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ツヴェイトとクリスティン、いまだ恋と気づかず


 ソリステア公爵家主催の夜会……とは言い難い催しが無事〈?〉に終え、来賓の貴族達は公爵の屋敷に宿泊し、近隣の貴族はその日のうちに自分の領地へと帰路につく。

 遠方から訪れた貴族ほど数日は滞在し、それ以外は別件の理由で残る貴族もいた。

 その別件とは、デルサシス公爵との密談に参加した貴族であり、時間をかけて魔導銃士隊構想を纏めるために残った者達だ。

 では、それ以外の貴族はどうであろう。

 例えば子爵令嬢でもあるクリスティン・ド・エルウェル。


「さて、領に戻る前に僕の用事も済ませないとね」


 荷物を纏めながら、クリスティンは一人呟く。

 ベッドの上には、たった今片づけた着替えを入れた大きな鞄が置かれ、その横には手のひらサイズの包みだけが残されていた。

 クリスティンが夜会に参加した理由は建前上母の名代であるが、本当の理由はこのサントールの街に用があった。正確にはこの街にいる腕の良い鍛冶職人だが。


「……オリハルコン。これを扱える鍛冶師がいればいいんだけど」


【オリハルコン】。

 それは、単体では柔らかいだけの粘土のような鉱物だが、この鉱物には特殊な性質を持っていた。

 他の金属と混ぜ合わせることで硬度や魔力の伝導率を変化させ、より強力な武器を作ることを可能にする夢の媒体。剣であれば鉄の塊を容易に断つことが可能となる伝説級の鉱物だが、それにはどうしても腕の良い鍛冶師が必要不可欠だ。

 無論、その剣の使い手もではあるが。

 使い手の技量はさておいて、騎士貴族の家柄としては家宝となる剣を持つことは一種のステータスである。特に国王から賜った剣などがあれば、御家断絶になるような罪を犯さない限り、国が亡びるまで安泰だとも言われている。

 エルウェル子爵家にはそのような武器はなかった。

 アーハンの廃坑で偶然手に入れたオリハルコンだったが、困った事に領地にはこの手の鉱物を扱える職人がいない。

 当初はオリハルコン製の剣を自分が使うことに固執していたが、職人が見つからず諦め、ミスリル製の剣を先に作りしばらく放置していたのである。

 しかし、オリハルコンの剣という魅力は捨てがたく、夜会の招待状が届いたことで再燃し、せめて家宝となる剣をと職人の多いサントールの街へと訪れたわけだ。

 何しろ、サントールの街にいる職人の腕は他国にも知れ渡っており、メーティス聖法神国からも剣を鍛えるために訪れる聖騎士もいるほどだ。

 問題があるとすれば――。


「……ドワーフの人だったら、どうしよう」


 ――そう、職人がドワーフだった場合である。

 職人気質のドワーフはとにかく妥協をしない。未知なる鉱物を手にすれば、それこそ嬉々として鬼気迫る勢いで剣を鍛え始めるだろう。

 客の要望や今まで行っている作業を一切無視して、だ。

 邪魔をするなら例えそれが依頼者であっても鉄拳制裁が飛んでくるほど、彼等は意欲的に作業に勤しむことだろう。クリスティンはそれが怖い。

 常識を鼻歌交じりで斜め行くドワーフの職人を相手にすると、絶対に碌な目に遭わないことは有名な話だ。それだけ彼等の種族特性は広く知れ渡っていた。


「ダメダメ、弱気になっちゃ! 家宝となる剣があればウチも少しは箔がつくだろうし、最高のものなら王家に献上すれば何とか家の存続も……」


 オリハルコンの剣を鍛える理由は二つあった。

 一つは家宝の剣を鍛えるとは先に述べたとおりだが、もう一つ御家存続のため婿養子を迎えるのに有力な貴族を紹介してもらうことである。

 特に次男や三男など家督につけない貴族の子息は多く、貴族家に養子に入れるのであればどこでも構わないと思う上位階級の貴族で溢れている。

 養子縁組など貴族であればどこも同じことを行っているが、ここでクリスティンはなぜかツヴェイトの顔を思い出し、言葉を繋ぐことができなかった。


『な、なんで……ツヴェイト様の顔を思いだすのぉ~っ!?』


 御家のために政略結婚を受け入れているクリスティンだったが、まさか自分が恋に落ちているとは思っていなかった。

 困った事に母親以外で周りが全て男だらけの環境で育ったため、そうした感情の変化に気づいていない。そして気づけない。

 純粋真面目鈍感少女に育ってしまっていた。育ってしまったのである。 

 

「……落ち着いて、深呼吸……。すぅ~~~はぁ~~~~っ。よし、気を取り直して職人街にいこう。先生、起きているかな?」


 荷物を手に屋敷の客室から出たクリスティン。

 ここでお約束の展開が勃発する。


「きゃ!」

「おわっ!?」


 部屋を出て直ぐにツヴェイトとぶつかった。


「いつつ……って、クリスティンか。大丈夫か?」

「ツ、ツヴェイト様!? ひゃい、僕は大丈夫ですぅ!」

「なんでキョドってんだ? まぁ、いいけど……怪我はないよな?」

「大丈夫ですよ。ちょっとお尻が痛いだけで……」

「立てるか? ほら」

「ひょえ?」


 何気に出されたツヴェイトの手に、クリスティンは動悸が抑えられない。

 そんな彼女の心境の変化も知らず、ツヴェイトはクリスティンの手を引き、立ち上がらせる。

 内心で、『ぼ、僕、どうしちゃったのぉ~~~~~~っ!!』とパニくっているクリスティンだった。


「よそ見をしていた俺も悪かったが、クリスティンも気を付けろよ。ところで、何であんなに勢いよく出てきたんだ?」

「えっ? そんなに勢いがありましたか? 僕としては普通にドアから出てきたと……」

「気づいてなかったのか? 飛び出して来たんだが……」

「す、すみません! まったく気づいていませんでした」


 初恋に気づいていないクリスティンは、部屋でツヴェイトの顔を思い出した時に、無自覚に早足で部屋を出た。

 そこには照れ隠しと気恥ずかしさ、何とも言えない心の動揺があったのだが、意識が自分はいつも通りだと誤魔化したのだ。そのせいで普段はやらないドジをしてしまった。

 それも、ツヴェイトの目の前で。

 羞恥と動揺で言葉が出てこない。

 そんな彼女の心境を知らず、ツヴェイトは床に転がっている包みを目にし、拾い上げる。

 持った瞬間に伝わる感触が、妙に柔らかいものであると伝わってきた。


「なんだこりゃ、柔らかいな……。粘土か?」

「あっ、それは……オ、オリハルコン…です」

「ハァ!? オ、オリハルコン、だとぉ!?」


 オリハルコンのことはツヴェイトもまたゼロスから聞いており、その鉱物の特殊性ゆえに鍛冶師や魔導士が欲しがるほどであると知ってはいたが、実物を手にしたことは今までなかった。

 オリハルコンは半ば伝説上の鉱物であり、文献では恐ろしく魔力との親和性が高い希少鉱物である。魔導士なら借金してでも手に入れたい代物である。

 魔導具に流用すればかなり強力なものが作れるが、実物を手にした者は少ない。

 ツヴェイトは悲鳴にも似た驚きの声を上げた。


「な、何でそんなものを持ってんだ!? これ、マジでオリハルコンなのか!?」

「以前、アーハンの廃坑跡地で採掘したときに事故に遭って、助けてもらった時についでで最下層から見つけてきたんです。助けてくれた方はかなり大量に採掘していましたけど」


 彼女の言葉に、ツヴェイトの脳裏に一人の非常識な魔導士の姿が思い浮かんだ。


「最下層……。なぁ、確認するが、その助けてくれた人って……見た目が胡散臭い灰色ローブのあやしい魔導士じゃなかったか? 桁違いな威力の魔法を使う……」

「ゼロスさんのことを知っているんですか!? あの時のお礼を言いたかったんですけど、どこに住んでいるのか分からなくて」

「やっぱりかよ! オリハルコンなんて代物を見つけ出す非常識は、あの人くらいしか考えられねぇ……。いや、今はもう一人いるか」


 ゼロスとアド。この二人の規格外魔導士ならオリハルコンを発見するなど容易いだろう。

 ツヴェイトの脳裏には、『うははははは、大量じゃぁ~~~っ!!』と高笑いを上げながら鶴嘴を振るう、灰色ローブのおっさんの姿がありありと浮かんだ。

 彼は『師匠なら何でもありだな』と思っており、その認識はおおむね正しい。


「ツヴェイト様、ゼロスさんに会わせてください! 僕、あの時のお礼をどうしても言いたいんです」

「師匠かぁ~……俺としては構わないんだが、覚悟はしておいたほうがいいぞ?」

「えっ、覚悟? 何の覚悟ですか?」

「聞いた話だと、師匠の家はいろいろと非常識らしいからな……。何が起こるか分からん」

「えぇ? えぇ~~~~~~~~~ぇ?」

「オリハルコンの加工も、師匠なら簡単にできるだろう。何にコイツを使うか知らんが、師匠に頼んでみるのもいいんじゃないか?」

「師匠ってゼロスさんのことだったんですか。い、意外なところに凄い人と繋がりがありました。その辺りもお願いしてみたいと思います」

「んじゃ、さっそく行くか。俺も師匠のところに行くつもりだったし」


 こうしてクリスティンは、心のシコリとして残っていたゼロスへのお礼を言いにツヴェイトに案内され、彼の住む家へと向かうことになった。

 護衛役のサーガスの姿を探したのがだが部屋におらず、諦めて二人は屋敷を出て行こうと階段を降りたとき、玄関先では――。


「朝から暑苦しい奴がいると思えば、サーガスか。その無駄に盛り上がった筋肉を何とかせい。爽やかな気分が台無しじゃ」

「ふん、早朝の鍛錬から戻ってみれば随分な挨拶だな、クレストン。椅子に座り続けている貴様とは違い、儂は鍛えることで若々しい肉体のままだ。爽やかな朝なに爽やかな汗を掻くことこそ、健康が保てるというものであろう」

「その無駄に汗臭いところが、お主が再婚できぬ理由ではないかのぅ。いつも体臭漂う姿を晒しておるのか?」

「これから体を洗いにゆくところじゃい。貴様に言われんでも、基本的なエチケットくらいは知っておるわ!」

「ほう、成長したものだ。昔は鍛錬を積んだあと、そのままであったというのに……。やはり、一度奥方に逃げられたことの影響かのぉ~。何が幸いするか分からんな」

「朝から儂に喧嘩売っているのか?」

「面白い、朝食前の軽い運動といこうではないか。昨夜の決着をつけてやるぞ」

「やらいでかぁ!!」


 そして始まる第二ラウンド。

 屋敷の正面ロビーは、二人の老魔導士による勝負の場へと変わった。

 昨夜と同様、二人の老人は楽しそうに拳で語り合う。

 親友同士のじゃれ合いにしてはヤバイ打撃音が響いていた。

 

『………せ、先生』

『………お爺様。なにやってんだよ』


 憎み合っているわけでなく、互いに友情を深め合う儀式。

 友との語らいとは何も言葉だけではないのである。

 だがしかし、血縁者と教え子の身としては恥ずかしい。

 騒ぎが大きくなる前に、ツヴェイトとクリスティンはこっそりと屋敷を出るのだった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 鍛冶とは、火と鉄との語らいである。

 火力を見極め、熱せられた鉄の状態を見極め、頃合いを見計らい的確に金槌で打つ。

 火花が飛び散り、甲高い金音が響き、音の見極めで鍛えられる鉄の具合を知り、湛えられた植物油に通して再び火で加熱と鍛えあげを繰り返す。

 時に稲藁をくべ炭素を加え、折り曲げては叩き伸ばすことにより、強靭で粘りのある鉄へと変わる。言うは簡単だが行うにはかなりの年季を必要とする作業だ。


「………まだ甘いな」


 そう呟いたゼロスは、手にした灼熱の熱を放つ金属を眺め、嘆息を吐いた。

 ソード・アンド・ソーサリスでは簡単にできた鍛冶だが、実際に行うと感覚がついて行かない。知識としては充分ではあるものの現実に行うのはこれが初めてだった。


「………ゼロス殿。なぜ、鍛冶工場があるんですか?」

「暇潰しに自作してみたんだよ。やっつけ仕事だったけどねぇ」


 ふいごで火力を調節しつつ、鉄鋏で挟んだ鉄塊を再投入。

 テンポよく金音が響いた。


「ところで、何か用かな? クロイサス君」

「試作の武器が完成しましてね。ぜひ、ゼロス殿の意見を聞きたかったのですが、どうやら御取込み中のようですね。今度はアポを取ってから来ることにしますよ」

「御取込み中という訳ではないんですがねぇ。ちょっと待っていてください、よっと!」


 タライに入った水に鉄塊を入れ冷やすと直ぐに引き上げ、金床の上へと無造作に置く。

 あらかじめ汲んでおいたバケツの水で顔や手を洗い、掛けてあったタオルで拭うと、ゼロスはクロイサスに向き合う。


「それで、試作の武器とはそれですかねぇ? 何か長い……まさか!」

「魔法式金属射出機……我々は【魔導銃】と呼称しています。ゼロス殿は、確認もせずに良く分かりましたね」

「魔導銃、ね。アトルム皇国に向かう際中、その手の武器で狙われましたからねぇ。回収した火縄銃もデルサシス公爵に渡しまから、いずれはと踏んでいたんですが……。それにしても、思っていた以上に早かったなぁ~」

「ドワーフの職人達が頑張ってくれましたよ」

「ドワーフ……」


 ゼロスの脳裏に――。


『さっさと部品を作りやがれ! ガワはとっくに出来上がってんだ』

『無理、少し休ませてくれぇ!!』

『休だぁ~? 何なら永遠に休んでろや。今すぐ楽にしてやんよぉ~』

『無茶を言わないでくれぇ、こんな細かい術式を刻んでいるんだぞ!!』

『そこを何とかするのが職人だろ? グダグダ言ってねぇで手を動かせ!』

『俺達は魔導士だぁ、職人じゃねぇ!!』

『ここにいる時点で全員が職人だ。弱音や泣き言は一切聞く気はねぇ。てめぇらは働いてから死ねぇ!』

『ひぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!』


 ――という職人と魔導士の会話が聞こえた気がした。

 ドワーフが関わった時点でそこは阿鼻叫喚の地獄と化すことを、ゼロス自身が誰よりも熟知しているからだろう。


「魔導士の人達……酷い目に遭ったんだろうねぇ」

「私は楽しかったのですがね。必要な術式が完成して以降は暇になりましたから、試作品が完成する頃まで研究に明け暮れていましたよ。幸いにも興味深い研究資料が結構ありましたので」

「君は、意外にあの仕事中毒者達と上手くやっていけそうだね。犠牲者は気の毒になぁ……」


 ドワーフの非常識を経験しているだけに、ゼロスは犠牲となった魔導士の方々に同情した。

 なぜか自然と涙が溢れてくる。

 彼等と関われば道は二つ。同類の仕事中毒者になるか、過労で倒れるかのいずれかだ。

 最悪、死にたくなるほど精神的に追い詰められることに間違いはない。

 ゼロスも『早く労働基準法を制定してやれよぉ!!』と言いたいほどだ。


「被害者の話はともかく、さっそく見せてもらおうかな。僕も少々興味がある」

「では、さっそくこの包みを」

「ほいほい」


 クロイサスから受け取った包みをほどき、中にあった魔導銃をゼロスに手渡す。

 受け取った魔導銃の形状は火縄銃に近いが、次弾装填は本体のレバーを引く構造のボルトアクションタイプだ。


「これ、撃てますかねぇ?」

「弾はこれです。もう少し大きくても良い気がするんですが、ドワーフが形状に拘りまして却下されましたよ。装弾数を増やした方が効率的なのに、なんて不合理的な」


 金属製の弾倉を受け取ると、引き金の前にある穴に差し込みレバーを引く。


「装弾は手動で連射機構はナシ。問題は威力ですが、さすがに普通に撃ったら不味いか」

「民家に流れ弾が飛んだら不味いでしょうね。試し撃ちで死者が出るのは私も望みませんし、普通に空に向けて撃ちましょう」

「性能を見るにしても、これじゃ分からんなぁ~」


 言いつつも空に向けて魔導銃を撃った。

 感触としては充分に殺傷力があると思われる。


「これ、撃ったら銃身が跳ね上がるんじゃないかい? 肩で支えて撃った方が命中率も高いし、次に撃つ時も安定すると思うんだけど?」

「確かに、使うたびにポンポン跳ね上がるのも問題です。グリップ辺りから固定器具を伸ばし、肩で抑えるようにした方が良いという案もありましたが、ドワーフ達が納得しなかったんですよ」

「あぁ~……連中、妙なこだわりを持っているからねぇ。機能よりも見た目を優先する遊びを入れてくることも考えられるかぁ~」


 ドワーフ達がわざわざ火縄銃の形状をそのまま流用した理由。

 それは、職人としての遊び心に他ならない。安定性のある銃床という利便性を捨て懐古趣味に走ったのだ。

 例えばゼロスなら安定性のない火縄銃形状よりも、現代重火器のような無駄のない洗練されたフォルムを選ぶ。しかしドワーフ達はその真逆。

 ただ使い勝手の良い武器を作るのが性に合わないのか、あるいは芸術的な観点を突き詰めた結果なのかは定かではないが、意図的に扱いづらい設計の方を選んだのだ。

 それは、さながら画家が宮廷内の裏事情をメッセージとして絵画に描き込んでいるかのような、作品に対して職人の意志を込めたものなのかもしれない。

 だが、銃にどんなメッセージ性を込めたのかは分からない。職人の思いが込められていたとしても、一般人には推し量りようがないだろう。

 魔導銃はどう考えても敵を倒すためだけの殺傷武器なのだ。


「当初の設計段階では、もっと合理的な形状だったのですがね。発掘された魔導銃の形状をそのまま流用しましたから」

「ドワーフがこの形状を選んだのだったら、僕達がなに言ったところで無駄ですよ。彼等は武器に対しても芸術性を求める。余計なことを言えば殴られるからねぇ……」

「彼等の考えていることは私にも分かりませんよ。それは私が俗物だからなのでしょうか?」

「さぁ~? どうなんだろうねぇ……」


 確かに日本では火縄銃が芸術品としても価値があり、博物館に展示されていることがある。

 戦に使用する武器でありながら装飾を施し、当時の鉄砲鍛冶師達の技術の中に遊び心が垣間見える。武器と人が密接に繋がっていたからだろう。

 西洋でも、マスケット銃に華美な装飾が施されたものが博物館に展示されていることがあるからして、技術と芸術は切っても切り離せないものなのかもしれない。


『ドワーフは形状美を優先しているのかも知れないねぇ』


 そんなことを考えつつ、ゼロスは魔導銃を空に向けて撃ち放った。

 手に加わる火力から生じた衝撃に、何となくだが試作品の威力のすべてを理解できた。

 ゼロスが作った重火器よりも威力はないが、充分に人を殺傷できる。

 数を揃えれば、敵はおいそれと攻めこんで来れないだろう。

 砦や要塞の防衛に使えばかなりの防衛効果も見込め、歩兵に持たせれば野戦でも充分な戦果が期待できる。しかし戦争がかなり非人道的なものに変わる可能性が高い。


「時代が変わるか……。こうして形になった以上、銃器の管理法案を急がないとマズイだろう。軍の備品として厳重な管理が必要になるよ」

「社会に広めるのは危険ですか? 魔物討伐にも充分に貢献できそうなのですが」

「簡単に扱えるのが問題なんだ。例えばこれを小型化したとして、犯罪に使われたらどうすんの? 今のところ犯人の特定は難しいよ」

「そこは資格を取ることで管理できるのと思いますが?」

「盗まれたと言われたら、それまでだよ。そういう口実で横流しでもされたら、迷宮入り犯罪数が増えるだけだと思うねぇ。一丁でも横流しをすれば、極刑にするくらい厳しいものにしないと駄目だと思う」

「それは父が考えることでしょうが、私からも伝えておきますよ」

「頼むよ。けど君、何か別の理由で話を伝えることを忘れそうだから、心配だよねぇ」

「否定はしません」


 そこは否定しろよと言いたいおっさんだったが、クロイサスはゼロスと同類。

 どこまでも趣味を貫く探究者であり、自分に興味のないことには一切見向きもしない。

 ゼロスも若い頃はがむしゃらにやりたいことを追求した経験があり、周囲に気を遣うようになったのも、責任ある立場に就いた後のことだ。

 責任ある立場に抜擢されたことでセーフティが掛かったとも言える。

 

「話は変わりますが、この間、ついに男性性別転換薬を作り出しましてねぇ。レシピがあるのですが欲しいかい?」


 ゼロスの言葉を聞いた瞬間、クロイサスのメガネはあやしく輝く。


「ぜひ教えてください! 素材は? 女性性別転換薬と何が違うんですか? 私も何度か素材を変えて試したんですが、男性化する魔法薬は作れなかったんですよ! 教えてください! 今直ぐに! さぁ、さぁ! さぁ!!」

「……凄い食いつきだね。君、デルサシス殿にさっきの言葉を伝えること、覚えているかい?」

「何の話です? それに、知識の探求は魔導士にとって何よりも優先される事でしょう。私は何も間違っているとは思いませんが?」

「クロイサス君……。君、忘れちゃ駄目なことを既に忘れているんだけど」

「直ぐに忘れる程度なら、きっとたいしたことではないでしょう。それよも、レシピを今直ぐください。いろいろと検証してみたいのですよ。あぁ、時間が惜しい!」


 どこまでも知識に貪欲なクロイサス君だった。

 見た目が美形な彼なのだが、あまりの残念なギャップに、さすがのおっさんもドン引きである。

 

「その前に、この銃に関する法律の制定をデルサシス殿に伝えてほしいんだけど? 今、君が忘れた話だよ。やるべきことをやってからでも、レシピの検証はできるでしょ……」

「それもそうですね。あぁ、ですが本当に効果があるのか、確かめて見ないといけませんか。試作品をメイド達に試してみましょうかね」

「やめてあげてぇ、原液のまま飲ませたら男に固定されちゃうからぁ!」

「そこは、女性性別転換薬で元に戻るのでは?」

「どんな副作用が出るかも分からないのに、一般人に迷惑を掛けるもんじゃないでしょ。やるなら死刑囚にでも試しなさいよ」

「……確かに。研究のために無辜の使用人を犠牲にするのは不味いですね。父上に頼んで死刑囚を数人ほど用意してもらいますか。どうせなら性犯罪者がいいでしょう」


 おっさんも外道な提案をするなら、クロイサスもなかなかに外道だった。

 まぁ、性犯罪者であれば自業自得なので、投与実験として女性化させられた後に男性変換薬を使われてもさして問題はない。むしろ選択権がない。

 新薬の実験においては重犯罪の死刑囚などが被験者となり、様々な投薬実験の検証を行っていた事実がある。科学技術が発展していない世界なので、このような非人道的な行為が容認されているのだ。これが今の常識なのである。

 だが、迷うことなくこのような言葉が出てくるあたり、この二人の良心はどこか壊れているのかもしれない。

 いや、今更か。


「ところで、ゼロス殿……」

「なにかな?」

「父上から聞いた話なのですが、ゼロス殿も魔導銃を製作していましたよね? できれば私にも拝見させていただきたいのですが」

「…………マジか」


 ゼロスとアドが銃で無双したのは隣国での話だ。

 その情報をすでにデルサシスが把握しており、更に魔導銃の生産試作品に着手していることを鑑みるに、隣国にも間者がいたことになる。恐ろしいまでの情報網だ。

 確かにメーティス聖法神国の火縄銃には多少の脅威を感じたかも知れないが、対処を知っていれば魔導士の脅威にはならない。

 だが、魔導銃開発をこうも早く始めたことに対し、そのきっかけはゼロス自身であったように思える。おっさんは直ぐにそこを察した。


『まさか、自分が文明レベルを引き上げる引き金を引くとは……銃だけに迂闊だったなぁ~。それにしても、あの人はどんだけ諜報員を放っているんだ』


 今更ながらに、デルサシス公爵の情報収集力を知ったおっさんだった。

 甘く見ていたことも油断していた訳でもないが、それでもおっさんは諜報員に気づかなかった。想像以上の手練れがデルサシスの配下にいるようである。

 だが、既に魔導式モートルキャリッジで取引をしている時点で、今更な話であった。

 おっさん達は時代をとっくに動かしているのである。


「さぁ、早く見せてください! かなり高性能らしいじゃないですか、さぁ! さぁ!!」

「……そんなに近づいてこなくても見せますよ。君、見た目はイケメンなのに、何で魔法に関したものにだけそんなに見境がないんだい? 目が血走っていて怖いんだけど……」

「英知の断片に少しでも触れられるのは、魔導士にとって至福の時間じゃないですか! そんな些細なことよりもゼロス殿の魔導銃をっ!」

「はいはい……。これだよ」


 さすがにライフルやショットガンは不味いと思ったのか、おっさんはクロイサスにデザートイーグルを手渡したのだが……。


「なぁ!?」


 ハンドガンのデザートイーグルは、クロイサスが見た目通りに認識していたより重かった。

 いや、重すぎた。

 あまりの重量に前屈みになってしまう。


「な、何ですか……この、重さは……」

「重いかなぁ? 僕やアド君は楽に持てるんだけど……」

「武器として見たら……重すぎて…クッ、万人受けしませんよ……」

「そうかい? まぁ、ダマスカス鋼など重質量金属を使っているから、多少重いとは思うけど、そんなに?」

「ダマスカス……鉱物で、最も重い金属じゃないですか……。しかも、魔力が奪われて眩暈が……」

「あ~……」


 ゼロスの魔導銃は、グリップに埋め込まれたクリスタルから魔力は自動的に吸収され、引き金を引くことでチャンバー内に流し、魔法による爆発力で弾丸を射出する機構だ。

 言い換えれば使用者の魔力が強制的に奪われていることになる。

 しかも、銃本体を強化魔法で耐久力を底上げしており、オーバフローした余剰魔力が銃本体だけでなく弾丸の威力を高めてしまう。簡潔に言えば欠陥であった。

 何が言いたいかと言えば、引きこもりで体力も魔力もゼロスに比べて圧倒的に低いクロイサスに、おっさんのデザートイーグルは到底扱いきれない代物だということだ。

 それどころか銃の重さを腕だけで固定できない。仮にデザートイーグルを撃てたとしても、その威力で体ごと吹き飛んでいたことだろう。

  

「扱いきれなかったかぁ~」

「ま、魔力切れ……。まだ撃ってすらいないのに……」

「ゴメン、僕の基準で作った武器だから、クロイサス君にはきついようだ。失念していたよ」


 強化魔法で常に魔力を消費されるので、保有魔力量の少ないクロイサスでは直ぐに魔力切れを起こす。ゼロスの膨大な魔力にものをいわせた強引で雑な武器であった。

 逆に言えば、この世界で扱える者がいないことになるので、ある意味で安全が確定したようなものだが、安心はできない。

 魔力は貯えることが可能なエネルギーだ。誰かが魔力電池でも作れば、その安全も覆るだろう。

 まぁ、それもだいぶ先の話になるであろうが……。


「強力な武器には相応の魔力が必要になる……。身を以て体験しましたよ」

「これで駄目なら、他のヤツも同じかな。それにしても君、魔力や体力がなさすぎでしょ」

「研究者も体力がものを言う時代ですか……。私も本格的に鍛えるように……」

「無理じゃね? そんな暇があったら君はきっと研究に没頭してるさ」

「否定できないところが辛いですね」


 ゼロスの魔導銃に些か残念な気持ちを引きずりながらも、クロイサスは貰ったマナ・ポーションを飲んで魔力を回復させた。

 研究者としては悔しいところである。


「まぁ、今回は男性性別転換薬のレシピだけで納得しておきなさいな。余計なものに目移りしていると、今研究している事すら疎かになるんじゃないかねぇ?」

「二兎追う者はというヤツですか? 確かにそうかもしれませんね……。仕方がない、今日のところはこれくらいで納得しておきましょう。私にはまだ早すぎたようです」

「今日のところは……ですか。僕の作った魔導銃にそれほど未練が?」

「当然です! 開発した試作品以外に、別系統の魔導銃が存在するんですよ? 研究者なら調べたいと思うのは当然ではないですかぁ!」

「基本的なところは同じなんだけどねぇ~。おっと、忘れてた。これが男性性別転換薬のレシピだよ。作るのは勝手だけど、周囲の人間で試そうなんて、くれぐれも考えないでほしい」

「念押しですか? その辺りは大丈夫ですよ。手ごろな犯罪者を見繕ってもらいますので、犠牲者は出しません。たぶん……」

「たぶん!? ねぇ、君。今、たぶんって言ったよねぇ!?」


 いろいろ突っこんだことを聞こうと思ったのだが、レシピを受け取ったクロイサスはかなり浮かれており、人の話を聞いてすらいなかった。

 クールな見た目は無残に崩れ、喜びのあまり小躍りしながら挨拶もなく撤収していった。

 そんな状態では追いかけても無駄だろう。

 ヤバイ人物に危険なレシピを渡したことに、おっさんは少しだけ後悔した。


「どうでもいいが、試作品の魔導銃を忘れてるんだけどねぇ……」


 クロイサスが去ったあと、試作品の魔導銃だけが残されていた。

 目の前に研究対象があると、直ぐに他のことを忘れてしまう。それがクロイサス・ヴァン・ソリステアという青年である。

 おっさんは、おそらく機密扱いであろう試作魔導銃を手に、これをどうするべきか悩むのであった。



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