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 おっさん、異世界に転生す

 気が付けば、そこは緑豊かな森の中であった。

 聡は周囲を見回したが、なぜ自分がこのような場所にいるかなど皆目見当もつかないでいる。

 しきりに周囲を見渡すが、どこを見ても木々に囲まれており、中には見た事もない植物まで存在している。


「ここは何処ですか? 確か、僕は部屋でゲームを……」


 ―――ゲギャッ、ゲギャアァ!


「・・・・・・・・・・」


 上空を飛んで行くサイケデリックな基調の鳥に、聡は思わず言葉を失う。

 明らかに地球上の生物では無い事に、ますます混乱が広がる一方であった。

 寧ろ地球ではない可能性が高い。

 何しろ地球で見る様な建築物が一切見られず、周りは鬱蒼としたジャングルであり、空に月の数が2つもあるのだから絶句するのも無理は無いだろう。


「本当に此処は何処なのでしょうか? 少なくとも日本では無いようですが…変な植物も生えてますし。と言うより、見た事すらないのですけど……」


 ラフレシアとウツボカズラを足したような植物が、目の前で狼らしきものを蔦で捕らえ巨大な花の中央へ運び、噛み砕くような音を立てて捕食していた。

 少なくともこんな植物は地球上に存在せず、仮に存在しても二メートルを超すような植物ではない。

 ましてや花の中央に牙が生え揃うなど、生物的にあり得無い物であった。


 そんな時、彼は腰に違和感を感じて目を移す。

 それを見て聡は思わず言葉を失う。

 腰には装飾は少ないが、明らかに戦うための武器が二振り。ゲーム内で彼自身が良く見知った物が目に映った。

 剣である。


 それも【ショートソード】と呼ばれる片手で扱えるほどの細剣。

 この剣はゲーム内の生産職プレイヤーが鍛えた業物であり、レア素材をふんだんに取り入れた装備が二振りほど腰に吊り下げられていた。


 ここがゲーム内の世界かとも思ったが、わずかな常識がそれを否定する。

 そんな事はありえないと思いながらも、彼はある事に気付いた。

 彼が着ているのは灰色の薄汚れたローブであり、これもまた彼のアバターが装備した物であった。



「は、ハハハ……そんな訳が、ある筈が無いですよね? ゲームの世界に転移? どこかのラノベの定番設定じゃないですか…」


 もう笑うしかない。

 どんなに否定した所で答は既に出ているのだから。


「ステータス・・・・オープン・・・・何て……」


 冗談だと思いたくて、思わず声に出した言葉。

 しかし、彼の目の前にはゲーム内でおなじみのステータス画面が浮かび上がる。

 暫しの間、意識が飛んだ。


「まさか……て、これ冗談ですよね…? 誰かの悪戯……規模が大きすぎるか。僕の身に何が起きたのでしょうか」



 ======================


 ゼロス・マーリン レベル1879

 HP 87964503/87964503

 MP 179324580/179324580


 職業 大賢者

 

 職業スキル


 魔導賢神  Max

 錬金神   Max

 鍛冶神   Max

 薬神    Max

 魔装具神  Max

 剣神    Max

 槍神    Max

 拳神    Max

 狩神    Max

 暗殺神   Max

 料理    85/100

 農耕    56/100

 酪農    24/100


 身体スキル


 全異常耐性 Max

 全魔導属性 Max

 属性耐性  Max

 身体強化  Max

 防御力強化 Max

 魔力強化  Max

 魔力操作  Max

 魔導の極限 Max

 武道の極致 Max

 生産の極み Max

 鑑定    Max

 霊視    Max

 看破    Max

 暗視    Max

 隠密    Max

 索敵    Max

 警戒    Max

 鉱物探査  Max

 気配察知  Max

 気配遮断  Max

 魔力察知  Max

 製作補正  Max

 解体補正  Max

 強化改造補正 Max

 自動翻訳  1/100

 自動解読  1/100

 自動筆記  1/100

 魔物辞典  Max

 素材辞典  Max

 極限突破  Max

 限界突破  Max

 臨界突破  Max


 個人スキル


 マーリンの魔導書 Max

 アイテム製作レシピ Max 


 ======================

 

「これ、人としての領域をぶっちぎってますよ。色々とヤバイ超人類です。マジで……」


 明らかに人間じゃない。

 この世界の標準が判らないが、どう考えても異常としか言いようが無かった。

 事実、ゲーム内では無双していたし、魔法に関しては既に邪神と同レベル。

 むしろ五人がかりで圧倒した事を考えると、既に人の域を超えている。


 ステータス画面を弄りながら、聡は死んだような顔で画面を見つめ続けていた。


「あれ、これは…メールですか? ふむ、差出人は……不明…」


 ステータス画面の真下にあるコマンド表示に、メールが来ている事を指し示す赤い文字が点滅していた。

 おもむろに震える指でメールを開くと……


「…えっと・・・・・・・・へっ? 神っ?!」


 メールタイトルが『今君に起きている事について♡』だった。

 嫌な予感しかしない。

 ハートがウザいく、この世界の神が信用できないと直感した瞬間だった。

 

『ヤッホォ~♡ 初めまして、女神のフレイレスちゃんだお? 頭が高い、控えおろぉ~♡』


「消しても良いですよね? 碌でも無い臭いが悪臭レベルでかなり漂っている気が…」


 何となく――いや、かなりウザそうな気がした。

 精神的に混乱しているところにこのテンションはキツイ。


『時間が無いから手早く言うね。今から数えて2487年ほど前に、邪神を勇者と封じたんだけどぉ~、その封じた場所が君達の世界のゲームの中だったんだぉ~。

 この世界でぇ~多大な犠牲を払って封じたんだけど、完全に倒す事が出来なくて異世界に封印するしかなかったんだよねぇ~。アハハハ♡』


「ウザい・・・・・・つーか、何て事をしやがるんですかっ!!」


『不燃物を勝手に人の世界に捨てるなって? その通りなんだけどぉ~、あの時はこうするより手が無かったんだよねぇ~。

 それでそれでぇ~。ゲーム内なら君達でも倒せるかなって思ったら、案の定、見事に倒してくれてありがとう。

 マジでウザい奴だったんだよねぇ~。あんな醜いくせに女神だなんて信じらんない!』


「・・・・・アレが女神? ただの臓物の塊にしか見えなかった」


 思い出すのは他の生物の気色悪い部分を融合させた難解なUMA。

 内臓を集め塊にし百倍悍ましくしたような、何だか分からない正体不明の生物。

 今思い出しても気持ち悪いの一言しか無く、とても女神とは思えない。


『でもまさか、君達を巻き込んで自爆するなんて思わないじゃん。正直焦ったぉ~?

 それでぇ~、その時に死んだ何名かをこちらに転生させる事にしたんだぁ~。ゲームのデータを基にしてね♡』


「まさか…その何名かに、僕も含まれているのですか?」


『君は邪神を倒してくれたから特別にぃ~、ゲームデータをそのままベースにして転生したんだよ?

 この世界とあまり変わらない世界設定だから、実に楽に転生できたね。無双し放題じゃん、やったね♡』


「殴りたい……産業廃棄物を僕達に処理させたこいつ等を、無性に泣くまで殴ってやりたい……」


 常識ある者なら自分自身の人生を一方的な企みで奪われた事になるので、そう思うのも無理も無いだろう。

 彼にもまた自分の思い描いていた未来があったのだ。

 それを適当な理由で押し付けられ、知らない間に片棒を担がされていた事になる。

 凡そ納得できるものでは無い。


『所有してる素材から装備まで、全部この世界の物で再構築してあげたからガンバ♡

 でも、消費アイテムは自分で作ってね? 作り方は君達の脳内にインストールしてある筈だから、ゆっくり確かめてねぇ~♡

 年齢設定は元の世界のままだけど、若返りたければアイテムを作るしかないよ? ごめんね、ごめんねぇ~。

 いやぁ~、君達の世界を管理する神々から苦情が来る事、来る事……。仕方がないので転生させるしか手がなかったんだお~?

 ……死者蘇生は自然の摂理に反するからねぇ~。

 そんな訳でぇ~、この世界で残りの人生を楽しんで生きてね♡ それじゃ、まったねぇ~バイバ~イ♡』


 理由が分かったが事態は好転していない。

 今だに、どこにいるのかもわからず、ただ森に佇んでいるだけなのだから。

 何よりも、この神の態度に対して怒りすら通り越していた。


「♡マークが一々ウザい。……取り敢えず現状は把握しましたが、問題はこの辺りに人が住んでいる場所があるのか、なのですが…」


 自分が何処にいるのかが分からない以上、何の当ても無く移動するのは危険である。

 ゲーム内の世界と似ているという事は、この世界にも魔物が徘徊している可能性が高いからだ。

 どうしたものかと思案し、取り敢えずは高い所から見渡してみる事にする。


「使えればいいけど……『闇烏の翼』」


 闇烏の翼は聡がゲーム内で作成した飛行魔法である。

 この魔法はベースとなった飛行魔法の効率の悪さを考慮し、膨大な術式を用いて限りなく魔力消費を抑える事に成功した秀逸の作だ。

 ゲーム世界の設定では、世界の住人は魔力で構築されたデータベースを脳内に保有している事になっている。

 基本の魔法を改良し、脳内に保管する事で、様々な魔法を行使する事が可能となる。


 また、記憶した魔法術式を取り出し改良する事も可能で、そのために必要な魔法陣も存在する。

 結果、聡は数多くの魔法を思いつく限り製作し続けた。

 その魔法はこの世界で顕在化する。

 重力の楔から解き放たれ、彼は空中へと上昇する。


「お、おぉ!? 凄い、飛んだっ! 飛びましたよ!!」


 40歳のオッサンは子供のようにはしゃいだが、直ぐに目的を思い出し空から周囲の様子を見渡す。

 だが……


「どこから見ても森ばかり……。どこに街があるんでしょうかね?」


 広大に広がる原生林、山なども見受けられるが人が住んでいる様な場所は無い。

 彼は定番の街や村を探したが、そんな物は一切見つける事は叶わなかった。

 


「どう考えても、罰ゲームなんじゃないですか? これ……」


 そうボヤキながら、彼は気になる方向へ空を飛び続けた。

 あての無い渡り鳥の様に……。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 魔力が消えると分かると、静かに地面に降り立ち、再び魔法を掛けてを何度か繰り返すこと数時間。

 やはり町や村の姿形は見えなかった。

 そうなると、今度は野宿の事も考えねばならなくなる。

 人は生きている以上、当然の事だが食事は必要であり、空腹で飢えて死ぬ事もあり得る。


「とは言いましても、ねぇ~……」


 素材も再現したとメールでは書いてあったが、インベントリーを覗くと食料の影すら見当たらない。

 ゲームの時は食料もきちんと集め、仲間と共に冒険の数々を繰り広げてはいたが、今回はサバイバルになる様な気がしていた。

 幸い調味料は存在しているようだが、調理する素材が全くないのだ。


「狩りをするしか無いか……。この世界で食べられる動物なんてるのでしょうか?」


 そう言いながらも聡はインベントリ―から弓を取り出し、矢筒を背中に背負う。

 狙うは小動物だが、ここに来て大きな問題が出て来た。


「考えてみれば、僕一人で狩りをした経験がありませんね。近所の山田さんとは良く行ったのですが……」


 聡の住んでいた場所は田舎なので、ご近所付き合いはマメに熟していた。

 農作物に被害を齎す猪を狩り捌いた事は記憶にあっても、それは猟師が傍に居て指示をくれたから出来た事である。

 単独での狩りはこれが初めてであり、食料を確保できなくては飢え死にする事になる。

 背に腹は代えられず、彼は気配を消して獲物を探した。


「いた……」


 =======================


 フォレスト・ラビット レベル5

 HP 50/50 MP 10/10


 =======================


 普通にウサギだった。

 ウサギは警戒心が強く、ほんのわずかな物音でも逃げる習性がある。

 更に糞食の習性があるのが嫌な所だが、必要なのは肉であり内臓は要らない。


 矢を番えて木の上から狙いを定める。

 フォレスト・ラビットが背を向けた瞬間、弓から矢が放たれた。


 ―――ドォゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


「威力が……高過ぎだった。使った弓が拙かったですかねぇ?」


 哀れ、ウサギさんは無残な肉片へと姿を変えたのだった。

 使用した武器の性能が強力すぎたのだ。

 聡はマジマジと弓を睨む。


 =========================


 魔改造弓321号 


 攻撃力 +30000

 筋力強化 威力倍増 攻撃力増加

 命中率向上 一撃必殺 標的爆散


 ==========================


「無用な殺生をしてしまった……」


 狩りに使う武器では無かった。

 仲間と共に面白半分で作った弓だが、これほどまでに実用性が無いとは思わなかった。

 解体する事を悩む前に、獲物が爆散しては意味が無い。

 これでは食糧調達は不可能である。


「待て、落ち着け……。たしか、スキル技術の中に【手加減】があった筈です。それを利用すれば、何とか…」


 一撃必殺で獲物が死に、爆散で粉々に粉砕する。

 ならば手加減で虫の息にし、ナイフで止めを刺せば良い。

 そう考えて再び獲物を探す。


「今度こそ・・・・・・」


 再び矢を放つと、今度はきちんと瀕死に追い込んだ。

 手早くナイフを装備し、フォレスト・ラビットに止めを刺す。

 今度は爆散せずに済み、ようやく一息を吐く事が出来た。


 問題はどこで解体するかである。


「出来れば水辺が良いな」


 この後ウサギを三羽しとめ、水辺を探してうろつく事になった。

 腹が減ったが、それどころでは無い。

 血の臭いを嗅ぎつけ、他の肉食獣が襲って来るとも限らないのだ。


 ―――ギャ、ギギャ、ギギャギャ!


 こんな風に……。


「ゲッ、ゴブリン!?」

 

 ファンタジー界の定番。

 一匹見かけたら百匹はいると判断すべき雑魚の王様。

 Gのつくお約束なモンスターである。


 ゴブリンは聡を見つけると、まるで時代劇の岡っ引きの如く笛を鳴らした。

 森が騒めき始め、森の奥からゴブリン達が湧き出るかの様に次第に数が増えて来る。


「冗談じゃない!!」


 彼は勢い良く走りだす。

 狩りでウサギを狩るのは良いが、人型を相手にする気にはなれなかったのだ。

 戦って勝てないを訳では無いが、現代社会に生きていた人間には殺人に対する嫌悪感があったからである。

 それ以前に、聡には未だ過酷な環境で生きる覚悟が足りなかった。

 その事を自覚するのには、しばしの時間が掛かる事となる。 


 全力で逃げる聡と、それを追い続けるゴブリン軍団。

 逃げ足は聡の方が早いがいかんせん数が多い。

 逃げ道を別のゴブリンが現れては退路を塞ぎ、更に別の方向へ逃げれば、また別のゴブリン軍団。

 次第に増えてくその数は有に百を超えていた。


「何なんですか、この森はぁあああああああああああああああああっ!!」


 聡は知らなかった。

 この広大な森は、この世界で未開の地、【ファーフランの大深緑地帯】と呼ばれている事を……。

 数多の魔物が生息し、中には未発見の存在もいる野生の王国なのだ。

 ましてや千を優に超える魔物の群れも数多く存在し、ゴブリンはその定番に過ぎない。


 飛行魔法で逃げようとも思ったのだが、周囲から矢が無数に飛んで来て、その暇が無い。

 正に数の暴力である。


 必死に逃げる聡の先に、僅かにだが明かりの様なものが見える。

 光に惹かれる蛾のように、彼は本能的にそちらへ向かった。

 

 彼の目に飛び込んで来たのは村であった。

 いや、規模からすれば町と言ってもおかしくは無い。


「た、助かった……ウゲッ?!」


 そう思ったのもつかの間、それが間違いである事を直ぐに認識する。

 何故なら、そこに居たのはゴブリンの大軍。

 そう、彼が向かった先はゴブリンの集落だったのだ。


 結果的に敵地に飛び込んでしまった彼は、もはや笑うしかない。


「アハ……アハハハハハ・・・・・・」


 その彼の精神は、危険な兆候にあった。


 ―――ギギャ! ギョギャギャギャ!!


 ゴブリンたちは獲物を倒して喰らおうと、武器を携え周囲を囲う。

 しかし、ゴブリン達もまた気付いていなかった。

 目の前にいる聡が、決して手を出して良い存在では無い事を……。


「皆……消し飛べぇえええええええええええええええええええええっ!!」


 突如、吹き荒れる魔力の嵐。

 その猛威は魔物達を恐怖で震撼させる。

 だが時すでに遅し……聡は禁断の魔術を解き放とうとしていた。


「【闇の裁き】」


 膨大な魔力で構築された漆黒の巨大な球体が出現し、そこから生み出された同色の小型の球体が複数ゴブリン達を情け容赦なく飲み込んで行く。

 雷を撒き散らし、嵐の如き旋風が巻き起こり、巨大な黒い球体は大地ごとゴブリン達全てを吞み込み、消し飛ばす。

 それは一方的な破壊と殺戮。


 ゲーム内で何度も邪神と闘い、その攻撃を科学的に解析して作り上げた最悪の魔法。

 その蹂躙劇はゴブリン達の集落をあっさりと消滅させ、それでも足りぬとばかりに余波は広大な森に広大な更地を生み出していた。

 だがそれだけでは終わらず、術者本人を中心に巨大な爆発が発生する。


 超重力魔法【闇の裁き】は要するに、臨界寸前のブラックホールを生成して乱発するのだ。

 ゴブリン達は量子単位まで圧縮され、広範囲破壊の爆縮の為の火薬にされるのである。

 敵の数が多いほどにその威力は高く、敵の姿が消えるまで決して攻撃は終わらない。

 悪夢の様な魔法である。


 聡が正気を取り戻し見た光景は、まるで隕石が落ちたかのような巨大なクレーターであった。

 辺りは月面の言ってもおかしくない様な大小のクレーターが生まれている。


「・・・・・・・僕は、取り返しのつかない過ちを犯してしまった・・・・」


 全くである。

 生き残るためとは言え、その強力な魔法の爪痕は想像を絶する。

 これで消費魔力が百で留まっていること自体おかしい。

 やっている事はただの自然破壊である。


 後に残されたのはゴブリンであった者達の大量の魔石だけであた。

 例え肉体を破壊されようと、後に残される魔石はダイヤよりも硬い魔力の結晶体なのだ。

 その為、強力な殲滅魔法でも魔石だけが残される。

 無論、中には砕け散る物も存在するが、それでも有り余るほどの魔石を手に入れる事に成功した。


「・・・・水辺を探そう」


 だが、彼の心境は穏やかでは無かった。

 何故なら、自分が如何に規格外で非常識なのかを実感してしまったからである。

 その足取りは重く、まるで幽鬼の様であった。




 三時間後、聡は川に出る事に成功した。

 どうやら湧き水のようで透明度が高く、川で泳ぐ魚すら見て取れる。

 果てしない空腹感を堪え、早速フォレスト・ラビットの解体を始めようとした。


 ゲーム内では解体用のナイフが存在し、当然の如くそれも構築されている。

 

「解体か……どうしようか?」


 流石に一人でやった事が無いので躊躇いがあるが、どうしても空腹感には勝てそうにはない。

 その上、周囲は野生の世界であり、いつ魔物が襲って来るかが分からない程だ。

 心を決めていざ解体しようとした時、聡の目の前には驚くべき光景が広がっていた。


「……僕は・・・・・いつ解体したんでしょう?」


 そう、フォレスト・ラビットが綺麗な肉に取り分けられていたのである。

 しかも毛皮には血の一滴すらついていない。

 明らかに異常な事態である。


「仕方が無い。もう一羽を解体・・・・・へ?」


 フォレスト・ラビットを持ち上げた瞬間、聡の腕は無意識に反応したが如く、美味しそうな肉に解体してしまった。

 それも恐ろしく正確な速度をもってだ。

 見ていた本人も驚愕する程である。


「これはもしかして・・・・・・職業スキルが関係あるのか?」


 彼のスキルには【狩神】【解体補正】が存在している。

 このスキルには狩猟に対しての補正が大幅に引き上げられるのだ。

 職業スキルには<士>若しくは<見習い>、<師>、<鬼>、<帝>、<神>の五段階に分けられ、その補正も大幅に変わる。

 まぁ、職業によっては異なる呼び方もあるが、概ねこれが基本である。

 そこに個人スキルが加われば、処理する速度は桁外れであろう


 職業スキルを手に入れる為に…例えば剣士になるには、スキルの【剣術】を極めなくてはならない。

 聡の職業スキルは全て<神>であり、達人の域をぶっちぎりで超えていたのである。

 正に神業の速度で解体するその精度は、他の追随を許さぬ程に洗練されていた。

 


「これはもう、人の領域じゃありませんね……。どこかで隠遁生活の方が良いのではないでしょうか?」


 相当の場数を踏まねば上がらないスキルが、異常なまでに高い。

 つまりは、それだけゲームにのめり込んでいたと言う事実なのだが、それが現実になると話が変わって来る。

 こうなると、どこかの国に目を付けられ面倒な事態になり兼ねない。

 流石にそれは遠慮したかった。


「それに、できる事なら結婚もしたいですが…、こんな化け物じゃあ無理でしょうかねぇ~……」


 未だDTである彼には深刻な問題であった。

 若返るための秘薬も作れるほど素材は余っているが、今の状況では作る事は叶わない。

 更に言えば、この世界の金が無いのが問題であった。


「まぁ、この世界の通貨基準が、日本円と似ているのは救いですが……」


 通貨の表示は、1ゴルが一円。

 其処から五ゴル・十ゴル・五十ゴル・百ゴル・五百ゴルと上がって行く。

 全てが金貨だが、その大きさによって価値が違うのだ。

 一千万ゴルともなると、もはや金の延べ棒であり、錬金術師が必死に金を錬成しているのがこの世界の常識である。

 地球とは異なり、金は比較的安価で手に入りやすい環境だった。 


 ウサギ肉を焼きながら一人考える姿は、正直寂しい。

 それでも、何とか寂しさを紛らわす聡であった。


「そう言えば……この世界は命の値段も安そうですね。盗賊が出てきたら殺せるのでしょうか……ハァ~」


 ゲーム内の設定を考えれば、この世界も複数の国家が乱立している事になる。

 その中でどこの国に所属するかによって自分の扱われ方も異なって来るのである。

 ある国では魔導士が冷遇され、ある国では亜人種達が差別対象となり、ある国では軍事強化の為に強制的に軍属にさせられる。

 あくまで設定の話ではあるが、決してあり得ないと言切れる話じゃ無かった。

 ましてや犯罪者相手に躊躇うようではこの先も生きては行けず、時に断固とした決断が要求される事もある。

 少しでも低いリスクで生きる為には、目立たない方が良いのである。


「まぁ、今考えても仕方が無いか……食事を済ませてしまいましょう」


 そう言いながら焼き上がった兎肉を口に運ぶ。


「美味い……」


 広大な深緑地帯の片隅で、おっさんが一人寂しく肉を喰らう。

 無言で狩った兎肉を貪る様は、まるで原始時代に戻ったような哀れな姿であった。

 だが彼は食事を続ける。

 それだけ空腹だったのであった。 


 その後、木の上にロープで自分を括り付け、就寝する事にする。

 地上で寝るよりは安全であると判断したのだが、翌朝尻が痛かった為にこの方法は止める事にした。


「正直、寝心地は最悪でしたね。あぁ……尻が痛い…」


 何か別の事と勘違いされそうな言い方である。


「今日も狩りをしながらスキルの把握をしていきましょう。剣の方はどうなのでしょうか?」


 今持っている武器の類は、威力の面では申し分ない。

 むしろ過剰戦力の様に思える。


 腰に差した二振りの剣は、見た目は地味だが持てる技術の粋を結集して作り上げ、趣味と悪ふざけの赴くままに作り上げた凶悪な武器である。

 全ての装備が地味な為に目立つ事は無いが、同時に他者からは侮られそうである。

 何しろ、彼の見た目は前髪で目が見えないくらいに無雑作に伸ばしたボサボサ髪に無精髭。

 背はやや丸めがちで、いかにも冴えないオッサンである。


 だが、そんな冴えないオッサンはゲーム内では異常な強さで無双していた。

 そんな非常識な力を実際に持つ人間がいたとしたら、周囲の人達に恐れられ避けられるのは明白だろう。

 羨望と嫉妬の目で見られるのも遠慮したい所だが、孤独のまま生きて行くのも避けたい。

 寂しい人生は何としてでも防がなければ為らない。


 ならば極力実力を出さずに相手を圧倒するしかないのだ。

 それも無難な立ち位置で手加減してだ。

 その基準が彼には分からなかった。

 

「結局は、今の体に慣れるしかないか……めんどくさ…」


 10年近く田舎でスローライフを送っていた為、彼は率先して何かをしようとする気にはなれ無いでいる。

 もう『俺、TUEEEEEEEEEEEEE!!』などと言っていられる歳では無いのだ。

 人並み程度の家庭は持ちたいという細やかな夢しかない。

 その為にも、彼は自分の力を掌握するしかなかった。


「どこかに良い相手はいないものでしょうか……」


 そんな事を言っていると、彼の警戒領域に何かの生物反応が感じ取れた。

 こうしたアクティブに反応するスキルは実に重宝する。


 ―――ガサ……


 草木がすれる音に耳を傾け、同時に腰の剣に手を携える。

 姿を現したのは豚の頭部を持つ肥満体の魔物。

 お馴染みのオーク種である。


「【ミート・オーク】……これは食べれますね。倒しますか……」


 俗に言う食べられる魔物。

 ミートなだけに、肉として美味しく頂ける魔物なのだ。

 同時にファンタジー界のエロモンスターとしても有名で、それはこの世界でも変わりはない。

 繁殖力が強く、雌のオークがいくらいても足りない程に性欲が強い。

 ゲーム内でも大量繁殖をして、大規模戦闘に発展するイベントが頻繁にあった。

 好戦的で雑食性なために、常に討伐され続けている魔物なのである。


 聡は瞬時に間合いを詰めると、一瞬にして両手の剣でオークを斬り殺した。

 瞬殺である。


「…コレは何と言いますか、手加減してこうなのですか? 僕はどれだけ化け物なんでしょうねぇ~?」


 オークは聡に気付いていた。

 しかし、それでも反撃が間に合わなかったという事は、聡の攻撃速度が速い事を意味する。

 まるでどこかの流浪人だ。


 そして、手早くオークを解体すると、次の標的を求めて移動を開始する。

 そんな行為がしばらく続いた。


 結論。『強過ぎて洒落に為らない』という事だけが判明する。


「食料は確保できましたが……流石に肉ばかりでは…」


 流石に三食肉ばかりでは飽きて来る。

 山菜など探してみたが、何故か薬草の類しか見つからない。

【ブラッディ・ベラドンナ】など、猛毒以外に使い道が無いのだ。

 この毒性が薬効成分に変わるのだが、機材が無い以上は宝の持ち腐れである。

 魔導錬成という手段も残されてはいるが、製作した魔法薬を収める器が無いので、魔法薬を製作する意味も無い。

 今のところ、無駄な物が増えて行くばかりであった。


「パンが……白いご飯が恋しい」


 サバイバル生活二日目にして、聡は早くも音を上げていた。

 元々農家であったために多少の不便さは我慢できるが、こんな陸の孤島の様な場所での流浪のサバイバルはキツイ。

 歩けば出て来るのは原住民では無く、自分を餌と思って襲い掛かって来る凶悪生物ばかりなのだ。

 それも、かなり高い頻度で接触してしまう。


 素材は増える、食事事情は変わらない。

 そんな殺伐とした状況に嫌気がさしていた。

 そもそも現代社会で生きていた人間に、こうした原始的生活をさせるのには無理があるだろう。

 いっそ死んだら楽になれるのではと、本気で考える始末だ。


「なぜ、山菜などの野草が見つからない…。肉ばかりでは栄養が偏るじゃないかですか……」


 愚痴ばかりが口から出る。


「神なんて信じない……。奴等は敵です」


 ―――GYUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!


 神を侮辱した罪か罰か、ソレは空から飛来した。

 緑色の鱗に覆われた、長い首を持つ空の魔物。

 二本の足に鋭い爪を持ち、口の中には鋭利な牙が生えそろっている。


「わ、ワイヴァ―ン!?」


 ワイヴァ―ンは聡を執拗に追い駆け、彼を腹に収めようと、幾度も一撃離脱を繰り返す。

 流石に空からの魔物が相手では、慣れない躰では対処するには無理があり、何度も攻撃を避けながら逃げ続けるしか無かった。 

 

 命懸けの鬼ごっこは、日が暮れるまで続けられるのだった。


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