おっさん、マヨテロを仕掛ける
ダンジョン、それは欲望渦巻く魔窟である。
その欲望は数多くいる傭兵達よって異なるが、その中には極端な欲求の反応を見せる者もいる。
例えば――。
「うははははは、上階層でも結構出るじゃないかぁ! さぁ、ツヴェイト君も掘るんだ! 掘って、掘ってぇ~掘りまくれぇ!!」
「なんでそんなにテンションが高いんだ……。全部希少金属でもない鉄鉱石だろ」
「よく確認したまえ。赤鉄、黒鉄、微量に金や銀、銅、錫、亜鉛、ミスリルも交じっているぞぉ? 魔導錬成を使えば少量だが希少金属もゲットだぜぇ!」
「いや、俺は師匠ほど魔導錬成できないぞ。ミスリルがこの鉱石の中のどこにあるのかも分からんのに、抽出なんかなおさら無理だ」
「そのあたりは僕がやっておいてあげるから、君は元気にツルハシを振るいたまえ。微量のミスリルのために死ぬ気で……」
「死ぬきでぇ!?」
「いや、間違えた。死ぬまで」
「さっきよりひでぇ!?」
――鉱石目的でダンジョンに来た者。
あるいは……。
「これは【ネッタリ苔】ですね。マナ・ポーションの素材に使えるそうです」
「うっわ、ネバネバしてる……。これ、本当に苔なのか? 粘菌じゃないの? あるいはスライムの一種……。俺達はこんな素材で作った魔法薬を飲んでいたのかよ」
「苔ですよ? あっ、こちらには【ボーン・マッシュルーム】ですね。骨を苗床にする珍しいキノコで、免疫促進を促す効果を持っているそうです」
「ダンジョンって、倒した魔物は消えちまうはずだよな……。なんで骨が残ってんだ?」
……調合の素材の収集する者と、その対象を護衛にする者。
ダンジョンに挑む者達は多かれ少なかれ明確な目的を持っているが、今この場にいる者達は間違いなく趣味を満たすための暴走と、個人での学術的な調査であるのがわかるだろう。
当然だが、ここは危険極まりないダンジョンなだけに魔物も襲ってくるのだが……。
「グルルルル……」
「ゼロスさん、コボルトだぁ!!」
「ダブルツルハシ……ブゥゥゥメラァァァァァァァァン!!」
おっさんが投げたツルハシがコボルトを一撃で複数撃退し、再び手元に戻ってくる。
あきらかに物理法則がおかしい。
「さぁ、続けよう。魔石の回収はエロムラ君に任せた」
「「「何事もなかったかのように……」」」
……規格外な者の前では魔物の襲撃など意味がなかった。
わざわざ倒されるために現れたようなものだ。
無常の哀れさすら感じる。
「なぁ、ゼロスさん……。俺、ここにいる意味があるのか? 出てきた魔物はゼロスさんが処理してんじゃん。俺ちゃん、護衛だよね? ひょっとしなくても……いらない子?」
「おっと、いけねぇ……。つい、いつもの癖で倒しちゃったよ。悪いねぇ、エロムラ君や。邪魔する奴はツルハシ一つでダウンさせるのが僕の流儀なんだ」
「エロムラの存在意義がないな。師匠一人で充分だろ。お前……なんでいるんだ?」
「それを聞いちゃう? 聞いちゃうの? ねぇ、なんで聞いちゃうのぉ!? 本当に、なんでいるんだろうねぇ!!」
護衛であるはずのエロムラの存在意義がなかった。
何しろゼロスは敵を察知すると無意識に反応して迎撃してしまう。
先ほどはツルハシであったが、今まで現れた魔物の全てを投石で殲滅しており、こうなるとエロムラはただの給料泥棒である。
魔物とは別方向で無常だった。
「おっ、エメラルドだ……」
「あまり大きくはないねぇ、指輪に使えるくらいかな?」
「指輪か……」
ツヴェイトの脳裏に、なぜかクリスティンの顔がよぎる。
「……師匠、鉄鉱石に含まれているミスリルの抽出は、やってくれるって話だよな?」
「ん? それくらいならインゴットを作るついででやってあげるけど、なんで?」
「おっし、できる限り多くミスリルをゲットしてやる」
「おぉ!? 突然やる気をだしたねぇ」
ゼロスは趣味に使う鉱物を目的とし、ツヴェイトは淡い恋愛感情の衝動で、セレスティーナは調合素材の採取。
エロムラは護衛役と給料のため、それぞれが自分の欲望を満たすために行動していた。
危険地帯であるという認識が低いと言わざるを得ないのだが、ゼロスの強さを知っている三人にとって、おっさんの傍がどこよりも安全な場所だった。
「オリハルコンや他の希少金属はまだあるから、採掘するのは鉄で充分。合金にしちまえば、ククク……」
おっさんは掘る。ただ、ひたすらに鉄鉱石を……。
ツルハシを振るう速度は人外で、採掘音は重機そのものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、しばらく鉱石採掘をしていたゼロス達一行であったが、動けば当然ながら腹が減るものである。
まるで鉱山労働者のように、『ひと仕事してきたぜ!』と言わんばかりに洞窟から出てくると、岩山の前には澄み切った水を湛えた湖が広がっていた。
「目の前に広がる大自然……。綺麗な湖だろ。信じられるか、ここダンジョンの中なんだぜ?」
「エロムラ君や、なぜに君は弟が事故死した兄貴の口調で話すかね」
「その書籍なら読んだことがありますよ?」
『『……絶対にパチモンだろ』』
異世界の漫画事情はかなり歪で盗作的だ。いや、意味合いといては倒錯が正しいかもしれない。
漫画の概念はどこかの宗教国家が召喚した勇者達から齎され、その内容も丸々元の世界から引用したストーリーを使われていたのだが、やがてストーリー展開に他の作品の内容と融合させるという暴挙に出るようになった。
結果として、原作を無視したストーリー性の全くない、意味不明な内容の漫画が大量に世間へと出回ることになる。
そこに著作権や規制は一切なく、無秩序どころか混沌と化していた。
何しろ、倒錯――もとい盗作作家の手により、原作の面白さを見事なまでに破壊しているのだから。セレスティーナ達の漫画に対する基準がそれなのだから困りものだ。
「騎士を目指す弟と、弟に遠慮して格闘家を目指した兄を絡めたヒロインとのラブロマンスでしたよね。事故後に騎士の道へ転向して弟の遺志を叶えようとするんですけど、幼馴染の女性は他の男性キャラから不自然なほど人気があって、最後に武闘会の会場で兄が婚約破棄された物語でした。この婚約破棄パターン、結構多いのですけど流行っているのでしょうか?」
「「それ、話が違う……」」
某有名作品にファンタジー乙女ゲーの要素が盛り込まれていたようだ。
しかもバッドエンド。
パチモン作るにも程というものがある。
「本の話なんかどうでもいいだろ。それより、どこで休むかが問題だと思うぞ」
「そうだねぇ、このエリアは湖が全体を占めているようだし、森が少ない。安全に休める場所が限られている」
「この階層のコボルト程度なら余裕だけど、休んでいる最中に襲われるのは遠慮したいよな」
「インゴットを作から、魔物の出現率が低い場所がいいよねぇ。湖の傍はやめておこうか」
「なんでだ、師匠」
「陸地が少なく湖面が多い……。水生の魔物が襲ってくる確率が高いだろ?」
ダンジョンのパターンからしても、水中で生息する魔物の出現が高いと判断した。
特に湖という地形から、リザードマンやハサギンなど複数体で行動する魔物の相手は面倒だ。何しろ今回の目的は採掘や採取である。
のんびり探索しつつ必要なものを手に入れられれば、それでよいのだ。
「ゼロスさん、あそこの崖に岩棚があるけど?」
「ふむ、【ガイア・コントロール】で階段でも作れば、上で安全に休憩ができるかな」
「臨時的な拠点を作るのに便利だよな。師匠が作った魔法だろ?」
「術師の魔力次第ではいくらでも応用が利きそうですよね」
崖の岩棚を休憩場所と決め、四人は崖下へと向かった。
高さ的には8メートルくらいだったが、おっさんは鼻歌交じりに魔法で階段を作り、岩棚の上に辿り着く。
真下には透明度の高い湖面が広がっている。
「もののついでだ」
岩棚の上に窯や石テーブルなども作り出すゼロス。
「……マジであっさり拠点ができたな。この魔法、戦略的に利用したらかなりヤバいぞ」
「そうなのか? 同志」
「あぁ……。騎士団全員が覚えたら、立派な工兵部隊の出来上がりだ。難攻不落の要塞も、地下にトンネルでも掘れば落とせるかもしれないだろ」
「あぁ~陣地構築も楽そうだよな。空堀でも作られたら、それだけ敵の侵攻を止められそうだし、戦場ではかなり需要がありそうだ」
「土木作業は戦争でも行われるからな、陣地の構築具合でも戦略もかなり複雑化するんだ。敵に漏れたら危険な魔法だぞ」
さすがに戦術研究をしているだけに、土木魔法【ガイア・コントロール】の厄介さに気づいていたツヴェイト。
陣地構築に利用できるのは良いが、敵に使われると国内に敵拠点が構築されかねない。
しかも、その拠点は使い捨てを前提で罠などを仕込まれれば、味方に少なからず被害が出るだろう。部隊としては小さい被害でも軍としてみれば大きい損害だ。
「応用が利くっていうのも厄介な話だな」
「まぁな……戦争に土木作業は切り離せない。目の届かないところに拠点なんかを作られたら、斥候部隊もかなり苦労するだろう。特に、地下拠点なんか面倒そうだ」
相手国に工作部隊を密入国させ、少しずつ拠点を作るという方法もある。
あとは破壊工作を行う特殊部隊を合流させ、戦争を仕掛けている裏で国の内部から攪乱やテロ攻撃を行うことも可能だろう。わざわざ敵国内に拠点となる家を借りる必要もない。
拠点さえあれば残る問題は食料などの備蓄だが、商人を装い取引などで購入すればいい。
「そんなに上手くいくもんなのか? 少数精鋭でも人が動けば証拠が残るんじゃね?」
「エロムラにしては鋭いところを突くが、軍は常に国内に目を向けているわけじゃない。それに王政国家の軍の殆どが各領地を治める貴族の私兵で、指揮もその貴族が執る。多くの貴族の中には、兵力はあっても領地管理の杜撰な奴もいるわけだ。やりようはいくらでもある」
「軍と衛兵の命令系統を分ければいいんじゃね?」
「それだと、軍と衛兵との間に縄張り意識が出るだろ。命令系統は一本に絞ったほうが楽で……」
「話中に悪いけど、僕はちょっくら水汲みに行ってくるよ。その間の守りはエロムラ君に任せるから」
気が付けば、岩棚はいつの間にか展望台になっていた。
おっさんは遊び心でやったつもりだが、ツヴェイトとエロムラは短時間で展望台を構築したゼロスと使用した魔法に対し、ある種の危機感を抱く。
「これ、確かにヤバいな……同志」
「……だろ?」
汎用魔法の軍事利用に改めて脅威を感じた瞬間だった。
ゼロスみたいに一人で拠点構築はできずとも、人の数を増やすことで充分可能となる。兵力にものを言わせれば要塞ですら一夜で建築できるかもしれない。
とても他国に流していい魔法ではなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
三分後、ゼロスはアニソンを鼻歌で歌いながら戻ってきた。
ゼロス以外の者達は全員料理が不得意なので、調理はやはり一人で行うこととなる。
ダンジョン内において食事とは生死を分ける重要な要素だ。硬いパンや干し肉だけで攻略を目指すには難しく、同じ食事ばかりだと士気に影響を及ぼし、充分な活力を得られなければ注意が散漫になり危険だ。
生死の差異が明確なダンジョンで【料理】スキルはどうしても必須であるのだが、同時にそれは危険に身をさらす暴挙でもある。あくまでも普通ではという意味でだが。
「「「……………」」」
ツヴェイト達の目の前には野菜サラダや肉の野菜炒め、ご丁寧にスープまであった。
これが自宅や軽食店ならわかるが、彼らがいる場所は魔物が生息するダンジョンである。多くの傭兵達もダンジョン内でこのような食事は摂っていないだろう。
この料理を作ったゼロスは今、適当に作った石窯でパンを焼いていたりする。
「……これ、おかしくねぇか?」
「ダンジョンで料理などして、大丈夫なのでしょうか? 匂いで魔物が寄って来ませんか?」
「俺はゼロスさんの料理スキルの高さに驚愕している。これ、ダンジョン内で採取した野草や肉だよな? どんだけサバイバル技術が高いんだよ」
拠点構築はまだわかる。
しかし、魔物がうろつくダンジョンで料理は普通なら自殺行為に等しい。
料理や香水の匂いは自分の位置を教えているようなもので、ダンジョンや外の世界でも最も忌避しなくてはならないものだ。放屁すら命の危険に繋がりかねない。
特に嗅覚の優れた魔物は、距離が離れていても獲物の存在を敏感に察知するので、ゼロスのように堂々と料理をするような傭兵は先ずいない。
当たり前の話だが、ダンジョン探索はこれほど快適なはずがないのだ。
「まぁ……ゼロスさんなら、ダンジョンの魔物なんて余裕だろ」
「数が増えると厄介なんじゃねぇか?」
「でもツヴェイト兄様、この岩棚は先生が作った狭い階段を上がってくる必要がありますし、迎撃は意外と楽なのではないでしょうか? 上から様子も見られますから」
「魔物が地上からくるとは限らんだろ。鳥型だったらどうするんだ?」
岩棚に作られた展望台。それは、鳥型の魔物から見れば実に狙いやす場所となる。
空中を高速で飛行する魔物に魔法を当てるのは難しく、魔導士には相応の魔法制御能力と命中精度が求められる。しかし今の魔導士は詠唱を起点とした魔法の発動を重視しているので、このような見晴らしの良い場所で襲われれば対応が難しい。
そのことについてツヴェイトがゼロスに話そうとすると――。
「おっと、これの敷設を忘れてた。」
「「「…………」」」
インベントリから無造作にバリスタを取り出し設置した。
しかも小型化されており、照準を合わせやすいよう台座が可動型だった。
至れり尽くせりである。
「さてさて、パンは焼けたかなぁ~。うん、焼けてるねぇ。ほいよ! 焼きたてパン、おまち!」
「ゼロスさん、もう何でもアリだな」
「今更ですよ、エロムラさん……」
「師匠にできねぇことなんて、ないんじゃないか?」
「はっはっは、いくら僕でも首を360度回転させたり、ブリッジして階段を駆け下りる真似はできないからね? できないことも結構あるもんさ」
『『『それ、できたら人間やめてるだろ(ます)……』』』
まぁ、おっさんは別の意味で人間をやめている。
「そして、サラダにかけるのはコレ! おじさん特製、【漢前まよねぇ~ず】!」
「まよねぇ~ず? 普通にマヨネーズじゃねぇの?」
「先生はマヨネーズも作ったのですか?」
「それより、漢前って言葉はどこから来たんだ。師匠のことじゃないよな?」
ゼロスが作った万能調味料。
しかし、どこか名称にあやしげなニュアンスが見え隠れしていた。
「フッ……こいつはな、漢前って言うくらいにガツンとくるんだよ。生意気にもマヨネーズのクセにねぇ」
「いやいや、ゼロスさん? マヨネーズがガツンとくるってだけで、まったく想像がつかないんだけど?」
「俺もだ」
「普通のマヨネーズとどこが違うんですか?」
「百聞は一見に如かず。スプーンを渡すから、一舐めしてみぃ~。ガツンとくるから」
【漢前まよねぇ~ず】が入れられた小壺をテーブルの上に置き、おっさんは『Hey,You一舐めしちゃいなYo。ガツンとくるゼZE☆』などとしつこく言っていた。
あやしい。限りなくあやしい。
しかし、よく考えてみればサラダを食べる以上、結局このあやしいマヨネーズは口に入れることになる。
早いか遅いの違いだけなので、三人はおっさんの誘いに乗って味見の決心をし、スプーンを小壺に伸ばし一掬いした。
そして一舐め……。
「んっ!?」
「な、なんじゃこりゃぁ~~~~っ!!」
「確かに、ガツンとくるな……。これだけで主食になるんじゃないか?」
ガツンときた。
漢前まよねぇ~ずを別の言葉で言うなら、超強烈なまでに旨味が濃縮されていて超濃厚。
味は確かにマヨネーズ。しかし言葉で言い表すことができないほど、調味料とは到底思えない旨味のインパクトが口の中いっぱいに広がる。
ニヒルに『俺に惚れるんじゃねぇぜ。火傷じゃすまなくなるからよ』と主張しているようだ。この味を知ったら誰もがマヨラーに転向するかもしれない。
いや、マヨラーが間違いなく確実に増える。
「な? 表現する言葉が見つからないほど、舌にガツンってくるだろぉ~? だから漢前って付けたんだ。それ以外に表現しようがない」
「これは……確かに」
「あぁ……使われている卵の旨味が口の中で炸裂しやがる。酢や油も厳選されたものだな。まるで強烈なパンチを顔面に食らったような、凄い濃厚で圧倒的な破壊力を秘めた美味さだ……」
「俺、危うくおはだけするところだった……。なんだよ、これ。俺に裸族という新たな称号を力ずくで与えようとしてんのか? 確かにパンチの利いた漢前な味だけど……」
忘れることのできない美味さに、ツヴェイト達は戦慄する。
たかが調味料のはずなのに、全ての料理を圧倒的に凌駕するほどの旨味を思うと、サラダが不憫にすら思えてくる。
パンにつけても同じだろう。
「師匠……なんてもんを食わせやがるんだ。こいつはヤバいぞ!」
「そうだねぇ~。けどさぁ~、ツヴェイト君達のような実戦派の魔導士には、こいつの有難味ってやつが分かるんじゃないかい?」
「どういうことだ?」
「マヨネーズは遭難したときなどの非常時に、充分な栄養を補給可能な調味料なんだ。登山で遭難した人が、このマヨネーズのおかげで生き延びたって話もあるくらいだからねぇ」
「それって……」
遭難者がマヨネーズで生き延びる。それは戦場で孤立したときに緊急時の非常食としても有用であるということだ。
マヨネーズはカロリーが高く、必要最小限で疲労時の栄養をお手軽に摂取できるということであり、敵に調理などの匂いや煙で居場所を察知され難い。
しかも、この【漢前まよねぇ~ず】は普通のマヨネーズより濃厚。それだけ高カロリーでありながらも材料の酢による抗菌作用で長持ちときた。
非常食としてはとても優秀なのである。
「ちょっと待った! ゼロスさん……。普通のマヨネーズならともかく、こいつは危険だ。マヨには中毒性があることを忘れたのか!?」
「美味いんだからいいじゃないか。しかも、ヤバイお薬のように健康的な影響はないんだぞ? まぁ、食べ過ぎたらどうなるかは知らんけど」
「自重できると思うのか? これの味を知ったら普通のマヨが食えなくなる。妖怪マヨ舐めを増産する気かよぉ!!」
「それは個人の問題でしょ。毎日食べたら、どんな味でも飽きると思うし」
「「「無理だ(です)」」」
確かにマヨネーズは高カロリーで、毎日食べ続けた時の健康への影響が心配だが、それ以上に味が問題だ。
この【漢前まよねぇ~ず】は、あまりの美味さのために後味を引き、つまみ食いをする輩が出てくることは確実。しかも軍の兵糧でそんな真似をされたら大問題だ。
下手をするとマヨネーズのために部隊が壊滅しかねないほどの強烈な旨味なのである。
事実、三人はスプーンでマヨを掬う手が止められなかった。
「皆、たかがマヨで大袈裟だなぁ~」
「「それだけ美味すぎるんだよぉ!!」」
「どうしましょう……。手が、手が止められません」
おっさん特製の【漢前まよねぇ~ず】は、一騎当千の勇者並みに凶悪な兵器だった。
「いったい何の卵を使ったんだ? この味の濃厚さは異様だぞ」
「普通にコッコのだけど?」
「あの……先生? マヨネーズに使う卵は、ビックェイルだったと思うのですが……」
「ビックェイル? クェイルはウズラって意味だったっけ? 大きな鶉?」
「いや、ゼロスさん……。あれの見た目は鶉なんかじゃねぇぞ? ぶっさいくで七面鳥みたいだったし……」
「それ、普通に七面鳥なのでは? ぜひとも丸焼きにして食べてみたいねぇ。まぁ、そんなことよりも料理が冷めちゃうし、温かいうちに食べるとしようか」
「「「………」」」
食事は美味かったが、三人の脳裏にどうしても【漢前まよねぇ~ず】の味だけが残された。
メイン料理(主役)の味すら一撃必殺してしまう圧倒的な打撃力。それが、おっさんが作った驚異の調味料、【漢前まよねぇ~ず】である。
三人は今まで、これほど複雑な気分で食事をしたことがなかったと、のちに語っていたとか……。
それとは別に――。
「師匠……。俺、なぜか【毒耐性】と【麻痺耐性】、ついでに【混乱耐性】のスキルを獲得したんだが……。しかもスキルのレベルが一気に10まで上がっていたぞ?」
「私もです」
「俺も耐性のレベルも一つ上がてったんですけど……」
「そうなんだ。なんでだろうねぇ……」
――おっさんは、やはり何かをやらかしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食後、ゼロスは魔導錬成で鉱石からインゴットを作っていた。
セレスティーナは乳鉢で薬草を磨り潰しており、ツヴェイトは採掘した宝石の原石をハンマーで叩き、取り出し作業中。エロムラは見張りをしていた。
そんな中、展望台と化した岩棚の下で異変が起きていたことに気づく。
「ゼロスさん……。ちょいと」
「ん~? なにかね」
「湖面がやけに泡立っているんだが、魔物でもいるんじゃないのか?」
「そりゃダンジョンなんだし、水中に生息する魔物くらいいるでしょ」
おっさんはインゴットの錬成に夢中で応対が適当だった。
そうこうしている内に、水面に背びれのようなものがいくつも現れる。
「ゼロスさん……」
「なにかね?」
「どうやら魚系の魔物……。たぶんサハギンだと思うんだけど……」
「食えば?」
「半魚人なんか食いたくねぇよ!? いや、どうも群れのようなんだよ……」
「対応は任せた。護衛が君のお仕事でしょ?」
やはり適当に流すおっさん。
サハギンらしき魔物は湖面から陸地に上がると、移動を開始する。
その数は約100匹くらいだろうか、群れを成して数少ない林の奥へ向かっていった。
『あの数なら俺でも楽勝だな。あ~、でもサハギンの返り血は浴びたくねぇ。生臭くなりそうだし、どうすっか……ん?』
エロムラはサハギンを狩るか迷う中、湖の中央辺りで何かが水中から浮上してくるのを目撃した。いや、湖中央だけでなく湖面に一本のラインが浮かび上がる
「ゼロスさん、水中から何かが浮上してくるみたいなんだが……」
「へぇ~……」
「これは道、なのか? 砂の道……違う。橋だ! 橋が湖底から浮上してきた」
エロムラは今いる岩棚の真下に、湖の中心にまで伸びる橋が静かに浮上してくる瞬間を目撃していた。
「成長中のダンジョンなんだから、そういうこともあるでしょ。拡張工事だと思えばいいんじゃね?」
「いやいや、なんでそんなに暢気なんだよ! このエリアの構造が今まさに変わろうとしてんだろ! ダンジョンの中にいる俺達は無事で済むのか!?」
「あっ………」
おっさんはエロムラが何を慌てているのかやっと気づく。
ダンジョンは常に成長しているが、このアーハン廃坑ダンジョンはその変化も恐ろしく急速で、内部構造が一晩でだいぶ様変わりすることもあった。
「おい、橋が浮かび上がってくるって!?」
「おぉ、同志! このおっさんを正気に戻してくれ。人の話を適当に受け流すんだよ」
「失礼な。ん~どれどれ………って、おぉ~これは……」
その橋はまるで長い年月を重ねた遺跡を思わせるものだった。
土台の重量を分散させるアーチ式の重ね橋で、破損しているが見事な彫刻が左右対称に一定の間隔で置かれていた。明らかに人の手で建築されたものである。
その先には遺跡のような建物ごと小さな島が湖底から浮上していた。
「……ダンジョンは、こんなものをどこから持ってくるんだ?」
「見た目は数千年経過した遺物なんだけどねぇ。もしダンジョンに意思があるのなら、必死にデザインを考えたのかな? それよりも橋の先にある島の遺跡……いや、神殿跡かな? 気になるねぇ」
「どう考えても、下層へ続くルートにしか思えねぇんだけど……。ゼロスさん、調べに行く?」
「どうしようかねぇ……」
傭兵ギルドの調べでは、三階層は湖の対岸にある洞窟から下層へ向かうルートであったが、それとは別に新たなルートが形成されたことになる。
ゼロスとしても冒険心をくすぐられるところだが、危険度が分からない以上ツヴェイトとセレスティーナの二人を連れて挑むわけにもいかない。実に悩ましいところだ。
「……ギルドの話だと、頻繁に構造変化が起きているのは中層から下層だとのことだが、上階層にまで変化が及んだとなると……。これは、かなり大規模な迷宮になるんじゃないか?」
「それより、俺達が帰るルートは大丈夫なのか? 師匠の今の話だと橋以外にもどこかに変化が起きているかもしれないぞ」
「念のために周囲を調べてみるか……。地上への出口が塞がっていた場合、最後の手段として殲滅魔法で天井をぶち抜けばいいさ」
「天井をぶち抜くのはいいとして、ゼロスさんがぶっ放した後に、上階層にいる他の傭兵達が巻き添えになったらどうすんの?」
「緊急時の対処として誤魔化せばいいんじゃね?」
「「駄目だろ!!」」
ゼロスは以前、このダンジョンにて人命救助の際に殲滅魔法をブチかまし、上階層までの直通ルートを強引に作った前科がある。
その時はあくまでもサンド・ワーム殲滅の結果に過ぎなかったが、仮に緊急時の脱出目的で殲滅魔法を使った場合、他の傭兵達が巻き込まれれば過失罪に問われるだろう。
そうなればおっさんの力は国中に知れ渡ることになるので、牢獄送りにはならないにしても国の管理下に置かれる立場となるのは間違いない。正直に言って最終手段にはメリットがない。
『面倒事になるのは間違いないんだよねぇ……。さて、最悪な事態の妄想はここまでにして、周辺を調べてみるか。何もないといいんだがなぁ~』
湖の中央まで伸びる大橋の出現は、どう考えても大規模な拡張の始まりだ。
この三階層だけで済むならよいが、上階層にまで事が及んでいた場合を考えると、ツヴェイト達兄妹の体力も考えておかねばならないだろう。
二人はゼロスやエロムラのようなチートではないのだ。変化の度合いが分からない以上、二人の体力をここで消費するわけにもいかないだろう。
「急いでこの場を片付け、周囲の探索を始めよう。ファーフラン大深緑地帯並みの慎重さを要する事態だと思って、冷静に行動するように」
「はい!」
「師匠がそこまで言う事態が起きているってことか………」
「僕としては、何も起きてないことを願うばかりなんだけどね」
「ゼロスさん、それってフラグ……すんません、睨まないでください」
四人は急いで片づけを始めた。
この未完成状態のダンジョン内では、いかな非常事態が起こるかもわからない。
構造の複雑化によっては、下層を経由して上階層へ向かうことも充分に考えられる事態である。最悪の事態を想定すべきか否かは来たルートを先に確かめる必要があった。
――DoGoooooooooooooN!!
遠方から爆発音が響いてきた。
どうやら傭兵達が先ほど湖から上陸したサハギンと接触したようである。
「意外と近くに傭兵がいたねぇ……」
「先生、助けに行かないんですか?」
「サハギン程度なら逃げ切れるでしょ。あいつらは地上だと鈍足だし」
「ゼロスさん……サハギンは100匹ほどいたんですけど?」
サハギンは手足があるものの、所詮は水生生物で地上戦は弱い。
しかし、その数が群れを成すほどとなると、傭兵達も数を揃えなければ対処できないことも確かだ。救助に向かうかどうか悩ましい問題だ。
ゼロスとしては足手纏いをここで抱えたく無いのだ。
「それにしても、アイテムバックって便利だな」
「俺やゼロスさんのインベントリや勇者のアイテムBOXに比べると、収納力はあまりないらしいけどな。あったら便利なのは間違いないが……」
「エロムラ君が……勇者の情報を調べていただとぉ!? 不吉だ……いやな予感がする」
「ゼロスさん、それってどういう意味ぃ!?」
おっさんにとって、エロムラ=おバカという認識がすでに出来上がっていた。
かなり失礼な話だが、エロムラが何かまともなことを言おうとも、『そんな、馬鹿な……』と驚かれるほどに決定されていたようである。
「アイテムバック……確かに便利なのですけど、このデザインは……」
「言うな、セレスティーナ……。破格な収納力という面で見れば、デザインなんか気にすることでもないだろ」
「なら、お兄様がこれを背負ってください。このうさちゃんリュックを……」
「断る」
いくら破格な性能でも、さすがにうさちゃんリュックはツヴェイトでも受け入れられないようだ。エロムラもうんうんと頷きながら片づけを進めていた。
「疑問なんだけど、なんであんなデザインにしたんだ? ゼロスさんなら、もう少しマシにできただろ」
「もともと作りかけの在庫だったし、形状からイメージして勢いに任せてたら立派な兎さんの出来上がりさ」
「めっちゃ凝った作りだけど?」
「普通のものを作って何が面白いんだい? 当たり前のものから逸脱してこそ、真の生産職と言えると思うんだ」
「ゼロスさんの場合、逸脱しすぎだろ……」
ソード・アンド・ソーサリスの上位プレイヤーであり、非常識な生産職でもあった愉快犯の【殲滅者】達。彼らは基本的にまともなものを製作しない。
見た目が聖剣のような呪いの魔剣や、強そうな外見に見合わず防御力が極限まで皆無のうえ自爆付きの防具など、使い道に困るガラクタを多く放出していた。
あやしい行商人に扮して売りさばき、だまされて酷い目に遭った被害者は多数おり、うさちゃんリュックなど文字通り可愛いものだった。
「逸脱とは失敬な。頼まれれば、まともな武器も作るさ。素材は持ち込みだけど」
「素材持ち込みかぁ~。新しい武器を作ってもらおうと思ったけど、難しそうだわ。しばらくはお預けかな」
「師匠、片付けが終わったぞ」
「よし、それじゃこの三階層を調査するよ。気になるものを見つけたら知らせるように」
「「「 おう!(はい!) 」」」
こうして、四人はダンジョンの変化を調べるため、即席岩棚展望台を降りていく。
今もダンジョン内に不気味な地鳴りが響き渡っていた。