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遅まきながら休暇に入りました



「はぁあっ!? 温泉ですか? ジャーネさんと?」


 おっさんが旅支度をしている最中、唐突にイリス達からとんでもない話を振られ間抜けな声を上げた。

 目の前には『良い考えだ』と言わんばかりにドヤ顔のイリスと、うんうんと頷きながらも満面名笑みを浮かべるレナ。そして顔を真っ赤に染めながらも睨んでいるジャーネの姿があった。そんな彼女の後ろを邪神ちゃんが空中で漂っている。

 暇なのであろうか?


「ふむ…………それ、もしかして婚前旅行かな?」

「「うん、そう」」

「違うからな!? たまたま福引きで二名限りの温泉宿泊券が当たっただけだぁ!!」


 イリス達は肯定するがジャーネは全否定。

 ちょっぴり悲しかったりする。


「残念ながら、デルサシス公爵から依頼を受けましてね。詳しい内容までは言えませんが、少しこの街から出ることになります。期日までは未定ですしねぇ」

「あちゃ~、ジャーネさん残念。二人きりでラブラブイチャこらしながら、仲良く混浴ができるかも知れなかったのに」

「べ、別にそんなことをしたかったわけではないからな!? たまたま福引きで当たっただけだ!」

「そんなに力一杯否定しなくても……。依頼がなければ二人きりでしっぽりぬっぽり温泉旅行も良かったんだけどねぇ、実に残念無念」


 心底残念そうに言うおっさんの言葉に対し、ジャーネの顔は茹で蛸のよう赤く染め上がり、陸に上がった魚の如く口をパクパクしていた。

 そんな彼女の姿に内心で『ニヤリ』と笑うゼロス。Sである。


「僕じゃなく、ルーセリスさんとでは?」

「私は、以前に有給休暇を使っていますから、休日以外にはしばらく有給休暇を取ることはできないんですよ」

「なるほど……。まぁ、女性二人の旅行なんて物騒で危ないですしねぇ。レナさんは……」

「私は、女同士で温泉に行くつもりはないわよ? 可愛いboyがいるならともかくだけど。そんなわけでイリスと行くしかないわね」

「まぁ、イリスさんとなら安全か。並みの傭兵なんかより強いし……」

「おじさん、何気に依怙贔屓してない?」

「丁度傭兵ギルドで、頭のイカレタ馬車がハイスピードで客運びをしていますよ? たぶん一日あればお隣の国に着くと思う。僕は二度と乗りたくないけどね☆(キラリ)」

「「アレには絶対に乗りたくない!」」


 イリスとジャーネが声を揃えて叫んだ。

 どやら彼女達も、ゼロスの知らないところで【ハイスピード・ジョナサン】の馬車に乗り、酷い目に遭ったようだ。


「なんなら【魔導式モートルキャリッジ】を貸そうか? リミッターを外さなければそんなにスピードも出ないし、何よりシートはふかふか。乗り心地は馬車と比べるまでもない」

「いやいや、おじさん! 私達は免許持ってないよ!? 無免許は法律違反……」

「免許? イリスさん……君はなにを言っているんだい? この国にはまだそんな制度はないんだけど」

「……あっ。でも、いいのかなぁ~?」

「盗んだバイクで走り出すお年頃が、いったい何を言っているのかねぇ。裏街道に多少踏み込むのも勉強ですよ。若者が街道を馬で爆走する時代なのに……免許? 何それ、美味しいのかい?」

「大人のくせに、若者を悪の道に引き込もうとしてるぅ!?」


 法律で規制されていないことを良いことに、強引に【魔導式モートルキャリッジ】を押し付けるおっさん。無論、何も悪の道に引き込もうとしているだけではない。

 元より【魔導式モートルキャリッジ】は安全性を重視して作られた車なだけに、一般人が運転することで意見を聞きたいという実験的な意味もある。言ってみれば販売前の試乗会というところだ。

 だが、それこそが最も重要なことであるはずなのに、後出しするかのようにヘラヘラと冗談の如く用件を言うので、イリスやジャーネには取って付けたような誤魔化しにしか聞こえない。

 大事なことの前に他者をからかう当たり、ゼロスはなかなか良い性格をしていた。


「まぁ、そんなわけで、しばらく僕達は留守にしますが……アルフィアさんは大丈夫ですかね?」

「む? 待て、それでは我の食事は誰が作るのだ?」


 暇を持て余し空中をふよふよと漂っていたアルフィアは、突然話を振られたことで慌てた。ゼロスがいなくては唯一の楽しみである食事がしばらくお預けになるのだ。

 別に食事を摂らなくても死ぬことはないのだが、それだとゼロスが戻ってくるまで脳内にダウンロードしたゲームで暇を潰すしかない。

 だが、この手のゲームは直ぐに攻略してしまい、後は無駄に時間を過ごすことになる。


「お金は置いていきますから、無駄遣いせず計画的な生活をしていてくださいよ。食費を払えばルーセリスさん達が夕食を作ってくれますから」

「ぬぅ……我はハンバーグが良いのじゃ。しかし、話の限りではいつ戻るか分からぬのじゃろ? なら、我も少し速いが動くべきかも知れぬ……」

「何か予定が?」

「少し各地を歩き回り、愚か者を捕まえることができれば良いのぅ。少しでも枷を解いておけば有利になるのじゃ」

「加減はしてほしいなぁ~。下手をすればこの世界が滅びかねない」

「そんな無茶をする気はないが、クレーターができるくらいは許容範囲内じゃろ」

「まぁ、それならいいか」


 二人の想定被害規模に対する認識がおかしかった。

 おっさんの常識に対する認識が人外のものに変化しているのかも知れない。

 翌朝、ゼロスとアドはサントールの街を出立した。

 

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 イストール魔法学院は既に冬期休暇に入っていた。

 暦の上ではもはや春であり、もはや冬期休暇ではなく春期休暇と言った方が正しいだろう。本来ならば既に冬期休暇の半ばに差し掛かっている頃合いなのだ。

 それだけ大幅な予定のズレが生じたということになる。

 これも学院内でもかなり慌ただしく混乱した状況なので、その影響が学院生の予定にまで影響を及ぼした訳だが、この状況はまだしばらく続くことになるだろう。

 何にしても、セレスティーナ達は一ヶ月の休暇に入った。

 そこで帰る前に温泉に行こうと言うことになり、傭兵ギルドの運行馬車を借りてリザグルの町へ行くことになった。要は地上を満喫したかったのだ。

 何しろイーサ・ランテは地下都市だ。太陽の光はなく、青々と生い茂った草原もない。

 岩盤を支える都市中央の巨大な支柱にある搬入口から地上にも行けるが、手強い魔物が生態系を確立しているので命の危険がある。やることと言えば魔道具の調査ばかりなので、地上が恋しくなるのも無理もなかろう。

 そんなわけで、同じ事を考えるのはセレスティーナばかりではなく、他の学院生達もリザグルの温泉町を目指して傭兵ギルドの運行馬車に乗り込んだ。

 

「うっわ、雪が積もってる。あの誰も履んでいない雪に体ごとダイブしてみたい」


 馬車の上で騒ぐのは、今にも雪の上を走り出しそうな期待に胸を膨らませるオオカミ少女、獣人のウルナであった。


「そ、それはちょっと……。体が濡れたら凍死するかも知れません。まぁ、イーサ・ランテの街は気温が管理されていましたが、地下街道は地熱で熱かったですからね。ダイブしたくなる気持ちは分かります」

「ウルナ様はなかなかに命知らずですね」


 ドワーフ達が作り上げたイルマナス地下遺跡の地下街道を抜けると、そこは雪国だった。

 ソリステア魔法王国とアトルム皇国の間には、標高の高い険しい山脈が聳え立っている。

 冬になると雪がアトルム皇国側で降り積もり、山脈を挟んだ南側にあるソリステア魔法王国では滅多に雪が降ることはない。更に南の海側地域では雪など珍しい。

 山脈越えをした雪雲は、ソリステア魔法王国側に流れてくる頃には既に力尽き、南側にある大海からの暖かい風が雪を雨にしてしまう。

 逆に言えばアトルム皇国は豪雪地帯であり、更に北にあるイサラス王国も雪国である。行商人はドワーフ会堂に辿り着くまで、過酷な大自然と戦い続けなくてはならない。

 そのため冬場は馬ではなく、【コモス】と呼ばれる小型のマンモスのような生物に馬車を引かせる。無論、セレスティーナ達が乗る馬車もコモスが牽いている。

 イサラス王国とアトルム皇国の行商人は、大抵が荷運びのため馬とコモスの両方を飼育していた。


「犬は、雪が降ると喜んで庭先を走り回ると聞きますが、獣人も同じなのかしら? わたくし、気になりますわ」

「キャロスティ様、それは些かウルナ様に失礼ではないかと……」

「普段が失礼なミスカが言っても、説得力が……」

「お嬢様……口は災いの元ですよ?」


 ミスカの掛けた眼鏡があやしい光を放っている。

 逃げ場がない状況下で焦るセレスティーナ。


「温泉は美容に良いと効きますが、リザグルの町の温泉はどうなのでしょう?」

「さぁ? 私は存じませんが、疲れを癒やせるのであれば良いのでは? キャロスティ様は知識欲が旺盛ですね」

「成分分析をしてみたいですね。【鑑定】スキルが欲しいところです」

「あっ、雪原オオカミだ。こんなところにもいるんだ。狩ってみたい」


 そんな乙女達の戯れを後方から窺う者達がいる。


「………楽しそうだね」

「そうだな。まぁ、大きめの馬車が借りれなかったのだから仕方ねぇだろ」


 セレスティーナ達が乗る馬車の後方には、ツヴェイト達が借りた傭兵ギルドの馬車が後に続く。

 御者の後ろから様子を見る限りでは、ディーオの目に少女達が『キャッキャ』『ウフフ』する微笑ましい光景に見え、彼はそこに混ざりたいようであった。

 

「そう言えば同志よ、アンズちゃんはいないのか? 一応あの子も護衛のはずだろ?」

「いるぞ? セレスティーナの護衛をしているはずだが……」

「どこにって……。あっ、いた……………」


 周囲の木々にすら雪が降り積もり、すべてを白一色に染め上げている世界の中、ピンクの忍者は木々の合間を雪一つ落とさず疾走していた。

 それはまさに疾風の如し。

 桃忍の卓越した技量は、とんでもない速さで木々の中を動き回り、ときおり見えない場所で赤い雨が降り白い雪を深紅に染め上げていた。

どうやら魔物を仕留めているようである。


「アンズちゃん、凄ぇな。あんなに動き回りながら的確に魔物を倒してんぞ……」

「エロムラも本来なら先行して邪魔者を排除するはずだぞ? アンズのしていることは立派な護衛の仕事だが、お前は何をしてんだ?」

「いや、俺は雪の中で動き回るのは無理だから! 装備の重さだけでも埋まるからね!? こう見えて重装備の戦士職だから!!」 


 エロムラは必死で弁解していた。

 彼の職業は【ブレイブナイト】。騎士とつくだけに彼の装備は重装甲で、降り積もった雪の上や沼地などの戦闘では力が半減する。

 軽装備であるなら辛うじて闘えるが、足場の弱いフィールド戦闘は装備が重く不得意なのだ。彼は基本的に重装備で防御を固め、カウンターで相手を倒す戦法を得意としており、雪山などでの局地戦闘は苦手な部類に入る。

【ソード・アンド・ソーサリス】でなら地形効果など無視できたが、現実ではその影響を諸に受けてしまう。


「お前……仮にも護衛だろ? こんな時を想定して、必要な装備を揃えておくもんじゃないのか?」

「装備一式を揃えるにも金が掛るんだよぉ!! 確かに給料は貰っているけど、安物しか買うことができないんだ。中古品という手もあるが、見た限りでは防御面や耐久面でも心許ない」

「一応、考えてはいたんだな……」

「同志ィ―――――――っ!? お前、俺が不真面目だと思ってたのか? こう見えて仕事はちゃんと熟すぞ」 

「すまん……お前の普段の態度がアレだったから、つい………」


 どれだけ真面目に仕事を熟そうとも、エロムラの普段の態度を見た限り、お世辞にも真面目とは言いがたい。むしろ遊んでいるようにすら見える。

 だが、普段がどれだけチャランポランに見えても、エロムラは転生者の一人だ。実力の面においてはこの世界でもトップクラスに入るだろう。

 わずかな殺気にも反応し、小さな物音一つで臨戦態勢を整えることができる。索敵範囲も常人より広い。

 それでも実力が疑われるのであれば、それはエロムラの普段の行動が原因だ。残念なことにとても凄腕の実力者には見えないのだ。


「俺、泣いてもいいよな? いや、ここは泣くべきだろ」

「そこは普段の行動をあらためろよ。とても凄腕には見えねぇんだよなぁ~、いつも女子の尻ばかり見てるし……」

「失礼な! 俺は胸もしっかり見ているぞ、ついでに顔も……」

「その最低な行動を取るから女にモテねぇんじゃないのか? 偉そうに威張れることじゃないだろ!」

「俺は、自分の心に正直に生きているだけだ。自分の心に嘘を吐くくらいなら、欲望の赴くままに信念を貫き通す覚悟がある! そしていつかはボインのエルフにパフパフして貰うんだぁ!!」

 

 清々しいほどに馬鹿だった。そして、熱く夢を叫ぶ姿は別の意味で無駄に男らしかった。

一本筋が通ったエロは、もはやただのエロとは言わない。

格調高くこう言わせて貰おう。変態と……。


「……おい、それは褒められたもんじゃねぇだろ。ディーオ、お前からも何か言って……ディーオ?」

「ん? セレスティーナさんはいつ見ても天使だけど? あぁ……この想いをどうすれば伝えられるのか……」

「駄目だ、こりゃ。完全に一人の世界に入り込んでる」 


 ツヴェイトとしては、さっさと告白して玉砕でも何でもして欲しいところだ。

 だが、肝心なところで思い切った行動に出られないディーオ。そのくせセレスティーナに近づこうとする男には嫉妬する。


「なぁ、ディーオ……。お前、まさかとは思うがセレスティーナに近づこうとする男共を、裏で闇討ちしていないよな?」

「…………」

「なんとか言えよぉ、殺っていないよな!? 犯罪に手を染めていないよなぁ!?」

「そんなわけ無いじゃないか……。やだなぁ~、俺はそこまで非常識な真似はしないよ……たぶん」

「たぶんて言ったぞ!? それから目を合わせて言えよ! なんで視線を反らそうとしてんだぁ!!」


 襟を掴みディーオを揺さぶるツヴェイトだが、彼はそれ以上なにも言わない。

 敵ではないが味方でもないツヴェイトの態度に、当てにできないと知ったからであろう。

 中立は時として信用をなくすものだ。


「同志よ……お前の親友は、どうやら人の道から外れそうだぞ。ここだけの話だが、ティーナちゃんは野郎共に人気が出てきている。ついでに一部の女子からもだが……。そんでなぁ~、学園にいたときにだが……ときおり路地裏で襲撃に遭ったヤツが何人かいたらしいぞ?」


 ツヴェイトはデイ―鬼勢いよく顔を向ける。

 彼は思いっきり視線を逸らした。


「エロムラ……その情報を先に言ってほしかった」

「いや、ミスカさんに口止めされていたしさぁ~。『お嬢様の精神的な成長のため、黙っていて貰えますか? 異性からの好意に気づけないようではまだまだお子様ですから』って……すんごい迫力だった」

「……それ、絶対にセレスティーナのことを思っての口止めじゃねぇだろ。それ以前に口止めじゃなくて脅迫だろ……」

「俺もそう思う。あやしげなヤバイ感じのナイフを持ってたし……。けど、ミスカさんだから逆らえなくてさぁ~」


 エロムラにまで裏から手を回すミスカ。

 彼女が何を企んでいるのかが分からない。


「いいじゃないか! 俺等の間では、セレスティーナさんは競争率が高いんだよ。平凡な俺じゃ、絶対見向きもされないんだ……。だからライバルは少ない方が……」

「俺等って………複数形!? エロムラ、俺は交友関係を見直す時期が来たのではないかと思うんだが」

「そうだな。さすがに闇討ちはやりすぎだと思う。潔く告って散ればいいだ。俺でもさすがに引くわぁ~………」


 ツヴェイトはともかく、普段から阿呆な言動の多いエロムラすらドン引きした。


「(俺は……セレスティーナさんに………………縛られ、むしろ……しばかれ、たい…)」

「「ディーオッ!? 今、ボソッと変なことを言わなかったか!?」」


 とんでもないカミングアウトをしたディーオは、それ以降一言も発しなかった。

 ただ、何を妄想しているのか不気味な笑みを浮かべていたりなんかする。


「ツヴェイトォ~、休憩はまだかぁ~!」

「馬車は尻が痛くなる。少し休ませてくれぇ~!」

「どうでもいいが、なんでアイツらまで来るんだ?」

「さぁ?」


 暇なウィースラー派の仲間達も数人オマケとしてついてきているが、過酷な訓練を終え休暇に入り、彼等はかなり舞い上がっていた。

 温泉に着いてくるのはかまわないのだが、ツヴェイトとしては何か問題を起こしかねない気がしてならない。実に胃の痛い思いである。

 そんな彼等の乗る馬車の幌の上で、いつの間にか戻ってきていたアンズが次の商売で売る予定の女性下着を縫っていた。

 彼女だけは心配事もなく実に平和そうであった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 

 エルウェル子爵家の馬車は、一面銀世界の街道を進んでいた。

 最初は物珍しさから辺りを眺めていたクリスティンだが、ここであることに気付く。


「先生、どうすればこうも早く工事が進むのでしょうか? 地下の工事は礫石などを外に搬送をするのにも、だいぶ人手を必要とされるはずですが?」

「ふむ、おそらくは地下街道の必要のない箇所を礫石で埋めたのじゃろぅな。外部には持ち出すには量も多く効率的ではない。そうなると、魔物が生息している箇所に捨てることで生息圏を減らせて一石二鳥じゃ。何より最近売り出された新魔法を取り入れたことで工事が加速したのも要因の一つであるな」


 老魔導士のサーガス・セフォンは、好々爺のような笑みを浮かべ質問に答えた。

 しかし、彼の体格はお世辞にも魔導士には見えず、筋肉質の逞しい巨体は馬車の中では些か狭い。むしろ窮屈だ。

 そのため護衛の一人であるイザートは御者と共に外にいるわけで、寒空の中大変申し訳ないとクリスティンは思ってしまう。


「凄いですね。工事技術の革命じゃないですか」

「些か工事竣工が早すぎる気がするのじゃが、短期間でよくぞここまで整備できたものじゃて。おかげでメーティス聖法神国を迂回せずに隣国へゆける」


 そこには頭のおかしいどこかの工務店が活躍したわけだが、現場の事情など二人が知るわけがない。この整備を行うために多くの職人が阿鼻叫喚の地獄へと突き落とされた。

 知らないということは時に幸せなことである。


「最近は【ガイア・コントロール】や【ロック・フォーミング】などの実用性のある魔法を、ドワーフ達も使いだしおった。クレストンのヤツは手広く商売をしているようじゃな」

「【煉獄の魔導士】、クレストン元公爵ですか? 確か、独自の派閥を創設しているとか聞きましたが?」

「うむ。王族直下の特殊な派閥じゃ。実用性のある魔導士の運用を主とし、技術の向上や発展に役立つ魔法開発を目的とし日夜研究しておる。最近だと回復魔法の販売を手がけるなど、なかなかに知名度が上がってきている話じゃぞ?」

「凄いですね」

「どうかのぉ~、儂には裏があるとしか思えん……。各国の魔導士が共同で回復魔法を開発したじゃと? あり得ん。国に仕える魔導士なぞ、地位に固執した愚か者ばかりじゃ。有用な魔法が開発されれば裏で奪うことを躊躇わん。まして回復魔法じゃぞ? 儂なら誰にも話すことなく隠匿しておるわい」


 各地を旅したサーガスであるからこそ、宮仕えの魔導士の愚かさが良くわかる。

 どこの国の連中も傲慢で、市井にいる魔導士を上から目線で卑下していた。しかも実戦という面ではまったく役に立たない未熟者である。

 そんな連中が魔法を共同開発するなどサーガスには到底信じられなかった。

 まして回復魔法は隣国のメーティス聖法神国が独占しており、それを大々的に各国が公表したところを見ても、国の首脳陣が裏取引しているとしか思えない。


「そう言えば、以前にクリスティンから聞いた魔導士の話も気になるのぅ」

「以前? あぁ、ゼロスさんのことですね」

「うむ。そなたに魔法を授けた者……。ここ最近、ソリステア派の魔法に関する発展のめざましさには、裏でその者が糸を引いておるのではないか?」

「表に出ない凄い魔導士がいるというのですか? まぁ、ゼロスさんなら考えられますけど……」


 クリスティンの記憶に残る非常識な魔導士。

 アーハンの鉱山ダンジョンにて、クリスティンはトラップに引っ掛かり最下層まで落ちた。その時に単身で最下層まで下り、破壊の限りを尽した一人の魔導士。

 あれほどの力を持ち得ながら、彼の名は今まで聞いたことが一度もない。放浪の魔導士なのか、あるいはかなり地位の高い貴族が情報を隠蔽している可能性も考えられた。

 話を聞いた限りでは、並みの魔導士ではないとサーガスも思っていた。何しろ魔導錬金や広範囲殲滅魔法など、常識を尽く粉砕する規格外なのだ。

 現ソリステア公爵家当主であるなら、情報の操作など苦もなくやってのけるだろう。噂のやり手公爵家が放置するとは考えられなかった。


「クレストンのヤツに聞いてみるかな。答えぬ時は拳で……」

「えっ!? こ、拳でって、元とはいえ公爵様ですよ!?」

「なに、ヤツと儂との間に煩わしい階級など存在せん。多少遠慮なく殴り合えば、他言無用の警告をした上で素直に教えてくれるじゃろ」

「何で、そんなバイオレスな展開に持ち込むんですかぁ!? 下手をしたら僕の家が潰されちゃいますよ!」

「その辺りは大丈夫じゃろ。儂も迷惑をかける気はないし、向こうも勝手に察してくれる。心配はいらん」


 サーガスとクレストンの交友関係は、拳で語り合うほどの友好を深めているらしい。

 仲が良いのか悪いのかは微妙だが、少なくとも互いに認め合っているようではある。

 ただ、地位もないただの魔導士と公爵家のご隠居とでは立場が違う。間違っても自分のいる前で殴り合いにならないことを祈るばかりだ。


「男同士の友情じゃよ」

「……友情で殴り合うんですか? 僕には分りませんよ」

「娘にはわからんじゃろうなぁ、互いに言いたいことを言い合える友というのは貴重じゃぞ? クリスティンにも良き友ができるといいのじゃがな……」

「拳で語り合う友人はちょっと……」


 男女の違いで友情の形が違うと学んだクリスティンだった。


「お話中にすみません。お嬢様……警戒しつつ後方を見てください」

「イザート、なにか警戒することでもありましたか?」

「なんと言いますか、見れば分かります」

「?」

 

 もうすぐイルマナス地下遺跡へと続く地下街道トンネル入り口が見えるころ、馬車の御者台にいたイザートが小窓を開け、困惑した表情で声を掛けてきた。

 言われた通りにクリスティンも後ろの窓から後方を覗き込むと、そこには不可思議なものが急速に接近してきていた。


「なんじゃ、アレは……」

「馬車……ではありませんね。魔導具の類いでしょうか?」


 それは馬車とおぼしきものだが、良く見ると馬車を引く馬の姿がどこにも見当たらない。

 しかも四頭引きの馬車よりも速度があり、次第にこちらへと急接近してきていた。


「まさか、ソリステア公爵が最近公表した……」

「イザート、知っているのですか?」

「噂程度ですが、ソリステア派が開発した乗り物型の魔導具だったかと。ただ、まだ販売はされていませんが……」

「ほぅ……そんな物が販売される前に動いておると? となると、アレを動かしておるのは公爵家に近しい者か、あるいは開発者本人かのぅ」


 噂の魔導具が近づいてくるにつれ、搭乗者は二人いることが見て取れた。

 一人は赤髪の女性で、運転をしているのは自分と同年代のツインテール少女だった。

二頭引きの馬車よりも速いようだが、何故かフラフラと蛇行している。


「ジャーネさん、離れてぇ~~~っ!! 危ないからぁ、ふひゃぁ!?」

「下ろせぇ~~~~っ!! 速い、怖い、きぼじわる……うっぷ!?」

「いやぁあああああぁぁぁぁっ!? 吐かないでぇ、それに抱きつかれていると運転がぁ~~~~~~~~っ!!」


 騒がしい声と共に、馬なし馬車が横を通り過ぎていった。


「アレ、危険なのでは………」

「乗っていた二人にも見覚えが……」

「面白い物を作ったものよ。ぜひ分解してみたいのぉ~」


 事故を起こしかねないほど蛇行しつつ、魔導式モートルキャリッジはイルマナス地下大遺跡へと続くトンネル奥へ消えていった。

 ほどなくしてクリスティン達もトンネルへと入って行く。

 反響で響いてくる赤毛の女性の悲鳴を聞きながら……。

 


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