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ツヴェイト、夜会にでる


 ソリステア公爵家はソリステア魔法王国王族に連なる四大公爵家の一つである。

 王家を筆頭に炎の秘宝魔法を受け継ぐ王族直系の【ソリステア家】、風の秘宝魔法を受け継ぐ【リビアント家】、水の秘宝魔法を受け継ぐ【アマルティア家】、地の秘宝魔法を受け継ぐ【サンドライク家】の四家だ。

 だが、この秘宝魔法はとにかく使いづらい。秘宝魔法を受け継いだからといって使いこなせるわけでは決してなかった。

 四公爵家がそれぞれ改良しようと躍起になり、結果としてソリステア家の秘宝魔法【ドラグ・インフェルノ・ディストラクション】以外は使い物にならなくなって久しい。

 そもそもの原因が魔法文字の認識を誤り、それに気づかず改良に手を出したことが問題なのだが、最近になって魔法文字の解読方法が判明したことから、再び秘宝魔法の復活に三家が意欲を燃やすようになった。

 だが、こんな事情は市井に流れるわけもなく、諸外国への牽制目的から王家を含め箝口令が敷かれていた。

 強力な魔法は、存在しているというだけでも戦争の抑止力に繋がるからであり、実際ソリステア家の秘宝魔法が無事であったため、真実を知られることなく危険な魔法という認識だけを他国へ与えていた。

 さて、なぜ冒頭から四大公爵家と秘宝魔法の話から始まったかというと――。


「ツヴェイト……秘宝魔法の魔導術式、めっちゃ面倒なんだけど」

「ソウキス……。お前、なんで俺の部屋にまで来て魔法術式の改良してんだ? それに、お前んところの秘宝魔法も一応は国家機密だろ。他家に見せていいもんじゃねぇだろうが」

「いいじゃん。一応使えるように改良しておかないと、北の大国さんがなに仕出かすか分からないじゃないか。最近、あの国の情勢が不安定だしさ」

「意見を求めるならクロイサスにしろ。俺は使う側だ」

「けち臭いなぁ~、それにクロイサスのところに行くと、長時間たらたら蘊蓄を聞かされるだけだしぃ~、時間的に無駄だよ」

「ハァ~……。まぁ、確かに否定できねぇ」


 ソウキス・ヴェル・リビアント。

 四大公爵の一家、リビアント公爵家嫡男であり、次期公爵を約束された青年である。

 軽い性格と子供っぽい言動、その見た目以上の幼い容姿から、一部の貴族や一定数の人には絶大な人気を得ている人物だ。

 主に『マジで男? ……いや、別に男でもいいか』とか、『本当に男性? いえ、もしかしたら男の娘かも……』とか、『ソウたん、萌え~! ハァハァ……』などだが、本人の意図していないところで業が深い。

 中性的な見た目の彼だが、ドレスでも着せ化粧を施せば、まんま少女に見えてしまう容姿なで当の本人はもの凄く気にしている。

 彼がツヴェイトに付きまとうのは容姿に関して何も言わないからであり、気疲れせずに思ったことを言い合える数少ない友人からだ。元より人懐っこい性格なこともある。

 男であれば同性が自分の姿を見て頬を染め、目を背ける姿を何度も目にしては気分も悪くなるものだろう。辟易するもの頷けるというものだ。

 彼は何というべきか、別の意味で苦労人であった。


「お前、一応はリビアント公爵家の名代として夜会に来てんだろうが。そろそろ着替えねぇと時間的にマズいぞ」

「いいじゃん、ブッチしようよ。僕達がいなくても勝手に話が進むし、面倒事は他の人に任せちゃおうぜ☆」

「お前なぁ~、次期当主としての自覚がないのか? 仮にも公爵家の人間が言うセリフじゃねぇだろ。それに今回はウチが主催だ。俺も出なきゃマズいんだよ」

「僕は香水臭い女性にたかられるのは嫌いなのさ。どぎつい香水臭が充満するような場所に行くと、すんごく吐き気がする。生理も遅れるほどだよ」

「男に生理はないだろ! 確かに俺も香水の匂いは苦手だが、諦めた……」


 ツヴェイトもソウキスの言いたいことは分かる。

 夜会とは晩餐会より小規模な貴族達の宴の場のことで、この手の宴は貴族として情報収集や意見交換、あるいは密談の場としての目暗ましとして催される。

 同時に若手や次期跡取りの繋がりを強めるための役割や、結婚相手を探す婚活会場でもある。

 今回はソリステア公爵家主催であり、ツヴェイトは次期当主としてどうしても出席せねばならない立場だ。辟易したくなる気持ちも痛いほど理解できる。

 だが、立場上貴族としての義務も果たさなくてはならない。


「なら、ブッチしよう。エスケープぅ~、ボイコットでもいい」

「そうはいくか! なに俺を共犯に仕立てようとしてんだよ。いい加減に着替えろや」

「ぶぅ~、儀礼服って固っ苦しいから嫌いなんだよなぁ~。ハァ~……嫌だなぁ~」

「ぶつくさ文句言ってねぇで、早く用意しろ! 時間がねぇんだ。メイド達も呆れてんぞ」

「ツヴェイトも融通が利かないよね。もっと軽くていいじゃん」

「お前は貴族の義務を何だと思ってんだ? 税金で育った以上は文句言える立場じゃねぇだろ。どうせ今夜限りの業務だろうが、我慢しろ」

「はぁ、今度生まれ変わったら一般市民がいいよ。貴族なんてなるもんじゃないよね」


 未練がましく文句を言いながら、ソウキスはハンガーにかけられた儀礼服に着替え始める。

 だが、そこで彼は偶然にもソファーの下に、男の部屋にありえないものを発見した。


「ツヴェイトぉ~」

「なんだよ」

「これ、なに?」

「なんだって、げっ!?」


 ソウキスの手には、薄い緑色の生地で作られた女性用下着――所謂ショーツ、あるいはぷわんてぃと呼ばれる代物があった。

 おそらくはいつの間にか護衛のアンズが部屋に侵入し、しばらくこの場で下着作成をしながら警備したのち、一つだけ忘れて立ち去ったと思われる。

 ソファーの横で作業をしていたのか、片付け際に真下に入り込んだのだろう。


『そういや、今朝のアンズはやけに眠そうだったな。寝ずに護衛の仕事をしてたのか?』


 年齢的には子供なのに、職務に忠実で不平不満を言わず寝ずの番をする。

多少のミスくらいはご愛敬だろう。

 だがしかし、それとは別の問題で男の部屋に女性用下着があることは、部屋の主に対しある疑惑を持ってしまうものである。


「ツヴェイト……。君、女装癖でもあるのかい?」

「んなわけあるかぁ!!」

「じゃぁ、盗んだのかい? いや、でもこの質からしてかなりの値段がするはずだよね? もしかして奥様方の部屋から……。いや、ま、まさか、重度のマザコン!?」

「違う! 断じて違うぞ、何で母上の下着を盗むという発想が出てくんだよぉ! 護衛の一人がその手のものを作って売ってるんだ。おそらく夜衛のときに俺の部屋に侵入したあと、待機時間中の暇潰しにそいつを作っていたんだろうな。ある程度片づけたが一つだけ忘れていったとしか思えん」

「その言い訳、苦しくない?」

「逆に聞くが、お前は今、俺にどんなイメージを持っているんだ?」

「………顔に、被ったり……してないよね? 頭? それとも……まさか、穿いたりしてないよね!?」

「お前は、いつも俺をどんな目で見てるんだ?」


 遠慮なく言いたいことを言い合える友人は得難いものだが、ツヴェイトは時々ソウキスのことが分からなくなる。

 何というべきか、彼はいつもはっちゃているからであり、どこまでが本心なのか掴みにくいところがあるからだ。

 裏表がないと言えば間違いでもないが、貴族の――それも公爵家の跡取りとして見ると、彼の行動は少々お馬鹿としか思えない。

 将来が不安である。


「………装着! フォオオオオオオオオッ!」

「なぜに被ったぁ! 変態か、お前はぁ!!」


 ぷわんてぃを顔面に装着した馬鹿を、ツヴェイトは思いっきり殴った。

 アンズには後で文句を言うとして、とりあえず目の前で往生際悪く時間稼ぎをしようとする馬鹿を黙らせ、急ぎ着替え会場となっているフロアに向わなくてはならない。

 遅れただけでも父親のデルサシスの折檻を受けるからだ。

 結局、着替えている時間もソウキスはしぶとく足掻き続け、会場へ向かった時には父デルサシスの挨拶が終わっていた。

 望んでもいない礼儀の欠けた行為に対し、デルサシスの目が恐ろしく冷ややかで、ソウキスも恐怖で震えあがっていたことは言うまでもない。

 最強にして最凶の現公爵には誰も逆らえないのである。


  ◇ ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 貴族が行う夜会や舞踏会といったパーティーなどの催しは、年に数回ほど行われる。王都での催しなども年に二回ほどだ。

 主に公爵や侯爵、伯爵レベルの貴族が近隣の下位貴族達との間で情報のやり取りをするのはもちろんだが、新たに貴族入りした者との顔合わせや、跡取りとなる子息や令嬢との縁を取り持つ婚活会場だというのは先に述べたとおりだ。

 正直に言えばこんな催しなど税金の無駄使いであり、そう何度も開けるようなものではない。子爵や男爵など爵位を持つ者は準を入れれば結構な人数になり、中には一度もこうした宴に出席することなく一生を終える貴族も少なくない。

 古い家柄の貴族は伝統を重んじる傾向が強く、宴に出席する貴族の顔ぶれも変わることなどない。こうした宴を催すことを義務と思っている者さえいる。

 だが、古いしきたりや慣習に馴染めない者には地獄の苦行であった。

 そして現在、立食会の真っ最中。多くの貴族達が会話を楽しみ、あるいは縁を繋ぐために声をかけ、あるいは別室で密談などを交わしていた。


「……なんで事務的に済ませられないのかな。もう僕には耐えられない」

「いや、まぁ……辺境の情勢や他国の噂話などならそれでいいかも知れんが、意見を求めたい貴族もいるだろ。基本的に縦社会なんだからよ」

「上にいちいちお伺いを立てて行動していたら、いざという時に間に合わないかもしれないじゃないか。緊急時に他の貴族の対面なんて窺う必要性はないと僕は思うけどなぁ~」

「お前、もっともらしいことを言っているが、たんに疲れただけだろ」

「あたり」


 ツヴェイトは義務と割り切っているので、ある程度の精神的疲労は覚悟をしていたのだが、ソウキスは夜会を始めてわずか10分で飽きた。

 それから小一時間ほど愚痴を呟き続けており、これで公爵家の跡取りとしてやっていけるのか、ツヴェイトもソウキスの将来が心配になってくる。

 彼は我慢するということが苦手であった。

 

「ツヴェイト様だわ……。」

「こちらからお声をかけるべきかしら? でも、正直なところツヴェイト様は苦手ですし・……」

「クロイサス様がおられればよろしいのですけど、今日はご出席になられず残念ですわね」

「ソウキス様、いつ見ても可愛らしい方ですね」

「お持ち帰りできないかしら?」

「「………」」


 ツヴェイトには令嬢達がなぜか近寄って来ない。

 あいさつ程度の声をかけることもするが、それ以外では自分の周りから女性が逃げていく。

 まぁ、こうした催しの会場ではいつも仏頂面をしているので、ツヴェイトが避けられる理由の一つになっていたりするのだが、当の本人は全く気づいていなかった。

 ソウキスに至っては女子からの人気があるのだが、そもそも彼は香水の匂いを嫌がるので、自分から女性に近づくことはない。

 それがまた子供っぽいと人気が出る理由にも繋がるので、ある意味この次期公爵家の跡取りは対極に位置する二人であった。


「ツヴェイトは挨拶回りには行かないの? 彼女が欲しいって前に言ってたじゃん。その時はちょっと俺様になってたけどさ」

「いや、あの時は俺も少し事情があってな……」

「欲望に貪欲になってたあの姿は、正直僕もドン引きしてた……」

「……言うな」


 以前、リビアント家主催の立食パーティーに参加したときは、同期学生のブレマイトによる洗脳の血統魔法による影響下にあったため、かなりイケイケな俺様キャラになっていた。

 その時にソウキスとも会っていたのだが――。


『ツヴェイト、しばらく会わないうちにどうしちゃったの!? 何か悪い物でも食べた?』

『ソウキス、俺様は自分の欲望に忠実に生きることにした。世の中は女と、女と、女しかねぇ!』

『そんなに女性に飢えてるの!?』

『どんな手を使ってもいい女を千人は侍らせてぇな。ハーレムは男の夢だろ? ……そう言えばお前、よく見ると美少女顔だよな?』

『い~~やぁ~~、誰かお医者さんを~~~~~っ!! ツヴェイトが壊れたぁ!!』


 ――なんて騒ぎがあった。

 今思い出しても赤面ものの黒歴史をツヴェイトは刻んでいたのだ。


「あの時は、ちょっと洗脳魔法にやられていてな……」

「洗脳って、それって大事じゃない!?」

「犯人の一人は今も行方不明だ。見つけたら八つ裂きにしてやる……」

 

 元凶のブレマイトは行方知れず。

 時折思い出しては羞恥と怒りに打ち震えるツヴェイト君だった。

 今も彼の握りしめた拳は怒りで震えており、ソウキスは犯人に少し同情の思いを寄せた。 

 だが、実のところブレマイトは既にソリステア家の手の者に捕らえられており、強制的にだが裏の仕事に従事させられている。

 公爵家に害を及ぼしたのだから、二度と太陽の光を浴びることはないだろう。

 実家のやったことなのに、被害者であるツヴェイトがその事実を知らない。彼のトラウマは決して晴れることなく実に哀れであった。


「ふはははは!! 久しいな、クレストン。前に会った時よりも更に縮んだのではないか?」

「ぬかせ! 貴様こそ筋肉で更に膨れておるではないか。余分な筋肉など体が重くなるだけじゃろ。体の動きを阻害されるだけで邪魔じゃわい」


 近隣の貴族が集まるこの夜会は、当然だがエルウェル子爵家も来ることになる。

 だが、そこに何故かサーガス老の姿があった。


「サーガス師!? いや、エルウェル子爵家がここに来るのは分かるが、今のあの方は完全に部外者だろ。なんでいるんだ!?」

「ツヴェイト、誰?」

「戦術魔導研究の第一人者だ。実戦特化魔導士の有用性を説いた人だが、当時の魔導士団が圧力を加え追い出されたって話だ。まぁ、本人も反りが合わなかったことから丁度良かったのかもな。俺の尊敬する人でもある」

「へぇ~……まぁ、どうでもいいか」


 ソウキスも所詮は魔導士の家系。興味のないことにはとことん無関心だった。

 そんな二人をよそに、友人でもありライバルでもあるクレストンとサーガスは、鼻息荒く口論中。こんな感じでも二人は仲がいい。

 余談だが、サーガスは基本的に自分の興味のないことには無関心であり、常に記憶にある歴史で使われた様々な戦術を思い浮かべ、近接戦闘が可能な魔導士の投入すべき戦法を思考していた。

 その姿がいつも呆けているように見えたので、昼行燈と不名誉な呼ばれ方をされることになったのだが、本人は気にしていない。

 どこまでも自分の意志を貫く人物なのである。


「――それは鍛え方が足りぬだけのことよ。速さなど筋肉さえしっかり鍛えておれば、後でどうにでもなる。魔法の補助もあれば、まさに無敵よ」

「魔導士も魔法以外で戦えるように鍛えることは儂も賛成じゃが、ガッチムチなどやりすぎじゃ! 相変わらず、お主はどこを目指しておるのかわからぬ」

「無論、最強の頂よ。貴様も体を鍛えぬから縮んでいく一方ではないか。かつてのイケメン振りはどこへ消えた?」

「ほっとけ! それより、お主はなぜここにおる。『貴族の集まりなど性に合わん。行くだけ時間の無駄だ』と言っておったではないか」

「なに、教え子の付き添いで来ただけのことよ。でなければ誰がこんな香水臭い場所になど来るものか」


 サーガスのこの一言に、『あっ、あのじいちゃんと気が合いそう』と心で賛同するソウキス。それとは別にツヴェイトは『教え子』という言葉に反応し、無自覚のままその人物の姿を探した。

 何者かの意図が働いたのか、あるいは運命の悪戯かただの偶然か、その人物は意外と近くにいた。

 ツヴェイトとその人物がちょうど見つめ合う形となる。

 その人物とは、クリスティン・ド・エルウェル子爵令嬢であった。


「「あっ………」」


 本日を含め、二度目の見つめ合う視線のレーザービーム。

 なぜか二人とも言葉をかけることなく、不意にきた動悸と気恥ずかしさで動けずにいた。二人の間に恋という名の季節外れハリケーンが吹き荒れている。

 そんな事など知らないソウキスは、不思議そうな表情でツヴェイトを眺める。


「ツヴェイト、何で見つめたまま硬まってんの?」

「…………」

「僕の話、聞いてる?」

「…………」

「……ふ~ん。ねぇ、あの子を口説いてきてもいいかな?」

「はぁ!? お前、いきなりなに言いやがんだ!」

「あっ、反応した。ふむふむ、なるほどね……」


 ツヴェイトの態度でおおよそのことを理解したソウキス。

 軽い足取りでクリスティンへ近づくと、『初めまして。僕はソウキス・ヴェル・リビアント。失礼ですが、貴女のお名前を教えていただきたい。友人があの調子なので』などとのたまった。


「えっ? あぁ……僕、いえ私はクリスティン・ド・エルウェルと申します。その、ソリステア公爵家に臣従する子爵家当主となります……」

「へぇ、女の子が当主なのか。珍しいね、それも騎士家なんだぁ~」

「は、はい……」


 いきなり四大公爵家の跡取りに声を掛けられ、テンパったクリスティン。

 そんな彼女の様子を見て、不謹慎だがツヴェイトは萌えた。


「あっ、それと君の普段の一人称は僕なんだね。いやぁ~、僕と被るねぇ~」

「す、すみません。その、男性が多い中で育ったものですから、自分が女性だという感覚に疎いので」

「うんうん。僕としては、その方が気楽でいいかな。ところで、君はツヴェイトとどんな関係? あの普段は硬派を気取っておきながら、その実ムッツリなツヴェイトを釘付けにするなんて、君って相当な逸材だよって、痛ぁ!?」

「……誰がムッツリだ!」


 余計なちょっかいを出し、後頭部をツヴェイトに思いっきり小突かれ、痛みで涙目なソウキス君。

 そんな彼を背後から強襲したツヴェイトは、めっちゃ不機嫌だった。


「ひ、酷いな……。ツヴェイトが硬直していて彼女を紹介してくれないから、僕が直接挨拶したんじゃないか。なんで殴られなきゃならないの?」

「余計な一言を入れなければ、俺も殴ったりしねぇよ。すまんな、クリスティン……。この馬鹿がいきなり迷惑を掛けた」

「い、いえ……。その、お二人は仲がよろしいんですね」

「俺は、時々コイツが鬱陶しい」

「えぇ~っ!? 僕とツヴェイトは親友じゃないかぁ~、その扱いは酷くない!?」


 仲が悪いわけではないが、ソウキスはある意味で弟のクロイサスと同類だ。

 興味のあるなしにどこまでも忠実で、時折周囲の者達を振り回すトラブルメイカーなのである。そんな彼と知り合って以降、ツヴェイトはなぜか被害を一身に受けることとなった経緯がある。

 何かをするのは勝手だが、ツヴェイトが被害を受ける分、知らないところで騒ぎを引き起こすクロイサスの方がマシであった。

 まぁ、そのクロイサスもツヴェイトに実害を及ぼさない代わりに、周辺に多大な迷惑を掛けているのだが……。


「お前は頻繁に問題を起こすからな、他の公爵家からも目を離すなと言われているんだ。なんで俺が保護者代わりをしなきゃならねぇんだ?」

「知らないよ。それに、僕は他人に迷惑を掛けたことは一度もない。クロイサスと同類扱いしないでよ」

「本気で言っているのか? いや、確かにお前の方が多少マシだが、行動が似通っているだけに少なからず被害がでてるんだが?」

「えぇ~? 改良した魔法を試そうと野外に出たり、持ち合わせがなくて街の素材屋からツケで素材を購入している程度なんだけど?」

「やってるじゃねぇか! お前はいきなり姿をくらますから、周りが迷惑してんだよ! せめて一言でも声を掛けてから外出しろ」

「知らない、聞かない、わかんない! 僕ちゃん自由は失わない!」


 そう。ソウキスはとにかく奔放すぎた。

 思いついたら即行動。仮にも公爵家の跡取りなのに、護衛もつけず街へと飛び出しては屋敷の使用人や従者を困らせる。

 何の前触れもなく突然に行動に移すものだから、誰にも予測できない。

 しかも無駄に隠密能力が高かった。


「お前んところの領地に行くと、なぜか俺が探すハメになるんだよなぁ~……。クリスティン、気を付けろ。コイツに懐かれると俺みたいに苦労するぞ」

「あはは……」

「そんな僕を一発で見つけてくれるツヴェイト。これはそう、愛だ!」

「真顔で気持ち悪いこと言うなぁ!!」


 堂々と男前な表情で愛などとのたまうソウキスを、ツヴェイトは感情的衝動で再び殴る。

 一応は公の場なので手加減はしているのだが、それでも美少年≪?≫を殴るツヴェイトに対する非難の目は険しい。特に男性貴族の目が鋭い。

 そして、一部腐った令嬢達が、耳を某空飛ぶ象のようして聞き耳を立てていた。


「抱きしめたいな、ツヴェイト」

「……黙れや」

「ふん、いいもん。そんなことを言うツヴェイトは、一人寂しく会場を彷徨えばいいんだ。僕がいない寂しさで枕を涙で濡らすことになっても知らないからね」

「だから、気持ち悪いことを言うんじゃねぇ!!」


 プリプリと怒りながら会場を出ていったソウキス。

 だが、ここでツヴェイトは彼の意図に気づく。


「しまった!? あ、あの野郎……俺を利用して逃げやがった! 間違いなくサボる気だぞ!!」

「えっ? あの……ソウキス様は一応、公爵家の方ですよね? そんなことをして良いのですか!?」

「いいわけがない。おそらく立食会の後にダンスが控えているから、馬鹿な野郎共から逃げるためにいち早く逃亡を企てやがったんだ。しかも即興で」

「なぜ他の男性から逃げるんですか? ソウキス様って……」

「あぁ、男だ。だが、なぜか男にもモテる。今まで何度も野郎共からダンスを誘われ、その都度に俺に泣きついてきたんだ。今回も同じだと踏んで早々にこの場から立ち去る口実を作ったに違いない」

「凄いですね。咄嗟にでもそんな機転が利いたら、軍師になれるじゃないですか」


 ソウキスは確かに機転も利く。

 だがそれは、あくまでも彼自身の危機に対してだけであり、普段は多少の良識を弁えている程度でどこまでも自己中だ。

 ソウキスにとって嫌なことから逃げることは当たり前で、貴族としての義務や責任は重荷でしかない。本心を堂々と公言しては臣下の者達を泣かせていた。

 これで次期当主なのだから先が思いやられる。


「後で親父に殺されんぞ……」

「デルサシス公爵は、その辺りのことに厳しそうですからね」

「とばっちりを受けるのは、いつも俺なんだ。おそらく、この夜会が終わるまで逃げ切るつもりだろう」

「……ツヴェイト様」


 クリスティンはツヴェイトの背中に哀愁のようなものを感じた。

 デルサシスもソウキスのお目付けはツヴェイトに任せており、こうした貴族の義務からエスケープすることに対しては恐ろしく厳しい。何しろ連帯責任にされるのだ。

 ツヴェイトの説明で、彼の悲哀を理解したクリスティン。叱られる事がここで確定してしまった。

 真面目過ぎて苦労する不憫な運命を背負っていたようである。


「なんか、すまないな。見苦しいところを見せた」

「い、いえ……でも本当に仲がよろしいんですね。友人がいないぼ、いえ私としては少し羨ましいです……」

「まぁ、悪くはないな。時々奴との縁を切りたくなるが……。それより普段の口調で話してくれてもいいぞ? 気になってしょうがねぇ」

「そういうわけにはいきませんよ。それより、ソウキス様を探さなくてもよろしいのですか? 僕、いえ私も手伝いますよ」

「親父も怖いが、立場的にこの場を離れられん。一応は主催者側なんだ。御爺様にこの場を任せきりにするわけにもいかない」

「あっ、そう言えば先生と先ほど……」

「……あっ!?」


 ツヴェイトは思い出す。サーガスとクレストンの口論を――。

 二人は慌てて師と祖父の姿を探し、会場内を見渡す。

 会場にクレストン達の姿は見当たらず、急いで回廊に出てみると、中庭に出る扉の前に来賓の貴族達が不自然に集まっていた。

 おそらくガチの勝負に発展したのだろう。


「えぇい、縮んだことで素早くなったか! ちょろちょろと動きおって、おとなしく儂の拳に沈めぇ!!」

「力任せの拳など、儂には効かぬわぁ!! 鈍重な攻撃など当たらねば意味はない。喰らえ!!」

「ふははははっ! そのような攻撃、儂の鍛え抜いた筋肉の前では無意味よ。無駄無駄無駄ぁ!!」

「「………」」


 二人の身内は中庭で喧嘩の真っ最中。

 心なしか少し楽しそうに聞こえる。


「お二人は、友人同士じゃなかったのでしょうか?」

「喧嘩友達みたいなもんだろ。話には聞いていたが、マジで所構わず喧嘩をおっぱじめるんだな……。それよりも、ここまで聞こえるほど大声で叫ぶなよなぁ~」


 クレストンとサーガスは、お互いが親友であると同時にライバルでもある。

 二人が出会えば最初は必ず口論に発展し、所かまわず喧嘩を始めてしまう。ツヴェイトも噂程度にこの話を聞いていたが、まさか事実だとは思わなかった。

 しかも、大勢の貴族が集まる催しの場で喧嘩を始めるなど非常識であるのだが、貴族の間にその常識が定着している可能性が無きにしも非ず。

 実際、懐に余裕のある貴族達が既に賭けを始めていた。賭けを仕切る胴元の中にどこかで見たメイドの姿が見られる


「クレストン様、あの御歳でなんと軽快なステップ。煉獄の魔導士は今もなお壮健のようだ」

「サーガス殿、ますます肉体にキレが出ておる。実に逞しい」

「さすが、破壊の魔導士と呼ばれるだけのことはある。あの一撃を受ければタダでは済むまい」

「いやいや、クレストン様のあの動きも脅威ですぞ。まさに蝶のように舞い、蜂のように刺す、だ。おぉ!? あれは、デンプシーロールか!?」

「だが、一撃にサーガス殿ほどのパワーがない」

「だからこそ連続で拳を叩き込んでおるのだろう? しかし、サーガス殿は見た目以上にもタフな御方だ」

「おぉ~とぉ、サーガス殿の顎に飛び膝蹴りが直撃!」

「嘘だろ、アレを受けてなんで無事なんだ……。サーガス殿は本当に人間なのか!?」

「あの御仁、昼行燈って言われてなかったか?」

「サーガス殿は普段から魔力を練る訓練や戦術を考えていることが多く、その姿が呆けているように見えるため、その様な噂が立ったのじゃ。本来はもの凄く好戦的で危険な御仁なのじゃよ」


 立食会の後は舞踏会が控えていたのだが、その前に武闘会が繰り広げられていた。

 どちらも魔導士なのに魔法を一切使うことなく、肉体言語のみを駆使して存分に語り合っている。しかもお互い無駄に格闘テクが高いようである。

 来賓の貴族達が息を呑むほど、二人の熱いバトルは目まぐるしく展開が変わるので目が離せない。一秒たりとも見逃せない好勝負ばかりであった。


「御爺様……さすがに貴族としてどうかと思うぞ。他の者達に示しがつかんだろ」

「先生……公爵家のお屋敷で、何で喧嘩なんて始めてしまったんですか……。下手をすればウチが潰されてしまいます」

「いや、親父も御爺様もその程度でお家潰しなんてやらねぇぞ。むしろ面白がって、『よろしい。禍根を残さぬように思いっきりやれ』っていう人だからな」

「その広い御心が、僕には逆につらいですよぉ~」


 クリスティンの取り繕っていた一人称が元に戻るほど、ソリステア公爵家の寛大さが辛かった。むしろ痛い。

 心も、だが………。


「ぬおっ!? クレストン様の蹴りとサーガス殿のパンチが、交差するかのように………」

「まさか、これが……」

「蹴りと拳のクロスカウンターだとぉ~~~~~~~~~っ!?」

「いいものが見れたぜ」


 二人の老人による喧嘩祭りは、その後しばらく続いた。

 その陰で、司会進行役を任された一人の侯爵が涙を流して泣いていた事など、会場にいる貴族の誰も知らない。


「フハハハハハ、ようやく体が温まってきたわい。ここからが本番じゃぁ!!」

「ぬふふ、何度でも挑んでくるがいい。貴様の攻撃など儂の筋肉ですべてはじき返してくれるわぁ! ついでに貴様の引導も渡してくれる」

「ぬかせぇ! やれるものなら、やってみせるがよいわ!」

「上等じゃい、吐いた唾は飲めんぞ! 死にさらせぇやぁ!!」


 こうして、プログラムにあったダンスは中止され、公爵家主催のバトルマッチが延長したのであった。

 その裏で教え子と孫が頭を抱えていた事は言うまでもない。


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