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ミスカの悪巧み?



「おほっ♡ これはなかなかじゃな」


 ――などと言いながら鏡の前でクルクルと上機嫌で回るのは、姫袖な黒のゴシックロリータ衣装を着たアルフィア・メーガスである。

鏡に映る自分のす姿を見て、実に満足そうであった。

頭部から映えた金色の角と、背中から生えている翼がいかにも堕天使か悪魔のようで、妙に様になっていた。

培養液の中では幼女であったが、今は中学生低学年くらいの背丈であり、見ている方は実に微笑ましいかぎりである。


「「………(ロリババァ)」」

「なんじゃ、一応マスターと下僕二号。我に何か言いたいことでもあるのか?」

「「いや、別に……」」


 だが、正体を知っているゼロスとアドは、見た目に騙されることはなく率直な意見をボソリと口に出してしまった。

 これでも一応は【神】なので、二人の呟きはしっかりと聞いていた。

 彼女はめっちゃ不機嫌そうな目で睨みつけている。仮に視線が物質化する世界であったのなら、彼女の視線は馬鹿二人の心臓を貫いていたことだろう。


「それよりも、良くお似合いですよ。アルフィアさん」

「そうか? そうであろう。そうに決まっておる。ぬはははははは♪」

『『意外にウザイ性格のようだ。しかも、かなりのお調子者……』』


 ルーセリスに褒められ子に乗るアルフィア。この世界の【前観測者】は、アルフィアを失敗作として封印した経緯がある。

 彼女の性格が少しずつ明るみされていくことで、『子は親に似る』という言葉が二人の脳裏に過ぎっていた。同時に『親の顔が見たい』という言葉も――。

 できることなら彼女には、前観測者のような無責任な神になって欲しくないところである。今後は真っ当な世界管理をしてもらいたいと切に思う。


「それより、良くこんなサマードレスがありましたね? セレスティーナさんは似合いそうにないと思いますけど……。性格的にですが」

「うむ……あの子はこれを着ようとはせなんだ。白と青を好む傾向があってのぅ。儂は、一度で良いからこれを着た姿を見たかったんじゃが……」

「とうとう着ることもなく、クローゼットの奥で肥やしになったんですね?」

「背中が丸見えじゃからのぅ……。恥ずかしいと言って倦厭されたんじゃぁ! 一回でも着てくれれば良いのに……」

「孫が絡むと、途端に駄目になるなぁ~この爺さん……。三時間ほど孫の話を聞かされた時は地獄だった……」

「アド君……それを言ってはいけない。そしてお疲れ様」


 そう、この黒いドレスは背中がなぜかはだけており、アルフィアにとっては翼を出せるので便利だが、普通に着るには少し問題があった。

 一言で言うと、痛すぎる。


「儂は……儂は、あの子がこのドレスを着ている姿を想像するだけで……ハァハァ」

「……ゼロスさん。クレストンさんは大丈夫なのか? なんか、凄くヤバイ気がするんだが……」

「駄目でしょ、重度の爺馬鹿だからねぇ。今も孫のセレスティーナさんに近づく男を闇に葬ろうと、裏でいろいろと画策しているらしいですよ?」

「……気のせいか、ケモさんとダブるんだけど………」

「ケモさん?」


 同じパーティー仲間のリーダ格である【赤の殲滅者】ケモさん。

 彼はケモミモを愛するあまり獣人型ホムンクルスを大量に生み出し、ダンジョンを作り最深部で酒場の接客業をさせておきながら、お触りするような客を容赦なくデストロイするほど独占欲が強かった。

 その時の台詞が、『お客さん、ここはそう言う店じゃねぇんだよ。そっちを楽しみたければ別の店に行ってくんねぇか? 裏街で他のプレイヤーがそっち系の店を開いてるからさ。それとも……ここで死ぬかい。ん? どうなんだよぉ、アァ?』と絡んでいた。

 モラルのない失礼なプレイヤーを容赦なくその場で叩きのめし、無装備のままダンジョン最深部から帰還させるという酷い真似もしている。まるでヤクザだ。

 ケモ耳に欲情するのは自分だけで良いらしく、それ以外の者が自信作のホムンクルスに手を出すと烈火の如く怒りにまかせ、他のプレイヤーに地獄を見せていた。

 ゼロスも『だったら、ホムンクルスに接客させなければ良いじゃん』と思い、後でその疑問を尋ねてみると、途中からぼったくりバーが楽しくなったらしい。

 巻き込まれた方は不幸である。


「ケモ耳をこよなく愛しているのに、あの店はないよなぁ~……。途中から目的が変わるのはいつものことだけど」

「不埒な連中に嫉妬するくらいなら最初からやらなければ良いんだが、その不埒な連中を絶望に落とすことが楽しかったらしい。『良心を痛めずに合法的にボコれるのが良いんだよ』と言ってたねぇ~……」

「ケモさん……酷ぇ………」

「ちなみに、レイド資金もそれで稼いでいた。奪ったレア物の装備品を売って……。邪神戦の資金繰りには助かったなぁ~」

「腐ってる……ゼロスさんも止めろよ! 今さらだが、まともな人がいねぇ……」


 少々話が脱線している。


「クレストンさんと似てるかなぁ? 僕にはケモさんの方が酷く思えるがねぇ」

「似てるだろ。妙な服を着せたり、異常な執着心を燃やしたり……。独占欲が酷すぎて異常としかしか思えないほどの溺愛ぶりなんだろ? そのうち絶対にとんでもない真似をしでかすぞ」

「あぁ~……犠牲者になりそうな人物を一人知っているよ。彼は、この試練を乗り越えることができるのだろうかねぇ……」

「誰だよ……不穏な気がしてならないんだけど」

「孫娘にぞっこんの青少年……」

「そいつ……死んだな。確定事項だ………」


 ゼロスの記憶にあるセレスティーナに恋心を抱く一人の所青少年、ディーオ。

 爺馬鹿のクレストンにとっては害虫でしかなく、間違いなく排除に動くことだろう。先が思いやられるとばかりにゼロスは溜息を吐いた。

 アドはディーオと面識はないが、それでもクレストンの態度からおおよそのことを察し、その後の展開が嫌でも理解できてしまった。

 

「うむ、これはさっそく街に出かけるべきじゃ。このラブリーな姿を大衆に見せ、我への信仰を高めてやるのじゃ!」

「アルフィアさん……アイドルでも目指す気ですか? お持ち帰りされても僕は助けませんよ? 心配するだけ無駄だし」

「ゼロスさん、それはちょっと酷いんじゃ……。女の子ですよ?」


 ルーセリスはアルフィアの見た目に完全に騙されているが、そもそも彼女が普通なわけない。

 体は人造、魔力は膨大な上に、高次元から無尽蔵にエネルギーが供給される。

魔力の許容量だけでもゼロス達を超え、そこにあやしげなエネルギーが加われば世界は滅びかねないほどだ。お持ち帰りしようとする犯罪者の方が不憫である。

こんな謎の超生命体を普通というのはおかしいが、それはあくまでもゼロスの視点であり、事情を知らないルーセリスが心配することは一般的に正しい反応である。


「いや、見た目はともかくとして、彼女は最強なんですよ。僕がなにもしなくても一人で解決する力を持っているんですよねぇ。むしろ、お持ち帰りするヤツが地獄を見る――もとい実際に地獄送りになるかなぁ……」

「あの……普通の女の子じゃないんですか?」

「見た目は普通でも、体力や魔力は人間以上ですよ。鎖でがんじがらめにしても、彼女なら余裕で引き千切って脱出できますね」


【ソード・アンド・ソーサリス】においてホムンクルスは、錬金術の技量次第ではかなり強力な個体を生み出すことができる。むしろプレイヤーよりも強力でチートな存在もいたほどだ。

 無論製造過程における素材にも影響を受けるが、今のアルフィアの体は過去に砕けた邪神の破片から採取された因子が組み込まれ新生されたわけで、ぶっちゃけゼロス達よりも遙かに強い。四神相手でも余裕で勝てるだろう。

 だが、四神はこの世界と位相世界の狭間にある聖域から滅多に出てくることがないので、この凶悪な力を行使する機会はないと言える。


 また、不完全体であるがゆえに聖域の場所を特定するのが難しく、別次元の移動も困難な状態である。高位次元からエネルギーを引き込めるだけでもマシだった。

 ここで『高位次元からエネルギーを引き込めるのであれば、位相世界の聖域くらい行けるのではないか?』と疑問もでるだろうが、そのエネルギーを引き込むための門がアルフィアの体内にあるわけで、三次元世界で高位次元までの穴を開けばこの世界は消滅してもおかしくはない。なまじ膨大な力ゆえに物質世界で繊細な制御を行うのが難しかった。

 ゼロス達と同等以上の魔力が使えるだけでもたいしたものであろうが、四神に引き籠もられては元もこうもないので、結果的には自ら動くこともできない状態である。

 次元探査を行えば空間そのものが大規模に歪む核率が高く、最悪、世界が崩壊するのが早まってしまう。細かい微調整が現在難しい状態なのだ。

 高次元生命体にとって物質世界は壊れやすいシャボン玉のようなものなので、何らかの方法で聖域まで侵入せねばならず、世界を維持したまま事を運ぶのが難しい。


「さぁ、ゆくぞ! 何をグズグズしておる。この舌で街の名物を味わうのじゃ」


 しかしながらその肝心のアルフィアさんは、自由を満喫する気満々であった。

 なにしろ待ち望んだ肉体を手に入れ、しかも人間と同等サイズ。完全体になるよりも自ら世界を堪能することにご執心のご様子。

 その浮かれ具合は見た目に微笑ましく見えるのだが、世界を破壊できる最強の究極生物が街を歩き回ることになるので、ゼロスとしては正直心臓に悪い。

 下手をするとうっかりで大規模な破壊を引き起こしかねないのだ。


「ゼロスさん……。ヤツは遊ぶ気満々だな……」

「良いんじゃないかな? ゲス共が全員出てくるまで何もすることがないし、暇を持て余すくらいなら自由にさせておこう」


 完全体になれば、おいそれと物質世界に下りることはできなくなる。

 彼女にとっては遊べる時間は今だけであるとゼロス達は思っているが、実際はそうではないことを彼等は知らない。事実ゼロス達の世界の観測者は物質世界を満喫していた。


「ところで、ゼロスさん……。アルフィアを見てるとさぁ、なぜか艦隊少女のソシャゲを思い出すんだけど……」

「改造したら、見た目が急激に変化するキャラがいたからねぇ……。アルフィアも幼女から中学生くらいに急激に成長しとるし……」

「見た目がまったく変化しないキャラもいたけど?」

「改二になったらグラフィックが変化するのもいたような……」

「何の話をしてるんですか?」


 ルーセリスには二人が何を言っているのか理解できないでいた。

 そんな三人の前ではアルフィアは上機嫌でクルクルと踊り、クレストンが「なぜあれを着てくれなかったんじゃ、ティーナ……。職人に特注で作らせた一品だというのに…」と嘆いていたりする。

光と闇がそこにあった。


「さぁ、我を案内せよ」

「いや……出かけるのは確定事項なのか? まぁ、僕は良いけど……」

「俺はパスする。刺されたくねぇし……」

「ユイさんとの関係が深刻だねぇ。どんだけ愛が重いんだ?」


 アドは完全に尻に敷かれていた。

 そんな彼の最近の愛読書は、デルサシスの著書第二弾、【男は背中で愛を語れ】だという。

 アドはできる男を目指しているのだろうか。それよりもこの地を治める領主は、いつ原稿を仕上げているのかが気になるところだ。

 いろいろと忙しい身の上であるはずである。


「そうだなぁ~。煙草もなくなってきたし、そろそろ買いに行こうかな。リーセリスさんも一緒にどうです?」

「えっ? そ、そうですね……。今は手が空いていますし、いいですよ」

「うむ、決まりじゃな。ならば我についてくるのじゃ!」

「なんで君が仕切ってんの? まぁ、別に良いけど……。戸締まりしてくるから待っていてくれ」

「早くするのじゃぞ? 手早くな」


 ふんぞり返る姿は微笑ましいが、若干イラッとくるのはなぜであろうか。

 上から目線なのが少し気になるが、しかしそこは神様なので当然だと納得することにする。

 この後、三人は街へ出かけるのだった。



◇ ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 地下遺跡都市イーサ・ランテ。

 イストール魔法学院からこの地に島流し――もとい、魔法技術の解析要員として訪れていた学院生ディーオは、週一の休日を満喫していた。

 もっとも、彼の場合は魔法技術の研究ではなく、新たな土地で派遣された騎士団と共に防衛訓練や防衛構想を練る、所謂戦術研究がメインである。

 主に成績最優秀者でもある学院生は、学院側にとっても指導するのが難しい立場であった。何しろ教員のほとんどが学院生上がりだからである。

 学生の時に教えられたことしか後輩に教え伝えることができず、新たな発見や応用に至っては、現在の成績上位者の方が遙かに優秀だった。

 学生上がりの教員達は、当然だが上位成績者を教えることなでできるはずもなく、彼等を倦厭するようになる。


 古株の教員もいるのだが、実績を持つ教員は国に引き抜かれることが多いので、ほとんどが若い教員で統一されてしまう。

 何しろ最近の軍事改革で多くの魔導士がクビになり、新たに優秀な魔導士を選抜することになったことが大きい。ちなみにクビになったのは貴族出身の魔導士がほとんどだ。

 これは、貴族という地位と権力を利用し、国家機関に何の苦もなく裏で手を回して配属されていたことが原因である。

 不正を知った国王を含む改革派が、彼等を全て排除したのだ。

 腐った官僚を切り捨てるのは政治で良くあることだが、欠員を埋める優秀な人材を捜し当てるのは一から行わなくてはならず、結果的に過去の学院生成績記録が資料として使われることになる。

 そして、優秀な人材は真っ先に官僚の席に入り、それ以外の上位者は騎士団と魔導師団を併合した、魔導騎士団に配属されることとなった。


 ディーオやツヴェイトも、学院を卒業後に新設の魔導騎士団に配属され、三年の訓練期間を得て正式な国家魔導士となるのである。

 今のディーオ達の立場は、所謂一人前になるための下積み期間と言っても良い。

 ウィースラー派の学院生達の多くは、このイーサ・ランテの街防衛に配属された騎士達との厳しい訓練を受け、更に様々な戦略研究を続けていた。

 だが、毎日訓練ばかりでは疲労が溜まるもので、学院生は週に二日ほど休日が与えられている。

 そんな休日を利用し、デイ―オは一人でイーサ・ランテの街を散策していた。


「この街にもだいぶ慣れたよなぁ~……」


 イーサ・ランテに着いた当初は、古代都市の存在に圧倒された。

 その後、この街が地下にあるということが不安になり、その不安を紛らわせるために訓練や戦術論の討論に没頭した。

 何しろ古代都市である。老朽化している箇所も確かに存在しているわけで、もしかしたら生き埋めになるのではないかという不安に駆られるのも当然であろう。

 地上に出られるルートを発見されてからは、訓練でも地上で行われるようになったので、彼の精神の安定したようである。

 そうなると、次に問題になることが出てくる。


「最近、セレスティーナさんと会ってない……。元気だと良いけど……」


 そう、恋の問題である。

 彼の場合は所謂一目惚れだが、この世界特有の奇病【恋愛症候群】ではない。

 恋愛症候群は程度の差はあれ、互いの相性が良い人物同士で惹かれ合う現象だが、普通の恋愛の場合は駆け引きが重要になってくる。

 いかにして相手に自分の好印象を与えるかが鍵であり、デイ―オは未だにその一歩を踏み出せないでいた。


『せめて、きっかけさえあればなぁ~』


 一応ツヴェイトもディーオに協力はするが、それはあくまでも会話を繋ぐ程度に留めており、仲を取り持つようなことはしない。

 何しろセレスティーナの背後には、孫娘をこよなく愛する危険な老人が控えているのだ。

 ツヴェイトも親友が無残に殺されることは望んでいない。祖父と親友の狭間で悩み、ギリギリのラインで出した苦肉の選択であった。

 要はセレスティーナとの仲が進展するのはディーオ任せで、二人の間を多少取り持つだけの中立な立場をとっただけである。ツヴェイトも死ぬつもりはない。

 だが、そんな親友の葛藤を、恋に夢中なデイ―オは気付いてすらいなかった。


「余計な連中がいないこの時間がチャンスなのに……」

「何がチャンスなのですか? デイ―オ様」

「うわぁ!? って……ミ、ミスカさん!?」

「はい。いつもクールに、あなたの背後に忍び寄る氷の女王、ミスカです。フッ……」

「ドヤ顔でなに言ってんですか?」


 いつの間にか背後にいたセレスティーナを世話係であるメイド、ミスカ。

 メイド服に身を包み、知的でクールな見た目の印象とは裏腹に、彼女はいつも神出鬼没で人を驚かせる趣味の人であった。

 ある意味で、ツヴェイトの護衛でもあるピンクの忍者と同類である。

 そんな彼女は眼鏡をクイッと指で上げ、ドヤ顔を決めていた。不適な笑みが若干ムカつく。


「前方の店から出てきたときに、何やらお悩みのようでしたので不詳このわたくしが背後から声をお掛けしたまでのことです。ディーオ様はツヴェイト様のご友人ですので」

「いや、なんでわざわざ背後に回る必要があるの? 普通に声を掛けてくれれば良いですよね?」

「何を仰いますか。知り合いを発見したら、直ちに背後に回って驚かせるのが礼儀ではありませんか。ディーオ様は分っておりませんね」

「いやいや、普通に失礼ですからね!? 俺がおかしいの? それが世間の常識なの?」


 表情一つ変えずにディーオをおちょくるミスカ。

 知り合いには遠慮せずマイペースに非常識な真似をしでかすこのメイドは、ディーオにとっては苦手な存在であった。

 何よりも彼女は、ソリステア公爵家直属の監視役でもある。言わば最大の障害であるクレストン元公爵の犬とも言える相手なのだ。


「ふぅ……そこまで警戒なされなくともよろしいでしょうに。まぁ、お悩みの答えなどハナから分っていますけどね」

「なら、そっとしておいてくださいよ」

「ずばり! ディーオ様のお悩みは、いつ頃ツヴェイト様の前で胸元をはだけ、『やらないか?』と告げるべきか、ですね? わかります。この手の問題はタイミングが重要ですから」

「全然違うからぁ! なんで俺がそっち系の人だと思われてんのぉ!?」


 酷い誤解を受けていた。


「………違うので?」

「当然でしょぉ! 何で俺、そんな誤解を受けてるんですか!?」

「……またまたぁ~、照れなくてもよろしいんですよ? 同性同士の愛も一つの真理ですから、恥ずかしがる必要はありません。むしろ堂々と公言すべきです」

「断定しないでください!」


 しかも勝手にそっち系の人と確定されていた。


「本当に……違うので?」

「しつこいですね……。なぜ期待が込めた目で俺を見るんですか、全然違いますよ!」

「せめて、先っちょくらいは……」

「ありません! って、どこの先っちょ!?」

「!? そ、そんな……」


 まるで世界の終わりかのような表情を浮かべ、震え戦きながら一歩に歩と後退し、何もかも信じられない絶望に苛まれ、ミスカはその場で崩れ落ちた。

 先ほどのハッチャケぶりとは真逆の、これ以上の絶望などこの世に存在しないかのような、それはそれは見事な落ち込みようであった。


「わ、私はてっきり……そちら側の住人と思っていましたのに、まさかのノーマルだったなんて……裏切りましたね! 私の純情を返してください!!」

「そんな純情は捨ててしまえ! なんでツヴェイトとそんな関係にならなくちゃならないんですか!? 俺は普通に女の子が好きですよ」

「こ、これが真実だというなら、私はお嬢様になんと報告すれば……。とても楽しみにしておられましたのに……」

「………え?」


 今度はディーオが凍りついた。

 そして、ミスカの言葉をゆっくりと吟味し、その意味を頭で反芻しつつも理解すると、先ほどのミスカのように絶望と驚愕の入り交じった表情を浮かべた。


「う、うそだ……セレスティーナさんが………まさか…………」

「いえ、真実ですが?」

「信じない! そんな、彼女が腐の住人だなんて………。俺は……俺は信じないぞ!」

「それどころか、腐の書籍を販売してベストセラーですが? 今も絶賛ファンを獲得し続けています。まさかあれほどの才能があったとは思いませんでした」

「嘘だ……嘘だ嘘だ! 嘘だぁ―――――――――――――――っ!!」


 それは、ディーオにとっては死刑宣告と同義であった。

 誠の絶望とは、まさに今の彼のことを指すのであろう。ディーオの顔から感情は消え去り、どこかのボクサーの如く真っ白に燃え尽きていた。

 恋する男にとって真実とは、ときにギロチンの如く残酷に心を両断するのである。

 風が吹けば砂となって崩れ去るかのような印象を抱かせるほど、彼は酷く憔悴しきっていた。


「まぁ、腐の道に引き込んだのは私ですけどね。素質があったのでしょう。お嬢様ったら、すっかりムッツリになってしまわれて……」

「嫌だぁ、聞きたくない!! って、アンタが原因だったのぉ!?」

「研究以外ではいつもネタを探していますよ? すれちがう男子を見ては勝手にカップリングして、即座にメモしております。最近では美青年と紳士の濃いストーリーを考察中のようですね」

「騙されないぞ! セレスティーナさんは常に清楚で、天使のほほえみを浮かべお茶の最中に詩集や専門書を読み、ぬいぐるみや小物なんかを集め……」

「それはいったい誰のことですか? お嬢様は、ぬいぐるみなどを集めるくらいなら薬草などを買い集めますね。読む書籍も薄い本を除けば専門書ばかりで、凡そ年頃の女性とは思えないほど寂しい部屋で腐敗の自由を満喫しておりますが? ご自分の理想に溺れていると、現実を知ったときの幻滅度は酷くなる一方ですので、おやめください」

「グハァ!」


 ミスカの言葉は、さながらゲイボルグの如くディーオのハートに突き刺さり、消えることのない致命傷を負わせていた。

語られた真実のセレスティーナは、ものの見事に情け容赦なくディーオの幻想を打ち砕き、理想の天使像を完膚なきまでに粉砕したのである。

何だかんだ言ってもミスカはソリステア公爵家側の人間で、クレストン元公爵の密命で孫娘に近づく不届き者を迎撃する、所謂守護者ガーディアンの立場なのだ。

もっとも、かなり癖の強い守護者ではあるが……。


「……とは言え、恋する想いの猛り否定するほど私は無粋ではありません。こんなものがありますが、お使いになられますか?」

「………なんですか? 更に俺を再起不能にするつもりですか? 追い込むつもりなんですね? ソリステア公爵家の妨害工作なんですよね?」

「被害妄想が酷いですね。確かに私はお嬢様に近づくハエを蹴散らす側の人間ですが、個人的な恋愛感情を否定するつもりはありませんよ? 愛は困難を乗り越え育まれるもの。お嬢様に対しての想いが本物であるというのであれば、あえて戦うべきだとも思っています。これをどうぞ」

「……こ、これは!?」


 それは所謂【温泉宿の宿泊券】というものだった。

 イーサ・ランテの街から北へ地下街道を抜けると、アトルム皇国領内に辿り着く。

その最初の街リザグルの町がある。最近では温泉街として名が知られ始めた。

 隠居した貴族も観光気分で訪れ、のんびりとした時間を過ごし温泉の素晴らしさを語るのがブームとなっている。

 だがこれは、ミスカ側からすれば敵に塩を送る行為だ。


「なぜ、俺にこれを?」

「もうじき学院も冬期休暇――いえ、既に季節が変わっていますので春期休暇ですね。……に入りますので、帰宅する前に温泉を体験しようとお嬢様が購入した物ですね。ですが二日前に福引きで同じ物が当たってしまい、使い道がなくて困っていたところです」

「………あっ、言われてみればもう休暇に入ってもいいはずなのに、なんで未だにここにいるんだろ?」

「学院は既に休暇に入っていますが? 連絡は未だに来ていないようですが、そろそろ来ることかと思います」

「……」


 要は学院側がディーオ達上位成績者の存在を忘れていたことになる。

 それほど学院内の講師陣営は混乱していると言うことになるのだろうが、今のディーオにとっては温泉宿の宿泊券が気になって仕方がない。

 ディーオから見て、目の前のミスカは油断のならない人物だと思っている。

 こうした施しにも何か裏があるように思えるが、例え罠だとしても、そこに飛び込まなければ恋人関係にすら持ち込めずに終わる。


「……良いんですか?」

「はい。使わないで保管しても仕方がありませんし、もったいないですから。それに、お嬢様を腐の世界から引き戻すも、あえて受け入れるのもディーオ様次第です」

「!?」


 顔色変えずにしれっと言ってのけるミスカ。

 胡散臭いが、ディーオには選択肢がないのが現状である。

 今も進展しない現状からの脱却を望んでいるのはディーオ自身なのだ。『例え罠であっても前に進まねばならない』という強迫観念に近い想いに流され、宿泊券に手を伸ばした。

 

「ありがたく使わせていただきます」

「いえいえ。お嬢様も異性に興味を持って貰わねば困りますから、私としてもちょうど良いおも――もとい、教育の一環としては渡りに船――いえいえ、生け贄――」

「言葉を綺麗に言い換えようとしても、本音がダダ漏れですよ!? むしろ酷くなってるし……。要は俺をダシに使いたいわけですか。まぁ、現状としてはありがたいですけど……」

「申し訳ありません。根が正直なものですから。キリッ!」

「だから、なんでドヤ顔を……」


 何はともあれ、ディーオはきかけを作る手札を手に入れた。

 だが、この宿泊券はあと四人宿泊できる。自分一人だけで使うにはもったいない。

 と、言うよりも一人で温泉街に行くのは寂しい。むしろ虚しい。


「ツヴェイト達も誘うかな。アンズちゃんやエロムラもついでに……」

「………くれぐれも、少女に手は出さないでくださいね?」

「俺はロリコンでもないよ! でも、取り敢えずお礼を……甚だ不本意ですが、ありがとうございます」

「おかまいなく。こちらとしても、使われない宿泊券の行き場に困っていましたので」


 宿泊券を手に入れた彼は、期待に胸を膨らませながらこの場を去って行った。

彼の背を見送りながら、ミスカの眼鏡はあやしく光る。


「ふふ……想定内に事が動いていますね。これでお約束の準備は整いました。嬉し恥ずかしい青春の一ページ、お嬢様達はどう綴るのでしょうね」


 セレスティーナに恋愛を経験させたいと思っているのは、嘘ではない。

 仮にディーオとセレスティーナの仲が進展し、祖父のクレストンと対立して流血沙汰の結果になったとしても、そこに口出しする気も全くない。

 あくまでも教育の一環としての行動だが、面白いからという理由も少なからずあり、利用される側は堪ったものではないだろう。

 大人の思惑に遊ばれる不幸なディーオであった。

 


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