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おっさん、警鐘で起こされる

1-48


 交易を生業とする商人は、何度も野営を行いながら次の街を目指す。

 キャラバンなどの大規模な交易団とは異なり、一般の商人は護衛の傭兵を雇い、危険と隣り合わせの旅を続ける。

 この日も月明かりすらない夜の下、平原で三組の商人達が夜を明かそうとしていた。


「……嫌な夜だな」

「なんだ? ビビッてんのかよ」

「いや……なんか妙な感じがするんだよ。俺の勘は外れたことがねぇ」

「へぇ~そいつは凄ぇや。博打じゃ、さぞ儲けてんだろうな」

「そんなんじゃねぇよ。ただこの勘が働くときは、決まってヤバいことが起こる。警戒するに越したことはねぇ」

「だから、ビビってんだろ?」

「違う! 信じないのならそれで構わん。俺はこの場から逃げるぞ」


 夜の番をしていた傭兵の男は、いつもと変わらない夜だと思っていた。

 だが体の芯から粟立つような、それでいて言いようのない不安感が沸き立ち、彼に『逃げろ』と急き立てている。

 他の商人の護衛をしている傭兵達は彼に茶々を入れるが、二十年以上この勘を頼ってきた彼は気にすることなく、傍らで眠る仲間を見た。


「おい、起きろ!」

「いでっ!? な、何だよ、交代か? ったく……もっと優しく起こせよな」

「違う、他の奴等を起こせ! 理由は言えん、今すぐこの場から逃げるぞ」

「ん? あぁ……いつもの勘か?」

「あぁ……凄く嫌な、そう、ここにいたら死ぬ気がしてならない」

「わかった。今すぐ他の連中を叩き起こす、警戒はしておいてくれ」


 仲間の男は直ぐに行動に移した。

 依頼人の商人とその家族を直ちに起こし、傭兵の男は馬車に馬を繋ぎいつでもこの場から撤退できる準備を始めた。他の者達も直ぐに移動できる準備を始める。

寝ている商人以外は皆、彼の勘の良さを知っていたのだ。

 長い付合いから、いかに信用できるか身をもって経験している。


「何ですか、こんな夜更けに……」

「いいから移動する準備をしてくれ、ここはヤバイ!」

「他の人達は何もしていないようですが?」

「他の連中のことは気にするな、生き延びたければな!」


 その剣幕から、商人は渋々承諾する。

 他の傭兵達にも声を掛けたのだが、そんな彼等を他の商人を護衛していた傭兵達がせせら笑い、せっかくの警告を無視した。

それが生死を分かつなど誰も思っておらず、男は彼等は無視して撤収作業を急がせた。


「準備できたぞ!」

「よし! 今すぐ移動だ!」

「いつもの勘ね……。何度も命を救われているけど、正直夜更かしは美容に悪いのよね」

「死んだら美容なんて言ってられねぇぞ?」

「分かってるわよ」


 理解ある頼もしい仲間達だった。

 彼等は依頼主の商人を伴い、二台の馬車でその場を離れる。

 それと同時に、平原に蠢く何かを発見した。


「お、おい……アレ……」

「……ゾンビか?」


 干からびた体、しかしその目は異質な光が灯っている。

 本来のゾンビであれば、足取りの覚束ない夢遊病者の如く徘徊するのに対し、このゾンビ達の動きは異様に速かった。

 そして、先ほどまでいたキャンプ地に殺到した。


「うあぁあああああああああああぁっ!!」

「く、来るな…ギャァアァァァァァァァァァァァァ!!」

「た、助け……」


 男の忠告を聞かなかった傭兵達は襲われ、依頼主でもある商人の家族もまたゾンビに襲われ絶命した。

 危機に対して敏感で無い者は長生きできない。

 彼等は生存の可能性を自ら放棄したのだ。


「……な、なんて数だ」

「嘘……でしょう。何よ、アレ………」

「勘が当たったな……。ヤバいぞ、これは………」


 手綱を握る御者以外の者達は、キャンプ地の凄惨な状況を見て言葉をなくした。

 だが、これで終わりではない。ゾンビなどのアンデッドは生者を感知して襲いかかる。

つまり、次の標的は自分達なのだ。


「重い荷物は捨てた方がいいな」

「そ、そんな……これを売らねばウチの商会は……」

「命あっての物種だろ! ことが済んだら回収しに来ればいい」

「クッ……ですが、依頼料は払えなくなりますよ」

「仕方がない。俺達も死にたくはないからな、このことを街に知らせて情報料を貰うとするさ」


 形振り構っていられない状況の中、彼等は生き延びるために荷物を捨てた。

 その甲斐もあってか、商人の家族と傭兵達は翌朝、無事に街へと辿り着くことができた。

 ナル・ハークの街へと――。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 死体に憑依したシャランラ達悪霊は、大きな問題に直面した。

 ゾンビを嗾け、被害者を装い街へと侵入するつもりだったのだが、ゾンビ達は言うことを聞かなかった。

 それどころか本能に従い、生物に率先して襲いかかるほどだ。

 一日で三つの村を襲い、命が溢れる場所を目指して勝手に移動していく。しかも仲間を増やしてだ。

 進軍速度が恐ろしく速い。


『姐さん……どうすんですかい?』

『これは、手に負えないわね。他の街へ移動しましょう』

『アレは放置かよ』

『どうしようもないわよ。それよりも私達は目的があるでしょ、あんなゾンビと行動したら獲物に逃げられるじゃない!』

『違いねぇ、なら街道を移動して別の街を襲いやしょうぜ』


 こうしてシャランラ達は別の街へと移動することを決める。

 だが、シャランラ達はこの時大きな見落としをしていた。自分達もまた人格が異常をきたし、魔物へと変貌を遂げ始めていることに――。

 肉体を得て復活するつもりが、生物を襲うことが目的に変わり始めていることなど、彼女達はまったく気づいていなかった。

 そして、もう一つ問題が発生する。


『ヘッ、悪いがここまでだ。あんたらは勝手に逃げてくれや、俺達は好き勝手にやらせて貰うからよ』

『ちょ、アンタ等! 私を裏切るつもり?』

『なんで女の尻に敷かれなくちゃなんねぇんだよ。俺は女の上に乗る方が好きなんでな、ついでに生き返る方法が分かった以上、あんたにつきあう義理はねぇよ』

『待ちなさい!』


 まさかの裏切り。

 魂達の一部がシャランラの意思に反抗し、分離して他のゾンビに憑依した。

 レギオンでは稀にこうした分離現象が起こる。こうして肥大化した悪霊群レギオンの半分が勝手に行動を開始し、力は半減してしまう。

 そして、走り続けるゾンビに紛れ、分離した悪霊達は闇の中へ消えていった。


『先を越されたな、巧いことやりやがって』

『チッ、仕方がねぇ。次を狙うさ』

『早くどっかの街でも襲おうぜ』

『アンタ等………覚えてなさい!』


 シャランラに人徳はなかった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 学は早朝、宿で二度寝をしていたときに、ルナ・サークの衛兵に叩き起こされた。

 眠い目をこすりながら宿の一階に下りると、守備隊の団長とおぼしき男が恭しく頭を下げた。


「何かあったんですか? ふあぁ~……」

「えぇ、先ほどのことですが、商人の馬車がこの街に逃げ込んできまして」

「魔物か何かに襲われたのかな?」

「……ゾンビの大軍です」

「………えっ?」


 学の知るゾンビはそんなに強いモンスターではない。

 ダンジョンでも雑魚中の雑魚で、大軍で襲いかかるような知能はなかった。

 動きも緩慢で、経験値稼ぎには楽な相手程度の認識である。しかしそれが正しいわけではない。

 アンデッドにも変異体など個体能力差があるのだ。


「ゾンビだよね? そんなに強いモンスターじゃなかったはずだけど?」

「それが、駆け込んできた傭兵達の話ですと、恐ろしく動きが速かったとのことです。馬車に迫る勢いだったとか」

「馬車に!? ん~……パターンで言うなら、体のリミッターが外れたとかそんな感じかな?」

「聞き出した話によれば、二組の商人とその護衛に当たる傭兵達が襲われ、いち早く危険を察知して逃げ出した彼等にも追いかけてきたそうです」

「それ、グールじゃないの?」

「グールの体は損傷していても干からびていませんよ。それに……ゾンビの中には酷い損傷を受けたヤツもいたそうです」

「………まさか、既に他の村や街が襲われたとか」


 ゾンビやグールは共通して仲間を増やすという能力がある。

 自然発生以外でゾンビが増えるには、殺した者に魔力の種のようなものを植え付け、それが周囲の魔力と霊を取り込み新たなゾンビとなるのが基礎知識とされている。

 グールは被害者を食らっている最中に、変質した細菌型の魔物を感染させ、あるいは撃ちに潜む山鬼や霊魂を憑依させ仲間を生み出す。

 これはアンデッド特有の能力で、新たに生み出されたゾンビやグールは比較的に弱い。

 また、獲物を襲わねば時間経過と共に弱体化してゆく。

 

「ゾンビって、脳みそが腐っているから、そんなに強くないはずだよね?」

「群れをなして移動しているとなると、ダンジョンのゾンビとは明らかに異なります」

「まるで映画に出てくるヤツみたいだ……。どっかの会社がウィルスでもばらまいたのかな? バイオハザードを起こしたとか……」

「ハァ?」


 明らかにダンジョンや自然発生のゾンビとは異なる情報だった。

 馬車で逃げる者を走って追いかけるゾンビ。学の知る限りでは、少なくともそんな個体に相対したことはない。


「その傭兵達が逃げてきた方向に監視の目を集中させて。あと、逆方向の先に街や村があるなら、避難勧告の早馬も走らせるべきだと思う」

「確かに……。では」

「うん、被害が出る前に行動して欲しい。この街で防衛しても、別に流れたゾンビが他の集落を襲うかも知れないしね。場合によっては籠城戦になるよ」

「分かりました。では、籠城を想定した準備と伝えることにします。我等はこれより勇者殿の指示に従います」

「街の領主にも伝えて欲しい、頼んだよ」


 衛兵は宿を出たあと、直ぐに詰め所に向けて走り出した。

 この場に勇者がいる以上、全ての命令権限は領主より勇者である学に優先される。領主に口を出せる権限がなくなるのだ。

 これが異世界の宗教国家における特色である。


『それにしても……』


 馬車を追いかけるゾンビ。

 ダンジョン以外で学の知るゾンビは元の世界で見た映画が基準で、体のリミッターが外れ驚異的な力を発揮する。垂直の壁すらよじ登るほどだ。

 肉体の損傷を無視し、握力だけで壁を損傷させて足場を作る。それは常人の力でできるものではない。

 中には他のゾンビと融合し、化け物みたいな姿をした個体など様々だ。

 鳥や犬などの動物もいるが、その原因は何だかよく分からないウィルスだ。しかしこの異世界でそんなものを誰が作るのか疑問だ。


『となると、人為的ではなく自然発生型のゾンビか? あぁ~、なんで厄介事がこうも立て続けに起きるかな!』


 聖都であるマハ・ルタートの崩壊に始まり、人命救助や治安維持活動、果ては魔物や盗賊退治など最近の勇者達は何かと忙しい。

 殆ど休みなく東へ西へと動かされ、ついでに内政に関する書類整理までやらされる始末だ。正直こんな国から出て行きたい気分である。

 既に勇者は召喚された当初から四分の一しか生き残っておらず、行方不明の者達は事実上戦死扱いだった。他国に調査へ向かった勇者達も、何かに理由をつけてメーティス聖法神国に戻ろうとしない。

 はっきり言えば人手不足だった。


『田辺でも一条でもいいから、戻ってきてくれないかなぁ~……ハァ』


 弱気になろうと、今いない人間がこの場に現れるはずもない。

 世の不条理を実感しつつ、学は部屋に戻って着替えるのであった。


 その頃、どこぞのおっさん達は向かいの宿で爆睡をかましていた。

 


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 

 街門は閉じられ、ルナ・サークの街は直ちに厳戒態勢に入った。

 衛兵や守備騎士隊が忙しなく走り回り、防衛戦の準備を始めている。

 同時に傭兵ギルドにも通達され、瞬く間に戦争状態へと突入したかの様相だった。


「矢の補充はどうした!」

「保管してあるものだけです! アレで最後になります」

「クソッ、予算削減がこんなときに祟るか! 上の連中には責任を取って貰うぞ」


 マハ・ルタートの崩壊で政治状況が不安定になり、さらにルーダ・イルルゥ平原での敗戦が後を引いていた。

 どこも人手不足の上に予算が削減され、一番の煽りを食らったのが軍備である。

 また、周辺諸国のような魔法薬は禁忌とされているので、神官や司祭はこうした状況で後方にいることが多い。

 神聖魔法が使える騎士も聖騎士団所属になるため、こうした守備隊などの騎士達は怪我の回復に難儀してしまう。

群れなすゾンビの数が判明しない以上、こちらから打って出るわけにはいかないのだ


「まぁ、相手がゾンビなのが救いだな。所詮はただの動く屍だ、さほど強くはない」

「そうですね。このタネガシマも、もう少し配備されれば楽になるんですが」

「火薬の製造が巧くいかないらしい。こればかりはどうしようもない」

「ゾンビに通用するんですかね?」

「知らん。だが、ないよりはマシだ」


 この時、衛兵や守備騎士達はたかがゾンビ程度と楽観していた。

 彼等の認識もゾンビという魔物は弱い認識がまかり通っており、数が多くても苦戦することはないと考えている。その認識は間違いではなかった。

 少なくとも昨日までは、だが……。


「傭兵達の準備は?」

「今朝から招集していますが、あまり多くはないですね。百五十名くらいでしょうか」

「ふむ……まぁ、ゾンビの露払いくらいはできるだろう。一人あたり十体は楽に相手できるだろうからな」

「籠城戦をする意味があるんですかね?」

「勇者様の命令だからな、俺達には何も言えんさ。まぁ、楽に終わるだろう」


 門の前には招集された傭兵達が待機し、出番を待ち望んでいる。

 隣国からの交易が途絶え、彼等の仕事は暇な状況が続いていた。ここで収入を得なければ生活が苦しいのだ。

 商人の護衛などは信用がある者達しか任せてもらえず、破落戸予備軍のような連中は常に貧乏なのだ。今日酒を飲む金すらない者もいた。


「見えたぞ! 東に第一陣」


 見張りは、第一陣のゾンビの姿を確認した。

 その報告は直ぐに指揮する者に伝えられる。


「来たか、先鋒の数はどれほどだ?」

「約二十、見た限りではゾンビはそれほど数は多くありませんね」

「ふむ……傭兵達を先に出して様子を見るか」

「ですが、周囲の草むらに潜んでいる可能性も捨てきれません」


 ルナ・サークの街周辺は鬱蒼と草が生い茂る平原だ。

 森もいくつか周囲にあり、そちらから別働隊が来ている可能性も捨てきれない。また、もう一つの問題があった。

 それは――。


『たかがゾンビ如きで随分と慎重なことだ。勇者なんて言ってもやはりガキだな、ここで手柄を上げれば俺の上に行けるかも知れん』


 ――守備騎士隊を率いる隊長が出世欲を持っていることだった。

 本来であれば、総指揮官である勇者のマナブに指示を仰がねばならない立場なのだが、彼はその出世欲で段取りを無視してしまった。


「傭兵達を出せ! 一当てさせて敵の数を今の内に減らす」

「いいんですか? ここは勇者様に指示を仰ぐべきでは……」

「勇者の手を患わせるわけにもいかん。最近の盗賊退治などでお疲れだからな、少しでも休んでいて貰おう」

「は、はぁ……」


 そして、閉ざされた門を開け傭兵達が先発隊として出陣した。

 その様子を見ていた見張りの兵は、次の瞬間に驚くべき光景を目の当たりにする。門から出た傭兵達は真っ直ぐにゾンビ達へ向かっていった。

 だが、突如として草むらから他のゾンビが立ち上がり、傭兵達に向かって一斉に動き出したのだ。


「なっ!?」


 その数は千を超えていた。

 良く見れば動物型のゾンビや、中にはゴブリンやオークの姿まで見られる。

 瞬く間に傭兵達に殺到し、血飛沫が上がる。


「ギャァアァァァァァァァァァァァァ!!」

「た、たすけ……ゴフッ」

「ひぃ!? なんなんだよ、コイツら!!」

「来るな、来るなぁ!!」


 短時間で傭兵の先鋒隊は全滅。

 そして、ゾンビの群れはルナ・サークに向けて殺到する。


「傭兵隊、全滅!! ゾンビがこちらに向けて進行中!!」

「いかん! 直ちに門を閉めろ!!」


 ゾンビの動きは速かった。

 辛うじて門を閉じることはできたが、もう外はゾンビで溢れかえっている。

 更に先ほど襲われた傭兵の死体も起き上がると、新たな敵として群れの中に加わり、敵を増やす結果になってしまった。


「嘘だろ……ゾンビ化が早すぎる」

「何なんだよ、コイツら……あり得ねぇ」


 彼等の知る常識からかけ離れていた。

 この世界に住む多くの者達は知らなかった。それはゾンビを生み出した元凶も同じだ。

 自分達の住むこの世界の摂理が既に狂いを生じ、昨日までは普通のゾンビも今日は別の存在へ変異するなど……。

 死者は本来生き返ることはない。死んだら屍がそこに残るだけで、例え霊魂が存在していたとしても決して肉体に戻ることはない。

 そもそもゾンビという存在が元より異質であり、悪霊が強力な魔力を得て憑依することで生まれる魔物である。自然界では先に死体が土に返るので大量に現れることは先ずない。

 大量に現れること自体が不自然であり、似たような現象が起こるのはダンジョンくらいのものだ。この状態を異常だと思うのは復活した神様くらいのものであろう。

 そして、多くの者達はゾンビが弱いという固定概念があり、当たり前として享受している。

 だが、それが絶対であるとは限らない。歪んだ存在の影響は更なる歪みを生み出し肥大化する。


「や、矢を射ろ! 火矢だ!!」

「了解!」


 焦りから、ゾンビに有効な火葬を試す衛兵と騎士達。

 防壁の上から火矢がゾンビに向けて放たれる。

 だが――。


「なんで燃えねぇんだ……」

「それどころか……」

「あぁ……火を纏っているだとぉ!? あり得ん!!」


 全身を炎に包まれながらも、ゾンビは燃え尽きることはなかった。

 いや、萌えているゾンビも存在しているが、逆にその炎を受け入れ、自身の力にする個体の方が多かった。


「ありゃぁ~、もう戦闘が始まってるよ。なんで俺に連絡してこないんだ?」

「ゆ、勇者だ……」

「勇者様が来てくれたぞ!」


 勇者が率いる聖騎士団。

 メーティス聖法神国の最強部隊であり、全員が神聖魔法を使えるエリートである。彼等の存在は、この場にいる者達に希望を持たせた。


「状況は……悪いみたいだね。弱点の火が効果なしか、これは浄化するしかないかな……。浄化の準備を、射程が短いから良く狙って」

「「「「「「「「ハッ!」」」」」」」


 一足遅れで、対ゾンビ戦に勇者が参戦した。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ――カン! カン! カン!


 ルナ・サークの街に警鐘が鳴り響く。

 

「………なんだろねぇ?」

「っせぇな……人が気持ちよく寝てんのに」

「アド君、君は寝起きが悪いほうかい? ものっそ機嫌が悪いようだけど」

「野宿から解放されて、やっとまともに寝れたというのに安眠から叩き起こされたんだぞ? 機嫌が悪くなっても仕方ないだろ」

「たった一日程度の野宿で大げさな」


 宿で寝ていたゼロス達は、微睡みの中から叩き起こされた。

 正直もう少し寝ていたかったが、ここまで騒がしいと二度寝する気すら起こらない。


「何かあったかな……ん?」


 カーテンを開けて街の様子を窺うと、昨日に見かけた勇者君がフル装備で宿から駆け出してくる姿が目にとまる。


「ん~……昨日の勇者君が急いで出て行ったところだねぇ。かなりヤバいことが起きたんじゃないかな?」

「例のゾンビ製造機か?」

「製造機かどうかは分からないが、そうかも知れない。どうする? 様子を見に行くかい?」

「行きたくないけど、行かないと駄目なんだろうな。これは仕事だし……」

「だよねぇ~……」


 やる気なしのダルダルなおっさん達だった。

 しかしこれも仕事である。仮にも公爵家から依頼を受けた立場なので、ここで放棄するとあとが怖い。

 何より、デルサシス公爵の間者がどこに潜んでいるか分からないのだ。

 裏の情報すら仕入れることのできるデルサシス公爵が、ゼロス達の怠慢を見逃すとは思えない。スパイがいないとしても、どこかで情報を得ることも充分に考えられる。


「あの人を敵に回したくないしさぁ~、手掛かり探しに面倒でも行かないと駄目だよねぇ」

「敵に回すには怖すぎる人だからな、諦めるしかないか……」

「眠いんだよねぇ~」

「眠いな……」

「「…………」」


 温かいベッドでの一泊は、二人のやる気を根元から奪っていた。

 少しの間、放心していたが、仕方なしに二人揃って着替え始める。

その間、眠気で一言も発することはなかった。


「……あっ、そう言えば銃の使い方をアド君に教えたっけ?」

「あん? 魔力を流して安全装置を外し、引き金を引けば弾が勝手に発射されるんじゃないのか?」

「見た目は銃だけど、構造が少々違うんだよ。チャンバー内の魔法式を発動させて弾を撃ち出すから、基本的に薬莢は必要ない。だから弾数も多い。ショットガンは別だけどね」

「ん~……使用者の魔力を消費して使うのは昨日聞いたな。魔力を流し過ぎるのも危険だったっけか?」

「ついでに、魔法を弾に付与することができるのも言ったよね。鉄と鉛の合金に魔石の粉末を混入しているから、着弾と同時に魔法が発動すると思う」

「それ、ヤバくねぇか? 俺達の魔法って……」


 魔法の威力関係なく弾一発につき、一つの魔法を付与させることができるわけだ。そこには単発の魔法から広範囲魔法まで種類の制限はない。

 地球の重火器よりも威力の面で危険な代物だった。


「まぁ、魔石入りの弾はあまり作れなかったから、基本は鉛玉がメインになるけどねぇ。それでも威力は魔力次第で高くなるから、アド君も使うときは充分に気をつけて使ってくれ」

「……安心できねぇ。こんなものが出回ったら、世界の軍事バランスは崩壊するぞ」

「売る気はないけどね。使うなら自分達で作ってほしいところさ。ミスリルとオリハルコン、ついでにヒヒイロガネの合金で出来てるから、コスト面で最悪だけど」

「それ、国宝級じゃね? んなもん、ホイホイ作るなよ」


 ダラダラと話をしながら、二人は宿屋の階段を下りていった。

 すると、宿の主人が営業時間にもかかわらず、慌てた様子で必死に戸締まりを始めていた。

 

「お客さん、大変ですよ!」

「どうかしましたか?」

「街に厳戒態勢が敷かれたんですよ、住民は外に出るなと衛兵が伝えてきまして……」

「おいおい、戦争でも始まったのかよ」

「詳しくは分からないんですがね、何でもゾンビの大軍がこの街に迫ってきているらしく、万が一のためにも厳重に戸締まりして、外に出てはならないと言っているんです。これじゃ、商売があがったりですわ」

「「ゾンビ!?」」


 二人には心当たりがあった。

 不法移民の集落が謎の存在に襲われ、住民全てがゾンビとなって襲ってきた。

 しかも今度のゾンビは大軍。つまり、どこかの集落や街が襲われた可能性が高い。


「ご主人、この街の先に村や街はありますかね?」

「銅山の街と村が九箇所ほどありますが……まさか!?」

「その街や村、おそらく全滅したな……。進行上の集落を襲って勢力が拡大したんだろ。ったく、どこのバイオハザードだよ」

「七日に一度のフェラ○フォードかも知れないよ? それより問題は、どこまで規模が膨れあがったかだねぇ……原因も不明のままだし」


 ゾンビは襲った相手を仲間にしてしまう。

 それが腐乱死体だろうが、破損の酷い遺体だろうが、襲われた相手がゾンビ化するのだ。

 これは、ゾンビに憑依している悪霊の瘴気が、被害者の魂を汚染することで仲間を増やす。数が多いほど瘴気の濃度が高いわけで、ゾンビ化する確率も高まる。

また、死体であれば全て影響を受け、墓場からゾンビが現れることもある。

 前者はともかく、後者に至っては原因すら判明していない。


「様子を見に行こうか? 騎士や衛兵が負けると、こっちもヤバそうだからねぇ」

「ここまで来て、行かないわけにはいかないだろ」


 二人とも仕事は熟すタイプだった。


「お客さん、行くんですかい?」

「まぁ、騎士達が敗北したらこちらも危ないですし、様子見ですよ」

「気をつけてくださいよ? 食事の用意もしてありますから」

「朝食前の運動に暴れてくるさ」


 朝食と言うにはあまりに遅い時間だ。

 あと二時間くらいで昼になる。


「それじゃ、行きますかね」


 ローブを翻し、ゼロスとアドは宿を出る。

 向かうは勇者が向かった防壁、そこでは既に戦闘が始まりつつあった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 防壁に辿り着いたとき、既に戦闘は始まっていた。

 上から火矢を放ち抵抗しているようだが、様子からさほど効果がないように見えた。

 どうやら街門周辺にゾンビが殺到しているようである。


「……頑張ってるようだな」

「生存を賭けた戦いだから、誰もが必死になるだろうさ。それに、それが彼等のお仕事だからねぇ」

「自衛隊の任務より危険じゃないか?」

「ある意味ではそうだね。安月給なのは同じだけど」

「途中で逃げ出すヤツもいるんじゃないか? 東と北の国境ほど士気が高いとは思えないんだが、ゼロスさん的にはどう見てるんだ?」

「南側は国境に面していてもしばらく戦争がなかった。訓練はしているだろうけど、危機感は低いと思うねぇ。長期戦になったら勝手に逃げ出すかも知れないなぁ~」


 衛士・衛兵の給料は安い。一般の騎士は衛兵よりは高いが、衛兵の指揮官と同等。聖騎士のようなエリート職に比べると、その差額は歴然としていた。

 ここでなぜ給料の話になるかと言えば、士気に関わる問題だからだ。

 衛士・衛兵は民の中から一般募集される兵力で、騎士や聖騎士は神官職に就いている家系の子息達が多い。一般人が騎士になるには相応の功績か年に一度の試験に合格しなくてはならなかった。

 少しでも高給取りになりたい者は多く、その道は険しく狭き門なのだ。力だけの無能者は騎士になることすらできない。

 当然、金目当ての学のない者や粗暴な者が残されるわけで、そんな連中が死ぬまで街を守り続けるとは思えない。

 また、ルナ・サークの街はソリステア魔法王国に面しているが、大国に攻め込む小国はいないと思っており、兵力差という安心感が油断という爆弾として抱えていた。

 この時点でルナ・サークの街の衛兵達は、外敵の進行に対してまったく準備をしておらず、仕事はするけど命懸けの状況で国に殉ずる者は少なかった。

 幸い勇者率いる聖騎士団がいるので、そうした怠け癖のある連中も大人しく指揮に従っている。敵がゾンビということもあり、彼等は表向きに真剣だが内心で油断しきった状態だった。


「外壁の上で指揮をしているのが、昨日見た勇者君かな? 見たところ手こずっているようだねぇ」

「ゾンビを相手にしたが、そんなに強かったか? 少なくとも俺達が戦った奴等は普通のゾンビだし、進化でもしたのか?」

「三流ホラーゲームか映画系統のゾンビだったよねぇ。相手にするのが面倒だったから、即行で火葬したけどさ」

「勇者達で勝てると思うか? アイツら程度の浄化魔法が効くとは思えねぇんだけど」


 メーティス聖法神国に入る前に、ゼロス達は不法移民が犠牲となったゾンビと戦闘した。

イーサ・ランテを発掘したときのスケルトン系アンデッドとは、根本的なところから違う気がしてならない。これは漠然とした勘のようなものだ。

 ただ、チートな二人の敵ではなかっただけで、勇者や聖騎士を相手にするといかほど強さなのか、強すぎる二人には把握できない状況にある。

 しかも今いる場所はゼロス達にとっては敵地にも等しい。率先して目立つ対応をしたくないのが正直なところだ。


「装備チェンジして出た方がいいか? 一応最強装備も持ってきているしさ」

「顔は仮面で隠すけどね。次いでに、勇者達の戦い方を拝見させてもらおう。僕達がいきなり出張るのは無粋だしねぇ」

「犠牲者が出るんじゃね?」

「それが彼等のお仕事だよ。僕らは僕らの仕事をするだけさ」

「お手並み拝見か……。ゾンビが街に侵入したら出張るってことでいいのか?」

「それで充分。見せて貰おうじゃないか、メーティス聖法神国の勇者の力とやらを」

「そのセリフ、言ってみたかっただけじゃないよな? 言葉で俺を思考誘導してないよな? 街に侵入された時点で普通にヤバいと思うんだが……」


 アドの疑惑の目が痛い。

 いくらおっさんでも、言ってみたいセリフのためだけに他人を犠牲にしようとは思わない。ただの偶然である。

 しかし、ソード・アンド・ソーサリスで前例があるだけに、どうもアドには信用されていないようだ。

 ちょっぴりセンチになりながら、おっさんは煙草に火を着けた。


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