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おっさん、生物兵器を処分する



 ひときわ異彩を放つ巨大な培養槽に、これまた異様な巨人の生物兵器が浮かんでいた。

 信じられないことだがこの生物兵器は生きており、機械の目でこちらを認識しているのか、レンズに赤色の光が頻繁に明滅を繰り返していた。

 だが、これはあまりにもおかしい。

 そもそもこの施設はダンジョンが複製したものであり、言ってしまえば映画を題材としたテーマパークのようなものだ。ダンジョンが複製したものなのだから、培養槽の生物兵器が生きているはずがないのだ。

 生物兵器が生きているとした場合、ダンジョン・コアは生物すら複製できることになる。


『いや、待て! ダンジョン・コアは植物を複製させている。次元からずれた異空間内に広大な世界を構築する以上、一から植物を召喚して繁殖さるには非効率的だ。エリア構築した後に繁殖させたとして、どう考えても時間が足りないじゃない。最初から……生物を生み出す力があったということか?』


 広く見れば植物も生き物だ。

 だとすれば、魔物も複製できる仮説が成り立つ。

 しかし、生物の複製が作れるのだとすれば、わざわざ魔物を召喚し適切な環境下で繁殖させる必要性があるのか謎だ。


「なぜ生物兵器が複製されてるんだ。ベースになっている巨人族はダンジョンにとって、いったいどういう扱いなんだ?」

「ん~、考えても無駄じゃないっすかね? きっと人ならざる存在の思惑が動いてんだし」

「エロムラ君って……人生を楽に生きてるよねぇ。ある意味で羨ましいよ」

「絶対に馬鹿にしてるよね!?」


 ゼロスが羨ましいと思っているのは本当のことだ。

 人は成長の過程で様々な知識を学び、個人差はあれ学んだ知識を使い物事を判別する指標にする。ゲーム知識が実体化したようなこの世界においても同様だ。

 時には理屈に合わない現象を目の当たりにしても、持ち前の知識で現象を分析する。理解できないのは情報が少ないからだとゼロスは考える。

 しかし、エロムラはそういった難しいことは考えない。

考察は殆ど人任せで、その場の状況に流され行動する。自分にできること以外は何もやらないのでストレスを感じることはないだろう。


「……ただ、考えなしに行動して自爆もするんだけどね」

「口に出してるぅ! そういうことは、思っていても心の中にしまっておいてぇ!!」

「羨ましく思うよ。本当に……真面目に生きている側から見ればね」

「なんで可哀そうな人を見る目で俺を見んの? そもそも、ゼロスさんも真面目に生きているとは言い難いんだけどぉ!?」

「失礼な、僕はいつでも真面目ですよ。いつもいつでも本気で生きていると断言できる」


 このおっさんの場合、本気の方向性が他人と比べて大きく逸脱していた。

 常識人のような言動と行動をとることもあるが、基本的は趣味全開で遊ぶ自由人。どう考えても変人の部類である。

 道をまっすぐ歩いていたのに気分次第で突然Uターンをし、途中から直角に曲がるほど性格が捻くれている。こんな人物が真面目だと言ったところで信じられる訳がない。


「ハァ……もういいよ。口でゼロスさんに勝てる気しないし……」

――カチ!

「エロムラ君や、今……何か押さなかったかい? 変な音が……」

「えっ?」


 エロムラはゼロスに反論するのを諦めたとき、何気に手を置いた場所にあったスイッチを偶然押してしまった。スイッチの上にあるパネルではカウントダウンが始まっている。

 嫌な汗が流れる二人。

 ゼロス達が恐る恐る周囲を見回すと、生物兵器の巨人が入れられた培養槽内部が激しく泡立ち始めていた。それどころか周囲のパイプから蒸気が噴出し、圧力でネジが吹き飛び、別のパイプからは正体不明の液体が溢れ出している。


「……もしかして、やっちゃった?」

「やらかしたねぇ。奴さん、こちらを見てるよ? 友好的だと嬉しいかなぁ~」

「出てくるかな?」

「出てくるだろうねぇ……。なんか殺意をビンビン感じるよ」

「改造された上に、こんなところに押し込められれば、誰だって怒りたくもなるよなぁ~……」


 培養槽の内側で発生した泡や周囲の蒸気のせいで様子を見ることができないが、辛うじて目に入った状況は、培養槽が内側から歪み始めているところだった。

 どうやら力任せに生物兵器が外へ出ようと暴れているようである。


「アレ……倒せると思う? どう見ても対人兵器だと思うんだけどさ」

「右腕の剣は避ければいいけど、左腕のヤツはどう見てもレーザー兵器だよねぇ。レーザーをぶっ放すにしてもエネルギーはどこから供給するのか」

「お約束であれば背中の機械じゃないの? なんか、ゼロスさんが回収していた機械みたいなのが、幾つかくっついていたみたいだけど……」

「半分は生物なんだから、活動限界時間があると思いたいなぁ~」

「空腹で自滅ってやつ? 期待はできないんじゃないかな、外に出れば餌はたくさんいるしさ」

「やっぱ、ここで息の根を止めんと駄目か……。はい、こいつを使って」


 ゼロスはエロムラにM16アサルトライフルとマガジンをいくつか渡し、自分はダネルMGLを二丁両手で構える。


「それ、グレネードランチャーじゃなかったっけ?」

「映画でもおなじみのパターンで捕食再生されたら堪らんから、全て灰にしちゃおうかなと思ってねぇ。試し撃ちしてないから威力が分からんけど」

「まぁ、捕食して再生するって話もゲームじゃお約束だしな……」


 周囲の培養槽の中には人間だけでなく、獣人やエルフ、ドワーフなどの人種も見られてる。

 いくらこの施設がレプリカであったとしても、こんな形で今の時代に姿を残されるのは不本意だろう。しかも人体実験をされた無残な姿でだ。

 その中には子供や赤子の姿もあり、偽物だと分かっていても見るに堪えない。

 ゼロスが灰にしてしまおうと思うの無理なからぬことだ。

  

「そろそろ出てくるか? 後退しつつエロムラ君は奴の牽制を……。距離を取った後に僕も攻撃する」

「爆発に巻き込まれたりしない?」

「魔法障壁くらいは展開できるでしょ。あと、念のために強化魔法で身体強化をよろしく。できることはやっとけ……出てくるぞ」


 巨人型生物兵器の剣が培養槽を斬り裂き、切れ目から強引に金属をこじ開けて上半身を乗り出してきた。

 ただ、何かの化学反応が起きているのか、外気に触れた巨人は皮膚が焼けるように爛れ、異臭の混じった煙を立ち昇らせていた。


「……腐ってやがる。早すぎたんだ」

「腐女子はそりゃあ~腐ってるよ」

「いやいや、あっち(巨人型生物兵器)の事だからねぇ!?」

「こんな時になにを言っているのかね。僕ぁ~、あっち(ゲーな人)の事に興味ないよ。悪いけど、その手の話は場の空気を読んでから話すべきじゃないのかな。それより射撃準備をよろしく。使い方は分かるよね?」

「ボケにボケで返しておきながら、間違いを正そうとしてくれやしないですとぉ!? ちくしょうめ!!」


 エロムラ、八つ当たりでM16を乱射。

 全弾ぶち込む勢いだったが、途中で弾丸が見えない壁で弾かれてていることに気づく。

 体内に撃ち込まれた弾丸も、筋肉の膨張と再生能力により傷口から押し出されていた。


「なっ、ATフィールドか!?」

「いやぁ~、アレはただの多重魔法障壁でしょ。もしかして言ってみたかっただけかい?」

「つか、もうすぐ全身が出てくるんだけど、ゼロスさんはソイツをブッパしないの?」

「出口まで下がったら全弾をぶち込むよ。それなりに威力があると思うから」


 濛々と立ち込める蒸気の中、巨人は立ち上がる。

 全長は5m近くあり、頭部に眼球はなくセンサーを組み込んだ機械が取り付けられ、体形は筋骨隆々の老人のようだ。体に埋め込まれた機械が重いのか前傾姿勢、腰に負担がかかりそうだとおっさんは頓珍漢なことを思う。

 右手には禍々しくも武骨な剣、左腕には砲身が融合しており、背中の大型機械からチューブによって接続されている。おそらくは魔力を流すためのものであろう。

 腐敗から崩れた肉が床に落ち、嫌な音を立てる。

 気になるのは胸部に埋め込まれた機材で、中央のクリスタルには心臓のようなものが見える。

 どう見てもここが弱点に思えるが、先ほどエロムラの銃撃を防いだことから、弾丸で貫くのは簡単にはいかないだろう。


「今のうちに距離を稼ぐ。扉まで走れ!」

「攻撃してこないよなぁ!?」

「エロムラ君や、それはフラグじゃよ……」


 グレネードは確かに威力が高いのだが、限定された空間ではその威力が一方向に加速され、撃ったゼロス達にも被害が及ぶ。

 特に通路のような場所では尚更だ。

 今いる場所は研究施設の最深部で、グレネードの威力がゼロス達に跳ね返ることは間違いない。


「扉を出たら両サイドに隠れるぞ」

「いや、奴さん……左腕をこちらに向けているんですが?」

「ふぁっ!?」


 生物兵器が左腕を持ち上げ、砲身をこちらへと向けていた。

 通路はそこそこ広いとはいえ、両側には培養槽がズラリと並んでいる。逃げ場が限定されているような状態だ。

 砲身の内側が赤色に輝くのを見た瞬間、二人は言葉を掛けずその場を飛びのいた。

 同時に極太のレーザーが中央を通り過ぎていく。

 通路を溶解跡が一直線に伸び、発生し熱が肌をチリチリと焼いた。


「あ、あぶねぇ~……」

「あんな大出力……生物兵器に取り付けるなんて無茶でしょ。素体を傷つけるようなもんだぞ」


 ゼロスの言った通り、巨人型生物兵器の左腕に搭載されたレーザー砲の付け根からは肉が焼け、焦げ付くような煙を放っている。

 発生した熱が自身を傷つける諸刃の剣だった。

 だが、巨人の再生能力がその火傷を癒そうと内側から肉が盛り上がり蠢く。


「連発はできないようだねぇ、なら今のうちに……」

「やっぱ、生物に機械を埋め込むのは無理があるのか。SF映画のようにはいかないんだな」

「戦略的撤退!」


 走るゼロスとエロムラ。

 その背後では巨人型生物兵器が追撃しようとしているが、巨体と後付けの機械部品のせいか動きが遅く、ゼロス達の撤退に追い付くことができない。

 隔壁を抜け両サイドに隠れた二人は、追いかけてくる巨体を陰から覗き見る。


「よっし、ダネルMGLの出番だ。ぶっ飛べやぁ!!」

「ゼロスさん、そいつの威力……大丈夫なんだよな? 俺達まで吹っ飛んだりしないよな?」

「知らん!」


 そもそも試験していないのだから、どれだけの威力があるかなど答えようがない。

 しかも、この時には既に一発のグレネード弾が発射されていた。

 別に狙ったわけではないが巨人の足下に着弾し、およそグレネードと呼ぶにはあまりにも威力が高すぎて、発生した爆発が通路と周囲の培養槽を消し飛ばしながらこちらへと逆流してきた。

 二人は隔壁前の死角で避けていたものの、通過する爆発の炎に包まれた。

 魔法障壁を互いに展開していなければ黒焦げになっていたところだ。


「……なんか、威力が無茶苦茶あったんスけど」

「グレネードの代わりにエクスプロードの術式をぶっこんだだけだからなぁ~。威力は抑えたはずだったんだけど、意外に高威力だったねぇ。まぁ、こんなこともあるさ」

「それよりも、ヤツは……」


 爆発炎上した研究施設の奥、炎が燃え盛る中で動く巨体を見て、『あぁ……やっぱり』と呟く二人。魔法に対する防御力もそれなりに高いようだ。

 できるだけ消耗させるべく、右手のダネルMGLの弾倉にある五発のグレネードを撃ち込むと同時に、隔壁の操作パネルを作動させ緊急用防壁を閉じた。


「うおぉわぁ!?」


 いきなり天井から隔壁が下りたことにより、慌てたエロムラが無様に飛びのいた姿が酷く滑稽だ。


『残りは左手の六発分……。仕留められるかねぇ?』

「隔壁を下ろすなら教えてくれよ……。びびった」

「たまたま壁に非常用のボタンがあったから、賭けのつもりで押してみただけだよ。結果オーライ」

「これで奴が死んでくれるといいんだけど」

「だから、それはフラグ……うおっ!?」


 隔壁の内側から突然赤熱化した剣が飛び出し、危うく頭部を貫かれそうになったおっさんは、無様に横に転がった。

 隔壁も直撃を受けた個所から熱によって溶けて落ちている。


「マジですか!? ヒートソードを標準装備……」

「ファンタジー世界でバイオ兵器と戦うなんて、聞いたことがないんですけどぉ!!」

「いや、ホムンクルスとか、ファンタジーでも似たような兵器はあるでしょ」

「んなことより、こいつをどう倒すのぉ!? エクスプロード六回分の威力を食らっているのに、スゲェ元気なんですけどぉ!?」


 内側から攻撃しているのか、隔壁には無数の亀裂が走り、生物兵器は焼却炉と化している研究室から出てこようとしていた。

 この手の敵は、自由にさせると苦戦するとゲームでのパターンから知っているので、おっさんは嵌め殺すことに決める。だがチャンスは一度しかない。


「エロムラ君、一度だけ攻撃を受け止められるかい?」

「どうすんだ?」

「君が受け止めた瞬間に拘束魔法バインドを仕掛ける。いくらタフでも至近距離で頭部を吹き飛ばされては、生きてられないでしょ」

「OK、やってみる……」


 エロムラはインベントリから大楯を取り出し、ゼロスは拘束魔法【闇の縛鎖】と【白銀の神壁】を展開し、発動させず遅延術式としてストック状態で維持した。

 隔壁は斬り裂かれ、内側から焼け爛れた生物兵器が現れる。


「Gouooooraaaaaaaaaaa!!」

「出てきやがった……」


 流石にエクスプロード六発分の熱量に晒されたせいか、だいぶ体の筋肉は焼け落ち、両腕の武器も機械部品で辛うじて繋がっている状態だ。

 だが、どこからパワーを引き出しているのか分からないが、巨大な斧のような大剣を振りかぶり、目の前にいたエロムラに狙いを定め振り下ろす。


「こいやぁ、コラァ!!」


 エロムラが大楯で受け止めた瞬間を狙い、ゼロスが【闇の縛鎖】を発動し、漆黒の鎖で縛りつけ動きを封じる。

 間髪入れずに【白銀の神壁】を円錐状にして巨人の口にねじ込むと、手にしたダネルMGLの銃口をそのまま押し込む。


「王手」


 一言呟くと同時に引き金を引く。

 その瞬間、生物兵器の口にグレネードが全弾撃ち込まれ、内包されたエクスプロード術式が発動。大爆発とともに頭部は吹き飛んだ。

 その威力と衝撃によってゼロスとエロムラもまた派手に吹き飛ぶ。

 大楯に特殊効果が付与されていたのか、受けたダメージは大したことはなさそうだ。

 爆発に巻き込まれると想定していたおかげで、魔法障壁によって何とかケガを負わずに無事であったが、エグイ倒し方をしたことに少しばかり罪悪感がある。


「おぉう……ヤツは、ヤツは……倒せたのか?」

「いやぁ~派手に吹っ飛んだねぇ。うん、上半身ごと消し飛んでるよ。これで再生なんかしたら本当に化け物だ」

「やめてくれよぉ、俺ちゃんは平穏に暮らしたいんだ。クリーチャーとデッド・オア・アライブしたいわけじゃない」

「ファラオネェと、どっちがマシだい?」

「どっちも嫌じゃあぁっ!!」


 巨人型生物兵器は機械部品だけを残し、ダンジョンに吸収されていく。

 ダンジョンにとってどのような扱いだったのか、本当に謎だ。


「……戻ろうか」

「もう、こんな場所にはいたくない。俺、しばらくはおとなしく護衛の仕事に専念することにするよ」

「股間からキノコを生やすような君に、おとなしく仕事ができるとは思えないねぇ。いずれ『俺のバズーカはもっと凄いんだぞ』とか言って、セクハラで訴えられるに違いない」

「ゼロスさんの俺の認識って、下ネタ要員だったのぉ!?」

「バズーカと言えば、コンテナ漁ってた時にバズーカも発見したぞ? シュツルムファウストみたいなやつもあったなぁ~」

「会話してよ、ねぇ!!」


 結論、ゼロスにとってエロムラは適当に扱ってもよい玩具程度だった。

 自身の扱いに不満なエロムラは何度も異議を唱えるが、このおっさんは全く取り合おうとしない。さながらブラック会社の社長のように……。

 不遇扱いはエロムラ自身にも問題があるということを、そろそろ自覚してほしいところである。 


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 残された培養槽で標本のように浮かんでいる検体を魔法で焼き払いながら、ゼロス達はツヴェイト達のもとへ戻ってくると、彼らは酷く煤汚れた姿であった。

 どうやらエアダクトを通じてエクスプロードの威力が逆流したようだ。


「エアダクトか……。こいつは盲点だった」

「………アレ、やっぱり師匠達がやったのかよ!」

「酷い目に遭いましたよ……。突然天井や壁際から火が噴出して、いったい何と戦ってたんですか?」

「「 何って……生物兵器…… 」」


 正確にはまともに戦ってなどいない。

 要点だけをまとめると、火力にものを言わせてエクスプロードを乱発し、ねじ伏せただけである。

 ツヴェイト達は避難していたのにもかかわらず、その余波を別の階層で受けた被害者だ。


「あんなものを残しちゃいけなかったからねぇ、徹底的に灰にする必要があったんだ。ここのことが知られたら、展示されてあったサンプルみたいなのを作る連中がでそうだしねぇ」

「いくら何でも、あんな非人道的な真似をする奴がいるとは思えねぇぞ」

「甘いねぇ、あのサンプルは全て人間の所業の成果だよ。英知の探求と研究という名目のもと、そういったやばい連中は少なからずでるもんさ。この施設は……今の時代にはそぐわない代物だよ」

「先生も……先生もこんな非人道的な実験をやったことがあるんですか?」

「やってるよ? 主にエロムラ君に対して」

「「 あぁ~…… 」」

「とうとう断言しやがったよぉ、この人! 同志達もなんで納得してんのぉ!?」


 おっさんの心に一点の曇りもなかった。

 いいように扱われるエロムラにとっては災難だが、彼以外に酷い目に遭った人間がいない以上、彼は体を張って被害を受ける者達から身をもって守っていると言ってもよいだろう。

 不本意だろうが世間に貢献しているということだ。


「他の人にやると死んじゃうようなことも、エロムラ君ならある程度耐えられるから手頃だねぇ。君には期待しているよ」

「嫌な期待だなぁ、おい! このおっさんが一番、害があるじゃねぇか!!」

「失礼な、僕は実験するときも耐えられそうな人間を選ぶさ。無差別に他人を実験に使うようなイカレ野郎と一緒にしないでくれたまえ」

「俺からしてみればどっちも同じなんですけどぉ!?」


 地球(故郷)に帰りたい。

 エロムラはこのとき、本気でそう思った。


「まぁ、エロムラ君のことはどうでもいい。二人とも危険なことはなかったかい?」

「特にないな。強いてあげれば、さっきの爆風が一番ヤバかった」

「そうですね。先生が依然作ってくれたアミュレットが効果を発揮してくれたので、あの爆風でも耐えられましたけど」

「アミュレット? そんなもの作ったかな……」


 ゼロスは忘れているが、以前イストール魔法学院主催の実戦訓練のとき、ツヴェイト達を守るために作ったアイテムだ。

【ソード・アンド・ソーサリス】では大量に生産して売りさばいていたので、本人はたいして気にも留めていなかったようだが、この世界では高額で取引されるアーティファクトレベルだ。ツヴェイト達も常に肌身離さず装備している。

 一人、ガラクタの中に紛失した者もいるが……。


「とりあえず、この施設から出よう。出たらこの場所を即刻処分する」

「しょ、処分って……」

「何する気だよ、師匠……」

「破壊する……。ダンジョンがこの施設を複製したというなら、非人道的な研究資料もそのまま再現されているかもしれない。さすがに危険すぎるからさ」

「いくらなんでも、こんな悪魔の実験に手を出す奴はいないと……あっ、クロイサス…」

「身近にいたねぇ~。魔導士の本質は真理の探究だよ。まして生物兵器は国防に関わる研究だ、重犯罪者を被検体に裏で行う可能性が高い。強力かつ疲れを知らない戦うだけの兵器を理想と思うことも、充分に考えられるんだよ」


 騎士や魔導士は国から兵力として高い地位を与えられているが、装備や兵糧・兵力数の維持という面ではコストがかかる。

 戦争で怪我や死亡した場合でも見舞金を支払わねばならない。

 こうした政治的な面でも研究を推奨しかねず、方向性を変えて細菌兵器に手を出されては目も当てられない。今の時代にそぐわない遺物はただちに抹消した方がいいのだ。


「ゼロスさんもヤバイものを回収してんじゃん。どの口で言ってんの?」

「それはそれ、これはこれだよ。そもそも僕は大量生産するつもりもないし、自分が満足できればいいんだ。国に売るつもりもないんでね」

『『『 この人が一番危険なのでは? 』』』


 危険物を作るという観点ではゼロスも魔導士の研究者と同じだ。

 だが、ゼロスの場合は大量生産を行わず、自分の趣味を満たすだけで行動する。

 この引きこもり体質は最近までの魔導士派閥の魔導士達と同じだが、決定的に違うところは己の成果を誇らず、自己満足で終わるという点にある。

 そもそも今の魔導士達とは技術力に決定的な開きがあるので、再現しようとしたところで部品が作れず、数十年は時間を稼ぐことができるだろう。

おっさんは魔法という学問と技術の発展に関わる気が無いのだから、資料などで後世に残すつもりもない。ただ、ドワーフ達の手で戦車や飛行機などを製造する技術は確立される可能性が高く、時間の問題に思われた。


「要するに、大規模に被害を齎す過去の遺物なんて、存在しちゃいけないのさぁ~。その点、おいちゃんは趣味で一品作る程度なんだから安全だろぉ?」

「あの……同意を求められても困るんですけど」

「ゼロスさん自身が最終兵器みたいなもんだしなぁ~、それに比べれば安全……なのか?」

「この施設の抹消には納得する……。けどよ、ダンジョンがまた複製したらどうすんだ? また師匠が破壊しに来るのか?」

「そんときは……流れに任せる。僕は古代の危険物を回収封印する特殊部隊の隊員じゃない。たまたま目の前に存在していて、危険だと判断したから破壊するだけだよ」


 ダンジョンが勝手に危険な施設を複製するたびに、いちいち出向いて破壊する気はない。

 給料を貰っているのならともかく、ボランティア精神でそんな義理や責務も背負う気にもならない。デルサシス公爵や傭兵ギルドから指名依頼が来るのであれば話は別だが。

 こんなことを語りながら施設の外に出ると、蒸し暑い熱気が肌を焼いてきた。


「エロムラ君は二人と先に戻っていえくれないかい? この施設の破壊を確認したら後を追うからさ。派手にやるから三階層まで戻っていて欲しいな」

「了解。にしても暑いな……。施設の中は涼しかったんだが」

「エアコンが動いてたみたいだったからねぇ……」

「それじゃ先に戻ってる。ゼロスさん、くれぐれも派手にやらないでくれよ?」

「派手にやらなきゃ地下施設まで破壊できんでしょ。手加減はするけどねぇ、一応……」


 一抹の不安を抱きながらも、エロムラはツヴェイトとセレスティーナを連れ、元来た発電所の放熱施設と思しき建物に向かって歩いて行った。

 暇になったゼロスはエロムラ達の歩く速度や、元来たルートのおおよその距離から、魔法を使う最適な時間の計算式を地面に書きながら静かに待った。

まぁ、計算は直ぐに終わったが。

 しかもこのエリアは熱帯雨林、地下の広大な空間だというのにスコールまで来るのだ。突然の土砂降りにはゼロスもさすがに参った。

 雨が通り過ぎる間、廃墟の中で放置されたテーブルの上に座り、懐中時計を眺めながら時間を潰す。

 待っている間の時間が凄く長く感じたが、ふと『雨の中、派手な魔法をぶっ放す時間を待つ魔導士って、なんか絵面的にカッコよくね?』などと、少し馬鹿なことを考えたりもした。


『そろそろ頃合いかな?』


 懐中時計の蓋を閉じ立ち上がると廃墟から出て、小雨が降るジャングルの中を進んだ。

 使う魔法は威力の面では上位に入る【暴食なる深淵】だ。

 重力崩壊による破壊力で広範囲を消し飛ばす魔法だが、同種の【闇の裁き】に比べればまだマシと言えるだろう。

 ただ、洞窟が異空間化しているこのエリアで重力崩壊魔法を使えばどうなるのか、こればかりは未知数で不安が残る。


「それ以前に、魔法の効果が地下深くまで及ぶかどうか……。まぁ、試してみないことには何とも言えんか。んじゃ、始めますかねぇ。【闇鳥の翼】……」


 飛行魔法で空中に舞い上がると、手加減抜きに魔力を高め、調べた研究施設の構造から最も効果が及びやすい施設中央付近に狙いを定める。

 重要な施設は地下深くにあるので、確実に崩壊させるには地上部ごと根こそぎ消滅させる必要がある。クレーター程度で済めばよいが最悪はダンジョンに大穴を空けてしまうかもしれない。この亜熱帯の異空間が壊れないことを願うばかりだ。


『ぶち込んだら即撤退。自分の魔法に巻き込まれたら洒落にならん』


 発動までに多少のタイムラグがあるが、一度発動すればその威力は途方もない破壊力が発生する。他と魔法に比べるとこの【暴食なる深淵】という魔法は桁が違う。

 使えば確実に術者も破壊の効果範囲内に入ってしまうので、すみやかに全速力で逃げる必要があり、ある意味では自爆魔法と呼称しても過言ではない。

 

「地下深くまで威力を届かせるには、どれだけの魔力が必要かねぇ? 失敗しても地上から入れなくなればいいか。後はジャングルに埋め尽くされることを祈ろう」


 最後は結局運任せ。

 手に魔力を集中させ、潜在意識領域から圧縮された術式を引き出し、漆黒のキューブを顕現させる。

 込める魔力を慎重に測り威力を調整してはいるが、どんな結果になるかまでは発動してからではないと分からない。こればかりは感覚でどうにかなるものではなかった。


「こいつを使うのは何度目になるかね……。行け、暴食なる深淵!」


 複製施設跡地に向け漆黒の休部を投げつけると、即座に飛行魔法を解除して地上へと落下。地面に着地すると同時に上階層へのルートへ向けて全速疾走する。

 その直後、漆黒のキューブは定められた術式に従い魔法効果を発動した。

 地面の土のみならず周囲の木々や建物を呑み込み、超重力場は急速に成長しつつ、地下深くへと沈み込んでいく。

 その光景を見届けず、一目散に逃げるゼロス。

 やがて、光すら飲み込む超重力力場は崩壊現象を起こし爆縮、周囲を消し飛ばすほどの破壊力を秘めた衝撃が地下の熱帯雨林に吹き荒れた。


「間に合え……間に合え! 間に合えぇっ!!」


 背後から迫りくる衝撃波。

 おっさんは必死で原子力発電所の放熱口のような建物に逃げ込むと、そのまま上階層を目指す中、凄まじい振動が建物を揺らした。

天井や壁から瓦礫が落下してきた。おそらく、この建物の外郭は崩壊しているかもしれない。

 螺旋階段を手すりなど蹴り、跳躍を繰り返しながらショートカットで逃げるなか、ゼロスは見た。崩れていくのが建物だけでなく、この空間そのものが崩壊していく様を。

 全てがスローモーションで動く中、ゼロスだけが高速で動いているような感覚だった。

 必至で上階層へと辿り着いた瞬間、まるで見えない障壁が存在しているかのように、暴食なる深淵の破壊の波は押しとどめられる。

 まるで、1mm先から別の世界のような、そんな境界によって遮られているようであった。


『な、なんだ……この現象……』


 ダンジョンの各エリアは、坑道や通路などで繋がっており、その境界線上で爆発が起きても衝撃の波は上階層と下階層の両方に流れる。言ってしまえばトンネルのようなものだ。

 だが、今回に限り暴食なる深淵の衝撃波は、見えない次元の境界によって防がれていた。

 おそらく、この境界に一歩でも踏み込めば暴食なる深淵の効果に巻き込まれるろう。


『これは、ダンジョンの自己防衛作用なのか? 煉獄炎焦滅陣ではこんなことはなかったのに……。内側の異常に対し空間断層によって遮断? 嘘でしょ、紙一枚分の薄さもないぞ』


 まるで神の御業のようだ。

 空間を破壊するような魔法に対し、あらかじめ対策を練られていたと考えるべきだろう。


「アンビリーバボ~だねぇ……。世界は神秘に満ち溢れている」


 対策が取られていたとすればおそらく、惰眠のパジャマ神の親ともいえる前任の観測者が考えられる。神とはどこまで見通しているのか底が知れない。

 そんな中、ゼロスの目の前では一定の空間内を歪め拡張された一つの世界が崩壊していく様を眺め続けた。


「ダンジョン内で重力系の魔法は控えた方がいいな。後が怖い……」


 消滅していく熱帯のジャングルエリア。

 崩壊していく世界はやがて収束して無へと還り、空間を遮る境界が消えた頃には下層へと続く傾斜のある坑道のみ残された。

まるで最初から熱帯雨林など存在していなかったように――。


『戻ろう……。罪悪感に苛まれたところで、しでかした事実は消えないし』


 煙草に火をともし、嫌なことを忘れるかのように第三階層のギリシア風迷宮エリアに急ぐ。

 しばらくはここに来たくないと思いながら……。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 岩肌だらけの洞窟を抜けると、純白の迷宮へと辿り着いた。

 整然と立ち並ぶ大理石の柱は、今も誰かが手入れをしているかのように磨き抜かれ、加工された石材で組まれた迷宮の壁面や石畳には、明らかに高度な文明の名残を残している。

 ダンジョンが世界の歴史を情報として各エリアの構築に利用しているのであれば、このエリアの元となった文明が気になるところだ。

 そんな美しい迷宮で唯一傷跡のように開いた道を抜けると、そこには弟子二人とエロムラ達が、ゼロスが戻ってくるのを待っていた。


「おっ、ゼロスさんが戻ってきたぞ」

「師匠」

「先生」


 おっさんを待っていた二人はゼロスの下に駆け寄ってくる。

 エロムラだけはゼロスの心配していなかったようだ。


「戻ったよ、魔物の襲撃は?」

「このエリアの魔物はゴブやゴーレム系が多かったな。エロムラだけで全部片づけたけど」

「魔石はともかく、石を残されても困りますよね。これをどうしろというのでしょうか?」

「弱いゴーレムだったからさ、わりと簡単に倒せたよ。ゼロスさんの方はどうだったんだ? なんか、凄い地響きが伝わってきたんだけど……」

「万事つつがなく終わらせたよ。さんざん待たせてたところ悪いけど、そろそろ地上に帰ろうか。なんかいろいろと疲れた……」


 ヤバ気な研究施設を潰したことよりも、一つの広大な世界を消滅させたことに酷い罪悪感を覚える。

 同時にダンジョンの不思議も目の当たりにしたが、今はどうでもよかった。


「……無事に帰れるといいよな」

「エロムラ、それを言うなよ。本当に帰れなかったらどうすんだ」

「エロムラさんが言うと、その言葉通りになっちゃいそうですよね」

「フラグ回収率が高いからねぇ」

「皆、俺の扱いが酷すぎる……。もっと大事にしてよぉ、褒めて甘やかしてくれよぉ!!」

「「「 断る。(お断りします。) 」」」


 エロムラが大事にされることはなかった。

 哀愁漂う彼の背中は、まるで梅雨の湿りきった空気のように陰鬱として鬱陶しい。

 こうして四人は来たルートを辿り、幸いエロムラが言うようなフラグ回収もなく無事に地上へと帰還を果たした。

 


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