ツヴェイト、クリスティンをゼロス宅へと案内す
ゼロスの下へクリスティンを案内しながら向かうツヴェイト。
旧市街へとは歩いていた二人であったがが、なぜか途中から会話が続かなくなっていた。
それと言うのも……。
『マズイ……会話が途切れた。最初はお爺様とサーガス師のことでなんとか話を繋げられたが、考えてみれば女とこうして共に歩くなんてこと初めてなんだよなぁ~。なんか話題を振らないと気まずい』
『か、会話が止まっちゃった……。何か話題は!? 僕が触れる話題なんて剣とか、剣とか、剣……剣術のことしかないぃ~~~っ!! 気まずい……どうしよう』
この二人、異性とデートなどしたことがなかった。
ツヴェイトは年齢=彼女いない歴であり、一度一目惚れもあったが洗脳魔法の影響で俺様状態だったため、女性と街を歩くことなど生まれて初めての経験だ。
それはクリスティンも同様で、騎士家の後継ぎとして勤勉に修行を続けていた結果、異性を本気で意識し始めたのは今回が初めてのことだった。
そんなぎこちない二人なのだが、周辺で初々しいカップルに見えていた事に気づいていない。
稀にツヴェイトを知る知り合い(特におばちゃん)などは「頑張んなさいよ」と声をかけてきたりするが、テンパっている二人には何を言っているか理解できなかった。
この時間の経過すら曖昧になるような沈黙も、一人の人物の登場で崩れる。
「お、同志じゃん。こんなところで奇遇だな」
「エ、エロムラ!? お前、旧市街で何やってんだ?」
「俺? いやぁ~、俺ってば奴隷落ちして傭兵資格剥奪されただろ? もう一度資格を取り直したんで、新調した装備を受け取りに旧市街まで来てたんだ」
「装備って、その初心者装備のことか?」
「おうよ」
エロムラは全て安物のレザー装備、いつものフルプレートではなかった。
値段としてもさほど高いものではなく、どう見ても駆け出しが数か月貯金して買える程度のものだ。彼の実力に見合わない装備である。
「なんで初心者装備なんだよ。自前のフルプレートはどうしたんだ?」
「あんまり上等な装備だとさぁ~、喧嘩を吹っ掛けてくる怖い人が多くて……。相手するのもめんどいし、手頃な装備に替えることにした」
「で? 傭兵の資格を取り直して、お前はどうする気なんだ?」
「フッ……俺は、ダンジョンに出会いを求めに行く!」
「はぁあっ!?」
また馬鹿なことを言いだしたエロムラに、ツヴェイトは困惑した。
彼は思う。『ダンジョンになんの出会いが待っているんだ? 新種の魔物か?』と。
「なんでも、日帰りできる距離にダンジョンがあるって話だ。確かアッハン♡の村だったか?」
「アーハンだ。あそこは廃坑しかなかったはずだが……まさか」
「おう! その廃坑跡がダンジョンになったんだとさ。今は休暇中だし、ちょっくらナンパに行ってくるぜ」
「出会いって、女が目的かよ! ダンジョンに何を求めてやがんだ。この馬鹿……」
ダンジョンとは傭兵達の夢や欲望、そして犯罪が渦巻く魔窟である。
ある者は生活のために売れる素材を求め、ある者はダンジョン内で見つかる様々な武器や道具を探し、またある者は夢追う者達をダンジョン内で襲い戦利品を奪う。
前者の二つならまだ良いが、後者は被害者の遺体すらダンジョンに吸収されるので完全犯罪が成り立ってしまう。傭兵ギルドが最も警戒している違法行為だった。
そんな場所にナンパ目的で出向くエロムラの気が知れない。
「あのなぁ~、ダンジョンってやつは確かに恩恵も大きいが、それ以上に欲望渦巻く魔窟だぞ。そんな場所にナンパ目的で出向くのは間違っている」
「仲良く彼女とデートしている裏切り者の同志に言われたくねぇ! 俺は……俺は恋人とエッチなことがしてぇんだよぉ!!」
「清々しいまでに性欲に正直だなぁ! 俺はある意味で素直に感心したぞ」
年齢=彼女いない歴はエロムラも同じだ。
その魂の叫びは響いてくるものがあるのだが、同意できるかと言えばそうでもない。
危険な場所にナンパ目的で出向くエロムラは、ダンジョンを舐めているとしか思えなかった。
魔物は出現するわ、罠が無数に設置されているわ、そんな場所でナンパなどできるはずがない。
そもそもダンジョンとは、人間や魔物、あるいはダンジョンそのものと命のやり取りが繰り広げられる危険地帯なのだ。
「大丈夫だ。白い髪の少年も、なんだかんだで女の子を引っ掛けているし、もしかしたら俺にもできるかもしれないだろ? 目指せ、ハーレム!」
「誰だよ、その少年……。いや、エルフはどうしたんだ? お前、エルフ一筋とか言ってなかったか?」
「同志……夢は覚めるもんなんだ。どれだけ探してもエルフが見つけられないのなら、俺は普通の恋がしてみたい。できれば出会って直ぐにエッチできるような、軽い感じの……」
「娼館にでもいけや! それに、エルフならそこいらにいるだろ」
「……えっ? マジで? どこに?」
「あそこに……」
ツヴェイトが指をさした先には、ごく普通の親子連れが歩いていた。
エロムラの目にはとてもエルフには見えない。思えない。
「……普通の人だろ?」
「いや、あの親子連れはエルフだぞ?」
「耳が尖ってないぞ?」
「それはハイエルフだ。そんな高位種族がこんな場所にいるか! ついでに普通のエルフの見た目は人間と変わらん。常識だろ」
「詐欺だぁ~~~~~~~っ!!」
そう、この世界でのエルフは上位種のハイエルフ以外、耳が尖っていない。
ラノベ小説のエルフを夢見たエロムラでは、とても見分けがつくはずがなかった。
何しろ違いは白い肌の色と寿命だけで、見た目が普通の人間と変わりないからである。もう一つ特徴を上げるのであれば人間よりも魔力が高いことだろう。
子供のエルフでも高位魔導士並みに魔力を保有している。
人間と比べて数は少なく、エルフに関する知識を持っていたとしても魔力感知能力が高くないと気づけないレベルだった。
この条件だと魔力感知能力の高いエロムラならエルフだと気づきそうなものだが、彼は普段から注意散漫気味で、また普段から魔力感知を行っているわけではない。
魔導士でもないから自動的に魔力感知も働かず、一般エルフに気づけないので意気込みが空回りすることになる。
ツヴェイトは魔導士なだけに、エルフ親子の放つ魔力で判別した。
エロムラは以前、ミスカをハーフエルフだと見抜いたこともあったが、ハーフエルフは若干耳が尖る特徴があるので、なんとなくで判断しただけのことだ。
鋭いようでどこか抜けている。それがエロムラなのである。
「あんなの人間と変わりないじゃん……。夢を……夢を返せ」
「夢は覚めるもんなんだろ? 今更じゃねぇか」
「こうなったら……同志と同じくボインちゃんを引っ掛けて、エロエロな夜を毎日過ごしてやるぅ!!」
「エロムラ……お前、よく往来でそんな恥ずかしいことを叫べるな。それと、クリスティンに失礼だろ!」
「男ならみんな巨乳が好きだ! 同志だってそう思ってんだろ?」
「……なんか、以前にも似たようなセリフを聞いた気がする」
以前、どこかの誰かに言われた言葉に眉を顰めるが、そんな事よりも突然にボイン認定をされたクリスティンの方が気にかかった。
エロムラの失礼発言は貴族にとってはかなり無礼だ。その場で手討ちにされてもおかしくないほどである。
ゆっくりと彼女の方に視線を向けると、クリスティンは顔を真っ赤に染めていた。
『か、彼女? ボボボ……僕がツヴェイト様の? それよりボインって……男の人って全員大きな胸を? それじゃツヴェイト様も……え? えぇ!?』
違う方向に反応し、混乱していた。
クリスティンは同年代の娘より少々発育が良い。
普段は装備している鎧などでは分からないが、平均値よりは上に分類されるサイズだった。
しかも今回は女性騎士がよく着用する国指定の制服を着ており、厚着でもそれなりに胸の大きさは判別できてしまう。
エロムラのような馬鹿がそこを見逃すはずもなく、往来でそんなことを突然大声で言うものだから彼女は羞恥と混乱に陥ってしまった。
ただでさえツヴェイトの彼女と言われたことで動揺していたのに、立て続けに投げかけられた言葉で一気に許容量をオーバーし、彼女の目がグルグルと廻っていた。
「見ろ。お前がセクハラ発言を連呼したから、混乱しちまったじゃねぇか」
「同志……男はオープンスケベの方がモテるんだ。俺の知る小説の主人公達はどこまでも性に関してはオープンで、更にラッキースケベを繰り返しているのにハーレム状態だったぞ。そこに痺れる憧れるぅ!」
「いや、現実的に考えてみろ。それ、普通に変態か変質者の類じゃないのか?」
「ムッツリストーカーよりはマシだろぉ?」
「物語の中の主人公のようにモテるわけねぇだろ。少しは現実を見ろよ、往来でセクハラ発言を繰り返すような奴に、女が近づくと思うか?」
「……」
現実を突きつけられ、言葉をなくすエロムラ。
現実は非情であることを欲望に身を任せて誤魔化していたのか、それとも心のどこかで現実を直視していたのか、ツヴェイトの言葉に反論する事が出来なかった。
だが、彼は堂々と覗きを実行するような馬鹿である。
例え現実が非情でも、勢いで行動する下半身生物なのだ。
「フゥ~、確かに現実は非情さ。だが、それで諦められると思うか? 夢とは己の欲望のままに追いかけるものだろ! 俺は、俺はハーレム王になる! 見ていろ、同志。絶対にとびっきりイイ女を捕まえてくるからなぁ! ふはははははは……」
などと言ってその場から猛ダッシュ。
ドップラー効果で聞こえてくる声だけを残し、彼は性欲を胸に欲望の赴くまま走り去っていった。
「……捕まえるとか言っている時点で犯罪じゃねぇか。また奴隷落ちすんじゃね?」
「なんか、凄く個性のある人でしたね……。ツ、ツヴェイト様にはあのようなお友達が何人もいるんですか?」
「……最近、俺の周りのヤツは、どうしようもなく馬鹿ばっかりなのではないかと思い始めている。親友だと思っていた奴は粘着質のストーカー予備軍だし、護衛は恥ずかしげもなくエロ発言を堂々と言い切る阿呆……。同じ公爵家の跡取りでも無責任な奴はいるし、そろそろ人間関係を見直すべきなんじゃないかと本気で考えているぞ」
「今の方も悪い人ではなさそうなんですけど……って、あれ? あそこにいるのはクロイサス様じゃないんですか?」
「なに?」
クリスティンが視線を向けた先に、ちょうど街角から小躍りしながら現れたクロイサスの姿があった。
引きこもりの彼が旧市街にいること自体めずらしいのだが、その様子がおかしい。
両手で一枚の紙を掲げながら、有頂天で軽やかにダンシング。
とても公爵家の次男坊とは思えないその姿に、ツヴェイトは凄く恥ずかしい思いだった。
クリスティンの前では見せたくないものを、よりにもよって二人でいる時に目撃。
「………見なかったことにしよう」
「えっ? でも、クロイサス様ですよね? 声を掛けたりしないんですか?」
「クロイサス……だからこそだ」
そう、実の弟だからこそ声を掛ける気にはならなかった。
それどころか今直ぐこの場から全力で逃げ出したい。出来ることなら記憶を消し去りたいほど、あまりにも恥ずかしい醜態だった。
「少し遠回りしよう。今のあいつとは関わり合いにはなりたくねぇ……」
「…………確かに。僕もそう思います」
「同意されるのも、なんかつらい……」
幸せそうなクロイサスを無視し、二人は回り道をしてゼロスの家を目指した。
それでも脳裏に焼き付いた馬鹿な弟の姿は消えることはない。
醜態を晒していることに気付かないクロイサスは、バレエのダンサーように飛び跳ねながら、ソリステア派の工房へと一人向かっていった。
道行く子供達に指をさされて……。
後にツヴェイトはこう語る。
『あの時は、本気で血の繋がりがあることが恥ずかしかった。公爵家の恥を晒しているあんまりな醜態だったさ……。見てみたいだと? いいよな、笑うだけで他人事の一言で済ませられるんだからよぉ。俺は死にたくなったぞ……。なんで俺がこんな思いをしなきゃならねぇんだ』と。
それとは別に、ソリステア公爵家の命で集められた重犯罪の囚人が、男だか女なのか分からない姿で監獄に戻ってきたという。
その囚人達が監獄で色々とやらかしたらしいのだが、当時の記録はどの資料にも残されていない。
ただ一言、その監獄の守衛の報告書にのみ『オネェ……怖い』とだけ残されていたという。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゼロスの住む家に辿り着いたツヴェイトとクリスティン。
だが……。
「ここが……ゼロスさんの家ですか?」
「あぁ……師匠の家だ。しかし……」
当然だが、ここの家の主は非常識だ。
そして、二人はやはり非常識な光景を目撃することになる。
「コケェ~~~~~~ッ!(どうした、その程度か!)」
「まだだ、まだ終わらぬ……。烈風二の太刀、双風刃!」
進化種か亜種か分からないコッコと斬り合うハイエルフらしき少女の姿と――。
「肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉ぅ!!」
「おぉ!? カイ君、今日のラッシュ攻撃はキレがあるねぇ」
――ポッチャリ系の少年と組み手をしているおっさん魔導士。
さらに……。
「くっ、どれが本物のセンケイ師範だなんだ……」
「ジョニー、気を付けろ。気のせいか、この残像には実態があるように思うぞ」
「ラディ、センケイ師範だけに気を取られていると、ウーケイ師範がくるよ! 油断しないで!」
「コケッ……。(某の秘技。その名も残影鶏翼の陣)」
「コケケッ!(アンジェの言う通り、隙だらけだ。足元がお留守になっているぞ!)」
「「「うわぁ~~~~~~~~っ!?」」」」
二羽のコッコに吹き飛ばされるジョニー、ラディ、アンジェの三人。
そんなカオスな稽古場の横で、整然と並び型稽古する複数のコッコ達。
ここではいつもの日常でも、初めて見る者には驚愕すべきあり得ない世界だった。
「コッコって、あんなに武芸達者でしたか?」
「師匠が鍛えたら、あぁなったらしい。何をどう鍛えたのかは謎だがな」
肉に人生を掛けた少年を、手加減を入れた軽めの蹴りで軽く弾き飛ばすと、ここでようやく灰色ローブのおっさんはツヴェイト達に気づいた。
「やぁ、君がウチに来るとは珍しいねぇ、ツヴェイト君」
「師匠……いつもこんなことをしてんのか?」
「普段はコッコ達とだけだね。いやぁ~先ほどまで鍛冶の真似事をしていたけど、子供達に頼まれてねぇ。向上心があるのはいいことだねぇ。ところで、隣の子は……おや?」
おっさんは見覚えのある少女を確認すると、『どこかで会ったことがあるような……。どこだっけ?』と言いながら首を傾げた。
「お久しぶりです、ゼロスさん。その節は助けていただき、ありがとうございます」
「あぁ、もしかしてアッフンの村で会った」
「アーハンだろ。それに忘れてたのか!? クリスティンは命の恩人だと言っていたんだが……」
「確かに助けたけど、お礼を言われるほどのことじゃないよ。採掘のついでだったからねぇ。ダンジョンではよくあることだし、気にもしてなかった」
「それでも僕にとっては命の恩人です! あの時はお礼を言おうとしたのに、ゼロスさんは既に帰った後でした」
「忘れていた話だし、別に態々お礼なんていいのに」
「師匠……クリスティンも貴族だ。師匠が気にしなくとも、命を助けられた側としては礼を尽くすのは当然だろ。それにメンツもある」
「まぁ、お礼なら今受け取ったし、そんなに重く受け止めなくてもいいよ。見返りを求めたわけじゃないしね」
おっさんとしては、クリスティンを助けたのは偶然に出くわした非常時であったこともあり、別に礼を言われるほどの事ではない。
その礼も護衛の騎士達に何度も言われたので、それだけで充分であった。
クリスティンのお礼の言葉は素直に受け取るが、それ以上を求めるつもりはない。
「ですが、何もしないわけにもいきません。子爵家としてできる限りの事はしたいと思っています」
「ダンジョンでの常識では、遭難者を助けられる実力者がいた場合、その場にいた者の意志と裁量で救助するかどうかを決めることができる。君を助けられたのは僕の気まぐれだし、そして君の運が良かった結果に過ぎない。これで見返りなんて求めるのは恩着せがましい気がするねぇ。護衛の騎士達からも、あのあと何度も礼を言われたし、これ以上は僕の品位とかメンツが傷つくよ。さっきの一言だけで充分さ」
「ですが……」
「師匠が気にするなって言ってんだ。品位があるかどうかは別として、これ以上食い下がったら善意で行動した師匠のメンツを潰すことになるぞ? この話はここまでだ」
「ツヴェイト君……君も何気に酷いねぇ~。おじさんの硝子のハートが傷ついちゃうよ。ダイヤモンド並みに硬い硝子だけど」
「「それは、もの凄く図太い神経の持ち主っていうことでは?」」
「ダイヤモンドは簡単に砕けないのさ」
まぁ、おっさんも誇れるほどの地位や体面など持ち合わせていないので、ツヴェイトの発言は気にも留めていない。
それよりも公爵家の御曹司が直々に案内してきたことに、少し引っかかりを覚えていた。
「ここに来たのは、彼女のお礼を言いに来ただけなのかい? それだけならツヴェイト君が直々に案内する必要があるとは思えないし、もしかして何か頼み事でもあるのかねぇ?」
「鋭いな……。頼みたいことは、クリスティンが師匠と採掘してきたブツのことだ」
「ブツ?」
「………オリハルコンです。加工できる職人さんを探したんですけど、誰も扱ったことがないらしくて困ってしまって」
「あ~……確か剣を鍛えるために採掘しに来たとか言ってたっけ。最下層でいくつか発見したオリハルコンをあげたっけなぁ~」
「自分の剣はミスリルを使って鍛えましたが、家宝となる剣もあっていいんじゃないかと思いまして、オリハルコンを扱える鍛冶師を探しているんです」
だが、オリハルコンを扱える鍛冶師など見つからず、紆余曲折を得てゼロスの下に来たということだ。ゼロスもオリハルコンは扱える。
実際、オリハルコンを魔導銃などに使ったことがあるわけで、その気になれば剣を鍛えることもできるだろう。
だが、おっさんは魔導錬成で剣を作ったことはあっても、一から完全に鍛えた事などない。
だからこそ簡易鍛冶場を作ったのだが、気分が乗ってこなくて途中で投げ出した。
「家宝ねぇ。材料は鉄? それともミスリルかい? ダマスカス鋼なんてのもあるけど、それだと重くなるしなぁ~。剣は両手持ち? それとも片手剣の方がいいかな?」
「作ってくれるんですか!?」
「いいよ。さっきも試しに剣を打っていたんだけど、気分が乗ってこなかったんで途中で切り上げたんだよ。こう……なんか凄くぶっ飛んだ武器を作りたかったんだよねぇ」
「師匠……何を作るつもりだったんだよ。怒らねぇから正直に言ってくれ」
「秘密。鍛えている途中で『あれ? これを作ったらヤバいんじゃね? 使い手を殺しかねないし、やめた方がいいかも』と思ったとだけ言っておこう」
『『かなり物騒なものを作ろうとしていた!?』』
普段は抑えているが、時々常識を超えた武器を作りたくなる。
ファンタジー世界に来てからは自重もしていたが、この世界に慣れてきたおっさんは、どこか頭のネジが緩み始めているのかもしれない。
ガン・ブレードやバイク、果ては魔導銃や車などを製作し、今更自重もなにもないが……。
「それで、どんなぶっ飛んだ性能が欲しいんだい? 振るうたびに周囲に被害が出るような斬撃が発生する剣とか、問答無用で周囲に雷撃を落とす剣とか、一度鞘から抜かれれば広範囲魔法を乱発して止まらない剣とか?」
「それ……使う側が制御できるんですか?」
「無理じゃね?」
『『この人に頼んで大丈夫なの?(なのか?)』』
おっさんは、使い手のことを一切考慮していなかった。
こんな人物に剣の打つ依頼を頼んで大丈夫なのか、二人は本気で不安になる。
「普通のショートソードにしてください……」
「ぶっ飛んだ追加能力は?」
「いりません!」
「なんで聞くんだ? 普通に考えてもヤバい能力の付与なんて望まねぇだろ」
「…………チッ。普通の剣かぁ~、なんか乗ってこないなぁ。あっ、こっそりと面白能力を追加しておくか」
「「思っていることが口に出ているんですが!?」」
特殊能力の付与を何度も聞いてくるおっさんに対し、クリスティンは『変な能力はいりませんよ!』と必死に断り、渋々オリハルコンだけを受け取ったゼロス。
鍛冶場に入る前に、『じゃぁ、夕方に取りに来てくれ』と言ってから扉奥の闇の中へと消えていった。
ツヴェイトとクリスティンは思う。『剣って、そんなに短時間で作れるものなのか?』と。
そんな二人の疑問をよそに、鍛冶場の煙突から煙が上がり始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゼロスが鍛冶場にこもった後、ツヴェイトとクリスティンは暇になった時間をソリステア家の別邸で潰した。
その間、書庫に並んだ本の中にバラ色の小説や百合の花が咲き乱れる薄い本もあり、手に取ってしまったクリスティンは赤面して取り乱したというハプニングもあった。
そんなこんなで夕方になり、二人は再びゼロスの家を訪れる。
「やぁ、待っていたよ。思ったよりも遅かったねぇ。これがご希望のオリハルコンの剣さ」
「「………」」
出迎えたゼロスの手に持つ剣を見て、二人は言葉を失っていた。
それは、あまりにも大きすぎた。
大きく、重く、硬く、分厚い……でたらめすぎる剣だった。
「こいつならワイヴァーンの首も一撃さ♪」
「「いやいや、なに作ってくれちゃってんのぉ!?」」
何しろ刃渡りだけで五メートル近くもあり、部類するなら間違いなく超重量級。
しかもデザインが禍々しく、魔王が所有していた剣だと言われれば納得できるほどの邪悪さで、ご丁寧におぞましい気配の魔力も放出していた。
なにより、こんな超重量級武器を振り回せるような者など簡単には見つからない。片手で軽々と持っているおっさんがおかしい。
それ以前に、こんな禍々しい剣が家宝など、とても誇れるようなものではなかった。
「まぁ、冗談なんだけどね。日常に細やかな刺激を求めた、おじさん渾身の一発芸さ」
「冗談かよ!」
「よかった……。こんな非常識な剣が家宝だなんて、別の意味で人に見せることなんてできないですよ」
「ある意味では家宝になるんじゃね?」
「なんかの曰くや由来があればそうだろうよ! 普通に考えれば、こんな意匠の剣を作る依頼人の頭を疑われるぞ」
「僕が頭のおかしい変人だとでも? こんな常識人をつかまえて失礼な」
「「そんな冗談を全力で言って来るだけ、充分に変人だろ!(です!)」」
のんびりした日常に刺激を求めたおっさん渾身の冗談は、不発に終わった。
無駄なことにも全力で取り組む。それが殲滅者なのである。
「作ったのはこっち。見た目は普通の剣だけど、切れ味と頑丈さに重点を置いている」
「あっ、本当に見た目が普通ですね」
「装飾一つねぇし、デザインも古臭い感じだな」
ゼロスが差し出したショートソードは、飾り気一つない地味な剣だった。
鞘に多少の装飾が施されているが、持ち手などには一切見当たらない。
しかしクリスティンが剣を引き抜くと、飾り気のない意味が良く分かった。
「綺麗」
「こいつは……。この剣身なら、装飾など無粋だな」
「まぁね。オリハルコンが加わることで、剣のポテンシャルは大幅に跳ね上がる。そのぶん鍛冶師の技量が問われるだけど……。鉱物の配合を間違うと、ただのガラクタになるしねぇ」
剣身が白銀に輝き、光の当て方では虹色の光沢を放つ。
剣に魔力を流してみると恐ろしくスムーズで、まるで伝説の聖剣を手にしている気分になる。魔力を纏った剣の姿があまりに神々しかった。
ツヴェイトの言う通り、この剣にゴテゴテした装飾など無粋の極みだ。
余談だが値札が付いており、とても良心的お値段だった。
ゼロスに言わせると、『暇潰しになったし、特殊効果すらない剣に高額な値段をつけるわけにはいかない』、とのことらしい。
彼の基準がどこにあるのか、よく分からないところである。
「ちなみに、もう一振りある。デザインはいつぞや修復した剣を模してみたけど、どうよ」
「ロングソードか……。言っちゃなんだが、両方とも国宝級だぞ。これを陛下から賜ることが出来れば、騎士としては最高の名誉になるな」
「騎士剣……これは、陛下に献上した方がいいですね。僕のような子爵家に置いていいものじゃないですよ」
「そこは親父に話を通しておくか。今すぐ戻って話をつけておかないと、あの親父はいつ捉まえられるか分からねぇからな」
「いろいろと忙しい人だからねぇ……あっ」
ここでおっさんは思い出す。
クロイサスの忘れ物のことを……。
急いで鍛冶場に戻り、置いていったものを手に戻ってきた。
「ツヴェイト君、ついでと言ったら悪いんだけど……。この魔導銃をクロイサス君かデルサシス公爵に返しておいてくれないかい? 今朝がたクロイサス君が忘れていった物なんだけどねぇ」
「ぶっ!? ………あの馬鹿」
最重要機密扱いである魔導銃。
その試作品をゼロスから受け取ると、ツヴェイトは思わず呻いた。
機密扱いの武器を忘れていくクロイサスの無責任ぶりに、思わず頭を抱えたくなる。家族であるなら尚更のことだ。
ゼロスのところへ忘れていったから良かったものの、これが他国の手に流れでもすれば最悪である。何しろ戦争の様式を一変させかねない危険物なのだ。
「これはあの馬鹿のミスだ。師匠のところで助かったぜ……」
「まぁ、僕も彼にレシピを渡した責任があるしねぇ。まさか、あそこまで浮かれるとは思わなかったよ」
「研究馬鹿だからな。師匠とゆっくり話をしたいところだが、こいつのことを考えると急いで帰った方がいいか」
「これ、何なんですか? 武器でしょうか?」
「「今は知らない方がいい。むしろ忘れたほうが身のためだ」」
「……えっ?」
魔導銃のことを知らないクリスティンは困惑の表情を浮かべた。
そんな彼女に一瞬萌えたツヴェイトだったが、ことの重要さを思い出す。今は魔導銃のことを知られるのは不味いのだ。
とりあえず軍事機密ということだけ伝え、急いで屋敷に帰ろうとする。
クリスティンも『ありがとうございます。剣のお代は近いうちに必ずお支払いしますから』と言い残し、二人そろって帰っていった。
そんな二人を見送ったゼロスは――。
「やっていて色々と思いついたし、久しぶりに本気で剣を鍛えてみるかねぇ」
――などと言って、再び鍛冶場に籠ってしまった。
三日ほど籠っていたらしいのだが、彼が何を作っていたかは定かではない。
ただ、世間に出すことのできない性能を付与されたものである事だけは確かである。