おっさん、無人機多脚戦車と相対す
勇者二人と別れたゼロス達一行は、傭兵から得た情報を確かめるべく、一路ダンジョンの奥へと進む。
ギリシア風建築様式の回廊を右折し、迷宮をただひたすら真直ぐに進むこと約30分、壁に一か所だけ開いた洞穴を発見。情報通りならこの先に熱帯のジャングルエリアがあることになる。
周りが歴史ある遺跡の壁ぽっかりと開いた洞窟は、見た目にも異様だった。
「情報によると、この先は亜熱帯エリアということだ。砂漠ほどではないが、無茶苦茶蒸し暑い場所だということが判明している。水分補給はこまめに……あっ、生水には注意しようねぇ。飲んだらおそらく腹を壊すはずだから」
「師匠、なんで腹を壊すんだ? たかが水だろ」
「熱帯地域などでは、水が湧いている場所で雑菌が繁殖している可能性がある。そのまま飲むより一度沸騰させて熱殺菌しないと、その雑菌によって苦しむことになるんだわ。また、未知の病気も考えられるから注意してほしい。あつ、マスターなモスキート伯爵にもだね」
「ゼロスさん、もしかしてマラリアのことを言っているのか? 確か蚊が媒体になってたっけ」
「エロムラ君は病気に罹りそうには思えないねぇ。アクが強そうだから」
「それ、どういう意味ぃ!?」
『何とかは風邪ひかない』、『病気の方が逃げていく』などと失礼な言葉を思い浮かべたが、あえて言わないことが優しさである。
何よりも当の本人が意味を理解したのか、恨みがましく涙目でゼロスを睨んでいた。
正直に言って可愛くない。
『野郎のふくれっ面なんて萌えねぇなぁ~』が正直なところだ。
「注意事項はこの位にしておく。この先にあのロボットと同種のモノがわんさかいると思うと、不思議と滾るものがあるよねぇ」
「ロボットって、ゴーレムのことですよね?」
「ゴーレムの別称ってことだろ。なんか、師匠とエロムラは共通の認識を持っているように思うんだが、俺の気のせいか?」
「俺とゼロスさんは故郷が同じだからな、似通った知識を持っていることもあると思うぞ。そんなに不思議がるなよ、同志」
エロムラは、ツヴェイト達の前では自分が転生者だという事実を隠している。
そんな彼を見てゼロスは、『なぜ、普段からそうした気配りができないんだろうねぇ? 実に不思議だ』と、心の内で呟く。
全くもってその通りだった。
「ここを抜けたら銃弾が飛び交う戦場だったりして」
「師匠……物騒なことを言うなよ」
「私、なぜか嫌な予感がしてきました……」
「同志もティーナちゃんも心配性だな。あんなのがゴロゴロいるわけないだろ。いたとしてもゼロスさんが全部スクラップにしちゃうだろし」
「だといいんだが……」
無駄話をしつつ、四人は洞窟の奥へと進んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「エロムラよ……話が違うぞ。物騒じゃないんじゃかったのか?」
「…………そう思っていた時期が俺にもありました」
「ひぃ~~ん!」
洞窟を抜けると、そこはマジの戦場だった。
正確に言うと洞窟だったのは途中までで、熱帯雨林エリアへ続く道はエロムラとセレスティーナが良く知る、巨大なサイロを思わせる形状の建造物から非常階段を下りてきた。
魔導文明期の地下都市イーサ・ランテの街並みが、そのままジャングルに覆われたようなエリアだったのだ。
どうやら軍事施設のようで、建物や格納庫らしい建築物の全てが大森林に覆い尽くされ、少数だが防衛用のロボットが徘徊し魔物を駆逐している。
傭兵達はどうやってこのエリアを抜けてきたのか不思議なほどだ。
「あのゴーレム、なぜ魔物を攻撃しているんでしょう」
「たぶん、動体識別装置で攻撃対象を判断しているんだと思う。鳥以外はすべて敵と認識しているんじゃないか?」
「動物すら敵かよ。あんなのを作ったのが人間だとして、昔は敵味方の識別をどうやってたんだ」
「この手の予想だと、味方識別コードなんかで判断していると思うんだが、残念ながら俺達にそんな道具はない。ゼロスさんなら作れそうな気もするけど」
こうして話している間にも、ツヴェイト達が隠れている瓦礫の上を銃弾が飛び交い、流れ弾がコンクリート製の壁を削り取ってゆく。
瓦礫を挟んだ裏側では、巨大な蜘蛛がハチの巣にされてダンジョンの糧になって消えていく。
「こんなヤバイ場所を、あいつらはどうやって抜けてきたんだよ」
「あ~……そんときは防衛システムが作動してなかったんじゃないか? 傭兵達がどこかでうっかり作動させちまったと考えれば、一応の納得できる」
「なぜかエロムラさんが冷静です……。ハッ! これは……夢ですね」
「ティーナちゃんが酷い」
「「「 それにしても…… 」」」
カメラの範囲内に生物がいないと判断したのか、多くのロボット達は銃撃を止めた。
そこを見計らい、いきなり木々の陰から強襲した黒い影は、瞬時に脚部と頭頂部にあるグレネード砲を両断し、脚部を破壊して機動力を奪っていく。
こんな真似ができるのは一人しかいない。
「ハハハ、楽勝だねぇ。一度攻略方法がわかると簡単だわ」
『『『 元気だなぁ~…… 』』』
上機嫌でロボットを戦闘不能にしていくおっさん。
全滅させると動力を停止させ、さっさと機体ごと回収していく。
『フレームは鉄とアルミニュウム、ステンレスやアダマンタイトの合金か。上のエリアで戦った奴に比べて質がいい。この魔動力機関が大量に余るなぁ~、何に使うべきかね』
ロボットを倒せば必ず一つは魔導力機関が手に入る。
しかし、どれも大量生産の消耗品らしく、対応年数がどれくらいか判断できない。
趣味にいろいろと生かせそうで夢が広がった。
「師匠、終わったのか?」
「どうだろうね。上のエリアで戦った奴に比べて性能は高いし、部隊を組んで戦闘を行っていたところを見ると、予想通り司令塔がいる信憑性が増したと見るべきかねぇ」
「それだと、この場に留まるのはヤバくね? 移動した方がいいんじゃないの、ゼロスさん」
「今戦ったのは拠点防衛用……しかも最初に戦った奴より武装は優れているし、部品数も多い。こちらが正式なガードロボットなんだと思う」
『『 それを刀で両断してんじゃん…… 』』
ツヴェイトやエロムラでは傷一つ付けられないロボットを刀で倒すゼロス。
分かってはいたことだが、あまりの無敵っぷりに呆れるしかない。
「素朴な疑問ですが、なぜダンジョンに魔導文明期の武器があるんでしょうか? これって魔物ではありませんよね」
「「 あっ…… 」」
セレスティーナの疑問は、冷静になれば誰しもが思うものだ。
ダンジョンは地下空間に魔力が空洞などに滞留し濃度が高まることで内部に異空間を生み出し、その領域内に広大なフィールドを形成し魔物を繁殖させる。魔物はダンジョンにとって餌でもあり、内部で生息する生物の生命力や魂といったものを吸収して成長していく、自然現象という名の魔物という認識が一般的だ。
ゴーレムやガーゴイルといった魔物は生物とは異なるが、本質は精霊や妖精などに近く霊質的で、鉱物などに宿ることで物質的な魔物と化す。負の想念が死体などに宿りゾンビとなるのと同じ原理であるため、霊質的なエネルギーはダンジョンの糧に含まれるのだが、ロボットは魔物や霊質的な存在が憑依した生命体ではない。
命や霊質的な力を持たない人工物がダンジョンの糧になるはずもなく、まして繁殖させるような真似も不可能だ。ダンジョンの常識を当てはめると、どうしてもロボットが動き回るこのエリアは異常で異質に思えてくる。
「ゼロスさんはどう思ってんの?」
「根拠のない推測ならできるよ。ダンジョンは事象から情報を読み取ることが可能で、たまたま魔魔導文明期の遺跡が存在していたジャングルが再現された。兵器は生物じゃないから繁殖できるわけじゃないし、召喚されるはずがない。そこにあった旧文明の情報から地形や遺跡ごと構築されたと考えた方が自然でしょ。コレが一番納得できる説なんだけど」
「3Dプリンターみたいに?」
「情報を読み取るって……。そんな能力をダンジョンが持っているものなんですか?」
「だが、実際に兵器が闊歩しているわけだし、師匠の説にも頷けられるものがある。ということは、あの兵器共は偶然の産物ってことになるぞ?」
ゼロスは根拠のない説としているが、内心では少なからず根拠を持って言える。
例えば、ダンジョンからは【時観の水晶】や【時映しの鏡】、【鑑定のモノクル】といったアイテムが稀に発見される。
この手のアイテムはダンジョン限定で発見され、人間が作り出すことが難しく性能も酷く限定的だが、ここでの疑問は『どうして過去や現在の情報を読み取るアイテムが生成されるのか?』、この一点にある。
『過去を読み取る』ということは『事象を見る』ということだ。
【鑑定のモノクル】は鑑定対象の情報を読み取るアイテムだが、読み取るにはどこからか情報を引き出さねばならないはずであり、次に『その情報がどこからくるか?』という疑問が出てくる。それはゼロスや勇者達の持つ鑑定スキルと酷似していた。
知らない植物や物の情報を教えてくれる鑑定スキルだが、鑑定対象の情報はどっからくるのかは不明で、この世界の民が稀に持つ鑑定スキルとは性質に大きな違いがある。
魔導師や商人達が使う鑑定スキルは、学び培った記憶情報を脳裏から引き出すため情報の出どころは判明しているが、ゼロス達のような転生者や勇者の鑑定スキルは情報の発信源が不明のままなのであった。
まぁ、これはあくまでこの世界の一般的な常識の話だが。
「ダンジョンは過去や現在の事象を情報として読み取り、亜空間領域を作り出し内部で再現する力を持っていると見るべきかねぇ。こんなものが自然発生することが異常だよ」
「それ、勇者って連中が使う鑑定スキルと法則性が似ていないか? 文献だと、奴らはこの世界に来て知りもしない情報を、鑑定で知ることができるって話だが……」
「似てるねぇ。ダンジョンに事象から情報を読み取ると仮定して、そうなると世界中の情報を調べられるだけの高度な情報検索機能と処理能力を持っていることになる。やろうと思えばそれ以上のこともできそうな気がするよ」
「いや、ゼロスさんの言うことをまとめると、ダンジョン内って限りなく現実に近いヴァーチャル空間ってことかにならないか?」
「ダンジョン内部に再現された植物や建造物は触れられるし、ダンジョン外にも持ち出すことができるんだから、仮想世界と言えるかどうか……。ただ、ダンジョンの性質を知れば知るほど、怖い考えに行きついちゃうんだよなぁ~」
「「「 変な考え? 」」」
「世界そのものが仮想世界だってことだよ……」
地球でも一部の者達から提唱されている仮想世界論。
現実的に考えて否定させられることが多いこの理論だが、この異世界においては逆に信憑性が増す。『この世界が何者かの空想によって構成されている』などと、普通なら暴論だと思われるだろう。しかし、ゼロスは観測者と呼ばれる存在を知っているだけに否定することができない。正直これ以上のことは考えたくもない。
誰だって『自分という存在も疑似的に構築されているだけで、実際には存在していない』などと思いたくないだろう。それこそオカルト雑誌に掲載されるような内容だ。
「謎解きは別の誰かに任せるさ。もう、僕じゃ手に負えん」
「そ、そうだな……。こうした理論の考査は学者がすることだ。俺にも理解できん領域だし」
「理解したら現実が信じられなくなりますよ、兄様……」
怖い考えに至ってしまった三人は、そこから先の考察を止めた。
なまじツヴェイト達兄妹は頭の回転が早いだけ、存在のジレンマに陥りそうになり、得体のしれない恐怖から逃げたのである。
暢気なのはエロムラくらいのものだ。
「ゼロスさん、ふと思ったんだけど」
「なにかな、エロムラ君」
「もしも工場などの生産プラントがダンジョン内に再現されていたら、合体ロボが作れるんじゃね? 魔法を応用すれば物理的に無理なこともある程度可能になるし」
「ふっ……エロムラ君や、僕がその考えに行きつかないと思っているのかね。普通に考えても無理」
「えっ、そうなのか?」
「形を維持するだけなら可能だろうけど、動いてしかも戦闘をこなすとなるとさぁ~、関節部に掛かる尋常ではない負荷に耐えられないんだよ。仮に魔法で負荷を軽減できたとしても、大量の魔力消費で形を維持できなくなる。結局は自重で瓦解するのが目に見えてる」
「魔法でも駄目なのか……」
「今の魔法は物理法則からは逃れられないんだよ。できるならとっくに僕が作ってる。少なくとも人型は無理だねぇ」
おっさんもエロムラのロマンを求める魂は理解できる。
しかし物理法則の壁を超えるのは生半可なことでなく、それこそ技術と膨大なデータの蓄積が必要だ。生産プラントが存在していたとしても超えねばならない課題がいくつもあり、どだい巨大人型ロボットなんて製造は不可能である。
まして変形合体など無茶だ。
「まぁ、人型じゃなければ作れるかもしれないけど、大きさに限界があるだろうねぇ」
「8mくらいのロボットなら可能なんじゃね?」
「見た目は人型でも、形状はかなり歪になると思うよ。重量を支える太い足、重い武器を扱うための巨大な腕と動かすための機械。そして搭乗者が乗り込む操縦席とスペースを保護するための分厚い装甲、制御に必要な各種精密機材……。全部を総合すると絶対にゴリラだ」
「それは……かっこわるい」
形状が人型に近づくほど重力下でその形状を維持するのは難しくなる。
アニメやSF物の映画などでお馴染みの人型ロボットだが、確かに汎用性は高いが実際に製作すると役に立たなくなる。むしろ動物型の方が安定して動かせるだろう。
実用的な面を取るのであれば人型にこだわるなどナンセンスだ。
「そう、例えば……あんな感じのヤツが理想的な形状になるかな」
「「「えっ?」」」
何気におっさんが指さす方向を三人が振り返ると、そこに戦車のような機体が瓦礫の中に埋もれていた。おそらくは建物の崩壊に巻き込まれ、瓦礫の下敷きになったのだろう。
しかし、よく見ればそれは戦車などではなく、クロウラーの代わりに六本の脚が存在していた。前方部には可動式のマニュピレータがクワガタの顎鋏のように突き出している。
「……タ、タケミ●ヅチ」
「エロムラ君や、ところかまわずアニメネタをぶっ込んでくるのは止めないかい? 形状が全く違うよ。ちなみに僕はガン●ッドの方が好きだ」
「知らねぇよ! 俺、劇場版なんて観たことねぇし! 中古本を書店で軽く読んだだけだから」
「コレ、師匠がぶっ壊してたやつよりもデカいな……」
「昔はこんなゴーレムで戦争をしていたんですね」
この時、ゼロス達は大事なことを忘れていた。
魔力を動力源に稼働するロボットは殺意というものを持っていない。
しかも機体には外部に魔力反応を遮断する金属装甲で覆われており、外見からは壊れているのか待機中であるかの判断できない。魔力反応に敏感な魔導士でも見抜けないほどだ。
要するに――。
――ヴゥゥゥン……。
――このロボットはまだ生きていた。
いや、良く調べ装甲の経年劣化状態に気づければよかったのだが、このときのゼロス達は井戸端会議中。しかも瓦礫に埋まっていた。
必要最小限の機能以外停止していたロボットが稼働し始めていたことに、四人揃って気づけないでいた。そして……このロボットはゼロスが倒していた警備用ロボットよりも情報処理能力が高い。味方識別コードを感知できない生命体に対し敵と認識する。
そして、二本ある巨大なマニュピレータがゆっくりと持ち上がり、先端部に搭載されたレーザー砲の照準が四人を捉える。
「なんか、妙な音が……って! 危ない!」
マニュピレータの駆動モーターが放つ音で、ロボットが攻撃態勢に入っていたことに気づいたゼロスは、咄嗟に魔法障壁を展開。
その瞬間にレーザーが直撃する。
「こいつ、動くぞ……。生きてたのか!?」
「損傷が少ないから、瓦礫の中で休眠状態だったんじゃないかねぇ? 敵を認識して再稼働したんだと思う」
「敵って、私達のことですかぁ!?」
「普通に考えてそうだろ。それよりも埋まっているうちに逃げるぞ。こいつが瓦礫から這い出してきたら俺達じゃどうしようもない」
「時間を稼ぐから、君達は安全な場所に隠れてくれ。さぁ、パーティーやろうぜぇ」
『『『うわぁ~、すんごく生き生きしてるぅ~……』』』
刀を引き抜き構えるゼロス。
ツヴェイト達は急ぎ近場の建物の中に避難してゆく中、ロボットは飢えに降り積もった瓦礫を落としながら、立ち上がろうとしていた。
埋もれていて分からなかったが、なんと上部にミサイルポッドまで搭載している多脚戦車だった。
「なるほど……。陥没した穴に嵌った上から瓦礫で埋められたのか。つまりコイツと同じ状態のオリジナルが、世界のどこかにあるということかな?」
呟きながらも鑑定スキルを使い、少しでも情報を得ようと動くゼロス。
鑑定の結果――。
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【TST-X103試作型多脚戦車】
【武装】
主砲88mm魔導式砲。
7.52mm対人用ガトリングガン×上部に左右2門。
作業用腕部高出力レーザー×前方部に左右2門。
八連装マルチプルミサイルランチャー×二基。
バリケード破砕作業用マニュピレータ×2腕。
【概要】
魔導文明初期に製造された多脚戦車。
第387独立機甲部隊に所属する局地戦仕様の戦闘試験車両。
搭乗者2名。
装甲は鉄とミスリル、ダマスカス鋼の複合合金製。
有人機だが無人機としても使用可能。
無人機として使用した場合、識別コードがない対象物に対し無差別に攻撃を加えてくる、融通の利かないデータ収集用の実験機で欠陥機。
アルハラン軍ローメリア基地への強襲戦にて防衛側で参加し、爆撃で空いた穴にはまり瓦礫で埋没。一時的にシステムダウンしたまま放置された。
搭乗者は無人攻撃システムを作動させ離脱。
その後、撤退中に味方による爆撃に巻き込まれ、両名共に二階級特進した。
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『おう……頼んでもいないのに知らない歴史が……。つか、88mm――アハトアハトだとぉ!? そいつは素敵だぁ、大好きだ!!』
余計な文面が気になるが、今は目の前のロボット――多脚戦車に集中することにする。
瓦礫の中から這い出してきた多脚戦車は、見た目があまりにズングリしていた。
「何というか、ティーガーの車体を延長して、無理やり腕や脚、ついでに大型ミサイルポッドを搭載したような形状だねぇ。こんなのいい的だろ、実用的じゃない」
フォルムはドイツ軍戦車のティーガーが近いが、六本の太い脚によって車高が高く、前方のレーザー搭載の腕は車体の下に折りたたんでいる。
ボディに走るブルーの光のラインが近未来的だが、車体デザインそのものがクラッシックだ。
正直『なぜ普通に戦車にしなかった!』とゼロスは叫びたい。
車体形状がどうみてもヤドカリにしか思えなかった。
センサーが明滅し、砲塔上部に取り付けられたガトリングガンがゼロスへと向けられる。
そして――。
ヴゥゥゥウゥン……Gagagagagagagagaga!!
――容赦なくぶっ放した。
ゼロスは銃弾を避けながら懐へと詰めると、太い脚を刀で斬ろうと試みる。
警備用ロボットと同じ手法だ。
だが、多脚戦車は太い脚の装甲を開くと同時に空気圧によって浮き上がり、戦車とは思えない 速度でバックしつつ、重心移動で態勢を変えてゼロスの斬撃を避けてみせた。
同時に車体下に折りたたんだ腕を突きだすと、レーザーを乱射する。
「急速ホバーによる離脱からレーザー攻撃……くっ、ミスト!」
走りながら霧を生み出す水魔法【ミスト】を発動させ、レーザーの威力を半分以下に下げつつ、多脚戦車に搭載されたカメラに映らないように木々を蹴りって飛び廻り、照準を合わせられないように立ち振る舞う。
多脚戦車から見れば何かが高速で飛び交っているように見えるだろう。
センサーで動体感知はしているが照準を合わせられず、ガトリングガンも銃身を動かすだけで混乱していた。そこにゼロスは斬撃を加える。
砲塔に存在するガトリンガンの一つを潰すことに成功した。
「チッ……この手応え、装甲が厚いだけでなく強化魔法で硬度を上げているのか。この刀……【迅雷】も気合入れて作ったんだがなぁ~……」
ぼやきながら二基目のガトリングガンを使用不能にしたが、二度の攻撃で迅雷の刃が欠けてしまった。
対人用の武器は壊せるが、本体を倒すにはかなりの強度を持った武器で戦わなくてはならないようだ。超重量の武器で戦うのもいいがロマンがない。
地面に着地しどうするか悩んでいる最中、多脚戦車の太い脚の装甲が突然開き再び猛烈な勢いで空気を吐き出し始める。
『ま、まさか……』
思った瞬間、総重量がどれほどあるのか分からない車体が、まるで弾丸のように加速しゼロスへと迫る。
「いやいやいやいや、その加速力はおかしいってぇ!!」
ご丁寧に脚部を開いて車高を下げ、完全にゼロスを轢き殺す気満々の体勢で猛然と突進してくる多脚戦車。瞬間的に発生させる加速力が異常だった。
突然の猛加速で焦ったゼロスは判断を誤り、ギリギリで迫る多脚戦車を左に避けたのだが、多脚戦車は片側三基のホバー出力を引き上げながら重視移動も駆使し、その場で急速スピンする。
加速と回転によって突進の威力が上がった機体の左脚部に接触し、ゼロスは派手に跳ね飛ばされた。ギリギリで避けたのが仇となったかたちだ。
「ぐはぁああああああぁぁぁっ!?」
木々を薙ぎ倒し建造物の壁面にそのままの勢いで叩きつけられる。
「師匠!?」
「先生!!」
「なんだよ、あの加速力……。あの図体でどうやって……」
隠れていた様子を窺っていたツヴェイト達は、あまりの衝撃的な光景を見て驚愕した。
非常識なまでに無敵なおっさんだと思っていたのに、多脚戦車はそれを圧倒する強さを見せていたのだ。弟子二人には信じられない事態だった。
エロムラも多脚戦車の信じられない性能に絶句する。
「うっ……ぐ……。瞬間的にあんな真似ができるのか……。いや、もしかしたら倒した他の警備用ロボットと情報を共有していた!? だとしたら……」
多脚戦車は建築物を瓦礫に変えながら直進し続けるも、姿勢制御を行いながらスピン状態から態勢を整えつつ砲塔を稼働させ、照準をゼロスに定めた。
コックピット内のモニターではガンカメラが標的を映すと、照準を示すレティクルが標的をロックオンし、88mm魔導砲に弾を装填させていた。
回転状態から復帰した多脚戦車の砲身の向きを見て、ゼロスは嫌な予感が背筋を走り抜ける。
「それ、卑怯でしょおぉ……って!?」
咄嗟に身をひるがえし体強化と障壁魔法を発動させ、その場から急いで跳んだ瞬間。轟音が響き渡った。
放たれた砲弾によって地面は大きく抉れ、体にかかる強烈な爆風の衝撃波によって豪快に吹き飛ばされたゼロス。その勢いのまま荒れた地面を転がった。
『いっつ……。ヤバイ、先ほどの近距離砲撃で耳が……。それより奴は……ゲッ!?』
おっさんは自分が思っていた以上に頑丈だった……。
しかし、そこでおっさんは見た。
背部に搭載されたミサイルランチャーのカバーが展開していることを……。
自分を中心に囲むように発射されたミサイルを――。
「容赦ねぇええええええええぇぇぇぇっ!?」
感情のない機械になにを言っているのか。
叫ぶおっさんは派手な爆炎に包まれた。
「おい、嘘だろぉ!? 師匠……」
「先生!!」
「いや、ゼロスさんならあの程度の爆発くらい耐えられるだろ。それよりも自分達の心配をしようぜ……」
「「 えっ? 」」
エロムラの指摘にツヴェイトとセレスティーナは多脚戦車に視線を戻す。
砲塔がゆっくりと動き、砲身をこちらに向けようとしているところだった。
「「に、逃げろぉおおおおおおおおおぉぉぉぉつ!!」」
「いやぁああああああぁぁぁっ!!」
響き渡る砲声。
連続して放たれる砲弾。
逃げるエロムラとツヴェイト、そしてセレスティーナの直ぐ背後で、砲撃によって瓦礫に変わってゆく旧時代の建造物。
ミサイル攻撃で発生した熱量により、熱センサーがゼロスを捉えられなくなったことから、多脚戦車の戦略AIは標的をツヴェイト達に変更したようである。
普通の人間であればこれで終わっただろうが、残念なことにゼロスは普通ではない。
劫火のような炎の中に揺らぐ黒い影。
そして、急速に増大する魔力。
この魔力反応にマナセンサーは異常として感知し、多脚戦車は砲撃を一時的に中断。
車体をゼロスのいる方向へ向けた。
そう、炎の中にいたのは、元ガンブレードであったバレットM82A1アンチマテリアルライフルを構えたおっさんの姿があった。
「派手にやってくれたじゃないか。こいつはお返しだ」
銃身から漏れ出すように発生した余剰プラズマが迸り、銃口内では高電圧によって磁力が生じ青白く輝くと、ローレンツォ現象によって加速した銃弾が閃光の矢となって放たれた。
その光弾は旋回中の多脚戦車の右脚部付け根に直撃し、六本ある前部の脚二本をもぎ取った。
右側の脚が二本失い、姿勢を維持できなくなった多脚戦車は、車体下部に折りたたんだ二本のマニュピレータを足代わりにして支え、転倒を防ぐ。
グラつく車体を維持しつつ、砲塔を稼働させゼロスに照準を合わせようと動いているようだが、ゼロスがこの好機を逃すはずもない。
攻撃される前に間合いを詰め、すかさず多脚放題の上に飛び乗った。
『このまま壊すのはもったいない。乗り込んで自動攻撃システムを解除できれば……』
このおっさん、ここに来て多脚戦車もゲットする気だった。
砲塔上部の開閉ハッチから内部に入り込み、計器類は鑑定スキルを駆使しながらチェックを始める。
『えっと……こっちは火器管制システムで、こっちはセンサー……。ん? 自動攻撃システムの制御はこの上のやつかな? このスイッチを三つ上げて、赤いボタンと青いボタン……』
内部に敵の侵入を許してしまった多脚戦車。
こうなるともはや打つ手などない。
自動攻撃システムを切られたことにより攻撃方法を奪われ、ついでとばかりに動力部の稼働スイッチをオフにされたことにより、完全に無力化されてしまった。
多脚戦車は魔導力機関の停止によって魔力の供給を絶たれ、装甲やフレームを強化していた魔導術式も停止したことにより、不安定なバランスで直立していた車体は急速に力を失い、大きく揺らぎ倒れていく。
多脚戦車の中にいたゼロスは、車体が地面に崩れ落ちる衝撃を操縦席の中で受けることになった。
「いだだ……こ、腰に……」
軍用車両なだけに、多脚戦車にも快適性は求められてはいない。
もろに衝撃で腰を打ってしまったおっさんは、痛みに耐えながらも操縦席から這い出てきた。
「先生、大丈夫ですか!」
「あんな武器があるなら最初から使ってくれよ。酷い目に遭った……」
「同志、ゼロスさんの性格を分かっていないな。このおっさん、最初からこの多脚戦車をガメるつもりだったんだ。絶対に面白おかしく改造するに違いない」
「ふっ……当然さ。バラして内部構造をじっくり調べてみたいじゃないか」
このおっさん、旧時代の兵器を調べるだけではなく、その先の改造すら視野に入れていた。
だが、なまじティーガー戦車よりも大きく、とても一人では手が足りそうにない。
「暇そうなエロムラ君は手伝い確定で、それ以外はアド君とクロイサス君を巻き込もうかねぇ。ふふふ……ファンタジー世界で戦車が猛威を振るうと思うと、こう……ゾクゾクしてこないかい?」
『『うわぁ~……マジだよ、この人』』
『これ、地上に持ち出すんですか? クロイサス兄様が喜びそう……あっ、嫌な予感が』
ゼロスがヤバイ人だという事実はツヴェイト達もよく知っていた。
だが、もう一人のヤバイ人に気づいたのはセレスティーナただ一人だけである。
『混ぜるな、危険』コンビが再び揃うかどうかは神のみぞ知るである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二階層、マミーが蔓延るエリアを何とか突破した勇者と傭兵達は、別のエリアに入り込んだところで目の前の光景に絶句していた。
「「「「「 なに、ここ…… 」」」」」
辺り一面が焼き尽くされ、荒廃した終末の世界。
キノコに手足がついた魔物が焼け焦げた瀕死の状態で蠢いているその場所は、どこぞの大賢者が広範囲殲滅魔法【煉獄炎焦滅陣】を放ったエリアだ。
一言で表すのであれば灼熱地獄後の世界である。
「ここ、通らないと駄目なのか?」
「他にルートがないんだから、この先に進むしかないでしょ」
「いや、しかし……」
地表も高温にさらされた場所はガラス化しており、それ以外の場所では半ば溶岩状態。歩いて行けるかどうかも不明だ。
冷えてきているのだとは思うが、いまだ冷めやらぬ熱が滞留しており汗が流れる。
「……上に続く道、あると思うか? 溶岩で塞がってんじゃね?」
「文句を言っている暇があるなら探しなさいよ。アンタにつき合ったせいで、こんなことに巻き込まれてるんだから」
「ダンジョンの変化は俺のせいじゃないよな!?」
『『『こいつ、尻に敷かれてやがる』』』
勝彦の尻を蹴り飛ばし、渚は灼熱の荒野をゆく。
ただ地上へ戻るために……。
おまけの傭兵達に呆れられながら。
 




