おっさん、巻き込む。~復活の邪神ちゃん~
永らくお待たせしました。
やっとの投稿です。
投稿を遅らせて申し訳ありません。
地下室の闇の、培養槽から漏れる光が周囲を照らす。
高濃度の魔力を溶かし込まれた溶液に浮かぶ少女、アルフィア・メーガスは静かに目を開けた。
それは、待ち望んでいた時が来たことを示し、幼い少女の顔に自然と笑みが浮かぶ。
あどけない少女に浮かぶその笑みには、人を魅せつける美しさと同時に、どこか妖艶で蠱惑的な印象を覚えるだろう。
『ククク……ようやくだ。ようやく我は自由になれる。事象管理システムの完全掌握はまだ無理じゃが、強制介入プログラムの作成は既に完了しておる』
かつては邪神と呼ばれ、多くの犠牲を払い封印され、封印が解かれたと思えば異世界で一度は滅せられた存在。
戦闘能力は昔ほどでもないが、それも些細な問題である。
永久不変の存在である彼女にとって、完全体になるために必要なマスターコードの奪取以外、それほど重要なことではない。
完全体であれば、全てを破壊し尽したところで世界の再構築は可能となる。
消滅した事象そのものを『なかった』ことにすることができるのだが、今はその力を行使することができず不完全な状態だ。
高位次元の存在である彼女にとって、時間と空間に縛られた物質世界など小さな箱庭程度のものでしかない。意図的に破壊するつもりはないが、状況によっては力を行使することも計算に入れていた。
『しかし……復活したあの世界が異世界だったとは、犠牲になった者達には済まないことをしたな……』
一度勇者達によって神器の力により封印され、再び目覚めた時には六人の魔導師が目の前にいた。彼等を新たに召喚された勇者と勘違いしてしまったのだ。
無論、この時は神器が既に使い物にならないという情報も無く、また異世界だとすら判断できない状態で戦闘に入り、結果は敗北して核を取り出され現在に至る。
今では培養液の中でアカシックレコードにから情報が得られ、おおよその情報収集が可能となっているが、不完全ゆえに神としての力の行使は極端に扱いづらい状態だ。
そのため彼女が求めているのは、四神に力を与えている管理者権限――マスターコードであり、それを奪い完全体へと至ることである。
この世界の管理者として生み出され、与えられたプログラムを実行することに、本能レベルで忠実に行動している。
いくら人と同じように会話ができ会話が成り立とうとも、管理者としてのプログラムで行動を決める彼女は生物ではない。
必要と判断したら極端な行動も実行するだろう。そこに一切の妥協はない。
『我が復活したとなれば、奴らは絶対に聖域から出てくることはあるまい。かつても異世界人に任せきりで、自ら我を止めようとはせなんだ』
自分が封印された事象記録から、四神の性格を完全に把握していた。
今のままでも四神には楽に勝てるだろう。だが、強大な力を持つ敵に対し四神が自ら戦うことはあり得ない。
何しろベースとなっているのは妖精であり、その享楽的な本能と性質から、世界のために動くなどという高尚な考えなど思うはずもない。
マスターコードすら1%に満たないほど、まともに使いこなせてはいないのだ。まさに豚に真珠である。
厄介であった封印の神器も今は失われ、残されていたとしても全て揃わねば完全な発動は見込めない。不具合が生じていることも確認してある。
もはや彼女に障害はなく、完全体になるまで止められる者はいない。
『問題は、いかにして奴らをおびき出すかじゃな。聖域に逃げ込まれれば面倒だ』
いくら復活を遂げたとしても、今の自分では干渉できない時空間領域に引き込まれると手も出せない。
何しろアルフィアは現在物質世界で顕現している。
召喚された被害者が獲得した事象干渉能力を解析しているが、これは不安定で今の状態では操作が難しく、最後の手段になりそうである。
それというのも……。
『事象干渉……いや、事象浸食能力と言うべきか、異常変質した異界の魂が世界に干渉するなど、もはやこれは我等に近しい能力じゃな。ただ、複数の魂と連接励起する必要があるようじゃ。まるで乾電池の直列つなぎのようじゃ、一箇所でも魂が抜かれると最初からやり直し。凄い能力なのじゃが………なんか間抜けじゃのぅ』
事象干渉中に一つでも魂が抜かれると、再び事象に侵食するのに時間が掛かる。つまり今の肉体にダメージを負うと、その身に封印した異世界からの魂が漏れ出てしまう。
四神には楽勝ではあるが、ダメージは少なからず負うことは避けられない。これでは疑似事象干渉能力も使えなくなってしまう。再び調整するのも面倒なのだ。
また、勇者達の魂はこの世界において事象干渉しており、生息している生物に異常な進化を加速させていた。
異世界から流入した魂を回収する必要もあるが、どれだけ拡散しているかが分らない状態なので、自身の力の制御ができない今の状態では難しい。
『それでも、この世界に住む者達には脅威じゃ。【抗体システム】の変質は興味深いが、マスターコードの奪取には決定打にはなり得ん。自浄作用の影響下ではどうしても力が落ちる。チャンスは一度きりじゃ。好機が訪れるまで、しばらくは力の回復を優先するべきか?』
世界崩壊に繋がる魔力枯渇は止まっているが、異常進化した生物は少し問題がある。
事象の変化で生態系の管理システムも侵食されており、その影響下にある生物は埒外な変質を遂げている。明らかに生態系に異常をきたしていた。
生物は強力な力に耐えられず、いずれ爆弾となってこの自滅するのは目に見えている。
また、度重なる異世界召喚によって時空間が歪んでおり、自浄作用だけでは回復する見込みがない。
連立する次元世界の連鎖崩壊などという洒落にならない事態が引き起こされるのも、そう遠くない未来に現実のものとなるだろう。
これを防ぐには、完全なる【観測者】としてアルフィアが世界の管理することだが、四神がそれを受け入れるとも思えない。
何しろ四神は、何処までも自己中で他者の意見など聞く気がないからだ。
便利な力を手放すとは思えず、上位者でもあるアルフィアにも楯突いてくるのは間違いないと予測している。
『面倒な仕事も増えそうじゃしなぁ~……。取り敢えず異常進化種から変質した力を奪い、正常化を図るべきかのぅ』
現在この惑星は、どこかの生態核融合炉生物のように、馬鹿げた能力を保有する生物が繁殖している。それも広範囲に広がり数が多すぎた。
このままでは生態系が崩壊し、異常生物達の体細胞が暴走して不気味な肉塊に変わり果て、他の生物を捕食し取り込み続け膨張。
やがてはこの世界を覆い尽くす未来が予測できる。
もしくは次元崩壊で世界が消滅するかだが、どちらが早いかは計算した結果、僅差とでている。今すぐにでも行動に移さねばならない。
『取り敢えず、大気中に漂う異世界人の魂を回収するべきか? 自浄作用を活性化させれば世界崩壊も少しは防げるじゃろぅ。後は異常進化種を狩り、力を奪うほかあるまい。やれやれじゃな……』
自分が復活した以上は【イレイザー】の役割も自ずと変わる。
四神は【イレイザー】や【勇者】を利用しようとするだろうが、最強の二人が自分の手札にいる。この二人以外にも多少質は落ちるが似たような力を持つ者達も確認していた。
だが、いずれも四神とは関わり合いにはならない。正確には人格的に問題がありすぎて、四神には従わないという答えが出ている。
『戦闘狂、獣人好事家、速度中毒者、自由人、少し……いや、かなり質が落ちて腐りし者……。碌な奴らがおらぬな。向こうの観測者は変人を送り込んできたようじゃ。我の協力者も些か人格的に問題があるしのぅ』
まともな者達もいるようだが、能力的な面では心許ない。
どうやら非常識な者達ほど強い傾向があるようだ。
『まぁ、良い……。今はここから出ることが先決じゃな。さて……』
肉体が完全に安定したアルフィアは、外に出るべく魔力を集め始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時間は数分ほど遡る。
シャランラが傭兵達の手によって討たれ、再び日常に平穏が戻ったゼロスは虚空を見上げ、七輪の前で肉を焼きながらぼぉ~っと煙草を吹かしていた。
実の姉を葬る段取りを行ったことに対して、一片の後悔はない。むしろ爽快だった。
ただ、心から何かが抜け落ちたかのように、どこか虚無感のようなものを感じている。
『どうしたんだろうねぇ~、僕は……』
畑の草を取るのも身に入らず、何をやるにしても空しさだけが心を過ぎる。
シャランラに対しての罪悪感かと言えば、それは違うと断言できる。何しろ社会的に抹殺しなければならないほどの悪党だった。
そこに罪悪感を覚えるような感情など、ゼロス自身は持ち合わせていない。むしろ『ざまぁ~』感が高いだろう。
『せっかく厄介なヤツを始末できたのだが……あっ、そうか……』
そこで気付いてしまった。
ゼロスは傭兵の手ではなく、自身の手でシャランラを始末したかったのだと。
徹底的に追い詰め、地べたに跪かせ、泣きながら慈悲と助命を懇願させてから抹殺したかったのだと……。
だが、最後に始末をつけたのは名も知らない傭兵達で、そこに空しさを感じていた。
つまり、不完全燃焼だったのだ。実に酷い姉弟関係である。
「そうか……他人の手ではなく、自分で決着をつけたかったのか……。どんな形でもヤツを始末できればと思っていたが、それが間違いだったとは……」
気付いてみたところで後の祭り。憎い姉はもはや地獄にしかいない。
空しさに苛まれながら、ゼロスは七輪の上で焼かれた肉を箸で裏返す。
香ばしい匂いが漂い、胃袋をダイレクトに攻撃する。落ち込んでいても腹は減るようだ。
「まぁ、やっちまったのはしょうがない。前向きに生きましょかねぇ……。そろそろ焼けたかな?」
焼けた肉を特製のタレにつけ、口の中へと運ぶ。
コリコリとした食感と、タレと肉特有の甘さが一体となり、小さな悩みが吹き飛ぶほどの美味さだった。
あまりの美味さに、ニヤリと不敵に顔をほころばせた。
「お主……端から見ていると、悪巧みをしているようにしか見えぬぞ?」
「おや、クレストンさんではないですか。お久しぶりですねぇ、今日はどうしました?」
「なに、ちょっとした散歩じゃよ。隠居した身とはいえ、屋敷に籠もっておるのも暇なのでのぅ」
「それに、アド君も……護衛かい?」
「あぁ、世話になっているし、俺は現在ソリステア公爵家の客分扱いだからな。このくらいはしないと、ユイにマウントポジションで殴られる」
「……そこは自発的に護衛をしようよ。どうせ魔法スクロール作りでも手伝わされているんだろ? 手にインクがついてるし……。クレストンさんもなかなか人使いが荒い」
「ホッホッホ。なに、家が欲しいと言っておったからのぅ。ちょっと稼ぎのよい仕事を教えてやっただけじゃわい。それに、イサラス王国でも売り出される商品じゃからな。向こうにも貸しを作る必要があるのじゃよ」
「なるほどねぇ~……」
アドはイサラス王国の客分魔導士だが、事実上は軍部に深く関わりを持っている。
現在イサラス王国はメーティス聖法神国に頭が上がらない状況だが、それも回復魔法が世間に出回ることで神聖魔法の治療費が下がり、四神教の信仰に揺らぎを与えるのが目的である。その手伝いをしているのだろう。
イサラス王国も魔法スクロールを量産しているはずだが、いかんせんとも魔導士の数が少ない。結果としてソリステア魔法王国から輸入することになる。
「ゼロスさんは、こんなところで焼き肉か? ん……その焼いている肉は……」
「例のアレさ。あまりの美味さについ笑ってしまったよ。ホルモン焼き最高!」
「アレ? ………あぁ、アレね。そんなに美味いのか? テールスープは確かに美味かったけど」
「たまらんね。子供達に食わせるのがもったいないほどさ、だからこうして一人で食っている。見つかったら全部食われちゃうんだよねぇ……」
「逞しいのか図々しいのか……。何にしてもパワフルなガキ共だな」
龍王のホルモン焼きは、実に美味だ。もはや至高の一品と言っても過言ではない。
そんな物を子供達に食べさせでもしたら、下手をすれば美食ハンターに転向しかねない。むしろ嬉々としてその旺盛な食欲に身を任せるだろう。
しかも、上質な肉は高値で取引される。実力が伴えば一攫千金も夢ではない。
「テールスープのぅ……。アレは確かに美味じゃったが、一体何の尻尾肉なのじゃ? ぜひともあの肉を我が家でも購入したいのじゃが」
「フッ……クレストンさん。この世にはねぇ、簡単に倒せる魔物と恐ろしく倒すのが困難な魔物がいるんですよ。次はおそらくないでしょう」
「だな……。もう、あんな地獄のような狩りをしたくねぇ。良く生きていたよなぁ……俺達」
「地獄のような……じゃと? お主達のような手練れが地獄などと……いったい何を倒したのだ? すんごく気になるのじゃが……」
「「(龍王)」」
鬱な表情で二人がボソリと呟いた言葉を、クレストンはしっかりと聞いていた。
だが、あまりにも非常識な話なので理解が追いつかない。
「…………………今、とんでもないことを言わんかったか? 耳が遠くなったかのぅ、確か龍王とか……」
「「……………」」
無言が肯定の意思であることを理解したクレストン。
そして、生物の頂点の更に上位種である龍王を倒しておきながら、【地獄】の一言で済ませるこの二人も異常である。
仮に龍王種がソリステア魔法王国に飛来すれば、その被害は国家滅亡と同義なのだ。決して人間が倒せるような生物ではない。
「………モツ、食べてみますか?」
「………馳走になろう。この機を逃すと、いつ口にできるか分らぬ」
「クレストンさんも切り替えが早いな。考えずに食べるか………」
しばらく無言でモツを焼き食べる男達。
実にシュールな光景である。いつの間にか冷えたエール酒も用意されていた。
言葉一つない静かな食事会が行われている。
「ときに、車の部品工場の件はどうなったんです? イサラス王国と共同生産するはずでしたよね?」
黙々と肉を食べていたが、その沈黙をゼロスが破った。
「立前ではそうじゃが、実際は我が国主導で行われる。あの国に金があると思うのかのぉ?」
「貧乏小国だからな。取り敢えずイサラス王国の国民を雇って、工場が景気に乗ればあの国に任せるつもりなんじゃね?」
「貧乏じゃが、自尊心が強い国なのが問題じゃて。こちらをあまり快く思っておらんし、いつかは失われた国土を取り戻すと息巻いておる」
どこかで聞いたような話だとおっさんは思った。
イサラス王国は山岳国家だ。農業ができるような土地は少なく、必然的に放牧業を営むことになる。
彼等が欲しいのは安定して食料の自給できる農地だ。豊かではない土地で長い時間を必死で生き残ることに費やし、同盟国であるアトルム皇国に依存する形で今日まで国を維持し続けてきた。
その努力が小国家軍の同盟という形で報われ、現在は三国を繋ぐ地下大街道を経由することで復興の兆しが見えてきている。問題は戦争路線を推進する一派の動きだ。
「………イサラス王国は動くと思いますか?」
「………強硬派が勝手に動く可能性は高いのぅ。【ルーダ・イルルゥ平原】の獣人達の動きも気になるところじゃしな」
「【野蛮人】が平原で獣人族をまとめ、建国してんだよなぁ~。メーティス聖法神国が馬鹿な真似をしなければ、戦争にはならないと思うぞ?」
「ブロス君ですか……彼には天国だろうなぁ~。もとい、逆に言うとルーダ・イルルゥ平原の事態が動けば、イサラス王国の強行派も動きかねないわけだ。さてさて、どうなるものかねぇ」
最近では獣人達も一つに纏まり、組織的な軍事行動を行うようになってきているらしく、メーティス聖法神国の騎士団も全滅させるほど勢いがある。
勇者という切り札があったとしても、ケモ・ブロスの圧倒的なレベル差で勝つことなど不可能。完全に詰んだ状況だ。
しかも凶悪な要塞も所有しているらしい。
「ケモケモハーレムだからなぁ、アイツなら嬉々として敵対勢力を潰すだろう。そんな情報をイサラス王国側が知ったら……考えたくねぇな」
「僕らも行くことになるだろうねぇ。一方的な殲滅戦の幕開けかな……」
「ゼロス殿、肉が足りぬぞ?」
肉が少なくなり、クレストンがゼロスに催促する。
さすがは龍王の肉。美食になれた公爵の舌をも呻らせる、究極の美味のようだ。
地下貯蔵庫に保管してある生ハムやソーセージなどの存在が知られれば、この爺さんは間違いなく売ってくれと言い出すだろう。
それほど見事な食いっぷりであった。
「三人でこの量は少なすぎましたか。仕方がない、ちょいと用意をしてこようか……な、なに!?」
「こ、これは………」
「ぬぅ、魔力か!? しかし……これほどの魔力、どこから……」
突如として発生した強大な魔力に、三人は一斉に警戒をした。
背筋が凍り付くような膨大な魔力量で、とても人のものではあり得ない重圧すら感じられる。その魔力はゼロスの家から放出されているようだった。
「……もしかして、復活したのかな? 早すぎる気がするんだが」
「そうじゃねぇか? アレは人の常識なんか通用しないだろ」
「ふ、復活じゃと!? お主等、何を言っておる! この膨大な魔力の元凶を知っておるのか!?」
「知っていると言いますか……。メーティス聖法神国に対しての切り札です。魔力は押さえているようだけど、完全体でないとは言えこれほどとはねぇ……」
魔力放出の元凶は心当たりがある。
いや、むしろ嬉々として再生させたのだ。復活は喜ばしいが少し早すぎる。
しかも最悪なタイミングだった。
「何を知っておる! こ、これは………これは尋常な魔力ではないぞ!!」
「「……邪神」」
「………なっ!?」
クレストンの表情が凍りついた。
脳裏に過ぎるのはイーサ・ランテの街で見た記録映像。
邪神は突如としてこの世界に現れ、その圧倒的な力で文明の全てを蹂躙した最悪の存在である。イーサ・ランテの記録映像を見ているクレストンはその脅威が脳裏に過ぎった。
山一つ分の巨大な肉塊が宙を浮かび、開口部から途轍もない威力の光を放射しては山を消滅させ、一瞬にして数万もの人々が住む街を焼き尽くした。
人類がどうにかできる存在では決してない。
「……この肉が最後の晩餐になるとはのぅ」
「「諦めるの、早っ!?」」
邪神がどういった存在かを知る二人は気楽だが、旧時代の記録映像しか知らないクレストンがこうした反応をするのも当然だろう。自分達の感覚で物事を判断していたゼロス達の気配りが足りない。
「いや、邪神はそもそもこの世界を攻撃するつもりはないんですよ。旧時代は驚異的な技術力がありましたし、膨大な魔力を集める施設を兵器と勘違いしたみたいだしねぇ」
「ゼロスさん、それってフォローになってねぇぞ? そもそも攻撃を受けた施設って何なんだよ」
「たぶん、勇者を召喚するための施設かな? 四神は邪神の復活にいち早く気付いて、異世界召喚の技術を教えたんじゃないかと。急速な魔力消費がこの世界の崩壊に繋がると気付いたから、真っ先に潰したんじゃないかと僕は予想してるけどね」
「それで文明が滅んだら意味ないだろ」
「邪神も所詮は神だよ? 世界の均衡と一種族を天秤にかけたとして、どちらを選ぶと思う?」
「あぁ~、そう言うことね。種族がわずかでも生き残っていれば文明は復活するが、この世界の崩壊だけは犠牲を払ってでも止めたかったと言うことか」
ゼロスも旧時代の情報は乏しい。
勇者召喚を続けてこの世界の砂漠化が加速的に進んでいたのは事実で、そこから憶測を交えて出した結論だ。
つまるところ、かつては世界中の至る所に勇者召喚魔法陣が作られていたことになる。
いや、中には大魔力を消費する兵器もあった可能性もあるが、その全てに向けて邪神アルフィア・メーガスは攻撃を仕掛けたのだ。
その結果は文明が破壊され一つの大陸が砂漠化し、ゼロス達が住む大陸は唯一残された召喚魔法陣によって地脈の魔力を吸い上げられ、蓄えきれない膨大な魔力があふれ出し、大陸のほとんどが大森林によって埋め尽くされた。
また、自然界の十倍近い魔力の濃度が高まり生物の異常進化を引き起こし、山脈という天然の防壁がなければ人類は滅びていた危険地帯と化した。
旧時代の終末期、邪神の復活に気付いた四神は勇者を召喚する魔法陣をばらまいたが、結果として邪神よりも酷い被害を世界にもたらしていたのだ。
アルフィアに世界を滅ぼす気がなかった以上、四神がしでかしたことは世界崩壊の布石になってしまう。メーティス聖法神国もこの事実は知らない。
ゼロス達もソウラス神から話を聞くまで、予想はしていたが確信が持てなかった真実だ。
「幸い、メーティス聖法神国の勇者召喚魔法陣はもう存在しない。長い時間をかければ世界は再生するだろうねぇ」
「……ゼロスさん。俺も今まで情報を集めていなかったわけじゃないんだよ。勇者召喚魔法陣が使えないって、なんで確信を持てんだ。確かめたわけじゃないんだろ?」
「何のことかな?」
「最初はゼロスさんもどこかの国の諜報員と繋がっているのかと思っていたけど、その割には内容が詳しすぎんだよ。まるで、自分が召喚魔法陣を破壊したかのように正確に言ってるよな?」
「「……………」」
ゼロスとクレストンが顔を背ける。
二人の態度でアドの予想は確信に変わった。
「………ゼロスさんはこの国から出たことがないよな? いや、アトルム皇国には行ったって話だったな。なら、イーサ・ランテの旧時代遺跡がちょうど良くて、凄くあやしいんだが……」
「……意外に鋭いのぅ」
「ふっ……とうとう真実に辿り着いてしまったか。だが、それを知ってどうする? 忘れているとは思うけど、君はあちら側の人間だ。余計なことを知ってしまったがゆえに、君は僕達の共犯者となってしまうことに気付いているのかい?」
「し、しまったぁ!?」
古代都市イーサ・ランテ。
全ての話を総合すると、旧時代の兵器が今も生きており、ゼロスはその兵器を使用して召喚魔法陣を破壊したことになる。
そして、二人が黙っていたということは、この時代にはあまりに危険な武器だからに他ならない。知ってはならない真実だ。
少なくとも一つの都市に多大な被害が出ていることを知っている。それほどの威力を秘めた兵器が今も各地で眠っており、その情報が漏れ出もすれば各国が競うように調査を始めることだろう。
下手をすれば戦争の引き金になりかねない物騒な情報なのだ。
「忘れる……。これ以上ストレスを抱え込みたくねぇ」
「ククク……儂等がそれを許すと思うのかのぅ? なぁ、ゼロス殿よ」
「……君が悪いんだよ。余計なことに気付かねば、もう少し幸せでいられたものを……。恨むなら迂闊な発言をした自分を恨んでくれ」
「いや、俺は部外者だし……」
「なぁ、アド君……真実なんて言うものは、いくらでも捏造できるものなんだよ」
「そう………お主は、ちと知りすぎた。嫌だと言ったところでもう遅い」
「この二人、最悪だぁ!?」
情報を知る者は少ないほどよい。
そして、他国に繋がりがあるアドは生かしておくと危険な存在である。
選択肢は二つ。共犯者になるか、始末されるかだ。
「……なんてことだ。俺は禁断の箱に触れてしまったのか」
「お主に残されているのは、なにも語らず真実を墓穴にまで持っていくことじゃ」
「僕は語らない。君も覚悟を決めたまえ、これから親になるんだからねぇ~……」
「俺の馬鹿……。なんであんなことを言っちまったんだ………」
旧時代の兵器など、この世界の国家に知れ渡れば戦争は確実だ。
最悪戦乱の時代が幕を開けることになりかねない危険な情報であり、野心がある権力者には喉から手が出るほど欲しい情報であろう。
何しろ最大出力で都市一つ消し去ることができる。独裁者としての素養がある者が手に入れれば、人類は破滅の道を歩むことになる。
「お主等、随分と楽しそうじゃな。我が復活したというのに無視か……」
「あっ!」
「げっ!?」
「むぅ!?」
三人の耳に響いた涼やかな声に振り向けば、一人の少女が扉を開け、その姿を現した。
床まで届きそうな漆黒の艶やかな髪、陶磁器のごとき白い肌。
背には十二の翼から金色の光を放ち、頭部には白銀の角が二本生えている。ゼロスが最後に見たときよりもわずかに成長しているようだ。
「平和なことは良いことじゃが、お主等は我を少し適当に扱っておらぬか?」
ややつり目気味の金色の瞳が、拗ねているかのようにゼロスとアドを恨みがましく睨みつけている。
しかも全裸で仁王立ちだった。
「「「服を着ろぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」」」
取り敢えず出た言葉がこれだった。
「ない! なぜ、お主等は服を用意せんのじゃ? まぁ、恥ずかしくはないが、これでは外は歩けぬじゃろ。配慮が足りぬのではないか?」
「「うっ………」」
返す言葉が続かない。
ゼロスとアドは、女の子用の衣服を用意するのを忘れていた。普通に考えれば想定できる事態である。
ますます険しい視線を向けてくる全裸のアルフィアに、二人はただ目を反らすしかできなかった。
無論、別の意味で、だったが……。