おっさん、メーティス聖法神国へ ~滅魔龍、爆誕~
森を抜けたゼロスとアドは、平原を歩きながら街道を目指し進んでいた。
魔法符を使用し、使い魔で空中から街を探し、歩き続けること半日。正直暇だった。
そんな二人は――。
「ヘッヘッヘッ、兄さん、コイツならどうでぇ~。コイツはいい銃さ」
「64式小銃か……。見た目は渋いが、俺はM16が好みだな」
「すまねぇな、M16はまだ作ってねぇよ。M4カービンならあるが、どうする?」
「口調をなんとかできね? それより、なんかハー○マンにシゴかれそう……。ハンドガンタイプはないのか?」
――バイヤーと殺し屋ごっこをしながら歩いていた。
とは言っても、彼等の手にある銃は普通の炸薬式ではない。魔法による爆発力で弾を撃ち出す、所謂【魔導銃】というべきであろう。
普通の重火器より構造は簡略で済むが、問題は威力だ。
おっさんはいまだに試し撃ちをしたことがない。
「あるぜぇ~、グロック17だ。他にもデザートイーグルやトカレフもあんぜ? あんちゃんも好きだろぉ~?」
「なんか、言い方がやらしいぞ……。コルトパイソンは? ゼロスさんなら真っ先に作っていそうだが」
「我が儘だねぇ、せっかく夜なべして作ったのに……。これはちょっと癖があって、弾がモノホンと同じで六発装填なんだが……特殊弾仕様なんだよねぇ。弾が少ないんだ。モスバーグなら二丁あるんだが……」
「ショットガンだろ。俺はハンドガンが好きなんだよ。それより、夜なべして作るなら手袋くらいにしてくれ、物騒だろ」
「編み物は苦手でね。まぁ、アサルトライフルや機関銃を優先していたから、ハンドガンは数が少ないんだよねぇ~。レミントン・ダブルデリンジャーでは駄目か? 某国の大統領を暗殺したヤツ」
「弾、二発じゃん。射程が短いじゃん。護身用にしか使えねぇ~よ、それ以前に縁起が悪そう」
暇な合間を縫ってコツコツと魔導錬成で部品を作り、最近になって一気に組み上げた銃の数々。こんなときでしか人前にさらせない。
なによりアドは同類であり、趣味が似通っているので思いっきり見せびらかせていた。
「なぁ、ゼロスさん……普通に考えて、この重火器はやばくね?」
「やばいだろうねぇ。この世界の軍事バランスや戦争の有り様を、根底から覆してしまうだかもね。まだ試し撃ちもしてないけど」
「メーティス聖法神国は、火縄銃を作ったんだって?」
「手元にあるよ。これがそうだ……」
インベントリー内から取り出したメーティス聖法神国製造の火縄銃。
火薬の先込め式で、数を揃えなければ目立った戦果は上げられない。ついでに雨にも弱い弱点がある。
「勇者は戦争のやり方を変える気なのか?」
「さてね、たんに知識チートがしたかっただけじゃないの? 魔導錬成なしによく火薬を作れたもんだ。その執念に感心するよ、僕は」
この世界で火薬の製造は地球と異なる。
爆発する鉱石が普通に存在し、火薬の調合法にいたっては複数ある。
材料さえあれば、ゼロス達でも魔導錬成で簡単に作り出せる代物だが、それを宗教国家が実行したことが驚きである。
「火薬の生成は、魔導士の知識なんだけどねぇ~。よく許可を下したもんだよ」
「魔力を使わなければ、『これはれっきとした学問だ!』って開き直るんじゃないか? 魔法を使用しなければなんでもいいんだろ」
「それは屁理屈だが、充分に考えられるねぇ。開き直ったら、事実上魔導士の存在を肯定したことになるんだが……。まぁ、末期の宗教国だから仕方ないか」
ホーワM1500を片手に、おっさんはメーティス聖法神国をディスる。
ちなみにアドは、M60軽機関銃を肩に担いでいた。
「おっ、前方に【ブルドドド】を発見」
「肉が美味かったよな……狩るか?」
「おいちゃんのホーワが火を噴くぜぇ!」
主に狩猟などで使用されるホーワM1500。海外にも輸出され、高い信頼性のあるメイド・イン・ジャパンの代表格ライフルだ。
日本の警察でも害獣駆除用として配備されている。
所詮はレプリカだが、銃として使用できる前例を以前ガン・ブレードで成功させてある。魔法という技術が組み込まれたボルトアクションライフルの性能を試す、良い機会だ。
【ブルドドド】はカバみたいな頭部を持つイノシシのような生物で、草食性のモンスターだ。
ソード・アンド・ソーサリスでも序盤は貴重な収入源としてよく狩られており、レベル上げでも大変お世話になったと、感慨深い思い出がおっさんの脳裏に蘇る。
「全部の魔導銃に言えることだけど、威力は使用者の流し込む魔力量に依存するからねぇ~。どんな副次効果が出るか……」
「ここで実験かよ。極限まで魔力を抑えた方がいいんじゃないか? 俺達の保有魔力は規格外だし」
「そだね……。一撃でミンチになるのは避けたいところだ。近所のお肉信者に怒られる」
「あのガキか……。街で串肉をたかられたときがあったぞ?」
「ハッハッハ、アド君も被害に遭ってたか」
暢気に笑いながらもスコープで狙いを定め、極力魔力を抑えホーワM1500でスナイプショット。
『ドン!』という轟音と共に弾丸が射出され、ブルドドドの頭部が見事に吹き飛んだ。
「「………」」
言葉がでなかった。
「……なぁ、魔力を押さえたんだよな?」
「万が一を考えて最小限でチャージしたんだけど、僕達が使ったらヤバいねぇ~。気軽に撃っただけでも大爆発じゃないかな……?」
「使い道がないだろ……。どこで使うんだよ、こんな兵器……」
「問題は、撃ち出す弾丸じゃないと思うんだけどなぁ~……」
この魔導銃は、使い手が魔法を付与することで様々な効果を発揮する仕様なのだが、ゼロス達レベルだと余剰魔力が弾丸に付与され、おかしな威力を発揮してしまうようだった。
ゼロス達が馬鹿げた魔力を保有していることで、ほんの少しの魔力でもこの世界の住人とは比べものにならないほどの威力となる。無駄に威力の高い斬撃武器でも同じ現象が起こる。
困ったことに、ゼロス達ではその違和感に気づくことがない。使用して初めて確認できるため、予想以上の威力に困惑することになった。
何しろ、実際に使用して見るまでこの手のアイテムの効果を知ることができない。予想はしていても悪い方向で裏切られる。
後付けの強大な力と体の感覚がいまだに追いついていないのだ。【手加減】の技能スキルがないと魔導銃は殲滅兵器になってしまう。
「もしかして、魔法付与機能が変な方向に働いているのか? 普通に魔力だけで撃つ仕様にしておけばよかったなぁ」
「そんな機能が付いているのかよ。まぁ、検証は後でやろうぜ。さっさとブルドドドを解体して街を目指さないと、日が暮れるぞ」
「そうだねぇ……。少し急ぐか」
ブルドドドを即行で解体し、二人は街を捜し続けた。
幸いにも、街道に立てられた道標石柱を使い魔が発見し、現在地がメーティス聖法神国国境沿いであることと、街の方角が判明したことは幸いである。
メーティス聖法神国の街道を、二人の男達が馬鹿みたいな速度で走った。
彼等は生身で風となる。
異国の街道を軽ワゴンで街道を走り抜けるのも目立つが、今の彼等はもの凄く異質際立っていた。
そして、無事にルナ・サークという街へ辿り着いたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルナ・サークの街は、メーティス聖法神国の最南端に位置する街の一つで、主に交易都市として栄えていた。
なぜ過去形なのかというと……。
「寂れてるねぇ……。大通りの店の大半が空き家状態だよ」
「ソリステア魔法王国との交易が途絶えたからな。イサラス王国から鉱物資源の交易に変えた方が商人達もよっぽど儲かるだろうし、この国に来るメリットがない」
「イサラス王国は、しばらくは物々交換になるんじゃないかねぇ? 魔導式モートルキャリッジのパーツが製造されれば、かなりの経済効果が生まれるだろうけど」
「アトルム皇国でも商売はできるし、流れは向こうにある。商人達も理不尽な通行料を払うくらいなら、関税すら取らないソリステアを通過する方がいいしな」
「この国は、民に優しくない国だよねぇ。住み難そうだ……」
全ては、ソリステア魔法王国とアトルム皇国を繋ぐ地下街道が開通したことが原因だ。ついでに国交断絶を宣言したことが大きな痛手となってしまった。
アトルム皇国との戦争で国費をだいぶ消費し、無理をして税を取り立て聖騎士団を再編してみれば、今度はルーダ・イルルゥ平原で大敗北。この国の首都である聖都マハ・ルタートが崩壊してとどめを刺されたかたちだ。
ついでに欲深い名ばかりの聖職者が賄賂と汚職にまみれ、内憂外患状態が深刻度を増した。その影響が現在進行形で国境付近の街にまで影響を及ぼしていた。
「どうでもいいけど……これ、泊まれる宿はあるのかねぇ?」
「それを言わないでくれよ。凄く不安になるだろ……」
「辺境からも高い税金を搾取してるのかな? これじゃ無職の住民が増えて、普通に暮らすのも大変そうだ」
「近い内に、暴動が起こるんじゃねぇか?」
街のいたるところで浮浪者が目立ち、中には物乞いにまで身を落した者もいる。
住民の荷物を奪う者も街に入って三人ほど見かけたが、咄嗟に小石をぶつけて強奪犯を全員気絶させた。さすがに魔導士の敵地で魔法を使用することは避けたが……。
「治安が悪くなっているのかねぇ。ま、交易が途絶えた街なら仕方がないか」
「仕事がないんじゃ、後は行政の決断と行動次第だな。暴動を起こされる前になんとかしねぇと、察しのいい住民は夜逃げしていなくなるぞ」
「せめて民が餓えないようにしないと、この国は辺境から他国に鞍替えしていくだろう。民衆は時として、とんでもない暴挙にでるからなぁ~。もしくはこの地を他国に売るとか……」
「まぁ、俺達には関係ない話だけどな」
所詮は他人事である。
国の行政に転生者である二人が口出しできるわけでもなく、酷い状況だと分かっていても、結局のところは見ているだけの傍観者だ。
一応は交易商人の姿もあるが、サントールの街ほど活気があるわけではなく、辛うじて首の皮一枚で生き残っているような状況だった。
商人達も組合を作っているのか、大小のキャラバンで移動することが多く、極めて大きなキャラバンは大都市を目指す。
ルナ・サークのような小さな街に来るキャラバンは、おそらく小規模の組合なのだろう。
「閉店した店の前で露店を開いてんぞ。いいのか、あれ……」
「店の主が文句を言わなければいいんじゃないかい? 所詮、おいちゃん達は異邦人さぁ~。同情くらいしかできない偽善者なのさ」
街を歩きながら、二人は中央広場にまで辿り着いていた。
そこには衛兵とは異なるきらびやかな騎士達が整列した光景が目に入ってくる。
「諸君、久しぶりの休暇だ。これより三日、諸君等は自由にしても構わない。しかし、聖騎士団としての規律と誇りを傷つけないよう、真摯な姿勢で休暇を満喫するといい。くれぐれも民に迷惑を掛けるんじゃないぞ! 細かい話は話は以上だ、解散!」
「「「「うぉおおおおおおおっ!!」」」」
なぜか寂れた街に、聖騎士団の姿があった。
ゼロス達の得ている情報では、聖騎士団はメーティス聖法神国の精鋭で、本来ならこのような辺境にいるはずもない部隊だ。
「なんで、聖騎士団がこんな辺境に……」
「さぁ~、人手不足で駆り出されたんじゃないかねぇ?」
「なんにしても、宿探しが先決だよな。今のところ、聖騎士団とは関わり合いになる必要もねぇし」
「堂々としていれば大丈夫でしょ。ローブを着ているのは魔導士だけではないからね、バレることもない」
流れの傭兵を装い、談笑しながら宿を探す。
程なくして、二人は宿を発見したのだが……。
『『なんだ……この差は』』
道を挟んだ二つの対面する宿を見て、思わず絶句した。
方や豪勢な装飾が施された高級宿、もう片方は可哀想なほど寂れたボロ宿であった。
道を挟んでこの対極をなす宿の存在は、格差社会の無情さを見ただけで教えてくれる。
「……高級宿は駄目だろうな。俺達が泊まるには不自然だし、門前払いされそうだ」
「必然的にこっちのボロ宿になるけど……今にも崩れ落ちそうだねぇ」
その宿は、あまりにもボロかった。
あまりにボロく、あまりに汚く、そして非常識なまでに客が寄ってきそうにないほど古びていた。
悪く言えば廃墟と言ってもいいだろうが、宿の中から芳しい香りが漂ってくる。
一応、営業はしているようである。
「少なくとも、食事の方は期待できそうだな……」
「逆に言うと、それ以外は期待できないだろうね。ついでに……勇者が宿泊するような高級宿に僕達は泊まることはできない。不自然だからね」
「勇者って……え?」
アドが振り返ると、数人の騎士と一人の女性神官を伴い、黒髪の少年騎士が高級宿の前に立っていた。
「さっきまでいなかったよな?」
「僕達の後ろにいたんじゃないかな? あまり見ない方がいい、不審者と思われるのは避けたいからね」
「そうだな……。んじゃ、嫌だけど宿に入るか。いつまでも、ボロ宿を眺めていても仕方がないしさ」
念のため、二人は背中を丸めて宿に入った。
あくまでも金のない傭兵であるように装う必要があったためである。
傍目には、ボロ宿にガッカリしているように映るであろう。
だが、二人は視線を背中に感じていた。勇者に怪しまれていないか少々不安であった。
「マナブ様、どうしたんですか?」
「……いや、ちょっとね。(今の二人……日本人のような気がしたんだけど、気のせいかな?)」
「気のせいならさっさと宿に入りますよ。まだ、片付けなければならない書類がありますから」
「うそぉ~~~ん、この間の書類で終わりじゃないの? なんでこっちに送りつけてくるのさ!」
「それだけマナブ様が必要とされているからでしょう。マナブ様の先を見据えた視点と意見は、上の方が達にとって良い参考資料となりますからね。頑張ってください」
「リナリーさんは手伝ってくれないの? 俺だけ? 俺だけ休めないの?」
「勇者なのですから、人の上に立つ姿勢を示してください。さぁ、宿に入りますよ」
「好きで勇者になったんじゃねぇーやい! 不幸だぁ――――っ!!」
勇者君悲痛な叫びが、ルナ・サークの街に響き渡っていた。
年上の女性に逆らえない彼は、一仕事終えても休むことができないようである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿に入ると外観のボロ差とは裏腹に、内装はきっちり手入れされていた。
酒場と食堂をかねている一階は、落ち着いた雰囲気を醸し出すウェスタン風。数人の男達が食事を摂っているところを見ると、意外と穴場のような印象をゼロス達は持った。
「……これは、当たりか?」
「外のボロさはいったいなんなんだろうねぇ? 綺麗にすれば客も来るだろうに……」
内装は綺麗だが、外は残念。
あまりの落差のあるギャップに困惑しそうになる。
「いらっしゃい。ご宿泊ですか?」
「えぇ、男二人連れですが部屋は空いてますか?」
「空いてますよ。えぇ……空いていますとも。フフフフ……」
宿の主人らしき男は哀愁漂う笑いを浮かべながら、台帳を差し出してくる。
記帳しろということなんだろうが、彼の暗い笑みの方が気になるところだ。
「宿泊客……少ないのか?」
「アド君、失礼だよ」
「少なくなりましたよ。なんでソリステア魔法王国との交易を断行しますかね、おかげで商売はあがったりですわ。宿よりも食事に転向さ……ハハハ」
「国のお偉いさんのせいですかね。根無し草にはあまり関係ない話だけど」
「傭兵さんかい?」
「まぁね。明日はどこかに流れる風来坊の身の上なのは間違いない」
当たり障りのない会話を交しながら宿泊名簿に記帳し、金を先払いして鍵を預かり部屋へと向かう。
外のボロさとは裏腹に、内部はかなりしっかりした造りの宿であった。
「もったいねぇな。外見以外はまともな宿だぞ」
「交易商を相手にした宿のようだから、商人が来なければ必然的に客も減る。無策な政治の影響は酷いもんだねぇ」
「なんにしても、今夜はゆっくり休めるのはありがたい。明日からまた調査だけどな」
「今夜は早めに休もうか、睡眠時間は多いほどいいだろ?」
「賛成、飯食ってさっさと寝るわ。もう眠くてよ」
野宿中は周囲を警戒せねばならず、必然的に眠りが浅くなる。
更に言えば現時点で冬の野営など辛いものであり、寒さで睡眠時間を大幅に減らされる。熟睡できないので朝がキツいのだ。
「一日二日程度の徹夜くらい、なんだと言うんだい? 睡眠時間が三時間ていどの日が六日続くよりマシじゃないか」
「どんなブラック企業だよ。俺はナポレオンじゃないから、そんな日常に耐えられねぇよ」
「あぁ、下町の革命家ね」
「焼酎のことじゃねぇ! 商品名が違うし、なんでウィスキーの方を選ばねぇんだ!?」
「それは、日本人だからさ☆」
ベタなことをいいながら、二人は階段を上っていった。
ちょうどその真下で、宿の主人が久しぶりの客にキタキタ踊りで舞い上がっていたのだが、おっさん達は気づかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔獣の楽園であり修羅の巷であるファーフラン大深緑地帯。
その一角で黒き獣は困っていた。
それというのも――。
『『『『『『なんで、前よりも太ってんだよぉ―――――――っ!!』』』』』』
――ダイエットに失敗した。いや、正確には少々異なる。
この獣は魔物に勇者の魂が憑依し、他の魔物の因子を食らい取り込むことで肥大化した存在である。言ってしまえば細胞の暴走だ。
生体が本来の生物の枠組みから大きく逸脱し、異常なまでに肥大化してしまったわけだが、それは生体構造が定まらない状態といっても良いだろう。
つまり、ダイエットするだけ無駄なのであった。
『誰だ、つまみ食いしたやつはよぉ!!』
『記憶が同調してんだ、誰もそんな真似はしてねぇ!!』
『やだぁ~~~っ、こんなのかっこ悪いぃぃぃぃぃっ!!』
『助けて、佳乃ちゃあぁぁぁぁぁぁぁぁん!!』
『とうとう動けなくなったな……』
『まるでボールだな。頭に砲身でも付けるか?』
体のいたるところから浮かぶ人面が、それぞれ嘆きの声を上げていた。
当初のドラゴンのような姿は、今ではすっかりまるまる太った肉の塊である。こうなると歩くより転がった方が早いだろう。
辛うじて判別しやすい小さな腕がチョコチョコ動かしてはいるが、それ以外はまったく動きようが無い状態だった。
見ている限りではかなりシュールな光景だ。
「……なんじゃのぅ。えらく不憫な奴等がおる」
『『『『『『 !? 』』』』』』
不意に響いた呆れとも哀れみの込められた声に、勇者達の魂は一瞬思考が停止する。同時に複数の眼球がその存在を認識した。
月を背後に天に浮かぶ一人の少女。
頭部に二本の金色の角、耳はケモのように体毛が生えそろい、背中には白翼・蝙蝠の翼・黒翼と三対の翼を持ち、九尾の長い尾が揺れていた。
放たれる金色のオーラはとても生物のものではなく、圧倒的な畏怖と威圧感を感じさせた。『逆らってはならない』と本能が警鐘を鳴らす。
「ふむ、お主等は四神共が召喚した抗体……勇者のなれの果てか? 随分と珍妙な姿じゃが……」
『いや、好きでこんな姿をしているわけではないんだけど……』
『助けてください。動けないんですぅ~~~~っ!!』
『いや、どうやって助けてもらうんだよ。こんなのどうしようもないぞ?』
『それより……黒のゴスロリ衣装だと!?』
『なんというかりちゅま……もといカリスマ性だ。しかも複合属性だトォ!?』
『かわいい……』
『お持ち帰りしたい……』
『ペロペロしたい……』
『『『『お巡りさぁ――――――――ん、コイツらです!!』』』』
なんとか事情を話そうとする者や、必死に助けを求める者、あるいは特殊な性癖に目覚めた者などが口々に語り出す。
中には『復讐が』とか、『四神を殺す』とか、怨嗟の念を放つ者達も多く存在し、アルフィアはおおよその事情を把握した。
この無様な獣は自分と同類であるということだ。
「だいたい理解した。お主等は四神と自分を利用した者どもに復讐をしたいのじゃな? だが、その無様な姿では動くことも叶わない。ゆえに我に力を求めると……」
『なんとかできるのか!?』
『頼む、俺達の体をどうにかしてくれ!』
『復讐をさせてくれ!! でなければ、死んでも死にきれん!!』
『もう死んでるけどな』
『『『『『『この恨みを、我等の手で晴らさせてくれぇ!!』』』』』』
こと憎しみの感情は見事なまでに同調していた。
アルフィアとしても彼等が哀れに思うし、個人的には彼等の魂を何とかしなくてはならない立場だ。しかし現時点ではどうすることもできない。
だが、ある一点に関しては彼等は有効な存在であるともいえた。
「なら、我と取引をするか?」
『『『『『 取引? 』』』』』
「うむ、我は四神から力を取り戻さねばならぬ。一匹は封印したのじゃが、残り三匹がどこに潜伏しているのか分からぬ状況でな。なまじ我の力が強すぎるために上手く探し当てることができぬのじゃ」
『取引と言うことは、我等にも何らかのメリットがあるのか?』
「察しの良い者がおるのぅ。さよう、四神から力を取り戻せば、我は汝等を元の世界へと戻すことができる。事象干渉して蘇生させるか、新たな命として転生させるかは各世界の神々次第じゃがな」
要は、四神を引きずり出すための囮役だ。
アルフィアが動けば、四神は間違いなく逃げ出す。
しかし、異質な存在に対して四神は動かざるをえない状況であり、この勇者達が動けば間違いなく姿を現す可能性が高い。
腐っても神と呼ばれる存在であり、邪神ほどではないにしても、この世界を脅かすイレギュラーは排除せねばならない本能を持っている。
人間では手に負えない場合に限り、四神は防衛にでなければならないシステムを逆手に取るつもりだった。
『もっとも、世界管理に関しては著しく機能不全のようじゃが、な』
本来なら一つの次元世界を管理する力を行使できず、惑星一つすら満足に管理できない者など、アルフィアに取っては邪魔な存在でしかない。
だが、今のアルフィアでは一部の管理機構が活動を始め、周囲から姿を見えないようにするだけで殆どの容量が使われてしまう。
能力が覚醒するにつれ、逆に周囲から誤魔化すことが難しくなっていた。
何より、一柱ずつ探し当てるのは面倒だった。
「我がお主等を利用するように、汝等も我を利用すれば良い。ギブ・アンド・テイクじゃ」
『……本当に、俺達を助けてくれるのか?』
『奴等は散々利用した挙げ句、俺達を殺したんだぞ! アンタも同じじゃないのか?』
『どうする? 私は信じてもいいと思ってる』
『今のままではどのみち詰んでるわね。思い切って決断するしかないわよ』
「我が完全体になれば、この世界に召喚された者達すべての魂を回収できるからのぅ。後は選別して元の世界へと送り返すだけじゃ。完全体になればさほど手間は掛らぬ」
これは真実だ。
だが、それを証明する手立てはなく、後は勇者達の意思次第。
程なくして、勇者達は腹を決めた。
『力を貸して欲しい。俺達は、元の世界へ帰りたいんだ』
「よかろう、契約は成立した。これは誓約であり聖約でもある、汝等の魂に力を与えよう。戦うに相応しき姿を、汝等の思い描く強者をイメージせよ」
巨大な肉玉に手を当て、アルフィアは力を流しながら生体に干渉を始めた。
程なくして肉塊はミチミチと嫌な音を立て、骨格が変形し、筋肉があるべき形へと収束していく。
同時に―――。
『『『『『『みぎゃぁああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!』』』』』』
――勇者達は激しい激痛に襲われた。
異常な肉体を生物のかたちへと変質させ、更に無数の魂を定着させるのだ。結果的に五感を取り戻すことになるのだから、体の変形に対して激痛が趨るのは当然である。
やがて、肉塊は一頭の巨大な生物へと姿を変えた。
『『『『『『グォオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ!!』』』』』』
大深緑地帯に響き渡る力強い咆哮。
その姿はドラゴンに近く、腕は大小計四本。胴体は蛇のように長く、後ろ足が四本あり、漆黒の鱗で全身が覆われている。
禍々しき獣は二対の翼をはためかせ、夜の空へと力強く舞い上がった。
「汝等は復讐の魔獣、神を僭称する愚か者に裁きを与える断罪の獣。これが世界の意思、我、アルフィア・メーガスは汝等の復讐を肯定しようぞ。四神とそれに連なる者達に、我が意を持って裁きを与えるがよいぞ。これより汝等の名は【滅魔龍ジャバウォック】と名乗るがよい!!」
再び咆哮を上げる滅魔龍ジャバウォック。
力強く巨大な四肢が天空を舞い、圧倒的な威圧感が周囲の魔物を怯えさせた。
『力が……込み上げてくる』
『やれる……殺れるぞぉ!!』
『復讐の時は来たれり……』
『体を慣らすのに大物と戦ってみようぜ』
『そうだな。どれほどの力を行使できるか知る必要がある』
『ベヒモスかドラゴンなんかいないか?』
鱗に浮かび上がる人面が、これからの行動を相談し合う。
そして、今の体の能力を知るべく、勇者達は凶悪な魔物を求めて移動を開始した。
「行ったか……。ふむ、どうやら体を慣らすつもりのようじゃな。なかなか冷静に考えるではないか、頼もしいのぅ。うむ、今日の我はとても良いことをした」
飛び去る魔龍を見送りながら、ケモミミ九尾ゴスロリ神はとても満足げに頷いていた。
完全体となる日が近づいていることを確信し、邪神ちゃんは心に余裕を持ったようである。同時に四神の命日が近づいてきていることになるが――。
滅魔龍ジャバウォックがメーティス聖法神国を襲撃するのは、この日から約三ヶ月後のことである。