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おっさん、教え子の一面を知る


 地下都市イーサ・ランテから帰宅し以降、セレスティーナとツヴェイトの二人はクレストンの住む別邸で、午前中はゼロスから戦闘訓練の指導を受け、午後になって魔導錬成の手ほどきを受けていた。

 時間は既に夕暮れ時である。

 ゼロスから指導を受けているセレスティーナとツヴェイトは、錬成台という特殊な魔導具を本格的に使う授業を受けていたが、あまりの難解さに四苦八苦していた。


「くそ、複数の工程をやろうとすると、途端に操作が難しくなりやがる」

「金属の形を変えるだけなのに、かなり集中力が必要になります。消費する魔力にも気をつけないと……」


 錬成台は【分解】、【抽出】、【結合】、【形成】、【術式転写】などなど、様々な工程をこれ一台で行える錬金術師の必須機材だが、その制御は使用者の魔力制御能力に依存していた。

 ゼロスの持つ【魔導錬成シート】のような特殊アイテムではなく、この世界にある錬成台を使用しているのだが、細かい作業が術者自身の技量に左右されるので一般の魔導士達には使い勝手が悪い。

 だが、錬成するイメージを魔力制御に乗せて稼働させるので、使用者の魔力制御能力を上げるにはもってこいの訓練道具でもあった。

 完璧に使いこなせれば一流と言えるだろう。

 もっとも、ゼロスが家庭教師を始めた頃は、ツヴェイトやセレスティーナは魔力制御が拙く、魔力保有量も少なかったので錬成台を使用できなかった。

 スキルとしての【魔力制御】を覚えたてであったため、少し稼働させただけでも魔力切れを引き起こしてしまうので訓練には使えなかった。今は二人も錬成台を使用できる魔力を持ったことを考えると、魔力を高める訓練を休むことなく続けていたのだろう。

 それでもギリギリ及第点だが――。

 ちなみにその訓練とは、魔法を使用し続け意図的に魔力枯渇させ、自然回復させるという荒行だ。

 魔力枯渇は精神にかなり負担が掛るので、錬成台が使用できるまで成長したことになるので、見方を変えれば二人の努力が実ったことになる。


「ふむ……こんなものか」

「お兄様……それ、凄く可愛いです」


 意外に器用なツヴェイトは、ゼロスの提供したミスリルと宝石を使い、花をかたどったブローチを制作した。

 対してセレスティーナは不器用で、何だかよく分からない金属の塊が錬成台の上に転がっている。この時点でツヴェイトは魔力制御能力が人より高いことが示された。


「意外だねぇ。ツヴェイト君にこんな才能があるとは」

「いや、俺は小遣い稼ぎに彫金加工でこうした小物を作り売っているからな。イメージするのは楽なんだ。まぁ、半分は趣味だが」

「趣味が彫金なのか。なるほど、ドワーフの職人が見たら弟子に欲しがるかな」

「やめてくれよ。奴等にバレたら、拉致されたうえに延々と何かを作らされるだろ……」

「確かに……。ドワーフの種族特性を良く知ってたか」


 ドワーフを例に出したら、凄く嫌な顔をされた。

 もしかしたらドワーフ達との間でなにかあったのかも知れない。


「でも、凄く綺麗にできています。それに比べて……」

「お前のは酷ぇな……」

「うぅ……」

「イメージはあっても、それを形にすることができていない。魔力制御はできているはずなのに、不思議だねぇ」


 魔力制御はできているのに、金属イメージ通りに形成することができていない。

 能力的には充分に可能なレベルであるはずのセレスティーナは、予想以上に不器用なようで、これにはゼロスも意外だった。


「彫金というアドバンテージがあったからなのか、それともたんに不器用なのか……。何度か試してみないと判別がつかないかな」

「いや、形を変える程度なら簡単だろ。こんなの……ほら」


 セレスティーナの使う錬成台に手を当て、転がっている金属塊を加工するツヴェイト。

 金属は生き物のように蠢き、やがて百合のような花を模ったブローチが完成した。

 一度コツを掴んだツヴェイトは、加工する速度が驚くほど早い。


「これは、彫金加工の経験が生かされているねぇ。金属の特性を熟知しているから、加工速度に表れているとみた。これなら、近い内に魔法術式を魔石や加工した製品に刻めるようになるだろう」

「魔法術式か……かなり細かくて面倒だぞ? 彫金でもかなり手間が掛る。作ったことがあるから分かるが、ファイアーの魔法を組み込むだけでも一ヶ月は掛ったな」

「手作りで魔導具を作っているのかい? それは凄いな」

「簡単なものだけど、以前から手がけていた。魔導術式をルーペで覗きながら刻む作業には骨が折れる。地味にキツイ作業なんだ」


 意外な才能だった。

 これで中級魔法の術式を魔石に刻めれば、自力で魔導具を大量に保有できる。

 アイテムバックがあれば、魔力の消費を魔導具でカバーできるようになる。敵対する側には厄介な魔導士になるだろう。


「魔石の圧縮加工は昨日試しただろ? 魔石内の魔力含有量が増えれば、それだけ強力な魔導術式が刻み込める。一回限りの使い捨てだけど複数所持していれば、戦場での魔力消費はある程度抑えられるだろうね」

「師匠……言うのは簡単だが、魔導具一つ作るだけでも相当の手間だぞ? 魔導術式が転写できない俺だと、数を揃えるだけでもかなりの時間が必要になる」

「まぁ、クロイサス君の得意分野になるよねぇ~。そう言えば真っ先に僕の所に来ると思ったんだけど、全然姿を見せないなぁ~」

「工房の方に顔を出しているようだな。もしかしたら親父に面倒事を押し付けられたかもしれない。今朝方に聞いたが、あのクロイサスが一言も口にしないところを見ると、この予想は当たっているだろう」


 魔法や錬金術に関する知識に対して、どうしようもないほど執着するクロイサスが顔を見せないことに対して、ゼロスは疑問に思っていた。

 その疑問に答えたのは、同じ屋敷に住むツヴェイトだった。


「いくら優秀でも、そこまでさせるかね……。公爵家の次男坊とはいえ、学院生にやらせるような仕事なんてないでしょ」

「あの親父だぞ? 常識なんて蹴り飛ばして無茶を言い出すのはいつものことだ。極秘の研究をやらせていたとしても俺は驚かないな」

「なるほど……」


 必要なら常識を簡単に無視するような、ぶっ飛んだ公爵だ。ゼロスもツヴェイトの予測は当たっているように思えてきた。

ここ数日、アドの姿も確認していないことから、かなりハードな仕事をさせられている可能性も否定できない。何しろ、ソリステア派の工房にはドワーフもいるのだ。

 仕事に情熱どころか命まで燃やす彼らに、アドが巻き込まれている可能性も充分に考えられた。


「ところで、セレスティーナさんは何を作っているんです?」

「つーか、デカいスライムの内側に取り込まれた被害者のような、その不気味なオブジェはなんなんだ?」

「えっ? その……金属を別の形に形成するのが難しくて……。イメージはあるのですけど、その形にうまく変形しないんです。お兄様の作品を真似ているんですけど……」

「マジかよ!? 何をどうやったら、そんな奇っ怪な形状になるんだ……」

『僕はてっきり、ホラー系のスプラッタフィギュアを金属で製作しているのかと思ってた。不器用にしたって、なぜこんな形に?』


 錬成台の上で蠢く金属、その形が実に酷い。

 まるで超強酸性の液体を浴びせられた被害者か、あるいは地獄を描いた宗教画の中の業火に焼かれ苦しむ罪人か、はたまた焼身自殺最中の自殺者か。

 狙ってやったわけではないのに、その形状はあまりにおぞましい。動く金属が実に生々しかった。

ツヴェイトが作ったブローチを手本にしたはずなのに、彼女の作品に共通点がどこにも見受けられず、眺めているだけでSAN値がガリガリと削られるほど酷い。

 セレスティーナはマイナス方面で才能があったようである。


『『……偶然にしても、これは酷すぎるだろ』』


 気のせいか、名状しがたい不気味なオーラが湧き出しているように感じる。

 思わず、「「これ、もしかしたら邪神を生け贄なしで召喚できんじゃね?」」と思えるほどだった。


「先生、お兄様!? ひ、酷い……」

「「あっ……口に出してた?」」

「確かに、見た目的には多少歪ですけど、そこまで酷くはありません! それに、良く見ると少し可愛い気も……」

「……多少どころじゃねぇだろ。どんなイメージをしたら、こんな不気味なものが作れんだよ」

『可愛いって……これが? セレスティーナさんの感性が分からん。一発でル●イエを浮上できそうな、暗黒のフォースを感じるんですが……ねぇ』


 錬成台の上でのたうちまわる金属。

 蠢く金属が妙に人型に近い形状をしているため、『もうやめてあげてぇ!!』と言いたくなるほどの責め苦を受けているように見えてしまう。

ゼロスが実戦訓練で使っていた【泥人形マッド・ゴーレム】よりも動きが気持ち悪い。


「……あっ、魔力が」

「なんで錬成台を作動させたままなんだ。話すときぐらい魔力流すのを止めろ」

「も、もっと……精密な操作ができるようになりたいんです。ハァハァ……」

「とりあえず、マナポーションで回復を。今日はもう続けることはやめた方がいい」


 一般人よりは多くなったセレスティーナの魔力は、錬成台の操作で殆ど消費されてしまったようだ。夢中になるのはいいがペース配分を考えてほしいとおっさんは思う。

 マナポーションを飲んだことで、魔力枯渇の少し症状が楽になったセレスティーナ。


「思ったより、魔力を消費する時間が早かったです……」

「錬成台の術式は複雑だからねぇ。加工は、一つの工程を行うより複雑な作業ほど魔力消費は高くなる。使いこなせるようになるまでの効率が悪いんだよねぇ。数をこなさないと技量が上がらず、失敗で素材を使い潰すことも不人気な理由さ。特に素材を買い集めるだけでも大赤字だ」

「ついでに持ち運びに不便だしな。小型のものでも重量がかなりある。しかも値段が馬鹿みたいに高けぇ……」

「過去の遺物をそのままコピーしたものだし、術式を刻んだプレートの層も二重や三重はくだらない。製作するのにもコストがねぇ……。積層型魔法陣の応用だけど、金属だから重量はかなりのものになるのは当然だねぇ。魔力伝導率の高い素材をふんだんに使用しているから値が張るのも理由の一つだ」


 需要が低く値段が高い錬成台。

 多くの魔導士達が無用の長物と言うこの魔導具は、実は魔導士としての技量を上げるのに格好の道具だと知る者は少ない。

そして、旧時代の遺跡や廃嫡した貴族の館などに必ず残されている不遇のアイテムだった。現在はアンティーク家具程度の価値しかないのである。


「あの、マナポーションを飲みながら作業をすればいいのではないですか?」

「自然回復するならともかく、魔法薬で回復し続けるのは健康に悪いよ。一応は薬物だしねぇ、副作用で体にどんな影響がでるか分からない。危険な行為だね。依存症にでもなったら大変だよぉ~?」

「まぁ、魔法薬はあくまでも緊急時に使うものだしな。服用し続けるにも限度があるか」

「お腹がタプンタプンになっちゃいますね」


 良く勘違いされているが、マナポーションは魔力枯渇状態を防ぐための常備薬だ。

 傭兵などの所属する魔導士が、無駄に魔法を放った後に必ず服用していることがあるが、現実として見るならかなり危険な行為だ。

 あくまでも倦怠感を取り除くための薬であり、魔力を供給させるためのものではない。

 また、制作する魔導士によって素材や品質に差があり、場合によっては成分そのものが根幹から異なることもある。

 成分によっては多量に摂取することで毒物になることもあるので、過剰な服用は問題視されるべきなのだが、この問題を理解している者が少なかった。


「魔法薬に頼る前に、先ずは自身を鍛えることが重要だと僕は思うねぇ。保有魔力を多くしたいなら魔法を使い続ければいいし、近接戦闘で有利になりたければ素振りなど鍛錬をやればいいんだ。安易に薬物を頼るなど愚行だよ」

レベルを上げるだけじゃ駄目か。地道な努力は裏切らないって事なんだな」

「下級のマナポーションは、訓練のときの一次的な応急処置として使うと思った方がいいですね。魔力が枯渇した状態だと授業になりませんし」

「ガバガバと飲むのはお勧めししないけど、こればかりは個人の判断に任せるしかない。君達が気をつけてくれればいいよ」


 魔法薬という薬物に関して、使用者に注意勧告ができるような権限はゼロスにない。

 他人がどうなろうが知ったことではないが、少なくとも弟子二人には危険性を知って注意してくれれば良かった。

規制という概念が緩いこの世界で、安全性を規定するような法律を作るのは権力者の仕事である。面倒事はどこまでも他人任せだった。


『大変です! 玄関でアド殿が倒れてぇ!?』

『誰か、医者を…あっ、まだ意識があるぞ!!』


 授業もそろそろ終わりに近づいた頃、部屋の外が突然に騒がしくなった。


「……なんだ? 騒がしいぞ」

「なんでしょうね?」

「話を聞く限りだと、アド君が倒れたということらしい。かなりハードな仕事をしているようだねぇ」

「誰だ? それ……」

「最近、この屋敷で雇った魔導士の方です。お父様の仕事を手伝っているという話でしたが……。先生のお弟子さんと聞きましたよ?」

「師匠の弟子? そんなヤツがここにいたのか!?」


 この別邸に住んでいるセレスティーナはアドのことを知っていたが、ツヴェイトは初耳であった。

 それよりもゼロスが自分達以外に弟子がいたことの方が驚きだった。


「弟子というか、遊び仲間でもあるかな。いろいろとやらかしましたよ。二人でね」

「なるほど、ヤバい方の弟子だったか……」

「奥さんもこの屋敷にいますよ? お兄様……。ただ、子育てが忙しいみたいで、あまり話す機会はありませんが」

「メイドとしてアド君の仲間も働いているかな。イサラス王国側の国賓でもあるから、客として受け入れてくれたんだよねぇ。現在は工房でいろいろと協力しているらしい」

「つまり、魔導士として優秀ってことだな。工房ってソリステア派のだろ? あの親父がその辺にいる部外者を引き入れるとは思えねぇし」

「ツヴェイト君も鋭いねぇ。さて、そろそろ時間だし、授業はこの辺で終わりにしておこう。明日は早朝から実戦訓練をするから、体をしっかり休めておくように」


 資料として見ていた本を閉じ、三人は使用していた道具類を片付け始めた。

 その間にも、騒がし声は響き渡っている。

 荷物をインベントリに放り込んで部屋を出ようかと思ったとき、ノックと共にリサが「失礼します」と言って部屋に入ってきた。


「おや、リサさん。どうしたの?」

「ゼロスさん、すみませんが精力剤なんて持っていませんか? その、アドさんが重度の疲労で倒れてしまって……」

「あるよ。ちょっと待って……チャラララァ~ン、超強力精力剤【ドクト・ムッハー・マキシマムボンバーⅧ】ぉ~!!」


 どこかの青いロボットのように取り出した精力剤。

 気のせいか、小さな小瓶から異様な気配が漂っていた。


「な、なんですか、そのネーミング……。凄く、あやしいですよ!」

「へっ、コイツは効くぜぇ~。一回飲むだけで、直ぐにハイになれるグレ~トなヤツさぁ」

「それ、本当に精力剤なんですよね!? なんか、違法な薬ではないですよねぇ!?」

「…………大丈夫だ。問題ない」

「その間はなんですか!?」


 おっさんの持ち出したアイテムは、凄く胡散臭かった。


「疲労も理性も一発でぶっ飛ぶ、サイケでヒップな凄ぇ精力剤さぁ~。カノンのレシピを僕なりにアレンジしたもので、24時間もあれば事件を解決できるほどのやる気を引き出せる。アド君もかなり疲労しているって話だし、とびっきり強力なヤツを使った方がいいでしょ」

「本当に大丈夫なのか疑わしいけど、背に腹は替えられないですし……。とりあえず使ってみます」

「早く持っていった方がいいよ。大の男を部屋に運ぶなんて労力の無駄でしょ? アド君には自力で部屋に戻ってもらおう。迷惑だしねぇ」

「ゼロスさん、酷い!? でも、ありがとうございます。では……」


 リサはパタパタと走りながら急いで部屋を後にした。

 そんな彼女を見送ったゼロスは、『ニヤリ』と不気味な笑みを浮かべる。


「ククク……アレはまだ、誰にも試したことがないんだよねぇ~。どんな効果が出るのか楽しみだ」

「「……酷い」」


 弟子二人の視線が冷たい。

 程なくして、『ユイィ!! 俺は、もう辛抱たまらん!! 二人目をつくるぞぉ!!』とか、『トシ君、どうし……きゃぁ~~~っ♡』とか聞こえた。

 ゼロスの精力剤はそっち方面で効果は絶大のようで、ある意味、【恋愛症候群】並みの暴走状態を引き起こしたようである。

 ドワーフ達のせいでユイの元に帰れなかったアドは、精力剤の効果でかなり頑張ったようで、翌朝はイチャイチャとストロベリーな空気を放出していたとか――。

 何にしても夫婦円満で仲のよろしいことである。



  ◇ ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 家庭教師も終えて帰宅してみれば、アルフィアとイリス、そしてジャーネの姿があった。

 基本的にゼロスは家の鍵は開けてあり、知り合いはいつも勝手に家に入ってはお茶や食事をしていることが多い。

 ただ、そこにはもう一人見慣れない人物の姿があった。

 いや、正確にはパンダのパジャマ姿で床に寝そべり、ふかふかの枕に顔を埋めたまま爆睡している女性だ。


「………ジャーネさん。一つ聞きたいんだけど」

「アタシに答えられることならな」

「この人、誰です?」

「アルフィアに聞いてくれ。アタシも知らん」


 ゼロスはアルフィアに視線を向けると、ホットドッグを暢気にパクついていたゴスロリ女神は視線に気づいたのか、食べることを中断し『ふぅ~』と溜息を吐く。


「そやつはガイアネス。まぁ、四神の一柱だった者と言うべきかのぅ」

「「「はぁっ、四神!?」」」


 突然の爆弾発言に三人もビックリ。

 ゼロスとイリスには憎い相手だが、この世界の住民であるジャーネには至高の存在と言える女神を、まさか邪神が連れてくるとは思わなかった。

 

「ちょ、何でそんなヤツが家にいるんです? 僕は聞いていませんよぉ!?」

「昨日拾ったからのぅ。事象を調べたところ、年がら年中何も食わず寝ているやつじゃし、害もないから放置で良かろう?」

「いやいや、なんでここの連れてくるかねぇ!? 元にいたところに捨ててきなさい!」

「そうしたいのじゃが、枕と布団をくれてやったら懐かれて、我も正直困っておる」

「僕の所に連れてこられても困るんですけどぉ!?」

「基本は馬鹿じゃし、寝ること以外は何もしない穀潰しじゃから、別に無視しても構わんぞ? 帰ってくるときも殆ど寝ておったからな」


【大地の女神】で四神教の中核の一柱であるガイアネス。

 豊穣の女神と言われているが、その姿を確認できたことは歴史的に無く、謎の存在だった。

 聖女がいても神託をすることなく、森や大地を潤す神ともいわれているが、砂漠化した南方大陸を癒すこともない。

 教義では見守る存在などとも言われ、中庸的な存在という位置づけにいる神だが、まさか民家の床で暢気に寝ているなどとは誰も思わないだろう。

 しかもパジャマ姿で――。


「アルフィアさん? 君、コレをどうするの? 僕は面倒見ませんよ」

「部屋が余っておるのだから、適当なところに放り込んでおけば良いじゃろ。怠惰なヤツじゃからのぅ」

「だからって、なんでウチに連れてくるんですかねぇ!?」

「一応、教会にも連れて行ったのじゃが……礼拝堂で寝て邪魔だと言われたのだ。こやつ、凄く寝相が悪くて……」

「どうしようもなく役立たずなワケですね?」

「……うむ」


 困ったことになった。

 アルフィアの復活は秘密のはずなのに、当の本人が暴露ネタを運んできていた。

 しかも、四神の一柱。

 世間にバレたら大騒ぎになることは確定であり、気を遣って秘密にしていたゼロスの配慮は全て無駄となっていた。特にこの場にジャーネがいることが問題だ。

 イリスはゼロスと同類なので、話せば協力してくれる可能性の方が高い。しかしジャーネがアルフィアに関する真実を知った場合、どう考えてもパニックを起こすだろう。

 何しろ天上の存在が目の前に二人存在するのだ。


『………更に困ったことに、ジャーネさんが混乱するところを僕は見てみたい。と言うか、この状況ではもう、話すしか手がないんだよねぇ』


 ジャーネはガイアネスを驚愕のまま硬直しており、イリスはおそらく全てを察したのか、ゼロスに冷ややかな視線を送っていた。

 コレはもう完全にバレている。


「……おじさん。前々からあやしいとは思ってたけど、アルフィアって邪神でしょ」

「やっぱ、バレちゃうよねぇ~。そう、かつて世界を滅ぼしかけ、勇者に封印された邪神と呼ばれる存在……。それが、このゴスロリ暴食神です!」

「誰がゴスロリ暴食神じゃぁ!!」

「まったく……しかもどこで拾ってきたのか、四神の一柱ですとぉ! 大事なことなのでもう一度言いますが、邪魔だから元の場所に捨てて念入りに封印してきなさい。ウチには面倒を見られるような余裕なんてありませんよ」

「いや、犬や猫じゃないんだから、捨ててこいというのは……。まぁ、おじさんの気持ちも分かるけど」


 なまじ人型をした女神なので、『捨ててこい』というゼロスの言葉に少し抵抗があったイリス。だが誰にも聞こえてなどいない。

 アルフィアはイリスのツッコミを無視して話を続ける。


「捨ててもなぜか我の直ぐ傍にいるのじゃ! 我も辟易しておる……。何度も巻いたのに無駄であった。いったいどうなっておるのだ。こやつは……」

「僕が知るわけないでしょ。テイムでもしたんじゃないんですかねぇ?」

「取引はしたが、契約をしたわけではないぞ! その場での口約束じゃったわ!! そのあと我を惰眠のパジャマ神などと崇め始めおって、鬱陶しかったので原生林のど真ん中に念入りに縛り付け放置してきたのに、気がつけば我の背後で寝ておるのじゃ~~っ!! 【風】のヤツは簡単に封印できたのに……」

「「「えっ!?」」」


 更なる爆弾が投下された。

 アルフィアはガイアネスの前にもウィンディアに接触し、既に倒していた。

 ゼロスには初耳である。


「なぁ、おっさん……。アルフィアは、マジで邪神なのか?」

「まぁ、ここまで来たら隠しても仕方がないねぇ。そう、世界を崩壊寸前にまで破壊し尽した邪神が彼女ですよ。その原因は創世神とそこの四神だけどねぇ」

「いや、本当にマジだったのか!? アタシにはそんな化け物には見えないんだが……」

「ふっふっふ、プリチーじゃろ?」


 ニッコリ微笑んでその場でくるりと回るアルフィア。

 回転でスカートが翻り、年相応の可愛らしさをアピール。


「おじさん……アルフィアちゃんが凄くあざといよ。どんな教育をしたの?」

「教育する必要があると思いますか……って、おや?」


 話の最中に玄関のドアが開き、何やら深刻そうな表情のレナが挨拶もなく家の中へと入って来ると無言で椅子に座り、テーブルの上で手を組み彼女は重苦しい溜息を深く吐いた。

 そして――。


「ハァ……。私、もしかしたらデキちゃったかも知れないわ」


 ――本日最後にして最大の爆弾を投下した。


「「「「なぁあぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」」」」


 レナのカミングアウトは、アルフィアが邪神であるという話や四神の一柱を連れ来たことよりもインパクトがあり、場を思いっきり混乱に落した。

 仮に事実とするならば、相手は成人を迎えたばかりの青少年だからだ。


「う~む、僕は薄々そんなことになる気はしていたが……。いや、今までそんな状況にならなかった方がおかしいのか?」

「誰だ! 誰の子なんだ、レナぁああああああああぁぁぁぁぁっ!?」

「心当たりが多すぎて、誰の子かだなんて分からないわ。まぁ、確定じゃないけど」

「なんで!? レナさん、嘘だよね!? 私達のパーティー、解散の危機!?」

「もしかしたら、月に一度のものが遅れているだけかもね。でも、万が一のときは覚悟を決めてほしいわ。ハァ~……」

「「「避妊、してねぇ―のかよ!!」」」

「するわけないでしょ。それは、私のダーリン達に対して失礼よ。だいたい、避妊用のアレが牛や豚の腸なのよ? そんなものを使う気にはなれないわ」


 女性なのに男前に断言した。

 妊娠したかどうかはともかく、ジャーネ達にはパニックとなるに充分な爆弾ネタとなる。

 百歩譲って、少年達と情事に及ぶのは由として、妊娠してしまう可能性もあるのに避妊対策をしないレナはある意味において大物である。


「どうでもいいけど、なんでウチに集まるのかねぇ。そういった問題事の相談は、女性同士の方がいいでしょうに……」

「ルーセリスさんの所にも行ったわよ? でも、子供達の前で言えるような話じゃ……そういえばジョニー君達って、今年で成人するよね……ジュルリ」

「「「逃げてぇえええええぇぇぇっ!! 獰猛な肉食獣に狙われてるぅ!!」」」


 そして、レナは教会の子供達を性的な意味で捕食対象とみていた。

 最初の倫理的な配慮はどこヘやら、彼女の偏った性欲はどこまでもブレることがない。自身の欲望に恐ろしく忠実であった。


「んなことより、仮に子供がデキていたら、お前はどうやって育てる気だ?」

「そんな事って……わたし達には切実な問題だよ。ジャーネさん……」 

「別にお金に困っていないから、子供一人くらい余裕で育てられるわよ。でも、可愛いダーリン達と遊べなくなるのも困るわ……ハァ~」

「「レナ(さん)の悩みって、そこなんだ……」」


 レナの悩みは妊娠したかも知れないことではなく、少年達といいことできなくなることだった。

要するに彼女は、普段から手をつけた少年達との間に子供がデキてもかまわないと思っているのだろう。覚悟を持った変人だと改めて判明した。


「……覚悟の上で遊んでいたようだのぅ。度しがたい変態じゃな、恐るべき淫獣じゃ」

「これを趣味とみるべきか、母性と捉えるかは微妙だねぇ」

「母性ではなかろう。少年達相手なら手当たり次第だと聞いたぞ?」

「子供を育てる覚悟はあるようですが?」

「女の子なら普通に育てるつもりよ? でも、男の子だったら……将来が楽しみね♡」

「「「「この女……どうしようもない変態だぁ!?」」」」


 今さらである。

 しかも、さらりととんでも発言を追加してきた。


「どうでもいいが、この怠惰の権化はどうするべきかのぅ」

「……二階奥の使っていない物置に放り込んでおくよ。念入りに封印しますか」


 ロープで布団ごと雁字搦めにし、荷物を運ぶようにガイアネスを担ぐと、ゼロスは二階へと上がっていった。

 程なくして、強力な魔力の気配をアルフィアは感知した。


『ここは、いつも騒がしい限りじゃ。それよりも腹が減ったのぅ~』


 未だ目の前で揉める女性陣たちを眺めつつ、アルフィアは今日の食事を期待する。

 彼女の胃袋が満たされるまで、もう少し空腹感を我慢することになる。

 二階から下りてきたゼロスもまた、騒がしい三人を他所に夕食の準備を始めるのであった。


 余談だがレナの妊娠は間違いで、三日後に月に一度の現象が来たと喜び、再び少年達を毒牙に掛けるべく街へ繰り出したという。

 彼女を止められる者はいない。


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