おっさん、エロムラの称号に同情する
アーハンの村は日が暮れ、村は既に宵の闇に包まれていた。
傭兵ギルドではダンジョンからの帰還者により構造の変化の情報が齎され、以降、職員が慌ただしく動き回っている。
調査に向かった傭兵だけでなく、侵入可能エリアから帰還していない傭兵達も多く、生存が確認できず対応で右往左往しているような状況だ。
逸早く戻った勇者二人組と傭兵の三人はダンジョンの状況を報告したのだが、事情聴取で長い時間拘束される羽目になり、既に精も魂も尽き果て満身創痍。
このような大異変に遭遇することなど滅多にあることではなく、今後に生かすために根掘り葉掘り話を質問される始末。そのしつこさは犯罪者の事情聴取並みだった。
辟易したくなる気持ちもわかる。
「疲れたぁ……。なんでこんなことに……」
「運が悪かったとしか言いようがない。俺、一稼ぎしに来ただけなのに……」
【田辺勝彦】にとっては生活費を稼ぐためであったが、【一条渚】からすれば貧乏籤だ。
人災と天災によるダブルパンチ。運が悪いの一言で済まされる話ではない。
何しろ、このアーハンの坑道ダンジョンに来た理由は、勝彦による散財が原因だ。
渚から見れば勝彦は貧乏神に愛されているとしか思えない。
「田辺……アンタ、キングとかメガクラスの貧乏神に取り憑かれてない? それか、他人を不幸にするどうしようもないサゲ●ン野郎とか……」
「だから、お、俺はサ●チンなどではない! 運はあるはずだぁ、たぶん……。だいたい一条とはそんな関係じゃないだろ!」
「何度も言っているけど、アンタと関わると碌なことにならないのよ……。もう、いい加減に私を開放して。嫌なのよ、アンタの尻ぬぐいは」
「今回は自然現象! 俺の責任じゃないだろぉ!?」
確かに、ダンジョンの大規模な変化は自然現象で天災だろうが、そうした不幸を一身に勝彦が呼び寄せているのではないかと渚は思っている。
いや、思わずにはいられない。
そして、ここまで言われているのにもかかわらず、『わかった、俺もうなるべく一条とは関わらないようにするよ』と言わない勝彦は、腐っているとしか言いようがない。
ヘマしても心から反省をしない人間は、周りから何を言われたところで改善することがないため、残された手段は鉄拳制裁という物理的な矯正しかないだろう。
「あっ、もしかしたら一条が貧乏神なんじゃね?」
「…………本気で言っているなら、ブチ殺すわよ。私からお金が無くなるのは、アンタが原因よね? 何度も風俗通いして、ドブのように濁り切った不運を背負いこんできてるのよ。きっと……」
「そんなキツイ言葉をぶっこんでくるから、一条はいつまでたっても、しょ……じょ」
「あ? 今なんて言ったのかしら、はっきり言いなさい。お? 誰のせいで私に彼氏ができないと思ってるの? アンタみたいなクズが傍にいるから倦厭されてんのよ!」
「お、俺のせいなのぉ!?」
襟元を掴まれ、プロレスラーですら恐怖で失禁しそうなメンチを切られ、勝彦は大いにビビった。
渚の怒気の込められた低い声が、いっそう迫力を増大させている。
本気で殺されると思ったほどだ。
そして当然のことながら渚は本気だ。
「ま、まぁ、もう質問攻めから解放されたんだから、いいじゃんか……」
「良くないわよ。私は日帰りする予定だったのに、こんな騒ぎに巻き込まれて宿泊り……。手痛い出費だわ」
「なぁ……一条は宿に泊まるんだよな?」
「そうよ」
「じゃぁ、俺の宿代は一条が出してくれるのか? もしかして相部屋? うひょぉ~~~!」
「アンタは野宿よ。なんで私が田辺のために宿代を出さなきゃならないの? 冗談は存在だけにして」
渚は勝彦を冷たく突き放す。
彼女の目は、『もうアンタには何も期待しない。どこでも好きなところで野垂れ死んで』と語っており、蔑むだけの視線のみが勝彦に注がれる。
彼女はもう、どうしようもないほどに病んでいた。
そんな冷ややかな視線に耐えられなくなったのか、勝彦は誤魔化すように傭兵ギルド内の様に目を移す。
「せ、生存者、いたようだな……。帰還を果たした傭兵達も報告に向かっているみたいだ」
「今さらね、私達が訓練した【試練の迷宮】も時折、ダンジョンの構造が変化していたのは知っているでしょ」
「けどよ、俺達の時はせいぜい、通路があったのに行き止まりになっていたとか、気づかないような小さな変化だけだったじゃないか。よくよく考えてみると、地下にあんな広大な土地が広がって、ついでに簡易迷宮もある空間なんて物理的にもおかしいだろ。俺、途中から自分が何階層にいるのか分からなくなったぞ……」
「魔法が存在している世界なんだし、そんなこともあるんじゃない? 今さらよ。まぁ、どんな原理なのかは気になるけど……」
勇者達もゼロス達転生者側と似た認識を持っている。
例えば塔のようなダンジョンがあったとして、その内部に物理的におかしい広大な土地が広がっていたとしたら、普通なら疑問に思うものだ。
科学者や数学者であれば、様々な方向からその現象を解き明かそうとするだろうが、この世界ではそうした学問は衰退している。
魔導士達ですら大半も『そういうものだ』と受け入れており、ダンジョンとは何であるかなどと本気で考える者は一部の研究者しかいない。不可思議なものを便宜上『フィールド型の魔物』と定義されたようなもので、実際は多くの謎が解明されることもなく放置されているのが現状だ。誰もがその程度の認識なのである。
「私達に理解できない何かがある。でも考えるほどでもない……その程度の話よ」
「まぁ、確かに……。分かりやすくアイテムバックの例もあるが、あれもおかしいよな? 小さいポーチなのに大量のアイテムを入れることができるしさ」
「収納に限界があるだけマシじゃない。中には作れる人もいるらしいけど、ハンドメイド製品は凄く高いという話を聞いたわね」
「量産できれば儲けられるのになぁ~」
「作り方を知らないと無理だし、知ったところでアンタにできるとも思えないわね」
アイテムバックを作る職人は確かにいるが、そうした古い時代の技術を受け継ぐ者達は国で保護されていることが多く、特に戦争の状況を一変させかねない技術だから秘匿とされていた。
古の技術を受け継いでいるために相応の地位を与えられてはいるが、実際は爵位という名の首輪をつけられ監視状態にあり、生産性が低いのでアイテムバックの量産はできない。
希少性はあるのだろうがお世辞にも良品とは言えないのが現状だ。
「クズに、その甘ったれた性格を直さない限り職人なんて無理ね。寄生虫が独立して生きていけるとは思えない」
「寄生虫って、ひでぇ……」
「ハァ~…………お腹すいた。カレーが食べたい。ハンバーグが入っているヤツ」
「急に話を変えやがったよ……。ここは普通、和食って言わないか?」
「和食はたまに食べてるわよ。醤油や味噌は高くつくけど、別に手に入れられない物じゃない。味醂や日本酒って小売りでもわりかし高価なのよね」
「………へっ?」
勝彦の目が点になる。
そう、勇者達は等しく故郷の味に飢えている。
次元や世界線は異なるが、ゼロスと同様に彼らも米が懐かしく、同時に決して手に入れることはできないものだと思っていた。
だが、渚はたまに和食を食べているという。
その言葉の意味するところは……。
「う、売ってるのか? 醤油や味噌が? マジで……どこで!?」
「ちょっと、唐突に詰め寄らないでくれる? 妊娠したらどうすんのよ」
「するか! んなことより、どこで味噌や醤油を……」
「ソリステア商会。この辺りを治める公爵様が会長を務める貿易商会の店で売ってたわ。職人をわざわざ異国からスカウトして、国内生産してるって話ね。まぁ、まだ各地で売り出すだけの量が生産できていないようだけど。ちなみにお米はゼロスさんから格安で提供してもらってるわ」
「マ、マジかよ……。そんな近場に味噌や醤油が……ちくしょう、娼館やカジノで遊ぶんじゃなかったぁ!!」
……後悔だった。
この世界、言ってしまえば西洋文化だ。
主食はパンで、肉料理の殆どが香草をふんだんに使用した濃い味付けのものが多く、スープのような汁物も肉や骨から出汁を取るので臭みが強く、臭いを消すためにさらに香草を入れるので必然的に味がきつくなる。
だが、それは比較的裕福層か中流家庭での話だ。
一般の民達の食事と言えば、塩漬け肉で味付けする薄い塩スープが主流で、野菜で必要な栄養が取れればいいという、胃袋を膨らませるだけ料理が殆どである。
極端に味が濃いか薄いの違いでしかなく、異世界出身者にとっては、とてもではないが満足のいく料理とは言えない。食事のたびにストレスが蓄積していくだけなのだ。
いや、この場合は異世界人の舌が肥えていると言った方が正しいのかもしれない。
ソリステア公爵領は交易都市なので、香辛料や調味料の醤油や味噌も他よりもリーズナブルな値段で買え、そこそこ美味い店が多いことで有名だ。
ソリステア公爵領と王族を除けば、他の貴族領などどこも同じようなものだ。
「アンタ、料理なんて作れたの? 今まで野営のときすら手伝ったことないじゃない」
「簡単な焼肉と味噌汁程度なら作れる。小学生の時にやったじゃん。つか、なんで教えてくれなかったんだよぉ!!」
「私も、ゼロスさんから教えてもらっただけなんだけど……。食堂の料理を一品奢る約束で得た情報よ」
「あのおっさん、情報をタダで教える気はないのか……」
「情報はときにお金よりも勝るのよ? 一応、賢者のゼロスさんもそのあたりのことは承知してるでしょうし、情報を簡単に教えてくれるわけないじゃない」
通信網が発達してない文明圏でも情報はとても重要だ。
いや、通信網が発達していないからこそ情報の鮮度が命取りになりかねず、だからこそ様々な手段を用いて正確な情報を得ようとする。
特に多国間との政治に関するものや、商人同士における流通の情報は国の命運や生活に関わる重要なもので、その価値を知るからこそ対価を求めるのである。
どこぞの公爵様も、より鮮度のある情報を求めたからこそ自ら商会を立ち上げた経緯がある。やりすぎて今では裏と表で知られるほど国内有数の大商会となってしまったが――。
「田辺は商人にすらなれないわね。情報の軽視は致命的で、才能がないというより馬鹿すぎるから……」
勇者という地位が、勝彦のような愚か者を生み出してしまったと渚は考える。
異世界に連れてこられたからこそ今まで渚は情報を重要視し、少しでも多くの正確な情報を得ようと動いていた。しかし勝彦は別だ。
彼はメーティス聖法神国側から与えられるものを甘んじて受け入れ依存し、自ら考えることを放棄していた。基本的に怠け者だから簡単に利用されやすい立場へと落ちたともいえる。
与えられた特権に慣れてしまい、いざ外の世界に出てみればまともに生活を送ることもできず、散財癖も止めることができなくなっていた。
しかも当の本人が反省することがないときては救いようがない。
「流されるまま生きてるアンタに、傭兵も無理ね……」
「あの、俺は立派に傭兵してますけど……」
「お金と情報を大事にしない人が、この世界で安全に生きられると思うわけ? あと無自覚に他人を利用しようとするのを止めなさいよ。アンタに懐かれるとウザい」
「うっ……」
「うっ……じゃねぇわ。しかも教えたことを直ぐに忘れる鳥頭だし、そんなことでこれからも生きていけると本気で思っているの?」
信頼を失ったクズほど惨めな者はいない。
元からないのは無様を通り越して不憫だが、誰も助けようとは思わない。
今までの行動を顧みて、勝彦も『そう言われると、俺もつれぇ……』と言い淀む。
人任せの多い彼の傍に、いつまでも情報を集め知らせてくれる者がいるとは限らず、現に情報収集を行っていた神官達の姿はこの場にない。
自分自身で情報を集め判断する技能と知識を学ばなければ、いつか厳しい現実に押し潰される日が来るだろう。ここは愚者のままでは生き辛い世界なのだ。
「私には見える。橋の下で酒瓶を抱え、ゴミの中に埋もれたまま腐乱死体で発見される田辺の姿が」
「断言できちゃうのぉ!?」
喚く勝彦を無視し、渚は傭兵ギルドの中を見渡す。
慌ただしく動き回る職員達と、帰還してすぐに報告を迫られる傭兵達。
ギルドは緊迫した喧騒の中、渚は他人事のようにぼんやりと眺めていた。
「バザン達は戻ったのか?」
「いや、まだ帰還していない」
「見たことのねぇエリアが突然に出現してよ、俺はヤバイ気がして撤収したんだが、《金色の酒》の連中は先に行きやがった。俺は止めたんだぞ? だが、アイツらは……」
「連中、金稼ぎが目的だったからな。戻ってきていないところを見ると、今頃は……」
「仲間がキノコ人間になっちまって、襲われたから必死で逃げたんだ……。俺は見捨てたわけじゃない。あんなのどうしようもないだろ……」
「せっかく地図を購入したのに、無駄になったわ。大損よ!」
「また一から探索かよ、勘弁してくれ……」
傭兵達にとっても今回の大規模な構造変化は災難だ。
今まで調べていた事が無駄になり、クランを運営する傭兵は派遣する人材を失い、経営に受けた打撃を立て直すのにしばらく時間が掛かる。
そこそこ腕のある傭兵は多いが、その中で信頼を勝ち得ている者など少なく、これから熾烈な人材スカウト合戦が始まる。失った人材を埋めるのは難しいのだ。
このような話も渚の耳には聞こえており、つくづく傭兵にならなくてよかったと思う。
『そろそろ宿に向かおうかな……』
渚はアーハンの村に到着して早々に宿の予約を入れていた。
予定では日帰りだったが、勝彦と行動して予定通りに物事が進んだことはなく、経験から念を入れて動いていたのだ。ただし懐事情としては痛い。
いつの間にかエールを注文して飲んでいる勝彦を無視し、渚は静かに立ち上がりこの場を離れようとしたとき、見知った人物の姿を目にする。
その人物もこちらに気づいたのか、胡散臭いヘラヘラした笑みでこちらへとやってきた。
「やぁ、一条さん。無事に戻って来られたようだねぇ」
「ゼロスさんも、よくご無事で。他の傭兵達はまだ未帰還の方々もいるようで、かなり混乱していますけど」
「魔物に襲われてダンジョンに食われた犠牲者もいたからねぇ、生きて帰れただけでも御の字でしょ。ただ日帰り予定だったから宿をとってなくてねぇ、こりゃ野宿確定かな」
「被害者がいたんですか?」
「まぁ……。(正確には無人兵器に殺されたようだけど)」
何か物騒なことを聞いた気がしたが、渚はあえて追求せずにいた。
聞いたら面倒なことになりそうだと直感で回避を選択したのである。
「今日は運が悪い日でしたよね。二階層から一階層へ戻る途中にも、山火事で炎上したようなエリアがありましたから。あそこを越えるのに苦労しましたよ」
「あぁ……うん。そんなエリアもあったねぇ……。おじさんも歳だから、広いエリアを動き回るのはさすがに疲れたよ。ははは……」
ゼロスが何かを誤魔化しているように思ったが、ここもスルーする。
この胡散臭いおじさんが何をしでかしたかは知らないが、知ったら後悔するとなんとなく気づいたからだ。素晴らしい危機回避力である。
「このダンジョン、近いうちに閉鎖するみたいな話も出てますよ」
「安全を考えるなら、そうなるだろうねぇ。探索はギルドが雇った傭兵に任せることになるけど、果たして貧乏な傭兵達が指示に従うか疑問だなぁ~」
「まぁ、少なからず決まり事から逸脱する人はいますからね。これから報告ですか?」
「当たり障りのないように、知っていることをまとめて報告するさ。いろいろダンジョンについて疑問も出てきたが、専門家じゃないからお手上げだけど」
「ダンジョンって、いろいろと法則が壊れてますから」
「まったくだ。じゃぁ、面倒な報告をしてくるよ~。君達もゆっくり休むといい」
手を振ってその場を離れるゼロスの背中を見送ると、渚は勝彦を傭兵ギルドに残したままさっさと予約してある宿へと向かった。
一人残された勝彦は、しばらくした後に渚がいないことに気づき、必死になって彼女が宿泊する宿を探し当て、不審者と思われて追い出されるという一幕があった。
一人部屋に宿泊する渚に対し、『仲間なんだから一緒に休ませてくれよぉ! 野宿は嫌なんだよぉ~』などと喚き散らし、宿の主人に叩き出されたのだという。
勝彦はどこまでも反省を知らない駄目人間だった。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
アーハンの村外れにある空き地にゼロス一行はテントを張り、一夜を明かすことにした。
育ちの良いツヴェイトとセレスティーナのため近くの宿で風呂を借り、ゼロスとエロムラはテント周りの護衛に就く。当然だが風呂になどは入れない。
日本人なだけに、風呂に入れないことに対して多少思うところはあるものの、そもそもこんな田舎の村に浴場など宿泊費が高い宿くらいにしか設置されておらず、ひと風呂浴びるのにも相応の金額が取られる。
領主経営の大衆浴場のように格安でも元が取れるわけではないので、相応の料金がかかるのも仕方のないことだが、一般人には安い出費ではない。
二人を待つゼロスとエロムラは、夕食の準備をしながら気長に待っているところであった。
「……風呂、入りたかったなぁ~」
「エロムラ君は風呂場に行ったら覗きをするんだろ。また罪を重ねる気かい?」
「そのネタ、まだ引っ張るんスか……。もう勘弁してください」
「知ってるかい。犯した罪は死ぬまで消えることはないんだ……。記録にでも残されていたら、何年か後に誰かの目に留まることにもなる。そしてまた話のネタにされるんだよ」
「最悪、死後もネタにされるわけね……」
「漫画やアニメの話じゃないんだから、笑って許してもらえるような話じゃないでしょ。エロムラ君さぁ~、現実を舐めてないかい?」
ぐうの音も出ない正論だった。
『ネタにされたくないなら、もう少し考えて行動しろ』という忠告なのだが、国の監視も行き届かない法律ガバガバなこの世界で、チート能力者が常識を持って行動できるか疑問だ。
そもそも地球とは常識や価値観も異なるので、普通に行動していても文化の違いから非常識と思われことも多く、この差異に折り合いがつくかどうかで異世界出身者の運命が分かれることもある。
お調子者のエロムラは真っ先に自爆するタイプだ。
「自覚しようよ。科学捜査が発達していないこの世界じゃあ、口証言だけで死罪なんてこともあるんだよ。奴隷落ちだけで済んでよかったじゃないか」
「その後、裏社会に売られたんですけど……俺」
「そんな目に遭っているのに、君はまた調子に乗って罪を重ねるんだねぇ。学習能力が欠如しているとしか思えないんだが? 今日も股間にキノコを生やして下ネタ炸裂させてたしさ、あれって普通にセクハラだよねぇ」
「アレは俺のせいじゃないやい……」
「まさかとは思うけど、君……変なスキルや称号を獲得していないよね?」
「そんな筈は、ない…と思う……。(念のためステータスを確認してみるか)」
不幸続きのエロムラは、おっさんに不吉なことを言われたことで久しぶりに自分のステータスを確認してみる。何しろ思い当たること多すぎた。
結果、スキルにはさほど変化はなかったが、称号という部分において変なものが見つかり、驚きのあまり『ギャー!!』と叫びを上げそうな表情で固まるエロムラ。
ゼロスは自分の言ったことが的中したのだと気づく。
「エロムラ君や、やはり変なスキルを獲得していたのかい?」
「………いや、スキルじゃない。称号を持ってた」
スキルは特定の技能や技術に対して補正効果を及ぼし、戦闘や生産などの成功確率を上げる効果がある。ゲームではスキルレベルが上がることで様々な技を獲得できた。
対して称号は補正効果があるものの、レベルアップによる能力向上はなく、特定の条件下で影響を及ぼす。モノによっては不運な目に遭う呪いとなることもあった。
「称号か……」
「【下ネタ道化師】と【やらないか】って……」
「…………えっ?」
「【下ネタの道化師】は条件が揃ったとき、低確率で周囲を巻き込みセクハラまがいの行動を強制実行させるらしい」
「マジで?」
「そんで、【やらないか】なんだけど……」
「あ~……言わなくていいよ。なんとなくだけど、効果が分かった気がする……」
エロムラの泣きそうな顔が全てを語っていた。
称号【やらないか】は、自分を中心とした一定範囲内にそっち系の人がいた場合に発動し、低確率で誘引する効果を持っていた。
つまり、そっち系の者であれば魔物だろうがオネェだろうが関係なく引き寄せ、あるいはい引き寄せられ、当人の意思を無視してジュッテ~ムな世界に引きずり込むのである。
罰ゲームにしても酷すぎる。
「……つまり、発動したら逃げられないんだね?」
「いやぁあああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
エロムラ、絶叫。そして慟哭。
ある意味、彼の運命が決定したようなものである。
ゼロスもこんなふざけた称号を得てしまったら、エロムラのように叫びたくなる。
嫌な話だが、気持ちは痛いほどに理解してしまった。同情するに値する。
「なんて恐ろしい称号だ……。あぁ~だからカマミーの群れに囲まれていたのか」
「俺の所為じゃないよねぇ!? 自分の意志じゃどうにもならないんだからぁ!!」
「君だけ別の世界で生きているんだねぇ。RPG系列じゃなく、主にレディース雑誌や腐女子系のBLギャグ路線……」
「酷い、俺がいったい何をしたというんだぁ!! 人の青春の光と影を弄びやがってぇ、呪ってやるぅ~~~~~~っ!!」
「誰にだい?」
これを運命というのであれば、あまりに酷い。
神の采配というのであればエロムラにとって神は紛れもなく敵だろう。
『あっ、でもあの連中が神なんだから、エロムラ君の境遇も納得できるものが……』
この世界を牛耳る四神が原因あれば妙に納得できた。
だが、連中は無責任なだけで人間などどうでもよく、正統な後継者である邪神ちゃんにいたっては人間など塵のようなものだ。
結局、変な称号を獲得した要因は、エロムラ自身の行動の結果であろうとおっさんは判断し、勝手に納得したうえで何も言わない。
鬱陶しく嘆くエロムラから視線を逸らすと、丁度ツヴェイトとセレスティーナの兄妹が近くの宿屋から戻ってきたところであった。
「先生、お待たせしました」
「いや~、いい風呂だった……って、エロムラの奴が泣いているんだが、どうしたんだよ。師匠……」
「聞いてはいけないな、ツヴェイト君……。エロムラ君は今、人生の不条理に苛まれているところだよ」
「「?」」
エロムラが苦悶の表情で一人悶えていたが、兄妹は『どうせ、くだらない事だろうな』と納得する。
日頃の行いが悪い意味でこのような結果を招いていた。
「セレスティーナさんとツヴェイト君は、早めに休んでいいいよ。見張りの交代時間が来たらエロムラ君と僕が交代するから。いや、エロムラ君を見張りにして大丈夫なのだろうか? 犯罪歴があるし、気づかないうちに悪戯する可能性も……」
「エロムラ一人にすると、セレスティーナに夜這いを仕掛ける可能性があるか……。不安しか残らないな」
「なら、私と兄様も見張りをやりますか? 特別扱いされるのも気が引けますし」
「う~ん、クレストンさんにバレたら命が危ないから、見張りは男だけでローテーションを組むことにしよう。時間をどう割り振るか……」
「四時間おきで交代がいいんじゃないっスか? 女の子に徹夜を強いるのはちょっとなぁ~。あと、俺を性犯罪者扱いしないで欲しい」
男が三人も首を揃えておきながら、女の子であるセレスティーナに見張りはさすがに沽券にもかかわるわけで、野営の見張りはゼロス達が行うと決める。
セレスティーナも『さすがに私だけ特別扱いは……』と食い下がったが、野郎ども三人は彼女の背後にいる爺馬鹿の姿を幻視してしまい、なんとか言い含めて諦めてもらった。
野営の見張りなどやらせたと知られれば、クレストンが文句を言うに決まっている。
こと孫娘に関しては面倒くさいのだ。
「二人も戻ってきたところだし、夕食にしよう。ワイヴァーンのベーコン入り野菜スープと、パン生地を窯に張り付けて焼いたナンだけどね」
「目玉焼きもありますね。このベーコンみたいなものは何ですか?」
「龍王の肉の柔らかジャーキー……。ナンに野菜と目玉焼きを一緒に挟んで、漢前まよねぇ~ず掛けて食すが良いアルネ」
「なんで、そこで謎のあやしい外国人口調? その口調の認識は日本人の偏見だと思う」
「こまけぇ~ことはいいんだよ。食いねぇ、食いねぇ、飯食いねぇ!」
星空の元、四人はテントの前で食事を摂る。
だが……。
「このジャーキー、美味いんだけど……」
「やっぱりマヨネーズが後を引きます……」
「ゼロスさん……やっぱりヤベェよ、このマヨネーズ。本格的に売ったら洒落にならない事態になるんじゃ……」
「このジャーキーでも味で勝てなかったか……。マヨで僕は世界を狙えるかも知れないなぁ~、脳裏に焼き付くようなインパクトが中毒になる」
本日二度目の漢前まよねぇ~ずは、強力な兵器食品という印象しか残らない。
このマヨの味だけで、今日という日をどのように過ごしたのか忘れるほどだ。
あまりの美味さに麻薬のような中毒性と依存性が高いながらも、健康被害は食べ過ぎ以外で皆無。それでいて全ての料理を味だけで凌駕する破壊力だ。
はっきり言うと、料理人殺しと言っても過言ではない。
「売るなよ? 絶対にこのマヨを売るなよ? 他国に売りつけてマヨ戦争を引き起こせるレベルなんだからさ」
「それは振りかね、エロムラ君。ふむ……ここはデルサシス公爵に相談して――」
「「「 やめろよ(てください)!! 」」」
マヨネーズによる侵略戦争。
字面的にはかなり平和的な侵略戦争に思えて、本質はアヘン戦争と大差がない。死者も出ないから被害国は責めることもできないので更に悪質だ。
何しろ、ただ美味いだけなのだから――実に罪深い調味料である。
「【その美味さ、兵器級】ってキャッチフレーズ、いいと思わないかい?」
「師匠……だからソレ、洒落にならねぇって――」
「一般に出回っていい美味しさじゃないですよね。味が本当に兵器級なんですから」
「後世の演劇の役者が、『駆逐してやる……全ての料理を、一つ残らず』ってマヨネーズを片手に言いそうだよな。歴史に残るぞ、どんな演劇かは知らんけど」
「その期待に、ぜひとも応えてあげたくなるねぇ。先ずはお隣の宗教国に量産したマヨネーズを流して……」
「「「 やめれ! 」」」
お隣に今にも滅びそうな国があるので、本当にマヨで国が滅亡させることができるのか、実験として大いに興味がある。デルサシス公爵なら面白半分で実行しそうだ。
どうせ無責任な女神を信奉する国なのだからとおっさんも乗り気だが、材料のコッコの卵を大量に用意するのは至難の業だ。ワイルドコッコは弱い魔物だが狂暴でもあるのだ。
飼い主とコッコとの間で壮絶な卵争奪戦が勃発し、ウーケイ達のような規格外の存在が増えても困る。
「冗談だよ。さすがにウチのウーケイ達のような非常識な変異種が増えてもまずいでしょ、凄く残念だけど諦めるさ。あぁ……本当に残念だ」
『師匠、本当にマヨで国が亡びるのか興味あったのか?』
『凄く残念そうですね。本当に……』
『あんなコッコが増えるだと? それ、どんなラグナロク? つか、ゼロスさん……お隣の宗教国をどんだけ滅ぼしたいんだよ』
なかなか危険な話をしている最中だというのに、ゼロスを除く三人の手は無意識にマヨネーズへと向けられていた。一舐めする手が止められない。
「フフフ……けど、君達を見ていて確信した。漢前マヨねぇ~ずをメーティス聖法神国で売りさばけば、いずれ『マヨをくれよぉ……。なぁ、金はいくらでもだすから、あのマヨを俺に売ってくれぇ……』と言い出す連中が増産されること間違いなし! 実にクリーンな侵略戦争だよねぇ。想像すると面白いと思わないかい?」
『『『諦めたんじゃなかったの? それにしても、なんて嫌な戦争……。確かに血が流れない戦争だけど……』』』
ゾンビのように街を徘徊するマヨラー化した民衆。
あまりの美味さにマヨしか受け入れることができず、他の食事を摂取できず痩せ細り、マヨの生産量に限界があるため特権階級の者達がマヨを独占。
マヨの保有がバレでもすればたちまち暴徒化、民衆は口々に『マヨ……マヨォ~……』とか『マヨ……ウマ……』などと呟き、マヨを求め無気力に街中を徘徊する。
やがて国内は荒れ果て、政治経済は破綻し、ゆっくりと確実に滅んでいく。
そんな光景が三人の脳裏に過った。
「いやいや、どこがクリーンな戦争だよ! 下手したらこっちにマヨを求めて攻め込んでくるだろぉ!?」
「マヨのために多くの血が流れるぞ! ゼロスさんは楽観的に考えすぎだぁ!!」
「だめ……手が止まりません。このままでは私達もマヨラーになってしまいます……」
「いくらなんでも、マヨばかり食べてたらさすがに飽きるでしょ」
「「「 このマヨの破壊力を過小評価しすぎている!! 」」」
おっさんにとって、漢前まよねぇ~ずはガツンとくる程度の普通のマヨだ。
ゼロスは味に慣れているからかもしれないが、それ以外の者達にとっては人生致命傷レベルの美味さで、一口で確実に魅入られるのは目に見えている。
実際に国一つ潰せるほどの美味さで、ハマればその先にあるのは地獄だと直感で理解した三人。戦慄しつつもマヨを舐め続ける手だけは止まらない。
「それより、さっさと食事を終わらせようよ。後片付けがあるんだからさぁ~」
「「「このマヨ以外、何も食べたくなくなるんですが?」」」
もはや手遅れなのかもしれない。
~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~◇~~
夕食を終えると、ゼロスを残した他の三人は先に休み、一人野営の見張りを行っていた。
火の傍でツヴェイトとエロムラが寝袋で、セレルティーナはテントの中で眠っており、時折エロムラが『オネェが……オネェがぁ!』という寝言を呟いていた。
いったい何の夢を見ているのか気になるところだ。
「まだ地響きが……。ここのダンジョンは、どれだけの規模に拡張するのかねぇ。法則性が見えないし、分かることと言えばもの凄く不安定だということだけ」
いまだに地下では変化が続いており、今後どのような問題が起こるかも未知数である。
サントールの街からも近いこともあり、この異常事態がただちに収束してもらいたいところではあるが、自然現象なだけに時に任せるほかない。
『考えてみれば、スローライフには程遠い生活をしているよなぁ~……』
気軽な農業生活が、気づけば趣味にどっぷり嵌った創作生活。
ときおりヒャッハー。
ある意味で充実しているが、やっていることは適当にバイトをし、好きなことしかやらないニートのようなものだ。
いい歳してグダグダな生活を送っている。
『真面目に人生設計を考えてみようかねぇ……』
星空を見上げながら、煙草をくわえ火をともす。
ゼロスは気づいていない。自分がどうしようもないほどの趣味人であることを――。
真面目に将来のことを考えようとしても、別のことに目が移り、あっさり方向転換をしてしまう性格であることを……。
このおっさん、やり甲斐のあった社会人生活よりも自給自足生活の方が充実していたため、今さら社会の荒波に飛び込む気力が薄い。
堕落した自身に気づかず、今だけ薄っぺらい将来設計を考えるのであった。
翌朝、勇者の田辺勝彦が火の傍で涙を流しながら寝ていることに気づいた。
どうやらエロムが夜中に彼を招いたという。
朝食をすませたあと、ゼロス達は勇者二人組と共にサントールの街への帰路に就くのであった。
・
・
・
ゼロス達が野営していた地下深く……。
坑道ダンジョンの最下層よりもさらに深い場所で、ソレは蠢いていた。
定められた役割を果たすべく、化石化したかつての殻を破り、新たな根を急速に伸ばし拡大を続けている。
世界樹――この惑星を一括で管理する原初のシステムで、最近になって滅びゆく世界を再生すべく活動を始めたが、地下深くで偶然にも小さな情報集積体と接触する。
世界樹の根と情報集積体は互いに情報を共有しあい、今ある現状を打開すべく必要なプロセスを算出・実行にあたるうえで最短時間でのプランを割り出す。
これが、大迷宮が誕生する最大の要因に繋がるのだが、地上に生きる全ての者達は誰も気づくことはなかった。




