あど、取引をする
サントールの街北区画の一角に、ソリステア派の工房が存在している。
赤煉瓦で建てられたその工房の内部は複数の部署に別れており、主に魔法薬や魔導具の研究と量産が行われている。アドも現在必死に仕事に邁進していた。
管理はその名の示しているとおり、ソリステア王家の名の下に親戚であるソリステア公爵家が行っており、そこにデルサシスが経営する商会が参入することで莫大な利益を上げていた。
言ってしまうと、半ばデルサシスが私物化しているようなものだ。
だが、ソリステア派の工房の立ち上げ時の管理者であるクレストンから、息子であるデルサシスに代わったことで収入が増え、王家の方にも結構な金額が入りウハウハなので何も言われることがない。
こと経営においてのデルサシスの能力は比較的に高く、魔導士や錬金術師を発酵食品や酒造り、果ては化粧品などの製造に充てるなどして結果を出していた。
魔導士の就職率もかなり上がっている。派閥としては小さなものだが、販売においての収益はどの派閥よりも多かった。
品質も良くお値段もリーズナブルなことが成功の理由であろう。
そんな製品を生み出す工房の一室にて、デルサシスとクロイサスはドワーフの職人達と顔を合わせ、魔導銃の打ち合わせを行っていた。
こと研究に関してはクロイサスの情熱は、予想外どころかクレイジーと言わざるを得なく、預かった貴重な旧時代の遺物である魔導銃をさっそく分解し構造を調べ尽した。
その上で、内部の魔力で稼働する部品を抜きにした、基本形の設計図を描き上げたのである。それは地球上の銃火器と構造がほぼ一致していた。
「――と、これが魔導銃の基本構造になります。まぁ、旧時代のものは他にもいろいろと機能がありそうですが、正体不明の機構や部品が多いので試すことができません。この図面はメーティス聖法神国製の火縄銃を参考に、私なりに構造を考察しただけですがね」
「諸君らにはこの魔導銃の試作品を作ってもらいたい。無論、金属の強度や構造の簡略化など、様々な実験を試みることになるだろう」
旧時代の武器を分解し、魔導器機部品以外の機構を図面に描き記したクロイサスは、本日デルサシスと共に職人達の前で公表した。
一夜にして旧時代の遺物を調べた結果、寝不足気味なのかクロイサスの目元には凄い隈ができていた。本当に残念なほどの魔法オタクである。
そんな彼の元に集められた職人達は、全員デルサシスの信用している者達で占められ、新たな武器の製作と聞きギラついた目で図面を凝視している。
彼らの後ろでは、アドが必死に魔導式モーターの部品製作の作業をしていた。
ちなみに、このミーティング前にクロイサスはアドに詰め寄り、彼が分かる範囲で銃の部品名を訊きだし、設計図に書き足していたりする。
『ちょっと、なんでそんな重要な話を俺の傍でするわけ!? これ、『聞いたからには逃さないからね』って、俺にプレッシャーを掛けているわけじゃないよな!?』
アドがそう思うのも無理はないが、実際は使える部屋がなかったからだ。
魔導式モートルキャリッジの量産も、現時点では人手も設備も不十分だ。金属加工専門の錬金術師がいても技量に個人差がある。
作業に適した魔導士や錬金術師の育成が急務であり、アドは彼らの手本になるよう作業を見せるようにしている。高い技術力を見せて他の者達を奮起させるのが目的だ。
当然だがアドにそんな裏事情がわかるわけがなく、ビビる彼を他所に打ち合わせは続けられた。
「会長、ちょいといいか?」
「ふむ、なにかね」
「見た感じだと、この薬室の強度が重要になるようだが、その前に……なんでパーツ名が既に決まっているんだ? 気になって仕方がねぇ」
「それは、似たような武器をそこにいるアド殿が知っていたからだ。もっとも、その武器は火薬式らしく、魔法着火式でないから弾数もそんなに弾倉に入れられなという話だ。この図面はアド殿の意見を参考に入れてある」
『昨日、次男坊がいきなり押しかけてきて、深夜まで部品名を聞いてきたからなぁ~……。デルサシス公爵、俺のことをなんて伝えたんだ?』
アドも研究馬鹿のおかげでお疲れのようである。
「ほぅ……見た目は若ぇのに、なかなか博識のようだな」
『な、なんか……めっちゃ背中に視線を感じるぅ!?』
この場にいる職人達全員の視線が、未知なる武器を知るアドの背中に集中していた。
もちろんアドも素人より少しは銃の構造に関して詳しいが、実物を作れるほどアドは技術者ではない。強度計算や内部機構の改造など、趣味人で工科大学を卒業しているゼロスでなければ分からないことの方が多かった。
おっさんは大学時代にロボット製作を手伝ったことがあり、使用される金属の強度計算や重心バランスのシミュレートなど、いろいろと手を出した経験がある。
普通の大学を中退したアドとは下地が違った。
「えぇ~と、話を続けます。この武器は魔法の火力で小さな金属弾を射出する武器ですが、その際にある程度反動が出ることも分かっています。構造がこの衝撃に耐えられないのであれば使い道がありませんね」
「なるほど。まぁ、ボウガンも似たような反動があるが、それよりも大きいのか?」
「薬室から前方方向に火力で弾丸を押し出すわけですが、その際に小さな火力でも内部の狭い空間が一方向に威力として加わります。火力と反動は魔導術式次第で変わると見るべきでしょう」
「つまり、弾丸の大きさや重さによって、魔法術式を調整する必要があるわけじゃな? これは儂ら職人には難しいぞい」
「それは、魔導士や錬金術師の仕事になりますね。彼らの技術力の向上に期待したいところですよ」
『『『『『ひぃ~~~~~~~~~っ!?』』』』』
作業中のアドや他の魔導士達に職人の視線が注がれる。
そこには、『本体は俺達がきっちり仕上げてやるからよぉ、てめぇらはヘマするんじゃねぇぞ』と、凄い圧力をかけてきていた。
魔導術式による発火装置は魔導士の分野であり、いくら本体が頑丈でも肝心のパーツがヘボかったら意味がない。なによりドワーフ達は中途半端な仕事を嫌う傾向が強く、失敗しようものなら鉄拳が飛んでくる。
だが、幸いにも魔導士達は部署が異なることから安心しきっており、これから地獄を見ることになるであろう他の魔導士達に同情していた。
そう、この時までは他人事だった。
「心臓部と言うべき薬室ですが、これは魔導術式を後部に組み込むことが前提となります。引き金を引いて魔力が流れ、発火する。使うのは【ファイアー】の術式がいいですかね?」
「いや、少し落して【灯火】でいいんじゃねぇか?」
「まてまて、それでは火力が心許ない。第一、あの魔法は爆発力がないであろう?」
「なら、爆発を促す術式を組めばいい。まぁ、何度か実験する必要があるだろう」
「「「「「魔導士共の仕事だな!」」」」」
『『『『『やめてぇ~、プレッシャーをかけないでぇ!! それに、こっちは担当部署じゃないんですけどぉ!?』』』』』
何やら雲行きがあやしくなってきていた。
アド達がいる部署は、魔導式モーターの部品製作を担当している。
現在、必死になって磁力を発生させるための術式をプレートに刻んでいるのに、横でストレスになるようなことはやめてほしかった。
失敗すれば、プレートを作っているドワーフを含む他の職人に殴られかねない。
ドワーフの職人達は、担当部署が異なろうが仕事で失敗したら殴る。魔導士が口にする理論や実証実験すらドワーフの価値観で考えていた。
ドワーフとは確かに職人気質だが、大雑把な種族特性なのだ。何度も繰り返して行う魔法術式の実験も、死ぬ気でやれば一発で成功すると捉えていた。
「ミスリルでは強度が足りんな」
「それ以前に、これほど小さな部品に魔導術式が刻めるかのぅ?」
「他の金属と混ぜて使うのは前提としても、強度を確かめる必要がある。しかし、今の魔導士のこれほど小さな魔導術式を刻めるとは思えん。できるまで地獄を見せるか?」
「ふむ……死なない程度に酷使――もとい訓練させるべきだろ」
「知り合いの土建に、いい精力剤があると聞いたな。一飲みすれば馬車馬のごとく働き続けるとか。少しもらってこようか?」
「「「「「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」」」」」
そして、ドワーフ達は融通が利かない。
新しい武器を作るという魅力に取り憑かれた彼らの、職人としての迸るほどの激しく熱いパトスは留まることを知らず、目的の物を完成させるためとあらば、仕事の修羅と化す。
他人の言うことなど耳を傾けず、どんな犠牲を払ってでも職務を全うするのだ。犠牲となるのは魔導士達である。担当部署が違うなど言い訳にすらならない。
無茶を天元突破して、道理を力づくに破壊or粉砕する。それがドワーフという種族なのだ。ブラック企業も全裸で逃げ出す、別の意味で危険で過酷な修羅場となることだろう。
ドワーフの辞書に人権の文字は存在すらしていない。
「ふむ、やる気があって結構。これは期待できるな」
「「「「「会長ぉおおおおおおぉぉぉっ!! なぜか俺達が酷死される前提なんですけどぉ!?」」」」」
「なぁ~に、一仕事始めたら、そんな気分はぶっ飛ぶぜぇ~?」
「やがて、仕事のことしか考えられぬようになるからのぅ。技術も向上すればお主等も万々歳じゃろ?」
「俺達の傍にいたことを不運に思え。これからお前らは、精密な作業をするだけの人形になるんだからよぉ~」
「一緒にいい汗かこうぜぇ~。なぁ?」
「「「「「嫌だよぉおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」」」
それはまるで、どこぞの土木建設会社を彷彿させる。
地獄の扉が開いたことに、魔導士達は本能的に危機を察知し、恐怖した。
『ここにいたらヤバい、今すぐにでも逃げろ!!』と警鐘が全力で鳴っている。
「会長、助けてください!!」
「こっちも、いっぱい、いっぱいなんですよぉ!!」
「別の部署の暇そうな連中を生け贄――もとい、助っ人として呼んでください!!」
「このままじゃ、俺達は殺されます!! だいいち、部署が違うじゃないですかぁ!!」
「魔導式モーターが間に合わなくなりますよぉ!!」
必死の嘆願。
また、ドワーフ達は彼らにこだわるにも理由がある。
魔導式モーターを担当する魔導士達は、ソリステア派の中でも比較的に技量が高い者達が集められており、彼らの代わりはいない。
他の魔導士達は、彼らよりも技術力が一歩どころか三歩出遅れている。ドワーフ達に目をつけられることは目に見えていた。
この部屋で打ち合わせを始めたことがそもそもの失敗だった。
「……私にも不可能なことがある。諦めてくれ」
「「「「「会長ぉおおおおおおぉぉぉっ!?」」」」」
デルサシスは冷たかった。
何しろ彼は忙しい人間である。公爵の肩書きだけでなく他にも様々な役職を持っており、その働き具合は頭がおかしいのではと思うレベルだ。
そのため些末なことは悩むことなくバッサリ切り捨てる。
もしかしたら、ドワーフを相手にするのが面倒だったからなのかも知れない。
「逃げろ! この場に留まれば過労死させられるぞぉ!!」
「総員、退避!!」
「酷使されてたまるかぁ!!」
「おっと、逃がさねぇよ?」
「俺達を前にして、撤退できると思ってんのか?」
「へへへ……たのちぃ~お仕事の時間だぜぇ? 今から始めるんだから逃げんじゃねぇ~よぉ~」
逃げる魔導士、立ち塞がるドワーフ職人。
同じ職場なら堕ちなきゃ損、損。
「てめぇら、止まったら殺されるぞ!! 絶対に止まるんじゃねぇぞぉおおおぉぉぉぉ!!」
「「「「「うおぉおおおおおおおおおおっ、無理でも押し通せぇ!!」」」」」
「生け贄――もとい、魔導士共を一匹たりとも逃がすんじゃねぇぞ!!」
「「「「ウへヘヘヘ……どこへ行こうというのかなぁ? これから最っ高ぉ~にヘブンな時間が待っているんだぜぇ~?」」」」
そして始まる大乱闘。
殴り合い、物が飛び交い、人が宙を舞う。
その混沌の中、気配を消せるアドだけが脱出目前まで辿り着いていた。
「どこに行こうというのかね、アド殿」
「えっ? デルサシス公爵……なんでそこに?」
入口付近まで退避してみれば、ドアの直ぐ傍にはデルサシスが立っていた。
「私としては、君のもこのプロジェクトに参加してもらいたいのだがね」
「いや、そういうことならゼロスさんにでも……」
「残念だが、ゼロス殿はこうした国家に係わる話に乗ることはない。現在、この国で売買されている魔法の術式を効率化させる仕事をしてもらっているし、充分に我が国に貢献してくれた。魔導式モートルキャリッジも彼の発案なのだろう?」
「うっ……」
「おそらくは夫婦で暮らせるよう君に配慮して、できる限り改良の余地を残して君達の世界にある車よりも性能を落し、我等に作りやすい条件での試作品を作ったはずだ。今までの情報から、君はあまり機械関連の技術に詳しいとは思えないのでね」
「いや、俺も車は作ったけど?」
デルサシスの言っていることは当たっている。
アドの製作した【軽ワゴン】は形状だけを見れば立派なのだが、基本的な構造以外は全ておざなりにしており、走れば充分というコンセプトだった。
エアコンもなければパワーステアリングでもない。ATの変速ギアの構造なんて知るわけもなく、魔力バッテリーの性能だけで強引に長距離移動が可能なものだった。
褒められる点を挙げるとするのならば、サスペンションだけが秀逸であっただけで、ある意味では魔導式モートルキャリッジに近い構造なのである。
「基本的な構造は知っているのだろうが、細やかな部品は作れないのであろう? 魔導銃の設計図を見たところ、各パーツの名称が不鮮明であったのでな」
「な、なんでそこまで見抜けるんだ……」
「ふむ、君は少し腹芸を覚えた方がよいな。こうも誘導に引っ掛かるようでは、やり手の商人などに直ぐ騙されてしまうぞ?」
「うっ、誘導尋問……ゼロスさんみたいなことをする」
「ふふふ……ゼロス殿との対話は実に楽しい。飄々としているように見えて、こちらの言葉の裏側を読もうとしている。手強いと言うほどのものではないが、なかなかに隙を見せてくれんよ。あのように見えて、権力者に対し警戒しておるのだろう」
「……うっわ」
ゼロスもデルサシスも自身の利益を優先する。
駆け引きも多少は行うが利害が一致することが多く、対立することが少ない。妥協点がすぐにでるので、そういった意味では互いにベストパートナーとも言える。
だが、アドはどちらかというとカモである。腹芸に対しての耐性が低かった。
こうしたことに対して経験が少ないからなのだが、それを責めることはできまい。
「なに。別に魔導銃を作れと言っているわけではない。必要なときにアドバイスをしてくれるだけでいいのだ」
「相談役のようなものか?」
「うむ。魔導式モーターの製造も遅れている。これ以上仕事を増やすわけにもいくまい? なにより、ゼロス殿を敵に廻すような真似はしたくないのが本音だ」
「魔導士の数が少ないのが問題じゃないですかね?」
「これでも使える者を探しているのだが、なかなかに条件に見合う者が現れてくれん。実に悩ましいところなのだよ。強引にでも育成するほかあるまい」
魔法が使えるだけの魔導士と、魔法を理解している魔導士とは意味合いが異なる。
開発に必要な魔導士は、魔法というものを充分に理解していなければならず、その上で技術者としての能力も求められる。
そのような条件の魔導士など簡単には見つからない。
「俺、イサラス王国側にも係わっているんですけどね」
「そこは私の方で何とかしよう。なに、悪いようにはせん。今の仕事を続けて、必要なときに意見を出してくれればいいのだよ」
「まぁ、そのくらいなら……。俺も国に使われるのは勘弁してほしいんでね」
「任せたまえ、それは私の領分だ。なによりも君達には成すべきことがあるのであろう? 私としてもそれを邪魔するつもりはない」
「……信じていいのか?」
「言ったであろう? 私はゼロス殿を敵に廻したくはない。彼の友人である君を利用するつもりはない……とははっきり言えんがね」
つまりは、互いの利益になることで利用し合うと言うことだ。
ここまでヒントを出されればアドでも気づく。
しかも本人を前に『利用する』と言い切れるだけ、デルサシスのビジネスマンとしての手腕が分かるものだ。いや器と言い換えるべきだろう。
「ハァ~、俺はどちらにしてもアンタを頼るしかない。ゼロスさんも信用はしているようだし、その話には乗らせてもらうことにする」
「理解してくれたようだね」
「ただ、俺達は国同士の戦争には参加しねぇぞ? イサラス王国にも義理はあるしな」
「ふむ。ならばイサラス王国にも多少の支援はしよう。君の名を使わせてもらうがね」
「まぁ、国家に係わっちまったのが不用意だった俺の落ち度だ。手を切るにも何かしらの恩を売っておきたいところだが、今の俺にはそれが用意できねぇし……」
「その辺りは私が何とかしよう。たしか、ザザと言ったかな? イサラス王国の連絡要員は。彼に接触してうまくあの国を動かしてやろう」
「………何する気だよ」
「なに、メーティス聖法神国は現時点で大軍を動かすほどの余力はない。イサラス王国の欲しいものを与えるだけだ」
「……やっぱ、怖い人だな。ゼロスさんも、よくアンタとつきあえるもんだ」
アドからしてみれば、デルサシスは底が知れない奈落のような存在だ。
正直、味方と思って良いのか悩むほどに、あくどいことを平然とやってのける人物に見えた。その予感はあながち間違いではない。
彼は現公爵なのだから。
「私としては君達の方がよほど危険なのだがね。だが、危険という理由だけで消そうなどとは思わんよ。私はそこまで愚かではないつもりだ」
「つまり、普通に利用するだけでも充分にうま味があるということか?」
「その通り。有能な人材を無駄に使うなど、世の損失でしかない。強力な魔法が使えるという理由だけで始末など、まさに愚の骨頂。世の中は適材適所で動かすべきじゃないかね?」
「まぁ、俺達の世界はそうだったけどな。全てうまくいくわけじゃないが……」
「全てにおいて成功を収めるなどありえん。半分ほどだけでも世の中は充分に廻るものだ。人は神ではないのだよ」
「アンタなら、やりそうな気もするけど?」
「ふふふ……それができれば私も苦労はせんよ。それをやってのけた人物は、私は一人しか知らんな」
アドには、デルサシスの言葉の意味は分からなかった。
彼の言った人物とは、セレスティーナの母親であるミレーナのことだ。
正確には彼女とその一族と言うべきで、【未来予知】という呪われた運命に翻弄され、一族が命を懸けてその力を抹消しようと動き、最後の一人であるミレーナの代で成就させた。
慟哭と絶望に苛まれながらも、執念で未来予知という血統魔法をこの世から消し去ったのだ。デルサシスはミレーナとその血族に尊敬以上の想いを抱いていた。
「信用しろとは言わん。だが、多少は信じてもらいたいな」
「わかった。アンタを信じよう……。ただ、ユイと娘に手を出しやがったら……」
「そんな愚かなカードは、私は切らんよ。任せておきたまえ。ふむ……向こうも話し合いがすんだようだな」
部屋を覗けば、ドワーフ達によって簀巻きにされた魔導士達の姿があった。
簀巻きの彼らは、おそらくアド以上の地獄を見るのは間違いない。
「別の意味で、奴等の方が危険じゃないのか? 俺はドワーフという種族が怖い」
「アレは、私でもどうすることもできん。人間は諦めることも重要だ」
「さいですか……」
デルサシスでも匙を投げるドワーフの職人気質。
別の意味でこの世界は危険だと知ったアドであった。
この世界で労働基準法の法制定は、まだない――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
四神の一柱であるウィンディアから管理権限を取り戻したアルフィア・メーガス。
ゴスロリ少女の元邪神は、困惑していた。
「こやつ……なんでこんな所で寝ておるのだ?」
アルフィアの視線の先には、自分が探していた諸悪の根源の女神である一柱が、だらしなく涎を垂らしながら凄い寝相で寝ていた。
大地の女神でもあるガイアネス。
本来であれば強制的に管理権限を奪いたいところなのだが、四神の中でこの女神だけは別なのだ。その理由は――。
「こやつは、我と率先して戦おうとはしてなかったな。火と水に尻を蹴られながら渋々戦っておったし、何より阿呆じゃからのぅ……」
勿論、恨みはある。
だが、管理権限を一つ取り戻したことで心に余裕ができたのか、過去を思い返してガイアネスが自らの意思で敵対行動を取ったことがない事実に気づいた。
アカシックレコードにもアクセスして調べた限りでは、大地の女神は寝ていることの方が多いようだ。
追いかけても三柱だけが必死に逃げようとしたが、ガイアネスは引きずられていただけだ。そもそも逃げる意思がなかったように思える。
何しろこの大地の女神は、病気レベルなまでに重度の怠け者だ。世界の管理権限など今はどうでもいいと思っている可能性が高い。
「ぬぅ……情状酌量の余地があるか、起こして話をしてみるかのぅ」
アルフィアはガイアネスを足で軽く突いてみる。
「んぅぅ……誰?」
「久しいのぅ、大地の」
「………お休み」
「寝直すでないわ!」
アルフィアの蹴りで高々と舞い上がるガイアネスは、そのまま大樹の枝に布団のように引っ掛かった。
パジャマ姿で、ただでさえ情けない姿なのに、今の彼女の姿はギャグそのものだった。
「むぅ……眠いのに……。なんのよう?」
「決まっておろう? 主の持つ管理権限を返してもらう」
「……邪神? …………勝手に持っていけば? 要らないし」
「そうしても良いが……。なんというか、お主は神の座に未練は無いのか?」
「………ない。世界の管理なんて面倒。私は毎日寝ていたい」
「どうしようもないヤツじゃな」
筋金入りの怠け者であった。
ガイアネスは寝ることこそが至高であり、仕事などやる気は全くない。
働いたら負けの引きこもりより怠惰であった。
「……そもそも私がここにいるのも、聖域に五月蠅い二人がいるから。騒がしいから寝心地の良さそうな場所を探していたら、途中で面倒になってそのまま寝た」
「……なんだかのぅ。封印されて以来、長く恨み続けておったのだが、お主を見ていると我が馬鹿みたいに思えてくる……」
「封印……静かでよく眠れそう。未来永劫寝ていたい……」
封印されることを望むヤツを見たのは、これが初めてのことだった。
怠惰にも程がある。
「まぁ、よい。管理権限を取り戻せば、我の枷も外れるというものじゃ。どこまで権限が解除されるか不明だがのぅ」
「……何ができるの?」
「物質変換が容易になるかのぅ。今の我では枕を作っただけでも世界の半分が消える」
「…………枕。管理権限を返すから、最高の枕と羽毛布団を所望する」
「要求できる立場だと思っておるのか? まぁ、試してみないことにはなんとも言えぬが……」
「駄目な場合は、フレイレスとアクイラータを差し出す。枕、プリーズ。ギブ・ミー、羽毛布団!」
『………こんなヤツに我は悩まされておったのか? なんか、泣けてくるのぉ~』
四神の仲間意識は希薄のようだ。
基本的に自己中なので、自分さえ良ければ同じ四神でさえ見捨てる。
しかし、少なくともガイアネスとは平和的な交渉が可能のようだった。それを思うと今までの苦労が何であったのか、実にやるせない。
「では、返してもらうぞ……」
アルフィアはガイアネスの胸元に手をかざし、内にあるマテリアルに干渉を始めた。
状態はウィンディアのときと同じで、その機能の殆どが眠ったままである。
内包された情報を読み取り、自身にインストールしていくことで、眠っていたマテリアルの機能が覚醒する。
そこから更に機能を掌握し、やがてガイアネスの豊満な胸元から金色に輝く球体が現れ、アルフィアに吸収されていった。
「核を吸収……現時点で必要な制限を解除、高次元からのエネルギー供給を制御開始、三次元世界の環境に対応………。アバターを作成、同時に本体は宇宙空間に移送構築開始……」
制限が二つも外れたアルフィアは、惑星上では活動ができないほど強力な力を解放されたが、これでは残り二つの権限も回収ができない。
そのため、一度本体を広大な宇宙空間に移し、地上で活動できる疑似体を構築する必要ができたので、その両方を同時進行で行った。
広大な宇宙空間に転送した本体は、今いる惑星の情報だけでなく数千光年先の惑星の環境まで知ることができるほど情報処理能力を拡大したが、逆に言えばそれだけである。
まだ事象に干渉できる権限が解放されていないので、アルフィアにできることは殆どアカシックレコードと変わりない。情報の集積と保存であった。
他には竜脈の干渉と操作に物質変換くらいだが、管理権限のマテリアルが揃わない状態での竜脈操作は、この世界にどんな影響が出るか未知数だ。
「………まだか。他のプロテクトが外れねば、我は完全にはいたらぬ。創造主も、もっと融通の利くシステムにしてくれれば良いものを」
管理者が管理権限から外れていることが異常なことだ。
それを行った創造主である高位次元生命体の考えが、アルフィアには未だ理解できない。
正確には、理解したくないのかも知れないが……。
「……枕、羽毛布団。くれくれたこらぁ~」
「……お主、見た目はナイスバディの美女なのに、なぜにそんな残念なのじゃ?」
「高級枕に高級羽毛布団………。それは至高の存在! ふあぁ~~~」
「待て、何気に品質が上げておらぬか? まぁ、その程度なら用意できそうじゃが……」
物質変換は事象管理システムとはあまり関係が無いので、疑似体のアルフィアには楽勝になっていた。
前の段階では無から有を作りだした時点で、大陸一つは消し飛ばせるほど制御が難しかったのだが、疑似体であれば使用できる力も制限されており制御も楽だ。
取るに足りない機能しか解放されていないが、惑星上で活動するには充分すぎる。
「枕と羽毛布団で管理権限を売るとは、な……」
一つの世界を管理する力が枕と羽毛布団に負けたことが、少しショックなアルフィアだった。
いろいろと思うところはあるが、律儀に物質変換して枕と羽毛布団を作り出す。
「ほれ、これで良かろう?」
「おぉ~……この羽毛布団の感触、枕の弾力もほどよい感じで……これぞ至高! これぞ究極♡」
「なんなのだ……こやつは」
「枕のフィット感! 羽毛布団の心地よき暖かさ! 素晴らしい仕事ぶり……。惰眠のパジャマ神よ、私、一生ついていく」
「誰が、惰眠のパジャマ神だぁ!!」
アルフィア・メーガス。
彼女はこの日、観測者の雛形や邪神に継ぐ新たな称号を得た。
その称号は惰眠のパジャマ神。
ぐーたらな配下を手に入れてしまった彼女は、この日以降ガイアネスに安眠グッズをねだられるようになる。
大地の女神もまた、この日から怠惰の女神にジョブチェンジを果した。
怠惰なだけに、本当になんの役にもたたない神なのである。