕はこのまま結婚してもいいと思っていますが、やはり若いお二人にはそれなりの段階が必要だとも思う。よし、明日にでもデートしましょう!」

「話を急に変えんなぁ、即断しすぎだろぉ!!」


 おっさん、デートには凄く乗り気だった。


「うまくエスコートできるかはわかりませんがね」

「あっ、私……デートに着ていくような服を持っていません。どうしましょう?」

「アタシだって持ってないぞ。つか、んなところに使う金なんてない」

「いつもの恰好でいいんじゃないかい? 君達のような美人なら何着ても似合うだろうし、変に着飾る必要はないと思いますが」

「……ナチュラルにポイントを稼ぎに来てるし」

「真面目な表情で美人と言われると照れてしまいますね……」


 照れた表情の二人に年甲斐もなく萌えるおっさん。

 それは別として、ゼロスにとってルーセリスからのデートの提案は渡りに船だと思うところもある。

 その理由だが――。


「この恋愛症候群って、初夏あたりから発生する奇病って話でしたよね? ですが、最近になって症状の兆候が顕著に表れている気がするんですよ。もしかしたら、思っていたよりも早く精神暴走が来るかもしれないと焦っていたんですよねぇ」

「「そ、そう言われてみれば……」」


 ――恋愛症候群の兆候が日を追うごとに高まっている気がしてならなかった。

 最初はルーセリスやジャーネに会うと、妙にそわそわと思春期の少年の様な兆候程度で済んでいたが、最近ではルーセリスと会話するだけでも心拍数が高くなる。

 だが、数日前から心拍数が上がるだけでなく、性的欲求も出るようになっていた。

 ゼロスの理性が『これ、ヤバイんじゃないか?』と思うほどだ。

 このままでは本能の暴走でいつルーセリス達を襲うか分かったものではない。

 そして、ルーセリスもまた自身の変化に思うところがあり、だからこそジャーネを焚きつけようと慣れない裏工作を始めたのだ。

 ジャーネにいたっては傭兵家業のため各地に赴くことが多く、ゼロスと接触する機会はルーセリスより少ないため恋愛症候群の兆候は二人よりも低かったが、それも時間の問題である。

 この兆候は魔力波長の共振現象なので、強い波長をもつ者が傍にいると自然と症状が悪化する。要は理性がぶっ飛びやすくなるのだ。


「僕ぁ~嫌ですよ。理性をなくして性欲の衝動に突き動かされるなんて」

「アタシだって嫌だ」

「思っていたよりも事態は深刻なのかもしれませんね。やっぱり三人の距離を縮めるべきです。幸いこの兆候が出ているということは、互いに相性が良い証明になります」

「うぅ……良く分かった。デートの話、乗ることにする……」


 そう、三人は既に逃れられない運命の中にいる。

 恋愛症候群の兆候が出た瞬間から未来は確定しているも同然であった。

 だが、その兆候を無視して今のままでいると、精神暴走によってどんな行動を起こすか怖いところだ。


「フッ……いつ理性がぶっ飛ぶか分かりませんから、自我を保てている今のうちに言っておくことにします。万が一社会的に死ぬようなことになれば、場合によっては自害するかもしれませんので」

「あ、改まって、な、なんだよ……」

「僕はお二人を幸せにできると断言はできません。ですが、幸せになれるよう努力は惜しまないつもりです。互いの仲を深めるような積み重ねの時間もなく、なんだか良く分からない病状に追われて言うのは大変心苦しいところですが、あえて言います。ハァ~……僕と結婚してください」

「そ、それって……」


 おっさん、マジのプロポーズであった。

 いつもの冗談交じりのものではなく、真剣に考えての言葉だった。

 それだけ内心では恋愛症候群の症状に焦っていたということだろう。

 あまりの真剣さに二人は一瞬で顔が真っ赤に染まり、思わずルーセリスは『はい』と答えそうになったが、ジャーネは違った。


「にゃ、にゃにゃにゃ……にゃにを言って……。こんなの不意打ち……ふひゃぁ~~~~っ!!」


 唐突なマジプロポーズに混乱し、羞恥のあまりに全力でこの場から逃げ出してしまった。

 どこまでも純情純真な乙女なのである。


「急かされた感がありましたが、本気で口説いてみたんですけど……おかしかったですかねぇ?」

「いきなりすぎですよ。せ、せめてデートの後に言ってくだされば効果覿面だったかと。今も心臓が凄くドキドキしています……」

「すべては、なんだか良く分からない病気のせいです。いや、本能からくる異常行動は病気ではないのか? それにしてもジャーネさん、ほんと可愛いですねぇ」

「えぇ、それがジャーネの良いところですから」

「ところで、デートはいつにします? 結局、予定日は決まっていないのだが……」

「明日の午前中でいいのではないのでしょうか? どうせジャーネも暇ですしね」


 本人のいないところで勝手に予定日を決めていいのか一応訊ねてみると、ルーセリスは『このままだとジャーネは逃げ続けるだけですから、強引に連れ出した方がいいんです』と答える。見た目とは裏腹に容赦がない。

かくして、ジャーネの意志を無視した形でデートすることは翌日に決まった。

ルーセリスが教会へと戻っていく後姿を見送りながら、『あ~……アド君達に午前中のバラシ作業、二人でやってもらうよう伝えなきゃねぇ』と呟くのだった。


~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~


闇夜に包まれた草原にて、それは当てもなく彷徨っていた。

生物としては掛け離れたその存在は、内に蓄えた魔力の枯渇に伴い次第に力を失っていく。

それでも生きようと人里を目指し移動していたのだが、野生の動物や魔物を食らっただけでは満たされない。存在を維持しようとすればするほど魔力を失っていくからだ。

それは――歪な形状をした肉の塊であり、腕のない女性の上半身から六本の人の足が生えた異様な姿をしていた。

 腹部に縦に裂けた大きな口が目立つが、それ以外にも背中や側頭部にも大小複数の口が存在し、深海から水揚げされた深海魚のような目玉がわき腹や背中で忙しなく動き、捕食すべき獲物を探し続けていた。


「……姐さん。俺は……どうやらここまでだ」

「ちょ、またなの!?」

「もう、意識を……保てねぇ……」

「お前が消えると、あとは俺だけか……。先に向こうへ逝っていてくれ、俺もすぐに向かうからよ」

「へへへ……最後までろくでもない人生だったぜ。あばよ……ダチ公……」


 また一人、盗賊の魂が消滅した。

 捕食した人や動物の肉で構成された化け物の中に、シャランラを含む盗賊たちの魂がいくつか存在していたが、魔力の枯渇と共に一人また一人と魂が昇天していく。

 それは残された魂達に死が間近である現実を残酷に示していた。


「……残るは私とアンタだけね」

「姐さん……もう諦めようぜ。所詮、俺達は死人なんだよ。どれだけ足掻いても生き返られるわけじゃねぇ」

「嫌よぉ、私は生きるの!! いい男を掴まえて、贅沢の限りを尽くし豪遊しながら他人を見下して生きるのよ!!」

「俺ら盗賊以上のクズだな……」


 盗賊の魂は既に生きることを諦め、消滅という形で輪廻転生の円環の中へと消えていくことを望んだが、シャランラだけは欲望という鎖で生きることに執着していた。

 盗賊の魂は呆れながらも、ある意味では尊敬の念すら覚える。


「もう俺も意識を保てなくなっている。こうして話すのも最後になるだろうぜ」

「なら今すぐにでも消えなさいよ! 私だけでも生き残ってやるわ」

「だからよぉ~、もう死んでいるって……」


 何度言ったところでシャランラは納得しない。

 自分が消えたところで後に残されるのは化け物と化したシャランラだけだ。

 ならばと、盗賊の魂は小さな肉玉となって分離する決断を下す。

 化け物の身体から小さな肉片があポトリと落ちた。

 

「じゃあ、俺も潔く消えるぜ……。姐さんもぜいぜい生に執着して見せろや」

「もちろん、そのつもりよ」

「そっか……。ハァ~、ホントにろくでもない人生だったな。親父達に謝れなかったことは心残りだが、今さらか……。クズには似合いの最後だ。じゃぁな、姐さん……」


 魔力の拡散と共に魂の束縛は消え、最後の盗賊の魂は輪廻の円環へと戻っていく。

 いろいろと心残りはあるが、散々悪事を働いてきた罰だと盗賊の魂は受け入れ、一人残されるシャランラを憐れみの目で眺める。

 意識が朦朧としていく中、幸せであった頃の記憶を思い出し、盗賊は寂しげにこの世をから去っていった。

 対するシャランラはというと……。


「ウフフ……やっと消えてくれたわね。これでしばらくは魔力消費を抑えられるわ」


 シャランラは盗賊達の魂が一つ消えるごとに、自分が扱える魔力の量が増えていたことに気づいていた。

 他の魂が消えたことで消費される魔力は少なくなり、シャランラがこの世界に留まれる時間が増えたことになる。それが変態か進化なのかは定かではないが……。


「あはははは、私は生きてやるわ! そして今までのように馬鹿な男どもを誑かして、散々貢がせた後にボロ雑巾のように捨ててやるのよ! そう、私は女王なのよぉ!!」


 平原のど真ん中で、馬鹿みたいに笑いながらクズ発言を叫んでいるシャランラ。

 だが、彼女は気づいていない。

 今の彼女は今まで取り込んだ生物の影響で、その姿はすでに人外そのもの――要するに化け物であることを。

 もは人とすら交流できないほどの醜い姿だということが頭から抜け落ちていた。




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