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おっさんのマジギレ


 ショートソードで斬り裂かれた長椅子が宙を舞う。

 ゼロスが繰り出す斬撃によって、紙か豆腐のように長椅子が木片のゴミと化し、礼拝堂に無残な姿をさらす。

 今や葬儀を行う神聖な教会が、血で血を洗う殺し合いの場となった。


「おやまぁ~、逃げ足だけは早いようで」


 わざと攻撃を外し、恐怖を刻み込もうとするゼロス。

 その顔は相変わらず飄々としており掴み所がない。

 唯一分ることは殺意だけが本物であると言うことだ。


「なに公共物を破壊してんのよ! アンタは、税金を納めている人達に迷惑だとは思わないわけぇ!!」

「税金すら払わない人が何を言ってるんです? そう言うことは、まっとうに働いてきちんと納めている人の台詞ですよ」

「私は良いのよ!」

「犯罪者だから、ねぇ!!」

「ヒィ!?」


 剣から放たれた斬撃からの衝撃波。

 それがシャランラに猛然と迫る。

 咄嗟に転がって避けるが、そこに向けてさらに衝撃波が襲いかかった。


「ギャヒィ!? ヒョゴハァ!! フギャフアワァ!?」

「……人間なんだから、きちんと言葉で話してくれませんかねぇ?」

「無…茶、言うんじゃないわよ!!」


 無様に転がりながら、逃げることしかできない。

 何しろ相手は【黒の殲滅者】。レベルは圧倒的に上であり、スキルレベルも驚異的で、どんな隠し球を持っているか分らない。

 レベルの低いシャランラでは最初から相手にはならない実力差がある。

 そんな化け物が嬲ることを優先していた。


『魔王と戦う勇者の気分だわ……』


 その意見は正しい。

 【身体レベル】や【スキルレベル】がものをいう世界において、その差があるほど圧倒的に不利になる。ましてゼロスはトッププレイヤーだ。

 その実力差は魔王と村人の差とさほど変わらない。

 だが、この場合は極悪人と復讐者という構図だ。理解してるだけに冷や汗が止まらない。


「こんなに壊して、アンタのパトロンでもある公爵が黙っていないんじゃない?」

「あぁ、その時は龍王の鱗でも献上しますよ。生きの良い奴をこの前倒したから、喜んで買ってくれると思うんだよなぁ~。それでおつりがくるだろ」

「そんな良い物があるなら、私によこしなさい!!」

「断る」


 無造作に取り出した五本のナイフが、シャランラに向けて投げられた。

 いやらしいことに肉眼で確認できる速度だ。

 しかし避けるのが精一杯で、とてもシャランラのナイフではじき返せるほど遅い速度ではない。

 その気であれば一撃死させることすら可能なはずなのに、だ。


「ハァ~………。姉さんには二つの道しか残されていない」

「何よ、自首するか真面目には働けとでも言うつもり?」

「姉さんが真面目に働く? ハッ、鼻で嗤っちゃいますねぇ。そんなこと、世界が滅んでもあり得ないでしょ。どだい不可能なことに期待するなんて、無駄な労力以外の何物でもない」

「失礼ね!! じゃあ、何だというのよ!!」

「大人しく首をかっ切るか、あるいはわざと外している斬撃に自ら飛び込むか、かな?」

「自殺しろと!? 死ぬことしか選択肢がないじゃない!!」

「それがなにか?」


 もの凄く不思議そうに聞いてきた。

 逆に言えば、死ぬことが前提どころか確定しており、それ以外には何もない。


「アンタ……碌な死に方しないわよ」

「ハハハハ、それは姉さんも同じでしょ。生かしておくなんてあり得ないからねぇ!」


 ショートソードで斬りつけたゼロス。

 手加減したつもりだったがシャランラもまた虚を突かれ、その一撃をまともに受けてしまう。確かな手応えが確実に斬り捨てたことを自覚させる。


「し、しまった……」


 それは確実に殺してしまったという寂寥感。

 ゼロスにとっては不本意な結末である。


「もう少し、いたぶってから始末するつもりだったんだが……ちょっと力が入りすぎた」

「いや、そこは姉を殺したことに対する罪悪感ではないのか?」

「罪悪感? あのビッチを始末することに対して抱く罪悪感なんて、僕は持ち合わせていませんがねぇ」

「お……恐ろしい男だ………」


 ザボンがどん引きするほど、ゼロスも良い具合に腐っていた。

 シャランラを殺すことに対してまったく躊躇いがない。


「ん?」


 不本意な結末と思っていたゼロスだったが、ふと視界に何かの紙が床に落ちていることに気付く。

 それを見た瞬間、ゼロスは嬉々として宙を飛び、剣を下に向け全体重を乗せてシャランラの死体に向け降下した。


「ヒヤァッハ!?」


 咄嗟に避けたシャランラの傍らに、ショートソードが勢いよく突き刺さる。

 シャランラは生きていた。


「【贄の形代】……まだ持っていたか。チッ! いや、ここは性根を叩き潰すことができるから、良しとしよう」

「嬉しそうね……。こんなこともあろうかと、予備にいくつか残しておいたのよ。こんな便利な物を全部使い切るわけがないでしょ!!」

「つまりそれは、しばらく手加減抜きで斬っても良いってことですよねぇ? いやいや、実に弟想いだこと」

「そんなわけないでしょ!! アンタ、どんだけ腐ってんのよ!?」

「えっ!? 今までの恨みを一身に受けるつもりで残していたわけじゃないんで?」

「……なんでそんな馬鹿聖人みたいな真似をしなくちゃならないのよ。んな分けないわよぉ!!」

「ですよねぇ~……。そもそも姉さんにそんな愁傷な心なんてあるわけがない。まぁ、やることは変わらないけど」

「やっぱりぃ!?」


 言うと同時に剣を一閃。

 そこから横薙ぎ、袈裟斬り、逆袈裟、突き。

 情け容赦なき連撃が叩き込まれる。


「ヒギャァアァァァァァァァァァァァァ!!」

「おや?」


 受けたダメージを一身に受け、シャランラは教会の床を無様に転げ回る。見た限りではかなり痛そうだった。

【贄の形代】は、攻撃ダメージを受けると自動的に自壊することにより、受けたダメージを完全無効化する。普通に考えれば痛みを感じるはずがない。

 だが、シャランラはまるで全身に痛みを感じているかのように、石畳の床のうえで無様に転がっていた。


「ふむ……【贄の形代】はダメージを無効化するが、痛みは本人に残されるようだ。だが、以前に姉さんと対峙したときはこんな事はなかったよなぁ?」


 以前、ラーマフの森でシャランラと戦ったとき、ゼロスは魔法や斬撃を繰り出して容赦なく【贄の形代】や【身代わり人形】を消費させた。

 もっとも、あの時のシャランラは【魔人形】で遠隔から暗殺しようとしていたわけで、本人というわけではない。


「魔人形は姿形以外に五感も共有するはず。受けるダメージは本体と魔人形では別なのか? 実に興味深い結果が出たな」


 五感は共有していても本体ではないので、ダメージに伴う痛みは魔人形が受ける。

 つまり、遠隔で行動するときは現地での状況を探査するのに長けており、襲撃などで受けたダメージによる痛みは魔人形が一身に受けることになる。

 本体は精神的なダメージを受けず、命に関わるリスクも負わない。実に便利な道具である。

 だが、それだと先ほど斬ったときに、シャランラが痛みを感じなかったことがおかしい。

 実はこの世界で【贄の形代】は、制作者の技量によって痛覚遮断効果が大幅に変わるのだが、ゼロスはその事実をまだ知らない。

 少し感情が高ぶっていたせいか、その事実すら気付くことなく見逃していた。

 すべては【魔人形】のおかげと錯覚してしまったのである。


「良い道具だが、魔人形の耐久力はどれほどのものだろうか? 僕のレベルで耐えられるかねぇ? 使った瞬間に壊れないだろうか……」


 圧倒的なレベルであるゼロスが魔人形を使用した場合、ゼロスの桁外れな能力を完全に受け止められるか、そこに疑問が出てくる。

 物には必ず耐久値が存在する。実用的であるが、レベル差と耐久力が心許ない。

また、魔人形の素材は【カイザートレント】や【ミスリル】、特殊な硬質強化液である【神工の秘液】と呼ばれる特殊な液体を必要とする。

 さらにネクロマンサーの【氷結の棺】と【魂魄憑依】、ドールマスターの【写し身魔鏡】や【傀儡同調】という特殊な魔法が使われるのだが、残念なことにゼロスはそのどちらの魔法も使用できない。

 魔人形を制作するのは不可能だった。


「協力してくれるようなプレイヤー、この世界のはいないだろうなぁ~……。使い魔の【五感共有】では駄目だろうか?」


 似たような魔法は存在する。

 しかし、その性質がまったく異なるために、完全な魔人形など作れない。

 久しぶりに創作意欲をかき立てられるが、ゼロスの保有するスキルや魔法では再現不可能であり、どうしても劣化品ぐらいしか作れそうもなかった。


「困ったねぇ~」

「人が……苦しんでいるときに、なに暢気に考えてんのよ!!」

「まだ生きてたか。発狂して死ねば良いのに……」

「そんなに私を殺したいわけ!?」

「ぜひとも。何を今さら……」

「私、そんなに恨まれるようなことをした? 弟なら姉に尽すのは当然じゃない! だいいち、高校卒業してからあんたが住む社員寮に入るまで、会うことなんてなかったじゃない!!」


『ブチッ!!』っと、切れてはいけない何かが切れた。

 ゼロスから漆黒の魔力が炎のように揺らめき噴出。

 それは触れてはならない琴線に触れただけでなく、それ以上に神経を逆なでするような言葉だと気付いたとき、シャランラは背筋に冷たいものが流れた。


「『何かした?』だとぉ? アンタ、中学の頃から騙した男の後始末を俺に押し付け、俺が高校のときに仲の良かった彼女とその兄貴に取り入り、家に不法侵入して金品を盗みだしたよな?」

「そんな昔のことは忘れたわ……」

「高校卒業後、やっとその汚ねぇ面と顔を合わせることがなくなると喜んでいれば、今度は見ず知らずの男共が大挙として押し寄せやがった。全部アンタが騙して捨てた被害者だ」

「女々しいわね。簡単に捨てられる程度の甲斐性なしなんか、私興味ないの」

「親父達が残した財産を食いつぶした挙げ句、社員寮に上がり込んだうえに世話になった上司と関係を持ち、その家庭をぶっ壊してくれたよな?」

「そんなことあったかしら?」

「トドメに産業スパイの真似事をしやがって、おかげで会社をクビにされた……」

「アレね。アンタ、もっと完璧な物を作りなさいよ! おかげでせっかくの金蔓が訴えられたじゃない! 気の利かない弟よね、まったく……」

「……死ね」


 強力な閃光が教会内を包み込み、轟音と共に礼拝堂の半分が消し飛んだ。

 手加減抜きの【エクスプロード】が炸裂したのだ。

 その威力は周囲の墓をも巻き込み、埋葬された棺を尽く焼き尽くし、衝撃波が周囲の土地を根こそぎ抉り、熱量でガラス化していた。

 もはや、徹底的に追い詰めるという配慮を考えず、問答無用で抹殺する方向性に切り替わったのだ。

 

「ゴホッ! いきなり何を……」


 そこから先を言うことができなかった。

 なぜなら、自分の頭上に強烈な殺意を持つ存在を感知したからだ。

 いくら他のプレイヤーと比べて鈍いシャランラでも、この強烈なプレッシャーを感じ取れないほど愚鈍ではない。

 あきらかにヤバイ存在であると本能が訴えてくる。


 ――ザシュ!


 体を何かが通り抜ける感覚と、地面が切り裂かれる音が同時に聞こえた。

 そして、時間経過とともに襲いくる痛み。


「ヒギャァアァァァァァァァァァァァァ!! 痛い!! 痛いぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 地面を転がりながら、彼女は見た。

 手に巨大な大鎌を持つ、死神のような弟の姿を。

 その顔はまるで能面のように感情がなく、別人のように思えた。


 ――ゴッ!


 何が起きたか分らなかった。

 シャランラは墓石をなぎ倒しながら吹き飛び、何かのモニュメントに全身を打ち付けられて止まる。

 全身が麻痺して声が出ない。

 理解したのは、ゼロスが大鎌の石突きで殴り飛ばしたのだと言うことだけだった。


『な、なんで……【贄の形代】が発動しないのよ!?』


【贄の形代】の発動条件は即死確定の大攻撃に限定されている。

 部位欠損や瀕死に追い込む攻撃では発動しない。発動するのは【身代わり人形】である。

 また、シャランラもこの世界を異世界で現実であると認識しながらも、どこかで【ソード・アンド・ソーサリス】の世界と混同していた。

 それゆえに【死】に対して無頓着であった。


『し、死ぬ? 私が!?』


 それは、生まれて初めて感じた恐怖。

 他者に恨まれ、憎まれ、殺意を抱かれ、世界から自分を排除しようとする恐怖。

 一言で言えば、シャランラ――麗美は人という存在を舐めて生きてきた。

 騙し、欺き、利用し、食いつぶし、価値がなくなれば簡単に捨てる。

 面倒なら逃げて、新たな獲物を探せば良い。その程度にしか思っていなかった。

 良いように利用され、人生を狂わされ、全てを奪われる者の苦しみなど一切考えたことはない。痛みは現実。斬られれば死ぬ、それが現実。

 世界は残酷で不死という存在はあり得ず、これもまた当たり前の現実である。

 そんな非情な現実を、彼女は今さらながらに自覚した。


「た、助けて……わた、私が悪かったから! 謝るから、ねぇ!!」


 無様に命乞いをするが、死の化身がゆっくりと大鎌を持ち上げる。

 そして一閃。


「ゲギャァアァァァァァァァァァァァァ!!」


 首と胴体が離れた感覚。

 今まで感じたことのない痛みは、シャランラの脳に容赦なく襲いかかる。

 死ぬことすらできない。まさに地獄のような苦しみだった。

 そんな彼女をゼロスは無表情で見ていた。


『う、嘘でしょ………聡にここまで恨まれてたの!? なんでよ! なんで私がこんな目に遭わなければならないわけ!? 理不尽よ!!』


 感情もなく、ただ目の前にある存在を消し去るためだけにゼロスは動いていた。

 人であるはずなのに能動的で、雑草でも刈り取るように自分を殺そうとする。まるでプログラムで動くロボットのような冷徹さで……それ故に恐ろしい。

 そして、彼がそんな状態になった原因がシャランラに対しての憎悪だ。人生を狂わされた者が抱く感情を消し去るほどの激しい怒り。

 人という存在を軽んじたツケなのだが、シャランラにはそれが分らない。

 いや、理解できないのである。


『いや! 嫌よ!! なんで殺されなくちゃならないのよ!! 人間なんて誰も自分が可愛いに決まってるじゃない!! 何か、何かここから逃げ出す道具は……』


 そして、シャランラは良くも悪くもゼロスと姉弟だった。

 極限まで追い込まれ、彼女の思考は生き残るべくフル回転し、インベントリー内に収納してあるアイテム項目を閲覧する。

 その思考が働いている間、外部からの情報は全てシャットアウトし、痛みすら耐えきる。

 元より生存本能が強いのか、あるいは危機的状況に適応したのは分らない。

 しかし、その極限下の状況で活路を見いだした。


『絶対……生き延びてやる………』


 即死レベルの斬撃で幾度も斬られ、幾度も吹き飛ばされながらも、シャランラはタイミングを計る。

 チャンスは一度きりだが、現時点でゼロスは怒りにまかせて動く暴走状態。成功する確率は高いと判断した。

 幽鬼のように近づいてくるゼロス。

 大鎌を水平に構え、横凪で攻撃を仕掛けてくることは明白。

 問題は刹那の瞬間だ。ゼロスの攻撃は一閃すると体は切り裂かれ、衝撃波で吹き飛ぶことになる。切り札ごと飛ばされては意味がない。


『まだ……まだよ……』


 全てが恐ろしくゆっくりと動いた。

 それでもゼロスの大鎌は速いのだが、シャランラの目には今までよりも遅く見えた。

 そして、大鎌の刃が胴を斬り裂く瞬間、彼女は切り札をゼロスの足下へ投げつける。


 ドドドドドドドォオオオオォォォォォォォォォン!!


 二人の間で大爆発した。しかも連鎖爆発である。

 威力は【エクスプロード】クラスで、それが連鎖的に幾重にも炸裂し、ゼロスは業火の中に包まれた。

 その余波で発生した衝撃波は凄まじく、シャランラは予想以上の距離まで飛ばされることとなった。しかし【贄の形代】のおかげで死ぬことはない。

 極限状況下で勝利したのは感情に飲み込まれたゼロスではなく、最後の最後で冷静な判断を下せるまでに追い込まれたシャランラとなった。


「お……おい………」


 一部始終を見ていたザボンは、言葉が出てこなかった。

 目の前で燃えさかる紅蓮の業火と、衝撃波で棺ごと掘り返された遺体が、まるで戦場のごとき光景を生み出している。

 幸いと言うべきか、150年ほど前の古い墓地エリアなので、ここを訪れる者は少ない。

 しかし、仮にも死者が眠る土地を、ここまで破壊するなどとは思いもしなかった。

 呆然とするザボン。

 そんな中、業火の中から歩いてくる影を見つける。


「なっ!? アレで生きていたのかぁ!?」

「いやぁ~………【魔封爆弾】を使われるとは………。途中から記憶が飛んで、自分が何をしていたか思い出せないんですが、どんな状況だったんですかねぇ?」

「ハアッ!? あんだけ暴れておいて、記憶がないのか!?」

「ぜんぜん覚えてないねぇ。使った覚えがないけど、これが【魔封爆弾】だというのは分りますよ。僕はアレを使う必要がないから」


【魔封爆弾】は高威力の魔法を封じ込めた魔宝石を媒体に作られる。爆弾なだけに連鎖させることも可能で、レイドでは主に罠として使用されていた。

 記憶は飛んでいても、状況を見てシャランラの仕業というのは分った。

 何しろゼロスは魔導士だ。【魔封爆弾】を使うくらいなら、自前の魔法を使用した方が効率的だ。手加減抜きで放つだけで今の惨状を生み出すことができる。

 しかし、体感したのは連鎖的な衝撃である。ならば【魔封爆弾】を使用したのは消去法でシャランラとなる。

 彼女は暗殺者であり、自身で魔法を使用することはできない。たとえ覚えてもさほどの威力ではないだろう。何しろナメプをしていたのだ。

 似たような【技】は持っていても、それはあくまで技であり【魔法】ではない。


「……良く生きていられたな?」

「いや、ダメージは負いましたよ? 多少だけど」

「あの威力で多少………化け物か……」


 非常識の権化を目の前にし、開いた口が塞がらないザボン。


「シャーラは……逃げたのか?」

「逃げたねぇ~。まぁ、次の手は打ってあるけど」

「アレか……使うと思うか?」

「使う。必ず使う。アレは馬鹿だから、考えなしに……。間違いない」


 ゼロスの策はまだ終わってはいない。

 後は仕上げを待つばかりである。


「さて……この惨状をどう説明するべきか。デルサシス殿に怒られるなぁ~……」

「酷い光景だ」


 死者の安息の地を地獄に変えてしまったゼロスは、この後の報告でデルサシス公爵になんと説明すれば良いか悩んでいた。

 あまりにも酷い惨状を目の前にし、誤魔化すように煙草に火を灯す。

 吐き出す紫煙が風に流され、虚しく空に流れていった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 爆風で飛ばされたシャランラは、【贄の形代】の効果で何とか生き延びた。

 色々とボロボロな状態だが、命があるだけでもマシと自分を慰める。

 彼女は人目のつかない裏道を歩き、船着き場の方へと向かっていた。


『まさか、聡のヤツがあんなヤバイ性格だったなんて……。正直、見誤ってたわ』


 怒ることはあっても、完全にキレた姿は初めて見た。

 手加減など一切せず、周囲の被害がどれだけでようとも、確実にシャランラを殺しにきた。


『しばらく潜伏した方が良いわね。聡と再会したら今度こそ殺される……。まったく、大人しく言うことを聞いていれば良いのに、逆恨みなんてみっともないわよ!』


 ここに来て、まだ自分に原因があることを認めない。

 いや、何を言ったところで理解などしないのだろう。

 自分が優秀な人間であるという妄想を信じ、他人を騙しては自分のわがままを押し付け、どこまでも自分勝手な理屈を並べ立て生きていた。

 欲しいものは他人に貢がせ、あるいは盗み出し、平然と自分の物だと言ってのける。

 そのためであれば自分を偽り、その偽りを幾重にも並べ立て、手段を選ばない嘘で塗り固められたような存在である。

 問題なのは、彼女自身がそれを自覚しておらず、善悪の価値観が一般の倫理観とかけ離れていることだろう。全てが自己を中心にして考えているのだ。

 他人を労るような優しさなど、欠片も持ち合わせてはいない。


「まぁ、聡にはもう用はないし、頭が冷えるまでほっとくとして……」


 シャランラの手には小瓶があった。

 ザボンから奪った魔法薬で、彼女が求めていた物である。


『本当に馬鹿よね、聡は…。騙した男に貴重な魔法薬をタダで渡すなんて。おかげで苦労せずに手に入れられたわ。でも……あんな男、いつ騙したかしら?』


 本当にザボンは報われない。

 疲労からふらつく足に鞭を打ち、船着き場まで辿り着いた。

 船着き場外れにある使用されていない倉庫に潜伏し、明日の朝に船で他の街に移動するつもりなのである。しかし、彼女は致命的なミスを犯していた。

 背後から後をつけてくる傭兵の存在を失念していたのだ。

 何度も言っているようだが、シャランラは生死問わずの賞金クビである。普通なら警戒を解くなど愚かな選択であろう。

 だが、目当ての物を手に入れたシャランラは、周囲の警戒に気を配ることをしなかった。

 要は浮かれていたのだ。


「うふふ、休む前にこれを飲んでおいた方が良いわよね。まぁ、効果が切れれば元の年齢に戻るけど、どうせ聡が若返る魔法薬を持っているだろうし♪」


 どこまでも他人任せの女であった。ゼロスが何でも保有していると思っている辺り、実に愚かしい。

 彼女は鼻歌交じりで瓶の蓋を外すと、中の液体を一気に飲み干す。

 喉に絡みつくような、嫌な喉越しであった。


「うぇ……マズイ。あの馬鹿、もっと飲みやすく……ウゴァ!? ア…アガァ!!」


 突然に苦しみだしたシャランラ。

 次第に腕が…いや、腕だけでなく体も細くなり、骨と皮だけの干からびた状態へと変わってゆく。

 髪も白髪というより、薄汚れた灰色のヘと変わってゆく。色素が一気に抜け落ちているのだ。やがて肌の色は黒ずみ、何百年もの間地中に砂地に埋もれたミイラのようになった。


「ガァ………ナ、ナンデ………」


 この時、シャランラの脳裏にラーマフの森での光景が過ぎる。

 それは、シャランラが【回春の秘薬】の解毒薬を求めた折、ゼロスは「知らない」と答えていたことを。

 つまり、最初から回春の秘薬の効果を打ち消す魔法薬は存在せず、別の魔法薬を囮にしていたのだと気付いた。

 ゼロスはシャランラが何のために自分を探していたのかを知っており、その状況を利用しただけである。

 最初から抹殺するための布石が打たれていた。

 そう、シャランラが飲んだ魔法薬は、当初は【回春の秘薬】の効果を打ち消すために開発されたものだが、できあがったのは使用者をゾンビに変貌させる魔法薬だったのである。


「オノレェェェェェ、ザドジィィィィィィィィィ!!」


 廃倉庫に怨嗟の声が響き渡る。


「指名手配犯、シャランラ! その首もらうぜ……って、え!?」

「えぇ!? ゾ、ゾンビぃ!?」

「おい、話が違うじゃねぇか。ここに指名手配犯がいるって……」

「アンタも見てたでしょ! この倉庫に入るところ……」


 賞金目当てにシャランラの後を尾行してきた傭兵達。

 突入してみれば、そこにいたのは最下級アンデッドだった。


「ジブンノテヲヨゴサズ……ヨウヘイニ…シマツサセルツモリ、ダッタノネェ!!」

「喋ったぁ!?」

「ゾンビはマズイよ! 放っておいたら人間を襲うし!!」

「そうだな。ここで倒しておいた方が良いか」

「賛成。けど、金にならないよなぁ~、これ……」

「仕方がないわよ。これも国民としての義務とわりきりましょう」


 この日、賞金首で暗殺者のシャランラは討伐された。

 傭兵達は当然賞金を得たが、それ以上に彼等は凄い物を手に入れる。

 シャランラ・ゾンビを倒した瞬間、何もない虚空から多くの装飾品が現れたのだ。中には強力な魔導具も存在していた。

 彼等は予想外の幸運を手に入れ、更なる高みを目指すべく、いっそう奮闘するようになる。

 数年後、この傭兵パーティーは【ラッキースター】と名乗り、最強傭兵パーティーの一角として名を轟かすことになる。


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