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おっさん、シャランラを掌のうちで弄ぶ


 麗美ことシャランラは、深夜の街を必死に逃げていた。

 サントールの街は現在、彼女に懸けられた賞金に目が眩んだ住民や賞金稼ぎが血眼になって探し、衛兵や騎士達が捜査の手を広げていた。

 賞金首としての手配書が街中に貼られているのだ。迂闊にも買い物などに出かけていたせいで、すでに住民達から目をつけられていたようである。

 これが弟である聡――もといゼロスの手による工作であることは間違いない。

 厄介なのは船着き場が押さえられており、また、街道から逃げるにしても門で検問を受けることになる。

 どういうわけか【シャドウ・ダイブ】も見抜かれ、街に完全孤立状態だった。

 

『やってくれたわねぇ~~っ、聡ィイィィィィィィィッ!!』


 逃走を続けて三日ほど時間が過ぎていた。

 最近の彼女は弟の悪態しかついていない。ボキャブラリーも底を尽き、単純な愚痴しか出てこないようだが。


『路銀も残り少ない……やはり、やるしかないわ』


 シャランラの手には、教会で手に入れたルーセリスとジャーネの筆跡がある。

 逃げる最中に廃墟などに潜伏し、街に貼られた手配書の裏側を利用して筆跡を真似る練習をしていた。

 この世界では印鑑を使うのは商人か貴族しかおらず、一般人は指紋でも身元の証明にする。もっとも、指紋は個人で形が違うという事実を知らない。

 他人になりすまして金を借りる事が簡単にできてしまうのだ。そのため重要となるのはサインの筆跡であり、シャランラはこうした裏をかく手口を探すことを得意としている。

 悪事を行うために法律の隙を突き、今まで捕まることなく生きて来られたがゆえに、彼女は成功する自信があった。


『このアイテム……使用回数に限りがあるのが難点よね』


 左手にした指輪の一つに、【姿写しの指輪】というアイテムがあった。

 これは、何度か接触したことのある人物の姿を記録し、幻術でその姿を偽る道具である。

 記録できる対象の人数は二人で、しかも使用回数が決められている。シャランラの場合は何度も使用しているので、残り回数が少ない。

 おそらくはあと1~2回使用したら壊れるとみている。

 元より便利な道具はとことん利用する性格なので、考えなしに使いまくった結果だ。

 それだけ被害者がいると言うことなのだが……。


『ファンタジー世界なのだから、同じアイテムが売っていても良さそうなのに……。現実って不便だわ』


 ここが【ソード・アンド・ソーサリス】と現実ファンタジー世界の異なるところだ。

 シャランラの持つ装備のほとんどが【ソード・アンド・ソーサリス】のアイテムである。

 しかし、この手のアイテムを作るには現実世界で作ることは難しい。

 また、魔導士などの質も低く、こうした魔導具の制作が高度な技術が必要とされる。逆に言えば作り出せるゼロスやアドがおかしい。

 今のこの世界において、魔導士達の技量では作ることさえ難しく、仮に作ることができたのであれば国からスカウトに来ることだろう。


「ハァ~……背に腹は替えられないわ。こうなったら、とことん聡のヤツを追い込んでやる! 見てなさいよぉ、私を敵に回したことを後悔させてやるわ」


 この【姿写しの指輪】は効果時間も短い。

 復讐心に駆られたシャランラはゼロスに嫌がらせをするべく、まったく血縁関係のないルーセリスに化け、裏街の高利貸し店の中へと入っていった。

 高利貸し店の別名を闇金という。当然だが経営者は堅気なわけがない。

 思惑通りにいかなかったシャランラは、いつもこの手で逆恨みな復讐をするのである。

 普通なら【姿写しの指輪】で姿を変え逃げるのが利口だが、シャランラにはその考えが思いつかない。憎たらしい相手に何もしないで逃げることにプライドが許さないのだ。

 そして、これが彼女の生きる道であった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「ふむ……まだ捕まらないか。ゴキブリ以上にしぶといな」


 早朝、旧市街の道端で新聞を売る少年から新聞を買い、賞金首捕縛欄を眺めていた。

 シャランラが未だに逃亡していることに、少し驚くおっさん。

 かれこれ二週間近くなるが、未だに潜伏し続けていることに少なからず感心すら覚える。

 とは言え、シャランラが次にどんな手段に出てくるかなど、今までの行動で理解しているゼロスにはさほど問題視していない。

 厄介なのは、何の関係のない人間に迷惑をかけることである。


「そろそろ来そうなんだよねぇ……」

「おじさん! 大変だよぉ!!」

「……期待を裏切らない人だな。さっそく来たか」


 必死に息を切らせながらこちらに向かってくるイリス。

 なんとなく何が起きたかを察する。


「どうしました? もしかして、ルーセリスさんのところに多額の借金取りが現れたとか?」

「なんで分るのぉ!? でも、ルーセリスさんだけじゃないんだよ! ジャーネさんにも……」

「なるほど……筆跡を盗まれたか。おそらく、なんらかの受領書あたりかな?」

「原因追及はいいから、二人を助けてよ!!」

「ハイハイ。こんな事もあろうかと、色々と準備はしておいたから大丈夫さ。二人は教会ですか?」

「暢気にしてないで、急いでよぉ!!」


 イリスに引っ張られながら教会の前までくると、扉の奥から喧騒の声が聞こえてくる。

 お世辞にも上品とは言えない男達の声だ。


『ここに証文があるだろ! いいから金を解しやがれ』

『三日で返すことになってんぞ!! 返せねぇならウチの娼館で働いててもらうぜぇ~』

『どっちも上玉だからなぁ~、店に出す前に具合を確かめねぇとな。ヒヘへ』

『だから、アタシ達には身に覚えがないと言ってるだろ!』

『そうです。最近はお金に困っていませんし、何かの間違い出す』


 あきらかにその筋の人達のようだ。

 しかも娼館を経営しているらしく、金が返せなければ二人は間違いなくそちらのお世話になるだろう。何しろルーセリスとジャーネは色んな意味で平均値を上回っている。

 魅力の面で言えば、イリスが泣くほどだ。


「……おじさん。今、失礼なことを考えていなかった?」

「気のせいですよ。なんで睨むかな? さて、それでは行きますか」


 ゼロスはルーセリス達から男達の視線を反らすべく、わざと扉を力任せに開け放つ。

 いかにもガラの悪い男達は、思惑通りにゼロスに視線を向けてきた。


「ハイハイ、話は聞かせてもらいましたよ。皆さん落ち着きましょう」

「んだぁ、てめぇは……」

「お隣の交渉人ネゴシエイターさ」

「交渉人だぁ? お呼びじゃねぇんだよ!」

「そんなことを言っていて良いんですか? もし、あなた達の持つ証文が、この二人ではなく別の人間が書いた物であったら、オタクらも困るんじゃないんですかねぇ?」


 ゼロスの言葉に対し、男達は顔を見合わせ不敵な笑みを浮かべた。

『間違いなどない』というような確かな自信のある笑みである。


「それはねぇな。何しろ俺は、そこの神官さんが金を借りるところを見ている」

「俺もそこのデカ乳――もとい傭兵の女が金を借りるところを見ていたぜ。他にも証人は多いだろうよ」

「でっ、デカ乳……」


 男の一言で、胸を隠そうとするジャーネ。

 むしろ強調しているように見えてしまうが、おっさんは空気を読んでそこをあえて追求はしない。逆に眼福だったから。

 そんな下心を隠し、何事もないかのように振る舞う。


「はたして、そう言い切れますかねぇ? この世界には魔法という技術が存在する。他人から自分の姿を偽る道具も確かに存在しているんですよ。

 もし、その道具を使われ金を奪われただけだとしたら、オタクらのメンツは丸潰れだねぇ」

「アァン? そんなわけがねぇだろ」

「そうだ! 俺達は確かにこの目で見てんだぞ、ふざけたことをぬかすんじゃねぇ!!」

「部外者はすっこんでろ!!」

「フッ……なら、調べてみますか? この場でねぇ」


 男達は自分達の記憶に自信があるようである。

 だが、彼等に対して決して揺るがない胡散臭い魔導士に対して、一抹の不安も覚えた。

 闇金とは言え、この街で彼等は法律に則って経営している。

 多少金利は高く取るだろうが、違法なマネはできるだけ避ける傾向があった。

 その大きな理由がこの街の領主なのだが、取り敢えずその話は置いておこう。


「確かめるだぁ? どうやって確かめるんだよ。もし、あんたが言うような姿を変える魔導具を使ったとして、証拠を探すのは難しいんじゃねぇか?」

「さすがにそれはわりますか。ですがね、それも絶対ではないんですよ。姿を偽ろうとも、決して偽れない物が存在します」

「偽れねぇモンだぁ? なんだよ、それは……」

「指紋ですよ。手や足の指にある皺のようなもの。これは個人によって形が違うんですよねぇ。証文に押されている指印と、ここにいる二人の指紋が異なれば、それは別人が書いた証拠になる」

「ハァ!? そんな馬鹿な話があるか!」

「事実ですよ? なんなら、今すぐにでもこの場で確かめても良いですがね。どうします?」


 恐ろしく堂々と言い切るゼロスに対し、男達もさすがに不安になってきた。

 彼等のような取り立て屋の上には、当然だが大元の経営者が存在する。それも社会的にはよろしくない裏社会の人間である。

 仮にここで詐欺に遭ったとすれば、メンツを重んじる彼等は不利益を働いた原因でもある下っ端の者達を許さないだろう。今なら諸悪の根源を捕まえることもできるのだ。

 男達は顔を見合わせると、静かに頷く。


「……よし、調べてもらおうじゃねぇか」

「もし、この証文が本物なら、アンタにも覚悟はしてもらうぜ」

「当然、その二人も娼館で働いてもらうからな!」

「いいですよ。では、今準備しますんで、少々お待ちを……」


 礼拝堂に置かれた卓の上に、フラスコなどを固定するための固定台を二つ。

 鉄の棒を一本と、透明の板で作られたケースを用意した。

 更に小皿とアルコールランプ。洗濯ばさみが二つに、妙な液体が入った小瓶も用意してゆく。


「……アンタ、それをどこから出しているんだ?」

「企業秘密ですよ。魔導士なんでね……。あっ、証文の一つを見せてください」

「あぁ……」


 男の持つ証文を受け取り観察すると、指印は右手親指のものであった。

 調べれば指紋が他にも出るだろうが、一つあれば充分なのでそこは無視する。

 要はルーセリスとジャーネが借金をしていないと証明できれば良いのだ。


「な、なぁ、おっさん……。本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。まぁ、本当に借金してなければの話だけどね」

「金の貸し借りはしない主義だ! アタシは、高利貸しから金を借りるような真似はしないぞ!」

「なら良いんですよ。あっ、お二人にはこちらの紙に右手の指だけを押し付けてください。これが重要なポイントですんで」

「あぁ……。ルー」

「これで、本当に証明できるのでしょうか?」


 半ば不安げになりながらも、二人は言われたとおりに紙に掌を押し付ける。

 その二枚の紙を台座に固定された鉄の棒に固定し、その下に皿に入れられた木工接着剤をアルコールランプで熱し、透明のケースで完全密封した。

 

「おいおい、そんなモンで何が調べられるって言うんだ?」

「大まかに言えば、指紋とは言わば掌から出る脂分のことなんですよね。だから、粘着質の接着剤でその脂分の凹凸を浮かし、粉末を上からかければ浮かび上がらせることができるんですよ」

「……魔導士ってのは物知りなんだな」

「犯罪の捜査にも役に立ちますね。国民全員の指紋を登録しておけば、泥棒捜査にも役に立ちますよ」

「いや、照合している間に逃げられるんじゃねぇか? 時間が掛かるだろ」

「その時は、街だけに専門の調査機関を置くか、逃げられても国中に指名手配でもすれば良いのでは?」


 何にしても、犯罪捜査機関の設置はゼロスの仕事ではない。

 国家機関の増設は国や領地を治める貴族の仕事である。


「ゼロスさんって、本当に凄いんですね」

「いえ、こんなのは常識ですよ」

「どこが常識だ? イリスなんか、慌てておっさんを探しに行ってたぞ?」

「うっ……でも、まさかこんなところで科学捜査するなんて思わないじゃん。おじさん、この世界をどうしたいの?」

「いや、僕は平穏に暮らしたいだけなんですけどね。そろそろ良い頃合いかな……」


 バイクや車、更には科学捜査の基礎を打ち立てておきながら、面倒事は他人に任せる。

 後のことなど本当にどうでも良いようだ。

 鼻歌交じりでケースをどかし、二枚の紙を台の上に並べる。


「さて、取り出しましたるこの粉末」

「「「だから、どこから取り出したんだよ!」」」

「企業秘密です。この粉末を少量上にかけまして羽箒でさらさらと払うと、あら不思議。見事に指紋が浮かび上がりました」


 答えは分かりきっているが、一応全員の目の前で指紋鑑定をしてみせる。

 当然だが、ルーセリスとジャーネの指紋は一致しない。明らかに別人のものであった。


「やっぱり、他人がなりすませていましたねぇ。これは立派な詐欺ですよ」

「マジかぁ!?」

「なら、誰がこの二人になりすましやがったんだ? 筆跡では二人の文字と一致していたぞ」

「あぁ、それなら最近町中に手配書が貼られているでしょ? あの女が最近までこの教会にいたんですよ。隙を見て筆跡を覚えたんだろうねぇ」

「舐めた真似しやがって! この落とし前は必ずつけてやる!!」


 憤る男達。

 たとえ法律に背かないようにしていても、彼等は裏社会の人達である。

 舐められてはおしまいなのが彼等の業界であった。


「ボスに報告だ! 草の根分けても探し出してツケを払わせてやる!!」

「俺も頭に報告して、あの女をシメてやるぜ」

「手勢を集めろ! 今回ばかりは貴様らと手を組んでやるぜ」


 鼻息荒く教会を出て行く男達。

 こうしてシャランラは、裏社会の者達からも狙われるようになった。

 その結果におっさんは実に満足そうである。


「ゼロスさん、おかげさまで助かりました。本当にありがとうございます」

「あぁ……一時期はどうなることかと思った。本当に助かったよ」

「いえいえ、お気になさらず。原因は僕の身内ですしねぇ、準備をしておいて良かった」


 心なしか、二人とも熱い目でゼロスを見つめている。

 その中で、唯一イリスだけが冷めた目を向けていた。


「おじさん……お姉さんの手の内が分っていたんだよね?」

「完全に読んでいたわけではないけど、この世界の文化水準を考えるに、あの女は手の込んだやり口はやらないだろうとは思っていたけど? 元より面倒事は嫌うヤツだし、むしろ文化水準の低さから油断するだろうことは確実だった」

「それ、おじさんが最初から動いていれば、こんな事にはならなかったんじゃない? だって、おじさんはお姉さんよりも圧倒的に強いんだから」

「「あっ!?」」


 ここで初めてその事実に気付いたルーセリス達。

 そう、実力に圧倒的に差があるゼロスなら、人知れず捕まえるなり倒すなりできたはずなのだ。しかし本人は裏で動いており、率先して捕まえるそぶりがない。

 教会に潜伏しているのを知りながら放置していたことになる。


「そこに気付きましたか……そう、捕まえるだけならいつでもできたねぇ」

「なら、なんで直ぐに捕まえないんだよ! おかげでアタシらが迷惑しただろ」

「あの女はねぇ、演技が凄く巧いんですよ。僕が直接出向いても、その場で最後まで別人を装いますよ。それに、アレのことを別人じゃないかと疑ってませんでしたか?」

「うっ!? それを言われると……」

「自信はありませんでしたが、私はあやしいと思いましたよ? ジャーネと同じく騙されそうになりましたけど。幸いと言いますか、神官の修業時代にいた司祭様がどこかあのような感じでしたから。警戒は解かないように気をつけていましたね。でも、四六時中監視しているわけにもいきませんし」

「下手をしたらこちらが犯罪者にされてしまう。リスクは少ない方がベストじゃないか。確実に動いたところを狙うのが良いんだよ」

「それでおじさんは、ジョニー君達経由で私に指示を出してきたんだ……。もしかして、深刻な被害を出す前に追い出すように仕向けたの?」

「たとえ本人だと分っても、清廉潔白を装うのが得意なヤツだからなぁ~。あやしい動きをしているときに出鼻を折るのが効果的なのさ」


 計画的に罪を犯す者は、警戒心が強く話術も長けている。

 また、時間をかけて標的の内側に入り込むため、巧みな演技力が必要不可欠。

 シャランラ――麗美はその特技に関しては天然だった。

 何しろ悪気が全くない。最初から他人は自分のために存在していると認識しているので、犯罪を罪とすら思っていないところがある。

 そして、その天然さがゆえに多くの者を騙し続けてきた。

 存在そのものが悪と言っても過言ではない。


「……なぜ、あの両親からあんな悪魔が生まれてきたのか、それが未だに謎だ」

「おじさんの両親って?」

「仕事一本筋のサラリーマンと、かいがいしく親父に尽す母だったな。少し天然なところがあったが……」

「サラリーマンが何かは知らんが、普通に幸せな家庭環境だったのか。本当に不思議だな……」

「そんなお姉さんに振り回されるおじさん。悲惨だね……」


 しかし、それも今回で終わりにするつもりだ。

 麗美は後ろ盾がないと、その計画性は一気に質が落ちる。

 今やサントールの町中が敵だらけであり、頼れる者は誰もおらず、共犯者を仕立て上げるにしても時間がない。

 これも長年麗美の行動を分析し続けた結果だ。


「ククク……ジャッジメントの時間だ。あの悪魔を今度こそ浄化してやる」

『『『うわぁ~……凄く楽しそう』』』


 悪魔の被害を受けた者は、その身に悪魔を宿すようである。

 復讐者という名の悪魔を……。

 悪辣な笑みを浮かべ、ゼロスは教会を出て行く。


「……肉親を殺すなんて罪、犯させて良いのでしょうか?」

「しかし、あの恨みはかなり深いぞ。止められると思うか?」

「無理だね。本気のおじさんは止められないし、この時を一日千秋の思いで待っていたみたいだし……」


 教会に残された三人は、姉弟同士の殺し合いが始まることを止めるべきか悩んでいた。

 人道とは何なのか、悩むべきところである。


 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 



 シャランラは男達に囲まれていた。

 彼等に見覚えはないが、明らかに殺気立っている様子である。

 そんな男達の中から、一人の男が前に出る。


「よぉ、探したぜぇ。ずいぶんと舐めた真似をしてくれたじゃねぇか」

「何のことかしら? 私にはまったく身に覚えがないんだけど」

「てめぇ、姿を騙って俺達から金を借りたよな? しかも、早期に返すといっておきながらよぉ。最初から返す気がなかったんだろ?」

「な、何のことかしらね……」


 ようやく答えが分った。

 彼等は、シャランラがルーセリスとジャーネの姿で金を借りた闇金融の者達だと。だが、なぜ正体がばれたのかが分らない。

 科学的捜査法が確立していないこの世界で、特定の犯罪者を見つけ出すことは難しい。

 大抵が状況証拠に頼りすぎ、細かい証拠を集めるような真似は決して行わない。外見を偽るだけでも完全犯罪が確定してしまう世界なのだ。


「しらばっくれんじゃねぇ! テメェの書いた証文が何よりの証拠だ」

「あら、それがどうして私が書いたことになるのかしら?」

「指紋ってヤツを知ってるか?」

「!?」


 その一言で全てを察した。

 彼等は証文に押された指印――指紋を鑑定したのだ。

 つまり、科学捜査の一つがすでに確立されていることになる。そんな話など聞いたことがない。


「な、なんで……」

「親切な魔導士が教えてくれたぜぇ、てめぇが詐欺を働いたことをよぉ~。落とし前をつけてもらおうかい。なぁ?」

「親切な魔導士……アイツゥ~っ、また余計な真似をして!!」

「ずいぶんと良い関係じゃねぇか。まぁ、俺達にはどうでも良いがな……。さて、貸した分の金を利子付きで返してもらおうじゃねぇか」

「冗談じゃないわよ!! シャドウ・ダイブ」

「なんだとぉ!?」


 突如影の中に潜り込んだシャランラ。

 同じ技を使えないチンピラ達には、彼女を探し出すことが難しい。

 だが、【シャドウ・ダイブ】にも弱点があり、影に潜むには相応の魔力を必要とし、長時間潜伏していれば当然魔力も消費してゆく。

 魔力が底をつけば影からはじき出され、魔力消費によって憔悴状態に陥るデメリットがある。要は長い時間潜伏し続けることが不可能なのだ。


「落ち着け! どうせ長いこと影の中にいられねぇ、この辺りを重点的に探せば見つかる! 各自分散して捕まえろ!!」

「「「「「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」」」」」


 そして、その弱点はすでにバレていた。

 街の住民、衛兵と騎士、賞金稼ぎ、そして裏社会の男達。

 追う者達が倍に増え、シャランラはいっそう包囲されてゆく。

 

『大人しく私に従ってれば良いのに、いつも反抗ばかりして……。どこまで身勝手な真似をすれば気が済むのよぉ、アイツは!!』


 ゼロスもシャランラにだけは言われたくないだろう。

 彼女はどこまでも自己中心的で、何よりも思考が色々と破綻している。つきあわされる方はノイローゼになること間違いない。

 手を切りたいと思うことが普通の考え方なのだろうが、残念なことにシャランラ自身にはそうした人の心を労る感情がない。究極のKYといっても良いだろう。

 どこぞの自称名探偵気取りの店員と同類。言い方を替えれば、頭が凄く可哀想な人と言うことだ。

 そして、本当に残念なことだが、本人にはその自覚がなく自覚する気もない。

 その生き方を貫いた結果、どうしようもないくらいに世界から拒絶されることになる。ゼロスの裏工作だけでもここまでにはならないだろう。


 最大の原因は、公爵家の跡取りを殺害しようとしたことにある。

 しかも王族血統なので賞金稼ぎや国民が血眼になって探すことになる。これがシャランラの致命的な弱点である考えなしの行動、『詰めの甘さ』であった。

 他人に近づくときは恐ろしく計画的に行動するのに、満足いく結果が出ると途端に杜撰に変わり自滅する。地球では法律などを巧みに利用していたが、異世界ともなるとその法律も現代人の視点からでは穴だらけであり、身を守るには心許ない。

 当然、それを知るなり調子に乗る。

 シャランラは地球での感覚で行動し、『命の軽さ』や『警備の杜撰さ』といった自分に都合の良いものだけを取り入れ、異世界の情報を蔑ろにしていた。

 法律の甘さを軽視しており、この世界は『チョロイ』と本気で思っている。だがその甘さを逆手にとられることもある。

 新たな技術が確立し取り入れられれば、その常識は途端に早変わりしてしまうのも文化だ。指紋照合などが最たる例だろう。

 また、文明が中世レベルとはいえ、国家思想や教育、政治など様々な要因で国民感情は変わる。群集心理ほど恐ろしいものはない。

王族は善政を敷き、その血族であるソリステア公爵家は民からの信頼が厚い。現当主は民の生活を十年早め豊かにしたと言われているほどだ。

 そのような一族を狙えば民は烈火の如く怒るわけで、なるべくしてこの状況に至ったわけだ。それなのに自分の失敗を他人のせいにするのだから救いようがない。

 まぁ、実の弟は救おうなどと微塵も思っていないが……。


『どこに逃げる……。船着き場から逃げるにしても、今は警備が厳重だし……怖いけど墓地の方が良いかしらね? 幸い小さな教会があるし、人気もない』


 サントールの街北側には広い墓地が存在した。

 中央に古びた教会があるが、この教会は葬式以外で使われることがなく、管理は四信教の司祭達が行っている。

 逃げ込むにはちょうど良い場所であった。


「そうと決まれば、ここでグズグズしていられないわ。何が何でも逃げ切ってやる!」


 即断即決は血筋ゆえか、シャランラは墓地を目指して移動を開始する。

 そんな彼女を建物の真上から眺める死神の存在に気付かずに。


「ククク、見つけた。しかし取り立て屋も存外役に立つもんだねぇ。式神は時間制限があるから助かった」


 漆黒の装備を纏うゼロスであった。

 さながら死者を誘う邪神官の如く、彼はシャランラの後を追う。


『行き先は……方向からして共同墓地か? これは予想が外れたな。まぁ、それ以外は想定内だが』


 漆黒の魔導士がサントールの街を飛ぶ。

 ようやく訪れた復讐のために。


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