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セレスティーナの好み



 野営で一晩明かしたゼロスとアドは、更に軽ワゴンで二時間ほど進み、目的地へと辿り着いた。

 【ボンバ砦】。国境の砦の一つ手前にある防衛拠点の一つで、有事の際は食料を運搬したり後方支援を行う役を担う。

 ただし、現時点では周辺の村や町の街道を巡回する警備が主な任務となっており、盗賊や魔物の出現に目を光らせていた。

 死因が不明の遺体が運び込まれたのは、今から五日ほど前のことである。遺体の発見は猟師がウサギを追っているときに偶然発見された。

 持ち物から盗賊だと分かるのだが、その死因は未だに不明のままである。

 いや、死因は判明している。体内の水分が全て奪われていたのだ。問題はその方法である。

 小さな傷跡はいくつも見られたのだが、それ以外に目立った外傷がない。

 半ばミイラ化していることもあり、詳しく調べるにもこの世界の技術では判別不可能であった。それから直ぐに似たような殺され方をした魔物の屍も発見される。

 これによりボンバ砦は警戒態勢がしばらく続く事になる。


「……と、大まかな報告書の内容はこんなところだね。遺体を見てみないことにはなんとも言えないけど、おそらく……」

「体内から血液を含めて吸血&ドレインされたってか? そうなると、霧状のモンスター……死霊系のレギオンと思うが……」

「問題は、そんな魔物がいたかどうかだよねぇ~。やれやれだ」

「そこの二人! この砦に何のようだ」


 ゼロス達が砦の前に辿り着く前に、門番によって止められた。

 かなりピリピリした様子である。


「僕達はデルサシス公爵の命でここに派遣された魔導師で、得体の知れない死に方をした盗賊の遺体を調査しに来ました。ここにデルサシス公爵の書状がありますので、責任者の方に渡して貰えませんかねぇ?」

「なに? ……あい分かった。取り敢えずデルサシス公爵の書状を預かろう。この場でしばし待て」

「ハイハァ~イ、待ってますよぉ~」

「何でそんなにやる気なさそうに……」


 ヤバイ存在が徘徊して神経が尖っている門番の神経を逆なでするようなゼロスの態度に、アドは力なくツッコミを入れた。

 こう見えて意外にマジであることをアドは知っている。

 ただ、時と場所を選んでほしいとは思う。


「待たされるのは、嫌いだなぁ~」

「俺だって嫌だよ……」


 煙草を暢気にふかすおっさんとアド。

 青い空をヒバリに近い鳴き声をする小鳥が二羽飛んでいった。

 それから待たされること約七分……。


「お待たせしました。今扉を開けます。おい、門の閂を外せ!!」


 内側で少々騒がしい声が聞こえ、やがて二枚扉が重い音を立てて開く。


「では、お邪魔します」

「物々しい雰囲気はなんとなく分かるが、いつから続いているんだ?」

「三日前に新たな屍が発見され、それから日を追うごとに犠牲になった夜盗や動物が発見されている。機能から厳戒態勢に入ったところだ」

「まぁ、正体不明の何かがうろついているからねぇ~。近隣の村や街も守らないとならないから、さすがに人手が足りないか……。ここを襲う可能性も捨てきれないわけだし」

「先ずはこの砦を預かるルガー団長に会ってください。案内します」

「お願いします」


 砦の中は多くの騎士達が鍛錬をし、また防壁の上から周囲を警戒していた。

 他にも街道を馬車で移動しながら近隣尾村や町を確認する部隊もおり、かなりの大所帯であることが窺えた。


「有事の際は後方支援以外にも迎撃や遊撃に向かう部隊かな? 中々に練度がありそうだ」

「最近の改革で、よりいっそう訓練が厳しくなりましてね。以前にいた腑抜け魔導士が一掃され、ようやく組織的な戦術訓練ができそうですよ。最近の学院生は凄いことを考えるものです」

「……学院生? まさか、イストール魔法学院の生徒が国の組織改革を推進したんですか? 有望な世代が育っていますねぇ。それ以前によく採用されたものだ」

「まぁ、おかげで人事異動も激しいのが困りものですがね。格を上げる訓練もファーフラン大深緑地帯で行いますから、甘ったれた考えが一気ニ消シ飛ビマスシ……ハハハ」

「………」


 最後の方で騎士の目が虚ろになった瞬間を目撃し、おっさんは凄く嫌な予感を覚えた。

 以前ツヴェイト達を鍛える訓練で、ファーフラン大進緑地帯の過酷な自然を相手に一週間過ごしたことがある。そして組織改革案を出したのが学院生という。

 ツヴェイト達の場合はアクシデントが重なった結果だが、もしそれが有効な訓練だと思われサバイバル訓練をしていたとしたら、騎士達の練度はどうなるのであろうか? 

 護衛についていた騎士のアーレフも二倍近いレベルになったほどだ。甘い考えなど消え、それこそ馬鹿みたいに強い騎士団が誕生しかねない。

 一瞬死んだ魚のような目をしたこの騎士が、ゼロスがしでかした結果に思えてきた。


『アレ? これって……間接的に僕のせいじゃね? さっきこの騎士も地獄を見たような笑い方をしていたし、まさか……ねぇ?』


 下手をすればこの国の騎士達が世界で最も強い戦士達なのかも知れない。

 そのきっかけを作ったのが自分であるかも知れないとなると、今も多くの騎士達があの地獄のような大森林の中で、生死をかけたサバイバルが行われ悲鳴を上げていることだろう。


「……ゼロスさん、アンタ……何した?」

「アド君……今回ばかりは僕のせいじゃない。直接的には関係なくとも、間接的には原因であるかも知れないが……」

「少なくとも身に覚えがある分けか」

「まぁね。あまり聞かないでくれ、僕にも確証があるわけではないし、何よりも国がやっていることだからねぇ」

「不幸な目に遭った人がいるみたいだぞ?」

「カ、カンケーナイネ……」


 既にゼロスの手から離れた案件だ。現時点において確かに関係はない。

 しかし罪悪感がハンパなかった。

 そんな二人は案内されるがまま砦内の建物に入り、直ぐに階段を下りて地下の一室に辿り着く。

 てっきり砦の責任者がいる部屋に案内されると思っていた二人だが、これは予想外だった。


「ここは?」

「ここは例の被害者の遺体が安置されている部屋になります。団長もそろそろ来ると思いますので、少々お待ちを」

「いきなり霊安室かよ。まぁ、手間が省けていいが……」

「何か、邪な感じがするねぇ……」


 明かりは魔道具によるものしかなく、光の当たらない場所はとにかく暗い。

 これがゲームであれば、角からモンスターが出てきたとしても違和感がないほどだ。

 少々くだらないことを思っていたとき、階段を下りる足音と金属がこすれるような音が響いてきた。おそらくこの砦の責任者が来たのだろう。

 魔道具の明かりに照らされた騎士は大柄で、フルプレートメイルを重さすら感じさせることなく着こなす重騎士。ゼロスと同年代の屈強な男であった。


「待たせたか、少し片付けなければならない案件があったのでな、客人に対して無礼だとは思ったのだが、こちらが手間省けるものでな。礼の欠ける行いで大変申し訳ない。私がこの砦の責任を預かる【ルガー・ガンスリング】である」

「これはご丁寧に。僕はデルサシス公爵の命で調査に来た魔導士で、ゼロスと申します。こちらが共を勤めるアド。まぁ、最初に断っておきますが、あの方との関係はあまり詮索しないでくれると助かります」

「……承知した。あの方のことだから個人の諜報組織や実働部隊を持っていたとしても不思議はあるまい。直ぐに本題に移ろう」

「そうですね。時間的に猶予があるかすら不明ですし、調査を始めるのなら早いに越したことはありませんよ」

「うむ、ではこちらに……」


 部屋に入ると薄暗い広間に五つの台が置かれており、その一つに被害者であろうミイラが一体横たわっていた。

 入念に検分されたのかミイラには着衣がなく、最悪なことに現在医者の手で解剖されている場面だった。正直気分が悪くなる。


「何か分かったか?」

「これはルガー騎士団長、判明したのは胃袋から血液を奪われた痕跡が見つかりました。水を吸わせて干からびた状態から元に戻すことで、ようやく血液がない理由が確認できるほどです。被害者は体内から血液を奪われたとみて良いでしょう」

「解せぬな……。それだと口から魔物が体内に侵入したことになるが、外傷が少なすぎる。被害者が自ら魔物を飲み込んだというのか? それに、人間一人分の血液となるとそれなりの量だ。ダニのような小サイズの魔物であったとしても、吸った血液には自ずと限界がある」

「う~ん……それに、その量の血液を吸収したとして、謎の存在は相当膨らんでいるはずだよねぇ~。それなのに遺体に損傷がない……その魔物はどうやって体外に出たんだろうねぇ?」

「……ルガー騎士団長。この方達は?」

「デルサシス公爵が派遣した調査員だ。この件はまだ領主にしか伝えていないのに、いったいどうやって知ったのか気になるところだ」

『『おいおい、つまりこの事件はこの地を治める領主しか知らないって事か? マジであの人は裏で何してんだ!?』』


 改めて知る、デルサシス公爵の情報網の広さ。

 ボンバ砦はソリステア公爵領の外にあるため、当然別の領主が管理している。国境を守る騎士達は国の直属でも、何かあれば真っ先に情報が伝わるのは領主なのだ。

 ルガーの話ではまだ内密の調査段階のようであり、国に報告が上がるのはまだ先になる。更に隣の領地を治めるデルサシス公爵には関係ない話なのだ。

 それなのに既に情報を得ている当たりを鑑みるに、この砦内にもデルサシスの手の者がいる可能性が高いわけで、更に突っ込んだ話をすればこの地の領主を信用していないとも取れる。公爵とは言えこれは越権行為に当たるだろう。


「まぁ、あの領主はデルサシス公爵に逆らえんわな。以前、あの方に悪事を暴かれ、その上完膚なきまでに叩きのめされたって話だ。首輪をつけられ良いように扱き使われていたとしても同情できん」

「……デルサシス公爵」

「まぁ、あの御仁ならやりそうだねぇ。逆に悪党領主を利用しようとする当たりが、いかにもあの方らしい手口だ。邪魔なら始末すれば良いだけだし」


 物理や魔法攻撃力の怖さがゼロスとアドなら、組織運用の怖さの象徴がデルサシスと言うことだ。しかも悪党まで利用する。

 理解を示して良いか微妙なところだが、こうした権力者が国の安寧のために動いてくれるのは民にとって心強い。しかしやり口が褒められたものではないことも確かだろう。


「いやもう、何であの人が国王じゃないんだ?」

「アド君……やり口を考えてみなよ。デルサシス殿は平安の世を治める賢王と言うより、むしろ目的のためなら手段を選ばない乱世の覇王タイプだよ? あの才覚は戦乱の世ほど強く輝くものさ。今の時代にはそぐわないことを自覚しているんだろう」

「なるほど……言い得て妙だ。けどさ、隣の宗教国家が手を伸ばしてきてんだぞ? むしろ今必要な存在じゃね?」

「だからさ。才覚を自覚しているからこそ裏方に徹している。下手をしたら危険視されて暗殺者を送り込まれかねないだろ? 鬱陶しいじゃないか。まぁ、あの方なら楽しんじゃいそうだけどね……」


 綺麗事で国は治められない。

 平和の時代が似合わない男、それがデルサシス公爵だった。

 

「団長、こちらにいますか?」

「どうした」

「また盗賊の遺体が見つかりました。しかも、数は十三人です」

「……またか。幸い犯罪者共だから別にかまわんが、今度は数が多いな。まるで北上しているような動きだ」


 配下の騎士からの報告に、ルガーは苦々しく呟く。だが、ゼロスは彼の言葉の方が気に掛った。

ルガーは『北上しているようだ』と言った。つまり、このミイラのような遺体を増産している謎の存在の進行方向を把握していることになる。


「ルガー殿、今『北上している』と言いましたよね? そう思う根拠は何ですか?」

「ん? それは盗賊でなくゴブリンやオークの死体も発見されたからだ。その動きがまるで北上を続けているように思えただけなんだが、それがどうかしたのか?」

「なるほど……。では、その方向に集落はありますか?」

「だいぶ離れたところに、メーティス聖法神国から流れてきた者達の村があるだけだ。国境の直ぐ傍で難民村ってところだが、それがどうか……まさか!」


 ゼロスの言わんとしていることにルガーは気付く。

 今は盗賊や低級の魔物が襲われているだけだが、下手をすれば集落にも襲われかねない。

 自国の民を守ることに注視していたが、襲われるのは自国の民でなく難民も襲撃を受ける可能性がある。これは由々しき自体だ。


「今報告に上がった遺体がどこで発見されたかは知りませんが、仮のこのまま進んだとしたら襲われる可能性はありますか? 何しろ僕達はこの辺りの地理に詳しくありません。少しでも情報が欲しいところなんですよ」

「おい、その遺体はどこで発見された?」

「マケルの森、北です。魔物のミイラを辿って偶然発見したのですが……」

「マズい……我等は民を守る立場だが、難民は別だ。もし軍を動かすなら領主や国の許可が必要になる。何しろ不法滞在者だからな……」

「それなら僕らが行きましょう。最悪国境を越えることになりますが、まぁメーティス聖法神国に押し付けるのもアリでしょう。以前、【グレート・ギヴリオン】をこの国に押し付けようとしてましたからねぇ」

「なっ!? アレは奴等が……おそらく裏の連中か」


 以前国境近くの城塞都市が、最大規模のスタンピ-ドと巨大ゴキブリに襲われた。

 防衛戦で何とか食い止められたが、先の平原にグレート・ギヴリオンの抜け殻が発見され、ついでに巨大なクレーターによって交易が滞ったことがある。

 未だに復興していないが、メーティス聖法神国は仮想敵国なので街道を直す気もなかった。日頃の恨みが積み重なった結果である。

 暗躍していた異端審問官達はコッコと民衆にボコられ、重傷のまま国に引き渡されている。元が犯罪者なので雇い主は庇うこともなかった。

 これは国同士の交渉にも使えるネタなので、真実はあまり公にされてはいない。


「現場を見たこともあるが、あんなクレーターをどうすれば作れるのだ」

「さぁ? 僕らには関係ない話なんで……。それで、難民の村の場所はどこで? 地図でもあれば嬉しいんですが」

「今から向かうのかね?」

「それが僕らのオシゴトですから。取り越し苦労で済むといいんですがねぇ……」

「直ぐに地図を用意しよう。できれば調査の報告をこちらにもしてくれるとありがたいのだがね」

「善処はしますよ」


 こうして再び調査のため移動を開始することになった。

 砦を出たゼロス達は、砦の防壁が見えなくなる距離まで歩き、再び軽ワゴンに乗って走り出す。


「ハイ、この道なりを真っ直ぐね。地図ではその先の山道を左に曲がるけど、見逃さないように」

「教習所の教官かよ……。それより、また俺が運転すんのね」

「帰りは僕が運転しよう。それともバイクのタンデムをお望みかい?」

「……それは嫌だ。何が悲しくておっさんに抱きつかなけりゃならんのだ」

「どうでもいいけど、アド君はどうやって免許取得できたんだい? 方向音痴なのに……」

「聞かないでくれ」


 不穏な事態が起きているはずなのに、この二人には緊張感がまるでない。

 そんな野郎二人を乗せた軽ワゴンは、土煙を上げて道を疾走していった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「にゃぁ~……もう食べられないのだぁ~~……」


そう言いながら畳の上で寝転がり、幸せそうに自分のお腹をなでているのはウルナであった。


「い、犬が……猫のようですわ」

「酷い。アタシは犬じゃなくオオカミだよ、キャロスティー」

「どちらにしても、乙女が見せて良い姿ではありませんわ。はしたないですわよ」


 少し遅めの朝食を済ませたセレスティーナ達は、自室でのんびりまったりくつろいでいた。キャロスティーは優雅に紅茶を飲んでいる。

 

「アンズさんは朝食にも姿を現しませんでしたが、あの子は何処へ行ったのでしょう。ミスカは知りませんか?」

「アンズさんは、お嬢様方がベッドでお腹を出しながら寝ている間に朝食を済ませ、既に護衛の任についております。まぁ、私がこの場にいるので少し自由に動いても良いと許可を出したのですが、休憩時間はお昼前にすると言っておりましたね」

「仕事熱心の子ですよね。エロムラさんはそうでもありませんでしたけど……」

「あの歳で既にプロフェッショナルです。それよりもお嬢様……」


 ミスカの眼鏡があやしく光る。


「お嬢様は人の顔と名を覚えるが苦手でしたのに、エロムラさんの名は直ぐに覚えましたね。もしかして、あのような方が好みなのでしょうか?」

「それは私も思いましたわ。ディーオさんやマカロフさんの名前は不思議と覚えませんのに、あの方の名前は割りとすんなりとご記憶されたご様子。本当に不思議で気になっていましたの」

「ん~……エロムラさんは、結構会う機会がありましたからね。図書館でも護衛として着いてきてくれたり、届かない本を取ってくれたりしましたよ? 意外に親切な方だと思っていますけど、お二人には違うのですか?」


 ミスカとキャロスティーは顔を見合わせた。


『どう思もわれます、ミスカさん?』

『私にはただの粗忽者にしか見えませんが、まさか護衛の合間にポイントを稼いでいたとは……。これが計算してのことなら、とんでもないダークホースが現れたとしか……』

『でもセレスティーナさんですわよ? 他者の好意なんて自覚していないと思いますわ。近くにあれほど好意を寄せている方がいらっしゃいますのに……』

『ディーオ様は、タダのへタレです。声を掛けることすら躊躇する意気地なしですから、お嬢様にお気持ちが伝わるなど一億年あり得ませんね』

『では、エロムラさんが今のところリードしているのでしょうか?』

『それは私にも何とも……。この際ですから、お嬢様の男性の好みを聞いてみましょうか?』

『それは良いですわね』


 この二人、実はディーオとセレスティーナの関係が何処まで行くのか、凄く気になっていた。

 ミスカはソリステア公爵家としての役割もあるが、それ以上にセレスティーナは友人の大事な忘れ形見だ。幸せにするのは絶対条件だが、命懸けでセレスティーナを守り切る実力や意思がなければ任せられないと思っている。

 キャロスティーは興味本位の出歯亀根性で、あれほど『君のことが好きだぁあぁぁぁぁっ!!』とオーラで語っているディーオに対し、恋愛に発展するのか期待を膨らませている。

 そんな彼女の趣味は、甘々な恋愛小説と一部の薄い本であった。


「お嬢様、素朴な疑問なのですが……。お嬢様はどのような殿方が好みなのでしょうか?」

「殿方の好み……ですか? そうですね……大人の男性で包容力があり、理知的で女性に対しても理解がある人でしょうか?」

『『!?』』


 この時点でエロムラとディーオの線は消えた。

 セレスティーナは自分より年上の男性、もしくは大人びた思考を持ち、自分に対しても理解を示してくれる人物が求める理想の男性像だった。

 そして、そんな人物の心当たりは一人しかない。

 そう、各地に何人もの愛人がいるか分からないデルサシスだ。もっとも、彼の場合は多くの女性に対して理解を示してしまうのが問題なのだが……。


『まさか、ファザコンを拗らせているとは……。これはマズいですね』

『えっ!? セレスティーナさんは、デルサシス公爵のような方が好みなんですの!? いえ、貴族であれば充分に考えられる事態ではありますが……あのような方が何人もいるとは思えませんわ』


 セレスティーナは公爵家内では完全に孤立した立場だ。

 クレストンからは母親のことを多少なりとも話に聞かされていたが、父親であるデルサシスはあまり彼女に会おうとしない。無論そこにも理由がある。

 デルサシスはセレスティーナを貴族にするつもりはなく、いずれは自分の身一つで強く生きていってほしいと願っているからだ。何よりも貴族のしがらみに縛り付けるつもりはない。それはミスカも了承している。

 だが、貴族としての立場も示さねばならないデルサシスはセレスティーナから距離を置き、親に甘える時間を奪ってしまった。クレストンでは親代わりはできても父親ではない。

 クレストンはあくまでもお祖父ちゃんであるからだ。

 貴族のしがらみから離す教育方針が、いつの頃からか理想の男性=理想の父親像に結びつき、結果として同年代の異性に対して興味を持たないようになってしまったのである。


『私達の教育方針が裏目に出た? いえ、まだそう思うのは早急……ここはきちんと確かめておくべきね』


 内心で冷や汗を流しながら、深呼吸して心を落ち着けるミスカ。

 そして、何とか声を震わせることなく次の言葉を出す。


「で、ではお嬢様は、大人の男性が良いと? 例えばゼロス殿のような……」

「先生ですか……そうですね、先生は意外に子供っぽいところもありますし、結婚したら楽しい家庭ができそうな予感がします。でも、私はやはり子供扱いされていますね。ルーセリスさんとは少し応対が異なるようですし、やっぱり教え子という関係が先に来ているのだと思いますよ? 仮に政略結婚でも、先生なら私のこともきちんと考えてくれると思いますけど、それでも時間が必要になりますね」


 結婚はアリだが、ゼロスがセレスティーナを女性と認識していない。仮に婚約したとしても女性としてみられるにはまだ先の話。

 その辺りのことはセレスティーナもなんとなく理解していた。

 そして、逆に考えると彼女のゼロスに対する評価はディーオ達よりも遙かに高く、結婚を考えてもOKということになる。


「あの……では、ディーオ様はどうでしょう?」

「……? 誰ですか、それ」

「ツヴェイト様のご友人のディーオさんですわ。図書館やたまに訓練場でもお見かけする……」

「あら? あの方はデストロイヤーさんではなかったかしら? 何故か空気の薄い方ですよね?」

「お嬢様……そこは影が薄いと言うべきでは?」


 色々と酷い。そして惨い。

 セレスティーナにとってディーオは空気程度の存在で、しかもまったく相手にしていない。

 少しでも特徴があれば名前くらいは覚えてくれたかも知れないが、残念ながらディーオはエロムラほど個性が強いわけではなかった。

 どれだけ好意を寄せていようとも、印象にすら残らないのでは意味がないのだ。なにしろ彼の存在を空気として認識しているのだから……。

 間違っても、彼は駆逐艦でも水中酸素破壊兵器効果で存在が薄くなったわけでもない。ツヴェイトの友人らしき人物程度の認識なのだ。

 そんなディーオの哀れさに、ミスカとキャロスティーはセレスティーナに背を向け静かに涙を流した。頑張っても報われない悲しさがそこにあった。


「そう言うお二人は、想いを寄せる殿方がいるんですか? 私にだけ聞くのは不公平です」

「私……メイドですから」

「わ、わたくし……婚約者がいますから……グス……」

「そ、そうですか……?」


 何故か背を向けて涙を拭う二人を、不思議そうに首を傾げるセレスティーナ。

 ミスカはこの時ようやく自分の間違いに気付いた。


『なんてこと……。彼を焚き付けて異性に対する目を向けようとしたのに、まさかおっさん趣味だったなんて……。こんな教育をしていたなんてミレーナが知ったら、いったいなんて言うか……。ごめんなさい、私、あの世であなたに合わせる顔がないわ』


 余談だが、ミスカはディーオがセレスティーナに不埒な真似をしようとすれば、当然ながら人知れず裏で必殺するつもりであった。

 そのため影から常に監視していたのだが、ディーオはヘタレすぎて未だにまともな会話が成り立たない。逆に見ていてイライラするほどである。


『私達が教育というものを甘く見すぎていたのか、たんに彼がヘタレすぎていたのか……。恋愛に対しても興味が薄いようですし、お嬢様が異性に興味を持つのはまだまだ先になりそうね……』


 別方向の異性恋愛には興味津々のようだが、セレスティーナは引きこもりぼっち生活が長すぎたこともあり、今が楽しくて周囲の目に鈍感なところがある。

 魔法が使えなかったときと状況が逆転してしまった。

 また、調べた限りでもセレスティーナを狙う少年達は多い。貴族出身者にいたっては、その殆どが公爵家に繋がりを持とうとする野心的な者達ばかり、普通に幸せを願うデルサシス達にとっては害虫に等しい。

 しかし、今が充実しているセレスティーナはそうした悪意すら目に入らず、魔法に関する知識を貪欲に研究していた。

 この現状を知れば、どこぞの老人は狂喜乱舞することだろう。人の目を気にせず踊りまくるその姿が目に浮かぶようだ。


「それでは、食後の一息を着いた後に温泉に向かいましょう。公衆の大浴場があるそうですよ?」

「つまり、貴族と民衆関係なくは入れる温泉ですわね。大勢の方に肌を晒すのは、わたくし気が引けますわ……」

「男女別々ですよ? 女性ばかりなのですから恥ずかしくはないと思います。昨日入った宿のお風呂と同じじゃないですか」

「セレスティーナさんは温泉に入ることに意欲的ですわね。お湯でふやけてしまわないでしょうか?」

「美肌になって女子力を上げるのです! 最近研究ばかりで肌の手入れを疎かにしていましたし、ここで一気に回復を目指します。それに色々なお風呂があるとか、興味深いですよね」

『良かった……少なくとも美容に関心はあるのね。恋愛に関しては希薄でも、美しくありたいと願うのは女の性。こうなると警戒をワンランク落すべきかしら? 馬鹿な男共を近づけるのは少々アレですが、教育のためと思えば……けど、護衛に関する指揮権は爺馬鹿の大旦那様の直轄……むずかしい』


 ミスカとエロムラ、そしてアンズはデルサシス指揮権の護衛だが、それ以外の護衛はクレストンの管轄下にある。協力態勢にはあるのだが、この問題に関しては指揮権が異なる者同士で頭を痛めそうだった。

 デルサシスは『教育のためなら警戒を緩めてもかまわん』と理解を示すであろうが、クレストンは『男共を近づけるでない! セレスティーナは儂と一緒にいるんじゃあ~!!』と駄々をこねることは明白。

 困ったことに護衛についている者達はプロばかりなのだ。

 例え『マジでこんな仕事なの? いい加減にしろよ、爺……』的な命令でも、彼等は愚痴をこぼさず完璧に仕事を熟す。指揮系統でぶつかる可能性も高かった。


「うふふ……胸は未来に期待するとして、今は美肌。つるつるすべすべになってお爺さまを驚かせて見せます」

「お嬢様、そこはゼロス殿か他の殿方の名を挙げるべきでは……。大旦那様に見せてどうすると言うんですか……」

「しばらく会えなかったから、できるだけ健康で元気な姿を見せたいと思ったのですが、何かおかしい?」

「……いえ」


 他人の美貌に嫉妬し、美容に熱心なセレスティーナ。

 しかし、中身は祖父に心配を掛けまいとする純真な孝行者だった。

 そんな彼女がまともな恋愛ができるかどうか、今のところ誰も知らない。

 


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