ツヴェイト、無駄なことだがクロイサスに忠告する
ソリステア公爵家の領主館。
クレストンやセレスティーナを除く公爵家の家族がここで生活しているが、現在のところこの屋敷を利用しているのは現当主であるデルサシスと、ツヴェイトとクロイサスの兄妹だけである。
公爵夫人が二人いる筈なのだが――。
「……最近、母上達の姿が見えないが、どこに行ったんだ?」
「お二人は貴族としてのお勤めで、王都の方に出向いております」
ツヴェイトの問いに答えたのは、年配のメイド長だった。
「あ~……いつもの婦人会の集まりか。なら、しばらく帰ってくることはないな」
「ツヴェイト様……。クロイサス様もですが、御母上に冷たくありませんか?」
「そうは言うが、母上達は俺達と話が合わないしなぁ~。正直、俺もクロイサスの奴もあまり関わり合いになりたくねぇんだよ」
ツヴェイトやクロイサスの母親である公爵夫人達は、言ってしまえば典型的な貴族夫人だった。
父親であるデルサシスにいつまでも恋をし、世間知らずを地で行く女性だった。夢の中で生きているのではないかと思いたくなるほどだ。
そのくせ、民の前では高圧的に貴族風を吹かせる。
仮にも公爵家なので威圧的なのは構わないのであろうが、政治ごとに対してはあまりに無頓着であり、世事の流れに対して関心を持とうとしない。
悪い言い方をすればお飾りである。
「政略結婚のために、政に対して口出ししないように育てられたんだろうが、アレが母親だと思うと何とも複雑だな」
「ツヴェイト様、血の繋がった御母上なのですよ! それを蔑むような言い方をするなど……」
「実際に愚かだろ。俺やクロイサスは、あの二人に母親らしいところを見せてもらった記憶はないぞ? いつまでも親父にべったりで、親という印象が薄すぎる」
「それでも御母上には違いありません。もっと敬うべきではないですか!」
ツヴェイトとクロイサスは、生まれて直ぐに乳母に預けられた。
教育自体が他人任せであったため、母親に対しては血が繋がっている程度という認識が強く、敬えるかと問われれば無理と答えるだろう。
家族としての絆などないに等しかった。
「ただでさえ継承問題があるというのに、せめて御母上とはお心を通わせなさい。このままではクロイサス様に家督を奪われてしまいますよ」
「大丈夫だろ。クロイサスの奴は研究馬鹿だし、家督を継ぐなんて面倒な立場になろうとはしない。それに、継承問題がどうこうなんて、母上達の実家が勝手に騒いでいるだけだろ? 親父のことだから、その内に潰すと思うぞ」
「………」
このメイド長は、ツヴェイトの母親の実家である侯爵家に古くから仕えている者で、何かと継承問題を挙げてクロイサスを引きずり降ろそうとする。
ツヴェイトも最初はうんざりしていたのだが、イストール魔法学院でブレマイトの血統魔法による洗脳を受け頭が愉快なことになっている間に、彼女にも色々と吹き込まれてしまい、少なからず人格汚染の影響を与えた。
今は洗脳が解けているので問題ないのだが、どうもこのメイド長は以前の洗脳状態にあったツヴェイトに戻ってほしそうであった。ツヴェイトとしては二度とあのような愚かな人間に戻りたくはない。
おそらくは侯爵家から何らかの指令を受けているのであろう。
「なぁ、マサリ……。長生きをしたければ母上の実家から手を切れ。とばっちりで消されたくはねぇだろ?」
「ま、まさか……旦那様がそのような」
「親父ならやるだろ。才能重視の人間だし、公爵家を乗っ取ろうとか考える奴らは地獄を見ると思うぜ? 敵には容赦しない人だからな」
マサリ――メイド長は顔を蒼ざめさせ震えていた。
デルサシスの噂は昔から話で聞いており、若い頃は天才とか呼ばれた男は今現在それ以上の傑物と化し、どこの貴族も警戒するほどであった。
恐ろしいのは公爵家を継いで直ぐに頭角を現し、利用しようと近づいて貴族のほとんどが何らかの理由で御取潰しとなった。噂ではデルサシスが何かしたと囁かれたが証拠が何も見つからなかった。
仮のその噂が事実であった場合、例え縁戚となった雇い主の侯爵家も、デルサシス公爵が手心を加えることはないように思えた。
彼女は今、かなり危険な立場にいるのだと改めて自覚する。
「親父のことだから、今まで見逃してやっていたんだと思う。いや、どこまで増長するのか、楽しんで見ているのかも知れねぇな………。ところで、クロイサスの奴は部屋にいるのか?」
「えっ? えぇ……最近まで商会所有の工房に通い詰めておりましたが、今日は珍しく部屋から出てきていません……」
「……死んでるんじゃねぇよな?」
商会所有の工房は表向きで、実際はソリステア派の工房というのが正しい。
動くことを面倒くさがるクロイサスが頻繁に通うとなると、おそらくは何かの研究に明け暮れていると思われる。そうでなければゼロスの下に姿を現すはずだからだ。
だが、そのクロイサスは体力がなく、数日とはいえ長時間動き回れるとは到底思えない。
多少レベルを上げ体力の底上げをしているとはいえ、引きこもりが工房に足しげく通うなどという真似をすれば、筋肉痛になるのは確実である。
しかも彼は、研究のためであれば数日の徹夜も厭わない筋金入りの馬鹿だった。部屋に戻ってそれっきりという場合も充分に考えられた。
「仕方がない。様子を見に行くとするか……。ゴミの中で死んでいたら恥だ」
そう言うと、ツヴェイトはクロイサスの部屋へと向かった。
どうでも良いが、クロイサスに対しての評価が酷い。
まぁ、正しい評価でもあるが――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ソリステア公爵家においても、クロイサスの部屋は半ば開かずの間となっている。
回廊の窓から太陽の光が差し込んでいるはずなのに、彼の部屋の前だけがやけに暗いとツヴェイトは改めて思った。
何というべきか……部屋の前に立ち塞がる扉から異様な気配が立ち上っているのだ。
『あれ……あいつの部屋って、こんなに暗かったか?』
物理法則がねじ曲がっているとしか思えない現象に、ツヴェイトは首をかしげる。
その雰囲気はどこかで感じた事のあるものであった。
「クロイサス、いるか?」
とりあえず考えるのを後回しにして、ツヴェイトは部屋の中にいるであろうクロイサスに声をかけるのだが、返事がない。
何度か声をかけるも、部屋からクロイサスの声が聞こえることはなかった。
『いよいよもって死んだか? あいつ……研究のことになれば馬鹿になるからなぁ~』
酷い兄である。
部屋から返答の声が聞こえない以上、いよいよ突入するしかなかった。
だが、ここで彼は学院にあるクロイサスの部屋の惨状を思い出す。
「……クロイサス、勝手に入るぞ」
勇気を振り絞り部屋の中に入ってみれば、そこはガラクタが積まれた腐海の森。まるで学生寮の彼の部屋を彷彿させる。
いや、実家なだけのそれ以上酷い。
「思った通りだった……」
学生寮のようにイー・リンの手による掃除がないので、その散らかり様は想像を絶した。しかもカーテンまで閉められているのでより一層暗い。
一歩でも踏み込めば埃が舞う。
暗い闇の中を進むツヴェイト。何か得体のしれないものを何度か踏んだが、それが何であるかなど確かめず進んだ。確かめる気もない。
暗闇に目が慣れ、部屋の中が少し見渡せるようになると、ようやくクロイサスの姿を発見する。
彼は書類の束を手に、ガラクタに埋もれたまま眠っていた。
「……なんで、この状況で眠れる」
とても貴族の子息とは思えない無様な姿。
研究者だからと言われればそれまでだが、それにしては度が過ぎている。
「こんなガラクタを、いつもどこから手に入れてくるんだ。それよりも、この書類は……図面? 設計図か。こっちはレポート……」
ツヴェイトはクロイサスが手にしていた書類を取ると、カーテンを開けてその内容を確認した。
ツヴェイトも見たことのない杖のような形状のものと、それ以外にも発掘されたものと思しき似た形状の杖の分解図もあった。
秘密裏に動いていることから軍事関係に係わっていると推察する。
『……これは武器なのか? 『メーティス聖法神国製、火縄銃分解図』? 杖……いや、筒状のパーツからして何かを撃ち出す射撃武器と見るべきか。『連射機構の衝撃による誤作動に対し、単純効率化する再設計が求められる』? 『魔法発動時におけるチャンバー内の瞬間圧力による部品劣化の危惧、それに対する強度不足と高耐久金属の選別を最優先。金属の候補リストは別項を参照』。『生産性の重視と機構の簡易化計画の見直し』つまり量産化を目指した武器ってことか』
書類のほとんどがバラバラで纏めてあり、クロイサスの大雑把な性格が出ていた。
それよりも気になるのが、この見た事もない武器を量産化する計画が動いている事だ。まるでどこかの国と戦争することを前提としているようにツヴェイトは感じた。
「親父も関わっているのは確実だとは思っていたが、『合金を最適比率に加工できる錬金術師の増員が急務。至急、錬金術師の手配を求む』? 何で報告書を持ち込んでんだ。これは派閥に渡す書類だろ」
余計な書類を飛ばし設計図に目をやると、メーティス聖法神国がすでにこの武器を開発して実戦配備していると分かる。
その性能は、戦争の在り方を変貌させる可能性が高いことを示しており、ツヴェイトは驚く。
クロイサスが関わっている計画は、その武器をさらに発展させ量産化し、各部隊に配備する事のようだ。だがこの計画は恐ろしいものだ。
『この武器……大量に出回れば危険じゃないのか? 魔法よりも少ない魔力で敵を殺傷できるなら、女子供でも戦場で戦えることになるぞ。それどころか、市井に出回れば反乱の火種になりかねん』
即座に銃という武器の危険性に辿り着いた。
それどころか、敵を殺すことに訓練の時間をかけず大きな戦力が手に入る。下手すると国民すべてが兵士になることができる危険な武器だった。
魔法を発動させるよりも早く敵を殺せるのはメリットがあるが、この武器がいつ自分達に向けられるか分かったものではない。厳重な管理体制が必要となる。
何しろ革命すら容易にできてしまう可能性も秘めているからだ。
「親父がこの危険性に気づいてない訳がないだろうが……」
他の貴族にこの武器を流すのも危険だった。
容易に反乱が可能となるなら、時間を掛ければ現体制を崩壊させることも可能だ。
いや、裏工作で混乱を起こすのも簡単に起こせる。何しろ長距離からの暗殺も容易になるからだ。
「……頭痛ぇ」
剣の時代を終わらせかねない。
いや、それ自体は悪いことではないが、安易に力を手にすることができることが問題だ。
人は愚かではないと思っているが、同時に賢いとも思っていない。
野心を持つ者にとって銃という武器は大変魅力があり、手にした瞬間からその欲望を抑えられなくなる。特に貴族の中には野心の強いものが多くいる。
権力志向が高い者ほど力の誘惑に耐えられないだろう。
『親父……厄介な事を始めやがって』
ソリステア魔法王国は、現在改革の真っ最中。
そのどさくさに紛れて銃の管理体制も組み込むつもりなのかもしれないが、問題はどこまでこの武器を広げるかだ。一つでも盗まれれば厄介極まりない。
武器に何らかの制限を掛ける必要性もある。
「……うぅ。体が痛い」
クロイサスが目を覚ました。
目を覚ました彼の顔には、何かの魔道具らしき跡がくっきりとついており、美形な顔立ちが情けないものに変わっている。
少しは周りの目を気にしてほしいとツヴェイトは思う。
「起きやがった。そんなゴミの中で寝ているからだ」
「おや、兄上……私の部屋に来るとは珍しいですね。それと、極秘資料を覗き見するのはいかがなものかと」
「そんな極秘資料を杜撰に扱うお前にも問題があるぞ。見られたくないなら、管理くらいしっかりしろ。こんなヤバいもんは隠しておくべきものだろうが!」
「いやぁ~、疲労と筋肉痛で体が限界でして、部屋に戻ってすぐに倒れてしまったようです。我ながらうっかりしてました」
「うっかりで済む問題じゃねぇだろ」
極秘資料に対しての配慮が全くない。
こんな奴に重要な計画に参加させていいのだろうかと疑問すら覚える。
「随分とヤバそうな物を作っているようだな。親父の指示か?」
「まぁ、それもありますが……。私も楽しんでいますよ」
「師匠のところに姿を現さねぇから、何かに没頭していると思っていたが……予想以上に危険な計画じゃねぇか。誰にも話すんじゃねぇぞ」
「私はそこまで信用ないですかね。これでも貴族の端くれのつもりなのですが?」
「貴族の端くれなら、こんな重要なものを持ち歩くなよ。落としたら洒落にならねぇぞ」
どう考えても国家機密に部類する書類をクロイサスは適当に扱っている。
中身の書類も順番がバラバラで、お世辞にも丁重に扱っているとは言い難い。
もし、どこかの国の諜報員に拾われでもすれば、数年後には周辺諸国の戦力図が大きく変わりかねない代物だ。
研究以外に興味を持たないにしても限度というものがある。
「それにしても、メーティス聖法神国がこんな武器を作っているとはな」
「向こうのは火薬式のようなので、工房で試作しているものとは威力が違いますよ。ゼロス殿も作ったという話ですが?」
「師匠が? まさか、この設計図は師匠が……」
「いえ、メーティス聖法神国の火縄銃でしたか? それを分解して旧時代の様式を組み込んだものです。まぁ、劣化製品ですが炸薬の代わりの魔法の爆発力を利用しますので、内部の部品に相応の耐久力が求められるすね。今はその耐久テスト中といったところですか」
「技術的なことはお前ほど詳しくねぇが、これは戦争の様式をかなり陰惨なものに変えるぞ。お前は分かって協力してんのか?」
「所詮は道具ですよ? 使用者の人間性次第で、扱い方が変わるだけの話だと思いますがね。それほど大それたものでもないでしょ」
「それが一番の問題じゃねぇか! 充分に危険な代物だ」
クロイサスは物事を理で考える研究者だ。
銃を扱う者の人格次第では悲惨なことになりかねないが、正しく使えば多くの者の助けになる。その認識は正しいがあくまで表面的なものだ。
ツヴェイトはいずれ軍務に携わる立場なだけに、銃の危険性をクロイサスよりも理解した。数を揃えれば戦場で死ぬ人間の数が増える。
騎士道精神や理想などの感情論は入らず、無機質で冷徹に人間を殺す武器なのだ。
しかも、簡単に大量虐殺できるのだから悪質としか言えない。女子供でも兵力として敵を殺せるのが何より問題なのである。
「人はそれほど利口じゃねぇ。こんな武器が出回れば、今の情勢に不満を持つ連中が反乱を起こすぞ。馬鹿共の野心を煽るのに充分な火種になる」
「国で管理すればいいではないですか。必要な時になるまで厳重にどこかへ補完するとか」
「錆びついて、いざという時に使い物にならなかったら意味がねぇ。この手の複雑な武器は、誰かが常に整備してねぇと駄目だろ。部品を持ち出してどこかで作られる可能性もある」
「それは私が考えることではありませんね。国が考える問題ですよ」
所詮は研究者であり、武器の管理などは他人任せのクロイサス。
無論ツヴェイトも、父親のデルサシスが管理の重要性に気づいていなとは思っていないが、完璧に隠し続けることなどできないとも思っている。
有事には武器の紛失などよく起こることもあり、敵国に持ち出されるなんてことも考えられる。今も書類を偽装して横流しする者もいるくらいだ。
一度でも戦場で使われれば、誰かがより高性能な武器を作り出す。民衆にまで出回るようなことになれば犯罪も増えるだろう。
「メーティス聖法神国……厄介なものを作りやがって」
「ゼロス殿もですがね」
「あの人は売る目的で作った訳じゃねぇだろ。たぶん……趣味だな」
「見られただけでも問題だとは思いますがね。火薬を何か筒状のものに入れ、先端に弾丸を着ければ連射は可能でしょう。加工技術を高めれば容易に生産できるはずです」
「そうなる前にあの国を潰すしかねぇ……待て! まさか、メーティス聖法神国とどこかの国が戦争でも始めるのか? いきなり向こうの武器より高性能な武器の開発なんて、最悪を見越しての対策を考慮しているとしか思えん」
武器や物資を集めだす兆候は、戦争を前提として動いていることが多い。
盗賊の討伐時も相応の物資を動かすので、事前に様々な部署が動き出す。高性能な武器を揃えるのも一つの兆候であった。
特に弓兵は矢を大量消費するので、職人が一斉に動き出し数を揃えるのだ。新たな武器の開発を行う場合、数年越しの侵攻計画をしている可能性がある。
読んだ資料に書かれている情報を信じるのであれば、銃はいわば弓の発展型であり、数を一定数揃えれば初戦での戦局を有利に進められる。
魔法攻撃よりも効率的に思えた。
「お前はどう思ってんだ?」
「さぁ? 私に聞かれても困りますよ。受けた仕事は魔導部品の設計程度のものですからね。試作品は完成しましたし、あとは勝手に効率化させるのではないですか?」
どこまでも他人事なクロイサスに、ツヴェイトは頭を抱えた。
彼が手掛けている武器が、いずれ軍務の在り様を根底から変えてしまう可能性を秘めているのに、当人はまったく関心を持っていない。
彼の仕事はあくまでも部品の製作担当を主張し、その後の改良や生産には関与しないスタンスだ。武器が齎す結果などどうだってよいのだろう。
「クロイサス……お前、いい加減に自覚しろよ。仮にも公爵家の人間が、そんな無責任でいいのか」
「なぜ? 後を継ぐのは兄上でしょうし、私は研究者の道を進みますから関係ないでしょう。いずれ屋敷を出ていく立場なのですがね」
「お前が一人で生きていけるのかは疑問だが――いや、そんなことはどうでもいい。もし、お前がヤバイ物を作り出して、その杜撰な管理のせいで盗まれ犯罪に使われたら、どう責任を取るつもりだ?」
「知りませんよ。そんなの、盗んだ者の責任でしょう?」
「ヤバイ物を作り出した側も管理責任を問われるんだよ! 被害者も出たら言い逃れすらできねぇ」
「解せませんね。理不尽としか思えません。盗んだものを使用する方がよっぽど悪いでしょうに」
「危険物を作り出した時点で、責任が発生すると自覚しろ!」
魔導士――特に研究者は時折危険物を作り出してしまう。
その危険物も使い方に有用性が見いだされることになれば、国側に相応の地位で引き入れられるのだが、同時に作り出したものに対しての責任が発生する。
兵器であろうが回復薬であろうが、どの製品に対して製作者が少なからず何らかの責務を背負う。だがクロイサスは無頓着すぎた。
「この銃という武器はヤバイ。たとえ部品だけとはいえ、作れると分かった時点で他国から狙われることになる。分割された情報も集めて分析すれば全容が見えてくるものだからな。お前は、この件に係わった時点で最重要人物の対象になっている」
「まさか。たかが部品だけですよ?」
「その部品が重要なんだよ! この資料を見る限り、魔法を利用した部品なんて一つだけじゃねぇか。理解しろや!」
研究者側と国防側との間には、考え方に深い溝があるようだ。
だが、困った事にクロイサスはこの手のことをすぐに忘れてしまう。
例え魔導銃の心臓部となる弾丸の発射機構の開発を手掛けたとしても、別の研究対象が見つかればそちらに目が移る。一箇所にとどまっていられない子供のような性格とも言える。
彼にとって魔導銃は確かに興味深いが、最も関心を持つのが魔導術式の利用法であり、魔導銃という武器に対するこだわりはない。
ツヴェイトが魔導銃の危険性をいかに諭そうとしたところで、根本的なところでの考え方の相違からズレが生じてしまう訳である。クロイサスが一般的な思考を持つ周囲の人間に溶け込めない原因でもあった。
そんなクロイサスを諭そうとするツヴェイトの説教は、三十分ほど続いた――。
「ハァハァ……少しは、理解したか?」
「まぁ、何となくは……。部品の一つに術式の刻印を施すだけなんですけどね」
「それが問題だと……ハァ~、誰かコイツに常識を教えてくれ」
「失礼な。私はこれでも常識人ですよ」
「どこがだよ!」
――そして諦めた。
クロイサスも多少は理解を示すのだが、雲をつかむような不確かなものに感じていた。
ツヴェイトは忘れているが、クロイサスは研究者であり制作者ではない。彼の作る物はあくまでも研究の結果を知るための過程であり、最初から生産を目指している訳ではない。
知識を求めているだけなので、その過程で作られたものを誰が生産しようとどうでも良いのだ。実際、以前制作した【豊胸剤】や【女性転換薬】などは意外に売れている。
ただし、生産においてクロイサスは携わってはいなかった。
「……これ以上言っても無駄だと悟った。それよりも、お前はよくこんなゴミの中で寝れるな。学院の寮より散らかっているじゃねぇか」
「ゴミとは酷いですね。これでも旧時代の魔道具であったものですよ? どのような技術が使われているのか興味深いではないですか」
「お前の頭の中には、片付けるという選択肢すらないのかよ――ん? ちょっと待て、もしこの部屋が学院の寮と同じ状況だったとしたら――」
ツヴェイトの脳裏によぎった嫌な予感。
イストール魔法学院にあるクロイサスの部屋は、度々妙な現象を引き起こすことで有名だ。部屋を変えてもクロイサスが住む限りその現象は引き起こる。
何よりもここは昔からクロイサスが過ごした部屋だ。ツヴェイトは最近までクロイサスと疎遠だったので知らなかったが、ソリステア公爵家の屋敷では時折メイドが姿を消すことがあるという噂があった。
無論、行方不明者は出ていないが、稀の数時間ものあいだ所在が分からなくなることがあるという。
「「あっ……」」
――そして、やはりその現象は起こった。
部屋の内部にたまった得体のしれない魔力によって……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エロムラはツヴェイトを探してクロイサスの部屋の前まで来ていた。
彼があまり馴染みのないクロイサスの部屋へと赴いた訳とは――。
『同士の弟はイケメンだからな、外に連れ出せば簡単に女が引っかかるだろう。男ならやっぱりナンパで女の子を落とす! 正攻法が一番だ』
――思いっきり下心満載な理由だった。
仮にもナンパするのであれば自身の魅力で勝負するべきなのだが、エロムラが狙ったのはクロイサス頼りの漁夫の利という小賢しい手だった。
ここまで馬鹿であるといっそ清々しい。だがその計画にも誤算があり、そもそも引きこもりのクロイサスがナンパに興味を持つはずがない。
よしんば街に連れ出すことができたとしても、女子の大半がクロイサス目当てで、自分が惨めになるだけだということに気づいていなかった。
いや、そこまで理解できるほど利口なら、そもそもこんな手は使わないだろう。
「お~い。同士、クロイサス、いるか?」
ツヴェイトも部屋にいると聞き、『一緒にナンパに行こうぜ!』と誘うつもりで、エロムラはクロイサスの部屋のドアを開けようとした。
だが……。
「あれ? ドアが開かねぇ。壊れたのか?」
部屋の内側から気配を感じるので、中にツヴェイト達がいることは分かる。
しかし、肝心のドアが開かねばナンパに誘うことすらできない。
『どうする……。ここで諦める訳には……ん?』
ドアから微かに内側の様子が伝わってきている。
耳を当てて中の様子を窺うエロムラ。傍目には立派な変質者だ。
『行くぞ、クロイサス!』
『ハァ~やれやれ、仕方がないですね』
『『変身!』』
――≪サイクロンデ~ス≫
≪ジョーカー、ポイ?≫
≪ベストマッチ!≫
何か、色々とヤバイ音声が聞こえた。
『ちょ、同志!? 部屋の中で何やってんの!? そのエフェクトらしき音声はなに? すっげぇ~気になるぅ!!』
派手に戦う音や斬撃音、銃撃音や飛び道具がヒットするような音まで聞こえてくる。
中が気になって必死にドアを開けようと試みるが、肝心のドアがびくともしない。
「おいおい……これはまさか、学院の怪現象と同じやつなのか? 実家の屋敷でも起こっていたとは……。それにしても、一体どこと繋がってんだ?」
この現象は短時間で収まるので、外部にいる者は黙って待つしかない。
しかし、エロムラはどうしても中の様子を見てみたかった。
『『こいつでトドメだ』』
――≪ヘェ~イ、ファイナルアタック・ライド、フルチャ~ジだヨぉ~≫
≪ソウ、ソウッ! ソォウ!! ソノチョウシッ!! でも、遅ぉ~い≫
≪≪チョ~イイカンジデ、大・開・眼!!≫≫
「どんな状況!? そして、色々混ざってるから! なぜにエフェクト音声が女の子!? どんな必殺技だよぉ!! 俺にも見せろぉ!! いや、俺にもやらせろ!!」
二人がどんなフォームアップしているのか気になるが、それ以上に必殺技が気になった。
いや、できることなら自分も変身したい。
悪を倒す正義のヒーローは男ならだれもが憧れるものだ。ぜひとも混ぜてほしいと思うほどに、エロムラ君は過ぎ去った少年時代の熱い魂が呼び起こされた。
そして彼は必死にドアを開けようと試みる。
「くっそぉ~~~っ、なんで俺は午前中に買い物なんて引き受けたんだぁ!!」
激しく後悔するエロムラ。
ドアの奥では必殺技が華麗に決まったのか、派手な爆発音が轟いた。
見せ場とも言える最後の瞬間を見ることができず、少年の心を取り戻したエロムラはその場で膝をつき、悔し涙を流す。
そんな彼の姿を屋敷で働くメイドたちがしっかりと見ていた。
「……あの人」
「クロイサス様の部屋の前で、『やらせろ』だなんて……」
「でも、ちょっと見てみたいかも……。あの人、黙っていればそれなりだし」
「「えっ? …………なるほど、イイわね!」」
そして、メイド達の間でエロムラに対するある疑惑が生まれた。
この日を境に、メイド達の間で腐の書籍伝道が活発化するだが、それはどうでもいいことである。
まぁ、公爵家兄弟とエロムラには災難であったが――。