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おっさん、ダンジョンの変化に理解できず。



 時間は少し戻りアーハン坑道ダンジョン、第二階層。

 森林エリアを抜け、ボス部屋で二人組の傭兵が攻略を終えていた。


「はぁ~……なんで私、ダンジョンで戦っているんだろ」


 うんざりした表情で呟いたのは、メーティス聖法神国に召喚された勇者の一人、【一条 渚】であった。

 彼女がダンジョンに挑むことになった原因。

 それは目の前にいた。


「う~ん、ゴブリンの魔石も売ったところでたいしたことがないなよなぁ~。どこかに大物はいないものか……」


 正直、渚は目の前にいるこの少年――【田辺 勝彦】を殴りたかった。

 数日前、渚がアルバイトしているレストランに、同じ勇者である【田辺 勝彦】が突然現れた。

 そして、渚の前で何も言わず突然土下座をし、呆然とする彼女の前で『頼む、一条! 何も言わず金を貸してくれ!!』などと言い出した。

 より詳しく追及すると、『一攫千金を狙ってカジノに入ったのは良かったが、有り金全部溶かしたんだぁ!! あの女、イカサマやってるとしか思えないほど勝ちまくりやがって、明日からどう生活していいのか……』、とのことだ。

 傭兵ギルドに登録し、しばらく護衛などの仕事に就いていたかと思えば、カジノで有り金を使い果たし面倒事を持ってきたのである。

 当然だが、渚が勝彦に付き合ってやる義理はない。金を貸すことは断った。

 しかし、よりにもよって務めている店の中で『俺を捨てないでくれぇ!!』などと叫びだす。客が大勢見ている前でだ。思い出しても腹が立つ。

このような理由から紆余曲折を得て、当面の生活費を稼ぐためにアーハンの村に来たのだ。

 怒りの衝動にかられた渚は、暢気に魔石を拾っている勝彦の後頭部を無言で蹴り入れる。


「いでぇ!! なにすんだぁ、一条!!」

「黙りなさい、クズ! 人の職場にいきなり現れて、大勢人がいる前であんな真似をして……。思い出しても腹が立つわ!!」

「何度も謝っただろ、執念深いぞ!」

「うるさい! あんたに『ナギサちゃん……あんな男との関係は早めに切った方がいいよ。絶対に人生を棒に振ることになるから』と、店長に言われた私の気持ちがわかるかぁ!!」

「いいじゃないか、同じ勇者仲間だろ?」

「ふざけんなぁ、あんたと恋人同士と思われる私の身にもなれ!! 死にたくなったわよ!!」

「そんなにぃ!?」


 勝彦を一言で言うと、“考えなしで行動する馬鹿“だ。

 決して悪い奴ではないのだが、いつも『なんとなく』で行動するためかトラブルを引き起こすことが多く、どうしようもない事態だけ他人に頼ろうとする傾向があった。

 いや、正確にはどうしようもない事態ばかり引き起こす。

 そんな彼とコンビを組まされた理由が、ただのクラス委員だからというだけだった。渚からしてみれば貧乏くじを引かされたようなものだ。

 勝彦の存在自体が実に恥ずかしい。


「賭博でお金を摩ったのは自業自得でしょ。私、関係ないわよね? あんた、私に何か言うことはないの?」

「こうしてダンジョンにつき合ってくれているのは感謝しているぞ?」

「とても感謝しているようには見えないわよ。私はあんたのなに? 都合が悪い時にだけ頼るだけの何でも屋?」

「委員長なんだから当然じゃないのか?」

「好きでクラス委員になったわけじゃないし、この世界でもそんな肩書を押し付けないでっ!」


 どうも勝彦の中では『クラス委員』=『なんでも助けてくれる便利屋』の図式ができているようだ。その認識は召喚されてから現在まで変わることがない。


「私は自分のことだけで精一杯なの! なんで、あんたの面倒まで見なくちゃならないのよ。冗談じゃないわ!」

「そんなこと言って、なんだかんだ言いながら付き合ってくれるじゃん。ひょっとして俺にlove?」

「……………………気持ちの悪いこと言わないでくれる? 吐き気がするわ。鏡の前で三時間ぐらい言葉の意味を考えてから言いなさいよ」

「ひ、酷い!?」


 物凄く嫌そうな顔で侮蔑の言葉を吐き捨てられては、さすがの勝彦も『あれ? 俺……もしかして凄く迷惑だった? 嫌われてる?』と思った。

 気づくのが遅すぎる。


「賭博で一攫千金なんて、普通に考えて無理でしょ。この世界の文化だと、カジノを開く側も荒稼ぎされないように手を打っているもんでしょ」

「店側もイカサマしてんのか!?」

「当然でしょ? 店で働いていると、そうした情報は直ぐに入ってくるのよ。まぁ、中にはイカサマを叩き潰す博徒もいるようね。素人が賭け事で大儲けしようとするのは間違いだわ」

「なんで早く言ってくれないんだよぉ!!」

「あんたの都合なんて知らないわよ、勝手に負けてきただけじゃない」


 渚の言っていることは正しい。

 勝彦は意気込んで自らカジノに入り、勝手に金をつぎ込んでボロ負けしただけだ。

 そこに彼女を巻き込むなどは間違いである。


「ハァ~………あんた、女にも気をつけなさいよ? 変な女に手を出して、『子供ができたから責任をとれ』なんて言われるかもしれないわ」

「え~? 別に娼婦館くらい行ってもいいじゃん」

「その手の店は裏社会の人が牛耳ってるんだけど……。弱みを無理やり作って脅迫なんて、よくある手口じゃない。DNA鑑定がないこの世界で、子供の親が誰なのか判別できないのよ? いつまでも地球の常識にとらわれていると後で泣くハメになるわ」

「それは……嫌だな」

「勇者なんて肩書は意味がないと思いなさい」


 こうして常識を教えても、勝彦はトラブルを引き起こす。

 不毛だとは分かっているのだが、言わずにはいられない渚だった。


「なぁ、そこまで親身に忠告してくれているのって、やっぱり俺にlove? 一条ってツンデレ?」

「自惚れも、そこまで来ると立派ね………………死ねばいいのに」

「すみませんでしたぁ!!」


 ゴミを見るような視線を向ける渚に、勝彦は何度目かの土下座をした。

 この日、勝彦は自分が渚に本気で嫌われているのだと知ったのだった。

 遅いくらいである。

 その後、二人は魔石を回収し、第二階層へと降りて行った。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 アーハンの坑道ダンジョン、三階層。

 現在、勇者である勝彦と渚はダンジョンで魔物を戦闘中。

 二人はメーティス聖法神国にある【試練の迷宮】に何度も挑みレベルを上げていたので、傭兵達よりもダンジョンの構造に詳しく、そして慣れていた。

 地下世界であるダンジョン内に広大なエリアが広がっていたとしても、二人が驚くようなことはない。彼らは召喚前の世界にてTVゲームもやっていたため、罠の知識なども豊富だ。

 ゲーム知識をリアルファンタジー世界で検証したと言い換えるべきか、架空の知識が通用する世界で充分な成果を出すことができていたが、勇者達の精神面はどこか現実と虚構の線引きが曖昧であったが……。

 渚はいち早く現実とゲーム世界の差異に気づき、環境に適応しようと動いたが、勝彦はその逆だ。

 戦争で仲間が半数死んでいったというのに、いまだにゲーム感覚が抜けきれない。いつまでもその感覚に身を委ねているのは危険である。

 彼女が勝彦に忠告しているのも恋愛感情からくるものではなく、これ以上仲間が死んでいくのを見たくないという優しさから来ているものだが、しかし勝彦がそこに気づけるかどうかは別の問題だった。


「【ファイアーボール】!」


 魔法を使いコボルトを倒した勝彦は、渚が見ていられないほどの浮かれ具合だった。

 メーティス聖法神国では魔法の使用は禁忌とされており、勝彦は勇者として召喚されても魔法が使えないことに不満だった。魔導士であった同じ勇者の【風間 卓実】を羨んだほどである。

 しかしながら、ソリステア魔法王国にて魔法スクロールを使い覚えて以降、勝彦は調子に乗っていた。乗りまくっていた。

 逆に渚は魔法の危険性に真剣に向き合っている。


「いやぁ~、魔法って最高! ザコを簡単に倒せるし、ほんと便利♪」

「あんたねぇ……調子に乗るのもいい加減にしなさいよ。私達はメーティス聖法神国側の人間なんだからね。もし魔法を使っているところを神官の誰かに見られでもしたら、暗殺者くらい送り込んでくるかもしれないわ」

「えっ? いや、でもさぁ~刺客を差し向けてきても俺達なら楽勝だろ」

「……暗殺者が真っ向勝負を挑んでくるわけないじゃない。知らないところで動かれたら防ぎようがないわよ」

「一条は心配性だな。ダイジョブ、ダイジョブ」


 メーティス聖法神国は魔法の存在を疎んでいる。

 神聖魔法のみを絶対視しており、魔導士が使う魔法を執拗に排除しようと動いていた。

 勇者で唯一魔導士であった【風間 卓実】を冷遇していたことから見ても、魔法に対する拒絶感はかなり高く、仮に二人が魔法を覚えたと知れるとメーティス聖法神国は暗殺者を送り込んでくる可能性は十分に考えられるだろう。

 渚は勝彦ほど楽観視していない。


「熟睡している最中に狙われたら? 護衛していた相手が殺し屋だったら? 宿の料理人に紛れ込んでいるかもしれないわよ?」

「いやいや、他国に暗殺者を送り込むなんて、そんなことできるはずが……」

「ないと言い切れるの? 私達って事実上は脱走者なのよ。もう少し警戒しなさい」

「…………」


 二人は以前、ある魔導士からメーティス聖法神国――四神教に対する疑念を教えられた。

 勇者召喚時のエネルギー問題とその弊害や、四神と邪神の正体。

公に知られればメーティス聖法神国の立場はなくなる。

 また、その時に神官が魔導士を攻撃したことから、メーティス聖法神国に身を置いていては危険だと察した。そのような経緯から二人はソリステア魔法王国に留まっている。

 何よりこの国は住みやすかった


「今は、なんだかんだと理由をつけてこの国に滞在しているけど、たぶん向こうは不審に思っているんじゃないかしらね。それに勢いで魔法を覚えちゃったし……」

「あ~……魔法程度で、なんで躍起になるんかね。俺にとっては迷惑ぅ~」


【風間 卓実】を冷遇していた国だ。

 今の二人をメーティス聖法神国が受け入れるとは思えない。


「一緒に来た神官達もこの国にいるだろ。あいつらも信用できないのか?」

「話の最中にゼロスさんを攻撃したのよ? 私達に余計な情報を与えないのが、あの国の方針なのよ。でも、既にあの人達も余計なことを知っちゃったから、国に戻れないのよね……」

「バレたらどんな手を使っても抹殺、か……。あんまり不安を煽るようなことを言わないでくれよぉ~」

「自重してほしいだけよ……。あんた、馬鹿だから」

「いや、でも魔法だぞ? 異世界に来たら使ってみたいじゃん」

「そうやって浮かれていればいいわよ。それで背後から刺されても、私は知らないから」


 渚は正直、今を生きることで精一杯なのだ。

 それなのに勝彦は問題ばかり持ってくる状況に、内心では既に嫌気がさしていた。

 正直に言えば、『もう、見捨ててもいいんじゃね?』とすら思っている。

 彼女の優しさも無限ではないのだ。


「……足を引っ張られる前にアトルム皇国に行くべきかしら? 向こうには姫島さん達もいるし」

「アトルム皇国って敵国じゃん。なんで姫島が……裏切ったのか!?」

「ゼロスさんの話だと、向こうで黒い羽根の将軍に戦いを挑んで負け、捕まったらしいわ。あと、風間君も生きてたみたい」

「はぁ!? 風間のヤツ、生きてたの!?」


 死んだと思っていた仲間が生きていたことは嬉しいが、状況が喜べない。


「神薙君達も裏切ったみたいね。好待遇で受け入れられたみたい」

「なんで一条がそんな情報を知ってんだよ」

「ゼロスさんに聞いたんだけど? たまたま店で食事をしていて、世間話に教えてもらったわ。あと、風間君はロリコンでドМに覚醒したとも聞いたわね」

「ロリコンなのは知っていたが、ドМに覚醒しただとぉ!?」

「神薙君達にボコられているとき、痛覚耐性Maxで一気に覚醒したらしいわ。あと、アトルム皇国の合法ロリ姫様とラブラブだとか……」

「男にボコられてもOK!? まさに変態紳士ぃ!」


 そして別の意味で喜べない状況も発生していた。


「最後の情報が衝撃だ……。なんで変態紳士に彼女ができんだよ、俺だってまだなのに……」

「あんた、風間君がロリコンなのは知っていたのね。そっちの方が意外だわ」

「まぁ、あいつとはラノベの話で盛り上がったからな。ただ、ヒロインがロリっ子か合法ロリの物ばかりチョイスしていたから、自然と気づいちまった」

「この国から出るとしても、逃げる先はアトルム皇国になるかしら」

「変態紳士の仲間と思われるのも嫌だなぁ~……」

「安心しなさい。あんたは風間君と同類だから、今さら取り繕うとしても無駄よ」

「嘘ぉ~ん!? 俺、皆からそんな認識を持たれてんの!?」


 若干のオタク気質はあるものの、勝彦は自分がまともな部類だと思っていた。

 しかし、渚の言葉でそれが間違いであると現実を突きつけてくる。


「あんたの行動をよく考えてみなさい。娼館通いはする、博打はする。ナンパもするし、浪費癖も治らない……。普通に考えてロクデナシよね?」

「うっ!?」

「しかも、そのどれにも有り金前部つぎ込んで、お金が無くなったら他人から借りて返さない。クズと言わずしてなんて言うのかしら?」

「うぅっ!?」

「そこで反省するならまだしも、経験を生かさないどころか同じことを何度も繰り返す。学習するという言葉が頭の中にあるんですかぁ~? どうなのよ」

「……俺、泣いてもいいかな?」

「勝手に泣けば? それで現実が変わると思っているの? あんた自身が変わろうと努力しない限り、クズはどこまで行ってもクズのままよ」


 ボロクソに言われるままの勝彦。

 だが、実際に渚の言う通りであり、現在進行形で被害者の渚にはそれを言う権利がある。

 涙目で恨みがましい視線を向ける勝彦だが、自業自得なのだから仕方がない。

 そんな彼を無視し、渚は三階層の森を進む。


 ――DoGooooooooooooon!!


 突如として前方から響いてきた爆発音。


「な、なんだぁ!?」

「魔法攻撃のようね。森の中で爆発するような魔法は危険だと思うけど、それほどの魔物がいたのかしら?」


 この時、二人はまだ緊急事態が起きていることに気づいていなかった。

 傭兵が獲物と戦っているところを横やり入れるのはマナー違反なので、自分達がいることで邪魔になることを考慮し、傭兵ギルドの規定に沿って二人はその場を離れようとする。

 マニュアルに沿った行動をしようとしたのだが、次に二人が目にしたのは森の先から十人単位の傭兵達が慌ててこちらに向かっている姿だった。


「お前ら、逃げろ!! サハギンの群れが……」

「「えっ?」」


警告をした傭兵は二人を無視して走り去っていく。

 そして、奥から次々と姿を現す半魚人の群れ。


「半魚人……か」

「やっぱり、こいつに付き合うんじゃなかったわ……。この、サゲ〇ン野郎」

「一条さんっ!? 言葉の使い方がお下品なんですけどぉ!?」


 渚は面倒事を押し付けられる不満からグレていた。

 なぜにこうもトラブルに巻き込まれるのか、世の不条理と隣の勝彦を呪いつつ、腰に吊るした剣に手を当てる。

 

「ギョアァアアァァァァッ!!」

「邪魔よ!」


 渚は剣に魔力を集め、常人離れした速度で抜剣。

 剣に乗せられた魔力が鋭い刃と化し、群がるサハギンを一気に十体切り殺した。


「お、おっかねぇ~………」

「アンタも戦いなさいよ! そもそも生活費を稼ぐために来たんでしょ、丁度いいじゃない」

「半魚人の魔石って、生臭そうなんだよなぁ~……【飛斬】!」


 剣技である飛斬は、先ほど渚が使った業である。

 剣という媒体に魔力を流し凝縮し、剣を振るうと同時に見えない刃で敵を斬り裂く。

 普通なら魔物一体を倒すだけで効果が切れるのだが、魔力の高い者であればその有効範囲は伸び、複数の敵を倒すことができる。

 勝彦はこの飛漸で周囲の木々ごと一度に15体のサハギンを倒す。

 

「刺身になりたい奴は前に出ろ。今ならサービスでなめろうにしてやんぜ」

「……あんた、半魚人を食べるの?」

「食わねぇよぉ!?」


 サハギン達は強敵が出現したことに警戒し、二人の周りを囲むように動く。

 サハギンは別名『海のゴブリン』と呼ばれており、獲物を囲み一斉に襲う集団戦を行う性質がある。

 だが、それはあくまでも弱い獲物か、あるいは多少手強い程度の獲物に対してだ。

 相手が強いと分かれば真っ先に逃げ出すところもゴブリンと同じだが、唯一の違いは状況判断の遅さにある。ゴブリンは一定数の仲間が倒されることで撤退行動に移るのだが、サハギンの場合は仲間の半数以上が倒されなければ逃走を行わない。

 地上では彼らの動きは制限されるのにもかかわらず、なぜ自分達が不利なのか理解できない。認識力が低いのである。


「うっわ、弱小モンスターはやることが同じだな」

「こいつらは地上だと動きが鈍いし、ゴブリンの方がよっぽど面倒だわ。集団で来られたらタチが悪いし」

「さっさと倒しちまおうぜ。サハギンの魔石なら、そこそこの値段で売れそうだしな」

「ハァ~………生臭くなりそうで嫌なんだけど」


 囲むサハギンに勝彦は臆せず斬りかかり、一方的に殺していった。

 サハギンも反撃しようにも思うように動けず、振りかざす槍が仲間を傷つけるだけで終わり、その合間にも勝彦によって蹂躙されていく。

 ここまで来るとさすがに不利と悟ったのか、背中を向けて逃げ出すサハギンも出始める。

 しかし、魚そのもの体に手足が生えた異形の姿は、人間のような直立姿勢よりもバランスが悪く、激しく振られる尾の慣性力にバランスが崩され、この場から走り去ることができない。そんなサハギンの後ろ姿に渚も思わず笑いがこみあげるほど、彼らの動きはコミカルだった。


『あの馬鹿一人だけでも決着はつけられそうね。なら、私は魔石の回収でもしていようかしら。粘液の臭いが服に移ったら洗濯に困るし』


 サハギンは地上に上がる時、体が乾燥しないよう鱗の隙間から粘液を出して包み込む。

 この粘液がムチンなのかは分からないが、とにかくドブのように臭いのだ。

 服に付着したらしばらくは悪臭が取れることがない。なら、ダンジョンがサハギンの躯を吸収するまで待てばよい。

 必ず魔石だけは残されるのだから。


「いやぁ~、大漁、大漁……いや、大量か?」

「ちょっと、臭うから近づかないでくれる? 服に移ったらどうしてくれんのよ」

「ひでぇ!? 俺、一人で頑張ったよな? それなのにこの仕打ち……」

「雑魚を全滅させたくらいで、何を偉そうに。ダンジョンに来ることになったのも、元をただせばアンタが原因じゃない。生活費を稼ぐのもアンタなんだから、死ぬ気で戦うのは当たり前でしょ! むしろ死ね!」


 勝彦に対して容赦がない渚。

 まぁ、大衆の目がある場所で大恥を搔かされたのだから、冷たくなるのも当然である。

 反省せずに開き直っている勝彦に問題がある。


「……さーせん。それにしてもさ、ダンジョンに来るたびに思うんだが、なんで魔石だけ残して死体が消えるんだ? 解体する前に消えられると素材が取れなくて困るんだが」

「(こいつ、謝る気が無いわね。)別にどうでもいいでしょ、魔石を売るだけでもお金になるんだし、解体がしたければ手早くやることね」

「俺、解体スキルのレベルが低いんですけど。一条はそこそこ高かったよな? 手伝ってくれないのか?」

「なんで?」

「いや、なんでって……」


 渚はここにきて、勝彦がまだ自分に頼ろうとしていることに殺意を覚えた。

 その感情が顔に出ていたのか、言葉を続けずに押し黙る勝彦。身の危険にはえらく過敏に反応するようだ。


「私が解体スキルのレベルが高いのは、厨房でお肉や魚を捌いているからよ。それがどうかした?」

「あの……なんでそんなに怒っていらっしゃるのかなぁ~と」

「怒りたくもなるわよね? そもそも、私がダンジョンなんかに来る羽目になったのは誰のせい? 何度も言っているのに同じことを繰り返して、その腐りきった脳みそでよく考えてみなさいよ、ねぇ?」

「まぁ、俺の……せい、だな……」

「それなのに解体を手伝えって? アンタ、何様のつもりなの?」

「うっ……」


 話を逸らしてなお自ら墓穴を掘る。

 それが田辺クオリティ。


「私はダンジョンにまでつき合っているけど、あんたのために働こうとは思わないの。その意味、わ・か・る・わ・よ・ね?」

「ハイ……モウシワケアリマセン」

「今度ふざけた事をほざいたら刺すわよ。本気でね」


分が悪いと思ったのか、勝彦はこれ以上何もしゃべらなかった。

 だが渚は知っている。これで勝彦が反省するわけではないことを――。

 10分もすれば同じことを繰り返す本物馬鹿なのだと――。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 渚達がサハギンの群れを倒していた頃、ゼロス達一行は個半を通り勇者二人組と入れ違うように元来たルートを戻っていた。

 湖畔フィールドの一番端である断崖を辿るように進んでいたが、ここに来てゼロスは違和感を覚えていた。


「おかしい……」

「ゼロスさん、それって顔のことか?」

「おかしいんだよねぇ……」

「もしかして、頭って意味かも? 確かにゼロスさんはおかしいよなぁ~、やっと気づいてくれたんだ」

「エロムラ君じゃあるまいし、そんなわけないじゃないか」

「酷い!」

『『 どっともどっちだと思う…… 』』

 

 ゼロスの疑問は、来るときに通ったフィールドの入り口が見当たらないことだ。

 この湖畔エリアに辿り着いた時、入り口には断崖に縦5mくらいの坑道と続く亀裂のような入り口が開いていたのだが、その入り口の姿が全く見当たらない。

 つまりこの湖畔エリアに侵入した後に塞がったことになる。


「ツヴェイト君……。三階層に辿り着いたとき、このあたりに入り口があったよねぇ?」

「俺の記憶だと、確かにあったな……。周囲の光景にも見覚えがある」

「先生、嫌な予感がするのですが……。もしかして私達………」

「………ダンジョン内に閉じ込められたかな?」

「「「 ……っ!? 」」」


 常に変化し続けるダンジョンでは、稀に内部に閉じ込められるケースがある。

 だが、ダンジョンが侵入者を呼び込む性質がある以上、必ず脱出できる道や仕掛けが残されることが多い。

 特に地下に広がるフィールドタイプのエリアが複数存在するダンジョンでは、侵入者を簡単には殺さないようになっているのだ。その理由として侵入者の手により内部で繁殖させている魔物を倒してもらうためだ。

 ダンジョンにとって繁殖させている魔物と侵入者は同じ餌でしかなく、むしろ内部の魔物を倒してもらった方がより多くのエネルギーを吸収できる。

 そのための餌として様々な宝物や希少な資源を生み出していた。資源や宝狙いの傭兵達は、ダンジョンにとって益獣扱いと例えてもよいだろう。


「………と、まぁ、そんな理由から出口は必ずどこかにあるはずなんだが……さて、どこにあるのかねぇ?」

「師匠が慌てていない理由はソレか」

「けどさぁ、ゼロスさん。その出口がどこにあるのか分からないんじゃ、最悪何日もここでサバイバル生活になるんじゃね?」

「大丈夫だ、問題ない」

「「 アンタはなっ!! 」」


 この世界の魔境であるファーフラン大深緑地帯で一週間も生き延びたゼロスにとって、

今さらダンジョンに閉じ込められた程度で慌てるようなこともなく、非常事態なのに落ち着き払っていた。

 その姿はツヴェイト達に凄く頼もしそうに映っていたりする。


「出口が消えたとしても、どこかに必ず出現しているんだろ? なら周囲を隈なく探索してみる必要があるな、師匠……」

「そうなるね。ただ、この分だと二階層も変化していると見るべきだろう。構造だけの変化か、あるいは拡張されたのか、どちらにしても慎重な行動が求められる」

「ですが先生、ここの湖畔フィールドだけでも広大ですよ? どこから探索すればよいのか……」

「セオリー的には、先ずは外周の岸壁を調査するって感じかな? あとは周囲の森の中に奇妙なものが出現していないか探して、最後は湖中央に浮上してきた島が順当だろ」

「「「 エロムラ(君・さん)がまともなことを言った!? 」」」

「失礼だなぁ!?」


 ――ZUZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ


 ダンジョンの変化を示す地鳴りが、ゼロス達のいる近場で響き渡る。

 距離的にもさほど遠くないように思えたが、同時に落石のような音も混ざり聞こえてきた。何かが起きていると直感する。


「(ま、まさか……。)闇鳥の翼!」


 近くから響いてきた地鳴りに思うところがあったのか、ゼロスは咄嗟に飛行魔法で木々よりも高く飛び上がると、上空から周囲の様子を調べた。

 そして、自分達のいる場所から少し離れた場所の岸壁に、明らかに人工物を思わせる石工建造物を発見する。


『あれが上階層への道か、あるいは下層への道かは分からないが……調べる必要がありそうだねぇ。う~ん、どうするべきか……』


 新たに生まれたルートは、上階層か下階層のどちらかに続いていると思われる。

 地上に続くルートであるなら良いが、下の階層へ進むルートであった場合は探索後に戻らなければならない手間が増えることになる。


『よし、ここはツヴェイト君に判断を任せよう。僕やエロムラ君もついていることだし、下層に進んだとしてもなんとか戻って来れるだろう』


 おっさん、これも修行だと調査の是非の判断をツヴェイトに丸投げすることを決め、ゆっくりと地上へ降りる。

 

「師匠、急に飛んでどうしたんだよ」

「どうやら、北側の断崖に建造物のようなものが出現したようでねぇ、これで調査する候補地が二か所になったわけだ」

「二か所……か、湖の中央に出現した神殿と、断崖の建造物……」

「ツヴェイト君としてはどちらを選ぶ? まだ周辺を調査したいというのであれば、建造物の調査は保留にして探索を続行するけど」

「……いや、断崖の建造物を調査しようと思う。ここから近いんだろ?」

「歩いて3kmくらいかな。ここからなら直ぐさ」


 探索するにしても何もない場所をやみくもに歩き回るより、目に見えるあやしい場所を調査した方が良いとツヴェイトは考えた。

 彼はなかなかに決断が早い。


「なら、さっそく先生の見つけた建造物の場所に向かいましょう。案内をよろしくお願いします」

「ここから断崖沿いに進むだけだから、迷うことはないよ」

「湖の神殿ポイ場所は?」

「あそこは……俺的に下層へ行くルートだと思っている。確かめたいならエロムラが行くか?」

「やめとく……。もし、ダンジョンで奴らと鉢合わせなんかしたら……」


 ときおり何かを思い出しては怯えるエロムラを不審に思いつつ、一行はゼロスが見つけた建造物へと足を進めた。

 ときおり薬草などを採取し、談笑を交えながら移動していたので、ソコに辿り着いた時には一時間ほどの時間が経過していた。

 謎の建造物の前で四人が見たものとは――。


「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」


 それは所謂墓所というべきものであった。

 中央入り口の左右を挟むように三体の石像が対に並べられ、古代文明の遺跡のような外観をしていた。ただし見た目にもこの入り口は凄く異様だった。


「……これって、アブ・シンベル神殿に様式が似てるなぁ~」

「師匠……この外観を見て何とも思わないのか?」

「この石像は、埋葬されている王様を模したものなのでしょうか? でも……」

「……俺、凄く嫌な予感がしてきた」


 その建造物は、ゼロスやエロムラが知るエジプトの神殿に酷似していた。

 岩壁を掘り抜いた石像は約10m近くある高さがあり、その姿はどこから見てもエジプトの王様を思わせる姿をしている。この世界にも似た文明があったことを示していた。

 ただし、六体の像は全て台座に座りつつも、妙になまめかしポーズをとっていることが気になる。


『なんだ………。この建造物を作った文明は、オネェが王様だったってことなのかい?』


 得体のしれない異様な何かを感じつつ、四人は奥へと進んでいった。


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