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おっさん、調査結果を報告する


 ソリステア公爵領、サントール領主館。

 行政とソリステア商会の中枢ともいえるこの領主館は、領主が住む北側を本館とし、南側は商会や文官が公務を行う公務館に別れ、中庭のほぼ中央にデルサシスが建てた行政館が存在している。

東西と南北を回廊によって繋がっており、上空から確認すれば漢字の田という文字構造となっていた。

 ちなみに四区画に分けられた中庭には季節に合わせた花が植えられ、季節が移り替わるごとにその時期の色彩を見せてくれる。

 

 本来公務館が行政を行う行政館に相当するのだが、ソリステア商会を立ち上げたことで建物内の部屋の割り当ても大幅に見直され、行政業務と商会業務が建物内で二つに分けられた。それでも建物の自体が大きいので、役場としての機能もしっかり維持されている。

 中庭中央にある行政館が意味のないものに思われるかもしれないが、この場所は単にデルサシス公爵と側近達が仕事を行う場所という意味合いでしかない。

 これは、デルサシスが仕事中に他人の煩わしい声を聞きたくないという理由から、自らの稼ぎで勝手に建てた建物だ。領主館の方もついでとばかりに改築されている。

 先代公爵でもあるクストンもデルサシスの我が儘に近い無茶な行動力に呆れ、『いや、もう儂からは何も言わん。言っても無駄じゃし、もう手遅れじゃし……。普通は相談くらいするよね? 儂、お前の親だよね? 一応……』と言ったとか……。

 この時、税金に一切手を付けなかったことで、デルサシスの個人資産がどれほどのものか、関係者を大いに困惑させた逸話まである。

 そんなデルサシスの聖域と言うべき建物の一室に、ゼロスとアドは報告書を届けに来ていた。


「いつ来ても落ち着かないな、ここ。無駄に豪華で……」

「アド君、気持ちは分かるが仕事中だぞ? しかも依頼主の前で言うべきことじゃない」

「ふむ、さすがに私も『くつろいでくれ』とは言えんな。市井にいる二人にはあまり縁はないだろうが、他の貴族達もここに訪れることもあるゆえ、多少の無駄な装飾は諦めてもらいたい」

「やっべ、聞こえてた……」

「普通は聞こえるでしょ。余計なこと言わずに黙っていればいいものを……」


 社会に出て働いたことのないアドからしてみれば、提出した報告書に目を通すデルサシスの沈黙に耐えきれず、思わず声に出てしまっただけなのだろう。

 しかし、時代的に見れば中世文明期であるこの異世界において、アドの一言は不敬と捉えられてもおかしくはない。

 よほど気の短い貴族であれば、アドの一言で即刻守備兵を呼ばれかねない。


「貴族社会は不敬罪がある。武士のように頭を下げて余計な波風を避ける風潮ではないから、気をつけるべきだねぇ。デルサシス公爵が理解のある人でなければ、今頃は警備の騎士達に剣を突きつけられているよ」

「マジで?」

「中にはそんな貴族もいるのも事実ではあるな。この間も、肩がぶつかったという理由だけで町民を手討ちにした愚か者がいたほどだ。まったく、嘆かわしい……ところで」

「なんでしょう?」

「この、ミイラを作りだしていた原因が、【血液を媒体にする群霊レギオン】というのは確かかね。しかも、召喚された勇者が悪霊化しているとのことだが?」

「事実ですよ。さすがに勇者だけのことはあり、悪党しか狙わなかったようですがね。それが災いして群霊自体を乗っ取られたと僕は見ていますよ」

「盗賊が悪霊化して、元凶自身が乗っ取られては世話がないな。だが、これが事実ならとんでもない話になる」


 勇者が悪霊となり、人に災いをもたらす魔物となる。

 メーティス聖法神国を追い詰める情報ではあるが、同時に厄介な火種でもあった。

 今まで召喚された勇者の数は、歴史書を調べても200や300では済まない。それ以上の異世界人がこの世界に召喚されているのだ。

 その全てが輪廻の輪に返ることができず、四神や四神教徒達を恨み、復讐するべく動いている。

 メーティス聖法神国が勝手に滅ぶのは構わないのだが、その矛先がこの世界全てに向けられてもおかしくはなく、由々しき事態であった。


「神聖魔法の【浄化】を無効化し、火に対しても耐性がある。魔法にもある程度の耐性を持っていると見て良いだろうな」

「僕も同感ですよ。更に問題なのが、群霊やゾンビだけではなく、とんでもない化け物が現れる可能性も捨てきれないところですね。勇者の力は異質なもので、この世界に長期間留まり続けると歪みを生じさせます。その歪みが事象のことわりを狂わせてしまう」

「ふむ……まるで確信があるような言い方だな。ゼロス殿……単刀直入に聞かせてもらう」

「なんでしょうかねぇ?」

「君達の正体はなんとなく察している。そのうえで聞きたいことは……君達の目的は何かね」


 デルサシス公爵はゼロス達が転生者であることに気づいており、敢えてそこに触れず確信だけを聞いてきた。

 それは敵か味方かを知ることでもあり、場合によっては協力態勢を整えることで有事に備える必要もあった。敵とみていないのはゼロス達であれば回りくどいことをせず、自ら破壊活動をした方が手っ取り早いからだ。だが、そのような行動は確認されていない。

 多少いきすぎた行動もあるが、その殆どがうっかりやらかした結果に過ぎなかった。

 

「他の人は知りませんが、僕達の目的は四神に対する嫌がらせですねぇ。例えば、『代行神から本来あるべき神にこの世界を返す』とか? ですが、やるときは他人が巻き込まれることを出来るだけ避けたい。――と言ったところですかねぇ」

「例え……か、なるほど。勇者召喚で、この世界が滅びるところまできていたという話であるからな。確かに代行神には消えてもらいところではある。しかし、本来あるべき神が善なる存在とは限らぬのではないかね」

「神は基本的に『見ているだけ』で、世界をどうにかしようとする気はまったくありませんよ。人の手でこの世界が滅びるのは自然の摂理ですが、異界の者を召喚して、結果この世界を滅ぼすのは理の歪み。多くの神々にとってここは絶対に正さなくてはならないんでしょうなぁ~」

「ふむ、では……転生者なる存在が向こうに荷担したらどうするかね」

「僕は敵なら倒しますよ。平穏な生活を脅かすのであれば、こちらとしても遠慮する必要はないですしねぇ。遊び半分なら抹殺で、覚悟を持って攻めてくるなら半殺しに留めておいてあげますよ。まぁ、そんなに強い者はいないと思いますが」

「強い者はいない……か。ふむ……」


 デルサシスの頭の中では、ゼロスと同格の強い存在は数えるほどしかおらず、それ以外はこの世界の者達と戦力差は変わりないという認識となった。

 隔絶した強さを持つ二人がこちら側におり、馬鹿な真似をして捕まる転生者は性格に多少の問題がある程度の、たいした実力者ではなかったからだ。

 事実、彼等の大半は軽犯罪程度の騒ぎを起こしていた。


「私の知る限り、隔絶した強さを持つ転生者は四人ほど確認しているのだが? 一人は傭兵で、もう一人は北の大平原で獣人達と暮らしていると報告で聞いている」

「四人……ですか。たぶんですがケモ・ブロス君とマスクド・ルネッサンスかな? 何を危惧なされているかは知りませんが、前者は獣人族に危害を加えなければ敵にはなりませんよ。後者はそのうちファーフラン大深緑地帯にでも向かうんじゃないですかね? 狩りをするのが大好きですから」

「その者かどうかは知らぬが、最近になって我が商会にファーフラン大深緑地帯で生息する魔物の素材が持ち込まれているな。彼等は知り合いかね?」

「いや、ブロス君は知り合いですが……マスクさんは顧客程度のつき合いですね」

「俺も、あの人と話をしたことがないな。ガンテツさんの工房ですれ違ったことがある程度だし、何をしているのかさっぱりだ」


 【ゼロス・マーリン】、【アド】、【ケモ・ブロス】、【マスクド・ルネッサンス】。

 この四人がデルサシスの知る隔絶した力を保持する転生者だ。この辺りのことは彼の部下による諜報力であれば簡単に調べられるであろうと、おっさんは推測する。

 ケモ・ブロスは獣人族解放に熱心で、今も元気にメーティス聖法神国へ攻め込んでおり、マスクド・ルネッサンスもゼロスの言ったとおり、狩り場を求めてファーフラン大深緑地帯で活動している。今頃は獲物を仕留めて雄叫びを上げていることだろう。

 他の転生者らしき者達も、それぞれが好き勝手に行動していることは疑いようがない。


『他の転生者は、この二人から目を背けさせるための囮とみるべきか……。さて、これが切り札となるか、あるいは破滅の悪札となるか。フフフ……面白いな』


 デルサシスが知りたかったことは、ゼロスから聞いた。

 断片的な情報からおおよその事情を推察できる。これがデルサシス公爵の怖いところでもあり、四神と神を復活させるというキーワードから外の神々による干渉に気づいている。

 少なくともゼロス達は敵ではないが、それでも危険な手札であることに変わりはない。そんな手札が自分の手の中にあることが楽しくて仕方がない。

 本当に火遊びが好きなようだ。


「最後に、あの国はどうなると予想している? 私はそう遠くないうちに滅びると踏んでいるのだが」

「あぁ~、俺もその可能性は高いと思いますね。西にある大国に喧嘩を売っていると聞いたが、このチャンスをその大国が逃すとは思えない」

「それより、勇者の魂が関係した魔物があの群霊だけとは思えないねぇ。僕の見解としては、別の魔物も既に発生している可能性がどうしても捨てきれないんですが」

「だが、その魔物も四神に対して恨みを持っておるわけであろう? 我が国は安全ではないのかね」

「う~ん……だといいんですが、四神教の司祭や神官もこちらで布教活動をしてますよね? その人達も憎悪の対象に入っていたら面倒なことになるかと……」

「いやいや、ゼロスさん!? 不安になるようなことを言うなよ」

「なるほど、その可能性もあるのか。なかなか愉快なことが起きそうな予感がするではないか」

『『なんでこの人、ヤバイ話を嬉しそうに言うんだ? 愉快で済む問題じゃねぇーでしょ』』


 デルサシス公爵は危険度が高いほど燃え、厄介事が大きいほど首を突っ込む性分だった。

 常日頃から彼は、『危険とは人生を楽しませるスパイスである』と思っており、人前で豪語するほどだ。スリリングな日々を追い求めてやまない。

 必要なら自ら危険な状況を作り出すことを平気で行う人物だった。


「何にせよ、これで依頼は達成ですね」

「うむ、ご苦労であったな。報酬は口座に振り込んでおこう」

「とは言っても、その口座がある銀行も公爵の傘下なんだよな。よく過労死しないもんだよ。休暇をいつ取っているのか謎なんだが……」

「私も人間だ。休暇は当然取っているさ。そう、実に刺激的な休暇だがね」

「「その刺激的という言葉が不穏で怖いんですけど!?」」


 デルサシスの休暇がハリウッド映画ばりの、実にバイオレンスに満ちたなものであることは疑いようがなかった。

 そんなことを平然と口にするデルサシスの日常を聞いてみたいところだが、同時に聞いたら後に退けないような気が直感で知らせてくる。

 ゼロス達は気づいていた。目の前の公爵が本当にヤバ~イ人種であることを……。


「で、では僕達はこの辺で……」

「うむ。また何かあれば調査を頼むとしよう。今回は実に良い仕事をしてくれた」

「出来れば安全な仕事をしたいな、俺は……」

「アド殿は、魔導式モートルキャリッジの動力部品製造の仕事が残っているな。三日ほど休暇を楽しんだら工房の手伝いをしてもらいたい。こと魔法式はいまだに手に余るものなのでな」

「うそ~ん……ゼロスさんも手伝ってくれよ。あんたがアレを作ったんだろ?」

「手伝いですか……だが断わる! 確かに試作品は作ったけど、生産となると僕の手から離れたからね。大丈夫、魔法式を刻み込む簡単なお仕事さ」

「鋳造でいいじゃん! モールドに流し込めば簡単に終わるじゃん」

「その工場は、現在急ピッチで建築中だ。それまで君には頑張ってもらいたい」


 おっさんのお仕事はこれでおしまいだが、アドは三日後からハードな仕事が待っていた。

 そんなアドをあっさり見捨てるおっさん。

 ドアから出て行く二人を見送るデルサシスは、一枚の報告書に目を通した。


「タネガシマに似た武器か……。威力面では圧倒的に差があるようだが、ゼロス殿ことだから決して売ろうとは思うまい。これは軍事戦略を根底から変えてしまう危険極まりない武器だからな。興味深いのも確かだが、さて……どうしたものか」


 その報告書には、ルナ・サークの街での戦闘の経緯が詳細に書かれていた。

 魔導銃の存在がこと細かに報告されており、実に興味深い内容である。同時に軍の有り様を根底から覆し、戦場をより凄惨なものに変えてしまう危険性を孕んでいる。


「聖騎士団にいる密偵にも報酬をはずまねばならんな。ふむ、取り敢えずタネガシマをベースに我が工房で開発させてみるのも一興。陛下への報告はまだよいだろう。馬鹿共に知れれば事が大きくなりかねん。奴等には過ぎた代物だ」


 デルサシスの情報網は、メーティス聖法神国の精鋭部隊の中にまで手を伸ばしていた。

 しばらく思案した後に部下を呼び出し、報酬を口座に振り込む手続きを指示する。

 密偵に関しては裏の者が報酬を手渡すことになるが、足が付かないよう細心の注意を払い送り届けるよう厳命する。

 裏でも表でも、デルサシス公爵は無駄に影響力のある人物だった。


  ◇ ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 領主館からゼロスとアドは別れ、アドは真っ先にユイの元へと帰宅し、おっさんは煙草と土産の串肉を買いながらゆっくりと帰路に就いていた。

 最近の旧市街は活気に満ちている。

 この地は古くから定住している者達以外に、他国から何らかの理由で流れ者達が勝手に住みつき、ごく最近までは浮浪者や破落戸などが屯していた。

 しかし、サントールの経済状況が活性化することで、多くの職人雇用が活発化し無職の者達が就職したことから、小さな工房が再び息を吹き返した。


 一般無職者の多くがハンバ土木工業へ、職人は旧市街の廃棄された工房を活用し、現在魔導式モートルキャリッジの外装部品を製作している。

動力部はソリステア派が所有する工房で作られているが、腕の立つ魔導士が少ないことから生産が追いつかない状況である。

 そもそも魔導錬成が行える魔導士が数えるほどしかいないので、どうしても職人の手による作業が中心になってしまい、それを補うための機械技術は未熟のままだ。

 機械工学などの技術レベルが未成熟な中世文明期レベルなので、どうしても職人の腕頼りになってしまうのは仕方のないことだ。だが、そんな状況でも光明はある。

 そう、魔導式モートルキャリッジを見たドワーフが機械に興味を持ち、魔導士と組んで工業用機械の製作に着手し始めていた。

 車とは動力部から力を伝達し、車輪を稼働させることで移動する。重要なのは動力から力を伝達するという部分で、様々な機械に応用することが可能である。

 ネジや歯車など金属加工する機械が誕生すれば、機械工業は急速に発展していくことだろう。そんな技術者を目指す者達が旧市街に住みつき、ソリステア商会の庇護の元、旧市街で活動していた。


「少ない魔力でいかに効率化するべきか……。動かすだけなら手間が掛らないのだがな」

「動力の回転を歯車だけで補うのは無理がある。力は出るが回転数が……」

「ベルトはいい案だと思うのだがなぁ~」

「耐久力に難があるな。魔物の素材にもよるが、問題はどれが適しているかだ」

「これが完成すれば作業がより効率化される。しかし、魔石だけで魔力を補うのも限界があるぞ。それに実用的ではない」

「魔力タンクは良い物じゃが、ミスリルやオリハルコン……加工が難しい上に採掘量が少ない。特にオリハルコンなぞ儂は扱ったことがないぞい」


 工業用機械の製作をしているとおぼしき職人達が、広場の前で集まり談義していた。

 それぞれの結果の意見を求め、多様な方向から案を持ち出しては改良し、更に創意工夫して効率化を図る。これはどこの世界でも同じだ。

 そう、魔導式モートルキャリッジが現れたことで、ソリステア魔法王国は産業革命を迎えようとしていた。

 だが、そのきっかけを作ったおっさんは、というと――


『賑やかだなぁ~。最初に来たときは汚い街だったのに、いつの間にかこんなに人が溢れてるよ。店を始めた人もいるようだし、住みやすくなったもんだねぇ』


 ――めっちゃ他人事だった。

 好き勝手に物を製作はするが、他人の手に渡った時点で無関心になり、余計なことには首を突っ込まない。

 職人や魔導士達の会話に入る気はなく、暢気に煙草を吸いながら通り過ぎた。

 おっさんにとって、技術の革命を起こすのはあくまでもこの世界の人々であり、自らその輪に加わる気は全くない。歴史に名を残すつもりも更々ない。

 だが、自分が作り出した物が後の時代に発見され、それが原因で大賢者の名が世に知れ渡ることになろうとは、今のゼロスに知りようもなかった。

 

「お土産に串肉は買ったし、これで集られることはないだろう。カイ君はなんであんなに肉に拘るのかねぇ~」


 お肉至上主義の少年を思い浮かべ、思わず苦笑いするゼロス。

 他のハングリーチルドレン達も肉には執着するが、カイだけが肉に対して異常な執着を持っていた。最初の一口に拘り、最後の一切れに拘る。

 まるで神聖な食べ物を口にするかの如く、カイの肉に対する食事方法は妙に洗練され、その食儀を外れる者がいれば仲間でも許さない。

 最初の一切れの肉を口にすることを神聖視し、続く肉を愛おしむが如く慈しみながら味わい、最後の一切れに肉に感謝を込めて祈りを捧げる。

 何が彼をそこまでさせるのか、ゼロスにはまったく理解できなかった。


『カイ君は、肉で新興宗教でも立ち上げるつもりなのかね?』


 おっさんはちょっと想像する。

 荘厳な神殿と祭壇の前に立つ神官姿のカイ。彼の前には長いテーブルの前に多くの神官達が座り、目の前の大皿に盛られた焼き肉に祈りを捧げている。

 祈りが終わると大皿から肉を各自に一切れずつ取り、愛おしげに見つめながら口に運び、肉の旨味を口の中で慈しむかのように味わう。

 その後はただ無言で肉だけを食べ続け、最後の一切れに涙を流しながら感謝し、『今日、我らが血肉となりし肉達に感謝を。そして、これから糧となるであろう命と肉に深い愛を捧げます。アーメン……』と言って、ただ肉を食べるだけの食事集会が終わる。


『……どないな宗教やねん!』


 自分の妄想に思わずツッコミを入れる。

 肉を食べるだけの宗教というのも普通に考えて不気味だが、問題はそのシチュエーションだ。

 今の妄想内では荘厳な神殿だったが、これが地下の薄暗い祭壇であれば、闇の中で燭台の蝋燭が僅かな明かりを灯す中、ただ肉だけを無言で一心不乱にむさぼり食う光景になる。

 まるで悪魔崇拝の集会のような、邪で異様な場面に早変わり。

 何より、実際にカイがその教祖になりかねないほど肉に執着していた。肉を否定しようものなら、本当に邪教となりかねないほどに彼は肉を愛してやまない。


「……笑えない。実際に宗教を起こしそうで怖いぞ、ジョニー君達が引き止めてくれればいいが……」


 カイの将来が心配なおっさん。

 そして、心配はしているが結局のところ他人任せだった。

 馬鹿な妄想に悩みつつ教会の前に到着すると、ちょうど礼拝堂から出てきた近所のご老人達とすれ違う。

 このご老人達は、別に教会で祈りを捧げに来ている訳でもなく、殆どがルーセリスの治療を受けに来ている人達だ。


「繁盛してるねぇ」


 ルーセリスの立場は見習い神官だが、彼女の仕事は神官と言うよりは医師か薬師に近く、医療行為を行う者がいない旧市街では多くの人達の助けとなっている。

 四神教の布教活動をするわけでもなく、たまに祭壇の前で信者に説法するときもあるのだが、『神に頼るばかりでは何も進めることは出来ません。自分の足で立ち上がり、自らの生を歩く者が未来を掴めるのです』と、言い方は丁寧だが、どこかの司祭長が言いそうなことを堂々と広めていた。主神を否定するようなことも常日頃から口にしている。


 その光景を目にしたことのあるゼロスは、『えっ……いいの? 見習いとはいえ、一応、大勢力を持つ宗教の神官なんだよね? そこまで言い切っちゃってヤバくない?』と思ったことが何度もある。

 どこかの放蕩司祭長の影響が強いのか、ルーセリスは四神教の聖書を蔑ろにしていることが多く、異端審問官にでも見つかればマズい事態になるだろう。

 もっとも、実際のところ異端審問官はソリステア魔法王国に来ることはない。メーティス聖法神国側が異端審問官の派遣を強要しているが、ソリステア側が全て断わっていた。

 何しろ国に来ている神官だけでなく異端審問官も内政干渉をしてくる者が多く、不穏分子を国内に入れるような権力者はいない。合理的なソリステアの政策で結果的にルーセリスの安全は保証されていた。

 中には裏金をもらって招き入れる貴族も存在するが、どこかのデキる公爵様が情報を入手し、逆に脅迫され手駒にされるなどの裏事情もある。

 

「いつまでも教会の前にいたら不審者だな。中に入るか」


 教会の扉を開き礼拝堂にはいると、ちょうどルーセリスが薬瓶を片付けているところだった。カイとラディが掃除をしており他の子達の姿は見当たらない。

 耳を澄ますと金属がぶつかり合う音や、空気を振るわせるような振動音が聞こえてくる。

 どうやら他の子達はコッコ相手に修行の真っ最中のようである。


「やぁ~、ただいま戻りました」

「あっ、お帰りなさい、ゼロスさん。お仕事は無事に終わりましたか?」

「ミイラを探す簡単な仕事でしたんで、直ぐにカタがつきましたよ。僕がいない間、なにかあったりしましたかねぇ?」

「いつものような平穏な日でしたよ。特に問題もありませんでしたね」


 問題らしきことは起きておらず、安心したゼロス。

 まぁ、面倒事が起きても困るだけだが、基本的な報連相は取り敢えずやっておく。

 シャランラのような厄介者がいつ現れるか分からず、小さな異変でも気に留めておくだけで危険度は幾分か下がる。何しろ地球とは安全性がまったく異なるからだ。

 スリなどの軽犯罪は日常で、ごく稀にだが強盗や殺人事件も起こっている。サントールの治安が他に比べ安全なだけで、実際のところ各領地の犯罪率は非常に高い。

 街道では盗賊被害が頻発し、騎士団の派遣が決まる頃には既に逃げられているのが現実だ。大抵の場合は、討伐されるか犯人が高飛びして捕まらないことの方が多く、それ以上に魔物の襲撃被害が多い。



「平和が何よりですねぇ。最近はこの辺りも人が多くなりましたし、犯罪者が流れてきていることもありますから念を入れておかないと」

「そうですね。今日も初めて来る患者さんがいましたし、いつの間にかこの辺りも賑やかになってきていますよね。薬草などの補充も間に合わなくなりそうです」

「ジャーネさん達に頼んでみるのはどうです? 傭兵なんだし、採取依頼も受けることがあると思いますが」

「最近、アーハンの村に行っているようですよ? なんでも鉱山がダンジョン化して、魔物の数が増え出したと聞きましたが」

「……アーハンの村? 鉱山?」


 以前、ゼロス達が鉱物採取に向かったことのある村。

 鉱山がダンジョン化しており、最下層には巨大なサンドワームが溢れかえりそうなほど繁殖していた。

 広範囲殲滅魔法で全滅させたが、そうした生物の魂や魔力を吸収してダンジョンは成長する。ダンジョン活性化の原因はおっさんにもあった。

 だが、ダンジョンの存在は何も悪いことばかりではなく、魔力の帯びた武器や貴重な魔物の素材も手に入るので、その恩恵で経済活性化にも繋がる。

 大国がダンジョンを可能な限り管理しているのも、鉱山など限定的な場所で採掘される鉱物資源よりも容易に資源確保が可能だからだ。

 特にミスリルやオリハルコン、ダマスカス鋼などの稀少金属がその部類に入る。

 ちなみにヒヒイロガネは、ミスリルとオリハルコン、白鉄を一定の割合で配合し錬成した合金である。自然界で生み出されることもあるが、加工が難しかった。


「いつも教会にいるから仕事がないのかと思えば、あそこに出入りしていたんですか。ダンジョンは危険と隣り合わせなんだけどねぇ。強力な魔物がでてくることもあるし、きちんと間引きしておかないと、後でとんでもない事態になりますよ」

「その間引きの仕事をジャーネ達はやっているようですね。武器や防具が強化できるし、素材を売ればお金になると喜んでいましたね」

「そのジャーネさん達は温泉だし、レナさんは……。うん、考えないことにしておこう」


 ジャーネ達は普段、アーハンの村でダンジョンアタックをしていたのは初耳だった。

 あとは農場に現れる魔物討伐や商人の護衛依頼、仕事がないときは採取依頼を受けている。ただ、傭兵は宿無しが多く、普通に生活するだけでも金が掛る。

 ジャーネとイリスは現在温泉に行っているが、実のところ毎日仕事をしていないと直ぐに資金が底をつくシビアな職業である。レナにいたってはプライベートが謎だ。

 幼なじみというツテで教会に住み込みしているが、裏を返せばそれだけ生活が困窮していることを示していた。


『普通に考えても甘えだよなぁ~。まぁ、傭兵なんてそう簡単に儲かる仕事じゃないけど……。生活費を出しているだけマシなのかねぇ』


 一度社会に出た以上、いつまでも人の好意に甘え続けるわけにはいかず、ジャーネ達もその辺りのところは申し訳ないと思っているのだろう。

 だからこそ食費だけは教会に入れているのだと推測できる。


「おっちゃん、土産はないのか?」

「肉は? 肉肉肉肉肉、にっくぅ~~~~~~っ!! むむぅ、肉の匂いがする!?」

「土産ってほどのものじゃないけど、夕食用に串肉を買ってきましたよ」

「いつもすみません。こら、二人ともゼロスさんにお礼を言って」

「ありがとな、おっちゃん」


 ラディは悪びれなく手を上げお礼を言う。

 だが、カイだけは串肉と聞くとその表情は次第に輝かしい笑みを浮かべ、その場で喜びの舞を踊りだす。


「ありがとぉ、肉教祖様ぁあああぁぁぁぁぁっ!!」

「肉の教祖にされただとぉ!?」


 そして、おっさんの評価は肉教の教祖にランクアップされた。

 カイにとって無料で美味い肉を恵んでくれる相手は神に等しいようである。

 喜んでくれるのは嬉しいところだが、何だか分からない宗教の教祖に格上げされるのは不本意であるのだが、カイにとっては最高の賛辞とお礼のつもりなので文句が言えない。


もし、先ほど抱いた空想が現実となりカイが教祖となったとき、自分が神として祀られていないことを切に願うゼロスだった。


  ◇ ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 身重のユイが心配で、急ぎソリステア公爵家別邸へ戻って来たアド。

 だが、彼か帰宅して早々聞いた言葉は――


「おめでたです。元気な女の子ですよ」

「ファッ!? ダンティスさん……今、なんて……?」

「じゃから、ユイ殿が出産したのじゃて。良かったのぅ、お主はこれで一児の父親じゃ」

「な、なんですとぉ!?」


 ――子供が生まれていた。

 いや、出産間近なことは知っていたが、まさか数日空けている間に生まれてくるとは思ってもみなかった。


「「アドさん、おめでとぉ!」」

「あっ……あぁ………」


 ただ、いきなり出産したことを告げられたので、アドは実感がまるでない。

 むしろ出産に立ち会えなかったことに対する罪悪感いっぱいで、祝いの言葉が虚しく頭に響き渡っている。突然のことで放心するほどショックを受けたようだった。


 彼が復活するのは、業を煮やしたシャクティ達に半ば強引にユイの部屋へ連行され、ベッドで横になるユイと我が子に対面したときだった。

 その直後、彼の意味不明な歓喜の叫びが屋敷に響き渡ったという。


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