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おっさん、ダンジョンでロボと遭遇する



 三階層、湖畔エリア。

 湖中央の神殿でガーディアン・ゴーレムを倒した渚と勝彦は、奥の階段を下りて四階層の探索を続けていた。

 石造りの通路には5mくらいの柱が騒然と並び、場所によっては水場や荒れた庭園、浴場らしき跡まで見られた。

 まるで遺跡を観光巡りにしているような気分になるが、それを否定するかのように魔物が襲い掛かってくるが、勇者達二人はあっさりと撃退。


「ゴブリンが多いな……。ここ、あんまり期待できないかも」

「武器も持っているようだけど、あまりお金にはならないわよね。」

「劣化した剣なんか何本も要らねぇ~。殆ど鉄屑じゃん」


 ダンジョンでは倒した魔物は吸収され消滅するが、魔石はなぜか残される。

 だが、残されるのは魔石だけでなく、微量の魔力が込められた武器や防具も同様だ。

 上階層のゴブリンは石斧や棍棒を所持していることが多いが、基本的には武器を持たず原始的な行動をとる。その点で言うと三階層のゴブリンは鉄製の武器を扱っているだけ文明的と言えるだろう。

 しかし、その武器類はどれも品質が悪く、鉄屑として鍛冶師に安値で買い取られるしかない代物ばかりだ。傭兵にとっても全く旨味がない。


「ゴーレムの核と魔石の方が高値で売れるよな? オークなら肉も買い取ってくれるけど、解体に手間取りそうだし」

「あんた、食用のオークと食べられないオークの区別はついてる? 普通のオーク肉は臭くて食べられないのよ?」

「えっ?」


 オークには食用に適している種と適さない種が存在する。

 食用とされるのは【ミート・オーク】と呼ばれる種で、見た目が剛毛に覆われた半人半獣型の猪。知能は低く常に群れで移動を繰り返し、野生動物に近い習性を持っていることが特徴だ。畑を荒らすことが多く害獣扱いされている。

 対して食用に適さないオークは、豚の頭部を持ち人間そのものの肥え太った体格に緑色の肌が特徴だ。凶暴で雑食性、武器なども扱い集落を築く高い知能を備えている。

 体力も高く、剛腕にて精強。骨折すら短時間で修復する異常な回復力に、教えれば人の言葉を理解し喋ることも可能。

 更にオークは、ミート・オークすら餌として狩るのである。


「傭兵ギルドに所属しているのに知らないの?」

「えっ、オークにも種類があんの?」

「……あんた、それでよく傭兵として仕事を受けられるわね。勉強不足もいいところじゃない」


 勝彦の情報はダンジョン内の魔物に限られ、それ以外の殆どはゲームからの知識の引用だ。それだけに傭兵達が常識としている知識を持ちあわせていない。

 オークとミート・オークの区別がつかないとなると、傭兵の基礎知識を最初から学ばなくてはならないことになる。このままででは近いうちに手痛い目に遭うことになるだろう。


「傭兵ギルドで講習を受けられるんでしょ? まさか……受けてないの?」

「い、いや……別に受けなくてもやってこられたし、害獣駆除依頼が殆どだったから……」

「あんたねぇ……情報が何よりも重要なことは常識でしょ、オークの討伐依頼を受けてミート・オークを倒しても依頼達成にはならないのよ? その知識不足で死んだらどうすんのよ!!」

「うっ……。けど、たかがオークだろ?」

「区別がつけられないのが問題なの! 傭兵ギルドの依頼書は大半が文字で書かれているし、文面から魔物の特徴を読み解かなくちゃならないんですけど? 知らない魔物をどうやって見つけるのよ。種族名を呼んで魔物が応えてくれるわけないじゃない!」


 勝彦は、自分にとことん甘い奴だった。

 傭兵は破落戸が多いが、魔物や薬草などに関する知識に対しては勤勉だ。

 魔物の種別や特徴、基本的な習性や能力、素材となる部位の知識、生息領域や食性など様々なものを知っておかねばならない。

 常に危険な場所へと赴く仕事なので情報は何よりも重要視していることは一般常識だ。

 それを怠った者達は死ぬことになり、そうならなかったとしてもケガで二度と傭兵として仕事を受けられない体となる。


「あんた、このままだと近いうちに死ぬんじゃない?」

「いやいや、俺たち勇者じゃん! 強いんだし、簡単には死なないでしょ」

「学習する習慣をどこへ置いてきたのよ。あんた……」

「召喚された時点で元の世界に捨ててきたんじゃね?」


 ぶれない勝彦の態度に、渚が今まで心の奥底に押さえつけていた何かが爆発しそうだったが、それでも我慢して諭そうとするあたり彼女は生真面目なのだろう。

 それでも感情につられて語気が荒くなるのは仕方がないことだ。


「危機感が足りないわよ。どんなクズの傭兵も、命がけの仕事なんだから必死で勉強したり、情報収集も率先してやっているわ。あんた、そいつら以下じゃない!」

「いや、さすがにソロ活動をしていると、情報収集なんて億劫でさ~。前は一条がいたからよかったけど、今はなぁ~……。あっ、そうだ! もう一度コンビ組んでくれね?」


 ――ブチ!


 渚の中で、切れてはいけない何かが切れた。


「つまり、アンタは私がいないと何もできない坊やってわけ?」

「坊やって、ひでぇな。俺達は同い年だろ……」

「んなことは分かってるわよ! 何よ、何なのあんた! どこまで他人任せにすれば気が済むわけ? あんたのそのいい加減な行動で、誰が迷惑をこうむると思ってんの? 私よ! 私なのよ!!」

「えっ……えぇ~~っ……」


 今まで我慢していたものが、ついに限界を超えた。

 あまりの渚の剣幕にたじろぐ勝彦。


「いつもいつも勝手なことばかりして、少し目を離せば厄介ごとを持ってきて……。どれだけ私があんたの尻ぬぐいをしてきたと思ってんのよ……」

「いやいや、俺達コンビじゃん。相方が困っている時に助けてくれるのが相棒ってやつだろ?」

「私が助けてほしいとき、全部あんたが持ち込んだ厄介ごとが原因じゃない! 自分の不始末くらい自分でなんとかしなさいよぉ!!」

「そんなこと言うなよ、俺達は今まで仲良くやってきたじゃん? 長年連れ添った夫婦みたいなもんだろ。旦那が辛いときに支えるのが奥さんの役割……」

「キモ! あんたと夫婦なんて、死んでも願い下げよ!!」


 勝彦との関係を夫婦と例えるならば、給料を家庭に入れず散々遊び廻った挙句に開き直り、そのくせ自分の不始末を押し付けてくるクズ亭主だ。

 真っ先に離婚すべき人間である。

 そんな人物に夫婦などと言われれば、さすがに温厚な渚でも激怒する。怒髪天ものだ。


「断言する。あんたと結婚する相手は、一カ月たたないうちに離婚すると思うわ。何言っても無駄なんだもの……」

「そんなことはないと思うよぉ~? 俺は恋人に尽くすタイプだと思うし、こう見えて一途なんだぜ☆(キラリ)」

「尽くすのは最初のうちなんでしょ? 浮気して貢いだ挙句、都合よく騙されて奥さんに離婚と慰謝料請求をされるタイプというわけね……」

「そこは奥さんが旦那を立ててフォローすべきなんじゃね? 一回や二回の浮気程度で離婚するなんて、そんな許容の狭い女は願い下げだね」

「…………………だからあんた、元の世界でモテなかったのね。典型的なクズだから」

「グハァ!?」


 渚の冷たい言葉が勝彦の心にクリティカルヒット。

 侮蔑の込められた目で蔑まれ、ついでに事実という強烈なボディーブローを入れられては、男にとってキツイ


「相棒だの夫婦だのと都合のいい言葉を並べて、結局は私を利用しているだけなんでしょ? 自分の起こしたトラブルを自力で解決できない無能なのに。最低」

「そ、そそそ……そんなことはないよぉ~?」

「そう思っていないのだとしたら、他人の迷惑すら考えられない自己中野郎と認めることになるんですけど? しかも収入が安定しない傭兵家業で楽しようとして、それ以上の金額を計画性もなく散財する馬鹿。もう、怒りを通り越して呆れるわ」

「もうやめて、グサグサ刺さるんですけどぉ!?」


 渚の慈悲なき言葉に涙目になってきた勝彦。

 多少なりとも自覚はしていたのだろう。しかし今まで我が身を顧みず生活習慣の改善すら行わなかったのだ、誰かの手を借りなくては何もできない人間であると証明しているようなものである。


「ハァ……同じことを何度繰り返して言ったところで、どうせあんたは直ぐに忘れるんでしょ? 私も無駄なことをしてるわよね……。もう、見捨ててもいい時期が来ていると思うんだけど、どう思う?」

「そんな、俺を捨てるのか!? 今まで協力して何とかやってきた仲だろぉ!?」

「協力? アンタは間違えているわ。協力してきたんじゃない、させられてきたのよ! 仲が深まるわけないじゃない。逆に不信感が増してストレスになってるわよ!」

「お願い、捨てないでくれぇ! 一条に捨てられたら、俺……生きていけない!」

「離しなさい! ホント、ウザイほどにクズね。手を貸すのは今回限りよ、今度からは自分の不始末は自分で何とかしなさい。私、もう限界なのよ」

「そんなぁ~~~~っ!!」


 浮気がばれて女房に必死に縋りつく駄目亭主状態の勝彦。

 だが渚の意志は固く、惨めに彼女の足を掴んで泣き縋る勝彦を、容赦なく足で払った。

 離婚――もとい完全に愛想をつかされたのであった。


 ――Gaaaaaaaaaaaan!!


「な、なに?」

「嘘だと言ってくれよぉ~、駄目なところは直すからさぁ~~~っ!!」

「うっさい! そんなことより、今の音に対して何か思わなかったわけ!? いつまでも駄目亭主ごっこをしてんじゃないわよ!」

「ごっこじゃないんですけどぉ!?」


 壁伝いに聞こえた轟音。

 同時に遠方から誰かの必死な声が聞こえてきた。

 

「こっちくるぞ!」

「戦おうとするな、防御優先で逃げろ! 今まで見たことのないタイプの魔物だ!」

「ひぃいいいいいいっ!!」


 通路の先から聞こえる傭兵達らしき者の慌ただしい声。

 どうやら緊急事態に巻き込まれた様子だが、今いる場所からは何が起きたか分からない。

 確かめるには現場に近づく必要があるのだが――。


「な、なんか……嫌な予感がするんだけど」

「あんたと意見が合うのは不本意だけど、私もそう思う」


 傭兵達の声は次第にこちらへと近づいており、このままでは鉢合わせすることになるだろう。魔物を引き連れている可能性が最も高い。

 今渚達がいる場所はほぼ直線の通路で、間隔を置いていくつか木製のドアが見られ、前方は見晴らしがよく何が起きてもすぐに状況が確認できるほど広い。

 渚と勝彦は無言のまま頷くと、剣を構えて前方に警戒しながら様子を窺う。


「弓で頭部を確実にねらえ!!」

「頭ってどこだよ!! つか、弓を使う暇がねぇ!」


 彼らの姿がようやく見えた時、渚と勝彦はそれを見て言葉を失った。

 三人の傭兵達を追いかけているソレは、金属で造られた円筒形の胴体に四本の足を生やした鋼鉄の魔物。その姿は蜘蛛に酷似しているが明らかに違う。


「お前ら、逃げろ! こいつは……」


 傭兵が言い切る前に何かが勇者二人の足下に撃ち込まれ、床が砕け散る。

 まるで銃弾並みの威力だった。

 呆然と床を眺めていたとき、勝彦は砕けた石畳に埋まった意外なソレを発見し、驚く。

 渚達もよく知るものに酷似……いや、同一のものだった。


「………これって、ナットか?」

「じゃぁ、あれって……」


 どう見ても科学的な理論に基づいて造られた人工物。

 しかもナットを撃ち出していることから、元は作業用であると思われる。

 ゴーレムとは似つかわしくない存在だった

 

「さ、作業用ロボットが人間を襲ってんのか!? ファンタジー世界になんであんなものがあんだよ!」

「知らないわよ! そんなことより、今は逃げる方が先決ね」


 二人は慌てて元来た通路を戻るように走り出す。

 そのあとを傭兵達が必死に追い、作業ロボットらしきものが迫る。


「あ、あんたら、なんであんなものを引き連れてきたんだよぉ!!」

「ダンジョンの変化に巻き込まれて迷っていたら、偶然ヤツに出くわしただけだぁ!!」


 ――Gagagagagagagagaga!!


「「「「「 ひぃいいいいいいいいいいぃぃぃっ!? 」」」」」


 マシンガンのようナットを乱射する正体不明の機械。

 円柱状の胴体に刻まれた幾何学模様のラインに青い光が走り、カメラと思しき赤い球体が不気味に輝くと、胴体上部が左右に分かれ内に搭載された砲身が姿を現す。


「や、やばい……あの口径の大きさは、もしかしたら……」


 勝彦が言い切る前にシュパシュパという音と共に、自分達の前方に向けて何かが撃ち込まれる。

 そして、轟音とともに目の前が赤く染まった。


「グ、グレネードだぁ!!」

「さ、作業機械じゃなかったのぉ!?」

「お助けぇええええぇぇぇっ!!」

「お母ちゃ~~~~~~ん!!」

「死にたくないぃ、死にたくなぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」


 爆炎と飛び交うナットの銃雨に晒されながら、五人は必死に全力で駆け抜けた。

 だが、それで逃げ切れるほど世の中は甘くもないようで、ガキンという音と共に四本の脚から車輪を出し、高速で勝彦達の跡を追い上げてくる。

 無駄にギミックが多いロボットのようだった。


「嘘でしょぉ!? みんな左右に分かれ、柱の陰に隠れてぇ!!」

「ちっくしょぉ!!」


 渚が咄嗟に下した判断。

 追い上げてくるロボットをギリギリで躱し、なんとか柱の陰に隠れることができた五人。しかし逃げ道を完全に塞がれる形になってしまった。

 ロボットは急速旋回して振り向くと、照準をこちらに向けてて停止した。


『あんなの、どうやったら振り切れるのよ……』


 中遠距離からは弾丸とグレネードを撃ちまくり、逃げれば高速走行で迫ってくる。

 勇者と傭兵達は絶体絶命に陥っていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 第二階層、新エリア。

 古代遺跡風のダンジョンを抜けると、そこはキノコだけが繁殖する胞子に包まれた世界だった。

 大木のように成長したキノコの傘の上で、口元を布で覆い隠したゼロス達は、眼下に広がる光景を眺めていた。

 大量の毒々しい胞子に包まれたエリアは、あまりにも不気味だった。


「……ゼロスさん」

「なにかね、エロムラ君」

「キノコ……ばかりだな」

「そだね」


 巨大キノコの上に別のキノコが雑草のように繁殖し、粘着力がある菌が足元で嫌な音を立てる。まるでガムテープかトリモチの上を歩いている気分だ。

 しかも湿気でジメジメしており無駄に暑い。


「兄様、これって龍血茸ですよ」

「まじか!? それって、高級食材としても有名だが希少価値が高いキノコだろ。万能薬の素材とか言われているやつ」

「凄く繁殖してますね。それにこちらはケミカルマッシュ……」

「高品質のポーションに使われるやつだよな? そんなものも繁殖してんのかよ。錬金術師にとっては宝物庫じゃねぇか」


 まさにキノコだけの世界。

 そして、そこに生息する魔物もまたキノコだった。

 上から見ている限りでは安全だが、不気味な菌糸類生物が蠢く場所におりたくはない。


「マタンゴ? なんか、そんな感じの魔物が真下にウヨウヨいるねぇ」

「アレ、【パラサリスク】とか言ったっけ……」

「魔物や動物に寄生し、脳や神経を乗っ取って移動するんだよねぇ。最後には苗床になるんだ。一応薬効成分が高くて錬金術の素材として使えるんだけど、ここだと採取の危険度が恐ろしく高そうだ」

「【マッシュマン】もいるなぁ~。しっかし、高濃度の胞子が充満していて、空気が悪いんだけど……。マミーの体皮粉末の次は胞子か、これって汚染地帯って言わね?」

「焼き払ったらだめかな?」


 歪められた空間に広がる世界の空気には、どれほどの種類があるのか分からないほどの胞子が滞留している。中には生物に寄生するタイプもあるので油断できない。

 呼吸で肺に胞子が入り込めば、そこから寄生されキノコの化け物に変えられてしまうので、このエリアではゴーグルや防塵マスクが必要な場所だった。

 ゼロスもさすがに用意はしていない。


「うっわ、大変だ! ゼロスさん……」

「なにかあったかい?」

「お、俺の股間からキノコが生えてきた……」


 エロムラを一瞥すると、おっさんは無言のまま煙草を取り出し、火をともす。

 そのまま呆れの混じった溜息と共に煙を吐いた。


「エロムラ君……そういう下ネタはいいから。キノコなら生まれつき自前のやつが生えてるだろ。そんな毒キノコを僕に報告して何が楽しいんだい?」

「ちが、股間の紳士のことじゃねぇから! 本当に股間からキノコが生えてきてんだよぉ、ほら!!」

「あっ、ほんとだ……」


 エロムラの股間から、赤い笠に白の斑点が特徴のキノコが見事に生えていた。

 一見してベニテングダケに見えるが、実は食用として普通に食べられている種類である。

おっさんの顔がますます嫌そうに歪む。


「……さすがに、君の股間から生えたキノコは食べたくないなぁ~」

「そういうことを言ってんじゃないよぉ!? さっきまでは何ともなかったのに、気づいたら生えてたんだぁ!!」

「それって、つまり……」


 キノコは短時間で急速に成長したということだ。

 衣服に付着した胞子が繊維の隙間に菌糸を生やし、短時間でキノコが形成されたということは、ゼロス達の身にも同じことが起こる可能性が高い。

 いずれは巨大キノコの真下で蠢くキノコの魔物のようになってしまうと答えが出たゼロスは、咄嗟に右手に魔力を集め、潜在意識領域から膨大な魔法式をリロードし展開する。


「せ、先生!?」

「し、師匠、何やってんだよぉ!?」

「全員、来た通路にまで全力で走れ!! 術式固定、【煉獄炎焦滅陣】!」


 突然の膨大な魔力の発生に驚いた二人であったが、師の言葉に有無言わさず従い、急いでこのエリアに侵入した通路に向かって走り出す。

 膨大な魔力と尋常ではない術式情報が圧縮されたキューブを、ゼロスは力の限り思いっきり投げると、ツヴェイト達の後を追って全力疾走。

 煉獄炎焦滅陣の術式は、フィールドのほぼ中心に近い場所で発動する。


 ――DOGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!


 おそらくはフィールドの中心に近い場所で発動した広範囲殲滅魔法は、瞬く間にフィールド内に繁殖した巨大キノコを包み込み、滞留する胞子ごと何もかも焼き尽くしていった。

 爆発から逃れるために急いで古代遺跡に似た通路に飛び込むと、燃え盛るキノコフィールドの様子を窺う。


「な、なんつー魔法を使うんだよぉ、師匠!!」

「そうです! あそこには希少なキノコがたくさん……」

「そして、気づいたらキノコに寄生されたかもねぇ。安心していいよ、今回は手加減したから広範囲が燃えるだけだ」

「「寄生?」」


 要点だけを抑えた説明を教え子二人に伝えるゼロス。

 ツヴェイト達の表情は見る間に青ざめていく。


「……つまり、あの場に長く留まっていたら、俺達は今頃キノコの苗床になっていたのか」

「生物に寄生するキノコって、魔物ですよね? 危ないところでした」

「エロムラ君の笑えない下ネタで気づけて良かったよ。さすがにフィールドを焼き尽くすのはやりすぎたと思うけど、危険度が未知数だったしねぇ」

「ネタじゃねぇからぁ!! 二人してなんで冷たい視線を俺に向けるのぉ!?」


 キノコ繁殖エリアはフィールドごと業火に焼かれ灼熱地獄と化していた。

 高温に焼かれキノコ独特の香ばしい香りも漂ってくるが、そこが先ほどまで菌糸類の楽園だったなどとは誰も思えまい。まさに煉獄と言ってもいいありさまだ。


「魔法が発動した場所は離れているのに、ここまで熱が来るとは……広範囲殲滅魔法の威力はとんでもねぇな。うちの秘宝魔法が可愛く見える」

「アレはあくまでも範囲魔法だからね。敵を殲滅するためだけの威力特化魔法じゃないから、そこまで被害は……いや、場所や戦い方にもよるかな?」

「あの……先生? もし他の傭兵さん達があの場にいたら……」

「それはないんじゃないかな? いたとしてもキノコに繁殖されて苗床になっているよ。エロムラ君の股間を見てみたまえ」


 ゼロスが何言っているのか分からず、二人はエロムラを見た。

 そこには股間から立派に笠を開いたキノコが雄々しく生え、黄色の胞子をまき散らしてた。よく見ると小さなキノコも生えだしている。


「エロムラ……それ、お前渾身のギャグなのか? 正直、笑えねぇんだが」

「まさか、私達が希少キノコを採取している間に生えたんですか!? そんなに時間は掛かっていなかったのに……」

「そんなに俺の股間を凝視しないでぇ!? ギャグじゃないし、ネタでもないからぁ!! なんでみんな俺をエロ魔人のように扱うんだよぉ!!」

『『 日頃の行いが原因だろ。それより、さっさとキノコ採れよ 』』


 おっさんとツヴェイトは心の中でツッコミを入れる。

 エロムラはいきなりの広範囲殲滅魔法により、逃げることに夢中で取ることを忘れていたようである。地団駄を踏む今の彼は凄く間抜けだ。


「このキノコが……このキノコが悪いんだ!!」


 ――ガコン。


 酷いところから生えたキノコを採ろうとしたとき、何か大きな音が通路に響き渡る。

 同時に響いてくる地鳴り。

 ダンジョンの変化の過程で発生する音とは異なり、何かの装置が動き出したかのような、歯車が出す回転音のようなものも含まれている。

 この異常にいち早く気付いたのはツヴェイトであった。


「な、何の音だ? まさか、またダンジョンが変化しようと……」

「違う。これはおそらく、トラップ……。エロムラ君、まさか……」

「えっ? 俺ぇ!?」

「たぶんですが、先ほどエロムラさんが地団駄を踏んだとき、床の仕掛けを踏んだのかと思います……」

「スイッチを踏んだ感触はなかったけどぉ!?」


 セレスティーナの言う通り、エロムラはトラップのスイッチを踏んでいた。

 だが、そのスイッチは体重がかかることで作動する絡繰りではなく、重量を探知するして作動する術式タイプのものだった。エロムラが罠を踏んだ覚えがないのはこのためだ。

 問題は、どんなタイプの罠が発動しか分からないことにある。


「矢や槍が降ってくるわけでもない。なら、考えられるのは落とし穴かな?」

「なんでそんなに冷静なんだよぉ、急いでこの場から退避しないと……」

「慌てるな、エロムラ君。こうした魔法で発動するタイプは、通路に設置された罠が一斉に動き出す仕掛けと見るべきだろう。古代遺跡型迷宮の罠は偽装が精巧で、場所の特定は難しい……はれ?」


 ゼロスが言い終える前にきた突然の浮遊感。

 なんと10m規模にわたって床が突然消え、哀れにもおっさん達は下の階層へと落下していった。

 床そのものが偽装された魔法障壁だったのである。


「こうきたか……なかなか捻くれたダンジョンだ」

「いや、師匠!? なんで落ち着いてんだよぉ!!」

「ひゃぁあああああああぁぁぁぁぁっ!!」

「こんな時に言うのもなんだけど、今、俺……ティーナちゃんに萌えてる」

「言わなくてもわかるよ。エロムラ君の股間に立派なキノコがおっきしてるしねぇ」

「これ、違うからぁ!!」


 大がかりな落とし穴を落下中だというのに、妙に落ち着いているおっさん。コンマ数秒で周囲の状況を確認し把握した。

 この落とし穴は、途中からロート構造になっており、狭い筒状に突入する直前には勾配のある坂――滑り台だ。その中心の穴へと落とし一気に下層へ落とす仕組みだ。

 だが、落とし穴の入り口からロート状の下部まで10m近く高さがあり、勾配のある地点に叩きつけられてはツヴェイト達には耐えられないと判断。落下衝撃を抑えるため『【ストーム】』の魔法を使用して四人の落下速度を軽減してから滑り台に突入する。


『さて、どこまで落とす気なのかねぇ』


 いつでも戦闘に移れるよう、ゼロスは魔法をストックして着地時に備える。

 滑り落ちていく中、『エロムラ君は、いつまで生えたキノコを放置しているのだろうか?』と、くだらない疑問が気になって仕方が無かった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 作業ロボットの小型アームに取り付けられた機械から、連射して撃ち出されるナットが、渚達が盾にしている柱を削っていく。

 元来た道を作業ロボットが塞ぎ、逆に迷宮の奥へ進んでも高速移動ができるロボットに追い付かれ、一瞬で射殺されかねない。

 何しろナットをマシンガンのように撃ち続けているのだ。いつ弾切れを起こすのか待つにしても、その間に勝彦や傭兵達が倒されれば不利になるため冒険はできない。

 また、このロボットに背を向けるとグレネードを撃ちこまれかねず、決定的な好機でもない限りは動くのは危険だった。


「………焦りは禁物ということは分かっているんだけど」

「いつ弾切れになるのかがわかんねぇよな。柱もいつまで持つのか……」


 勇者二人は自制し、張り詰めた精神で気を窺い続ける。

 しかし、三人の傭兵達はというと――。


「ヒィイイイイッ!!」

「もうダメだ……お終いだ……」

「思えば、いい加減な人生だったな……。ごめんよ、親父……」


 ――柱の陰でいつ死ぬか分からないこの状況に絶望していた。

 彼らはゴーレム程度なら戦ったことはあるが、射出武器を乱射するような機械とは未経験。まして銃火器に対する知識もない。

 未知の敵に対して情報を収集する場合、自身が持つ既存の知識で物事を判断するため、間違った判断を下してしまうことになる。

 例えば、ナパームが火属性魔法の【フレア・バースト】、ナットの射出機能を【ロックバレット】といった具合にだ。普通の魔物であればこんなミスは起こさなかっただろう。

 だが、相手は独立稼働のロボットだ。

 ナットは内部に搭載された格納部に収納され、ナパーム弾も同様に期待内部のマガジンに弾薬を詰め込んでいる。しかも自立稼働型なので有効的な戦術を選択する仕様。

 状況においては弾薬を節約する計算を行える。

 相手が人間以上に物事を思考することができるとは、傭兵達もさすがに思いつかなかったのだろう。その結果が今の状況に繋がった。


「傭兵達は当てにできないわね……」

「どうする、このままだとジリ貧だ……」


 弾幕を止め、こちらの出方を待つかのように待機するロボットを陰から伺いつつ、渚達はこの場をどう切り抜けるか悩む。

 おそらくは、どれだけナットを射出しても柱を削り切れないと判断したのだろう。ならば持ち球を節約するべく、柱の陰から出てきたところを狙い撃ちする作戦に切り替えた。

 残り弾が少ないとも判断できるのだが、その結論で賭けに出るわけにもいかない。失敗すれば狙い撃ちにされるのは確実だ。


「しかも威力がある。撃たれる場所によっては、即死も免れないぞ」

「工業部品だと侮れない威力……。やっぱり田辺についてくるんじゃなかった」

「今さらそれ言っちゃう!?」


 渚達はいつまでも柱の陰に隠れてはいられない。

 グレネードを一発でも撃ち込まれれば、直撃を避けるために飛び出すしか選択肢はなく、その回答にロボットがいつ気づかないとも限らないのだ。

 時間が限られているゆえに何らかのアクションを起こさなくてはならないのだが、勇者二人には有効になる手立てが無かった。

 そう思っていた矢先にロボット上部の砲身が動き始め、こちらへと狙いを定める。


「やばい、グレネードを撃つ気だぞ!?」

「けど、今柱から出たら狙い撃ちに……」


 飛び出せばハチの巣、柱の陰に潜み続ければグレネードで火炙り。

 絶体絶命のピンチだ。


「「「うわぁああああああああああっ!!」」」

「な、なんだぁ!?」

「えっ? あれって……」


 突然にロボットの真上にある天井の一部が開き、人が飛び出してきた。

 渚達は、彼らがトラップに引っかかった被害者である気づくこともなく、この時は一瞬だが呆気にとられる。


「ゲフッ!」

「ゴハッ!!」

「ひゃうっ!!」

「おっと、みんな着地する準備を怠ったら……って、ロボォぉおっ!?」


 男の一人はロボの砲身に背中からぶつかり、その上にもう一人が激突。

 少女は空中で見覚えのある年配の魔導士に抱きかかえられ、二人で華麗に着地する。

 

「「 ゼ、ゼロスさん!? 」」

「おりょ、君達もここに来てたのか。もしかしてダンジョンの変化に巻き込まれた?」


 四人のうち、魔導士は渚達の知人であった。


「いや、それよりも、今やばい事態だから!!」

「直ぐにその場から逃げてぇ!!」

「へ?」


 そう、現在渚達はロボに襲われ絶体絶命。

 ゼロス達が突然現れたことで、ロボも定められたプログラムのプロセスに従い状況を確認中。

 新たに表れた敵が四体。上部グレネード砲に二体の生命体が引っ掛かっており、直ぐ傍に二体を確認。作戦行動に邪魔な上部二体の生命体の排除を最優先事項と認識した。

 各種センサーが点滅し、四本の脚に備わった駆動輪を再度稼働させる。


「「うぉおおおおおおわぁああああぁぁぁっ!!」」


 突然の横回転にツヴェイトとエロムラは必死に砲身にしがみつくが、なかなか離れないと判断したのか、ロボの回転速度はさらに加速していく。


「楽しそうだな~」

「先生、そんなことを言っている場合では! このままだと兄様とエロムラさんが……」

「吹っ飛ばされるね。でも、その前に君を安全な場所に避難させないと、僕が戦えないんだよねぇ。両手が塞がってるし」


 そんなことを言っている内に、ツヴェイトとエロムラは壁際までとばされる。

 おっさんが咄嗟に彼らにかけた魔法障壁により、彼らがケガを負うことはなかったが、衝撃によるダメージは多少なりとも受けたようだ。

 ロボットが徐々に回転速度を落とし始めている隙に、セレスティーナを柱の陰に非難させる。


「ちょっと柱の裏に隠れていてください。アレの相手をしてきますんで」

「大丈夫なんですか?」

「まぁ、なんとかなるでしょ。エロムラ君もいるし」


 そのエロムラ君は、吹き飛ばされたときにしたたか腰を打ち、痛みで悶えていた。

 受け身をとったツヴェイトはさすがと言える。

 咄嗟の状況で行動できるか否かはレベルに関係ないようである。


「ほれ、エロムラ君や、悶えていないで護衛の務めを果たしなさいな。本番だよ」

「マジでイテェんだよぉ!!」

「ツヴェイト君も柱の陰に隠れて。巻き添え食ってケガでもされたら、僕らの首が飛ぶから」

「お、おう……」


 いそいそと柱の陰に退避するツヴェイトとセレスティーナ。

 その姿を横目に確認しつつ、ゼロスはショートソードをさやから抜く。

 エロムラも腰をさすりながらロングソードを構えた。

 その様子を隠れてみていた勇者と傭兵達だが……。


「ゼロスさんたちが来てくれたなら百人力だな。何とか生きて帰れそうだ。それにしても……」

「だといいけど……。(ゼロスさんはともかく、もう一人はなんか……田辺と似ている気がするのよね。こう、駄目な感じが……)」


 偶然にしてもゼロスが来てくれたことは頼もしいと思うが、若干の不安要素が拭いきれない。

それは傭兵達も同様で――。


「こちらの戦力は増えたが、どうも安心できねぇ」

「同感だ。アレじゃなぁ……」

「あいつ……なんで……」

「「「なんで股間にキノコを生やしてんの!? つか、取れよ!!」」」


 股間から食用キノコを生やし、剣を構えるエロムラの間抜けな姿に、不信感しか抱けなかった。緊急時に下ネタをかましているのだから当然だろう。

 もっとも、本人は下ネタをかましているわけでもなく、度重なる状況の変化で採ること忘れているだけなのだが。


『あのロボ……旧時代の魔導兵器か? どんな動力を搭載しているのか興味深いな。回収できるといいんだが……』


 興味深い過去の遺物を前に、おっさんは好奇心が抑えられない。

 その目は謎のロボを見つめ、剣を握る手に自然と力が入る。

 対峙するロボのカメラアイが点滅を繰り返し、プログラムされた行動を選択する最中、ゼロスは先手を取って走り出した。

 


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