エロムラの災難と、聖法神国の勇者
さて、『俺は出会いを求めてダンジョンに行ってくる』と叫び、1人アーハンの村にまで来たエロムラであったが、現実的に考えてそんなことあり得るはずもない。
いや、少なからずそのようなこともあるだろうが、そもそも傭兵がダンジョンに潜るのは金目的である。彼等の大半が生活苦なのだ。
よほど信頼のある傭兵であるのなら、貴族や商人の護衛依頼だけでも稼ぐことが可能であり、討伐依頼にしても相応の実力がなければ稼ぎを出せないことは常識である。
エロムラのような下心満載でダンジョンに来る者など、普通に考えてもいる筈もなかった。
なまじ新人装備で来たことが仇となり、ナンパ目的の勧誘もやんわり断られてしまった。
装備の良し悪しが実力を示すステータスであることを失念していたのだ。
『不幸だ……』
エロムラは現実の不条理を呪う。
予定では駆け出しの可愛い美少女傭兵や、気風のいい姐さん肌の女性傭兵と共にダンジョンに繰り出すはずだったのだが、現実は強面のガチムチな男達四人に囲まれていた。
「ハッハッハ、そんなに不安そうな顔をすんなよ。俺達はこう見えても手練れだぜ?」
「ダンジョン化したこの坑道も何度か潜ってんだ。そう心配すんなよ」
「たっぷり楽しませてや――おっと、俺達が守ってやるからよぉ~」
「そうだぜ。大船に乗った気でついてこいや」
今回に限り、駆け出し装備を用意したことが裏目に出た。
傭兵登録も再登録したおかげでランクはDと下がり、ダンジョンに潜れるランクではなかった。結果として親切なおっさん傭兵しか仲間になってくれなかったのである。
もっと正確に言うのであれば、女性傭兵達からは倦厭され、彼等の方から接触してきた。
『いい人達なんだろうが、気のせいか? なんかおかしい……』
一見して強面だが親切なおっさん達だが、エロムラはなぜか危機感のようなものを持っていた。親切すぎるところがどうにもあやしい。
必要以上に馴れ馴れしい感じがするのだ。
ときおり体に触れてきたり、エロムラを見る一瞬の目が獲物を狙うような鋭い感じであったりと、信用するに気にはなれない。
初心者を狩るような悪質傭兵の可能性もあるので、警戒を強めていた。
そのあたりの危機感はあったようである。
「確か、こっちだったな」
「おう、そして隠し扉を潜れば……」
「ここは良い場所だよな。色んな意味で最高だ」
「最高のスリルを味わえるぜ。キヒヒ……」
弱い魔物は傭兵達から逃げていき、坑道を進む速度は思ったよりも早い。
そして岩壁に偽装された隠し扉を潜ると、そこは何もない小部屋であった。
ますます嫌な予感がするエロムラ。
「なぁ、ここ何もねぇぞ?」
「そうだな。何もねぇ」
「俺達以外には、だが……」
「そう焦るなや、まだ時間はたっぷりあるぜ」
「ヒヒヒ……」
同時に扉が閉まる音がする。
それを確認すると、四人の男達は静かに装備を脱ぎだした。
「ま、まさか……アンタら」
「ハッハッハ、気づいちまったようだから言わせてもらうぜ……」
「「「「やらないか?」」」」」
「あっ、初心者狩りじゃなくて良かった……。じゃなくてぇ、そっち系だったのかよっ!!」
四人共にそっちの人達だった。
しかもご丁寧に横一列に並び、男前な表情で絶対に聞きたくもないセリフを同時に言った。
「嫌な予感がしてたんだぁ! 初心者狩りにしては目つきや態度がおかしかったし、考えたくはなかったが雰囲気がリザグルの町で出会った奴に似ていたしよぉ!!」
「な、なに?」
「まさか、お前も奴に会ったのか!?」
「何たる偶然……」
「なんてこった。奴に出会った者達は引かれ合う運命なのか……」
驚愕する男達。
その様子にさすがのエロムラでも気づいた。
「き、聞きたくねぇけど、ま、まさかアンタら……」
「「「「 そう、俺達は奴の……被害者だ 」」」」
「嘘だろぉ!?」
エロムラが出会った奴とは、リザグルの町で覗きに失敗し牢に収監されたあと、ちょうど後から同じ牢に入ってきた青年のことである。
彼はエロムラを含む学生達に関係を迫り、狭い牢の中で一晩中逃げ続けたという、思い出したくもない苦すぎる黒歴史を刻んだ。
呼び起こされた恐怖の記憶で背筋が凍る。
エロムラはかろうじて大事なものを失わずに済んだが、目の前の男達は失った側だった。
「俺達も、最初からこんな趣味ではなかったんだ……」
「奴を仲間にしたのが運の尽きだったな……」
「不審な行動をするやつだと思っていたが、その日、野営の最中に襲われて……」
「穢れてしまった! 俺達は穢されてしまったんだぁ!!」
涙を流しながら黒い歴史を思い出す男達。
むせび泣く彼等の姿が痛々しい。
「その被害者が、なぜ……」
「忘れられない記憶だった……。夢で何度も魘された」
「だが、あの時の喪失感が……」
「この体に刻まれた快楽の記憶が……」
「俺達に新たな扉を開かせてしまったんだよぉ!!」
「「「「俺達は無理やり目覚めさせられたんだ。もう、そっちの道に走り続けるしかねぇだろ!!」」」」
「だからって他人を襲うんじゃねぇよぉ!?」
被害者が加害者に変わる。
なんとも恐ろしい腐の連鎖が生まれていたようである。
「だからよぉ~、この不幸を分かち合おうぜ」
「なぁ~に、天井の染みでも数えていれば直ぐに終わるさ」
「お前、いい尻をしてるよな。どんな鳴き声を聞かせてくれるのか楽しみだ」
「天国の扉を開こうぜ。どうせここから逃れられないんだからよぉ~」
「じょ、冗談じゃねぇぞ!!」
エロムラは全力で入ってきた扉に向かうと、ドアノブを押しのけるかのように力を入れ外に出ようと試みたが、扉は1ミリたりとも扉は開くことがない。
必死に叩いてもびくともせず、開かない扉に焦りだす。
「な、なんでだぁ!? 入るときは確かに開いたのにぃ!!」
「この部屋はなぁ~、どこかに偽装して設置されている解除ボタンを押さねぇと、その扉は開かねぇ仕組みなんだよ」
「さぁ~て、探している暇はあるかな?」
「本当の快楽と魂の解放ってやつを教えてやんぜ」
「ヒヒヒ……また仲間が増える。世界に広がる愛の輪だぁ~」
「く、来るな……。俺の傍に近づくんじゃねぇ……」
エロムラ、貞操の危機だった。
半裸でゆっくりと迫る男達を前に、心は恐怖と絶望に染まる。
そう、エロムラはリザグルの町でそっち系の人に襲われた恐怖から、この手の者に対してすっかり牙を折られた負け犬となっていた。
まぁ、正常な人でも逃げ腰になるであろうが……。
「へへへ……そう怯えるなよぉ~、そそるじゃねぇか。もしかして誘ってんのか?」
「俺達もこんなことは不本意なんだが、ウへへ……性欲が抑えられねぇんだよぉ」
「せめて優しく男の良さを教えてやるぜ。男なら潔く諦めてケツを締めろや」
「覚悟はいいかい? Pretty、Boy♡」
「来るな、来るなよぉ……。俺は……。俺はセクハラで〈奴隷落ち〉、72回〈フラれた〉で……執行猶予中〈奴隷ハーレムの件〉なんだよぉ―――――――っ!! あっ?」
まさに絶体絶命となったその時、エロムラの足元の地面が消えたかのような、突然の浮遊感に襲われる。
「な、ランダムトラップだとぉ!? この部屋にもあったのか!!」
「ハニーが落ちちまったぜ、畜生!」
「なぁ~んてこったぁ、あの尻は俺のものだったのに!」
「いったいどの階層まで落ちたんだ!?」
ランダムトラップ。
決められた時間や日数、あるいは特定の条件下で発動する予測不能なダンジョントラップの一種である。この手のトラップは念入りに偽装され、発見することが難しい。
この手の罠はいつ発動するか分からず、多くのダンジョンアタッカー達を過酷な試練に誘い込む。エロムラにとって幸いしたのが、この隠し部屋に設置されていたのは落とし穴だったことだ。
その行先は廃坑ダンジョンの中階層エリアであった。
「助かった……。なんで俺だけがこんな目に遭うんだ。俺、何か悪いことしたか? もう嫌だ、こんな人生………」
中階層で自分の運の悪さに、エロムラは涙を流す。
こうして、エロムラは貞操の危機から逃れることはできたが、同時に自力で帰還するというハードな展開に巻き込まれてしまう。
以前よりも拡張されたダンジョンの単独帰還は困難を極め、サントールの街へ戻れた時にはボロボロの姿であったという。
精神的にかなり追い詰められたのか、ツヴェイトが事情を尋ねても何も答えず、ただ無言で泣くのみであったという。
合掌――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メーティス聖法神国の西方に続く街道を、首都である聖都マハ・ルダートを目指し進む一団がいた。
全員が白銀の鎧を身に纏い、四神教を示す光輪十字の旗を掲げ、隊列を乱すことなく整然と進む聖騎士の一団であった。
「もう直ぐトチーカの街に着くな……」
そう呟いたのがこの聖騎士団を率いる将であり、最強の勇者と呼ばれる神聖騎士の称号を与えられた異世界人、【川本 龍臣】である。
【岩田 定満】、【姫島 佳乃】、【笹木 大地】を含む四人が四神教の切り札と呼ばれていたのも、今は昔の話だ。
【岩田 定満】は既にこの世にはおらず、【姫島 佳乃】は他の勇者数名と共に行方不明。
【笹木 大地】は聖都周辺の治安維持活動を【八坂 学】と共に行っていたが、面倒な仕事を途中で投げ出す癖があるため、彼の仕事の大半が事務能力がそれなりに高い【八坂 学】に廻されていたりする。ひどい話だ。
一部では『もう、マナブ様が仕切った方がいいんじゃね?』と言われているとか。彼の不幸は続く……。
三年前のアトルム皇国との戦闘ですでに半分以上の勇者は失われ、残された勇者も戦闘に不向きな第一次産業や二次産業の生産職。
彼らを戦力にしようという話も出たが、火縄銃を製作に貢献した【佐々木 学】は『僕ちゃん、戦闘無理! ゴブリンでも簡単に死んじゃうぅ!!』と駄々をこね、この案は却下された。
失われた戦力があまりに大きく、少ない戦闘職は聖法神国国内の治安維持活動で各街や村を巡り、盗賊征伐などの雑務に一年ほど費やしていた。
龍臣もこの数カ月、西の大国であるグラナダス帝国国境方面に任務で赴いていたので、聖都の情報は一切届いてくることもなく、最近になってやっと報告書に目を通すことができた。
国境近辺は治安悪化が著しく、犯罪も横行しており、余計な雑事に気を取られることがないよう配慮から情報封鎖されていたらしい。
「これで皆が一息つけますね。私もベッドが恋しいです、タツオミ様」
「もう少しの辛抱だ、リリス。今回も長い旅だったが、トチ―カの先はマハ・ルダートだ。皆にも、もう少し頑張ってもらおう」
リリスという名の少女に疲労まじりの微笑みを向ける。
彼女は元聖女であり、今は龍臣の恋人兼補佐役を務めている。
聖女という職業は回復系魔法や防御魔法に長けており、教皇ほどではないにせよ神官や司祭に比べて、その効果は二倍近い差がある。
こうした遠征の大部隊には一人は欲しい存在であった。
「でもタツオミ様、聖都では大神殿が崩壊したと報告が来てましたよね? あと、イワタ様もお亡くなりになられたとか……」
「それが信じられない。岩田は勇者としては最低の奴だったけど、けして弱いわけじゃなかった。防御力と力だけは俺達の誰よりも高い。それほど転生者が強いということなのか」
「報告書の一通だけでは、詳しいことは分かりませんものね。それに、だいぶ前にお亡くなりになっていたとか……。なぜ今頃になって伝えてきたのでしょうか?」
「分からない。けど、僕達は西方に遠征していたから、動揺を誘いたくなかったんじゃないのか?」
勇者岩田の死因は不明瞭な点が多い。
転生者と戦闘になったことは書かれていたが、どうやって敗れたのかが詳しい内容は省力され、書かれていた事は獣人族が組織的な動きを見せ始めた事と、ルーダ・イルルゥ平原には最低でも転生者が二人いるらしいとい曖昧で中途半端なものだけである。
その時に負った傷が原因で、帰還して直ぐに息を引き取ったというが、龍臣にしてみれば岩田がそのような責任感のある男ではないことを知っている。
命懸けで任務を全うするようなことは絶対にないと言い切れるほどだ。
「怪しいな……。岩田の部隊が壊滅したのは分かるが、そんな状況になる前にアイツは真っ先に逃げ出す。現に三年前の戦争では指揮官としての責任を放棄して逃げた」
「……そうですよね」
「それに、分からないのは転生者だ。獣人のような野蛮人達に肩入れをしていたかと思えば、僕たち聖法神国に協力している人もいる」
「あぁ……たしか、【腐・ジョシー】様ですね?」
「……彼女の作品は、お世辞にもまともなものではないが」
転生者、【腐・ジョシー】。
街角で薄い本を転売しているところを捕らえられ、裁判官の前で同性愛の苦悩と愛の尊さを説いた女性だ。多くの神官達も彼女の説得に感銘を受けたという。
しかも薄い本は一定の者達から高い支持を得て、今では各地に転売することで聖法神国の財政に多少なりとも貢献している。
だが、その作品の多くは、まともな人格者から見ればあまり褒められたものではない。
『欲が駄々洩れの、えぐいストーリーばかりなんだよな……』
裏組織の討伐任務も行ったが、その内の何割かが薄い本を無許可で製作していた作家集団だった。
書籍の類は聖法神国が版権を持っており、それに反感を持った作家が裏で創作活動の組織を作り、周辺諸国に転売を始めていた。
規模も次第に大きくなってきており、今では他国でも出版し現在に至る。
嫌な方面で文明改革のレジスタンスだった。
「……あの本、私と同期の子が描いているんですよ」
「笑えない冗談だ」
リリスと同期の聖女曰く、『愛とは、けして幸福で綺麗なものだけじゃないのよ! 愛ゆえに憎しみが生まれることもあれば、悲劇が生まれることがあるわ! 私はその業の深さを伝えていきたい』と。
言っていることは分かるが、やっていることは趣味丸出しの作品作り。
それも他国へ転売しているのだから救いようがない。
「他にも問題作品が……。あのパクリネタの総集編みたいな本はいただけない」
「オリジナル要素がないと、タツオミ様も言ってましたよね」
低年齢層向けの作品も売り出しているのだが、某有名作品やアメコミなどを全てミックスしたような、お世辞にも教育によろしくない内容に仕上がっていた。
何しろストーリーが無茶苦茶で、物語の出だしと最後では内容がかなり変貌している。
例を挙げれば海賊王になるために海に出て、最終的に宇宙の帝王と戦うという訳の分からない展開に変わる。主人公が頻繁に世代交代を繰り返し、なぜかロボットものに途中から路線変更すなど、読んでいる側には展開が変わり過ぎて意味不明。
ストーリー性をガン無視した本を子供達に売るのだから頭が痛い。
売りだす書店も薄い本と同じ場所にこれらの書籍を置くため、子供達の教育に悪かった。
「検閲……やらないんだよなぁ~」
「あの部署はもう、好き勝手に動き出して手が付けられないんです」
勇者すら手に負えない危険な部署だった。
何しろ文句を言いに行けば屁理屈で論点をずらされ、最悪には新たな扉を強制的に開かれる。
百合や薔薇に走った被害者がかなりの数に上るらしい。
「なんか、急に戻りたくなくなってきた」
「わかります」
長い任務からやっと戻って来られたというのに、帰れることが次第に嫌になってきた二人。
魔窟には誰も近づきたくないのだ。
だが、苦情が来れば赴かねばならず、司祭や神官達は全て勇者に任せようとしてくる。誰もが生贄の羊にはなりたくないのだ。
「勇者って、こんなことをする存在なのか? もう雑用扱いじゃないか」
「治安維持活動だけでも手一杯ですから、他の仕事を回されるのは……あら? あれは、何でしょうか?」
ちょうどトチーカの街を囲む外壁が見えたところで、街の中心あたりから煙が上がっているところを目にする。
「火事か? いかん、急いで消火活動をしないと」
「待ってください。今、何かが……えっ!?」
黒い煙が出ているあたりから、突然天を突くような火柱が上がった。
同時に飛翔する巨大な影。
「な、なんだアレは!?」
「ドラゴン!? いや、ドラゴンにしては禍々しい……」
「まさか、アレに襲われているのか!?」
聖騎士達の間に動揺が走る。
ドラゴンはおよそ人間が太刀打ちできるような魔物ではなく、種類によっては国一つ壊滅させる大自然の驚異だ。特に龍王クラスは災厄と言っても過言ではない。
「アレが……ドラゴン。初めて見た……」
「なぜ、こんな場所に……」
龍臣やリリスが驚愕する。
そもそもドラゴンは、ファーフラン大深緑地帯の奥地に生息する魔物だ。
人間などを捕食するよりも、かの地で大型の魔物を狩った方が充分腹が満たされる。ゆえに人間が住む土地へ来ることは滅多にない。
現れたとしても直ぐに戻っていく。それを理解するだけの知性を持ち合わせているのだ。
「あんな魔物が、なんでこんな場所に……」
龍臣達聖騎士団は、大空を舞う漆黒の巨獣に目を奪われていた。
ドラゴンは街を旋回すると、北に向けて飛び去って行く。
「あの……タツオミ様? 街の様子を見に行かなくてよろしいのでしょうか?」
「ハッ!? そうだった。全軍、急いで街に向かうぞ!」
疲労している体に鞭を打つかのように、聖騎士団は一斉に走り出した。
真っ先に街へ突入した騎馬隊は、被害状況の確認や救助活動のため四方に散っていく。
そして、神殿関係者から齎された報告の内容に、龍臣は驚くべき結果を知ることになる。
・
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「被害が神殿や教会ばかりだなんて、いったいどうなっているんだ……?」
トチーカの街で得た情報や報告書を見て、襲撃したドラゴンの行動に不可解な疑問を覚えた龍臣。
そう、漆黒のドラゴンが襲撃した場所はどれも四神教が管理する神殿や教会だけで、他の建物には被害が一切出ていなかった。
被害者も司祭や神官、たまたま祈りを捧げに来た一般市民が巻き込まれただけで、それ以外は全く攻撃されていない。これには龍臣も頭を悩ませる。
しかも襲う街がランダム。北に突然現れたかと思えば、次は西の町に出現するなど行動が読めない。それ以前にこの情報が自分の元に知らされなかったことも疑問だ。
「何だ、これは……。まるで、四神教に恨みを持っているみたいじゃないか」
「報告では、他の街や村でも同じことが起きているようです。現在被害を受けた神殿や教会は21件。襲撃されても人的被害が少ないようですね」
魔物は人間など他生物を食料と見ている。
稀に繁殖の道具にする生物もいるが、大半が生きるための食料という認識だ。
それが、四神教の施設を集中的に狙う。恨みを持っているとしか思えない行動である。
「偶然? いや、偶然な訳がない。意図的に狙っているとしか……だが……」
「ドラゴンなら知性が高いはずですから、意図的に神殿や教会を狙うことも、充分に考えられる事態だと思いますが?」
「だが、なぜ狙うかが分からない。この国はあのドラゴンに何をしたんだ?」
ドラゴンは最強種の一角に列をなす生物である。
強者であるがゆえに捕食活動以外で他の生物を襲うことはないが、縄張りや子供を狙われた時に獰猛な牙を剥く。しかし人の住む領域ではドラゴンは生息していない。
いたとしても亜竜のワイヴァーンなど、飛竜種程度のものだ。ドラゴンが人間と関わり合いになること自体考えられない話だった。
しかし、現に被害は出ている。人間側がドラゴンにちょっかいを掛けたとしか思えない。
「……まぁ、これ以上考えたところで答えは出ないな。復興作業を手伝っていくから、マハ・ルダートに報告を送っておこう」
「それしかないですね。原因を知りたくても、ドラゴンに聞くわけにはいきませんから」
「ハァ~……この国は一体どうなってんだ? 災厄続きじゃないか」
「さぁ? 私も何が何だか……」
元聖女と最強の勇者は溜息を吐くしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マルトハンデル大聖堂が崩落して以降、教皇であるミハイルロフは頭を抱える日々が続いていた。
政治の拠点を古い聖堂に移し、雑務に追われ続ける毎日。
戦える勇者は残り少なく、北では獣人族が反旗を翻し、周辺諸国はメーティス聖法神国に経済圧力をかけてきている。
食料問題を抱えたイサラス王国ですら、簡単に首を縦に振るようなことがなくなった。
これもイルマナス地下街道が開通し、ソリステア魔法王国から食糧支援が可能になったためだ。元より人口比率も少ないので小国からの支援だけで充分なのである。
「なぜ、なぜ儂の代になってこのような……」
幾度となく呟いた苦悩の込められた愚痴。
謎のドラゴン襲撃事件の報告書を握りつぶし、野心家である現教皇は悔しさを滲ませていた。
【勇者召喚魔法陣の消失】→【転生者が原因】
【神聖魔法の希少価値低下と小国家への圧力外交不可】→【ソリステア魔法王国が原因】
【三年前の召喚勇者の喪失】→【アトルム皇国との戦争が原因】
【北方平原の勢力変化】→【獣人族の反乱が原因】
【神殿や教会の壊滅的被害】→【謎のドラゴンが原因】
【南方街道の断絶】→【ギヴリオンを他国へ押し付けた裏工作の失敗が原因】
――と、由々しき事態に手が付けられない。
書類の時系列順番はそれぞれバラバラではあるが、どれも簡単に解決できない問題ばかりであった。
特に新たな勇者が召喚できない以上、強力な力を保持した兵力の増加は見込めない。
周辺諸国との折り合いは外交でなんとかできるとしても、聖法神国の権威を維持し続けるのは難しい状況だった。
「塩の販売ルートは小国が保有しておるし、イサラスとの金属の販売ルートはソリステアとアトルムが独占状態。神聖魔法による治療も回復魔法のスクロール販売で需要の低下が著しい。我等がこんな状況だというのに四神からは神託が一切ない……」
ミハイルロフは少々勘違いをしていた。
四神は確かに一応世界の管理者だが、人間はあくまでも娯楽を生み出させるための道具程度にしか思っておらず、人間を優遇している訳でもない。
四神教は確かに権威を持っているが、逆に言えば徹底した管理社会を構築しようとしているので、娯楽が発展する兆しが見えないのだ。
薄い本も外貨獲得の手段のため、それ以外に外貨を獲得できる手段があれば直ぐにでも廃止するだろう。エンタメを望んでいる四神には看過できない問題だった。
要は四神を信奉する人間側と、崇められる四神との間に深い溝があるようなものだ。そして四神はエンタメを発展させてくれるなら聖法神国でなくても構わない。
四神にとって、他は自分たちの欲望以外は本当にどうでもいいのだ。
「教皇様、報告します。聖女様に四神の神託がきたようなのですが……」
「おぉ、それで何か有用な情報は得られたのか? この危機を乗り越えられるような」
「それが、例のドラゴンは正体が分からないらしく、政治については管轄外とのこと……」
「つまり、なにも分からぬし、関わる気もないということじゃな?」
「ドラゴンに関しては正体不明としか……」
「そうか……ご苦労であった」
報告に来た司祭を見送ると、鬱な表情で天井を仰いだ。
内憂外患。そんな言葉が脳裏をよぎる。
メーティス聖法神国は政治の中枢部へ近づくほど腐っている。ミハイルロフもその腐った司祭の一人であったから良く分かっている。枢機卿など貴族顔負けの豪華な生活を送っており、国民の最下層は貧困に喘いでいた。
汚職も横行しており、聖騎士の中には犯罪者と癒着している者も少なくない。
国の立て直しをやろうにも、予算の大半が無駄遣いで消えているので、今の状況下で苦労することは目に見えていたはずだった。
要するに自業自得である。
「異世界人共を動かしておるから、しばらく国民の非難の誹りは防げるじゃろうが、それも時間の問題か……」
復興資金の獲得や、貿易ルートの新たな構築。国民の不満を解消するためには予算がいくらあっても足りない。その予算も少ない。
神の知恵を借りようにも、その神は人間の政治には全く関心を寄せていない。
その間にも状況は少しずつ悪くなっている。
「せめて経済だけでも立て直さねば……」
マルトハンデル大聖堂崩壊前に起きた地震により、各地で産業や商いに大きな支障が出ている。その復興もかなり遅れている。
結果として盗賊が横行し、切り札の勇者二人も討伐に各地へ派遣しているが、その成果も大して効果がなかった。
「この国は……もう、駄目なのかも知れぬ、な……」
権威や財など死んでしまえば意味はない。
だからこそ名声に固執し、聖人として永遠にこの世に名を刻もうとしたミハイルロフだったが、ここにきてその野心が頓挫しかけていた。
転生者という正体不明の者達が暗躍し、周辺諸国がメーティス聖法神国のやり口に異を唱え、戦においては敗北が続いている。
歴史に名を残すことが唯一の望みであったが、今の状況では数多くいた教皇の一人程度にしかならない。『なぜそうなったか?』の原因すら理解していないのだ。
はっきり言えば、今まで周辺諸国に対しかなりゴリ押しで要求を突き付けていたが、ミハイルロフの代でそのツケが廻ってきただけの話だ。
「だが、諦めきれん……。永遠を……儂に永遠を……」
未来永劫歴史に名を連ねることに固執した現法を教皇の野心は、もはや誰にも止められないところまで来ていた。
それが儚い夢であっても、それを咎めることはできない。
人の歴史はこうした想いの積み重ねによって生まれてくるものなのだから――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人の踏み込めぬ位相空間、【聖域】。
ここに二人の女神が顔を合わせていた。
「ぬぅあ~~~っ、ウィンディアとガイアネスはどこへ行ったんだぉ~~~っ!!」
「最近見かけないわね……。まぁ、どうせそん辺をほっつき歩いているんでしょ。心配するだけ無駄よ」
「そうは言うけど、聖女達がいろいろ五月蠅いんだぉ。お願いすれば何でも神託で答えてくれると思っているのだぁ~っ!」
「そのうち帰ってくるわよ」
どこぞの元邪神に封印されたことや、とっくに自分達を裏切っている事などつゆ知らず、フレイスレスとアクイラータは暢気であった。
地上で起きていることなど人外の者達は知った事ではない。
どこまでも自分優先であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ガイアネスは虚ろな目を開き、大好きな睡眠から目を覚ました。
周りを見れば木造の壁に囲まれ、窓からは温かな日差しが差し込んでいる。
「……枕を変えよう」
惰眠を貪る元女神は、更なる惰眠を貪るべく位相空間に手を突っ込んだ。
彼女は神としての力を失ったが、元より地属性なので重力を操ることができる。その重力操作を利用して簡易的な位相空間を作り出すことや、別の場所へと移動することができる程度の能力は残されていた。
当然のことだが、こうした空間操作能力を利用してインベントリやストレージのような倉庫を努力して作りだし、利用していた。
欲を満たすためならどんな努力も厭わない。
求めるのはふかふか抱き枕だったのだが、ここにきて妙な手ごたえがあった事に気づいた。
何となくそれを手繰り寄せ引き出す。
それは、アルフィア・メーガスによって封印されたはずの風の女神――正確には元女神だが、ガイアネスの開けた異空間に繋がる穴から引っこ抜かれた。
どうやら封印空間と自分の異空間倉庫を繋げてしまったようだが、事情を知らないガイアネスは不思議そうに、ただ首を傾げただけであった。
「………ウィンディア?」
「…………うぅ……ガイアネス。封印…解いてくれたの?」
「封印? 何んのこと? 私の枕は?」
「私、邪神に力を奪われて、封印されたんだけど……。そうだった、邪神が復活してる! 他の二人にも知らせないと……」
「?」
邪神と言われてもガイアネスには良く分からない。
彼女が信奉するのは惰眠のパジャマ神なのだから。
「よく分からないけど、私の枕はどこ?」
「……枕? なんか、真っ暗な空間に漂っていた気がしたけど、何も見えなかったし」
「どこ? 私のお気に入り」
「……知らない。どっかに漂っているんじゃないの?」
「…………」
ガイアネスは、お気に入りの枕がないことに絶望する。
表情的にはボ~ッとしているように見えるのだが、確かに絶望していた。
そして、枕の代わりにウィンディアを抱き寄せると、そのまま布団の中へと引きずり込む。
「ちょ、なにする気?!」
「ウィンディアを抱き枕にする……。お休み……」
「ちょっと、意味わかんないんだけど………。そんなことよりも邪神って、もう寝てるし」
窓から差し込む日差しと、抱き枕に丁度良いウィンデイアの身長と適度な柔らかさが相乗効果を成し、ぐぅ~たらな元女神は速攻で眠りに落ちた。
「………寝つきが良すぎる。今に始まったことじゃないけど」
ガイアネス抱き着かれたまま、ウィンデイアはしばらく抱き枕となっていた。
他の二柱に邪神復活の情報を伝えなければならないのに、ガイアネスは一度寝たらなかなか目を覚まさない。起きていてもほとんどが寝ぼけた状態だ。
状況が切迫しているのに何もできず、ガイアネスが目覚めるまで抱き枕となったウィンディア。だが、これは彼女の地獄の始まりであった。
寝具クレクレタコラ~は抱き着いたら離れず、しかも万力のように急速に締め付けてくる。
ウィンデイアは締め付けられる苦しみで何度も気絶と覚醒を繰り返し、地獄の責め苦を受け続けることになるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、その同時刻。ゼロスが何をしていたかというと――。
「地下倉庫の改装はこんなもんでいいか……。しかし、無駄に広くなってしまったな」
アルフィアの培養槽があった部屋を改築していたおっさんは、調子に乗って地下を大幅な大改装をしてしまった。
具体的には地下の通路を魔法で更に下へと掘り下げ、部屋を一度埋め戻して別の場所に新たな空間――部屋を再構築した。
問題は、部屋を無駄に広く作ってしまったことで、用途については何も考えていなかった。
物置にしても広すぎたのだ。
「う~ん、天井にクレーンでも設置しようか? 失敗作を置いておくににしても余裕もあるしなぁ~、何かデカいものでも作るかねぇ~」
バイクは作った。エア・ライダーも手に入れており、そうなると作るのは飛行機や船ということになるが、そんなものを作っても意味がないし大きすぎる。
そうなると車サイズがちょうどいいが、アドのように軽ワゴンを作るのも芸がない。
「………戦車でも作ってみるかな?」
戦車というが、用途は同じでも形だけ真似た別物になるだろう。
だが、そんなモノを作ると今の社会にもたらす影響が大きいことも事実であり、実に悩ましい。
口で言ってみただけだが、実際に製作するとなると、どうしても葛藤してしまうものである。
薄暗い地下の一室でしばらく熟考していた。
「戦車まではいかないまでも、アハトアハトが作れるか試してみるのもいいかも……」
悩んだ結果、おっさんはロマンを求める方を選び、さっそくインベントリから余っている素材のチェックを始める。
趣味のためなら常識を捨て去る。
何だかんだ言ったところで、所詮このおっさんも殲滅者の一人であった。
二日後、ツヴェイトとセレスティーナ、意気消沈でサントールの街に帰還したエロムラを無理やり巻き込み、ダンジョンアタックに向かうのであった。