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おっさん、ダンジョンの謎に直面する



 未知の存在とは、魔物でも人間でも初見で遭遇した時点での脅威度は計り知れない。

 何の情報もなく、考える暇も与えられず、即座に行動の選択を迫られる。

 そこで重要となるのは経験という情報だろう。

 では、経験が足りない場合はどうなるであろうか? 

 特にダンジョンという予測のつかない環境下では、最も必要となるのは危機察知能力。生物が放つ気配や敵意・殺気を感じ取れる能力だ。

 傭兵や旅商人などは一般人に比べ危機に関する直感は高いのだが、なら殺意や悪意といったものを持たず、ただ純粋に動くモノを攻撃する相手と出くわした場合はどうなるであろう。ましてソレは生物ですらない。

 そして、ソレと比較できる対象を知らなかった場合は? 

 複数の要因や運、そこに行きつくまでに得られた情報と行動が合わさったとき、単純で残酷な二つの結果が生じる。生か死のどちらかだ。

 なぜこのような話が出したのかだが、それは――。


「剣や革鎧……リュックに散乱した戦利品の数々。ここで死んだ傭兵達がいたようだねぇ」

「御遺体はもう見当たらないですね……」

「このエリアでリタイアか……。最後はダンジョンの餌だなんて、嫌な死に方だな」

「傭兵ギルドに報告しても、これじゃ被害者の判別は難しいよなぁ~。死体すら残してねぇんだもん」


 アスファルトの上に残された夥しい量の血痕と、その周辺に散乱する装備品や戦利品の数々から、帰還の最中に傭兵達が一方的に攻を撃受け全滅した痕跡を見つけていた。

 襲撃したのはゼロスが全滅させた無人攻撃ロボットだと思われる。


「あの傭兵三人は、運が良かっただけのようだねぇ。いや、もしかしたらこの場で犠牲者が出たから逃げ切れたのかも……」

「事実なら、結果的に囮になったということだな。本当に嫌な死に方だ」

「報われませんね……」

「迷わず成仏してくれよ。南無阿弥陀仏……」


 常識が通用しない空間世界、それがダンジョンである。

 こうした悲劇は世界各地にあるダンジョンで必ず起きており、とりわけ珍しい話でもないのだが、現場を見てしまった者達にとっては他人事で済ませられる話ではない。

 いつ自分達が同じ末路を辿るか分からない、非情で無常で冷酷な現実を容赦なく示しているからである。


「警備用ロボットは全滅させたけど、他にはいないのかねぇ? 建物が木々で覆い尽くされてるから、この施設の全容が全く分からない」

「わかりやすいのは、上の階層から降りてきたあのサイロみたいなやつなんだけどな……。あれ、いったい何の建物なんだ?」

「たぶん、発電所の放熱用煙突じゃないかい? そう考えると納得できるものがあるんだけど、そうなると『じゃぁ、この施設はいったい何なんだ?』という疑問が出てくる」

「軍用施設なんじゃないの?」

「一言で軍用施設と言っても色々あるよ。推測だけど秘密の研究施設だったんじゃないかな? 知らんけど」

「いい加減だな」


 いい加減だと言われても、それ以外に応えようがない。

 ゼロスは周囲のものから木々の中に埋もれた遺跡の全容を知ろうとしているのに対し、エロムラは疑問だけを投げかけるだけで、自ら答えを導きだそうとはしていない。

簡単に軍事施設と言ってくるところを見ると、それ以上のことを知ろうとする努力をする気が無いように思える。


「比較的原形をとどめている建物を重点的に調べよう。下りてきた場所が発電所の放熱施設だとすれば、研究施設も配線の通しやすい地下にある可能性が高い。どこかに地下へと通じる場所があるはずだ」

「発電所ってなんなんだ? 師匠」

「魔力を利用して別のエネルギーを生み出す施設と呼ぶべきか……。要するに膨大な電気を発生させる施設のことだよ」

「電気って、雷のことですよね? あの力を生み出して何に使っていたんでしょうか?」

「建物の明かりや機械を動かしていた。ロボット――あのゴーレム達を作り出す機械を動かすのに必要だったから、こうした施設が作られたんだ」

「魔力だけじゃ駄目なのか?」

「魔力だけで全ての機械を賄うことは無理だね。魔力は数ある現象に変化する性質があるけど、性質変化した魔力は元に戻る性質もあるんだ。溜め込んでもすぐ魔力に戻り大気に拡散してしまうんだよ。一時的に溜め込めるだけでも上出来さ」


 魔力で生み出された現象は全て魔力に還元するという性質上、エネルギーとして貯蔵するには無理がある。

 機械的に生み出された電力であればバッテリーなどに蓄えることは可能だが、魔力で生み出した電気は全て魔力へと戻ってしまい、せっかく電気に変換しても意味がない。

 しかも世界に満ちる魔力は有限だ。

 また、各地で魔力の性質変化を利用した魔導力発電施設を建築した場合、一斉に稼働させた瞬間に世界中の魔力がそこに集中し、ファーフラン大深緑地帯のような危険地帯が生まれてしまう。別の場所では魔力不足に陥る地域が出てくる可能性も高い。

 魔導力機関は、魔力が性質変化と還元を繰り返すことで稼働する永久機関に近く、人為的に止めない限り壊れるまで稼働を続ける。

 だが、機械である以上は人の手で整備をする必要性があり、永久に動かし続けるなど不可能な話だ。


「魔導力機関を大規模な発電に利用したら、ファーフラン大深緑地帯のような場所が増えるだろうし、生態系が完全に破壊される。それを示す例がイーサ・ランテさ、あそこの電力は地熱発電で賄っていたからねぇ。魔導力機関は都市中枢の別動力としてしか使われてないんじゃないかな」

「クロイサス兄様が喜びそうな話ですよね」

「研究馬鹿だからな、アイツ……」

「構造を知ったら魔導力機関の試作品を作ったりして……。つか、この場所知ったら嬉々として突撃してくるんじゃね?」

「笑えねぇ冗談を言うなよ、エロムラ……。あいつなら絶対にやるだろ」


 こと研究という話が絡むとクロイサスは信用が置けない。

 知的好奇心を暴走させ、それこそ危険を顧みず突撃することが目に見えている。そしてとんでもない被害を周囲に齎すのだ。

 そんなクロイサス君は現在、自室でクシャミをしつつ魔法式の解読作業に専念していた。

 

「研究施設があるのであれば、物資搬入するのにもそれなりに大きな建物が必要……。特に空輸がそうだ。だとするなら………あの辺の建物があやしいか?」


 ブツブツと呟きながら、ゼロスは周囲の状態からそれらしき建物の場所を予想する。

 建物自体は木々繁殖で埋まっており、他の建物も崩壊し落ち葉などが長い年月をかけて堆積して土と化していたが、痕跡は簡単に隠すことはできない。

 マッピングもしているので、ある程度は施設の配置を読み解くことができた。

 自身の予想を信じ、ゼロスはこれだと思える場所に向かって歩き出す。

 そして一行が辿り着いた場所が、格納庫跡と思しき場所だった。

 金属の枠組みだけを残し、壁や屋根などは完全に崩落しており、不自然な平原が出来上がっている。おそらくは滑走路かヘリポートのような場所だったのだろう。

残された建造物の瓦礫の手前には、明らかに自然のものとは思えない長方形型の窪地が二か所存在しているのを発見した。

 土砂や腐葉土で埋まってしまった地下通路だろうと仮定する。


「………エクスプロード(弱)」

「おわぁ!?」

「ひょわっ!?」

「いきなり魔法をぶっ放すなよぉ、一声かけてくれぇ!!」


 何の合図もなしに溜まった土をエクスプロードで吹き飛ばすと、予想通り地下へと続く通路――搬入口が現れた。

 ここから物資を搬送していたのだとすれば、奥はおそらく物資保管庫と思われる。

 おっさんの期待値が高まり、興奮を抑えられない。


「フフフ……この先になにがあるのか、実に楽しみだねぇ。魔導文明期の機械が保管されていたら、おじさんのテンションが上がっちゃうよぉ~♪」

「いや、もう既にテンションが高いだろ」

「あの……先生? 魔導文明期の魔道具は、全て国で調べることになっているんですけど」

「あのおっさんはもう、お宝しか目に映ってない。何を言っても無駄だぞ」


 今にもスキップしそうなほど上機嫌のゼロスは、我先にと足を進めた。

 そう、もし多脚戦車の部品などが存在すれば、一から製作せずに修復できる。

 改造するにも部品製作には鉱物資源が必須なため、ここで部品を大量に発見できれば、採掘した鉱物を別のことに使える余裕ができる。

 打算的だがおっさんとしてはこの波に乗る気だ。


『敵は機械だ。ここは武器を銃に変更するかねぇ』


 旧時代の兵器に生半可な攻撃――特に剣や魔法は通用しない。

 純粋な物理攻撃でないと倒せないことは多脚戦車戦で証明済みだ。

 選んだ武器はM16アサルトライフル。気分はもうどこぞの特殊部隊のようだった。

 先行して通路の角に差し掛かると、ゼロスは静かに奥を確かめ敵の存在を確認。いないと判断してから無言でツヴェイト達を呼ぶ合図を送る。


「ここは……」

「物資格納庫……いや、集積場か? コンテナがあるぞ」

「この中には何があるのでしょう」

「開けてみるかい? 意外と面白いものがあるかもねぇ」


 にやけるおっさんの悪魔の囁き。

 ツヴェイトもセレスティーナも旧時代の遺物には興味があり、どんなものが残されているのか大いに気になっていた。何しろ魔導文明期の魔道具は恐ろしく性能が高い。

 だが、魔導文明期の遺物には何かと法がらみのものが多く、発見次第報告と献上の義務があった。


「凄いものがあったとしても、国に接収されるんだよな……」

「ツヴェイト君、君は何か忘れてやしないかい?」

「何をだよ、師匠」

「ここはダンジョンが作り出した魔導文明の複製物だよ? 遺跡から発見されるならともかく、ダンジョンから発見された物の所有権は発見者にある。つまり……」

「ちょっと待った! まさか師匠、ダンジョンから発見されたことを口実に魔導文明の遺物を……」

「ここは最近になって作り出されたものだよ? 複製品を果たして遺物と言えるのかい?」

「屁理屈だろぉ、それぇ!!」


 確かに、ダンジョンが作り出した複製品という理屈は合っているかもしれないが、発見されたモノ次第では報告する義務が生じる。多脚戦車などの兵器であれば尚更だ。

 だが、このおっさんは懐に入れる気満々である。

『複製品だろうと、魔法文明最盛期のものだったら国に預ける必要があるだろ』とまともな反応を示すツヴェイトと、『どんなものが発見されようと、ダンジョンが生み出した事実は消えない。強力な効果を持つ剣だって、発見した傭兵達のものじゃないか。旧時代のものだという括りをつけるのはおかしい』と反論するゼロス。

 どこまでいっても平行線である。


「お二人とも元気ですね」

「まぁ、ゼロスさんなら疲れたりしないだろう。さて、コンテナの周りは錆びついているけど、肝心の中身の方はっと……」


 騒がしいゼロス達を無視し、ちゃっかりお宝を狙うエロムラ。

 コンテナ本体の外見は錆びついているように見えるが、中身は長期保存を目的とした構造をしており、意外なほど綺麗なままであった。

 しかし、その中に収められていたものは――。


「うおっ!? いきなり警備用ロボットかよ……。しかも真新しい」

「まさか、この箱の中に収められているものは全て……。攻撃してきませんよね?」

「動かさなければ大丈夫だろ。こっちのコンテナは部品……いや、これは何の機材だ?」

 

 結論から言って、コンテナの中身は新しく搬入されたであろう警備用ロボットとその部品。他はキーボードやスイッチが並んだ何かの操作を行う大型の機材だった。

 コンテナの一つ一つを確認していくエロムラの後ろで、ゼロスがインベントリ内に片っ端から回収していく。一つも残す気はないようだ。


「あっ、ノートパソコンを発見。けど、電源がないと使えねぇな」

「ほうほう、こいつは良いものが出てきたねぇ。この施設の備品として搬入したが、使われる前に滅んだと見るべきかな? だが……」


 そうなると益々この施設が何なのか謎が残る。

 多脚戦車や警備用ロボットの存在から軍事施設なのはほぼ確定しているが、コンテナなどの中身が回収された形跡がなく、戦闘後にそのまま放棄されたと推測することができる。

 多脚戦車の鑑定結果でこの施設は強襲を受けたことが判明しているのだが、襲撃された原因が何であるのかは謎だ。過去の歴史をどこまで忠実に再現されているのかも気になるところだ。


『強襲を受けるほどの軍事施設ということは、何かの研究をしていたのかねぇ?』


 あらかた回収を得たゼロス達は隣の部屋へと慎重に踏み込むと、そこは整備中のまま放置された戦車や警備用ロボットを整備するハンガーだった。

 速攻で擱座している戦車と警備用ロボットを回収。


「先生は、そんなにゴーレムばかりを回収してどうするんですか?」

「ん~、外装は金属に戻して、中の機材は調べてから使えそうなやつを利用するよ。魔導力機関は発電機を動かす動力に使って……あっ、バッテリーはどこかに無いかな?」

「やりたい放題ですね。これって横領になりますよ……」

「リサイクルすると言ってくれないかい? そだ、無傷のコンテナもいくつか回収しておくか」


 そもそも今の魔導士達にこれらの兵器群を渡すのは望ましくない。

 その理由として、魔導士達にはこれらの兵器を止める手立てがなく、調査中にうっかり暴走を引き起こされたら犠牲者もかなり出てしまうだろう。

 碌な知識もないのに不用意に国に引き渡すのは、あまりに危険だ。

 無論、これはゼロスの後付けの理由であったが……。


「おぉ、これは液晶モニター! こっちは電子部品! いいぞ、これでデスクトップくらいは組めそうかな? OSはどうしよう……回収したノートPCから移植しようかね?」

「マジで賢者だったんだな、師匠……」

「最近、すっかり趣味の人って認識が定着してましたから……」

「PC作れても、エロゲーができないんじゃ意味ないな。インターネットも無いんじゃ、俺には宝の持ち腐れだし」


 エロムラの最低発言。

 だが、方向性は違うがある意味においては真理でもある。

 彼のような専門家でもない人間がプログラムを組んだりすることはなく、ノートパソコンでも精々ワープロの代用や必要な情報の検索くらいしか利用しないだろう。仮にサイトを開いたとしてもこの世界では誰も見ないので意味がない。

 宝の持ち腐れというのも間違ってはいないのだ。


「一応、インターネットも軍事目的で造られた技術なんだけどね。命令系統を一本に絞るのではなく、多角的な情報の伝達と共有を目的としたものだし」

「それって、戦場で命令を下す本陣が一つじゃないってことか? 逆に混乱しないか?」

「魔導文明期の遺物を見る限りだと、文明はかなり高度な発展をしていたようだよ。当然だけど戦争のやり方が今とは違うわけで、敵の攻撃でいきなり本陣が潰されることもあった。けど、別の場所に命令を下す施設があれば、動いている部隊に作戦を継続して伝えることが容易だろ?」

「なんか、恐ろしい世界だな……」

「そうでもない。国家の全てが大量破壊兵器を一つでも保有していれば、必然的に大きな戦争は起こらないさ。国家同士で牽制しあい、軍事力を迂闊に使うことができなくなる。戦争するにも正当性が認められない限り世論から吊し上げを食らうから」

「小競り合いの戦争はあるってことじゃないか」

「あとはテロ活動かな? そこまで来ると経済重視の世界になるから、軍の運用は防衛にシフトするね。侵略戦争なんて金ばかり掛かるから、やる意味がない」


 ゼロスの簡単な説明を聞き、ツヴェイトは頭を抱えた。

 そう、今の時代において戦場で武勲を立てることは名誉だが、魔導文明期は戦争など無意味という真逆の時代だという。

 大量破壊兵器を国同士でチラつかせ牽制し合う状況など、ツヴェイトにはとても平和とは言い難く、一歩間違えばその兵器で悲惨な戦争が引きおこる綱渡りにしか思えなかった。

 それでなぜ経済重視になるのか理解できずにいるのだ。 

 ゼロスは『そんなに難しく考えることかねぇ』と、実に他人事である。


「武器が同等なら、引き起こされる悲劇や齎される被害の予想はつくでしょ。それでも優位に立つには、他国を圧倒する経済大国になればいい。それが無理な小国家なら、技術大国になることで無視できないほどの発言権を得ればいいのさ。どんな形でも経済で他を圧倒できれば武力で恫喝なんて意味はなくなるだろ? 貿易で国の利益を共有するのも、逆に経済圧力をかけて潰すのも今だって変わりないんだから」

「理屈ではそうだが、納得がいかねぇ……」

「リアルな戦争よりも欺瞞に満ちた平和の方がマシなのさ」

「ゼロスさん、それってパクリだろ。あと、銃で遊ぶのは感心しないぞ。ツキが落ちる」


 M16を構え遊んでいるゼロスにエロムラが突っ込む。

 おっさんとしては、ツキを落としまくっている彼にだけは言われたくないセリフだった。


「先生、もうここは調べ終わりましたので、先を急ぎましょう」

「そだね。未来のことは若者が考えることさ。未来が真っ暗な若者もここにはいるけど」

「仕返しにしてもそれはひでぇよ……」


 ぼやくエロムラを無視し、さらに奥へと進んだ。

 施設内でやることはコンテナを荒らすこととさほど変わりない。

 部屋を見つければとりあえず家探しし、何かの部品を発見すれば即座に回収。正体不明な機械もとりあえず回収といった具合だ。

 奥に進むというよりは地下に降りるといった表現が正しく、施設の部屋を全て調べてから階段を下り、階層ごとしらみつぶしに漁ってゆく。

 地下13階辺りの研究施設を前にして、今までとは異なる隔壁で塞がれた部屋の前に到着した。その部屋は物々しい金属の自動ドアによって塞がれ、奥に行くには壁に埋め込まれた機械にカードキーを差し込まねば開かない仕組みだ。

 しかしゼロス達は事細かく探索したので、カードキーは既に発見している。

 

「ここまで13階層。まだ先があるのか……しかも随分と物々しい」

「俺の予想だと、どう見ても何かの研究施設だよな? ここまで来るのに妙な研究資料を見たから、なんとなくそう思っていたんだけど……」

「研究施設だとなんか不味いのか? これだけ朽ちているんだから、重要なものなど残っていないだろ」

「どうだろうねぇ、軍用武器すら放置してあったんだよ? 放棄されるほどの危険な施設である可能性が高い。資料のいくつかを少し読んだけどさ、かなりヤバい研究をしていたみたいだねぇ」

「先生、その研究資料の内容を詳しくは………教えてはくれないんですね」


 無言で手を振りながら資料内容の開示を拒否しつつ、ゼロスはカードキーをスリットに通す。

 持ち主が誰かも分からないカードキーの暗証番号を読み取り、金属製の扉はゆっくりと開き始める。ゼロス達がそこで見たものは――。


「……ゼ、ゼロスさん……。アレってもしかして……」

「間違いない。アレは……」

「師匠、アレがなんだかわかるのか?」

「私には円形のリングを模したオブジェにしか見えないんですけど」


 ゼロスとエロムラが見たものは、VRRPG【ソード・アンド・ソーサリス】ではお馴染みのものだった。しかしツヴェイト達には初めて見る機械である。

 ――転送ゲート。

 ゲーム内では世界各地を飛び廻ったことは懐かしい思い出だ。


「……転送ゲート。存在していたのか」

「この施設、転送実験をしていたのかよ。まさか空間跳躍の人体実験にまで手を出していないよな?」

「充分に考えられるよ。非人道的な実験を行っていたことがバレたから、関係者ごとこの施設を消そうとしたのかもしれない。不都合な真実ってやつかもねぇ」

「こうした施設って、秘密にできるものなのか? 建築するにも物資搬送の記録でバレるんじゃね?」

「施設そのものは設計通りなんじゃないかい? ただ、どんな実験を行っているのかまでは外部に秘密だった。それが何らかの理由で知られ攻撃されたと考えるべきかな? そもそも、オリジナルの施設がどこに建築されていたのか分からないんだから、当時の状況なんて知りようがないんだけどね」

「あっ……忘れてたけど、ここはダンジョンの中だったっけ」


 憶測の域を出ない空論。

 だが、それ以外にも何かがもありそうな気もした。

 ここはダンジョンが世界のどこかにある施設を複製したものだ。歴史の裏に埋もれた施設を忠実に再現しているとしたら、このエリアのさらに奥に不都合な真実が隠されている可能性もある。

 ジャングルに覆われて全容は判明していないが、発電施設を持った軍事施設などかなり大規模な基地だったに違いのだから。


「転送ゲート……か、もしかしたら完成品もこの世界のどこかにあるのかねぇ?」

「奥の部屋……どこまで続いているのかは分からないけど、このパターンだとそろそろヤバイ施設が見られるんじゃね?」

「いくかい?」

「怖いもの見たさで……」


 ゼロスとエロムラは先にある真実を知る気満々だ。

 話に入れないツヴェイトとセレスティーナは互いに顔を見合わせる。

 この二人にしても、知らない歴史を知っるということに少なからず興味が湧く。例えそれが人の倫理観を逸脱した非合法的なものでもだ。


「君らも来るかい? 正直に言って、この部屋から先に進むのはあまりお勧めできないんだけど」

「い、行きます!」

「旧魔導文明はとにかく謎が多い。文献からでも断片的なものしか分からず、実際にどのような国家だったのか研究者や考古学者が遺跡などから調べている。これは真実の一端を知るチャンスだ」

「僕は、ちょいと嫌な予感がするんだけどねぇ。着いてくるなら覚悟も決めた方がいいだろう」


 歴史には知らなくてもよい真実というものがある。

 暴いてしまったことでこれまでの常識が覆ることや、場合によっては人という種に対して嫌悪感を抱くこともある。再現された過去の遺物とはいえ、高度な文明の裏側など知る必要はないと思う。

 だが、魔法国家の貴族として生まれ、魔法という力に対し理想を胸に抱く二人の決意は固いようだ。


「不都合な真実があるのだとすれば、それを知っておく必要があると思います」

「俺も同感だ。魔法という技術の可能性は俺も信じているが、綺麗なものばかりではないことも既に覚悟はしている。俺はこの施設で何が行われていたのか知りたい」

「歴史に埋もれた人の悪意かもしれないよ?」

「それでも俺は知りたい。いや、知らなくてはならない気がする」

「私もです」


 二人の決意は固いようだ。

 調査を進めながら通路の構造をマッピングし、建物の構造をおおよそだが理解した。

 この研究施設はアリの巣のような構造で、地下に進むにつれ施設は広くなっていき、階層ごと各研究分野に分けられているようであった。

 転送装置の実験場や薬品などの研究、兵器開発のようなことも行っていたようだ。

 特に細菌を培養研究する施設もあったことで、ゼロスとエロムラはこの施設の存在理由をおおよそ把握した。化学兵器の開発施設だ。

 そして、更に下層へと進んだとき、ゼロスとエロムラが予想した通りのものを発見した。

ツヴェイト達にはその光景があまりにおぞましいものであった。。


「うぷっ!」

「ひ、酷い……」

「生物の改造……やっぱりやってたな。上の階層で細菌の研究施設もあったから、もしかしたらとは思っていた」

「生物兵器……魔物を改造していたようだねぇ。ただ、この先にはもっと酷いものがありそうだけど」


 様々な映画を見てある程度の免疫があるゼロスとエロムラでも、並び配置された培養ポッドの中に浮かぶ実験動物達の姿は、あまりにも酷く顔を背けたくなるほどだ。

 全てが奇形生物で、中には解剖されたまま保存されているものもある。機械が埋め込まれた個体も存在していた。


「この先……? ま、まさか!?」

「ツヴェイト君が今想像したことは当たっているかもねぇ。ここは魔物ばかりだけど、奥にはおそらく人体実験の証拠が揃っていると思う」

「こ、こんなの……悪魔の所業じゃないですか。なんでこんな酷い事ができるんですか!」

「人を救う技術も、悪用すれば悪魔の技に早変わりだよ。逆にこうした実験から多くの人々を救う技術が生まれることもある。何事にも二面性はあるさ。これが悪い方だねぇ」

「魔導文明は、高度な技術を生み出した偉大な文明だと思っていたが、こんな倫理観を無視した真似をしていたとは……。俺達もこのまま進めば……」


 ツヴェイトとセレスティーナは魔法と技術の行きついた先を見てしまい、青ざめた表情で項垂れていた。余ほどショックだったのだろう。

 気が付くと、傍にいたはずのエロムラの姿が見当たらない。


「あれ? エロムラ君はどこに……」

「お~い、ゼロスさん! こっちに凄くヤバイものがあったぞ!」

「何を発見したんだか……。君達はこれ以上、先に行くことはお勧めしない。僕はエロムラ君のところ向かうから、先に転移ゲートのあった研究室まで戻っていてくれ。これ以上は見ない方がいい」

「そうさせてもらう」

「………正直、これ以上は見るに堪えませんから」


 一時的にツヴェイト達と別れ、急ぎエロムラの声のした奥へと向かったゼロス。

 やはりというべきか、培養ポッドの中に浮かぶ人体実験の被験者の姿が両サイドに陳列されており、思わず『ファンタジー世界はどこへ消えた』と突っ込んでしまった。

 まるで近未来のホラーアクション世界に迷い込んだ気分だ。

 

「おっ、きたきた。ゼロスさん、こいつを見てみろよ。すげぇよ」

「………うっわ」


 エロムラが発見したものは、巨人族をベースにサイボーグ化した生物兵器だった。

 かろうじて人型の原形はとどめているが、右腕が巨大な剣で左腕がエネルギー兵器を思わせるような砲身。胸部や廃部に埋め込まれた機械やチューブの数々がより悍ましさを引き立てている。

 しかも……。


「嘘でしょ……。これ、生きてんの?」


 この生物兵器は生きていた。

 ここに来て、ゼロスは新たなダンジョンの謎にぶつかったのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ソリステア魔法王国がある北大陸から遥かに離れた南大陸の内地。

 その上空3000メートルから地上を見渡す一つの影が存在した。


「ふむ……ここはまだ機能停止はしておらぬようだな。いや、休眠状態だったところ急激に魔力が失われ、緊急事態と判断し一部の機能が活動し始めていたというところかのぅ」


 誰に聞かれるともなく呟いたのは、かつては邪神と呼ばれた存在で、現在【アルフィア・メーガス】と名乗る高次元生命体である。

 彼女の基本的な役割は一つの次元世界を管理することであるが、最近までその能力を行使することがかなわず、長き時を封印されていた。

 今は管理権限の半分ほどを取り戻したが、それでも次元世界を管理することは叶わず、毎日惑星外から地上を監視し四神の動きを調べている日々を送っている。

 だが、四神の残り――フレイレスとアクイラータが動かない以上、能力が中途半端に機能している今の彼女にできることなど限られている。

 そこで残りの二神を探すのを一時中断し、世界の再生に動くことにした。

 アルフィアは惑星中を飛び回り、かつての創世期に残されたシステムを探しあて、少しでも機能していないか調べていた。

 結論から言えば、殆どが完全に活動を停止した化石状態で発見された。

 それでも諦めず慎重に調査を続けたところ、ついにその一つを探し当てることに成功した。


「……しかし、その活動も弱々しいのぅ。まぁ、我が力を注げば何とかなるやもしれん」


 アルフィアの視線の先には、砂漠の中心にある巨大な山脈。

 いや、山脈というにはその形状はおかしかった。

 そこは岩場だけの巨大な山脈が、砂漠の中心に忽然と存在している。しかも上空から確認すると、その場所は多少歪だが恐ろしく巨大な円形をしていた。

 これが本当に山脈であれば不自然な形状だ。


「先ずは結界を張り、生きているところだけを活性化させる。うまくいけば急速に成長してくれるじゃろう」


 彼女が感じ取っているのは物質世界には本来であれば存在していない力だった。

 性質的にアルフィアに近い。

 だが、その力の輝きはあまりにも弱々しい。

 儚いまでに消え入りそうなその力の拡散を防ぐべく、アルフィアは半径200kmの結界を張り巡らせ保護すると同時に、高次元から流入し続けるエネルギーを慎重に流し込む。


『むぅ……今の我では力の調整が難しい。本体も抑えてくれてはおるが、やはり不完全な状態では苦戦するか……』


 悪戦苦闘しながら高次元からのエネルギーを絞り同調させ、あるべき機能を活性化させてゆく。一度活性化すると後は爆発的に再構築と増殖を始めた。

異変は直ぐに目に見える形で起こる。

 岩だけの山脈が突如として崩れだし、岩肌の内側から突き破るように急速で成長してくる生命力に満ち溢れた木々。まるで蛹からの脱皮のようだ。

 実際は木々ではなく、全てが一本の巨大樹から生える枝であった。

 広大な砂漠の真ん中で、突如として広がり始める緑地帯。

 虹色に輝く青葉からは膨大な魔力を放出し、結界内部を濃密な魔力で満たしてゆく。


「目覚めたか……惑星環境制御システム。〈ユグドラシル〉よ」


 それは、世界再生の始まりであった。


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