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夜会の裏で時代は動き、会場は混乱する



 夜会の席がクレストンとサーガスの私闘の場に変わりはて、ツヴェイトとクリスティンが頭を抱える少し前。

デルサシス公爵は信用のおける一部の貴族達と共に会議を行っていた。

 彼等はただの貴族ではなく、それぞれが再編された魔法師団と騎士団の軍務部に携わっている者達が多く集められていた。

それがなにを意味するのかは彼等が一番理解している。

 貴族達の座る席の前に長いテーブルの上には、ある計画を詳細にまとめられた書類と、彼等が呼ばれた理由でもある特殊な武器が置かれていた。


「デルサシス公爵……。これが先刻、我らに通達なされた武器なのですか?」

「うむ。正確には、メーティス聖法神国で作り出された武器を回収し、我が派閥の魔導士達の手で改良されたものだ。旧時代の魔導文明期にも使用されていたモノの模造品とも言えるがな」

「杖……ではないですな。この筒状の部分から何かを射出するものでしょうか?」

「結構、重いな……。だが、剣ほどではない」


 彼等は貴族であるが、同時に軍務に携わるだけに、銃という武器がいかなものか一目で見抜く。しかし実戦で使えるのかは懐疑的であった。


「穴の大きさからして、射出するのは小さな金属の塊なのではないかね?」

「なるほど……。弓の場合だと矢が相当な数量になり、補給物資を圧迫するが……」

「小さな金属となると、矢の補充を運ぶよりかさばらないか。しかし、このような武器に殺傷力があるのですか? メーティス聖法神国ではすでに生産されているという話ですが、実戦で使用されたという話は聞いたことがありませんぞ」

「貴殿らの疑問ももっともだが、メーティス聖法神国の武器は既に使われたことがある。ちょうど、イルマナス地下街道が開通した頃にだ」


 一瞬、会議の場がざわつく。

 デルサシスはソリステア魔法王国から地下都市イーサ・ランテを経由し、アトルム皇国へ続くイルマナス地下街道が開通した頃に、外交として使者を送った。

 これは現国王も承知している。

 その時に刺客によって襲撃され、アトルム皇国の戦士団と共に撃退した話を彼等に伝えた。

 当然だがゼロスの存在は秘匿されている。

 この話は国の重要な機密であるとともに、捕らえた勇者達の情報をメーティス聖法神国に伝えないようにとアトルム皇国との間で密約が交わされ、貴族達でも相応の地位にいなければ知ることのできない情報であった。 

 それを、わずかとはいえ貴族達に開示したということは、これからの軍に大きな変革をもたらす機密事項であると察した。


「今、貴殿等が手にしている試作品、この銃という武器は大変に危険な代物だ。何しろ魔力を使えるのであれば、女子供でも容易に人を殺せる。数を揃えれば軍の運用も大きな変化を齎すだろう。だが、民間に出回るのことは絶対に避けねばならん。わずかな情報が広まっただけでも、作ろうとする者がいるだろうからな。どうしても極秘事項にせねばならなかったのだよ」

『『『『『あぁ……なるほど』』』』』


 貴族たちの脳裏に、ドワーフという種族の姿が共通して過った。

 ドワーフは種族の全てが良くも悪くも技術者である。そんな彼等に銃という武器の情報が少しでも伝われば、嬉々として試作を始めることだろう。

 その職人としての情熱は凄まじく、モノが完成するまで持続するほどだ。

 それこそ寝る間を惜しみ、死ぬまで研究し続けるほどに……。


「諸君らの前にあるのはライフルという遠距離攻撃用のものだが、この技術を用いれば手のひらサイズのものも作れるだろう。その意味が諸君等に分かるかね?」

「女子供でも簡単に人が殺せるということは……」

「下手に出回れば犯罪が増えそうですな。犯罪組織もこの手の武器を利用しようとするでしょうし、厳格な法律を制定する必要が出てきますね」

「容易に手に入れられる状況は好ましくないですな。特に暗殺などに使われたら不味い」

「むしろ、私としては望むところなのだがね。フフフ……」

「「「「「デ、デルサシス公爵!?」」」」」」


 常に刺激を求めるデルサシスは、バイオレンスな世界になること自体大いにウェルカムだ。

 しかし、自分が良くても他人を巻き込むのを認めないので、銃が世間一般に出回るような選択は望んでも自らが実行するような真似は行わない。

 何より銃犯罪などという新たな厄介事は、今後引き起こされる犯罪の幅を広げるだけでなく、捜査の面でも新たな技術を確立させなければならない。

 そこに辿り着くまでどれだけの時間が必要となるかを考えると、最初から銃を軍だけが使用し、一般に出回らないよう規制したほうが手っ取り早い。

 生産ラインも国が直接管理すれば、銃による犯罪発生率もある程度は抑制する事が出来る。仮に銃犯罪が起きたとしてもまず疑われるのが軍部だ。


 何しろ、銃を手に入れられることが可能なのは軍に携われる者だけに限られ、まして横流しを行ったとなると、相応の地位を持つ者が裏で手を貸したと断定できる。

 監視対象を狭めることが容易となるのだ。

 そうした地位にいる者達を暗部が監視するだけで、ある程度の犯罪発生と違法行為を抑制することが可能であるとはいえ、それでも楽観視はできるものでもないが……。

 銃という武器で国の防衛力が引き上げられることは、国人として見れば喜ばしいことであり、犯罪を防ぐために最初から銃を作らないという選択肢はない。

 既にメーティス聖法神国で火縄銃という原型が作り出されている以上、銃が広まるのは早いか遅いかの違いでしかなく、デルサシスもいずれ情報や技術が拡散すると考えていた。

 なればこそ早い段階で銃に対する危険性を世間に伝え、厳重管理下のもと扱う騎士団の配備を同時に始めるべきと判断を下した。


「それが、この【魔導銃士隊構想】ですか。このことを陛下は?」

「すでに伝えてある。陛下からは、『何で勝手にそんな計画立ててんの? もう、お前が国王でいいじゃん。俺、すっかりお飾りだよね? 玉座に座ってるだけでさ……』と拗ねておられた。残念ながら私は裏方に徹するのが好きなのでね、玉座などさほど魅力には思わんよ。くれてやると言われても要らぬがな」

『『『『『陛下ぁ~~~~~~~~~っ!!』』』』』


 貴族達には国王の嘆きが痛いほど伝わった。

 デルサシス公爵のような傑物はソリステア魔法王国の歴史を見てもおらず、恐ろしく有能な人物であることも確かなのだが、残念なことに小国一つで収まるような器ではない。

 しかも面倒なことに、本人は王位という立場を望むような性格ではなかった。

 要は陰から国を操る黒幕的な立ち位置を望んでおり、宰相などの要職席や面倒事に首を突っ込む気は更々ない。むしろ公爵という立場すら煩わしく思っている可能性もある。


「ツヴェイトも、もう少し頼り甲斐があればさっさと公爵の地位を譲るのだが、まだまだ未熟の域を出ん。荒療治で鍛えることも考えたが、我が子の人格が壊れてしまうのはさすがに望まぬ。しばらくこの要職を続けるしかないとは、人の成長ばかりはままならぬものだな……」

『『『『『『息子さん、逃げてぇ~~~~~~~~っ!!』』』』』


 思っている可能性どころか、ガチで考えていた。

 人格が壊れるほどの荒療治が如何なものか想像できず、実に恐ろしい。


「い、いや、公爵……ツヴェイト殿は優秀ですぞ? なにも、そこまで急がなくともよいのでは……」

「公爵という立場は何かと仕事が多くてな、自由に動ける時間を作るのに手間がかかるのだよ。こんな地位はさっさと後に押し付けるに限る。そう思わんかね?」

『『『『『こんな地位って言っちゃったよ、この人……。我等に聞かれても答えようがねぇだろ。どうしろと!?』』』』』


 領主としての仕事に加えて商会の会長職を片手間でこなす男に、貴族達は何と答えてよいのか分からない。

 それだけハードな時間を過ごしているのに、今もいろいろと逸話が後を絶たないのだから不思議だ。忙しい合間でこれなのだ。

 爵位をツヴェイトに譲り自由になれば、彼がどのような行動をするのか誰も想像すらつかない。

 

「さて、話が脱線してしまったな。この銃――正式呼称名は【魔導銃】だが、この武器は戦争の在り様を一変させる可能性を秘めている。正しく運用するにも実験部隊を創設せねばならぬのでな、諸君らの力を借りたいのだ。これから先の時代、剣は廃れていくことになるだろう」

「剣術が意味をなさぬ時代が来ると!? そうか、数を揃えれば弾幕を張ることで敵を一掃できる……。わざわざ敵に接近する必要もない」

「だが、そう上手くいくのかね? 中遠距離特化になれば、近接戦に持ち込まれた時に不利になるのではないか?」

「いや、剣術や格闘術も無駄にはならぬだろう。近接戦闘術も叩き込んでおけば、様々な状況下で部隊を運用することが可能となる。しかし、貴族としての伝統や誇りが失われぬか心配じゃな。この魔導銃士隊構想を読む限りじゃと、とても騎士の戦術とは思えん。恐ろしく合理的じゃ……」


 魔導銃士隊構想に書かれた戦術案を読む限り、その部隊運用方法は恐ろしく組織化され、ただ戦争に勝つ事のみに集約されていた。

 ゼロスやアドが見ればさほど驚くこともない現代戦術も、この異世界では効率的で斬新なものだが、効率のみを重視した内容に人間性を全く感じられないものだった。

 敵を殺すことに突出しているといってよい。

 歴史や伝統、名誉や誇りを重んじる貴族達にとって、この構想案は自分達の常識を破壊しうる畏怖するに値すべきものだ。何しろ一騎打ちなど愚の骨頂と記されており、そのような状況に至る前に敵に損害を与えることを優先している。

 正々堂々戦うなどと言う甘い戯言は完全に無視され、常に効率性だけが重要となっている。国防の軍隊として見れば実に頼もしいが、まるで亡者の軍隊のようで薄気味悪いものに貴族達は感じていた。


「先ずは実験部隊の創設じゃが、それ以前に魔導銃の製造は間に合うのかの? 人だけを集めて武器がありませんでは、話にならんのじゃが……」

「エンバール侯爵、心配することはない。既に幾つか試作品が完成している。あとは実際に使い、組織化を図っていくだけだ。何しろ、ドワーフ達が張り切っているのでな」

『『『『『おいおい、ソリステア派の魔導士や職人達……死んだんじゃね?』』』』』


 魔導銃士隊構想とは別の意味で戦慄する貴族達。

 ドワーフの職人気質は常軌を逸しており、彼等の職場はまさに地獄だ。特に見習いなどの駆け出し職人への扱いは奴隷よりも酷い。

 そこに人権などは存在せず、あるのはただ良いものを作るという一択だけに絞られる。

 彼等の生活の八割は趣味をかねた仕事優先であり、まさに重度の職中毒患者。あるいは職人鬼ワーキングオーガだ。

 ちなみに残り二割は食事と酒である。


「私は屋敷の改築中、後から手直しを要求しただけなのに思いっきり殴られた……」

「装飾を派手にしてくれと言ったら、『そんな下品な要求は断る!』と言われ、次の日から作業をボイコットされた」

「君らはまだマシだな。儂の場合、新たに屋敷を立てようと設計を頼んだとき、二ヶ月以上幽閉されて設計のチェックをやらされた……。解放された時は神を信じたほどだ」

『『『『『あいつら、おかしいよ……。被害を受けた魔導士達もかわいそうに……』』』』』


 権力を持つ貴族達すら恐れる職人種族、それがドワーフである。

 妥協を許さない彼等に意見するなど自殺行為に等しく、少しでも品性が落ちるような設計や装飾を注文すれば、老若男女問わず殴りかかるほどに狂暴。

 そんなドワーフの犠牲となった魔導士達のことを思うと、なぜか貴族達の目元から同情の涙が溢れてくる。貴族達は心に刻まれたトラウマを思い出したのかもしれない。

 そんな貴族達の心境など構わず、しばらく会議は続けられた。

 部隊編成においての予算案や訓練する場所の選定、信用できる指揮官の候補者選び、特殊な武器なので今までの訓練方法の見直しなど、様々な話し合いを行った。

 そして二時間後――。


「さて、まだ予算の話や部隊拠点など切り詰める事項が多々あるが、ここで少し休憩を入れるとしよう。残りの話は一時間後、この場所に集うということで」

「そ、そうですな。私も息子が女性と知り合えたか心配でして」

「娘が意中の男を射止めたか、私も気になっているところですよ。良い出会いがあれば幸いなのですがね」

「うちの息子、同性にしか興味がなくて困っているんですよ。何とかなりませんかな?」

「おや、そちらもですか。私の娘も女性にしか興味がないようでして……」

「お主らはまだ良い……。儂の孫は女装癖じゃぞ? もう一人は他国で何人もの男を襲い、牢に入れられ前科持ち……。反省すらせず『若い果実が食えなかった』と嘆いておった」


 夜会とは貴族同士の交流の場である。

 当然だが後継者を他家の令嬢と縁を結ぶ出会いの場でもあるが、この時すでにその役割が破綻していたことを彼等は知らない。

 どこかの老人二人が熱いバトルを始めてしまっていたからだ。

 何も知らない貴族達はデルサシスに頭を下げ部屋を出ていき、残された彼も最後に席を立つ。

 供を引き連れて扉を出たとき、デルサシスは見知った少年っぽい青年の姿を確認する。

 ツヴェイトの下から離れた逃走中のソウキス君だった。


「どこへ行くのかな、ソウキス。君はこの時間、舞踏会に参加しているはずだが?」

「デ、デルサシス公爵……。あはは、舞踏会ね。それは中止になっているんじゃないかなぁ~」

「ほう、それはどう意味なのかね?」

「えぇ~と……クレストン元公爵がガチムチ巨体の爺さんとガチで喧嘩を始めてさぁ、ダンスどころじゃないよ。あの広間は今頃、別の意味で白熱していると思うよ?」

「………あのジジィ、また始めたのか」


 デルサシスは夜会の会場となっている広間で、サーガス老の姿を確認していた。

 実父と出会えば間違いなく喧嘩になるとは思っていたが、こうも早く事態が進むとは思っていなかった。仮にも公爵主催の催しなのだ。

 クレストンも公の場でもう少し分別があると思っていたのだが、ライバル同士の邂逅はデルサシスの予想を超えるものであったらしい。

 これでは出会いの少ない貴族の子息令嬢の婚活が進まなくなってしまう。

 

「我が家名で開いた夜会を、隠居したとはいえ身内がぶち壊すとは、な。父上には後で私から物理的な仕置きをするとして……」

「えっ? 何で僕を見るの?」


 デルサシスの眼光がソウキスを射抜く。

 思わず後に下がる彼だったが、デルサシスと出会った時点でもう遅い。


「ソウキス……私は君の父上から、どこかのご令嬢と良縁の誼を繋いでくれと、泣いて頼まれているのだがね?」

「いやぁ~、でもあの騒ぎじゃ意味がないでしょ。それにツヴェイトの邪魔をするのも友人として気が引けるよ」

「ふむ、あのツヴェイトにそのような縁があったのかね? 興味深い話だ」

「そうそう、エルウェル子爵家とか言ってたよ。朴念仁なツヴェイトのくせに、隅に置けないよねぇ~」

「あの娘か……。ふむ、悪くない話だな。で? それと君が会場を離れるのと、何か関係があるのかね? 君も相手を探せねばならない立場のはずなのだが、なぜここにいるのか理由を聞かせてもらおう」

「うっ!?」


 ソウキスもリビアント公爵家の名代として夜会に参加しているが、その理由は当然だが婚約者に値する令嬢を探すことにある。彼も公爵家の跡取りなのだ。

 立場的にはツヴェイトと同じで嫁を迎えねばならないのである。


「リビアント公爵家の名代とは名目で、本当は結婚相手に相応しい女性を探すために我が領地にきたことは、既に承知している。その君が貴族としての責務を放棄するのかね? それも我が主催の宴の場で……」

「えぇ~と、さすがにあの状況は無理でしょ。賭けも始まってるし、収拾がつかなくなっているんですけどぉ~?」

「それでも会場を離れる理由にはならんよ。大方ツヴェイトの奴を言いくるめ、その場を退散したのであろう? あいつは腹芸が未熟だからな」

「うっ……」


 反論が許されぬ空気だった。

 ツヴェイトに気になる女性がいたことは驚きだったが、このような面倒な席から離れるには都合がいいと、これ幸いに馬鹿なことを言って会場から退散することに成功した。

 しかし、逃げる途中で厄介なデルサシス公爵と出くわすなど想定外である。

 いや、ソリステア公爵家の屋敷である以上、充分に予想できる事態だった。

 逃げたくても蛇に睨まれた蛙状態。結婚なんて面倒と強く思っていただけに、デルサシスという壁に突然ぶつかり、越えていくには無謀すぎた。

 逃げられない。


「私もこれから会場へと向かうのでね、何なら知り合いの貴族の令嬢を紹介しよう。『逃げ出すようなら、手頃な相手と強引に婚約させても構わない』との許可も得ている」

「父上……なにがなんでも僕を結婚させたいのか」

「当然であろう? なに、君が早く孫を作ってしまえば問題はないことだ。確か、グリューン辺境伯のところにも同年代の娘がいたな」

「ちょ、あの娘はデブじゃん! 性格はいいけど、体格がヘビー級じゃん!!」

「太っているなら、男として彼女を痩せさせてみたらどうかね? それができるか否かで男の器量が試されるというものだ。物事から逃げだす君には、ちょうど良い相手だと思うのだが?」

「やだよぉ、一応だけど僕も容姿にはこだわるからね!?」

「彼女の母親はなかなかに美しい女性だが? 痩せればおそらく母親と同等の美人になるだろう。グリューン伯は娘を溺愛しすぎておるからな、そこを巧くやれば彼女もダイエットを始めるかもしれん。全ては君次第だが、な」


 ソウキスは戦慄する。

 このままでは強制的に婚約させられ、逃げようとすれば結婚すら強行される可能性が出てきた。何しろソウキスの父親は彼の結婚を半ば諦めていたが、跡取りはどうしても必要なため多少の無茶はやりかねない。

 御家存続のためならソウキスの意志などゴミ以下の価値でしかない。


「あの……。ちなみに、デルサシス公爵の娘さんじゃダメなのかなぁ~……なんて、ひぃ!?」


 ソウキスは婚約の相手にデルサシス公爵の一人娘、セレスティーナを候補に挙げた。

 だが、その言葉を聞いた瞬間にデルサシス公爵から、とんでもない殺気が放出される。


「言葉をよく考えてから口にしたまえ。私はセレスティーナを貴族にするつもりはない。あの子には、自由な人生を歩んでもらいたいのでね。余計なことを言いだせば家ごとこの世から消えてもらうことになるが、それでも君はセレスティーナを求めるのかね? 良い覚悟だ」

「い、いえ……ごめんなさい。今言ったことは忘れてください、お願いしましゅ……」

「よかろう。一度だけ見逃すが、次に同じことを言えばどうなるか、わかっているね?」

「はい、二度と言いません!」

「よろしい。なら共に会場へと向かうとしよう。頼まれた手前、私なりに何人か君に令嬢を紹介してもらえるよう、他家に頼んでみることにする。二度と愚かなことを言わぬように、だがな」

「オネガイシマス」


 ソウキスの敗因。

 それは、デルサシス公爵が想像以上に親馬鹿だったことだ。

 強烈な殺気を浴びせられた彼は、これからお肉になる運命の牛が如く、夜会の会場である広間へとドナドナされていった。

 数週間後、ソウキスはポッチャリ系令嬢と婚約することになる。

 彼は、怒らせてはならない人物を怒らせてしまったことを、それはもう激しく後悔したとか……。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 結論から言うと、サーガスとクレストンの喧嘩は決着がつかなかった。

 歳の割に軽快なフットワークと巧みな技で応酬するクレストンと、圧倒的なタフネスと防御力で攻撃を受けきる一撃必殺タイプのサーガス。

 互いに決め手とならず、ただ殴り合うだけで時間が経過しただけに終わる。

 デルサシスが一喝せねば延々と同じことを繰り返されていたことだろう。

 だが、デルサシスの仲裁もしばらく時間が経過した後であり、その間は多くの貴族達が二人の戦いぶりに盛り上がっていた。

 婚活の場がタイトルマッチの試合会場と化し、既に手遅れの状態だった。

 そして現在、サーガスとクレストンは正座させられ、デルサシスの小言を聞かされている。


「……先生、何であんな馬鹿な真似をしたのでしょうか? 僕には男性の考えていることが分かりません」

「いや、俺も分からねぇよ。あの二人が特殊なだけじゃないのか?」


 正座したままデルサシスの説教を受ける老人二人を眺めながら、ツヴェイトとクリスティンは凄く居た堪れない気持ちになっていた。

 仮にも多くの貴族が集う場で、大立ち回りを繰り広げた祖父と尊敬する師。

 建前上の無礼講という言葉でも、貴族であればそれなりの節度を持つのは当たり前であるのに対し、この二人はまさに無礼に暴れまわった。

 しかも宴の主催側である公爵家の人間と、事実上は平民の魔導士と両極端の二人がだ。

 それを受け入れ賭けまで始める他の貴族達もどうかしている。


「最近、この国の貴族の常識が、他国とズレているんじゃないかと思うことがある」

「さすがに、このような場で暴れまわるなんてしないでしょうしね……。無礼講の域を越えていますよ」

「こうなると、陛下の前で壮絶な殴り合いをしたという話も、信憑性が増してくるな」

「なんですかそれ、初めて聞きましたよ!?」


 ソリステア魔法王国の貴族内には、『いや、普通はあり得ないだろ。何それ!?』というような噂が多々ある。『魔導士家系の貴族は、頭がおかしい』と言われる所以でもあった。

 ツヴェイトも少なからず事実だとは思っていたが、全てを信じていた訳ではない。ただ身近に非常識な人種がいるので納得できてしまっただけのことだ。

 最初は父親と実の弟に対してだが、最近では祖父も同類なのだと自覚した。

 できてしまったのだ。


「俺、真面目な貴族を目指すことにする。絶対にあぁはなりたくねぇ」

「そんな、全ての貴族が非常識な訳ではないと思いますが」

「いや、魔導士家系の貴族……特に公爵家の連中は非常識な奴等が多い。親父に然り、御爺様に然り、弟に然りだ。ソウキスの奴もそうだな。なんで、頭一つ抜きんでたトラブルメーカーが生まれるんだろうか……」

「そ、そこまでなんですか!?」

「……フッ。たまに家族の中で、俺だけが凄く浮いているように感じることがある。妹も……まともとは言えないな」


 ツヴェイトの家族を見る目は、最近、凄く冷めていた。

 裏で何をやっているか分からない父親に、超がつくほど孫娘を溺愛する祖父。

 実験と称して何かと騒ぎを引き起こす弟に、まともだと思っていたら腐の道に足を突っ込んだベストセラー作家の妹。

 個性があると言えば聞こえは良いが、ツヴェイト以外の全員が常識を根底から叩き折る強烈なインパクトを持っていた。その中でツヴェイトだけが真面目一辺倒。

 特徴的な個性もなければ変な趣味もなく、面白味の欠片もない。

 あえて挙げるとすればツッコミ役だろうか。


「個性は魅力だというが、あんな強烈な個性なら俺はいらねぇ……。つまんなくてもいいじゃないか、人間だもの」

「ツヴェイト様、背中が煤けてますよ!? 実は少しだけ強い個性に憧れているんじゃ……」

「否定はしない」


 強烈な個性は傍目に魅力的に見えることがあり、真面目一辺倒など地味としか思えない。

 例えば父親のデルサシスだが、数多い仕事を効率よくこなし、空いた時間の合間に自由に行動している。何をしているかは不明だが、そこがミステリアスな魅力となる。

 突出した何かを持つ者は、それだけ魅力的に見られるものなのだ。

 そこに憧れや羨望を抱いたとしても間違いではないだろう。

 ツヴェイトもその辺りのことは自覚しているのか、クリスティンの問い掛けにあっさりと肯定した。


「まぁ、ツヴェイト様の気持ちは少しだけ分かる気がします。僕もこれといった個性なんてありませんから。母や姉様達は華やかなのに、僕だけが凄く地味……」

「そうか? 俺には魅力的に見えるがな。女の身で騎士を目指すなんて奴は少ないし、信じた道を懸命に進むところは魅力の内に入らないのか?」

「そ、そんなこと……。僕は憧れていた父さんが死んで、少しでもその背中に追いつきたかっただけですから、これが個性かと言われても自信はありません」

「最初はそんなもんだろ。俺も似たようなもんだしな」


 クリスティンが父親の騎士の姿に憧れたように、ツヴェイトもまた祖父の魔導士としての姿に憧れていた。幼い頃からその憧れを抱き研鑽してきて今の自分がある。

 ただ、性別や生まれた家系などの要因が加わることで、周囲の目からは様々な意思を向けられる事がある。クリスティンの場合は嘲りで、ツヴェイトの場合は公爵家の地位を利用しようとする者の欲望や野心だ。

 頑張るほどに『女の癖に』と言われるクリスティンと、どうしても公爵家の跡取りとしてしか見られないツヴェイト。強い個性に対する憧れと自身に対するコンプレックスは少なからず胸に秘めていた。

 要はこの二人、似た者同士なのだ。


「女性騎士、いいじゃないか。人がなろうとしないことを挑んでいるんだぞ? 充分に魅力的に見えると俺は思う。卑下する必要なんてない」

「ツヴェイト様も、公爵家としての重圧に逃げず、相応しくなろうと頑張っているじゃないですか。魅力がないなんて嘘です」

「そう思うか? 公爵家の責務はあくまで義務だし、褒められる要素はないと思うが」

「王家の次に民の上に立つ立場なんですよ? そこに逃げず受け入れていることは、凄いことだと思います」


 ツヴェイトは公爵家としての責務を受け入れてはいるが、そこは長兄として生まれた逃れようのない現実としか考えていなかった。逃げられないのではなく、逃げることすら許されないのだと一種の強迫観念に囚われていた。

 以前、セレスティーナにも『公爵家を背負う者としての道しかない』と言ったことがあるが、それもこうした思いが内にあったからだ。

 そこには諦めのようなものがあったのかも知れない。

 だが、そんな情けない自分を『凄い』と言ってくれるクリスティンの言葉に、『自分は間違っていなかった』という思いが湧き上がってくるのを感じた。


『はは……男は単純だというセリフがあったが、どうも正解のようだ。女に言われてその気になる。マジで単純だな』


 自嘲気味に心の中で笑うツヴェイト。

 そんな彼に対して真剣な目を向けているクリスティン。真っ直ぐなその瞳に気恥ずかしさを覚えつつ、同時に嬉しさもこみあげてくる。


「ところで、クリスティン。一人称が『僕』に戻っているぞ?」

「えっ!? その……すみません! 僕、いえ私ったら、とんだ失礼を!」

「気にすんな。俺はその程度のことを受け入れられないほど、度量は狭くねぇ。むしろ可愛いと思うしな」

「えっ!?」

「「……………」」


 次の瞬間、互いの顔が真っ赤に染めあがる。

 自分が何を言い、何を言われたのか互いに気付き、羞恥で固まったのだ。

 そんな青春の1ページを突き進んでいる二人を、意外と近くで見つめる三人の姿があった。


「ふむ、ツヴェイトにしては上出来だが、まだまだ青い……」

「青春じゃのぅ、若い頃を思い出すわい。見ているだけで尻が痒くなるが……」

「ふん、多少は骨のある若造かと思っておったが、女にうつつを抜かすようでは強くなれん。全てを捨てて鍛えてこそ、真の強者に至れる。まぁ、クリスティンがこのまま未婚で終わるのは些か問題だが……」


 若い二人を渋い笑みを浮かべ見守るデルサシスと、孫のこの世の春到来に喜ぶクレストン。教え子の将来を多少なりとも気にかけていたサーガス。

 邪魔をしている訳ではないが、普通に人はこれをデバガメと言う。


「お主は、そんなんだから女房に逃げられたのだ。生涯独身などと嘯きおって、儂が知らぬとでも思っておるのか?」

「なっ、貴様……知っていたのか!?」

「たまたまじゃがな。妻にも筋肉強化トレーニングを強要しておったのじゃろ? その突き抜けた筋肉思想には儂もドン引きじゃぞ」

「ぐぬぬ、儂が悪いわけではない……。儂の理想を理解せぬ世間が悪いのだ!! 魔導士に必要なのはあらゆる局面に対応できる肉体。そう、筋肉だぁ!!」

「サーガス殿。それは一種の歪んだテロリズム思考だと思うのだが、今の状況ではただの見苦しい言い訳にしか聞こえん。ここは沈黙をすべきですな」


 ツヴェイトとクリスティンの二人は、自分達だけの世界にいて気づいていなかったが、当然だがデルサシス達以外にも他にも見ている人達いた。

 そこにはクリスティンを狙っていた他家の御曹司や、次期公爵夫人の地位を狙った野心持ちの令嬢の嫉妬の目もあったが、この二人には関係なく初々しいバカップル状態の青春真っ盛り。

 客観的に言えばただのリア充である。

 他人の目などお構いなしに、嬉し恥ずかし恋の旋風が吹き荒れまくっていた。


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