イリス、現在お仕事中
イリス――ゼロスと同じ転生者である。
いや、転移者である可能性もあるが、どちらにしても【ソード・アンド・ソーサリス】のプレイヤーであったことは確かだ。
そんな彼女は現在――。
「ファイアーアロー!!」
――傭兵ギルドの依頼の真っ最中である。
最近、魔法の威力が上がったのか、見事に一撃でオークを倒した。
「う~ん……なんか、グッと来ないんだよね~」
「いや、盛大に魔法を使っておきながら、何でそんなに不満そうなんだよ。アタシから見たら充分な威力だったぞ?」
「そうね。可愛い坊や達が熱い視線を向けてくるほど、かなり高い威力だったわ。嫉妬しちゃうほどに……」
「レナさんの嫉妬は別の意味だと思う」
イリスを含めたいつもの女性三人パーティは、アーハンの村にある廃坑跡地で、モンスターの種類を調べる依頼を受けていた。
この廃坑はかつて鉱石を採掘していたが、生息した魔物が増えたことで鉱山労働者が先に進めず閉鎖され、今や傭兵達が武器の素材を集めるだけの価値しかない採掘場となっていた。
以前にゼロスと共に来た時、この廃坑がダンジョン化している事に気づき、傭兵ギルドに報告したのが彼女達である。
その功績のおかげか、なぜかたまにこうして調査依頼が回ってくるようになった。
ギルドの信頼を得たと言えば聞こえは良いが、実際のところは人手不足からくる頭数要因で、広い廃坑の面倒な場所に調査員として送り込まれる雑務だ。
それでも報酬は良いので、三人は文句を言わず引き受けていた。
「あいつら……なんでアタシらの後を着いてくるんだ?」
「それは、レナさんが目当てだからじゃないの? 知っている子達もいるんでしょ? まさか全員とか?」
「そうね。一人いるけど、あとは知らない子達ばかりだわ。たぶん、私達を尾行してマップ作りをしているのね。あと、私が手当たり次第に思われているみたいだけど、同じ子と三回以上はしない主義なの」
「「なにを?」」
もちろん、ナニである。
それは兎も角として、後を六人の少年達が尾行してくるのは構わないが、正直に言って三人には邪魔である。
ダンジョンは突然に高レベルのモンスターが出現することもあり、経験の少ない駆け出しの少年達にとっては危険な場所だ。
自己責任が当たり前の傭兵という仕事は、不用意に危険地帯に足を踏み込んで死んだとしても責任が問われる事はない。毎年少なからず新人が命を落とす過酷な職業でもある。
ましてここはダンジョン。どこに危険が潜んでいるか分からない。
「【トラップサーチ】……。あっ、右端にシューターがあるね。左壁際に沿って行こう」
「イリスがいると楽でいいわよね。でも、魔力残量には注意して」
「大丈夫だろ。イリスもあのコッコ達に鍛えられているし、生半可なモンスターに後れを取らないだろうさ」
「あのコッコに比べたら、ダンジョン上階層のモンスターなんて雑魚だよ。……コッコ達、普通におかしいよね? どう考えても別の種族に進化してるよね? おじさんが留守にしてたとき、でっかいトカゲの首を持って歩き回ってたよ」
「「なにそれ、初耳なんだけど。それよりどこで狩ってきたの!?」」
教会のハングリーな家なき子達と共に訓練をしているイリスは、ウーケイ達がどこからかモンスターを倒し、戦利品を持ってくるところを何度か見かけている。
一日見かけなくとも次の日にはいるので、近場で狩りをしていると思われるのだが、頭部だけで一メートル以上もあるトカゲが生息している場所などイリス達は知らない。
行動範囲が謎であった。
「ま、まぁ、あの謎の生物のことは保留するとして……。この先はまだ、どんな魔物がいるか分からん。二人とも充分に注意しろ」
「わかっているわよ。ジャーネは心配性ね」
「大まかな構造は以前の坑道と変わりないけど、この先は拡張された場所みたいだから油断なんてしないよ」
「それより、あいつらはどうするんだ? レナの近くにいるだけでも危険なのに……」
「失礼ね。私でもエッチする場所を選ぶわ。でも、ダンジョンはスリリングだし一度くらいは……」
「レナさん!? 野外プレイは駄目だよ、衛兵に捕まっちゃう!」
本気で野外にて行為に及ぼうと考えるレナが、イリスには危険に思えて仕方がない。癖にでもなったら完全に痴女だ。
だが、これでもレナは節度というものを持っている。性癖の面では信用できないが、仲間とすては信じたいと思うイリスであった。
「慎重に行くぞ」
こうした探索ではジャーネがリーダー役となる。
普通、女性だけのパーティは基本的に戦力不足なことが多いのだが、ジャーネ達は上階層で苦戦するほど弱くはない。
ジャーネは索敵や有事に一撃必倒の制圧能力が高く、レナは前衛と中衛をこなす万能型で記録係をかねており、イリスは魔法による援護攻撃や罠の発見などバランスが取れている。
無論、人手が多ければそれだけ探索は楽になるだろうが、ダンジョンなどは狭い空間が多く、メンバーの数がデメリットの場合もある。
特に男性をメンバーに入れる気はないので、新たな仲間も必然的に女性になるのだろうが、この三人に近い女性の実力者など簡単には見つからないであろう。
イリス達は身軽であることを重視していた。
「あれ? なんか……草が生えてきたね」
「ここは坑道だろ。なんかおかしいな」
「空間型のフィールドダンジョンかしら? 大きなダンジョンには広大な森が地下に広がっているって話だし、アーハンの廃坑ダンジョンがその手のものに変化したとしても不思議ではないわ」
ダンジョンは広大なフィールドすべてが一体の魔物であり、体内に餌を用意して獲物が掛かるのを待つ。
主に二種類のタイプが存在し、先に草原などを生み出し草食獣を呼び寄せ、やがて肉食獣が加わることで生態系を構築させるタイプと、魔物を召喚して増やし、変質させた武器や素材で人間を釣り上げるタイプだ。
どちらにしても生物の命を喰らうという面では同じだが、亜空間の中に広大なフィールドを作り出しているとなると、このダンジョンはかなりの規模になっている可能性が高い。
「薬草の採取もできるようになるね」
「でも、それ以上に危険なダンジョンになりそうよ。現時点でこのダンジョンがどこまで拡張されたのか、まったく分からないのだから」
「今も変化中だと考えると、今まで作ったマップが意味のなくなる可能性もあるな。さて、この先はどうなっていることやら」
三人が進んだ先には、地下世界に草原が広がっていた。
まるで昼間のように天井が明るく、所々には森が生まれている場所もある。
装飾のモンスターがすでに生息しており、その魔物を狙って鋭い牙を生やした肉食系の魔物が走り回っていた。虎型の魔物で【サーベロイ】と呼ばれている。
牙や毛皮などが重宝されるがとにかく獰猛で、駆け出しの傭兵が運悪く出くわし未帰還となることがあり、草原や森では注意しなければならない魔物である。
「うわ……どう考えてもこの広さはおかしいよ。ダンジョンってどうなってるの?」
「話じゃ、わずかな空間に特殊な領域をつくるってことらしいぞ? 詳しくは知らないけどな」
「どれくらいの広さがあるのかしら? それよりも、これ以上はあの子たちが危険ね」
レナは出てきた空洞の奥を見て呟く。
少し曲がった岩場の陰に、未だに見つかっていないと思っている少年傭兵達の姿があった。
これ以上進むとなると危険なので、彼女達の立場では警告をしておかなければならない。これはギルドに登録されている傭兵達の義務である。
それでも引かないのであれば自己責任だ。
「お前ら、後を着けて来ているのは分かっているんだぞ! 隠れてないで出てこい!」
ジャーネが叫ぶと、『ゲッ、見つかっていた!?』とか『だからやめようって言ったんだ』などの声が聞こえ、やがて観念したのか不満げに岩場の陰から姿を現す。
「他人を利用しようとか、楽をしてマップを作ろうとか、そんな話は後にしておく。お前らはこれ以上先に進むな。ここから先は命の保証はしない」
「別にいいじゃねぇか。ケチくせぇな」
「人数が多ければ戦力が増えるってことだろ? 女三人で進むより安全だと思うけど」
「レナさん、僕達も一緒に……」
若いゆえの暴挙というか、駆け出しの少年達は手柄を立てることにしか頭になく、生きて帰るということに対してかなりおざなりだった。
確かにジャーネ達は女性三人。だが、それなりに実力はある。
困った事に、少年達は自分達が足手まといだということを思い浮かばないようである。
ジャーネ達からすれば、この少年達の面倒を見られるほどダンジョンは甘い場所ではない。はっきり言えば迷惑であるが見捨てる訳にも行かなかった。
「あのなぁ~……。アタシ達はギルドの調査依頼でここに来てんだぞ。勝手に着いてくるのは別に構わないが、強い魔物に襲われても助けないからな? 傭兵は誰もが自己責任で行動する。忠告を受け入れずに死ぬのはお前達の勝手だし、好きにすればいい。ただ、もう一度だけ言う。楽をしたいだけならさっさと帰れ。勝手に死んでアタシらの責任にされても迷惑だからな」
「なんでだよ! そっちにだって俺達と同じくらいの子がいるじゃねぇか」
「私は鍛えてるし、ランクは君達よりも上のCランクだよ? 初心者だとFかEだよね? 実力が違うんだけど?」
「なんだ。近い年齢でCランクなら、俺達も直ぐにいけるな」
少年達はイリスを甘く見ていた。
それどころか傭兵の仕事すら舐めているとしか思えない。
「ねぇ……。なんか、大きな角を持った牛がこっちに来るわよ?」
「「えっ?」」
土煙を立てながら全力疾走してくる大牛。
草原のデストロイヤー、【グレートホーン・バッファロー】だった。
「やった! しばらくお肉が食べられそう」
「ルーのヤツにいい土産ができたな」
「ゼロスさんが作ったことのある牛丼だったかしら? また食べられそうよね」
教会裏のおっさん宅にちょくちょく顔を出す三人は、たまにゼロスと食事をすることがある。
まぁ、ゼロスが料理でどんな食材を使っているかは不明な点も多いが、牛丼は普通に美味しかったのでレナは覚えていた。
「よし、先手必勝! 紅い稲妻!!」
イリスが先手を取った。
正確には【ライトニング・フレイム】と呼ばれる魔法だが、イリスは某アニメの主人公のように、半ばプラズマ化した炎をグレートホーン・バッファローに向けて放つ。
直撃して爆音と衝撃で発生した土煙が舞った。
「うん、こんな感じ♡ これこそグッとくる魔法の発動のやり方だよね」
「ねぇ、イリス……あの牛、生きてるわよ? しかも速度が落ちただけで、こっちに突っ込んでくるんだけど?」
「えっ、マジ? 結構、本気で放ったんだけど……」
「こっからはアタシの出番だな。てやぁあああああああああっ!!」
止まらないグレートホーン・バッファローに向かって、ジャーネが剣を抜きながら走り出す。巨大な角は掠めただけでも怪我ではすまないだろう。
だが、ジャーネは猛然と迎え撃つ構えで、愛用の大剣に魔力を纏わせ、角にめがけて振るった。
普通に考えれば自殺行為なのだが、魔物の武器である角や甲殻などを破壊するのは常套手段の一つだ。彼女もそれに倣ったに過ぎない。
ジャーネの大剣はゼロスによって強化された武器であり、その強度は名工の作に匹敵する。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
巨大な角と大剣がぶつかり合う。
「おりゃああああああああああっ!!」
衝撃を必死に耐えながらも、気合いを入れてジャーネは大剣を全力で振り抜き、見事にグレートホーン・バッファローの角を叩き斬った。
頭部の片方の角がなくなり重心が取れなくなったのか、グレートホーン・バッファローはよろめき、同時に突進力が一気に落ちる。
「ブモォオオオオオオオオォォォッ!!」
「逃がすかぁ!!」
「任せて!」
ジャーネの後を追ってきたレナが、態勢を整えようとするグレートホーン・バッファローに迫り、短剣を突き刺す。
この短剣には即効性の痺れ毒が塗られており、大型の魔物の動きを封じるためによく使われる定番の攻撃だ。
「逃がさないよ。【ガイアランス】」
更に真下からイリスの魔法ガイアランスが発動し、グレートホーン・バッファローの腹部に深く突き刺さる。
巨牛の魔物が悲鳴の鳴き声を上げた。
「これでトドメ!!」
大きく振りかぶり、グレートホーン・バッファローの頭部を大剣で斬り落とす。
「終わったな。さっさと解体するか」
「ダンジョンに吸収される前に、手早く処理しないと……。こういう時、ダンジョンって面倒だよね。ゆっくり解体もできない」
「時間制限があるしね。それにしても、私達も強くなったものね。以前だったら倒せなかったわよ?」
「そうだな。大物だから魔石も期待できる。売ったらいくらになるか楽しみだ」
嬉々として大牛を解体し始める女性パーティ。
異世界育ちのイリスも、今ではすっかり解体作業に慣れたようだ。
「頭はどうするの? 確か、皮を鞣すのに脳みそを使うんじゃなかったかしら……」
「えっ、食べてもいいんじゃない? 牛の脳みそって美味しいって聞いた気がするよ」
「おっさんが前にそんなことを言っていたような……」
魔物によっては素材を余すことなく使い切れる種も存在する。
特にウシ型の魔物は、角は武器に、皮は様々な防具や皮製品に利用され、肉は食用として食べられる。骨などもスープの出汁取りや肥料、防具にも使える。
まぁ、骨で構成された防具を使うような傭兵は少ないが――。
この三人はすっかり逞しくなっていた。
「さて……。そこで見ているお前ら、さっきのを見てもまだ先に行く気か?」
「「「「「「…………」」」」」」
解体を続けながら、ジャーネはさきほどの少年達に声をかける。
一度逃げた後に再び戻ってきたようだが、彼等はジャーネの質問に答えることはできなかった。どう考えてもこの先は自殺行為にしかならないと分かってしまったからだ。
「……やめておく。俺達じゃこっから先は無理だし」
「賢明ね。傭兵という職業は、勇ましい人から死んでいくのよ? 臆病なくらいに慎重で要領の良い人達が高ランクに上がれるの。いい勉強になったでしょ?」
「……ハイ」
「あぁ……レナさん。やっぱり女神だ。俺、俺ぇ……」
「レベルが……鍛え方も足りないね」
「このままだと死ぬな」
「だから言ったじゃないか、無理だって」
草原のデストロイヤーをあっさり倒した実力を目の当たりにして、少年達の甘い考えは見事に吹き飛んだ。
これ以上進めばグレートホーン・バッファローと同等の魔物が出現するかもしれず、ジャーネ達の後を着いて行ったところで足手まといは確実で、無理をして進んでも強い魔物が現れでもすれば逃げ切る自身もない。
小狡い手を使ってマップを作成しようとしたが、危険地帯に踏み込んでいたことにようやく気づき、少年達は蒼ざめた。
ジャーネ達が自分達に気づかなければ忠告もされず、この広大な異空間に踏み込んで死んでいたかもしれないのだ。
「私達はまだ調査があるから先に進むけど、君達はちゃんと戻りなよ? 若手の死亡率が高い商売なんだからね?」
「わかった……。悪かったな、君がそこまで強いとは思えなかったんだ」
「まぁ、近い歳みたいだし、自分の基準で考えちゃうのも仕方がないよね。でも、何事にも例外があると覚えていたほうが良いよ」
「今度からは注意することにする。じゃ、俺達は戻るよ。邪魔して悪かったな」
少年達は来た道を戻っていった。
「根は素直だったな」
「小狡いのと賢いは別だからね。事故が起きなくて幸いだったよ」
「それよりイリス、お肉をインベントリに仕舞ってちょうだい。ダンジョンに消化されたら大損よ?」
「おっと、そうでした」
本日の収穫をさっさと回収し、三人は再び調査のため探索を始めた。
できるだけ魔物との戦闘を避け、手堅くマッピングを行いつつ、以前のダンジョンに見かけなかった魔物を記録していく。
完全に生態系も変わっており、様々な魔物が確認できた。
例をあげればオークやゴブリンの定番や、巨大な蛇のヴェノムバイパー、ビックコボルトなどの森に住む種が増えている。
蜘蛛や蟻などの昆虫型もいるが、コールドワームやアイスローパーなどの寒冷地に生息する魔物までいたのは意外だった。
「こりゃ、階層型に変わるんじゃないか? ダンジョンが変化する話は聞いた事があるが、ここまで大規模だと少し不安になるぞ。変化が終わったあとが怖いな」
「あら? ジャーネも怖いと思うのね。手ごろな狩場が出来て喜ぶかと思っていたわ」
「暴走の危険性もあるだろ。ダンジョンが大きくなるほど管理が難しくなる」
「そんなことになれば、真っ先に被害にあうのは周辺の村やサントールの街よね。ゼロスさんがいるから大丈夫だと思うけど」
「なんであのおっさんの名前がここで出るんだ?」
勿論、以前のアーハンの廃坑を最下層まで進み、見事に生還したからだ。
話では大規模な魔法を使用したということだから、仮に魔物の暴走が起こったとしても何とかなるとレナは思っていた。
もっとも、そんな事態が起これば街以外の被害が凄いことになりそうだが……。
「う~ん……ここまで調査してきたけど、鉱床が見当たらないね」
「それも確かに問題だな。迷宮内で鉱床が見つかれば職人からの採掘依頼が出るし、多くの傭兵がここに来る。アーハンの村も発展するだろう」
「調査が終わるまで無理ね。ホント、どこまで広くなったのかしらね~」
「おじさんに頼んが方が早い気もするけど?」
傭兵は儲からない職業だ。
特に武器の損耗が激しく、修理だけで大半の稼ぎが飛んでいく。
例え念入りに手入れをしていようとも、何度も使用していれば目に見えないところで老朽化していき、いずれは破損してしまうものだ。
命に係わるものなので良い武器を求めるのは当たり前だが、肝心の鉱床が以前に存在していたエリアから完全に消えていたので、今では鉄しか採掘できないでいる。
できればミスリルなどの希少金属の鉱床を探すことも依頼の中に含まれていた。
「確かに、あのおっさんが調査したほうが早いと思うが、やると思うか?」
「そうよねぇ~。基本的にやりたいことしかやらない人だから、よほど気が向かないとギルドの依頼なんて受けないわ。」
「あぁ~……。でも、もしかしたら引き受けてくれるかもよ? だって、武器とか改造するの好きそうだし」
既存の武器を極限まで魔改造してしまうゼロス。
鉱石がなければ自ら出向くほどフットワークが軽いので、鉱床くらい簡単に探し当てる可能性が高い。
そんなゼロスの手掛けた武器――ジャーネの大剣も破格の性能だが、特にイリスの装備なんかは桁外れな性能である。
そして、困った事にゼロスの武器は、質の悪い者達が狙うのに充分な魅力があった。
「鉱床の話はともかく、おじさんが作った武器は、見た目が普通なら誤魔化せると思うんだけどねぇ~」
「イリス……それは楽観しすぎだぞ。使っているところを目撃でもされれば狙われる」
「傭兵って、結構目ざといのよ? イリスの装備はちょっとアレだから、誰も狙ったりしないだけ」
「うっ……。確かに見た目がファンシーで目立つけど、これは元のデザインに問題があるだけで……」
「ゼロスさんが改造して、かなり可愛くなったわよね? あの歳でファンシーな物が大好きなのかしら?」
「あのおっさんも良く分からないよな」
話をしながらも、三人は奥へと進んでいく。
そして、とうとう草原フィールドを抜けて突き当りの谷にまでたどり着いた。
「……谷。これは、下に降りていくことになるのか?」
「地下世界とは思えないわね。これだけの渓谷があるなんて……頭がおかしくなりそう」
「まぁ、それがダンジョンだから。いちいち気にしていたら身が持たないよ」
「「……イリスが逞しい」」
【ソード・アンド・ソーサリス】のダンジョンに慣れたイリスにとって、いまさら驚くようなことではなかった。
だが、ジャーネとレナはこれが本格的なダンジョン探索であり、理解不能な現象そのものの異空間に対して免疫がない。
どうしても地上世界と比べてしまうため、頭では理解していても受け入れられないことがあるようだ。特に地下である筈なのに天井が明るく、ついでに夜も来るのだ。
どんな原理が働いているのか分からず、どうしても不安になり精神が消耗しやすい。異質な存在に対して抵抗があるのである。
「うんうん、これぞ冒険! これがやりたかったんだよね」
「なんでハイテンションなんだ?」
「イリスのこんなところが分からないのよね。ゼロスさんも似たようなところがあるし、時々どこか壊れてるんじゃないかって思う時があるわ」
「酷っ!?」
渓谷には岩肌にも植物が生えており、対岸に伸びた根が橋のように繋がっている場所もある。獲物を求め飛行できる魔物が飛び交っていた。
鳥型の魔物が巨大な昆虫を捕食し、その鳥型や他の魔物を求めて稀にワイヴァーンの姿すら見られる。完璧なまでに生態系が構築されていた。
「ここから向こうへ渡れそう」
「なんの魔物か分からないが、鳥型は厄介だな」
「向こうに渡っている途中で襲われたら、対抗のしようがないわ」
崖から反対の岩棚に蔦や根を伝って渡るのだが、飛行できる魔物に襲われたらひとたまりもない。三人は警戒しつつも蔦を掴み、揺れる足場を慎重に渡っていった。
足場になりそうな岩棚を降り続けると偶然に洞窟を見つけ、たいまつを灯しながら奥へと進むこと二十分、奥から甲高い音が響いてくることに気づいた。
「この音……誰かが採掘をしている?」
「こんな場所にか? ここは未踏エリアだぞ。まさか、ギルドに報告せず侵入しているのか?」
「もしかしたら、他の調査チームかも知れないわよ? 別のルートからここまでたどり着いた可能性も捨てきれないと思うけど……」
廃坑がダンジョンであると確認されてから、調査を終えたエリア以外は傭兵ギルドの職員によって道を封鎖されている。他の調査チームであるならいいが、無許可で侵入しているかもしれない。
傭兵がギルドに登録されている以上、危険と判断されている場所への侵入は規約違反となる。それでも侵入した未踏探査エリアの情報を報告するならマシだが、元よりろくでなしの傭兵が報告の義務を果たすわけがない。
厳罰を恐れこちらに攻撃を仕掛けてくる可能性が高かった。
「どっちだと思う?」
「調査チームか、あるいは無許可侵入か……。まぁ、後者なら初犯の場合、厳重注意されるだけだけどな」
「様子を見て対処を決めましょう。相手が何人いるか分からない状況で踏み込むのは危険よ? ここは慎重に……」
足音一つにさえ気を配り、三人は奥へと慎重に進んでいく。
洞窟の先は開けており、行動でであった時の名残のトロッコやレールがそのまま放置されていた。採掘の音はその先から聞こえてくる。
三人は隠れながら近づいていき、横転してあるトロッコの陰からゆっくり顔を出す。
そこで三人が見た者は――。
「わはははははははははっ♪」
――上機嫌に馬鹿みたいな速度で鶴嘴を振るい採掘している、どこかで見た事のあるおっさんの姿であった。
「「「なんでいるの!?」」」
ツルハシが一回鉱床に打ち付けられ音が出る瞬間に、間髪入れずに数回ツルハシが叩き込まれていた。岩壁が粉砕されていないのが不思議なほどだ。
「ちょ、おっさん! ここは封鎖されているんだぞ。なんでいるんだ!!」
「おんや? ジャーネさんじゃないですか。お勤めご苦労さん」
「ご苦労さんじゃねぇ! ギルドで立ち入り禁止にされている場所に、素知らぬ顔で無断侵入してんじゃねぇよ。迷惑だろ」
「立入禁止? 封鎖……されてたかねぇ? 簡単にここまで来れたんだが……」
「「「簡単? どうやって……」」」
「以前と同じようにピットシューターで最下層まで下りて、下から上がってきただけだけど? 鉄が目的だったが、遠回りしてしまいましたよ」
ジャーネ達は頭を抱えた。
以前、クリスティンを救出にゼロスが利用した落とし穴。その罠が今も残され、浅い階層から最下層まで下りられるとは盲点だった。
これでは傭兵ギルドの職員が見張っていても、容易に下層まで侵入を許してしまう。
「たまに行方不明者が出る原因がそれだったのね。私達もすっかり忘れていたわ」
「……ギルドに報告だな」
「鉄を採掘に来たって言ってたけど、おじさん、また何か作るの?」
「作った後だよ。銃と変形機構を組み込んだゴーレムを作ったら、鉄を全部使い尽くしちゃってねぇ。イサラス王国まで行くのもめんどいし、近場で確保しようとここまで来たわけさ。数もそろったし、そろそろ僕は帰ろうかねぇ」
イリスは『変形機構付きゴーレム? おじさん、それってロボだよね? それよりも銃って……』と内心で思ったが、それ以上聞く事はしなかった。
直感でヤバいと感じたのだ。
このおっさんは趣味の人であり、気分次第で物騒なものを勢いで製作したとしてもおかしくはない。なにしろ【殲滅者】の一人なのだから。
実際にその手の逸話は事欠かない。
「この先はどんなエリアがあるのか、よかったら詳しく教えてくれ」
「ん~……詳しくと言われてもねぇ、適当に進んできたからあまり印象にはないよ。灼熱の溶岩地帯だったかな? なんか、蛇みたいな長い胴体の魔物が地中と溶岩の中を泳いでいたっけ。デカかったよ。フレイムブレスが強力だったなぁ~」
「他には? 今のダンジョンの様子を探るのが私達の仕事なのよ」
「水晶だらけのエリアと、南国風のジャングルエリアしか見てないなぁ~。無駄に寒かったのと、デカい蚊が飛んできて鬱陶しかったねぇ。ピンクのゴリラみたいな魔物が糞を投げてきたっけ……。屁で昆虫型が撃ち落されていたなぁ~」
「それ、どこのハンターゲーム?」
予想以上に廃坑ダンジョンは広大になり、これ以上の探索は自分達では荷が重いとイリス達は悟った。
依頼達成のためとはいえ、ゼロスのように最下層まで落ち再び戻ってくるような真似などできない。レベルがどうこう言う前に、おっさんとの実力差があまりにもかけ離れすぎていた。
仮に同じことをしろと言われたら真っ先に断るだろう。無駄に命を捨てに行くようなものだ。
「帰るか……。これ以上、先に進むのはアタシらには無理そうだ」
「そうね。私も命が惜しいし」
「おじさんは? まだ採掘を続けるの?」
「そうだねぇ~……。切もいいところだし、この辺にしておくか。だいぶインゴットが溜まったし、しばらくは持つでしょ」
「「「また日帰りかよ」」」
その後、イリス達は傭兵ギルドの出張所に報告をしたあと、アーハンの村で一泊してからサントールの街へと戻った。
教会に戻ったあと、おっさんが何を作っているのか気になった三人は興味本位でゼロス宅を覗けば、豚骨スープの研究をしていたという。
本当に何を考えているか分からない人である。