おっさん、学と対話する
ルナ・サークの街門前は、ゾンビのなれの果てが散乱していた。
圧倒的な力で叩き潰されたゾンビは、今では人であった原型すら残っていない。
犠牲となった者達は哀れだが、生きている者ができることは魂が救われることを祈るだけだ。
そこはともかくとして、勇者である学は別の義務が生じていた。
そう、ゾンビを駆逐してくれた二人の事情聴取である。
『嫌だぁ~……行きたくない。行ったら逝く……間違いなくピチュられる……』
凄まじくネガティブになっていた。
ただでさえゆっくりと開かれる門の扉が、学の目には恐ろしくスローに見えていた。
それというのも、今回のゾンビ集団襲撃の原因が判明していない。学としても少しでも情報が欲しかった。
どこの国に属しているかは抜きにして、騒動の発端を調べるのは治安維持活動をしている組織に任される。と言うかコレは義務だ。
問題は、他の騎士達がゼロス達の戦闘を見て怖じ気づき、全てを学に丸投げしたことである。その様子を挙げると――。
『アイツらから話を聞かなきゃならねぇんじゃね? 主に武器のことやゾンビ共の話だが……』
『いやいや、敵でもないが味方というわけでもないだろ。ヘタに突いて攻撃されたらどうすんだ? 俺達だと簡単に死ぬぞ』
『俺達じゃなくても死ぬだろ。あの武器はヤバすぎる……』
『よし、ここは勇者様に逝ってもらおう。少なくとも俺達よりは強いからな』
『今……言葉のニュアンスがおかしくなかったか? まぁ、その意見には俺も賛成だが』
『と言うわけで、マナブ様……彼等から話を聞いてきてください』
『リナリーさん……他人事だと思っていませんかね? 彼等がこちらの質問に応じなかったらどうすんの? 武器を向けてきたら?』
『『『『『勇者様なら大丈夫さ(です)。俺(私)達より強いし!』』』』』』
『ざけんなぁ―――――――――つ!!』
―――こんな感じだ。
勇者とは貧乏くじとみたりと悟る学君であった。
『さて……どう切り出したもんかなぁ~』
未だに地面で蠢くゾンビの残骸を無視して、転生者とおぼしき者達の元へと向かう学。
――と、言うより、既に転生者であると確信していた。
むしろ機関銃や突撃銃など持つ者などこの世界にいるはずがない。100%の確率で異世界から来た者達と確定できてしまう。
『う~ん……いきなり高圧的だと、向こうの心証が悪くなる。ここは礼を持って接するべきだな。俺は上の連中とは違うんだ』
異世界から来た転生者が、メーティス聖法神国のような上から目線の対応に応じるはずがない。ならば下手に出て会話で徐々に距離を縮めるのが得策と判断する。
しかし、学は緊張から右手と右足が一緒に動くほど動揺しており、傍目には凄くぎこちない。というか、すんごく不自然だった。
いろいろと考え事をしている間にも、彼は二人の男達の間近まで来てしまっていた。
体が硬直し、頭の中がぐちゃぐちゃになり、それでもなんとか声を絞り出す。
そして――。
「ドウモ、初メマシテ。勇者デス」
――どこかの忍殺な方のような口調で声を掛けてしまった。
ご丁寧に両手を胸元で合掌し、頭を下げるほどだ。
混乱していたとはいえ、酷い切り出し方だ……。声を掛けられた側も凄く当惑しているようだ。
しかし――
「「改めて……ドウモ、初メマシテ勇者サン。転生者デス」」
『ノッてきたぁ~~~~~っ!?』
――間をおいてから同じように切り返してきた。
別の意味で退けなくなった学君であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ちょい時間が戻る。
嬉々として武力介入しゾンビを駆逐していたゼロスとアドは、粗方動き回るゾンビを短時間で倒し、無数に地面に散乱する人体パーツを前で一息入れていた。
「楽勝だったな」
「まぁ、所詮は動く死体だし、倒したてみた限りだと悪霊や精霊モドキが憑依しているわけでもなかったからなぁ~。こんなもんでしょ」
「数だけは多かったが、火力によるゴリ押しで楽勝だったろ。俺がいなくても良かったんじゃね?」
「おや、アド君は苦戦する戦闘がお望みかい? 一応だけど人命が懸かった戦闘だったんだけどねぇ。そんなに難易度が高い戦闘をお望みなら、また龍王クラスと一戦してみるか」
「そこまでは言ってねぇよ!?」
地面を這いずるゾンビの腕を剣で刺しながら、アドをからかうおっさん。
剣先ではゾンビの腕が必死にもがいていた。
刺し傷から黒い霧が漏れ出し、それが途絶えると途端に活動を停止させる。
「再生能力はやはり一時的なものか……。この黒い霧は魔力そのものとみて間違いないだろうねぇ」
「だが、霊体が憑依しているわけじゃないんだろ? 中には普通のゾンビもいたが、殆どがコレだった。この霧はいったい何なんだ……」
「呪詛そのものか、あるいは瘴気か……。もしくはその両方かねぇ?」
「結局、原因だけが判明してねぇし、元凶はいったい何なんだよ」
「さぁ~?」
煙草を吸いながら、剣先に刺さった腕をぷらぷらと振りつつ、首を傾げるゼロス。
よくよく考えてみれば死者に対しての冒涜である。
「時々さぁ、ソード・アンド・ソーサリスの時みたいに自制が利かなくなるんだよねぇ。アド君はどうだい?」
「俺も似たようなことがあるな。現実感が薄れるというか……それより、そろそろ退散しようぜ」
「それがいいか……。おや、アレに見えるは勇者君ではないですかねぇ?」
ゾンビとゼロス達による攻撃の余波で破損した街門の扉が開き、突入前に一度だけ会話を交した勇者がこちらへ向かって歩いてくる。
「……アイツ、なんで左右の手足が一緒に出てんだ? ブリキのおもちゃみたいだぞ」
「う~ん、これだけの一方的な殲滅戦を目の当たりにしたからねぇ。誰も少なからずビビるってもんじゃないかね?」
「俺達は無闇やたらと殺しはしないぞ?」
「それを判断するのは彼であって、現時点で身の安全を保証できるものは何もない状態だよ? 警戒するのも分かるでしょ」
「なんの用だと思う?」
「事情聴取じゃないかね? めんどくさいなぁ~」
ギクシャクと歩いてくる勇者だが、内心ではこちらに来たくないという意思が垣間見える。彼の行動がそれを入弁に語っていた。
そして、いよいよゼロス達の前に来ると胸元の前で手を合わせ、頭を下げ――。
「ドウモ、初メマシテ。勇者デス」
――とのたまった。
アドとゼロスは視線で会話を交す。
『ゼロスさん、コイツ……俺達を今から殺すって言ってるのか? どう見ても忍殺の人の切り出し方だろ』
『いやいや、ここで殺し合っても負けるのは明白だし、たんに挨拶のつもりかもしれない。ここは礼には礼で返すのが常套手段だと思う。そのうえで様子を見ることにしよう』
『ってことは……』
『こっちもやるしかないでしょ』
『マジか……』
コンマ数秒のアイコンタクトによる会話。
そして――。
「「改めて……ドウモ始メマシテ、勇者サン。転生者デス」」
――と挨拶で返した。
「き、窮地からの助太刀、感謝します。転生者さん……。ときに、あなた方は何用でこの地に来たのでしょうか? 差し支えなければお教え願いたい」
「ただの調査ですよ、勇者さん。最近ミイラ化した遺体の発見が相次ぎましてねぇ、民間調査会社の我々に依頼が来たんですよ。まぁ、依頼人の名は明かせませんがねぇ」
「それは、それは、ご苦労様です。しかし、あなた方の武器は我々にとって看過できないのはご承知のはず。できればこちらに渡してくれるとありがたいのですが」
「それが無理なのはご存じでしょう? こんなものが出回れば、今後の戦争がより悲惨なものに変わることは明白。特に野心剥き出しの貴国には渡せませんよ、勇者さん」
「ですよねぇ~。しかし、民間会社というのは嘘ですよね、転生者さん。そんな武器が一個人で作れるはずがありません。おそらくは……」
「憶測でものを言ってはいけませんぜ、勇者さん。それに、どちらにしてもこの国で作ることはできないでしょう。オリハルコンやダマスカス鋼で合金が作れるので?」
「ブフッ!?」
オリハルコンやダマスカス鋼は、学も未だ見たことのない伝説上の金属だ。
しかも合金ともなれば、その技術力は中世レベルの技術水準を大きく上回る。学でもミスリルくらいしか見たことがないのだ。
魔法がそれを可能とすると仮定すれば、とても魔法を禁止している宗教国家がどうこうできる話ではない。少なくとも技術面で三百年は遅れている。
「できれば、転生者さん達にはこちら側について貰いたいところなのですが、その辺りはどうなのでしょう?」
「他の転生者がどうかは分かりませんが、こちらはメーティス聖法神国につく気は更々ありませんねぇ。スカウトに関しては丁重にお断りさせて貰います」
「技術革命を引き起こして、あなた方は何を企んでいるんですか? できれば教えていただきたいんですが?」
「ハッハッハ、技術革命を起こすのはこの世界の人間ですよ。こちらとしては趣味の範疇で好き勝手にやるだけです。それに、君達も火縄銃という技術革命を既にやらかしているじゃないですか。アレがこの世界に何をもたらすか、考えたことありますかね?」
「うっ!?」
既に大量殺戮の原型を作りだしているだけに、学はこれ以上食い下がることはできない。
可燃性の炸薬は薬学から発展する可能性もある。特に爆発物に用いられることもあるニトログリセリンといった劇薬は科学の延長線上にあり、ダイナマイトなどの危険物は実際に人の手で制作が可能だ。他ならぬ勇者がそれを証明させてしまっていた。
聖法神国が魔導士を毛嫌いする以上、どうしても魔法を頼らない武器が必要となる。
結果として研究されたのが火薬式の火縄銃であるが、使用される火薬は物理法則からなる学問の中に属する知識だ。そうした知識は魔導士や錬金術師の独壇場でもある。
「魔導士を嫌いながら魔導士の土俵で戦おうとする。いやはや、そちらさんは随分とフェアプレー精神が旺盛ですねぇ。そこに矛盾が生じていることなど、見事なまでに棚上げにしていらっしゃる」
「魔法なんて何だかよく分からない力より、充分理解が及ぶ力だと俺は思いますよ?」
「魔力なんてものは、ただのエネルギーでしかないでしょ。君のいた世界では、『原子炉で生み出される電力は、正体不明の訳の分からない力だから使うな』とデモでも起こしていたんですかい? 人為的に生成されるか自然界の中にあるかの違いだけで、魔法はこの世界の法則に則った力に過ぎませんよ。そこに優劣など存在しない」
「全然別物じゃないですか」
「同じですよ。全てはこの世界の法則内に存在する。この国の言っていることは、『物理法則なんか研究せず、おとなしく自分達にだけ従え』って、知識を学ぶ者達への脅迫じゃないかね?」
「うぐっ……」
学としても言っていることは理解できる。
魔法という技術は原子力に比べれば遙かにクリーンなもので、放射能を発生させずに電力を作り出すことができる可能性を秘めている。むしろ学も率先して支持したいところだ。
だが所属する国の立場上、彼はどうしても拒絶しなければならないわけで、そこがもどかしい問題であった。
「そう言えば、君達は仲間である魔導士の勇者をハブっていたらしいねぇ。彼がいればこの国の軍事力もだいぶ様変わりしただろうに、馬鹿な真似をしたものだ」
「な、なんでそんなことを知ってんだよ!」
「ん~……お隣の国に行く途中、御同類に襲われてねぇ。返り討ちにしたと言えば分かりますかい?」
「あ、あんた……まさか姫島達を……」
「彼女達は生きてますよ? まぁ、裏切りましたけどね」
「裏切ったって……なんでだよ!!」
「知らない方がいいよ? いつ裏で殺されるか分かったもんじゃないから。まぁ、いずれ殺されるだろうけど」
「……そういうことかよ」
何が言いたいか理解できた。できてしまった。
予想はしていたが知りたくなかった。
つまり、いつも自分を監視し、余計なことを知れば直ぐに始末できる準備が整っているということだ。薄々だが学もそのことは考えており、警戒もしていたつもりだ。
だが、どこに暗殺を実行する者が潜んでいるか分からず、常に警戒し続けるにも無理がある。そもそも存在が知れる段階で暗殺者などできるわけがない。
他者を始末する方法などいくらでもあり、全てを見通すなど不可能に近い。
「……一条達が戻ってこないのも、既に始末されている可能性もあるな」
「あ~、彼女達はアルバイトしていますねぇ。田辺君が贅沢しまくるんで、活動資金が底をついたとか……。レストランでウェイトレスと皿洗いをしているって聞いたなぁ~。この間、買い出しの時に偶然会ってね、近況を聞いておいたっけ」
「あ、アイツらぁ~……人が苦労しているときに……」
「そう言えば、泣きながらカレーを食ってたっけなぁ~……」
「カレー!? あ、あるのか!?」
「あるよ? ここに」
おっさん、インベントリーからカレー粉の入った革袋を取り出す。
その時の彼は凄く人の悪い笑みを浮かべていた。
『始まった……ゼロスさんの【あやしい行商人】モード』
一部始終を見ていたアドは、口を挟むことはしなかった。
ゼロスは勇者が何を求めているのかを把握しており、その望みを叶えるだけの品を揃えている。そう、米と醤油、そして味噌にカレーだ。
ソリステア魔法王国との交易が途絶えている以上、こうした交易品がメーティス聖法神国に入ってくることはない。醤油や味噌など絶対に入手困難な代物だ。
「ヘッ、兄ちゃん。買うのかい? 今ならお手頃な値段で売ってやんぜ?」
「あんた、さっきと口調が全然違うぞ?」
「こまけーことはいいんだよ。それより買うのかい? 他にも醤油や味噌、米もあるな。納豆や豆腐なんてものも揃えてあるぜぇ~? 今買わなかったら、いつ入手できるか分かんねぇ~よ?」
「………クッ、全部買ったらぁ―――――――――っ!!」
「まいどぉ~」
「ちょっと待ってろぉ!!」
学は走った。
今までにないくらい、全力で走った。
望んでも入手できないものを売る者がおり、しかも今購入しなくてはいつ入手できるか分からない。そのために宿に向かって全力疾走した。
転生者二人は捕縛するなど最初から不可能で、殺すとなれば絶対に無理だ。
だが、彼等は勇者にとってはありがたい行商人で、魔導士を毛嫌いする連中に知られるのも困る。転生者が胡散臭いのは当然だが、こちらが敵対する理由はどこにもなく、なによりもここで懇意になっておいた方が充分メリットがある。
殆どが言い訳だが、彼はどうしても地球の食事を求めていた。
例えそれが悪魔に魂を売ることになろうとも、今の学なら平然と魂を売り払うことだろう。それほど故郷の味を求めてやまなかった。
「……アイツ、よっぽどカレーが食いたかったんだな」
「異世界に来たのだから、故郷の味が恋しいのは当然でしょ。勇者達にとってはメーティス聖法神国なんかどうでもいい国だしねぇ」
「勇者にも裏切り者がいるんだって? ゼロスさん……その話は聞いてないぞ?」
「そうだっけ? 言ったと思うんだけどなぁ~。忘れているだけじゃないの? まぁ、いいか。アトルム皇国は同盟国だし、アド君は近いうちに会うことになるかもねぇ。僕は知らんけど」
「俺、今……どんな立場なんだ?」
「ん? イサラス王国の雇われ魔導士で、外交官兼任じゃないの? あとは……公爵家お抱えの便利屋かな」
「酷ぇ……」
しばらくすると、雄叫びを上げながら学が戻ってきた。
彼は必死の形相で、それこそ全ての力を振り絞って走ってきた。今にも酸欠で倒れてもおかしくはないほどに……。
そこまで学は故郷の味に餓えているようである。
「ゼェ、ゼェ……ハァハァ、こ……これで……あるだけのものを売って…ヒィヒィ、くれ」
『ここまで必死にならんでも、ちゃんと売ってあげるのに……』
『俺も……いつかはこんな風に餓えるのか? ゼロスさんがいなかったら、米を手に入れるなんてできなかっただろうし、他人事とは思えねぇ……』
その場で倒れてしまった勇者君。
宿との間を全力往復するだけで、見事なまでに憔悴しきっていた。
「醤油に味噌、米に豆腐……納豆にカレー粉。値段の分は用意するが、材料は自分で揃えてくれよ?」
「ヒへ……助かる……ヒッ、ヒィヒィ……」
「騎士達は何事かと思っているだろうな……。いきなり勇者の全力疾走だったし」
「奴等に……俺達が何を求めているかなんて分かってたまるか! この国の飯は……ハァハァ……。凄く、不味いんだ。ヒヘへ、これでカレーが食える……」
「なんか、泣けてくる話だねぇ……」
少しだけだが勇者に対して同情した。
おっさん達もまた異世界に不本意ながら来てしまった立場であり、故郷の味を求める気持ちはよく分かる。何しろ真っ先に米を探したほどだったからだ。
米に至っては地球とは別の植物であり、カレー粉もまた中のスパイスは地球と異なる。
探し当てるにはかなりの根気と執念が必要と覚悟していたが、幸いにして【鑑定】能力がいい仕事をしてくれた。今では普通に日本食を食べている。
「まぁ、勇者君は少し休むといいさ。それより……」
「あぁ……何かが近づいてきているな。この気配、人のものではないぞ」
ゼロスとアドは、今まで感じたことのない異質な存在の気配を感じ取っていた。
生物とは異なる気配に背筋に不快な怖気が走り、グダグダな状態から一気に戦闘態勢へと引き戻された。その気配の主は直ぐに判明する。
草むらからマント姿の何者かがよろめきつつ、ゼロス達の元へと歩み寄ってきていた。
「アァ……助け……助けてくれぇ……」
「あん? なんだよ……あの浮浪者は……ハァハァ……」
「勇者君、君にはアレが人に見えるのかね?」
「えっ? だって……どう見ても人だろ? ウプッ!」
『コイツ……吐き気がくるほど全力疾走してきたのか? どんだけカレーに餓えてんだよ』
アドは勇者君にドン引き。
それはともかく、マント姿の浮浪者とおぼしき者は、助けを求めながら距離を詰めてくる。
足取りは決して速いものではないが、近づいてくるほどに不気味な気配が濃くなり、ゼロス達の警戒心を高めていく。
「助け……助け……」
「助けてあげますよ。その苦しみからねぇ。まぁ、地獄送りですが……」
「……はぁ?」
――タ―――ン!!
ゼロスの掛けた言葉に間抜けな声を上げる浮浪者らしき存在。
同時に頭部が吹き飛んだ。
いつの間にかデザートイーグルの銃口を向けていたおっさん。見事なまでの早撃ちであった。
「ちょっとぉ――――っ!? なんでいきなりぶっ放してんのぉ!? おぇぇ!」
「吐くほどに全力で走ってきたんだから、いきなり叫ぶのは駄目でしょ……。んなことより勇者君さぁ~、君はいったい何を聞いていたんだい? もう一度言うけど、アレが人間に見えるのかね?」
「どう見ても化け物だろ。さっきのゾンビと同じだな……」
「……えっ?」
ゼロス達の言葉を聞き、改めて頭部を破壊された浮浪者を見た。
吹き飛ばされた首から黒いけ霧が流出し、鼻を突く濃密な臭気が立ちこめる。
この臭いは学も知っているものであった。
「これは……血の臭いか?」
「当たり。それも……腐敗臭も混ざっているねぇ」
「やはり、血を媒介とする何か、か……。いったい何だろうな」
黒い霧からやがて無数の顔が浮かび上がり、ゼロス達はこの魔物の正体が何であるか察しがついた。
だが、学は初めて相対した魔物なのか、その顔は驚愕の表情を浮かべていた。
「……な、なんだよ。こんな化け物は見たことがないぞ!?」
「コレがゾンビを生み出した原因なんだろうな。おそらくは死霊系……血液に憑依して操ると俺はみるが……どう思います?」
「それしかないだろうねぇ~。問題は、これがレギオンだった場合だよ。レギオンは反発する霊体と分離するから、どこかに別の存在がいるかもねぇ」
黒い霧に浮かび上がった顔は、一斉にゼロス達に視線を向けた。
そこにあるのは明確な殺意で、誰がどう見ても敵であるとしか思えない。
「オ、オノレェェ……ヨクモ……」
「マァイイ……コンドハ、コイツラノ体ヲモラオウゼ……」
「ヒヒヒ、ドウセ俺達カラ逃ラレネェシ、セイゼイ足掻ケヨ」
普通に悪霊だった。
学はその悍ましさに震えがきていたが、ゼロス達は平然としている。
そして、何気に手を向け――。
「「【ダイアモンドダスト】」」
――氷結魔法をぶっ放した。
問答する気がないようである。
『『『『『ガァアアアアアアアァァァァァァァッ!?』』』』』
「うん、血液なら凍ると思ったんだよねぇ~。あとは焼却するだけかな」
「ゾンビの方が面倒だったよな。さっさと始末して帰ろうぜ」
「報告書も書かないといけないんだけど、僕が書くのかい?」
「考えてみたら、俺……字が汚ぇんだ……。小学校からの評価が『もっと綺麗な字が書けるように心がけましょう』だったし……」
「この仕事……君が率先して受けたんだけどねぇ?」
イレギュラーなレギオンにとって、ゼロス達と出くわしたのは不運だった。
一般人をいくら殺せたところで、常識の埒外にあるこの二人には到底敵わない。
ゼロスとアドにとって、レギオンなど道に転がる小石程度の存在であった。そのレギオンはあっさりと氷塊となって固まっている。
「「【煉獄炎】」」
炎系魔法、【煉獄炎】。
対象物を焼き尽くすまで収まらず、ついでに浄化魔法の効果もある灼熱の魔法だ。
霊体であろうが効果があり、決して逃れることはできない。
「「「「「ヒィイイイイイイイィィィィィィィィィッ!!」」」」」
「逃げても無駄なのにねぇ」
レギオンは必死に空中へと逃げたが、引火した炎を振り払うことすらできず焼かれ、浄化され続けた。死霊にとっては地獄と言ってもよいだろう。
「……汚ぇ花火だな」
「いやいや、一応は死者なのだから、ここは黙祷するべきでしょ」
「結局、あの死霊共は何が狙いだったんだ?」
「さぁ~。おそらくだけど避難民を装って街に入り、人を襲う気だったんじゃないかね。まぁ、今となっては知りようもないけど」
とことんマイペースな二人。
ここまで自然体でいられる理由は荒事に慣れているか、あるいは隔絶した強さを持っているかだが、学にはその両方に思えてならない。
敵対しなくてよかったと心からそう思った。
「……ん? 残りの燃えカスが少しおかしいぞ」
「何か出てくる……アレは、霊かな?」
黒い霧は煉獄炎で燃え尽きたが、炎が消えた後に光る球体のようなものが残されていた。
それはやがて無数に分かれると、人型の霊となって現れる。
「ヤット……解放サレタ……」
「ダガ……成仏ハデキナイヨウダ」
「犯罪者ヲ利用スルノハヤメヨウ。マタ乗ッ取ラレルワ」
「マダ恨ミハ晴ラサレテイナイ……。アノエセ聖職者共ニ復讐セネバ」
「俺達ヲ殺シタ恨ミ、召喚シ利用シタコノ怒リ、絶対ニ忘レヌ……」
死霊達はゼロス達が眼中に入っていないようである。
口々に恨み辛みを残しつつ、虚空の中へと消えていった。
「アレ……勇者達の魂じゃね? 輪廻の輪に返れないって話はマジだったか」
「死んでも苦しみ続けているようだねぇ。この国も酷いことをしたもんだ」
「ちょっ!?」
現勇者である学には看過できない話だった。
大量のゾンビを生み出した死霊群は、その中に勇者の魂を内包していたことになる。
しかも輪廻の輪に返れず今も苦しみ、彼等の会話から復讐のため自ら化け物のような姿になったことを知った。
逆に考えれば彼等は学の――正確には生存している勇者達の未来の姿とも言えた。
「さて、それじゃ僕らもおいとましようか」
「そうだな……。この国には用がなくなったし、さっさと帰るか」
「待て、俺にはまだ聞きたいことが……」
「今聞いていたことが全てだよ。そこから先は自分で考えるべきだねぇ、君達勇者の問題なんだから」
「じゃあな、縁があればどっかで会うこともあるだろ。根拠はないけどな……」
「あっ、後始末の方は頼むよ。君らの仕事だろ?」
「後始末って、ゾンビの処理かよぉ!? 待って……」
学の目の前で魔導師二人が姿を消した。
おそらく魔法によるものだろうが、魔導士のいない国ではどのような魔法を行使したのか知りようがない。魔法に関する知識が足りなすぎた。
「……仕方がない、戻るか。ハァ~……どうせなら後始末もしてくれたらよかったのに」
ルナ・サークの前に残されたものは、ゾンビだったものの残骸。
人間の骸ではあるが、魔導銃の攻撃で原型がわからほど粉々で散乱していた。形を留めているだけマシなものもある。
溜息を吐きながら、学は騎士達に命を下し事後処理を始めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一通りの指示を済ませた後、学は疲れた足取りでルナ・サークの街を歩いていた。
できればこのまま宿に向かい、温かいベッドの中で眠りたい気分だ。
だが、人の上に立つ立場である以上、まだ彼には仕事が残されている。
「あ~……めんどくさい。このあと報告書を書かないとなぁ~。リナリーさん、手伝ってくれない?」
「無理です。これから領主様の元へ報告に赴き、警戒態勢を解かねばなりません。マナブ様は権力者と話をするのは苦手でしょう? 私の代わりに領主様の館へ行ってくれますか?」
「……無理。お偉いさんと話をするくらいなら、書類書く方がマシ」
本来であれば久方ぶりの休暇のはずが、ゾンビ襲来で潰れてしまった。
己の不運を呪わずにいられない。
「あぁ……宿に着いたのに休めない。お隣の宿では暢気に飯食ってる人がいるのになぁ~」
ぼやき続ける学の視線先には、窓辺近くのテーブルで食事をする二人の男の姿が見える。
一人は傭兵風の男で、もう一人は灰色ローブの魔導士らしき人物だ。
自分達が必死で働いていたのに、その裏では平和を満喫している彼等の姿が酷く恨めしく思えていた。暴れたくなる気持が込み上げてくる。
「マナブ様、報告書は今すぐ書き上げてくださいね? 領主様にも渡さなければなりませんから」
「嘘ぉ~~ん」
勇者【八坂 学】は休めない。
彼は意気消沈のまま宿の中へと入っていく。
彼は気づかなかった。向かいの宿で現在食事している二人組が、先ほどまでゾンビ相手に派手な殲滅を繰り返していたことなど――。
一度別れた勇者と転生者は、邂逅することなくすれ違った。
学が事後処理報告書に苦戦している間、ゼロス達はその日のうちにソリステア魔法王国への帰路についたのである。
余談だが、三日後カレーを作り、一口食べた学は歓喜の雄叫びを上げたという。
しかし、雄叫びを聞きつけたリナリー司祭や聖騎士達に全て食べられ、泣かされたのはどうでもよい話だ。
彼は、幸せが長く続かない星の下に生まれたようである。