おっさんは野暮な真似をぜず静かに見守る
シャランラの後を追い、共同墓地まで来たゼロス。
だが、そのシャランラの後を尾行するもう一つの影に気付いた。
『おっ、アレはザボン君かね? 何でヤツの居場所が分ったんだ? 彼に小道具は用意してあげたけど、居場所をつきとめるような道具は持たせてないんだが……』
それが彼の愛によるものか、騙されたことによる怒りの執念によるものか、あるいは運命に導かれているのかは分らない。
しかし、それでも彼はシャランラを探し当てた。
シャランラが教会から逃亡したときに、彼もまた消えていた。
おそらくはずっと後を尾行していたのか、街中をしらみつぶしに探していたのかも知れない。
『多少お金は貸してあげたけど、とても二週間以上持つほどの金額ではないんだよなぁ~。よほど節約が巧いのか、もしくはヤバイことをして……それはないか』
色々と疑問が浮かぶが、考えたところで答えなど出ない。
本人に聞けば良いだろうが、なんとなくそれは野暮に思えた。
何しろ彼は被害者だ。とんでもない悪女を愛してしまい、用なしと言わんばかりにあっさり捨てられた不憫な男である。
『……まぁ、彼は被害者なんだし、先約は彼の方だよねぇ。少し様子を見ておくか』
ザボンはシャランラから一定の距離を置いて後を尾行している。
共同墓地の門をシャランラが潜ると、彼は音を立てず一気に走り、門柱似姿を隠すよう身を潜める。
事情を知らなければ、どう見てもストーカにしか見えない。
『それにしても、街中を歩いてきたのに周囲から何も言われなかったな? 今や街中の人間がヤツの顔を知っているはずだ。認識阻害系のアイテムも持っているのか?』
以前にシャランラと戦ったとき、彼女の実力はさほど強いというわけではなかった。
実力的に言えばイリス以下で、各種アイテムでブーストしていた記憶がある。それはそれで厄介なのだが、圧倒的実力者であるゼロス相手となれば、多少ブースとしていたところで意味はない。
その程度の実力しかない【暗殺者】に、周囲の認識を誤魔化すようなスキルを保有しているとは思えなかった。【ソード・アンド・ソーサリス】では、新しい【技】を得るにも相応のレベルが必要となるからだ。
シャランラがまともにプレイするとは思えず、それを踏まえると何らかのアイテムを使用している可能性が高い。十中八九、奪ったか貢がせたかのどちらかであろう。
『上位プレイヤーができることをアイテムで補うか……。ただ、この手のアイテムは使用回数や魔力チャージなどの制限があるんだよなぁ~。しかも自分よりも強い相手には効果がない。魔導士ではないから魔力の総量も低いはず』
他にもスキルレベルなど色々細かいことがあるが、それを抜きにしてもシャランラに高度な技術や能力を持っているようには思えず、同時にそれが面倒なことでもある。
制限があるとは言え、一般人から一時的にしろ見つからないアドバンテージは大きい。
しかし、今まで逃げおおせている理由が判明したが、未だにこの街にいる理由が分らない。
いくら【回春の秘薬】の効果を消す魔法薬が目的とは言え、このままサントールの街に居続けるのはリスクが伴う。ゼロスが同じ立場なら一度街を出て態勢を整え、再チャレンジする方法を選択する。状況判断を冷静に見極めて行動するのがセオリーだ。
一瞬『馬鹿なのか?』と思ったが、よく考えてみればシャランラは馬鹿だった。悪知恵だけは天才級だったが。
『今さらだったか……。おっと、追跡追跡っと……』
建物の上から音もなく地面に着地すると、ザボンの後を追うように共同墓地へと向かうのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サントールの街へ来てからと言うもの、ザボンは色々と考える余裕ができた。
当初は狂おしいまでに愛した女性の失踪に、何も分らない状況にただ妄執のままに行動してきたが、冷静になると後先を考えず激しい感情に身を委ねていただけとわかる。
その感情の高ぶりが、一時的にゼロスへの敵愾心を向けることとなった。まさか殺意を向けられただけで身が竦むとは思わなかったが。
いや、感情にまかせ無軌道で突き動かされていたからであろう。おかげで少し頭が冷えたのは救いでもある。
『あのままナイフを向けていたら、俺はどうなったか……』
思い出しても身震いする。
氷のように冷たい何かが、あるいは自分の背後で刃を向けているような、冷徹で非情な死の気配。
生きる者の魂を一瞬で刈り取るような死神が傍にいるようで、生存本能が一瞬で警戒レベルを超えた体験など、彼は今まで経験したことがない。
漁師とは言わば水辺の狩人だ。魚の気配を水面上から探り、銛や網を投げることで捕獲する職業である。生き物の気配を感じ取る感覚が自然と身についていた。
その感覚が自分に危険を教えてくれたわけで、本気でナイフを向けなくて良かったと今は安堵している。何よりも自分の殺意に反応したゼロスがヤバイ存在であった。
『姉弟か……。本当に若返っていたとするなら、シャーラは……』
ザボンは今でも自分の得た情報が間違いであって欲しいと願っていた。
だが、状況が彼の願いは叶わないことを伝えている。彼の知るシャーラとシャランラが同一人物であると知ってしまったのだから。
ゼロス宅の物置から覗いていたが、間違いなくシャーラであると確認できてしまい、それでも彼女を追いかけている。
『俺は……今さら彼女と会って何を話すつもりなんだ?』
騙すシャーラが憎いのか、あるいは騙された自分が愚かなのか、今の自分の心が分らなくなっていた。
それだけに真実を確かめようと彼は弱い心を奮い立たせ、自問自答を何度も繰り返し、逃げ出したくなるほど惨めな気分になりながらも、一歩一歩と足を進める。
それが愛から来るのか、惨めな執着心なのかも自分では分らなくなり、ただ答えだけが欲しかった。
『今、ケリをつけなければ……。でなければ、俺は前に進めない』
彼はゼロスの心にあるドス黒い闇を見てしまった。
飄々とした態度の裏側に、どうしようもないほどの怒りと殺意を隠して生きている。
シャランラを殺そうとするのも、彼なりの決着をつけ方なのであろう。そうでもしなければ収まらない。闇よりもなお深い奈落のごとき感情だった。
それが、人を殺すという段階まで憎悪を熟成し溜め込んできたゼロスの心。シャランラが死ぬならどんなことでもするだろう。
それこそ他人の力すら利用し、徹底的に追い込み、絶望を彼女に刻みつける気なのだ。
しかも、シャランラを殺すのは自分の手でなくても構わない。それこそ賞金首や裏釈迦の男達でも構わない。ゼロスはその状況を作り出すだけだ。
お世辞にも褒められたものではない。むしろ罪に値する忌むべき行いだ。
何しろ姉殺しである。神話や物語では良くある使い古されたパターンだが、実際に彼の立場になれば分らぬ澱みのような感情が渦巻いている。
あの闇の深さに比べれば、ザボンの胸の内にある感情も麻疹のようだった。
『アレが人の抱く感情なのだろうか……。俺もあんな感じなのか……?』
裏切られたという思いはある。
同時に信じたいという想いもある。
そんな彼に対し、ゼロスはザボンに心の整理をつける時間をくれた。
今にも殺しに行きそうな殺意を秘めている男がだ。
無論、何もせずに帰る選択肢もあったが、なぜかその選択を選ぶ気にはなれない。
『教会内に入ったか……。待て、鍵はいつの間に開けたんだ?』
墓石の裏に身を潜めながら、シャランラが小さな教会の裏口から不法侵入する光景を目の当たりした。少し目を離した一瞬でだ。
中々の早業で実に手慣れている。
ザボンはシャランラが教会に入ったのを確認すると、気配を潜めて静かに裏口へと忍びより、ゆっくりとドアを開け中に入る。
裏口の先は遺体安置所になっており、古い棺が二つほど残されていた。
何とも邪な光景である。
その先は礼拝堂のようで、並べられた長椅子の上に不作法な格好で座るシャランラを確認した。ザボンの知らないシャーラの姿であった。
その姿を確認すると、早鐘のように動く心臓を落ち着かせるべく深呼吸をし、ゆっくりと息を吐いた。
まだ迷いがあったようである。
『いくか……』
覚悟はできた。
ザボンは結果がどうなろうと現実を受け止めるべく、勇気を奮い立たせ前へ出る。
「シャ、シャーラ……」
震える声で、これが最後となるであろう言葉をかけるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「シャ、シャーラ……」
長椅子に寄りかかり、ひとときの休息に身を委ねていたシャランラは、その声で体を勢いよく起こした。
今し方、自分が侵入してきたドアの前に、一人の男が立っている。
『だ、誰っ!? 賞金稼ぎ……ではないようね。あら、どこかで見たようなぶっさいくな男……』
彼女はザボンのことなど綺麗に忘れていた。
見覚えがあるものの、名前が思い出せず困ったが、彼女は歴戦のクズである。ここは無難な返事を返すべきと判断する。
いつもの淑女の仮面を被って……。
「どうしてここに!?」
「君を探していたんだ。いきなりいなくなって、それに家も荒らされていたから……何か事件にでも巻き込まれ思って……」
「そう………ごめんなさい。どうしても会わなければならない人がいたから……」
「記憶……思い出したんだな?」
『記憶? あぁ……この世界に来てよく使った手口だわ。じゃぁ、この男は私が手玉にとった男の一人って訳ね。あぁ…美しいって罪よね。そんなに私を忘れられなかったの? でも、誰だったかしら?』
やはり思い出せない。
この異世界に来てからというもの、人の善意につけ込んでかなりの人達を騙し続けた記憶がある。しかし誰であったかは思い出すことができずにいる。
シャランラにとっては有象無象の一人にすぎなかった。
「えぇ……でも、思い出したおかげで、今までどこで暮らしてきたのか記憶が薄れてしまったわ。あなたの顔は覚えているのだけれど、名前が……」
「そう、なのか……。けど、君が無事で良かった。また、一緒に暮らせるんだろ?」
「それは……できないわ」
『一緒に暮らすって、冗談じゃないわ! アンタみたいな幸薄い男なんて、こっちは願い下げよ。まぁ、何かに利用できそうな気はするけど』
内心の悪態を隠し、平然と淑女を演じるシャランラ。
もしかしたら女優の才能があったのかも知れないが、スケジュール管理されるような仕事など性格的に向くはずもなく、何より彼女は働きたくない。
それどころか利用価値を見いだそうと企むほどのゲスっぷりだ。
結局、小悪党の道しか進めなかっただろう。
「……なぜ?」
「それは……」
『貧乏人と結婚なんて嫌だ』などとは言えない。
また、何らかの利用価値がある可能性もあり、今本心を言うなど悪手である。
じっくり情報を引き出し、邪魔になれば切り捨てるなり始末するなりすれば良いと考える。何だかんだ言いつつも弱肉強食の摂理を受け入れているシャランラであった。
問題はこの後の回答である。
顔すら覚えていないが、かつて自分が切り捨てた手駒であり、相手は自分のことを知っている。
『ここは、少し事実を入れて話した方が信憑性も増すわね。下手に嘘を言えばボロが出かねないわ』
こんな所も姉弟揃ってそっくりだった。
「……私は、長く生きられないのよ。その事実を知って錯乱し……気がついてらこの街まで来ていたの」
「長く生きられないって……なぜ?」
「ある秘薬の実験台にされて……。その効果を打ち消す秘薬をこの街にいる魔導士が持っているのだけれど、私をこんな体にしたのがその魔導士なのよ!」
わざと涙を浮かべ同情を誘う。
内心では『これで、この男も私の虜。追ってくるほど執着心があるなら、必ず騙されてくれるはずだわ』と、思っていたりする。
男が持つ幻想と言うべきか弱い理想の女を演じるのは、彼女にとって得意なキャラ作りであった。これで何人もの男を落としている。
「なら、衛兵や騎士団に報告するべきじゃないのか? 個人で動くには危険すぎる」
「無理よ……。あの男は、公爵家と繋がりを持っているわ。私では簡単に殺されて、証拠も残さず処理されてしまう」
「公爵家? 魔導士?」
男の妙な反応に、シャランラは心の中で訝しむ。
彼女が予想していたのは、『なら、ヤツの所に忍び込んで、その秘薬とやらを盗みだそう!』とかいうおきまり台詞のパターンだったのだが、今回は妙に淡泊であった。
「それ、旧市街の教会裏の家に住んでいる、いかにも胡散臭そうな魔導士のことか?」
「えっ? えぇ……」
「そんな悪党でもないと思うが? 空腹な俺に食事を奢ってくれたり、高価な魔法薬をくれたぞ?」
「はっ!?」
まさか、先にゼロスと接触していたとは予想外であった。
実際はゼロスの予想通りに事が運んでおり、ザボンも内心では当惑するほど事態が予想通りになるなど思ってもいなかった。あまりにも上手くいきすぎて、逆に何かの罠ではと思うほどであったなどシャランラは知りようもない。
非情にマズイ展開だが、シャランラはここから挽回するための策を模索する。
『無難に聡を悪党にする方が楽よね。嫌がらせのお返しをさせてもらうわよ!』
内心はともかく、シャランラは悲壮さを巧みに演じ、ザボンの同情を向けさせる方に誘導を促すことに決めた。
「それがあの男の手口なのよ! 人畜無害な魔導士を装い、裏で多くの人達を不幸にしているの。そして私達は犠牲者になったわ……」
「私達? 他にも被害者がいたりするのか……?」
「えぇ……私は逃がしてくれた人がいたから助かったけど、恩人でもあるあの人はヤツに……」
ここで被害者も他にいると強調し、さらに悲談で泣き落とす。
同時にゼロスを悪党にすることで、ザボンの自分に対しての執着心を殺意や怒りに変換させ、思考誘導を謀る。
明確な証拠がないが、公爵家と繋がりがあるということで、より悪党の信憑性を高める効果を高めた。
「そんな悪党だったのか? この『どんなヤバイ秘薬の効果も打ち消せる、神秘の薬』とやらを無料でくれたほどだったんだが……」
「……えっ?」
なにやら気になる言葉を聞き、シャランラの思考が停止する。
そして、言葉の意味を何度も反芻し、ようやく自分が求めていた物が目の前にあると気付く。あっさりしすぎて逆に思考が追いつかなかったのだ。
ザボンの手にする魔法薬を見ながら、当惑が先にいきすぎて冷静な考えが浮かばない。
「なんでも、魔導士の中にはとんでもない危険物を作る奴らがいるらしくて、身を守るために自作したらしい。『実際に効果があるかは分らんけど』と言っていたが……」
「……凄く、あやしい薬ね」
「家から金目の物が全て盗まれたと言ったら、気前よく『売ればそれなりの値段になると思うけど』と言われ、あっさりくれたぞ?」
「魔法薬自体に名称がないことが気になるわ……。本物なの?」
「できたばかりで、秘薬に名称がないそうだ。何しろ開発者が友人らしく、その友人が商品名を決めていないと聞いたな」
「嘘……でしょ? あの男が、そんな親切な真似するとは思えないわ」
こうなると、ゼロス悪党説に綻びがでてしまう。一応警戒しているように振る舞ってみせるが、どこまで効果が出るか分らない。
【貴族と繋がりの悪党】と【気前の良い魔導士】とでは、信憑性に大きな差が生じてしまう。
散々悪いイメージを植え付け傀儡にしようとした策が、ゼロスと接触したという事実と【気前の良さ】という二面で破綻する。完全に見誤った。
むしろシャランラの方に疑惑が向きかねない。
何より、目の前には求めていた現物がある。
『しくじったわ。もう少し情報を得てから仕掛けるべきだった。にしても、私が欲しがってもくれなかったくせに、なんで他人にあっさりとあげてるわけ!? どこまで不快にすれば気が済むのよ!!』
理不尽な憤りである。
同時にこれはチャンスでもあると考え始めた。
『まぁ良いわ。これで私の命が助かるわけだし……。そうなるとこの男は用済みよね』
目的の物は目の前にあり、奪うのはたやすい。
だが、男は自分の姿を知っており、なおかつシャランラは指名手配犯だ。
生かしておいても不利になるだけで、始末する方が確実である。
しかし、遺体が発見されると厄介だ。
『始末して森に捨てようかしら? 聡が言ってたように、死体処理には最適な世界よね。幸いインベントリーがあるし、運び出すのは容易なはず』
悪巧みをしながらも、目の前の男の動きを注視する。
一撃で仕留めなければ後始末が面倒になるからだ。
『教会で死ねるなら、きっと天国に行けるわね。後は……』
好機を待つだけであった。
「これさえあれば、君は生きることができるんだろ。なら、また一緒に暮らそう」
「でも、それが本物だとは思えないわ。何しろ、あの男が作った物だし……」
「おそらく大丈夫だと思うな。他にもいくつか持っているとか言ってた。まぁ、材料の都合でそれほど数はないらしいが……」
「本当に……大丈夫なの?」
「あぁ……もし何かあれば、俺も一緒に死ぬ」
ザボンがゆっくり近づいてくるのを見定めながら、それでも淑女を演じ続ける。
『一緒に死ぬ? 死ぬのはあなただけよ。私はアンタを犠牲にして生きてみせるわね』などと思いながら、自分から飛び込まず隙を覗う。
「もう、離さないぞ。俺は……」
「あぁ……でも私、怖いわ……」
シャランラを抱きしめるザボン。
『キモいわね!』と侮蔑の言葉を心で吐き捨て、腰のナイフに手を当てる。
そして、一気に鞘から引き抜くと、ザボンの心臓を目掛けて突き刺した。
「ゴハッ!?」
「うふふ……。ごめんなさい。私、あなたのような男は好みじゃないの」
「シャ……シャーラ」
「良い夢を見られたでしょ? なら、そのまま幸せに死になさい。本当にありがとう、これで私は……アハハハハハハ!」
ザボンは血を流しながら倒れた。
床が血液で染まるが、死体さえ見つからなければどうにでもなる。
床に転がった【魔法薬】の瓶を手に取り、シャランラは満面の笑みを浮かべた。
「聡も馬鹿よね。こんな男に貴重な魔法薬をあげるなんて……。でも、おかげで私は大助かり」
「いやいや、それほどでもないけどねぇ」
「なっ!? 誰よ!!」
声のした方向に視線を移すと、漆黒の装備を纏った弟の姿があった。
「あんた……いつから…………」
「先ほどから一部始終を見させてもらいましたよ。いやいや、まさか教会で殺人とはね。姉さんの腐りっぷりには、僕も頭が下がりますよ」
「まさか、この男を囮に使ったわけ!? どんだけ非情なのよ!!」
「アンタがそれを言いますかね? まぁ、彼の方が先約でしたから、初手を譲ってあげただけですよ。ねぇ?」
「あぁ……」
「!?」
今し方殺した男が、むくりと立ち上がる。
確かに手応えはあった。本当なら生きているはずがない。
「ど、どうして……」
「【身代わり人形】や【贄の形代】を持っているのは、何も姉さんだけではないですよ? そうした装備を制作し、売りさばいていたのは誰だと思っているんですかね?」
「【黒】のアンタは生産職じゃないはずでしょ! 何でそんな物を売りさばいてんのよ!!」
「いや、レイドで使わなかったアイテムを、処分名目に格安提供してただけですがね。まぁ、他のメンバーは本物の生産職だったけど」
「……それ、生産職って言わない?」
「僕は戦闘職を優先してましたし、傭兵活動だったからなぁ。資金稼ぎの一環もあったかな? 気まぐれで自作はして、邪魔になったら売りましたけどね。まぁ、ようは心持ちの問題ですよ」
「いい加減ね!」
生産職の活動をしていても、本人は「生産職じゃない」と言い切る。
また、その場の都合で「生産職です」という態度は確かにいい加減だった。
こうした面も姉弟同士で良く似ていた。
「アンタ、よく平然と嘘を吐けるわね……」
「いやぁ~、姉さんに言われたくはないですよ。しかも、騙した男を教会で殺そうとするとは、いやはや僕には真似できそうにはないなぁ~。ゲスすぎて……」
「誰がゲスよ! こんなにも心優しい私に、よくもそんなことが言えるわ」
「ハッハッハ、心優しい? どこが?」
「それに、なんで剣を引き抜いているわけ? アンタ、ここが教会だって分ってんの!!」
「いやいや、その台詞は先ほどの姉さんにも言ってあげたいですよ。ブーメランって知ってます?」
飄々とした態度は崩さない。
だが、そこには明確な殺意が放たれている。
「それに、自分のミスを理解していないとは……」
「私は完璧よ! ミスなんてしてないわ!!」
「あのさぁ~、そこのザボン君は『僕と会った』と言っていたわけでしょ? なら、彼は今までどこに住んでいたと思います?」
「そんなのは、宿に決まっているじゃ……まさか!?」
「そっ、ずっと僕の家の物置に隠れて、姉さんを監視してたんですよ。気付かなかったんですか?」
つまり、最初からゼロスの掌の中にいたわけだ。
自分が魔法薬を盗みだそうとする様を監視し、行動できないように裏からコッコや子供達に指示を出す。つまりルーセリス達もハナからグルと言うことになる。
馬鹿なお人好しだと思ってみれば、全てはシャランラを罠に嵌めるための布石だった。そう完全に結論づけた。
今まで利用してきた弟にしてやられたことに対して、シャランラは怒りを覚える。
「聡……アンタぁ………!!」
「まぁ、身近な人間に近づくのは分っていましたからねぇ。後は監視と警備を強化するだけで簡単に侵入できないようにしただけだけど、やはり目を反らすため馬鹿な行動をしたよねぇ」
「指紋照合なんてものを広めたのも……」
「文明水準の低い世界だから、油断してボロを出すと思っただけさ。転生者の存在を忘れちゃ駄目でしょ」
「この魔法薬も……」
「あぁ、それは本物ですよ。囮に使うにはちょうど良いし、この世界での効果がどんなものになるか分らないから怖くて使えない代物さ」
その言葉を聞き、シャランラは安堵した。
魔法薬が本物であれば、自分は死ななくてすむ。
後はこの場から撤退するだけであった。
「それじゃぁ~、次は僕の番だねぇ……ククク」
だが、そう簡単には逃げられないようである。