おっさん、かてきよを再開する。
ソリステア公爵絵の次男、クロイサス・ヴァン・ソリステア。
自他共に認める研究馬鹿で、魔法に関するものであれば何でも手を出す無節操ぶりを発揮し、なんらかの成果を必ず出してしまう天然の天才である。
そんな彼は現在――。
「あぁ……我が理想郷。戻りたい……あの場所へ」
――めっちゃ、意気消沈していた。
イストール魔法学院の成績優秀者達は、遺跡調査という課外授業の名目の元に、魔導都市【イーサ・ランテ】へ送られた。
名目というのも、学院の講師達が『フッ、俺達がお前達に教えられることは、もうねぇよ』と匙を投げ、成績優秀な者達を島流しにした経緯がある。
もっとも、国から派遣された考古学や魔導研究の調査チームは人手不足が解消するので、諸手を挙げて大いに喜んだ。そして学院生達の地獄が始まった。
一日おきに増えてゆく魔導具の数々に、残された文献の解読作業。遅々として進まぬ解析作業に鬱になった者もいるほど過酷な現場。
魔導具一つ解析終えれば、新たに百の魔導具が持ち込まれる。
ヒャッハーしているのは国の研究者ばかりで、学院生達にとっては石を積んでは鬼に崩される賽の河原状態。限りなくブラックな現場だった。
そんな現場に適応できたのはクロイサスくらいだ。
「素晴らしき旧文明の魔導具達……。魔法文字で書かれた古の文献……何もかもが懐かしい」
彼にとっては天国だった。
目を閉じれば鮮やかに蘇る、山積みにされた魔道文明の遺物の姿。発掘品の数々。
けして終わらぬ解析作業ですら、彼にとってはアドレナリンでまくりの最高にスリリングな充実した日々で、新たな事実が判明したときは興奮して夜も眠れなかったほどだ。
その素晴らしく充実した日々の全てが愛おしかった。
だが、そのような楽しい日々も終わりは来るものであり、学生という身分と世間体という理由で、クロイサスは楽園から追放された。
あくまでもこれはクロイサスの感想で、事実、多くの学院生達は地獄から解放され涙を流して喜んでいた。
クロイサスにとってはヘブンでも、多くの学生にとってはヘル。この時点で彼の頭がおかしいことは明白である。
その楽園から追放されたアダム君は現在、ガラクタが散乱するベッドの上で腐っていた。部屋の中も学院の寮と同じ腐海状態だ。
充実した日々であったからこそ、その日常を奪われた彼にとっては絶望に等しかった。
近くに魔導士の頂点とも言える化け物がいることすら忘れ、ただ一人絶望を味わっていた。彼は本当にどうしようもない研究馬鹿である。
「………それで、この様か」
そんなクロイサスの姿を見て、珍しく我が子の部屋を訪れたデルサシスは呆れた。
「おや、父上ではないですか。珍しいですね、私の部屋に来るなんて」
デルサシスの手に何か長細い包みのようなものを持っているが、クロイサスはさして興味を持たなかった。自身の研究以外は本当にどうでもいいのだ。
ちなみに、クロイサスは今の自分の想いを無意識に口に出し、デルサシスにしっかりと聞かれていた。
普通なら恥ずかしく思うのだろうが、残念なことにクロイサスはそんなデリケートな神経を持ち合わせていない。
「お前は、もう少し体を鍛えたほうがよいのではないか? 研究者を目指しているのは分かるが、最終的に体力がなければ過労死しかねん」
「研究の最中で死ねるなら本望というものですよ。それで、私に何の用ですか? 父上」
「部屋で腐っていると聞いたのでな、私からお前に面白い物をプレゼントしてやろうと思っただけだ。どうするかはクロイサス、お前自身で決めるがいい」
「プレゼント……ですか」
デルサシスは少なくとも子供にプレゼントを贈るような人物ではない。
必要と判断すればいろいろと用立ててくれるが、それはあくまでも貴族としての義務であり、それ以外は全て子供達の自主性に任せている。
放任主義とまではいかないものの、限りなくそれに近い教育方針を持つ人物だ。
必要なときに釘を刺し、或いは苦言を呈して自主性を促す。要するに『自分の責任で考え、行動しろ』を徹底的に貫かせる性格なのである。
だからこそ、父デルサシスのプレゼントがあやしい。
その疑問が怪訝な表情としてクロイサスの顔に現れていた。
「それで、プレゼントとは父上が手に持っているものですか? 何か、杖のようなものだと思うのですがね」
「うむ。極秘に開発したいものなのだが、先ずはお前の意見を聞きたくてな」
『極秘……ですか。おそらくは魔導具関連でしょうかね』
デルサシスがクロイサスの下に来ることなど先ずない。
それこそ一年に三~七回会えれば多い方だ。まして意見を求めてくるなど初めてのことである。
「では、父上が持ってきたものを見せてもらいましょうか。少し興味が湧いてきましたよ」
「片方はメーティス聖法神国の新型武器だな。もう一つはイーサ・ランテから発見された遺物の中で、できるだけ状態の良いものを選んだ」
「……ほぅ」
クロイサスの目に、あやしい光が宿る。
古代の遺物と聞いて、彼のやる気の炎は燃え上がる。
そんな彼の目の前で、デルサシスは包みを縛っていた紐を解き、中身を取り出す。
片方は金属の筒を木製の本体につけただけの簡素な杖で、もう一つの方は所々錆び付いてはいるが、明らかに魔導具であると判別できる特徴を残していた杖だ。
「……これは、学会でも武器と思われていた」
「武器だ。これと似た武器をゼロス殿も持っている。いや、おそらくは作ったのであろうな」
「ゼロス殿も、ですか? なるほど……」
クロイサスは両方を手に軽く調べた。
持ち手が後方か、中央部分から少し離れた箇所に取り付けられている違いがあるが、どちらも同じコンセプトで作られていることが分かる。
筒状のパーツを見る限り、付け根の金具を引くことでおそらくは何かを撃ち出す道具であると判断した。引き金を引く武器にはボウガンなどが挙げられ、これは引き絞った弦を固定する金具を外し、矢を射出する機構だ。
だからこそこの杖が射出武器であると結論づけられる。
「メーティス聖法神国の武器は、発掘されたものに比べ原始的な形状ですね。魔法を拒絶する国が魔導具を作るとは……」
「これは勇者達の知識から再現されたものなのだろう。ゼロス殿が作った武器は、どちらかというと遺跡から発掘されたものに近い」
「ふむ……バラしても良いですか?」
「構わん。こちらでも分解して調べたが、どのような原理で作動するのかが不明でな。お前にはこの武器を再現して貰いたい」
デルサシスは、クロイサスに武器の解析と製作を言ってきた。
魔導具の再現なら喜んで引き受けるが、父親はこの武器を量産させるつもりだ。それもかなり急いで製作する体制を整えるつもりのようである。
でなければクロイサスに話を持ち込むわけがない。
「また、無茶なことを……。それで、メーティス聖法神国の武器は、どう使うのか判明しているのですか?」
「これは火縄銃と呼ばれているらしく、先端の口から火薬と金属の弾を入れ、筒の下にある棒で押し込む。右横の留め金に火を灯した縄を固定し、少し前にある火皿に火薬を少量乗せ、引き金を引けば火薬に引火し金属の弾を撃ち出す仕組みだ」
「随分と工程が多いですね。では、旧時代のこちらの魔導具は、その工程を省いたものであると推測できますね……なるほど」
クロイサスの頭がフル回転を始める。
両方の武器はどちらも弾を撃ち出すという事は一致している。
重要なのは火薬であり、工程を省くことを考えると、火薬の代わりに魔法を利用するとしか考えられない。だが魔導具である以上はどこかに魔力を溜めておく必要がある。
使い手の魔力を利用すると効率性が落ちるため、とても実用的でないからだ。
「ふむ、ふむ……なるほど……」
魔導具の方を手に調べてみると、引き金の前方部分にある箱が外れ、中を覗き込むと中に何かを入れるような仕組みになっている。
内部にはバネが仕込まれているのか、下から押し出す構造が設けられている。
他も簡単に分解してみたが、実に興味深い構造をしていた。
グリップの部分も底に蓋らしきものがあり、内部には細長い筒が入っているのを確認すると、複雑な魔法文字がびっしりと刻まれている。
「イーサ・ランテでも見ましたが、この筒が魔力を溜めておく部品のようですね。聖法神国の武器をかなり強化されたものとみるべきでしょうか、こちらの箱状のものは弾を入れて連射できる機構のようです。連射が可能……そうなると、撃ち出すための機構は本体内部に仕込まれている? 面白い武器ですが……解せませんね」
「なにがだ?」
「これと似た武器をゼロス殿が所持しているというなら、直接ゼロス殿に聞けば良いではありませんか。なぜ、私なのですか?」
「ゼロス殿は国に仕えるつもりはない。趣味の範疇であるならともかく、この手の武器の製造や量産には、けして手を出すことはあるまい。見本くらいは作るかも知れんが、後はこちらに丸投げするだろう。『勝手に作れ』とな。魔法スクロール程度なら協力してくれるだろうが、この手の武器は間違いなく忌避するであろうな」
「なるほど……。個人的に製作するのは良くて、量産が目的では駄目ということですか」
同じ趣味人だからこそ分かることがある。
クロイサスも魔導具に使う魔石や魔晶石の加工を手がけることはあるが、そこに製品としての価値を見てはいない。あくまで実験の延長だからだ。
利便性や生産性など他人が考えるものであり、重要なものは結果で得られる情報なのだ。
そう、理論の検証と結果として示された情報の考察こそ、クロイサスにとって最も充実しているひとときなのだ。
「人員は用意する。我が派閥の工房も使って構わん。余っている人員を活用しよう」
「父上……余っている人員って、“職人が”でしょうか?」
「うむ……魔導式モートルキャリッジの動力部が、生産の追いつかない状況でな。暇を持て余しているのだ。そこから人員を引き抜いてチームを作っても構わん」
「私は一応、学院の生徒なんですが? 休暇が終われば学院に戻ることになりますよ?」
「お前がいない間は、こちらで何とか計画を進める。なに、多少生産の目途が立つだけで良い」
クロイサスは目の前に置かれた武器を眺めた。
デルサシスは明らかに銃という武器を意識しているように思える。
しかし、ただ金属を撃ち出すだけの武器がそれほど重要には思えなかった。この程度の攻撃なら魔法障壁で防げると考えていたからだ。
彼はあくまでも研究者で、魔法という技術に絶大な信仰のようなものを持っており、目の前の銃がどれほど危険なものかまるで理解していなかった。
「まぁ、面白そうですから引き受けますが、それほど急ぐものとは思えませんね」
「お前は魔法を絶対視しているようだが、基本的な物理ほど恐ろしいものはない。それを示す武器が目の前にある。これは戦争の有り様を根本から変えてしまうものだ」
「そんなものですかね……。では、工房にいって協力者を揃えましょう。先ずは金属加工が得意なドワーフからでしょうか」
こうして、ソリステア派の工房にて銃の製作が開始された。
やがてそれが銃士隊の創設へと繋がっていくのだが、それはもう少し先の話である。
何にしても、クロイサスが国の重要な位置に立つきっかけとなる計画であることは確かであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クロイサスが銃の量産計画に携わり始めていたころ、イーサ・ランテから帰ってきたツヴェイトとセレスティーナもまた、祖父であるクレストン元公爵の住む別邸で魔法に関する授業を受けていた。
二人を指導するのは、当然だが毎日が日曜日のゼロスである。
本日の課題は魔導錬成であり、【錬金台】と呼ばれる特殊なテーブルを使って行われる。
【錬金台】とは、錬金術で行われる工程を実験器具なしで行うことのできる特殊な台で、テーブルに刻まれた複雑な魔法陣が術者の意思と連動し、面倒な作業工程を“結果”という形で省いてくれる優れ物だ。
例えば、水と精製するとき水素と酸素を結合させる必要があるが、錬成台は術者が大気中の元素を結合するというイメージを示すことができれば、実験器具なしで簡単に水を精製できてしまう。
ポーションなどを製作するときも、材料を揃え薬草の成分や製作中の薬物反応や作業工程などをイメージするだけで、工程を省いてポーションが作れる。
問題は、実験器具で製作するよりも品質がいちじるしく落ちるところだが、そこは何度も繰り返し行うことでコツを掴むしかない。
「さて、今日の授業は魔石と宝石の結合。魔晶石の制作だ」
「いや、いきなりだな。師匠……。魔晶石って確か、宝石などに魔力を流し込み、時間をかけて変質させるんだよな?」
「錬成台……先生は持っていたんですね。初めて見ました」
「残り二つはこの屋敷の物置で埃を被ってましたよ? さて、練成台は材料を揃えてイメージするだけで、簡単お手軽に欲しいものが作れると言えば聞こえはいいが、ぶっちゃけ品質自体はたいしたことはないんだよねぇ。良品質なものを作るには相応の技量が必要だ」
ゼロスとしても最良の品質を作らせるつもりは最初からない。
これは今まで学園や家庭教師をしていたときに教えた授業内容を、錬成台でどれだけイメージとして形にできるか、それを試す授業である。
攻撃魔法も魔法術式によってその発動工程や威力、形状などが全て定められている。
だが、術者が明確にイメージできれば、発動した魔法の威力の増減を自在に変えることができるようになる。魔力操作の延長にある技術だ。
知識として知る物理現象を想像力だけで現象として発現させるのが、この錬成台を用いた授業と言えるだろう。魔導士にとってイメージはとても重要なのだ。
そして、最も簡単なのが【結合】という作業である。
「宝石は鉱物が地下で結合し圧縮されたものだが、魔石も魔力が圧縮されたものだから工程が似ていると言えるね。イメージとしては宝石の結合粒子の隙間に、魔力を組み込み圧縮するわけだ」
「これ、失敗したらどうなるんだ?」
「手元の宝石が分解され、粒子だけになる。ダイヤなら炭素に変わるかな。翡翠だとケイ素、ルビーやサファイアだと酸化アルミニュウムにクロム、鉄にチタンだったっけ……」
「あの……これって凄くお金の掛る授業なのでは? 小指の先くらいの宝石でも、普通に高いですよね?」
「まぁ、一般人が数ヶ月は働かずに暮らせるかな。どうせ元はタダだし、気にしなくていいよ」
『『いや、気にするだろ(します)……』』
いくら元手がタダでも、宝石を無駄にするなど気が引ける。
しかも錬成台で行うには失敗する確率が高く、今のツヴェト達では荷が重いかもしれない。
「魔石は魔物の血中の鉄分と酸素、魔力……。魔力ってどんな粒子なんだ? 元素だと何番にあたるんだろうか?」
「いや、師匠が知らねぇんだったら、俺達が知るわけねぇだろ」
「そもそも、魔力ってエネルギーですよね?」
「ダイヤだと放射性物質で色が変わるが、魔晶石も色が変わる現象が起きるし、魔力の正体がまさか放射線ということはないだろうが……」
「魔力が放射線だとマズいのか?」
「人間――生物が生きていけない。百歩譲って放射線に対して耐性があると仮定して、生まれながらに被爆していることになってしまう。魔力ってマジでなんなんだ?」
魔力――実に摩訶不思議なエネルギー。
そこに存在していながら、誰もその存在に疑問を持つことがない。
ありとあらゆる現象を引き起こし、絶えず変質しながらも、そのエネルギーは減ることがない。世界を構成する謎の力だ。
そのうちに金属を生物のように進化させるかも知れない。
「改めて考えてみると、魔力って不気味だねぇ」
「仮にも魔導士なのに、それを言っちまうのかよ」
「確かに漠然と魔力って認識しているだけで、その力の根源は謎ですよね」
ありとあらゆる場所に存在し、術式を用いて様々な変化を遂げ、しかも時間経過と共に元の状態へと戻る性質を持つ。
魔力で変質した力は全て魔力へ戻り、ありとあらゆるものが魔力で形成させることが可能。まるでこの世界は永久機関のようだった。
「まぁ、魔力が何であるかなんて考えても仕方がないか。とりあえず実験しよう」
「そうだな。なんか、考えすぎてドツボにはまりそうな気がする」
「知識を追い求める魔導士としては失格ですが……」
その知識で理解できないのだから仕方がない。
いや、正確には理解できる知識を誰も持ち合わせていないのだ。
「さて、これ宝石に魔石を結合させるのだが、魔石は元素によって色が異なる。四大元素に光と闇……。漠然とした概念的力だけど、実際のそうした性質を持っているわけだ。宝石に魔石を結合させると、その属性の色に変化する。宝石を構成している物質の色を無視してね。不思議だよねぇ~」
「魔導具を作るにも、四大元素に合った魔法を組み込むことが多いよな。主に攻撃用の魔導具だけど。俺が不思議に思うのが、大きめの風属性の魔石に炎の魔法を組み込んでも、威力が上がることがないところだな」
「なぜか逆に低下しますよね」
「光と闇の魔石を結合させると無属性に変わるけど、逆に四大属性は組み込めなくなる。重力や空間魔法は組み込めるんだけどねぇ……。まぁ、それだけでもアイテムバックに必要な材料が作れるから、需要はあると思うんだが……」
「「えっ!?」」
無属性の魔石――もしくは魔晶石だが、実はアイテムバックを制作するのに必要な素材であった。
最低でも八つの魔晶石で、バックの内側に空間魔法による亜空間を構築する。障壁と結界、空間魔法の応用技術だ。常に発動状態にある魔導具なだけに、魔力を供給する魔法式を組み込むことで、魔晶石の魔力を絶えず充填する必要がある。
だいたい一週間おきに持ち主が魔力をチャージしなくてはならない手間があるが、傭兵や遠征に向かう騎士達には重宝される道具だった。
ただ制作することが難しく、その技術を受け継ぐ魔導士は数が少ない。その殆どが国家機密レベルの貴族という立場にあった。
「ちょい待った! アイテムバック!? 師匠……まさか作れるのか?」
「作れるよぉ? 何個か自作したヤツを持っているけど、見た目がいまいちでね。専門職じゃないからデザインが悪いんだなぁ~……」
「いやいや、作れるだけでも大問題だぞ!?」
「私も作れるようになるんでしょうか?」
「熟練者でも失敗作を大量にだすからねぇ、あまりお勧めはしないかな。普通に道具を作った方が儲かるし」
アイテムバックはとにかく失敗する確率が高い。
無理して制作するよりも、普通に強化アイテムなどを作った方が稼げる。材料を揃えるだけでも大変手間の掛るアイテムなのだ。
「それよりも、魔晶石加工だ。簡単な魔法を発動させる魔導具は需要があるからねぇ。特に【身体強化】魔法なんて騎士や土木作業員には重宝されるだろう」
「そうかもしれねぇが……」
「……アイテムバック」
セレスティーナとツヴェイトは、アイテムバックが喉から手が出るほど欲しかった。
ツヴェイトは主に軍事面での有用性に着目しており、小さな倉庫程度の収納能力でも回復薬などの運搬には充分に使える。戦場では補給物資の運搬が容易ではないからだ。
セレスティーナとしては、アイテムバックに薬草や調剤加工した魔法媒体を保存できるので、必要なときに取り出せることが魅力だった。
「ハイハイ、物欲しそうに僕を見てもあげないよ。それよりも授業が大事でしょ」
「そうだな。小さなことからコツコツ積み重ねねぇと……」
「……アイテムバックは高価ですからね」
いろいろと後ろ髪を引かれながらも、二人は錬成台に向き合う。
目の前に置かれた色とりどり宝石と魔石。適当な宝石と魔石を手に取ると、錬成台に魔力を流し機能を発動させる。
錬成台の魔法陣が輝き、魔晶石の加工準備が整った。
「あらゆる物質は、細かい粒子の結合によって形成されている。宝石を形成している粒子の間に魔力の結晶を組み込むイメージをするんだ」
「宝石と魔石を重ね合わせる感じでいいのか?」
「重ね合わせると、互いに反発して粉々になるかな。魔石を魔力に分解して、宝石の方に結合させる感じだ。こう、小さな粒の間を、魔力の粒で埋め尽くすように……」
黒板に複数の丸を書き、魔力を色別にして大きな二つの丸の間を小さな丸で取り囲み繋ぐ図式を描く。その上で四方から矢印で圧力を加える表記も付け足す。
要は分解と癒着の同時進行と、凝結の三工程だ。
「なんとなく、イメージは分かりますが……。圧力も同時にかけるというのは……」
「そこは錬成台が補ってくれるよ。プロはこの程度の作業に錬成台なんて使わない」
「いや、師匠……魔力だけで錬成するなんて無茶だろ。イメージだけでそんなことが可能なのか?」
「できますよ。ほら……」
掌にのせた小さな宝石と魔石を、おっさんは強く握りしめ魔力を流し、次に掌を開いたときには魔晶石が完成していた。
一瞬の早業にセレスティーナとツヴェイトは絶句する。
「ほらほら、魔力を無駄にしちゃ~いけねぇよ。錬成台は既に動いているんだからねぇ」
「あぁ……。(なんか、納得いかないものが……)」
「アレが匠の技なんでしょうか?」
魔導術式は魔法を円滑に行使するために作り出されたものだが、それ以前の時代はどうであっただろうか?
答えは、イメージと魔力制御によるゴリ押しで行われていたと考えられる。何度か実験を繰り返して出したおっさんの結論だ。
物理現象を理解し、強いイメージを魔力で強引に現象として変化させる。
だが、それは容易なことではない。科学的な知識と魔力の性質変化を充分に理解していなければできないことである。
卓越した魔力制御力と深い科学的な知識を求められ、触媒となる素材の性質変化を的確に行い、制作工程を無視して結果として変質させる。当然だが失敗する確率は高い。
それを補うために長い“呪文”が作り出された。作業工程を呪文という形で確かめながら、同時に精神を集中させて成功率を高める。これが原始的な魔導錬成である。
錬成台はその手間を省き、魔法術式で可能な限り成功という結果に近づける道具で、呪文を必要としない代わりに物理現象の深い理解力が求められる。
そもそも、おっさんは長ったらしい呪文を知らない。しかしツヴェイト達の知識が目で見える形で確認できる授業とも言える。
「クッ……結構難しいな……」
「宝石に……分解した魔石を結合……。理解はしているのですが……」
「苦戦しているねぇ~」
そもそも二人は物質の結合状態を見たことなどない。
例えば金属の結合状態など電子顕微鏡でもあれば見ることが可能だが、この世界にそんなものがあるはずもなく、異なる結晶体を結合させるというイメージが湧かない。
本来、魔晶石を作り出すには宝石に魔力を流し込み変質させるわけで、例えるなら《ルビー》=《火》のイメージで属性に合った魔晶石が作られる。
これは、宝石の色合いで属性の性質を無意識に定着させるので、《ブルーサファイア》=《水》とか、《トパーズ》=《土》といった先入観が生まれてしまった。
まぁ、属性別の魔石が加われば、宝石もその属性に合わせた色に変化するのだから、あながち間違ってはいない。だが絶対というわけでもない。
二人が使っている宝石は、ツヴェイトがルビーでセレスティーナがアメジストだが、魔石の色は緑、つまり風の属性となる。
成功すればどちらの宝石も緑色に変化するはずだ。だが――。
「あっ、砕けやがった……。失敗か」
「あぁ!? 失敗したら砂みたいに……」
「ツヴェイト君は強引に結合させて砕け、セレスティーナさんは結合のイメージができたけど、凝結で失敗。硬度を保てずに圧壊したようだねぇ」
「でも、細かく砕けた宝石の色は緑色になってます」
「マジか!? 俺の方は細かく砕けただけで色の変化はない……」
つまるところ、細かい魔力制御はセレスティーナの方が得意ということになる。
ツヴェイトは魔力を力押しで動かそうとする傾向があるのだろう。魔石を魔力に分解したまではいいが、結合時に強引にねじ込む無茶な制御を行っていた。
異なる性質の物質が反発し合い、宝石も魔石共々砕けたのである。
「繊細な制御はセレスティーナさんが向いているようだねぇ。ツヴェイト君は強引に事を運ぼうとして失敗、これは性格によるものかな?」
「いや、たぶんイメージが中途半端だったんだろう。既存の粒子に別の粒子を組み込むってイメージが、理解しづらくてな」
「なら、試しに僕がやってみよう。見える形でゆっくりやるから、よく観察するように」
ゼロスはひときわ大きな宝石と魔石を取り出し、錬成台の上にのせた。
「せ、先生!?」
「し、師匠……その魔石と宝石、売れば一財産だぞ? 一般市民が数年くらい遊んで暮らせるほどの……」
「これくらい大きなものでないと、とてもじゃないが分かりやすく手本なんて見せられないからね。加工して杖にでも組み込もうかねぇ」
掌サイズの宝石と魔石。
もしこれが魔晶石化できれば、それこそ国宝級に相当するだろう。
ある意味で二人は世紀の瞬間を目撃しようとしていた。
「んじゃ、始めるよ」
ゼロスが出した宝石はただの水晶で、魔石は深い群青色をしていた。
どんな魔物の魔石なのかは不明である。
錬成台の上で宝石が宙に浮き、大きめの魔石が溶けるかのように細かく分解されていく。
魔力へと還元された魔石は宝石の周りに漂い、内部に浸透していくかのように宝石内部へと吸い込まれていく。同時に外部からの圧力によって結合を促進させる。
かなりの硬度があるはずの水晶が、まるでスライムのように蠢いていた。
「凄い……無色の水晶が青く変色していきます」
「水晶って、ダイヤ程ではないがかなり硬いよな? なんでこんな動きを……」
「そりゃ、粒子と粒子の隙間に魔力が加えられたことで、硬度を保てなくなっているからだよ。そんでこれを圧縮凝結!」
ブルースライム状態だった水晶が、四方からの圧力によって固められる。
大きさも掌サイズから、テニスボールくらいのサイズに圧縮された。
「ま、こんなもんかな」
「こんな深い青色……水属性ですか」
「……なぁ、最初からこの手本を見せられていたら、俺らは失敗しなかったんじゃねぇか?」
「ゆっくりと見せると、時間経過した分だけ魔力を無駄に消費するんだよねぇ。短時間で一気に作れるのが理想かな」
「「それ、俺(私)達でできるのか?(んですか?)」」
ここでゼロスの間違いを正しておく。
今ゼロスが行った方法が、初心者が行うべき正しい魔晶石の作り方である。
おっさんが始め二人にやらせたことは、『ぎゅっと』して『どか~ん』をいきなりやらせる暴挙だ。あやうく宝石と魔石が大量にゴミとなるところだった。
要は失敗することを前提に一気に魔晶石を作るか、魔力が直ぐに消費される覚悟をして確実に魔晶石を作るか、である。
いきなり上級者の技を見せたところで、成功することなど先ずない。
おっさんは少し先走っていたことに気づいていなかった。
手本を見せられ少しは理解したのか、ツヴェイト達は確実に魔晶石を作るべく、ゼロスの示した工程を参考に再び錬成を始める。
何度かの失敗はあったが、二人は辛うじて魔晶石を作り出すことに成功した。
形はかなり歪であったが――。




