おっさん、エロムラを犠牲にする
イサラス王国軍諜報部所属のエージェントであるザザは、その日サントールの裏街の酒場にて、ある人物を待っていた。
それというのも、いつも仕事である諜報活動を終えて宿に戻ると、いつの間にかテーブルの上に手紙が置かれていたことに気づいた。
宿の従業員に聞いたが誰も手紙を置いた者はなく、従業員に気づかれることなく部屋のテーブルに置いていったと思われ、その手口からかなり訓練された諜報員の仕事だと結論づける。
手紙には『有益な情報がある。指定の酒場まで来てほしい』との言葉と、酒場の場所と時間まで記されていた。
諜報員としてはあやしい誘いだが、自分を始末するための小細工には思えない。
なぜなら、複数の従業員が働いている宿に潜入し、誰にも悟られずに手紙を置いたのだ。暗殺をするつもりならこんな手を使うことはないだろう。
無論、罠の可能性も捨てきれないが、指定された酒場は夕暮れにはかなり賑わう穴場であり、ザザもよく行く見知った場所だった。
『参ったな。これは………俺の行動が見透かされてるぞ』
そして、個人で動く諜報員に他国の諜報員で接触を謀るのは、情報の取引しか考えられない。
ザザはソリステア魔法王国側がどんな情報を求めているのか、そこが気になっていた。
『考えたところで答えはでないか。さて……』
適当な席に座り店員に料理と酒を注文すると、気づかれないように周囲を探りながら接触してくる者を探す。
すると、いかにも酔っ払いらしき風体の男が、千鳥足でこちらに寄ってくる。
「へへ、兄ちゃん。相席してもいいか?」
「あぁ……」
見た限りでは五十代の職人のようだが、酔っているように見えて目が正気だった。
この人物がソリステア側の諜報員で間違いなさそうだと判断する。
「お前ら……随分と俺達の国で動いているようだな」
「……アンタが誰の配下は見当がつく。だが、俺に接触しようとした理由はなんだ? お互いにそんな仲のいい関係じゃねぇだろ」
「せっかちだな。まぁ、互いに信頼できる間柄じゃねぇのは分かるが、そう警戒しなさんな。取引だよ、兄ちゃんも分かってんだろ?」
「こんな手を使ってきたんだ。それ以外にはないだろうとは思っていたが、俺の国は取引できる材料なんて無いぞ。何が目的だ?」
「なぁ~に、そう心配するほどのもんじゃねぇ。むしろおたくらにとってはありがたい話だ。こいつを読んでみな」
「また手紙か……ほぅ………って!?」
それは手紙に見せかけた隣国の調査報告書であった。
隣国――つまりメーティス聖法神国の内情で、政治情勢や軍事情報が事細かに書かれている。イサラス王国側でも調べている案件がいくつも含まれており、その内容は彼らが調査したものよりもはるかに詳細なものであった。
問題は最後に書かれた数行の文面だ。
「おい………こ、これは……」
「おっと、ここでそれを言うなよ? どこで誰が聞いているのか分からねぇ」
「しかし、これは……本気か?」
「俺達のボスは大マジだ」
それは、イサラス王国に対しての武器や補給物資の支援を、ソリステア魔法王国側が受け持つという内容だった。
ソリステア魔法王国にとって、イサラス王国をここまで優遇する必要性はない。
「おたくらの所は、血の気の多いヤツらが五月蠅いんだろ? ここで多少なりとも発散させる必要があるんじゃねぇのか? 今は穏健な連中が有利だが、いつまでも抑えておけるわけじゃねぇよ」
「確かにそうだが、それでアンタらになんのメリットがあるんだ? 普通に考えて損するだけとしか思えん」
「兄ちゃん、頭がちょいと固すぎるぜ? 利益ならあるさ」
ソリステア魔法王国にとって、イサラス王国に貸しを作れるだけでもメリットはある。
何しろ豊富な鉱物資源を採掘できるのだ。ソリステア魔法王国の商人を優遇してくれるだけでも経済的に多大な効果があり、先行投資する価値が充分にあった。
鉱山はいくつかあるが、採掘量は無限というわけではないのだから。
現在メーティス聖法神国は弱体している。北はルーダ・イルルゥ平原から獣人族が現在も攻め込んでおり、その対応に騎士団を派遣したいが、先の戦いと災害の対応でメーティス聖法神国は兵力が足りない。
最大戦力の勇者もまともに戦える者は二人しかおらず、それ以外の戦闘可能な勇者は現在ソリステア魔法王国とアトルム皇国にいる。残された勇者達は戦闘職に向かない者達だ。
イサラス王国が攻め込んだとしても、防衛に廻せる戦力がいないことになる。
ついでに経済が不安定であり、今戦争が起きればメーティス聖法神国は対応できず、ある程度の肥沃な土地を切り取ることができる。この機を逃すわけにはいかない。
ソリステア魔法王国・アトルム皇国・イサラス王国の三国の中で、イサラス王国がもっとも国力が低いのだ。
ソリステア魔法王国としては、宗教国家であるメーティス聖法神国は肥大しすぎたため、今のうちに同盟国の国力増強が望ましいのである。
「いや、しかし……これは俺の一存で決められねぇぞ」
「まだ時間的に余裕はある。その間、親方に繋いでくれればいいさ。こっちはいつでも資材を送れるように整えておく、おたくらが動けねぇ理由は資金不足だからだろ?」
「痛いところを突いてくる。だが……これを信じていいのか? 何か裏があると思われてもおかしくないだろ。なにしろ、アンタの所のボスはあの人だ」
「必要なら、会長より上のお偉いさんと商談する段取りもつけてやるとさ。契約書があれば安心できるだろ?」
今のところソリステア魔法王国とイサラス王国との間では、同盟関係も経済のみに絞られている。それが軍事面でも本格的に盟約を結ということだ。
しかも国王同士との調印を行うことすら計画している。
イサラス王国の血の気の多い連中――戦争推進派は、この盟約を結ぶことを受けるだろう。肥沃な土地を取り戻すのは長年の悲願であるからだ。
「……デカい貸しになりそうだな」
「おっと、購入する土地はほどほどにしておけよ? ウチもおたくらも動ける職人が少ねぇんだ。資材を運搬する経路が長くなると、運搬係が疲れちまうわ」
『軍事力ではお互い弱小だから、欲をかくなと言うことか……。確かに、補給線が伸びるのはマズいな。物資が間に合わなくなるのは痛い』
ザザは最近、イサラス王国がアトルム皇国と軍事同盟を締結させたという話を聞いた。
どちらもメーティス聖法神国に向け、今のうちに攻め込むことを計画しているが、食料などの補給物資が足りず保存食を作ることに躍起になっている。
しかし充分な数が揃えられない。
だが、ここに来てソリステア魔法王国が支援してくれれば、メーティス聖法神国の領土を外周だけだが奪い返すことが可能となる。どの国も目障りな大国には弱体化してほしいと考えていた。
しかし、戦争は王族や貴族にとって名声を高める場でもある。
当初の作戦を無視して逸脱行為をする者は少なからずおり、むやみに領土拡大を狙えば戦力の少ない小国にとって不利になる。軍事同盟を持ちかけてきたソリステア魔法王国側が釘を刺してくるのは当然のことだ。
戦線が拡大すれば、負担が掛るのは食糧支援をするソリステアなのだから。
「了解した。まぁ、うちの社長にも報告はしておく。近い内にお偉いさんから連絡が来ると思う」
「おう。その辺は充分に期待させてもらうさ。俺の話はこれだけだ。じゃ~な、いい交渉ができたぜ」
現れたときと同じように、諜報員の男は千鳥足で酒場を出て行った。
それを確認したザザは、程なくして運ばれてきた料理と酒で腹を満たしたあと、同胞と繋をとるために動き出す。
『しばらくは美味い飯ともおさらば、か……』と呟きながら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ツヴェイトとセレスティーナは、ゆっくりとだが着実に実力を上げてきていた。
レベルも上がったこともあり、実戦訓練でも泥でできたゴーレム程度ではもはや相手にならず、こうなるともう一段難易度を上げる必要がある。
だが、そこは趣味に生きるおっさんで、今まで行っていた訓練に追加するゴーレムを用意していた。
「フッフッフッ、ついに……ついにコイツの出番が来たようだねぇ」
「……師匠。何でそんなに嬉しそうなんだ?」
「私、なんだか凄く嫌な予感がします。先生、いったい何を考えているんですか?」
「君達に相手をしてもらうゴーレムを試行錯誤し、設計段階から見直してようやく形になったんだ。さっそくお披露目しよう。COME ONゴ~~レ~~~ム!!」
ゼロスの背後に円形の黒い空間が広がり、そこから巨大な金属の球体が姿を現す。
膨大な魔力が込められた球体を見て、教え子二人は思わず後ずさった。
「……な、なんだよ。その球体は」
「ゴ、ゴーレムって言いましたよね? 見た限りだと金属の球体にしか見えませんけど」
「ククク……ここからがお楽しみの時間さ。変形!」
どこかの機動兵器で格闘するファイターのように指を鳴らすと、金属の球体に亀裂が無数に走り、各パーツに別れその形状を変化させていた。
ある場所はプレート状のパーツが折りたたまれ、ある場所はジョイント部分を伸ばし、あるいは装甲の内側に収納され、ある場所は武器に変化していく。
二人の目の前で、巨大な金属球は鋼の騎士の姿へと瞬く間に変形したのである。
「「ア、アイアン……ゴーレムっ!?」」
「ノンノン、これはアイゼンリッターさ。昔、趣味仲間と設計はしていたんだけど、コストの悪さから封印していたヤツが……ついに! ついに完成したのだよ!! フハハハハハハッ!!」
【アイゼンリッター】――同名【ナイトゴーレム】。
本来であれば鋼の稼働人形に騎士鎧を着せ、魔力で強引に動かすゴーレムなのだが、このゴーレムは完全自立型だ。
しかも全長四メートルクラスの巨体で、球状形態でも二メートルほどある。
重さにして約二・七トン。骨格や装甲はハニカム構造であり、場所によっては肉抜きをして重量を軽減していた。
両腕に半円形の盾を両腕に装備し、その盾から木製の剣が突き出している。
ズングリした形状であるが、内部に込められた魔力から決して油断できない存在であることが分かる。
はっきり言おう。これは魔力で動くロボであると――。
「やりたい放題だな!」
「これと……本気で戦うんですか?」
「当然だとも。ロックゴーレムも、中にはとんでもなく強いヤツがいるからねぇ。アイゼンリッターに勝てないようでは実戦で直ぐに死んじゃうよ」
「いや、だからってなぁ……」
「ロックゴーレムよりもハードな気が……」
完全武装の鋼の騎士。
巨体であることもさることながら、圧倒的な迫力があった。
「さぁ、かかってきなさい」
「「いやいや、無理でしょ!? 明らかに手に負えないゴーレムだから!!」」
「問答無用。マシ~ン、Go!!」
ゼロスの命令を受け、アイゼンリッター頭部のフルフェイスヘルムを模したスリッドに、二つの光が灯る。
重量とは見合わない軽快な運動性を発揮し、二人に向けて勢いよく走り出した。
「いきなりすぎるだろぉ!?」
「き、きます!」
両腕の盾から生えた木剣をツヴェイトに向けて振り下ろす。
「うおっ!? 速い……」
一瞬だが剣で受け止めようと思ったが相手はゴーレム。
咄嗟にその場から飛び離れると、地面に向けて木剣が突き刺さる。
「こいつ、思った以上に軽快だぞ! セレスティーナ、気をつけろ!!」
「ハイ!」
このゴーレムを動かすだけで余裕がないのか、ゼロスは【マッド・ゴーレム】を参入させていない。ここに攻略の糸口があるとツヴェイトは当たりをつけた。
二人はアイゼンリッターの囲むように別れ、先ずは一撃を加えるべく行動する。
「てぇい!!」
「やぁっ!!」
左右からの挟撃。
しかし、アイゼンリッターはメイスと大剣の攻撃を寮での盾で受け止め、力の方向を殺さずに受け流す。
「嘘だろ!?」
「受け流し……。ゴーレムが剣技を使った!?」
【マッド・ゴーレム】のようにトリッキーではないが、アイゼンリッターは完全人型故の利点が生かされていた。
強固な装甲に高い汎用性。鈍重な見た目にそぐわない機動力と、重量すべてを支え動かす圧倒的な魔力。
攻撃自体は単調だが、人間と同等の機敏な動きで稼働するだけに、戦う側から見ればかなり厄介な存在となっていた。
何しろ疲れを知らないのだ。倒すことを前提に入れるのであれば、数人がかりでパーティーを組み相手をしなくては無理だろう。
「たく………師匠はアレを動かすのに、どれほどの魔石を使ったんだ!」
「普通の魔石じゃ足りな…きゃぁ!?」
上半身を反転させ、アイゼンリッターはセレスティーナを弾き飛ばした。
盾で防いでいなければ気絶したかも知れない衝撃が全身を走る。
だが、幸いにも地面を転がることはなく、なんとか重心を落して倒れるのを防いだ。
「まだまだぁ! ブレードシュ―――――ット!!」
『マッ……』
盾と一体化していると思われた木剣が射出され、二人を襲う。
木剣はチェーンによって繋がれており、巻き取ることで再び装着することが可能な仕様だった。
命令を下したおっさんはノリノリである。
「嘘だろ!?」
「危ない!」
必死で避ける二人は、迫り来る木剣を避けたことでアイゼンリッターの直線上に並んだ。
すると木剣を繋いであるチェーンを伸びきったところでチェーンを掴むと、アイゼンリッターは両腕を交差させ、飛ばした木剣挟み込むかのように操った。
木製の剣が二人に迫る。
「なんだそりゃぁ!! こなくそぉ!!」
「打ち落します!」
ブロードソードとメイスで木剣を叩き落とし、二人はアイゼンリッターとの距離を詰めるように走り出す。
しかし、高速でチェーンが巻き取られ、木剣は再び両腕の盾にドッキング。
「「はぁっ!?」」
『マッ……』
距離を詰めようとしていた二人は、瞬時に武器を取り戻したアイゼンリッターが迎撃態勢を整えたことに気づいたが、この時点で後手に回った。
鈍重な音を響かせ迫るアイゼンリッターに距離を詰められ、二人はあっさりと弾き飛ばされる。
「きゃぁ~~~~~~っ!?」
「うおぁ~~~~~~~っ!!」
教え子二人が宙を舞う。
咄嗟に防御魔法を発動させたようで、二人には大してダメージはないようだ。
もっとも、これは訓練なのでアイゼンリッターの攻撃時における出力は最低に抑えてある。本気で攻撃を加えれば防御魔法など簡単に粉砕できるからだ。
いや、正確には関節部などの負荷に耐えることができず、自身パワーによって自壊する可能性が高いため、最低出力に抑えてあると言った方が正解だろう。
人型機械というのは汎用性が高いと同時に、最もバランスが難しい形態なのだ。生物のような柔軟性がある筋肉でないため、負荷が溜まりやすいという欠点がある。
腕を振るうだけでもかなりの負荷が掛かるものなのだ。
「………おっさん。なに人型兵器なんて作ってんだ? ありゃ、どう見てもロボだろ」
「おや、エロムラ君。いつ来たんだい?」
「今だ。さっき、窓から様子が見えたから心配になってきたんだ。同志にケガでもされたら、俺の責任になりかねねぇし……」
「そう言えば君、ツヴェイト君の護衛だったっけ。よく見たら、いつの間にかアンズさんもいるし……」
「あっ、ほんとだ……。ゼロスさん、よく気づいたな?」
芝生の上で無表情のまま、もの凄い勢いで女性下着を縫っているアンズ。
精密機械も真っ青の超高速な裁縫技術だった。
「まさかとは思うが、世界征服でも企んでんのか?」
「ハァ~イ、ジョォ~ジィ。君は、いつから夢を忘れたつまらない人間になっちまったんだい?」
「誰がジョージだ!」
「Oh~、ジョ~ジィ~。人はロマンを求めて生きる生き物さ。女体の神秘を求めて女湯を覗いた君の熱い魂は、いったいどこへ捨てて来ちまったんだい? 僕は悲しいよ」
「だから、誰がジョージだよ! あと、どっかの殺人ピエロのような言い回しはやめてくれ。俺、殺されんの!?」
「ロマンを求める心があり、さらに叶えられる技術もある。試してみてもいいじゃないか。男にはいくつも夢見たロマンがあるもんさ。例えばロボの搭乗者、あるいは戦艦の艦長。戦闘機のパイロットやパワードスーツ、刀を振り回す剣に人生を捧げたのサムライや忠義に生きる騎士。子供のころから変わることのない永遠の夢じゃないか。君だって異性の裸体を求めて覗きをしたんだろぉ~? それが犯罪であると分かっていても、止められないのが情熱ってもんさ」
「うっ……て、今気づいたけど、女湯を覗いたこと何で知ってんだよ!」
覗きのことはツヴェイトから聞いた。
それはともかく、おっさんの語りは止まることがない。
「名刀に魅入られ辻斬りをする旗本のように、僕もロマンを追い求めることが止められなかったんだよ。ゴーレムが兵器? だから何だっていうんだ! 【ソード・アンド・ソーサリス】では規制が掛かって作れなかったものが、今じゃ思うがまま作れるんだ。何より、時代は創作する者達によって絶えず変化している。影響が大きいか小さいかだけの問題で、作ること自体は間違いではない! それに僕は量産する気はないさ。そっちはやりたい奴がやればいい」
「確かに……自己満足のためだけならいい、のか?」
「だいいち、人型兵器が何の役に立つ。汎用性の高さだけで、せいぜい荷物運びか災害救助しか使いようがないと思うね。二足歩行の鈍重なロボなんていい的だろ?」
「いや、あれを見ていると、そうは思えないけど……」
「穴を掘って泥水でも流し込んでおけば、重さで勝手に沈んでいくよ。それに、兵器として使えるのは最初の内だけだねぇ。コストが悪いし整備にも大勢の人手がいる。専門職がいないこの世界で、絶えず戦闘可能状態を維持するのにどれだけのお金が掛かると思っているんだい? それなら銃でも作った方がマシさ」
「まぁ、普通に考えても巨大ロボなんて簡単に整備はできないよな。フレームや武器、電子装備の専門職など限りがないし」
おっさんはかなり無茶な論理を言っているのだが、エロムラも迫力に押され気味で深く考えることができなくなっていた。
総合すると、『作れるんだから、別に作ったっていいじゃないか。もう作っちゃったけどね』と、自己中心的な考えだということに気づいていない。
後先の事など考えていないことが分かるはずである。
「なぁ~、ジョ~ジィ~。君は動かしてみたいと思わないのかい? 巨大ロボは無理でも、パワードスーツ的なものなら構わなじゃないか。君は憧れないかい? 鋼の機体を操り、戦場を駆け抜ける戦士というものにさぁ~?」
「ま、まぁ、俺も男だし、あるなら一度くらい乗ってみたいな……」
「じゃぁ乗ろうぜ! 僕は、ロマンのためなら龍王すら素材にする覚悟がある!」
「龍王って、レイドボスじゃねぇか!?」
『バァ~~ン!!』という擬音が出てきそうなポーズを取りながら、おっさんはとんでもないことを言った。言葉通りならパワードスーツがあるのだ。
そして丁度この時、ツヴェイト達教え子二人は打つ手がなくアイゼンリッターに追い回されていた。
「君が乗るのは、コレだぁ!!」
再び響く鈍重な音と共に、虚空から骨組みだけの作業ロボットらしきものが姿を現す。
体を固定するシートとわずかな装甲がついているだけで、とても戦場で使えそうな装備には見えない。
使用者を固定する輪が人型に合わせて並び、そこに腕や足を通すことで四肢に動きを伝える。モーショントレースをダイレクトで行うパワードスーツである。
しいて挙げるなら、宇宙船内で暴れまわる地球外生命体にタイマンを張る作業機械が近いだろう。パワーアシスト専用のいかにも武骨な機械であった。
「コレ……未完成だろ。それに、乗るというより装着が正しい気がする」
「完成しているとは言ってない。姿勢制御システムなんてないから、搭乗者のバランス感覚で動かすしかないね。アイゼンリッターとは違って外骨格だから、装甲がないとただの骨組みでしかないさ。けど、一応は動くよ?」
「土木作業とかでなら使えそうだな……。まぁ、せっかくだし使ってみるか」
「あっ、始動キーは左手のグリップの上に付いているから」
エロムラは椀部と足部に手足を通し、シートに背を固定すると動力を始動させる。
マニュピレーターは人型のような五本指でなく二本のクローで、ハンドグリップのスイッチを指二本で操作する仕様だ。掴むというより挟むという表現が正しい。
「魔力発電機は正常に動いたねぇ」
「見る者の視覚的効果すら考慮してねぇ……。汎用作業機械にしても、これじゃ不器用だと思うなぁ~」
「まぁ、試作機だし~歩かせるだけで精いっぱいだねぇ~」
「ゼロスさん、やりたい放題だな……。んじゃ、その一歩を踏み出してみますか」
エロムラは自分の足を動かすように、ゆっくりと最初の一歩を踏み出したつもりだった。
しかし、魔力発電機の出力が予想外に高かったのか、あるいはエロムラが思ったよりも試作機の操作がシビアだったのかは分からないが、パワードスーツは勢いよく走りだした。
「のぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
人のわずかな動きを魔力と機械で増幅され、軽く右足を踏み出したつもりの一歩で勢いがつき、操縦者の意思を無視して跳ね回るかのように暴走していた。
止めようとして踏ん張れば跳ね上がり、着地しても足が止まらずそのまま加速。エロムラ君はもはやパニック状態だった。
「きゃぁ!?」
「なっ、なんだぁ!?」
『マッ!?』
実践訓練中のツヴェイト達の下へと乱入した。
「こここ、こなくそっ!」
再び高く飛び跳ねた試作機。
ここでエロムラの直感は、自身の足を動かすことをやめ、自然落下による着地を試みた。
だが、着地の衝撃でわずかに上半身を捻ったことが仇となる。
「ぽぎゃぁああああああああああああっ!!」
搭乗者の動きをダイレクトに機体へ伝えるモーショントレースは、増幅されたパワーによって過敏に反応し、搭乗者であるエロムラに負荷となって返ってきた。
結果、エロムラのわずかな動きが機体の上半身を勢いよく捻らせ、『ゴキン』と鳴ってはならない音が響く。
痛みで反り返れば試作機がまたも過剰に反応し、哀れな生贄――もとい被害者であるエロムラの体を容赦なく痛めつける。
それは、まるで激しいダンスを踊っているかのようであった。
「……オタ芸。エロムラ君は余裕があるなぁ~」
「いや……アレはヤバいだろ。止められないのか? 師匠……」
さすがに訓練は中断になった。
「無理。あの状態で近づくのは危険だよ」
「あの……先生。ゴーレムもなぜか傍で踊っていますが?」
「対抗心でも燃やしたのかな? アイゼンリッターに感情があるのか分からんけど……」
アイドルや人気声優のおっかけのように、鋼の人型機械は並んでダンシング。
その間も『ポキン、コキャ!』という音が響いてくる。
やがて、エロムラ君が気絶したことで試作機の動きが止まり、ゼロスが駆け寄って彼の様子を見る。
「エロムラ君は……あっ、生きてる」
「変な音が響いていたが、大丈夫か?」
「骨折すらしてないようだ。さすが高レベル者、頑丈だねぇ~」
「先生……酷い」
普段使われていない筋肉や体の硬さを無理やり矯正させられ、不憫な被害者は泡を吹いて気絶中。常人であれば全身骨折で死んでいたことだろう。
そんなエロムラ君の下へ、先ほどまで女性下着の製作に明け暮れていたアンズが近寄ると、無言のまま彼の頭部――顔面にパンティーを被せ両手を合わせ祈った。
安らかに成仏してくれと言わんばかりに――。
「……エロムラは死んだ。男のロマンに殉じて……。だが、そこに一片の悔いはないであろう。なぜなら、彼の溢れる情熱の根源であるパンティーを被ることができたのだから。下ネタの神の慈悲があらんことを……メンマ~」
「もしもし、アンズさん? 君は、誰に向けてナレーションしてるんですかねぇ? それと、メンマでなくアーメンね。今、ラーメンが食べたいんですかい?」
「エロマンガさんは……これで無事に昇天するのでしょうか?」
「彼ならあるいは……」
「いや、死んでねぇからな!? まぁ、満足するかもしれんが……。いやいや、それよりも救護してやれよ!」
誰もがエロムラが昇天すると思う中で、常識人はツヴェイトだけだった。
その後、何とか介抱されて復活するエロムラであったが、暴走ダンシングの最中に頭部でもぶつけたのか、この時の記憶をなくしていた。
ただ、ゴーレムを見ると訳もなく震えだすようになったという――。