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おっさん、リーマン時代を思い出す

 


 ルナ・サークの街からソリステア魔法王国に戻る途中、森で一晩を明かし、翌日の昼頃にはボバン砦へ辿り着いたゼロスとアド。

 この砦の守備隊を指揮するルガー・ガンスリングに報告書を手渡していた。


「血液を媒体とする死霊群だと……。こんな魔物、聞いたことがないぞ」

「おそらくですが、メーティス聖法神国に到達した頃にはまったく別の存在に変質していたんでしょう。少なくとも、この国で相手にしたゾンビは普通のヤツでしたから」

「何が原因でこのような変化をしたのか、分かるかね?」

「さぁ~、死霊とスライムはどんな変化を遂げるか未知数ですからね。何が引き金となって異常種に変わるかなんて、人の身では分かりませんよ」

「神のみぞ知るか……。報告、ご苦労であった。この後はサントールの街へ戻るのであろう? デルサシス公爵によろしく伝えておいてくれ」

「お知り合いなのですか?」

「まぁ、昔世話になったくらいだな。詳しくは言えぬが……」

「そうですか、ではこの辺りでおいとまさせていただきます」

「うむ」


 事務的な報告を終え、ゼロスはボンバ砦の入り口で待機しているアドの元へと向かった。

 アドはこうした事務仕事が苦手なようで、全部ゼロスに押し付け逃げた。お偉いさんとの対話は疲れるらしい。


「終わったよ。それじゃサントールに帰ろうか」

「意外と早かったんだな……。もう少し掛るのかと思ってた」

「報告書の提出と、現地で見たことの補足説明だけだからね。知っている情報なんてたいしたことじゃないし、そんなに時間は掛からないさ」


 のんびり歩きながら砦から離れていく二人。

 距離を取ってからアドはインベントリー内から【軽ワゴン】を出し、運転席に乗り込んだ。


「あれ、運転はアド君がするのかい?」

「まぁ、面倒事を押し付けちまったからな。このくらいはやらないとさ」

「そうかい? なら運転は任せたよ」


 低い駆動音と共に軽ワゴンが走り出す。

 流れる景色を眺めながら、ゼロスは煙草に火を灯す。

 白い煙が窓ガラスの隙間から外へと流れていく。


「ところで、なんで報告書を二つ用意したんだ? まぁ、砦とデルサシス公爵に渡すのは分かるが……」

「デルサシス公爵の方は、あのレギオンのことを詳細に書いてある。今まで犠牲となった勇者達のことを含めてね。さっき手渡してきた方は、当たり障りのない程度にまとめた報告書だよ」

「まぁ、殺された勇者が復讐のために被害をもたらしているなんて、あの場で言えないだろうからな。それにしても、よくそこまで考えられるな? 俺だったら全部報告して終わりだぜ?」

「新聞を読んでいないのかい? 今、事の真相が世に広まるのは拙いんだよ。ただでさえ隣国との情勢が不安定になってきているのに、この情報が世に出回れば混乱が加速してしまう。外交の切り札として控えておいた方が望ましいのさ」

「なるほどな……」


 謎のミイラ事件の真相を全て報告するのは危険だった。

 何しろ、メーティス聖法神国が召喚した勇者を人知れず始末して、その死霊が原因で多くの人命が危険にさらされているなんて知れ渡れば、この未発達の文明期では戦争の機運が高まりやすい。

 情報はどこから漏れ出すか分からず、漏れた情報もどんな効果を及ぼすか未知数だ。小さな噂があらぬ事態へと発展することも充分に考えられる。

 その混乱に巻き込まれるのは一般の民なのだ。


「僕はねぇ、今の平穏を乱す気は更々ないんだよ」

「今、戦争はまずいか……。本当によくそこまで考えられるな、尊敬しちまうわ」

「いや、たんに僕が巻き込まれるのを避けるためだよ。間違いなく裏仕事を頼まれそうじゃないか。まぁ、ビジネスならやるけどさ」

「保身のためだった!? なに? 今までの話は面倒事を避けるためなのか!?」

「当然じゃないか。それに、メーティス聖法神国は他国からかなり恨まれている。今この情報が漏れれば、大義名分を掲げて戦争をふっかける国がたくさんあるだろうねぇ」

「西にも大国があったっけ……。国名は知らねぇけど」

「ここは最東だからねぇ。イサラス王国は山の中だし、西の国の情報はなかなか入ってこない。ソリステア魔法王国でも貿易程度の相手国らしいよ」


 メーティス聖法神国の西側には、巨大な国家が存在する。

 人が住める領域の四分の一を支配し、更に南の大陸の一部にまで国土を拡げるほどだ。

 海洋貿易国家らしく、その支配領域はどこの国よりも広く、なによりも軍事力が群を抜いて高い。

 国名を【メルギルド帝国】。地球で言うならローマ帝国に相当する繁栄をみせていた。


「もしかして、メーティス聖法神国はお隣にもちょっかいを掛けたのか?」

「歴史では国境付近で何度か小競り合いをしているねぇ。土地を奪ったり奪われたりの関係さ、戦争になりそうだろ?」

「……なぁ、ゼロスさん? この世界の戦争って……」

「軍事施設以外にも、街や村を襲撃して虐殺。兵士は略奪を繰り返し、強姦する者や強盗が跋扈することになる。女子供は奴隷になり、男の大半は労働奴隷か鉱山奴隷、あるいは殺されるだろうねぇ~」

「人権が尊重されねぇのか。それは嫌だな……」

「だからこそ、火種はバラ撒くべきではないんだよ。アド君も平穏に生きたいだろ?」

「……だな」


 メーティス聖法神国は、国が滅びる火種をいくつも抱えてしまっていた。

 勇者召喚による自然界魔力消費での世界崩壊未遂、人知れず抹殺してきた勇者の復讐による異質な魔物の誕生、妖精養護による多大な民衆の被害。

 周辺諸国に脅迫外交での国家間軋轢、異教徒弾圧を名目とした侵略戦争。神聖魔法(回復魔法)の法外な治療費による無茶な搾取、他国への内政干渉に当たる神官優遇政策を強要。

 神聖魔法を鼻に掛けた医療脅迫事件は数知れず、邪教と討伐を名目とした民間人大量虐殺と他国領地への国境侵犯や侵略行為など、数を上げれば切りがない。

 だが、その殆どが勇者召喚という軸の上に成り立っており、短期間で他者よりも成長が早い勇者の戦力は周辺諸国には脅威であった。

 その勇者も、もはや召喚されることはない。後に残されたのは内憂外患の腐った国家という枠組みだけである。


「勇者は裏切り、今抱えている連中もいつ反逆するか分からないから、慎重だろうな。以前召喚された勇者の何割か生き延びているかも知れねぇし、敵に回したらヤバいだろ」

「アド君、鋭いねぇ~。ついでに勇者を殺すことができなくなった。暗殺でもすれば不滅の敵になりかねないし、何より残された貴重な戦力だからね」

「四神は代行者で、邪神ちゃんは既に復活。終わったな……」

「ただ、国を滅ぼしても復興がねぇ~。田舎町ならいいけど、大きな都市ともなると経済を安定させなくちゃならないし、広大な土地がしばらく荒れるねぇ。戦争なんて長く続けられもんじゃないんだから」

「金が掛るからな。脱走した兵士や騎士が夜盗に変わるかも……。壊すのは簡単だが、統治する下地を築くには時間が掛かるか」

「戦争になれば難民流民が溢れるだろうし、周辺国家はその対応に追われることになる。地道に外側から削り取っていくのが常套手段だよねぇ~」


 宗教国家としての柱を根元から崩すのは簡単だ。

 だが、そこから発生するリスクの方が大きすぎる。戦争することに利がない。


「デルサシス公爵なら、上手いことやるんじゃね?」

「たぶん保身を考える馬鹿か、小心者の領主から裏で落していくんじゃないかな? 要らなくなれば切ればいいんだし」

「ゼロスさん、悪どいぞ」

「不要な人材を切り捨てるのも経営者の手腕だよ? それなりの地位にいる神官や司祭は、裏で後ろ暗いことをしている可能性が充分考えられるし、叩けば埃が出るだろうね」

「あの人の情報網があれば、そのくらい調べがつくってか? 怖い話だ……」

「僕らは一定の距離を保っていればいいんだよ。深入りはしないようにねぇ、それが世渡りのコツさ。生活ができればこの世界では幸せなんだから」


 便利な物なら自作が可能であり、版権を売ればそれなりに優遇してもらえる。

 政治に口を出さず、頼まれたことを適正価格で引き受けているだけで普通に生活ができるだろう。なによりデルサシス公爵はゼロス達を敵に回すようなことはしない。

 使える人材であれば、相応の見返りを支払うことを躊躇わない人物だ。人質を取って脅迫は悪手と理解している。


「ユイさん達を近くにおいているのも、それが理由だろうねぇ。身辺の安全は保証する、これはデルサシス公爵なりの誠意だよ。ギブ・アンド・テイクさ」

「為政者と言うより、やり手の経営者だよな。凄ぇ頼もしい……」

「イサラス王国とも友好的に話を進めるさ。アド君が馬鹿な真似をしでかさない限り、だけどね……」

「やらねぇよ!? もはやラスボスじゃねぇか、怖くて逆らう気にもなれん!」

「上司があれくらいデキる人だったら、僕も地獄を見なくて済んだんだけどねぇ……」


 リーマン時代、プログラマーとして仕事をしていたゼロスの職場は、限りなく黒に近い灰色な環境だった。

 最初の上司は話の分かるソコソコやり手の人物だったが、出世して別の部署に移動。次にきた上司は無責任に仕事を引き受け、その対応に追われる毎日。

 管理責任者とは名ばかりで、事実上はゼロス――聡に任せきりの信用ならない人物だった。重要な話や商品の期限変更を忘れるなど日常茶飯事。

 チーム主任としての立場上、部下の状態を常に気を配り、なんとか休暇を入れられるよう調整に苦心した記憶が呼び覚まされる。


「……いきなりさぁ~、海外出張入れてくるんだよ。しかも『プレゼンの準備もしろ』なんて無茶なことを言い出してさぁ~、そのくせ自分ではなにもやらないんだ」

「アンタの方がいきなりだよ、なんの話だぁ!?」

「一週間前に話が出ていたのに、二日前に言いだしやがって……。しかも、『うっかり忘れてた。今度、酒を驕るから』なんて言いやがった。飲みに行った記憶なんて一度もねぇぞ……。部下に予定変更を伝えてプレゼンの資料を集め、更に現場状況の調整変更……。どんだけ苦労させられたことか……。マジで地獄だった。あのおっさん、クビになればいいのにと、何度思ったことか。フフフ……」

「だから、なんの話!? こえぇよ!!」

「先に職場を辞めたのは俺の方だったけどねぇ……。ヘヘヘヘ……」

「俺っ!? 口調が変わってるぞ、いったいどうしちまったんだよ!!」


 暗い記憶に苛まれ、おっさんは一人鬱になる。

 隣で運転するアドは、ただ混乱するだけであった。

 そんな二人を乗せた軽ワゴンは、搭乗者のことなどお構いなしに街道を走り続けた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 黒い霧――レギオンがゼロス達に滅ぼされた頃、もう一つの黒い霧であるシャランラは街道を行くキャラバンの馬車にへばりついていた。

 力の衰えた今の状態で、護衛に就いている傭兵達を襲うのはリスクが高い。

 今は身を潜め、放出される魔力を押さえるのに苦心していた。


『……いい加減に飽きてきたわね』

『姐さん、ここが我慢のしどきですぜ?』

『中に神官がいるようだからな、慎重に動かねぇと殺られるぞ。我慢だ』

『わかってるわよ! それより、この馬車はどこへ向かっているのかしら?』


 黒い霧状の姿は一定の魔力を常に消費し続けている。

 血液という媒体に魔力で魂を固定している状態なので、いずれどこからか魔力を供給する必要がある。だがキャラバンを襲うわけにもいかない。

 何しろ現在地が分からず、魔力も無限ではない。キャラバンの人達を襲えば街に辿り着かずに魔力を消費し、途中で消滅するかもしれない。

 偶然だったとはいえ、今の自由に動ける状態を失うわけにはいかなかった。


『まったく……不便な体よね』

『要らない奴等を切り捨てたから、まだ魔力には余裕がありますぜ?』

『それでも魔力は消費されてんだ。できれば全部消費する前に辿り着きてぇよな』

『現在位置が分からねぇのが問題だ。土地勘のある連中は皆向こう側にいっちまったしよぉ~、今頃は体を取り戻しているかもしんねぇ』

『あいつら……絶対探し出して潰してやるから!』


 なまじ意識があるだけに、馬車の二台の真下にへばりつく状態は暇でしょうがない。

 意識内で会話をしていても出てくる言葉は愚痴ばかりだ。

 キャラバンの商人達の声が聞こえたのはそんな時だった。


「やっと見えたぞ。街だ!」

「これで野宿とはおさらばだ。今日はゆっくり休めるぞ!」

「柔らかいベッドが恋しかったぜ」

「おいおい、行くなら娼館だろ? 久しぶりに女が抱きてぇ~」

「子供もいるんだぞ、教育に悪いだろうが!」


 護衛の傭兵や商人達が、にわかに活気づいてきた。

 街道を何日も掛けて移動してきたのか、彼等は久しぶりの街を見て喜び、街へ向けて気を取り戻した。

 長旅の疲労から先ほどまで口数が少なかったのだ。シャランラ達もその無口振りから苛立っていたので、朗報である。


『これは好機ね』

『へへへ……やっと暴れられるぜぇ』

『けどよぉ~、だいぶ魔力が減っているぞ? 神官に見つかったら浄化されかねねぇ』

『表だっては動けねぇな……。なら、そこいらの浮浪者でも襲うか。どうせ仕事もなく他人にすり寄るしかねぇクズだしよぉ』

『俺達、幽霊だしな』

『街に入ったら頃合いを見て裏通りに行くわよ! なんとしても体を手に入れるのよぉ!!』

『『『『アナホレサッサァ~~~ッ!!』』』』


 彼等は気づいていなかなかった。

 自分達が、既に神官達の浄化魔法では滅びることがないことを……。

 キャラバンが街の中へと入り、悪霊達は夜が訪れるまで我慢を続け、夜の帳が下りる頃合いを見計らい闇へと消えていった。

 この日から、街でミイラ化した死体がいくつも発見されることとなる。

 騎士団が衛兵達を伴い調査したが、結局原因を掴むことができなかったという。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ルナ・サークの街は、散乱したゾンビの残骸の後始末に追われていた。

 聖騎士や衛兵、傭兵も加わり急ピッチで処理作業を行っている。

 基本的には穴を掘り、そこにゾンビを放り捨てて燃やすのだが、過度の爆発で広範囲に散乱したので集めるのが大変だった。

 謎の二人組は暴れるだけ暴れ、後始末をすることなく消えた。

 被害を最小限にしてくれたとはいえ、面倒な仕事だけを残してくれただけに、作業に準じている者たちは恨み言を口々につぶやいていた。


『まぁ、気持ちはわかるよなぁ~。俺も報告書を書かなくちゃならないし、どこまで書いていいのかもわからん』


 厄介なことに転生者は魔導銃という最新武器を所持し、群がるゾンビどもを跡形もなく吹き飛ばし、残りをたった二人だけで斬り捨てた。

 更に血液に憑依する死霊群と、かつて勇者であった者たちの慣れの果て。自ら魔物となって復讐しようとする宗教国家の新たな敵。

 呪詛ゾンビだけでも厄介な存在なのに、神聖魔法すら効果がない存在など倒しようもない。唯一対抗できるのが魔法による武器だろう。

 ついでに学にとって問題なのが、自分が所属している国が用済みとなった勇者を殺していることだろう。


「ハァ~、知りたくもないことを知っちゃったなぁ~」


 先輩である勇者の死霊が口々に恨み言を残していた。

 彼らはこの世界で永遠にさまよい、メーティス聖法神国に復讐しようとしている。

 学も同じ立場であるから気持ちが痛いほどわかる。

 

『恨まない方がどうかしてるよ。勝手な都合で召喚しておいて、送還されずに殺されたんだから』


 送還されずに殺されたというのは学の憶測だ。

 だが、勇者たちの魂は二十人から三十人はいた。

 メーティス聖法神国は『勇者は元の世界へと戻った』とか、『死んでも元の世界で蘇生される』とか都合のいいことを言っていたが、それが嘘だと判明したことになる。

 転生者が何気に言った真実。つまり学も歴代の勇者達と同じ道をたどることになるわけで、それを思うとやる気が出ない。

 本日何度目かの欝なため息をついた。


「やってられなよなぁ~……」

「こんなところにテーブルを運んでいるのですから、しっかり報告書をまとめてください。みんな見ているんですよ?」

「そうだけどさぁ~、なんで後始末の監督しながら、報告書を書かなきゃならないわけ?」

「マナブ様が『やる気がでねぇ~、もうベッドから出たくない。欝だ』と言って部屋から出てこなかったから、私たちが仕事をしやすいようにここまで運んだのです。わがまま言わずに手を動かしてください」

「そうは言うけど……なんでこんな場所なわけぇ!? リナリーさんの指示?」


 学がいる場所は昨日まで戦場の最前線だった防壁の真上だった。

 主に弓兵が矢を放つ場所だが、なぜか天幕も張られ、そこで書類を書されていた。

 要するに、宿の部屋に引きこもったら一時間後に強行突入され、この場に連れてこられたのだ。ドナドナである。


「俺は……解体される牛の気分を味わったよ」

「不条理に殺される家畜の儚さを知ったのですね。それはとてもよい経験でした」

「そうだね。ある意味、勇者たちは家畜と同じだよ。けど、不条理に殺された者が復讐しないとなぜ言えるのか……。この国は別の意味で終わったよ」

「何が言いたいのですか? 仰っている意味が分からないのですが……」

「昨日のゾンビはね、今まで犠牲となって死んだ勇者のなれの果てだよ。俺たち勇者は死んでも元の世界には帰れない。永遠にこの世界のとどまり、この世界を憎しみ、災いをもたらす。その先輩達が動き出し、この国は呪われるだろうさ」

「!?」


 リナリーは硬直した。

 学が何を言いたいのか理解できてしまった。


「知ってたんだね? まぁ、それはいいさ。俺たちを利用しているだけなのは前から分かっていたことだし……。問題は、今まで勇者をどれだけ召喚したかということさ。死霊なのに神聖魔法の効果がない。圧倒的な魔法でなければ対抗は不可能だ」

「だ、誰がそのようなことを……」

「昨日の転生者さ。うっかり口を滑らせたようでね、『召喚された勇者は輪廻の円環に返れず、永遠にこの世界にとどまる』ってことを言ってたんだよ。こうなると転生者の目的も見えてくるね、諸悪の根源を潰すこと……。異世界召喚は自然の摂理に反する禁忌だったようだ」

「まさか、異界の邪神達が……」

「メーティス聖法神国からすれば邪神でも、俺達にとっては立派な神だよ。そうだよね、異世界から人を召喚するということは、摂理の異なる場所から異界の魂を強制的に拉致ることなんだから。外側からすれば四神は犯罪者と同じだよ」

「それを示す証拠はありませんが? どうやってそのことを真実であると言えるのですか?」


 リナリーはなぜか食い下がる。

 全てを知っているのか、あるいは信仰に係わる重大な話を聞いて動揺したのかは分からない。

 どちらにしても拒絶したい話なのだろうが、ことはすでに最悪の展開へと移行している気がしていた。その先駆けが転生者なのだと学は予想する。

 だてにラノベは読んでいない。


「証拠が出たときは、手遅れだと思っていいんじゃないかな? 今まで異世界人がどれだけ召喚されたかは知らないけど、二~三十人くらいの魂であの騒ぎだよ? 全ての魂が活動したらどうなるのかね? この世界が滅ぶんじゃないかな?」

「ただの死霊です。浄化魔法があればレギオンであれ倒せるはずです!」

「その浄化魔法でゾンビすら倒せなかったじゃん。俺も死んだら彼らの仲間入りだね、そしたらこの世界を滅ぼそうとするのかなぁ……」

「なんか、自棄になっていませんか? 多少事情は知っていますが、私でも知らないことはあるのですが?」

「でしょうね。リナリーさんの役目は俺の監視でしょ? その報告を知って実行犯が来るんだ。けどそれは、最悪の存在に力を与えることに繋がるみたいだし、迂闊なことはしないほうがいいよ?」


 リナリーの役目は学の監視だが、彼女はあくまで報告するだけの存在だ。

 実行する者は決して姿を見せることはない。

 あくまでも教義に反する言動や行動を行った場合に報告する義務を持っているが、そこから先で何が行われるかなど彼女も知らない。

 だが、学の言葉でそれが抹殺であることを知ってしまった。


「多分、召喚された勇者を送還せずに始末してたんだろうね。そして……その被害者達がついに牙を剥いたわけだ。勇者ではどうすることもできないだろうね。おそらく俺達を殺して取り込もうとするだろうし」

「なぜそこまで予想できるのですか? あのような異質な魔物は初めて現れたはずですが……?」

「お約束ってやつだよ。たぶん、勇者同士の魂が結合して、本来ならあり得ない力で強力な魔物に変化するんだ。この手の話はいろいろパターンがあるからさ」

「あり得ない力ですか……それはいったい」

「勇者として後付けされた力だと思うよ。俺達の世界ではこんな力は存在しないから、消去法で答えが出てくるよね」


 二人の間に冷たい風が吹き抜ける。

 リナリーは学のことを頼りない勇者だと思っていたが、洞察力だけは他の勇者より群を抜いていると知っている。

 その予想通り学は岩田が失脚後、聖騎士団の指揮官として抜擢され一軍を担う役割を与えられた。盗賊や魔物討伐専門だったが、その優れた観察眼で指揮官になる以前にも幾度となく功績を残している。

 おそらく今回の事も、六割程度は真実を見抜いていると思っている。長く傍にいたのでリナリーは学が正しいと気づいていた。

 しかし、立場的には認めることができない。


「では、転生者の目的はなんなのですか? 彼等は四神の慈悲によりこの世界で生きることを許されたのですよ? 恩を仇で返すことがマナブ様達の世界の流儀なのですか?」

「そこが分からないんだけど、もしかして知らないところで四神が何かやらかしたんじゃないかな? 異界の神々はそこにつけ込んで刺客を送り込んだんだと思う」

「憶測ばかりですね」

「仕方がないよ、情報が少ないんだもん。けど、転生者が全てを知っていると仮定して、おそらく彼等は邪神を復活させると思うよ。俺が向こう側なら間違いなくそうするし」

「邪神の……復活?」

「既に復活してたらヤバイよね。アハハハハハ」


 笑い話で済む問題ではなかった。

 転生者の目的が邪神の復活、あるいは既に復活させていると仮定して、その脅威の矛先は四神を崇めるメーティス聖法神国になる。

 邪神は自分を封じた四神を許すとは思えないからだ。


「リナリーさん……これは報告しない方がいいよ? 憶測の域なところもあるけど、一歩間違えたら俺達は殺されるから」

「っ!? マナブ様……まさか、私を……」

「これでリナリーさんも共犯者さ。何しろ不都合な禁忌を知っちゃったんだから、間違いなく異端審問に掛けられるね」

「脅迫する気ですか? ですが、敬虔な神の使徒である私が、同胞に殺されることなど……」

「なに言ってんの。今まで都合の悪いことを闇に消してきた連中だよ? どこに信じられる要素があるのさ。断言するよ、もし今の話を報告したら人事異動で俺の傍から離される。その後どこに飛ばされるかは分からないけどね」


 学は洞察力が鋭いだけで、保身しか考えない勇者と周りに思われている。

 だが、逆に考えれば『保身のためにはどんなこともする』勇者であるとも取れる。そしてリナリー司祭はこの日、学の本性を知った。

 今まで上司に報告していたが、『不都合な真実』という秘密を共有させることで共犯者にされてしまった。もはや後戻りはできない。

 敬虔な信者である彼女は現在の聖法神国を快く思ってはいない。職務を全うすれば裏で始末されかねないと理解できるし、なにより後ろ暗い噂もいくつか知っている。

 逃げるにしても、既に一蓮托生になってしまった。


「……マナブ様」

「なに? リナリーさん」

「責任は、取ってくださいよ?」

「できる限り善処はするよ」

 

 この日から、学とリナリー司祭は以前よりも親密な行動を共にするようになった。

 それから直ぐに歳の差カップルと噂されるようになり、やがて周囲の目を誤魔化す偽装から本気で男女の関係になっていくことになる。

 そのことで他の勇者達にからかわれるのだが、それはどうでも良い話だ。

 

 二人の幸せはともかくとして、激動の時は直ぐ傍まできていた。


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