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おっさん、教え子とともにダンジョンへ行く


 謎の謎の人型肉塊とそれを生み出していた巨大百足女。

 それらを食らい尽したドラゴンは、しばらく破壊された街で動かずにいたが、やがて翼を広げ空へと去っていった。

 それを遠方から眺めていたゲンマは、訝しげに飛び去るドラゴンの姿を眺めていた。

 気のせいか、ドラゴンはふらつきながら飛んでいるように思える。


「……ドラゴンねぇ。アレは本当にドラゴンなのか? なんであの化け物を食ってデカくなるんだぁ? アレではまるで……」


 最後に言おうとした『取り込んでいたみてぇじゃねぇか』という言葉を呑み込む。

 ゲンマにはどうしてもドラゴンと巨大百足女が同質の存在にしか思えず、敵対していた事から根幹が異なると推測するも、その違いが何なのか理解できずにいた。

 やがて、『考えたところで俺の頭じゃ分かるわけねぇか』という結論に至った。思考の放棄ともいう。


「あの百足の怪は、いつか見た怪異に似ていますね。飢餓状態になると同類を取り込んで、やがて巨大化していくところがそっくりですわ」

「あぁ……似てやがるな。ドラゴンの方もだが……(まさかとは思うが、例のヤベェ薬の影響じゃねぇだろうな?)」

「そうなのですか?」

「奴が百足女を食っている最中、ドラゴンの体も変化していた。具体的には一回り以上巨大化して、首が増えたってところがだが……どう考えても同種だろ」

「同じ存在だとしたら、どうして戦っていたのでしょう?」

「それは奴に聞いて見ねぇと分からん。案外、同族嫌悪だったんじゃねぇのか?」


 憶測ならある程度は並べ立てられる。

 だが、専門職でないゲンマ達には似ていると分かるだけで、細かい違いを判別できるほど知識を持ち合わせていない。

 メーティス聖法神国には魔導士はおらず、情報を伝えたところで信じてもらえるとも思えない。それどころかエルフであると分かった時点で捕縛される可能性もある。

 何しろ異種族に対しては迫害の対象として見ており、傭兵ギルドに登録した傭兵の身分でなければ、真っ先に奴隷に落とされる国だ。

 メーティス聖法神国も、国を跨いだ中立組織に対しては手出しできないでいる。

 そうなると、この手の情報を有効活用してくれるのは、隣国のソリステア魔法王国くらいだろう。


「コズエ、奴の姿を絵に描けるか?」

「遠目でしたから細部までは分かりませんけど、ある程度なら」

「記憶に残っているうちに、奴の姿を描いておけ。巨大ムカデ女の方もだ。この手の情報は傭兵ギルドでも高く買ってくれるからな」

「わかりましたわ。それでは……」


 奥様は忍び装束の懐から筆筒を取り出すと筆を取り、ふたに仕込まれた墨入れにつけ、慣れた手つきで紙にさらさらと絵を描きだした。 


「前々から思っていたんだが、その道具を忍び装束のどこに隠し持ってんだぁ?」

「主婦の秘密ですよ、あなた」


 奥様くのいちの七不思議。

 とても道具が入りそうにない場所から、なぜか出てくる忍び道具。

 長年連れ添っている妻だが、この手の道具をいったいどこに隠し持っているのか、ゲンマにはいまだわからなかった。


「おい、なんで衆道の水墨画なんか描いてやがる……。今、必要はないよな?」

「筆の試し描きと乙女の秘密ですわよ、あなた」

「余計なものは描かんでいい! それに背中の風呂敷包み……。それ、中身は全部衆道本だろぉ! 元の場所に返してこい。火事場泥棒じゃねぇか!!」

「あなた……泥棒はバレなければ犯罪ではありませんよ? それに、放棄したものを貰うことのどこが泥棒なのですか?」


 この騒ぎで門の傍に住む商人や一般の家族は直ぐに逃げだした。

 当然だが、ドラゴンの無差別ビームで多くの家屋が炎上倒壊し、コズエが火事場泥棒した書店もまた同様の被害を受けていたのだろう。

 理由はともかく、誰も見ていないことを良いことに火事場泥棒は、さすがにゲンマも見過ごすことはできない。

 これを許せば同じことを繰り返しかねないからだ。

 

「読み厭きたら古書店で売ればいいのですから、そんなに目くじらを立てる必要はないと思います。旅費の足しにもなりますから」

「お前……まさかとは思うが、俺の知らない所で同じことをしてんじゃねぇだろうな?」

「家計のやりくりは大変なのよ? あ・な・た」


 穏やかに微笑むコズエだが、その背後には尋常ならざる覇気を纏っていた。

 賞金稼ぎや傭兵生活は常に金作との戦いであり、ゲンマの酒と博打好きも旅の懐事情をかなり圧迫している。奥様の秘密でもない腐な趣味もその一つだが……。

 どこかで臨時収入を得ないとこの夫婦が旅など続けられるわけもなく、ゲンマ達は主に盗賊達のねぐらを襲撃しては金品を強奪し、長旅の費用に充てていた。

 だが、それとて安定した収入を得られているとは言い難く、路銀として使えばすぐに枯渇してしまう程度だ。そもそも盗賊が大金を持っているわけがない。

 懐事情はゲンマにも原因があるだけに、そこを突かれると痛いところだった。


「古本なぁ~。売ったところでたいした額にはならないと思うが、無ぇよりはマシか……」

「そうですよ。旅にお金は重要ですからね」

「それなら、本より宝石の方がいいんじゃねぇか?」

「あなた……私に泥棒になれと言うのですか?」

「やってることは同じだからなぁ!?」


 コズエの言っていることはおかしい。

 やっていることは同じでも彼女の認識としては宝石を盗むことは犯罪で、801本を盗むことは芸術作品の保護に相当する。

 そんな彼女はゲンマの言葉に対し凄く心外そうな顔をしていた。


「ハァ~……どうでもいいが、俺達が休める宿があんのかねぇ」

「被害を受けてなければ無事のはずですよ。宿の主はいないと思いますが」

「このままじゃ、宿に泊まれても火事に巻き込まれそうな気もするがな……」


 二人の目の前には今も風によって火災が拡大し続け、二次被害により街の家屋が崩壊していく光景が映っていた。復興にはかなりの年数と予算が必要となるだろう。

 このような惨状を見つめながら、ゲンマは『今日から野宿か……』と諦めの溜息を吐いた。


 数日後、聖都マハ・ルダートにて街の再建案を話し合われたが、経済事情から復興の予算は降りることはなかった。

 結局この城塞都市は放棄され、歴史上で初めて化け物同士の戦闘により滅んだと記録に残され、後の世まで語られることとなる。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 同時刻、ソリステア公爵領別邸。

 あるいはクレストン邸の一室――。


「ダンジョンへ行こう」

「「「 はぁあっ!? 」」」


 唐突に言い出したゼロスのダンジョンへ行こう発言。

 剣の素振りをしていたツヴェイトと、魔力増強のためファイアーボールを空中で停滞させていたセレスティーナの二人は振り返り、護衛のエロムラもまた釣られるように間抜けな声を上げた。


「最近いろいろ作っていて鉄も少なくなったし、採掘ついでに君達もダンジョンに挑戦してもいいかもしれないかな~と思ったんだけど、どうよ?」

「どうよって、いきなりすぎるだろ」

「同志……このおっさん、採掘のついでって言ったぞ? あと、俺は行きたくない……」

「でも、ダンジョンには興味がありますね。いろいろと準備が必要ですけど」


 ツヴェイトとしてはゼロスが危険極まりないダンジョンに、遊び感覚で潜ろうとしているのに対し、やや不安の入り混じった表情を浮かべ、セレスティーナは好奇心を刺激され少し乗り気だ。おまけのエロムラ君は凄く青ざめた顔をしているが……。


「ちょうど近場にダンジョンがあるんだ。軽ぅ~く一狩りいってみようや」

「だから、準備が必要だろ! ダンジョンでは何が起こるか分からねぇんだぞ」

「兄様、先生に準備をする必要があると思いすか? 手ぶらでダンジョンに入って、数日後には凄い装備を揃えて戻ってくる気がします」

「確かに……そこは否定できんな」


 世界の魔境ともいうべきファーフラン大深緑地帯で生き延びるほど、高名な手練れすらも圧倒する強さを持つゼロス。手ぶらでダンジョンに入っても、現地で魔導錬成などを駆使して強力な武器を作りかねない。

 敵地に単身で乗り込み、高いサバイバル技術で生き残り、現地にある物を利用して無双する特殊部隊の真似など簡単にできるてしまう。

 一国に数人は欲しい人材だ。


「………いずれ国の領地を担う立場の者としては、師匠のような人材はぜひ欲しいところだよなぁ~」

「はっはっは、僕は国に仕える気はさらさらないよ。自由が気楽で一番さ」

「別の意味で凄く贅沢な話だな……」

「ところでエロムラ君……。君、顔色が悪いけど、大丈夫なのかかい?」


 なぜか鬱状態のエロムラを不思議そうに見るおっさん。


「ダンジョン……本気で行くのか? あそこへ? 嫌だ、行きたくない。奴らが……奴らが待ち構えてる………」

『……前に単独でダンジョンに行ったとき、何かあったのか?』


 ツヴェイトは何かを察したが、原因まではわからなかった。

 まさか、そっち系の人に迫られトラウマが悪化していたとは誰も思うまい。

 知らないことは幸せなことである。


「現在は三階層までしか行くことはできないらしいから、別に問題はないんじゃないかい? 魔物も雑魚だよ、雑魚」

「師匠にとってはそうだろうが、数が揃うと厄介だぞ。公爵家に提出された資料によると、今も構造が変化している不安定な状態だって話じゃねぇか」

「いざとなったら天井をぶち抜くさ」

『『 そんなことができるのは師匠(先生)だけだ(です) 』』


 おっさん、なかなかの危険思考。

 しかし、実際にそれが可能なだけに始末が悪く、天井ぶち抜きによる脱出法は既に経験済みだ。ダンジョンにとって脅威なのはこのおっさんなのかも知れない。


「どうせ暇なんだし、数日ダンジョンに潜ってもいいでしょ。いざという時のサバイバル技術は、時間がある時に磨いておくことに超したことはない」

「それも一理ある……。じゃぁ、明日にでも行くか?」

「お兄様は公務も手伝っていたのでは?」

「それがなぁ~、親父があらかた処理しちまうから、仕事の殆どが職員に回されて俺が手伝うことなんてないんだ。親父が俺に公爵家を継がせる気があるのか疑問に思える」

「お父様……」


 貴族家の後継者はイストール魔法学院が休暇期間に入ると、それぞれの領地で統治を学ぶのが一般的だ。しかしツヴェイトの場合はそれが難しい。

 その理由が、実の父親が有能すぎて、ツヴェイトの学ぶ機会を全て奪ってしまうというところにある。

 これがクレストンであれば多少仕事も残してくれるだろうが、デルサシスの場合はスケジュールを全て処理するまで手を抜かず、それどころか自分の自由時間を得るために容赦なく他人の仕事すら処理してしまうのだ。

『他人に任せるより自分がやった方が早い』ということなのだが、これでは若い人材が育たないとクレストンが嘆いている。

 彼の行動は別の意味で周囲を泣かせていた。


「俺、親父を超えられるのか不安になってきた……」

「いや、無理でしょ。ツヴェイト君がデルサシス公爵みたいになる必要もないと思うよ。無茶をすれば三日で体を壊すさ。あの御仁はある意味、僕並みに非常識だからさ」

「すげぇ説得力だ……」

「納得されても少し複雑なんだが……」

「お父様はいったい、いつお休みになられているのでしょう?」


 デルサシス公爵の私生活は謎ばかりである。


「話は戻すけど、ダンジョン探索は明日からにするよ。大丈夫、僕は日帰りできたから気軽に行こう。クレストンさんからも、いろいろと経験させてほしいと頼まれているからね」

「「 御爺様……… 」」


 こうして、アーハンの村廃坑ダンジョンへ向かうことは決まった。

 だが、それを聞いたエロムラの顔面は蒼白となっていた。


「い、嫌だよぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

『『 こいつ、ダンジョンに何かトラウマでもあんのか? 』』


 ソリステア公爵家別邸内に、エロムラの叫びが響き渡った。

 だが、ツヴェイトの護衛でもあるエロムラ君に選択権はない。

 それが彼のお仕事なのだから……。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌日、嫌がるエロムラを引きずって、辿り着いたはアーハンの村の元廃坑にして現ダンジョン。

 なぜか異常に怯えているエロムラを無視し、真新しい傭兵ギルドで手続きを済ませ、さっそく坑道内へと入っていった。


「ここがダンジョンですか。見た限りだと普通の坑道ですよね?」

「ところがねぇ、このダンジョンには出入口は複数あるし、三階層から下の探索はなかなかに手古摺っているらしいよ。今はどんな風に変化しているのかねぇ?」

「これだけ傭兵が出入りしてんのに、構造すら把握してないのか……」

「ん~、ツヴェイト君がそう思うのも分かるけど、それにも理由があるんだよ」


 ――Zuzzzzzzzzzzzzzzz……。


 ダンジョン内では時折、地鳴りのような音が響き渡り、地下のどこかでは今も構造が変化している。

 調べた情報も次の日には無意味なものになるのだから、傭兵達の調査もままならない。

 坑道入り口付近で売られている地図など参考程度にしかならない。


「元が鉱山なだけにルートが複雑に絡み合っているのか? 例えばだが、一階層からいきなり未探索エリアに繋がっているとか」

「察しがいいねぇ、ツヴェイト君。地下なのに、なぜか広大な世界が構築されているんだよ。それが坑道で複雑に繋がり絡み合う。空間が歪んでいるのかねぇ? いやぁ~、ダンジョンって不思議がいっぱいだぁ~」

「魔物より一部の傭兵がヤバいけどな……フフフ」


 エロムラの様子から、以前このダンジョンに来て酷い目に遭ったのだろうと察していたが、彼の呟きに『なぜに傭兵がヤバいんだ?』と疑問に思うツヴェイト。

 しかし、あえて自ら訊こうとは思わなかった。

 なんとなくではあるが、聞いたら後悔しそうな気がしていた。


「まぁ、ファーフランの大深緑地帯ほどじゃないよ。ただ、ここで注意をしなくちゃいけないのは罠だね」

「罠……ですか?」

「ダンジョンに意思があるのかは知らないけど、気まぐれで通路に罠が仕掛けている場合がある。うっかり発動させると酷い目に遭うね」


 ダンジョン未経験者が最も警戒しなくてはならないのが、どこに敷設されているのか分からない罠である。魔物との戦闘中にうっかり発動させ死亡する傭兵も少なくはない。

 ベテラン傭兵は罠すら利用し魔物を倒すが、駆け出し傭兵やダンジョン未経験者には判別が難しく、盗賊や暗殺者の技能を持つ傭兵は重宝されていた。

 まぁ、中には本当に裏家業の暗殺者や盗賊も紛れていることがあるのだが……。

 

「ギルドでは三階層まで探索は認めていない。それでも無断で奥に進む傭兵が多いらしいが、行方不明者が結構いるとか。まぁ、自業自得だよねぇ」

「おいおい、傭兵ギルドは取り締まらねぇのかよ」

「無理でしょ。傭兵なんて大半が貧乏だし、生きるためには稼ぎを出さないと数日後には飢えることになる。一攫千金の博打を打って失敗しても自己責任さ」

「生きるためにダンジョンに潜って死んでりゃ、本末転倒だろ。自己責任で済ませるにしては、傭兵ギルドは少し無責任すぎるんじゃないのか?」

「注意勧告を出しているのに、無視してダンジョンの奥を目指した傭兵達が悪いよ。それよりもだ、ダンジョンは魔導士にとっても魅力があってねぇ、希少な金属や薬草、魔物の素材なんかも大深緑地帯よりは安全に手に入れることができる。ワクワクしてこないかい? クロイサス君もこのことを知ったら、嬉々として挑むんじゃないかな」

「アイツなら、あり得るな……」


 ツヴェイトの弟のクロイサスは魔道具だけでなく、魔法薬の素材である薬草や希少鉱物、何よりも魔物の素材に目がない。

 希少素材の噂でも聞けば、『興味深い。これは何としてでも現地調査に向かわねば!』と、鼻息荒くしてダンジョンに挑むこと間違いなく、そして確実に遭難することは明らかだ。

 インドア派で体力がないのにも拘わらず、無茶をする姿が目に浮かぶようだ。

 

「クロイサス兄様なら、間違いなくダンジョン来ますね。護衛も雇わず興味本位に侵入して、真っ先に死んじゃう気が……」

「セレスティーナ……。お前、クロイサスの性格を分かってきたな」

「目的のためなら手段すら忘れる人ですから。イーサ・ランテでも、古代の魔道具をこっそり盗み出していましたし……」

「おい! 今、とんでもないことを言わなかったか!? 魔道具を盗み出すところを目撃したのかよ」

「偶然に犯行を目撃してしまったのですが……。クロイサス兄様は、普段から似たようなことをやっているのでしょうか? 妙に手馴れていた気がします。追いかけたのですけど、直ぐに見失いまし、証拠も残しませんでしたから……」

「…………あの馬鹿、盗みの手口を極めてどうする気だよ」


 困ったことにクロイサスには悪気がなく、その行動の結果で周りにどのような迷惑がかかろうとも彼は気にすることもない。

 自分の興味と研究の前ではすべてが雑事であり些末な問題なのだ。

 趣味に走っているときのゼロスと同類というのも頷ける。


「さて、ここでダンジョンの注意事項を教えておくよ。先ほど言ったように、罠は気をつけなくてはならない。どこに設置してあるか不明で偽装まで施してあるから発見が難しい」

「落とし穴がわりとポピュラーだな」

「ツヴェイト君の言う通り代表的なのが落とし穴だが、これは地面の不自然な亀裂を見れば意外と簡単に見つかる。地面を見て縦に真直ぐ不自然な亀裂があるから、よほどの素人でもない限り引っかからないだろうけどね。穴の真上に立たないと蓋が開かないけど、中には時間おきに勝手に開く奴もあるから要注意だ」

「ヘヘヘ……俺も引っかかったよ。おかげで助かったけどさぁ~、ひへへへ」

『『こいつ、マジで大丈夫なのか?』』


 重度の鬱になっているエロムラが心配だった。

 エロムラの事情は聞きたくもないが、このまま連れて行ってもよいものか二人は本気で考え始めた。よくよく考えてみると彼がいなくても別に困ることはない。


「エロムラ君、体調が優れないなら村で待っていてくれてもいいんだけど? そんな状態で罠に引っかかったら大変だし」

「俺を見捨てる気かぁ、ゼロスさん!!」

「なんでぇ!?」

「村は嫌だ、村は嫌だ、村は嫌だ、村は嫌だ、村は嫌だ………」


 ますます困惑するおっさん。

 エロムラにとって危険なのはダンジョンではなく、アーハンの村に滞在しているそっち系の傭兵パーティーだ。彼にとっては別の意味でダンジョンの内の方が安全なのである。

 

「エロムラ、そんな調子で護衛が務まるのかよ」

「村……いや、傭兵ギルドに戻るくらいなら、俺は魔物を何匹きでも狩~ってやるぜ!」

「いや、今回は鉱石の採掘と薬草を集めるのが目的だからな? 傭兵ギルドの規則にも従うつもりだ」


 魔物との戦闘は予想範囲内だが、不測の事態というのはいつ起こるか分からない。

 しかし、今の状態のエロムラが不測の事態を引き起こしそうで、こちらの方が不安だ。


「さて、先を急ぐとしますかねぇ。僕の後をついて……あっ、エロムラ君、天井を注意――」

「おわぁ!?」


 ゼロスが注意した瞬間、突然天井か降ってきた槍で危うく串刺しにされそうになるところを、彼は無様な姿勢で避け切った。

 骨格に異常が出てないか心配になる。


「……前に来たときは、こんなところに罠なんてなかったぞ!? スイッチも踏んでないのに!」

「おそらくランダムトラップかな? 二人とも、罠の中には今のように突然発動するものもあるから、警戒を怠らないように気をつけよう」

「おう……。入り口付近でいきなりかよ」

「ダンジョンって怖いですね……」

「俺の心配は!? ねぇ、俺の心配はないの!?」


 ゼロスは同じ転生者のエロムラなら簡単には死なないだろうと思っており、ツヴェイトとセレスティーナも『こいつならしぶとく生き延びるに違いない』という根拠のない認識を持っていた。そこに信頼があるのかは微妙なところである。

 そんな彼らの態度に、『みんなが冷たい……。俺、泣いちゃうよ? ねぇ、泣いてもいいよね?』と、鬱陶しくもみっともなく嘆くエロムラであった。。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ダンジョン探索を続けながら、一階層のボス部屋で【ホブ・ゴブリン】に率いられたゴブリン小隊をあっさり倒し、一行は第二階層へと辿り着いた。

 そこには、とても地下世界と思えないほど広い森が広がっていた。


「……これがダンジョン内のフィールドってやつか。話には聞いていたが凄いな」

「本当に森があるんですね。この日差しはどこからきているのでしょうか?」

「出現する魔物は、ゴブリン、オーク、ブルドドド、フォレストウルフ、レッドホーク、ホーンラビット等々、外でもよく見かける種だねぇ。以前はここ、ただの坑道だったのに……」

「俺がピットシューターで落ちた場所は雪山だったけど、あそこは何階層だったんだろ……。寒かったなぁ~」

「えっ? 僕が二度目で意図的に落ちた場所は毒の湿地帯だったけど? また内部構造が変わったのかねぇ。いくつのエリアがあるんだか……」


 一度は最下層まで下りたゼロスだが、全てのエリアを記憶しているわけではない。

 中には階層なのか判断がつかない坑道だけのエリアも存在し、マッピングをしているわけではないので、ゼロスの記憶にあるダンジョンの構造は酷く曖昧なものだ。

 それでも情報では比較的浅い階層で鉱物が採掘できるらしく、当初の目的に支障はないので気にしてはいない。


「傭兵ギルドで薬草などの採取依頼が出てたが、新人の傭兵にはこのダンジョンはきついだろ。一階層でいきなり罠があるし」

「エロムラがギルドの掲示板を確認していただとぉ!? 馬鹿な、そんなことがあり得るのか……」

「同志、酷くない!? 俺を考えなしだと思ってないよね!?」

「・・・・・・・・・」


 普段の行動が自身の評価を決める。

 ツヴェイトのエロムラに対する認識は考えなしの馬鹿で決まっており、無言がその事実を教えている。信頼されていないことにエロムラは本気で泣きたい気持ちになった。

 自業自得である。


「ん? 早速だけどお客さんが来たみたいだ。ゴブリンが五匹、頑張って倒してください」

「まぁ、楽勝だけどな」

「正直、生き物を殺すのは好きではないのですが……」


 ツヴェイトは大剣で、セレスティーナはメイスでゴブリンを迎え撃つ。

 どこかの大深緑地帯に生息しているゴブリンより弱く、戦闘は直ぐに終わった。

 魔石だけを残して消滅していくゴブリンを見て、二人は驚く。


「こ、これがダンジョンに食われるってやつか……初めて見た。上では観察せずに進んできたからなぁ」

「あの……これって剥ぎ取りができるんですか? 魔石だけ残して消えちゃいましたけど」

「フォレストウルフなんかは、熟練者でないと毛皮すら剥ぎ取れないと思う。解体作業に挑戦してみる? ティーナちゃん」

「魔物の個体差によっては、保有魔力の関係で毛皮なんかも消えずに残る場合があるよ。ただ、少しばかり手ごわくなるけどねぇ」

「魔力が少ない魔物は直ぐにダンジョンに食われ、多くても魔力が含まれている部位しか残さない。どうやって素材を持ち出すんだ?」


 ダンジョンでは倒した魔物や素材は短時間で消滅する。

 解体スキルを駆使して素材得ても、時間が経てば戦利品は全てダンジョンに吸収されてしまう。それを防ぐために特殊加工したリュックや革袋が必要なのだが、傭兵の多くはこうした道具を持っていないのが実情だ。

 理由は魔道具の部類に入るので、値段が恐ろしく高いことにある。

 持ち帰れるのはなぜか吸収されない魔石や薬草などの採取物。魔力の込められた部位の一部くらいなものだった。


「………師匠。俺らもそんな便利な袋なんか持っていないぞ?」

「大丈夫だ、問題ない。実はこっそり用意してあるんだよねぇ。僕に抜かりは………山ほどあるけど」

「そこは『抜かりがない』とはっきり言ってほしいんだが……」


 インベントリから取り出したリュックを、おっさんはツヴェイトとセレスティーナに手渡す。

 ただ、ツヴェイトが受け取ったのは普通に革製のリュックだが、セレスティーナが受け取ったのは兎を模したピンクの子供向けだった。


「「・・・・・・・・・」」

「フッ……ブルドドドの革で作ったリュックを、アラクネの糸で織ったタオルを利用して覆った特別仕様だ。こういうファンシー系は苦手だからちょっと苦戦したよ」

「いや、ゼロスさん……さすがにコレはないだろ。どう見ても幼児向け……」

「だが、性能はいいぞ? これならダンジョンの吸収効果を防げるし、しかもマジックバックだ! 大型のトロール一体くらいなら何とか入るしねぇ」

「「・・・・・・・・・」」


 大型のトロールは少なくとも全長8mはある。

 そんな魔物が一体入るマジックバックは国宝級の価値があるのだが、見た目がファンシーすぎた。これにはツヴェイト達兄妹も絶句ものである。

 無駄なことにも全力投球、それがゼロスというおっさんなのだ。


「先を急ごうか。三階層には薬草なんかも豊富に生えているようで、結構な穴場らしい」

「これ、私が背負うんですか? 可愛いですけど……可愛いんですけど……」

「性能が凄いが、なんでこんな無駄な装飾を施すんだよ。師匠の考えていることが分からん」

「大丈夫だ、同志。俺もゼロスさんのことが分からんし……」


 さて、このアーハンの廃坑ダンジョンでは、階層ごとにボス部屋が存在していた。

 階層に生息している他の魔物よりもワンランク強いまものだが、今のツヴェイト達であれば余裕に倒せる程度の相手だ。

 少なくとも魔法を使うような相手は状階層には出現しないようである。

 一行が辿り着いた場所は二階層のボス部屋で待ち受けていたのは、ハイ・オークをリーダーとする五匹の小隊だった。


「豚が出てきた」

「ミート・オーク以外は食べられないから、魔石狙いで倒すしかないだろうねぇ。ツヴェイト君達でも楽に倒せるでしょ」


 おっさんとエロムラなら瞬殺できる魔物だ。

 しかし、ツヴェイトやセレスティーナだと数で多少は手古摺るかもしれない。


「俺達だけで戦うのか!?」

「オークって、五匹ですよ!?」

「危なくなったら助けるさ。がんばれぇ~」

「いやいや、ゼロスさん? 公爵家の御曹司と御令嬢に、ケガをされても困るんだけど……」

「見せてもらおうじゃないかぁ~、学院で鍛錬をした実力とやらをさぁ~」

「「「楽しんでません!?」」」


 ハイ・オークはオーク種の中では少しばかり知能の高い魔物だ。

 四人がグダグダしている間にも攻撃する瞬間はあったが、なまじおっさんとエロムラが強いことを見抜いてしまっただけに、警戒して距離を取り周囲をうろついている。

 他のオークもリーダーが警戒していることに気づき、武器を構えたまま動いていない。


「しかたねぇな……。実戦訓練だ」

「先生は厳しいです……」

「ブキィイィィィッ!!」


 相手が二人と知ると、ハイ・オークは攻撃の指示を出す。

 四匹のオークは二手に分かれ、ツヴェイトとセレスティーナのそれぞれを標的に、左右から攻撃しようと動く。


「「身体強化!」」


 無詠唱で身体強化魔法を使い、ツヴェイトとセレスティーナは一気にハイ・オークとの距離を詰める。

 そんな二人を狙い、ハイ・オーク手にした棍棒を振り上げると、ツヴェイトに向けて殴りかかってきた。


「食らうか!」


 右斜め上段から振り落とされた棍棒を、大剣で受け止めたツヴェイト。


「……ツッ!」


 予想よりも重い一撃を受け、衝撃でわずかに顔をしかめる。


「ここです!」


 その瞬間をセレスティーナは見逃さなかった。

 ツヴェイトが大剣でハイ・オークの棍棒を受け止めている隙に、彼女は手にしでメイスでハイ・オークの腕に狙いを定め鈍重な一撃を肘に叩き込む。

『ゴキッ!』と、嫌な音が響いた瞬間、ハイ・オークは痛みで叫び声をあげた。


「ギョアァァァアアアアアアァァァッ!!」

「くたばりやがれ!」


 痛みでツヴェイトへの注意が逸れた隙を突き、彼は大剣を構え直しハイ・オークの頭部に目掛けて振り落とした。

 目測より少しズレたが、大剣は頭部にめり込む。

 いくら精強で再生能力があるハイ・オークでも、頭部に剣を打ち込まれては即死だった。


「残り四匹! 兄様、右のオークをお願いします」

「二匹同時に相手できんのか? まぁ、危なくなったら助けてやる」


 リーダー格のハイ・オークが敗れたことで動揺したのか、オーク達はそれぞれが逃げ回り始めた。

 それでもゼロスとエロムラの方には向かうことはない。


「ハイ・オークを瞬殺したぞ……。同志、意外に強かったんだな。俺の出番がないじゃん」

「まぁ、訓練は続けているからねぇ~。これぐらいはできるでしょ」

「ゲームみたいなレベル制じゃなかったっけ、この世界……」

「鍛えれば、その分反映されるのはどこの世界も同じだよ。レベルの差に胡坐をかいていると、セレスティーナさんにもあっさり抜かれるかもしれないよ?」

「俺ちゃん、いらない子になっちゃう? また無職!? そんなのやだぁ~~~っ!!」

「僕に言われてもねぇ~。関係ないし」


 そうこうしている間にもセレスティーナがメイスでオークを殴殺し、ツヴェイトが大剣で圧殺。

 セオリー通りに群れのリーダーを先に潰すことにより、ボス部屋のオーク達は短時間で制圧されてしまった。

 その結果にゼロスも満足する。


「この程度なら楽勝だな」

「宝箱はないんですね」

「あぁ~、二階層か三階層だと、見つけても中身は期待できないと思う」

「詳しいですね、エドマントさん」

「せめてエロムラと呼んでぇ、本名は榎村だからぁ!! それとティーナちゃん、この間までエロムラって呼んでたよねぇ!?」


 セレスティーナは、どうでもいい人間の顔と名前は直ぐに忘れる。

 例え個性が強くとも友人や重要な人間以外、彼女は記憶にとどめることがない。

 エロムラはあくまでも父親であるデルサシ公爵スが雇ったツヴェイトの護衛という認識なので、少し顔を合わせないと簡単に記憶から薄れてしまう程度の存在だった。

 この傾向はクロイサスが最も酷く、次にセレスティーナが続く。ツヴェイトも似た傾向があるが二人ほど酷くはない。

 どこかの恋する青年が忘れ去られるのも、たいして重要ではないという認識からくるものだった。


「まぁ、エロムラ君の本名が榎村だろうがエロマントだろうがどうでもいいから、先を急ぐよ。他の傭兵がボス部屋に入ってこれないからねぇ」

「どうでもよくないんですけどぉ!? 俺ちゃんの名前よ? 大事なことでしょ! それとエロマントってなにっ!? 俺、全裸マントなんて趣味はないんですけど!?」

「奴隷にセクハラをした前科で奴隷落ちし、温泉地で覗きをした変質者が何を言うのかねぇ? 名前にこだわれるほど君は上等な人間なのかい?」

「古傷を抉らないでぇ! 俺、泣いちゃう! 慟哭しちゃうよ!?」


 真面目なのか馬鹿なのか、少なくともおっさんには弄り甲斐のあるカモであることは確かだ。

 ボス戦を終えて魔石を回収すると、三人はさっさと部屋の先へ進んでいく。

 異議申し立てをするエロムラだけが一人だけ騒がしかった。


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