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おっさん、防衛戦を眺める


 ルナ・サークの街は外壁の外にゾンビが殺到していた。

 全身が干からびている体なのに、その膂力は凄まじく、外壁をよじ登ってくるほどだ。

 それを必死で叩き落とし、上から無数の矢を放った。

 だが元より死者であるゾンビに効果があるわけでもなく、再び獲物を求めて復帰する。


「また登ってきたぞ!?」

「聖騎士、神官達は神聖魔法を!!」

「大いなる御名にて、穢れ摂理より外れし哀れな魂に、慈悲なる癒しと安息を。【浄化ピュリフィケイション】!!」


 浄化の光に包まれたゾンビは、体から黒い霧のようなものを放出して落下してゆく。

 だが、しばらく地面で倒れていたゾンビは再び起き上がり、体の損傷など無視して外壁に取りつく。

 

「また駄目か……なぜ浄化が通じない!」

「矢が足りないぞ!」

「火縄銃もまるで役にたたんし、どうしろというんだ!」


 このゾンビ達は異常だった。

 彼等の知る限り、ゾンビとは死体に悪霊が取憑いた存在で、【浄化】の神聖魔法で充分に対応できる存在のはずだった。

 衛兵達も街の外でゾンビを相手にした経験はあるが、この異質なゾンビには対処のしようがない。普通に悪霊が取憑いただけの死体なら【浄化】の神聖魔法で焼き尽くせるはずだったからだ。


『浄化が通じない……つまり悪霊などは取憑いていないってことか? 死体だけが勝手に動き、人間を襲っている?』


 学は頭がおかしくなりそうだった。

 そんなモンスターがいたなど、今まで聞いたこともなかった。

 ダンジョンなどのゾンビは回復魔法でも充分に倒せる程度で、ここまで手を焼かせるような存在ではない。似た存在のグールでも神聖魔法があれば対処が容易な相手であった。


『魔法耐性が強いのか? しかも火で燃やそうとしても効果がないし……』


 油を掛け、火矢を射てもゾンビは倒れない。

 何度やっても効果がない。多少動きが遅くなる程度であったが、どうしても倒しきれなかった。これでは追い込まれてしまう。


「うわぁあああああぁぁぁぁぁっ!!」


 一人の聖騎士がゾンビに掴まれ、外壁の外側に落下していく。

 その聖騎士一人にゾンビ達は一斉に群がった。


「た、助け……ギャァアァァァァァァァァァァァァ!! 痛い、痛いぃぃっ!!」


 ゾンビ達は聖騎士に食らいつく。

 まるで飢えを満たすかのように噛みつき、肉を引き千切り、血を啜った。

 あまりの光景に言葉をなくす騎士や衛兵達。


「ま、まさか……あのゾンビは死者ではないのか!? アンデッドでなく生きている人間なら、浄化が通じるわけがない」

「そんな馬鹿な!? では、アレが人間だと言うつもりですか!?」

「そう考えなければ辻褄が合わないんだよ! 浄化はアンデッドに有効な神聖魔法だ。それが通じないということは、必然的に死んでいないって答えになる」


 学の出した答えは正確ではない。

 ゼロス達が相手にした不法移民のゾンビまでは普通に浄化できる存在だったが、黒い霧が急速に変異したがため能力も変化し、獲物を生きながらゾンビにしてしまう。

 なにより、このゾンビは勇者と同等のスキルも保有しているのだ。スキル効果や魔法耐性で浄化などあまり効果がない。

 被害者の体内から血液を抜き取る際、一度血液の全てを掌握してら抜き取るため、霧の一部を被害者の体内に残す。その一部が被害者の肉体を操り、現時点で保有している様々なスキルを死体に与えてしまう。

 しかし霊体が憑依しているわけではないので、黒い霧の一部は魔力を求めて活動を始め、生物を襲うようになる。魔力に反応して襲いかかる人形のようなものだ。


「普通のゾンビもいるようですが……」

「たぶん、何かが要因して普通のゾンビから今の形に変化したんだと思う。この先にある街でそれが起きたんじゃないかな?」

「それなら殺せるはずじゃないですか! ですが……」

「そう、アイツらは死なない。肉体に魂を定着させている何かがあるんだ!」


 黒い霧が血液を吸収するということは、ゾンビとなった者達の体内に残された霧の一部も同じ特性を持っていることになる。ゾンビは生者の血液を求めているのだ。

 もっとも、血液を得ても意味はないのだが、生物の血液内には魔力が含まれているので、結局のところ襲ってくることには変わりない。

 シャランラを含めた犯罪者達の生への執着心が、結果としてこの新ゾンビに力を与え、厄介な化け物を生み出してしまった。

 しかし学がそこに気づくわけもない。知らないがゆえに自分の知識と経験から、様々な憶測を立てていた。


「よ、よく見ると……奴等の体が再生しているように見えます」

「見た目とは裏腹に強靱だし、しかも再生能力つき……いや、修復か? しかも凶暴……貧乏くじを引いちゃったなぁ~……」

「何を暢気なことを言ってるんですか!!」


 学は他の騎士達よりも遙かに強い。

 しかし、一人で群がるゾンビを相手にできるほど無敵というわけではない。


『そもそも、アレをゾンビと言って良いのか? 別物だろぉ!! なんで映画みたいな展開に巻き込まれてんの、俺ぇ!!』


 正直、泣きたい気分だった。

 こんなバイオテロのクリーチャーを相手にするには、それこそ地球の破壊力のある武器が必要だ。何しろ食われた被害者もゾンビの仲間入りをするからだ。

 一撃で原形を留めないほどに破壊しなくては、こちらの被害が増え続けることになる。

 しかも、配下の騎士達が倒されれば必然的に敵が増えてしまうのだ。


「どうすんだよ、こんなの……」


 魔法耐性、炎耐性、圧倒的は増殖力に肉体の強化とリミッター解除状態。

 剛力、俊敏、探知と地味に面倒なオマケ付きだ。


「また防壁を上がってきたぞ!?」

「迎撃しろ! 一匹たりとも街へ入れるなぁ!!」


 何体かの新種ゾンビが別の方向から外壁に上がり、衛兵達に襲いかかった。

 下からよじ登ってくるゾンビを叩き落としていた者達は、ちょうど真横から襲撃された形となった。防壁の上は乱戦の場と化しつつある。

 

「ちょっと出てくる」

「指揮はどうするんですか!?」

「登ってくる奴等を叩き落としていて。直ぐに戻るよ……」


 学は走った。

 彼はちょうど中央で指揮を執っていたので、防壁の上に侵入したゾンビまで距離がある。

 自分が辿り着くまでに犠牲者が出るかも知れないが、それでも人命を優先して全力で走る。それは常人の速さではなかった。


『レベルが上がると、超人的体力になるからなぁ~。スピードを上げると小回りが利かなくなるけど、緊急事態だし……。これならギリギリ間に合うかな?』


 レベル481の学は、この世界に来てから生き残ることに専念していた。

 メーティス聖法神国にあるダンジョン――【試練の迷宮】で必死にレベルを上げ、剣術も騎士達と共に毎日訓練を行い、その上で四神教に逆らわないように振る舞ってきた。

 幸いといって良いのか、騎士と訓練を積んできた彼は騎士達にかなり評判が良い。死線でも前衛に立つ姿が理想の勇者像を彼等に抱かせていた。

 配下には信頼関係を築いてきた者も多く、ここで見捨てる気にもなれない。指揮官としては失格だろう。

 慎重に行動していたはずなのに、非情になりきれない性格が災いして今日まで至っている。部下に『死んでこい』と言えないのだ。


『何でこんな事になっているかね……。自分の甘さが嫌になる』


 異常なゾンビを前にして、学は嫌な予感がしてならない。

 その予感が的中するところを、学は目撃してしまうことになる。


「グアァアアアアアアアアアアッ!!」


 防壁の上は狭い通路状になっており、大勢で攻めるには不利な場所だ。

 そして、大半の衛兵や騎士は剣と槍を装備している。相手を近づけさせないために槍は有効だった。

しかしそれは人間ならばの話である。

 衛兵の一人が槍でゾンビを貫いたが、ゾンビは前進を止めずに衛兵の喉に食らいつき、彼の血液を啜る。

仲間の衛兵も引き剥がそうとして色々と攻撃を加えたが、ゾンビは尋常でない力でしがみつき、衛兵から離れようとしない。

 組み付かれた衛兵は次第に体から血液が抜かれ、瞬く間に干からびていった。


「クソッ! この野郎!!」

「ア~……グヘ……」


 衛兵の一人が、仲間の遺体から離れた瞬間にゾンビの足を切り落とす。

とどめを刺そうとゾンビに迫るが、いきなり彼の足を何かに捕まれ倒れてしまう。

 彼の足を掴んでいたのは、仲間であった衛兵。たった今ゾンビに殺された男だった

 

「アヴェェ~……」

「もう……ゾンビに!?」

「離れろ!!」


 仲間であったゾンビを他の衛兵が何度も蹴りつける。

 だが、ゾンビは蹴られてもそのまま足に食らいつき鎧をかみ砕くと、傷口から吹き出した血を啜った。

 血液に対して凄まじい執着だった。


「おとなしく死ねぇ!!」


 学が剣を抜き、衛兵だったゾンビを斬り捨てた。

 頭部が石畳の上に転がる。

 しかし頭部を失ってもなお体は動き、ゆっくりと立ち上がると生者を求めて歩き出した。

 いや、求めているのは血液だ。


「【光刃斬撃】」

 

 学の放った剣戟がゾンビの体に無数の軌跡となって奔った。

 かつて人間だった者はその場でバラバラに解体され、石畳の上で無残に転る。

 パーツ別に分断された人間の部品は、黒い霧を流しながらもまだ動いていた。


「……これでもまだ動くのかよ。どんだけしぶといんだ」

「勇者様! まだ奴等が……」

「まったく……どうやったら殺せるのか。この化け物……」


 散乱したゾンビを放置して、学は他のゾンビに斬りかかった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「う~ん……勇者君は頑張っているねぇ」

「いや、俺達は見てるだけでいいのか?」


 交戦状態の聖騎士団を含めた防衛陣を、ゼロス達は誰にも目撃されないよう魔法で結界を張り、その様子を観察していた。

 防壁の上では勇者が獅子奮迅の活躍でゾンビを倒し、防衛側の陣営の士気は高まってゆく。しかしゼロスには何か妙な予感がしてならない。


「なぁ、ゼロスさん……。あの斬られたゾンビ、黒い霧状のものを吹き出してなかったか?」

「出てたねぇ~。ゾンビはソード・アンド・ソーサリスにもいたけど、あそこまでしぶとくはなかった。浄化で簡単に倒せたし」

「効果がないようだぞ? 耐性持ちとなると、突然変異か?」

「確証はないけど、おそらくそうだろう。むしろゾンビでなく、黒い霧が本体なのかも知れないねぇ」

「となると、死霊系……レギオンか? 死体を操るヤツがいただろ」

「どうだろう。ひょっとしたら未知のウィルスだったりして……」

「おいおい、冗談はやめてくれよ。バイオハザードなんて洒落にならねぇぞ!?」

「どっちかって言うと、パンデミックじゃないかね?」


 事故による誘発感染か、あるいは自然発生の感染拡大か。

 どちらにしても今のところ原因は不明だが、ミイラ化並びにゾンビ発生の糸口は見えた気がした。それにしても二人はあまりに暢気すぎる。

 状況は悪化し、勇者達防衛組は防壁中央に押されつつある。階段のところまで押し込まれたら街に被害が出てしまうだろう。


「あの黒い霧状のものが死霊かウィルスかはともかくとして、どう見ても原因だろうということは疑いようもないね」

「あからさまに怪しいからな。んで、これからどうする? 俺達も参戦するか?」

「ん~……もう少し見ていようか」

「いくら何でも、それは酷くね?」

「いやね、僕らは素性を探られてはいけない立場だよ? フル装備に仮面を着けたとはいえ、とても安心はできないからねぇ」


 ゼロスの装備は殲滅者として有名となったいつもの神官風真っ黒ドラゴン系装備。

 アドもまたゼロスと似た神官風装備で、ダークレッドと黒のコンストラストがいかにも厨二病心を擽る、実に香ばしいものであった。

 ファンタジーゲームではさほど違和感はないのだが、現実で見るとかなり痛々しい。あえて言うのであれば傾いている。


「今さらだが、俺等の格好の方が逆に目立つんじゃね? 人目をめっちゃ惹きそうなんだが……」

「だから仮面を着けているんだろ? 魔法でステルスしてるし」

「なんでゼロスさんが鬼を模したアイマスクで、俺がどこぞの劇場に不法定住している怪人マスクなんだよ。女性の役者をストーキングしろと?」

「その時はアド君がユイさんに刺されるね。まぁ、冗談はともかく……他に仮面がなかったんだよ。ファントムは若い方がいいじゃないか」

「むしろ、何でこんなマスクを持っているのか気になるんだが……。おっと、衛兵がこちらに来たぞ?」

「負傷者の搬送のようだねぇ」


 結界を張っているので気づかれることはないが、リスクは最小限に留めるつもりであった。

 衛兵は負傷した同僚を方で支え、治療にあたる神官のところへ向かう最中のようだ。


「おい、どうしちまったんだ!! 気をしっかり持て、神官達のところまでもうすぐだぞ!!」

「うっ……うぅ……」


 見た限りでは足の守りである脛当てが壊され、そこから出血している。

 この程度の傷であれば戦うことも可能だ。しかし背負われた衛兵は重病のように苦しみ、額から大量の汗が流れている。


「なんか、おかしくないか? あの程度の傷なら戦えるはずなんだが……」

「もしかして噛まれたのかも知れないねぇ。仮にあの黒い霧が本体となると、彼は感染している可能性もある」

「ウィルスのような魔物ならな……。ヤバイ感じがするのは俺だけか?」

「かなりマズいんじゃないかねぇ? もしゾンビ化していたとしたら……」

「グアァアアアアアアアアアアッ!!」

「おい、どうした!? しっかりしろ!! うぉ!?」


 二人の予感が当たったかのように突如として発狂し、同僚である衛兵に掴みかかった。

 衛兵二人はもつれ合うように倒れる。


「な、いったいお前はどうしちまったんだよぉ!?」

「ゴォルルルルルルルル……」

「ま、まさか……お前……」


 同僚がゾンビの仲間入りしたことに、衛兵は気づいてしまった。

 噛まれただけでも人が魔物に変わり、周囲の人間を襲うようになる。

何とか倒したいところだが、昨日まで仲間だった男を殺すことに躊躇いが生じてしまう。

 そんな状況を影で眺めるおっさんは、というと――。


「……まさか、こんな衆人観衆の目があるところで『ウホッ♡』とは……。最近の若者はけしからんな。まったく、時と場所を考えて……」

「そうじゃねぇだろ! なんで、こんな時にボケをかましてんだぁ!!」


 ――盛大にグダっていた。


「彼はよほど衝動が抑えきれなかったのだろう。まさか、こんな往来で事に及ぼうとするとは……。そんなに彼のことを愛しているのだろうか?」

「知らねぇよ! いい加減にしねぇと本気で殴るぞ、おっさん……」

「分かっているよ……アド君は我が儘だなぁ~。最近の若者は直ぐにキレるんだもんなぁ~……」

「俺が悪いのか!?」


 おっさんは、インベントリー内からウィンチェスターM73を即座に取り出して構えると、グリップにあるクリスタルに魔力を流し、フロントサイトとリアサイトを使い狙い定める。

 そして、ちょうど首筋当たりに照準を合わせると、無造作に引き金を引いた。

 

 ――ダァアアアァァァァァン!


 街の中に響き渡った、銃声と言って良いかわからないほどの轟音。

 その威力はゾンビ化した男の胸元から上を跡形もなく吹き飛ばし、直線上にある店舗の煉瓦造りの外壁に弾丸は着弾。それはもう派手に壁をぶち抜いた。

 瓦礫と粉塵が大通りに舞い散る。


「…………」

「フッ……殺っちゃったぜ☆」

「『殺っちゃったぜ☆』じゃねぇよぉ、なんでいきなりブッ放す!? ばれたらマズいんじゃなかったのか!?」

「『ウホッ!』は真っ先に殺らないと。アド君、これは国際常識だ」

「まだそれを引っ張るのか? それより……威力が昨日のヤツより高くね?」

「マジな話、魔導銃は街中だとヤバイね。ウィンチェスターM73でこの威力だと、ショットガンを使ったらどうなるんだろうねぇ?」

「なんで、ここでソレを使おうと思ったぁ!!」

「なんとなく試し撃ち……。バレたらヤバイから直ぐにここからズラかるよ!」


 不審者二名は逃走する。

 幸い、魔導銃ウィンチェスターM73型による犠牲者はいなかった。

 馬鹿げた威力なだけに、被害者が出なかったことだけが救いである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 外壁の上は乱戦となっていた。

 その理由はゾンビが倒しきれないことと、新たに衛兵や騎士がゾンビの仲間入りをして数が増えたことにある。

 衛兵や神聖騎士達は神聖魔法に絶大な信頼を持っていたが、その神聖魔法である【浄化】がまったく効果を及ぼさない。

その間にも複数の兵士が犠牲となり新たな敵として立ち塞がる。

 

「なんで……なんでコイツらは倒れねぇんだよぉ!?」

「浄化の神聖魔法が通用しない……コイツら、本当にゾンビなのか!?」

「目を覚ませぇ、なんで俺達を襲うんだぁ!?」


 衛兵、騎士、聖騎士を含め混乱が起きていた。

 普通、ゾンビであるならここまで手こずらない。浄化魔法があれば密集状態なら一撃で十体は倒せるのだが、頼みの綱である神聖魔法は通じず防戦一方となっていた。

 そうなると必然的に期待を背負わされるのは勇者なのだが、数が多い上にゾンビは仲間を増やしていく一方で、簡単に全てを倒すことはできなかった。


『マズイ……傷を負っただけでもゾンビになってしまうなんて、どう考えてもウィルス型だ……。しかも感染したあとの増殖力が半端じゃない!』


 学は焦っていた。

 既に三分の一の衛兵が奴等の犠牲となり、一般騎士や聖騎士は盾と槍で範囲外から地味に嫌がらせのような攻撃しか行えず、その間にもゾンビは妨壁を登ってくる。

 神聖魔法は無意味で、防御力の底上げや武器や盾の強化しか行えず、それでもゾンビはお構いなしに数で攻めてきた。

 また、防壁の上は幅が狭く、騎士達を広範囲に展開させることなどできない。

 数人並べば後方の騎士が前に出ることができないのだ。動きが制限されてしまい、攻撃手段が限られてしまう。

 しかも騎士達が前後から挟まれ鮨詰め状態で、学が前に出ることはできなかった。

 そもそも学は盾を装備しておらず、噛みつかれるリスクを避け後方に下がったが、今度は前に出る隙間がなくなってしまう。


「けど……打って出なかったことは正解だ。もし全軍を上げて出陣していたら、俺達は既に奴等の仲間入りをしていた……」


 防壁の屋上という狭い範囲だからこそ、なんとか水際で防いでいるが、これが平原だったら押し込まれていただろう。それだけの強さを持っている敵なのだ。

 しかも感染能力が異常に高く、傷一つつけられただけで人生が終わる。


「階段には近づけるなぁ、街に下りられたら敵が増える一方だぁ!! ここで死力を尽しせき止めろぉ!!」


 鼓舞をしつつも学は的確に指示を出す。

 この驚異的な感染能力を持つゾンビは、ルナ・サークの街に下りられただけで最悪の事態に発展する。街の住民が短時間でゾンビ化してしまうからだ。

 また、痛みを感じないようで手足一本失っても獲物に襲いかかる。

 無論、戦闘の際に下に落ちたゾンビもいたが、落ちた衝撃で手足の骨が砕け、再生能力でも骨は完治することはなかった。

 その動けないゾンビを下の衛兵はハンマーなどで集中的に攻撃し、無残な肉片へと叩き潰していた。

 何しろ骨は簡単に再生しない。折れた箇所をぴったり合わせねば、骨は歪な形で繋がってしまう。生物にとって骨格は体を構築する基礎のようなもので、少しの歪みすら動きに支障を来すものだ。

 本能だけで行動するゾンビには、骨を正しい位置に戻すという知恵すら思い浮かばない。いや出来ない。それがせめてもの救いであった。


「槍で刺しても向かってきやがる……」

「しかも……異様に力が強ぇ………」

「奴等に噛みつかれたら終わりだ! 充分に気をつけろ!!」

『マズイな……外壁を登ってくるヤツは叩き落とせばいいけど、問題は門を塞いでいる扉だ。この力なら、直ぐに破られるんじゃないのか?』


 このゾンビは生者が最も集まるところへ殺到する性質のようで、広範囲に散らばることはない。当然騎士たちのもとへ集中することになる。

 決め手となる攻撃が出来るのであれば、この性質は弱点としてゾンビ達を誘導することに利用できるだろう。

 だが、誘導できたとしても今の学を含む聖騎士団は、致命的な打撃を与える攻撃の手段がない状態だ。風間卓実がいれば魔法で一挙殲滅できたかも知れないが、魔導士を毛嫌いするこの国の特色が足枷となっているようなものだ。


『風間のヤツはもういない……。あの魔法、【エクスプロード】があれば何とかできたかもしれないのに……』


 アトルム皇国に攻め入ったときの敗走戦。

 風間卓実が敵将を巻き込んで放った範囲魔法が思い出される。

 乱発は出来ないが、こうして敵が密集した状況ならかなり有効な魔法で、学が今求めてやまないものだった。

 無い物ねだりなのは分かっているが、それでも記憶の風間卓実に縋りたい気持ちになる。

 神聖魔法は、こうした特殊な魔物の相手には向いていない。回復と障壁、浄化や補助など、攻撃に適した魔法が存在しなからだ。


「早くこっちを援護してくれ……。凄ぇ力で押し返してきやがるっ!」

「無茶言うんじゃねぇ! こっちも登ってくる奴等の対応で……勇者様、一度こちらに戻ってください!」

「わかった! って、おい! 後ろ!!」

「えっ? うあぁああああああぁぁぁっ!!」

「また落ちたぞ、ちくしょうっ!!」


 防壁を登ってくるゾンビの数は多い。

 そのゾンビを真下へと突き落とすには、前屈み状態で槍などを使い攻撃を加える格好だ。重心が前に向かうので槍を掴まれ引っ張られれば、簡単にバランスを崩し落下してしまう。

 既に何人かが下に落され、ゾンビの仲間になっていた。


「なんてこった……。アイツには結婚を約束した恋人がいたんだぞ! それがこんなところで……」

「俺にだって病気の弟がいる! こんなところで死んでたまるかぁ!!」

「約束は守れそうにないよ、メアリー……」

「俺、この戦いが終わったら……宿屋の後を継ぐんだ」

「へへへ……子供の名前は決まっているんだ。男だったらジョナサン、女だったらエリナさ。だからよぉ~、生きてここから帰らなきゃなんねぇ」

『何でコイツら、死亡フラグをぶっ立ててんのぉ!? やめろよ、みんな死んじゃうだろぉ!? 不吉だからこれ以上は言うなぁ!!』


 騎士達は別に死亡フラグを立てているわけではない。

 未知なる恐怖から逃れるため、少しでも気を紛らわせるしかなかっただけだ。

 無論、学もその気持ちは痛いほど分かるが、立て続けにどこかで聞いたことのあるセリフを言われれば、不吉な気分に駆られるものである。

 そして、その予感が当たったかのように、下の街門を守っていた騎士達の声を聞いた。


「マズイ、門が破られるぞ!!」

「この街は、なんで二重扉じゃねぇんだぁ!! このままじゃ侵入される!!」

「盾部隊、一斉に盾を構えろ!! こちら側に一匹でも入れるな、槍兵隊は盾の合間から奴等を攻撃! 神官達は光の障壁と魔法付与を!!」

「大いなる神の御名において、苦難に立ち向かいし勇者達に守りいの障壁を! 【ホーリーシールド】」

『マジかよ……門を突破されたら最悪だぞ!?』


 今まさに、門がこじ開けられようとしている。

 大挙してゾンビが押し寄せれば、下の騎士達では防ぎようもない。

 街の住民が犠牲となれば、それこそ手のつけられない事態になってしまう。


「どうする……どうすれば……」

「やぁ、随分とお困りのようだねぇ。勇者君」

「だ、誰だ!?」


 突然は以後から声が聞こえ、振り返ってみると黒い神官を思わせる装備の男と、ダークレッドと黒の装備を纏った男がいつの間にか立っていた。

 どちらも互いに神官のような見た目だが、ブレストプレートやガントレッドを装備していることから神官職ではあり得ない。

 不気味な鬼と白色の仮面を着けており、なによりも驚いたのが二人の持つ武器だ。


「じ、銃!? それも……アサルトライフル」

「M14カービンだ。名銃さ。できればH&KG3がよかったが……」

「スペンサーカービンよりはいいでしょ。文句は言わないでほしいなぁ~、モスバーグM500もつけてあげたじゃないか」

「アンタはなぜか、ウィンチェスターM74のままだけどな……。ショットガンは何を使うつもりなんだ?」

「同じモスバーグだよ。これだけ二丁作ったんだよねぇ~」


 二人には学の声が聞こえていないかのように、緊張感の欠片もなく談笑していた。


「ちょっと、俺の話を聞いて……」

「向こう側のゾンビの駆除は任せた。僕は反対側を駆除する」

「あいよ」

「んじゃ、殺りますかねぇ。試しに付与魔法をやってみようか、通常弾でも妙な効果がでるから調べてみたい。んじゃさっそく……【フレア・バースト】付与エンチャント

「へいへい、ちゃんと加減はしろよ? 【フレア・バースト】付与」

「「消し飛べ!!」」


 ――ダァアアアアアアアアアアアアアアアァァァン!!


 M4とウィンチェスターM74の銃口から、銃弾が射出された。

 両サイドから攻めてきている数体のゾンビの体を粉砕した瞬間、魔法陣が展開される。


「は、範囲魔法!?」


 学は驚愕した。

 魔法陣内にいたゾンビは魔法陣内で突然発生した炎による熱により、一瞬で十体近く消し炭と化し、爆発力で更にゾンビの数を減らした。

 魔法抵抗や熱耐性で耐性があろうと、瞬間2000度を超える熱量だけはゾンビも防ぎようがない。

 魔法効果から免れたゾンビも、立て続けに撃った弾丸によって上半身が吹き飛んだ。火縄銃とは比べものにもならないほど高威力である。

 しかも、神官の魔法ですら効果がなかった相手に対し、あっさりと焼き尽くしたからだ。


「威力は格段に落ちるが、特殊弾でなくてもエンチャントは普通に出来たようだねぇ。通常弾も連射はスムーズだ。特殊弾に交換しなくても、それなりに使えると分かっただけめっけもんか」

「実際に使ってみたが……想像以上にやべぇぞ、これ。 通常弾でこの威力……魔法の効果が三割程度になるが、充分脅威だろ。マジで売り出すなよ?」

「さすがに売らないよ。よし、実験はここまでにしようか。今は人命が優先」

「遊んでんのはアンタだけだぞ? 既に犠牲者が出てんだけど?」

「それが彼等のお仕事さ。そんじゃ行きますか」

「ヘイヘイ、いい加減だな。さっさと終わらせちまおうぜ」


 学を無視して勝手に話を進める二人。


「話を聞けや!!」

「なんだい? これでも忙しい身でね、話は十文字くらいで済ませてくれると嬉しいんだけど」

「それじゃ、なんにも話せないだろ! んなことよりアンタら……転生者か?」

「さて、どうだろうねぇ~? こちらが何者かなんてご丁寧に教えてあげる必要もないし、そんな義務や義理もついでに時間もない」

「そっちになくとも、こっちにはあるんだよ!」

「こんなときに余裕だねぇ~。けど、この話は平行線になるから諦めることをお勧めするよ。こちらとしては君と話すことなど何もないし、時間がないとも言ったはずだ」

「待てっ!!」


 聞きたいことは山ほどあった。

 しかし、この奇妙な乱入者二人は学の前で、平然と防壁の上から飛び降りていった。

 ゾンビの大軍がひしめき合う中へと――。



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