おっさんの悪意
教会に麗美が転がり込んで一週間。
情報収集に専念していた彼女は、ようやく動き出すことにする。
その理由は麗美に残された時間が少ないからだ。
『ガキ共は危険ね。いつもこの教会にいるし、内と外を交代で入れ替わっているから、姿を見せないようにしないと。巨乳女は簡単にだませたわ。ついでだから奴隷商人に売っちゃおうかしら? ただ他の二人が分らないのよね。
レナという女は教会に来るけど、次の日にはいなくなってるし、小娘の方はあまり会話をしてこない。まぁ、気にすることはないわね。
神官の女を人質にすれば良いかしら? でも、このまま何もしないでいるのも癪よね。この私に労働をさせているんだから』
麗美は聡との接触をしない要注意を払っていた。
特に早朝から昼にかけては畑仕事をしているので、掃除や食事の準備などの理由に距離をとる。麗美は人を騙すため家事を一通りこなせるのだ。
無論、普段は自分でやることはないが。
『ムカつくから神官と巨乳女は奴隷商に送るとして、逃走資金も必要よね。金貸しからふんだくろうかしら? そうなると、あの二人の筆跡がわからないと……どうやって手に入れようかしらね?』
金貸しからルーセリスとジャーネの名で金を借り、借金を知らないうちに背負わせる。
麗美の職業はアサシン。気配を消すことや隠密活動が得意であり、一般人では気配を悟られることはない。
だが、聡によって鍛えられた子供達が厄介だ。無駄に勘が鋭すぎる。
『幸い、今ガキどもは外にいる。これはチャンスかしらね?』
思い立ったら即行動。
こうしたところも弟の聡とは似通っていた。
麗美は気配を消し、教会内を調べ始める。
『……誰かいる。気配からして、巨乳女とレナとかいう女』
廊下で様子を窺うと、そこには思った通りジャーネとレナの姿があった。
二人はジャガイモの皮を一緒に剥いていた。
「なぁ、レナ……」
「なに?」
「シャディさん、本当におっさんの姉なのか?」
「そうよ。何を言ってるの?」
「いや、何でそんなに断言できるんだ? 話には聞いていたけど、まったく印象が真逆じゃないか! 別人としか思えん」
「甘いわねぇ~。彼女はかなり慎重よ? 嘘で塗り固めた仮面を被り、その嘘を本物に見せることができる。大した役者だわ。今は様子見と情報収集ってところかしら?」
『!?』
見抜かれていた。
麗美は知らないが、レナの裏の顔はギャンブラーだ。相対する相手の顔色や仕草を見て、相手の手札を読み切る技術に長けている。無論性格も。
そのことを知らない麗美は、冷水をぶっかけられた気分だった。
「何でそんなことが分るんだ? お前、アタシ達の知らないところで何をしてるんだ?」
「ウフフ……秘密。女は謎を持つ生き物よ? たとえ友人でも教えることはできないわ」
「……アタシはお前の方が危険なんだがな。しかし、あれが演技ならかなり厄介だぞ? おっさんが警戒しろという意味も良くわかる」
「そうね。でも、あの手の人は意外に多いのよ? 犯罪に手を出すか、商売に手を出すかの違いだけ」
「あの演技力で商売なんかされたら、簡単に騙されそうだ」
「ジャーネが純粋なだけよ。あなたは今のままでいてね。汚されるのは、好きになった男性にしておきなさい」
「な、なに言ってんだぁ!?」
麗美はその場から離れた。
信用させていたと思っていたが、騙されていたのはジャーネだけであった。
レナは始めから麗美のことを警戒しており、せっかく都合の良い状況に誘導したのに、あっさり元の状態に引き戻してしまった。
『本当に嫌な女……。アレは騙すことに長けているわ。余計なことをして、何者よ!!』
麗美は騙すことに長けていても、騙されることには慣れていない。
だが、レナはギャンブラーだ。常に相手との騙し合いで勝ち続けてきたため、麗美よりもはるかに演技が巧なのである。
また、教会に住み込んでいるわけではないので、わずかな変化には敏感に察知してしまう。
麗美には天敵と言える相手であろう。だから彼女は生理的にレナを受けつけない。
『多少無理をしてでも行動する必要があるわね。ここにいる連中は危険すぎる。長期戦に持ち込まれたらマズイわ』
今まで自分の思い通りにならなかったことは、一度たりとてない。
だが、今回に限っては天敵と未知数の不確定要素が多すぎる。入念な準備をする麗美には時間が足りなすぎるのだ。
彼女は次に執務室に向かう。
基本的に執務室はルーセリスの部屋と言っても良い。きちんと整頓され、机にはいくつかの書類が置かれている。
その書類を手に取ると、麗美は不敵な笑みを浮かべた。
『ふぅ~ん……これは受領書ね』
受領書には品物を受け取った者の名が記載されている。
ルーセリスとジャーネの名だ。
モップなどの清掃用具や長期保存が可能な食料の受領書で、運んできた後に商人との間で二枚作成する。麗美はその内の二枚を盗んだ。
これで二人の筆跡を手に入れた。
『どうでも良いけど、何であのデカ乳は自分の名前で受領書を受け取ってんのかしら? 普通に部外者のような気がするんだけど。まぁ、私的には好都合だけどね』
おそらく、間違えてルーセリスではなく自分の名前を書いてしまったものであろう。
当初はルーセリスを標的から外すつもりであったが、これまで影から観察した結果、聡とそれなりの仲であると判断した。これを利用しない麗美ではない。
『さて……今夜にでも筆跡の練習をしないと。フフフ……知り合い二人が奴隷になったら、聡はどんな顔をするかしらね』
だが、ここで彼女は大きなミスをしていることに気付いていない。
麗美の本来の目的は【回春の秘薬】の効力を消す魔法薬を奪うことだ。しかしその目的が聡への嫌がらせに変わり始め、当初の目的の方を忘れてしまっている。
そう、麗美は目的のためなら手段を選ばないが、その手段の過程で本来の大筋から良くズレることがあるのであるのだ。
良く言えば臨機応変だが、悪く言えば一つの目標を見定めて行動することが難しい。
これは麗美の性格的なもので、騙して人から金を奪うつもりが余計な色目をだし、大きな騒ぎに発展させてしまうのである。
しかも、今回は聡に対しての逆恨みが激しいことが災いし、更に暴走に拍車をかけている。今の麗美は嫌がらせを成功させることに焦点が向けられていた。
凄いことに、身の安全を図ることに関しては天然だった。
もっとも、後になって目的を思い出し反省はするのだが、その経験が生かされることはなかった。
麗美はルーセリスとジャーネの筆跡を手に入れ、部屋からこっそり出て行く。
スキル【隠行】を解き周囲の気配を調べると、廊下の先からこちらに向かってくる人の気配があった。
何食わぬ顔でその気配に向かって歩き出す麗美。
誰かと対面するときは、堂々と応対することで怪しさを払拭させることができる。疑われないために自然と身につけた技術だ。
「あっ、シャディさん。お掃除ですか?」
「イリスちゃん。えぇ、毎日掃除しないと埃は溜まりますからね。特に細かいところは入念に行わないと」
「へぇ~」
本性を隠し、作られた設定人格を演じる。
正直、ジャーネとイリスのことは『こいつらはチョロそうね』程度の認識だった。
「まだ、礼拝堂の方も残っていますから、手伝ってくださいませんか?」
「清掃道具は持っていないみたいだけど? 拝堂にも清掃道具はなかったけど、どう掃除するんですか? 今ルーセリスさんが使ってるし」
『!』
――この時までは。
ルーセリスの部屋でもある執務室から出たが、麗美は清掃用具は持っていなかった。
また、イリスがきた方向も礼拝堂なので、今の台詞はおかしい。
ついでに、『トイレに行っていた』という誤魔化しも利かない。なぜなら、教会のトイレは今イリスが来た通路の先にあるからだ。
この時点で嘘をついていることはバレているとみて良い。
「そ、そうですね。箒があくまでで少し、休んでいたんですよ。朝食の準備もありますし、その時に代わりに掃除しようかと……」
「【鑑定】スキル、転生者、シャランラ……」
『!?』
【鑑定】スキルはレベルが高いと、相手のステータスすら見ることができる。
麗美もシャランラとして【殲滅者】に敗北して以降徴用し、自分より弱いプレイヤーをPKしていた。そして問題は【転生者】の言葉だ。
別に隠していたわけではないが、麗美もまた転生者であることを誰にも言ってない。それを誰もいない通路で口にする理由。
『……そう、この小娘も転生者なのね! つまり、私は既に罠の中にいると言うこと。ついでに聡は私がここにいることを知っている!!』
聡が他者を使い揺さぶりをかけてきたのだ。
毎日稽古をつけている相手だ。遠目で見ているだけの麗美と違い、会話が聞かれることを気にせずに作戦内容を伝えることができる。
ジャーネの純粋さは麗美に対しての目くらましで、凶悪なまでに強い子供達や同じ転生者のイリス、ついでにレナと共謀していた可能性が高い。
「誤魔化しは利かないようね。この一週間、私を監視していたのかしら?」
「ん~~おじさんに直接挑むなら見逃していたよ? けど、おばさんは今まで一体何をしてたのかなぁ~?」
「おばさんって言うんじゃないわよ! 私は若いわ!!」
「四十七歳でしょ? おばさんじゃん」
「聡のヤツ……実年齢まで教えていたわけぇ!」
「えっ? 手配書に書かれていたけんだけど……。今、教会横の掲示板に貼られているよ?」
「掲示板って……今までそんな物なかったじゃない!!」
「昨日まで、夜中におじさんが街のあちこちに作っていたけど? 教会の横は一番最後だったよ。できたのは今朝だもん」
「なぁあ!?」
麗美はこの教会で聡の情報収集をしていた。
だが、深夜には行動していない。肌が荒れるからだ。
その間に聡によって掲示板は作られ、ついでに手配書も張られる。そうとは知らずに麗美は街に買い物にまで出かけていた。
自分の姿は大勢の人達に目撃されている。
「本当に行動が読まれてたんだね。おじさんの周りには過剰戦力が集中してるから近づけないし、遠くから様子見するしかない。
けど、おじさんは自由に街に出ることができるし、街全体に工作することが可能。家にはコッコ達がいるから留守にしても安全。今じゃ街の住民全体が賞金稼ぎみたいな?」
「アイツぅ~~~~~~っ、そんなに私を処刑台に送りたいわけぇ!?」
「そう言うと思って、おじさんからの伝言。『ぜひとも死んでくれ。この世から消えてくれれば世界はいくらかマシになる。安心しろよ、処刑台じゃなく直接ぶっ殺しにいくから』だそうだよ? 伝言は伝えたからねぇ~」
イリスはメッセンジャーであった。
要するに、『包囲網は既に完成している。無駄な努力ご苦労さん』ということだ。
「あと、既に公爵家には通報済み。【シャドウ・ダイブ】に対応した魔導具も衛兵や騎士団に渡してあるそうだよ。『この街から生きて出られるかな?』とも言ってた」
「ふざけんじゃないわよ!! 後もう少しの所だったのにぃ!!」
「う~ん……目的が分っているし、何をするのかも経験で把握してるからじゃない? 戦いは攻める側よりも、守る側の方が有利なんだよ? 完全に逆手にとられてたね」
「こうしちゃいられないわ! どけぇ、小娘ぇ!!」
袖に隠し持っていたナイフを引き抜き、麗美はイリスに襲いかかる。
黒い刃のナイフが一閃。
「なっ!?」
だが、イリスは咄嗟に床を蹴り、三角飛びの要領で宙に舞うと、そこから強烈な回し蹴りを放った。
「ホォアチャァ!!」
「ゲブゥ!?」
蹴りと壁に叩き付けられた衝撃で、麗美は意識が飛びかかった。
だが、イリスの猛攻は終わらない。
壁に叩き付けられた反動で倒れそうになる麗美に向けて、間合いを一気に詰め寄り、腰のひねりから流れるように繰り出す思い正拳突きを放つ。
「アグゥ!」
「おばさん……功夫が足りないね」
「ゲホッ! こ、小娘ぇ……」
「おじさんよりも早く捕まえて、賞金はもらい! 悪いけど、私達の生活のために犠牲になってねぇ~♪ 今まで他人を犠牲にしてきたんだから、自分が犠牲になる番が回ってきただけだよ」
メッセンジャーではなく賞金稼ぎだった。
正拳を構えたまま、イリスは見事なドヤ顔である。
当然だが、麗美に懸けられた賞金を狙う物はイリスだけではない。
「イリス、加勢するぞ!」
「賞金は山分けよ! そして、そのお金で……うふふふ♡」
他の二人も同様である。
生活のために、欲望のために、麗美に懸けられた賞金に群がるハイエナ達。そして、これは始まりでしかない。
「チィ!!」
不利を悟り、まるでどこかのスパイ映画の如く窓をぶち破り、麗美は強引に脱出する。
無論、そこにも追っ手は存在する。
「よし! 俺達が捕まえるぞぉ、アンジェ! ラディ! カイ!」
「「「アラホラサッサ―!!」」」
「チェストォ―――――――ッ!!」
「ひぃ!?」
ジョニー達が動くより先に、カエデが刀で斬りかかる。
避けられた瞬間に刃を返し、横薙ぎ一閃。これも辛くも躱した麗美。
「ふふふ……この時を待っていた。大人しく拙者に斬られろ」
「嫌よ! 何で斬り殺されなくちゃならないのよ!! 金目的で殺しなんて、やっぱり卑しいガキ共ね!!」
「ふん! 貴様も金目的で人を殺してきたのだろ? 拙者達のことは言えまい。ついでに、拙者の目的は賞金ではなく、貴様の体で試し斬りすることだ」
「なお悪いわよ!!」
カエデはただ斬りたかっただけであった。
どこまでも修羅の道を行く少女である。一片の曇りもない。
『チッ、どこまでも邪魔ばかり……私が何したって言うのよ!! まだ何もしてないじゃない!!』
窃盗、詐欺、公文書詐称未遂、国家要人暗殺未遂、連続商人暗殺など、この世界ですでに色々とやらかしている。
だが、彼女は自分が悪いと思っていない。しかも被害者妄想が激しい。
これが国なら周辺諸国から総スカンを食らうところだが、一人の人間であると厄介だ。
国なら土地そのものは動かないが、人間はどこまでも逃げ続け、どこかで同じ罪を犯す。
あっさり受け入れるルーセリスや、麗美の偽りの善意を信じ込んでしまうジャーネが純粋なだけだ。警告する者がいたことで未然に防がれた。
「さっさと捕まれ!」
「アタシ達の目的のために、資金を稼がせてもらうよ!!
「人の命で金を稼ごうだなんて、一体どんな教育を受けたのよ! ヒィ!?」
ラディの斬撃とアンジェの投げたナイフを辛くも避ける。
そこに追撃すべくジョニーとカイが蹴りを放った。
「ヒョベッ! ギャピィ!!」
「クソッ! 意外に頑丈だった……」
「今の感触……たぶん魔導具だね。本人は意外と弱いと見た。この人を捕まえて美味い肉を買うんだぁ~」
「……クッ、色々と魔導具を揃えておいて正解だったわ。それにしても、何てガキ共よ!」
ジョニーとカイの攻撃をモロに食らったが、【ソード・アンド・ソーサリス】のときに揃えたアイテムや、商人を暗殺したときに盗んだ魔導具のおかげで大したダメージはない。
しかし安心はできない。突如背後に感じた殺気に反応し、その場から高く飛び上がる。
『パン!』という音とともに、右手にしていたブレスレットの一つが砕け散る。
「なぁ!? 私の魔導具が……」
「ふむ……負荷の許容量を超えて砕けたか。魔力を込めた斬撃は効果があるようだな」
「なんてことすんのよぉ、弁償しなさい!!」
「これから死ぬ者に、装飾品が必要か?」
カエデはどこまでもクールである。
『冗談じゃないわよ! こんな化け物共を育成してるなんて計算外だわ……仕方がない』
左手に填められた珍しく装飾のない普通の指輪。
麗美はその指輪の魔力を解放させた。
「うわっ!」
「【フラッシュ】!?」
「目がぁ~、目がぁあぁぁぁぁっ!!」
「用意周到か……。眩しすぎる」
「肉代が逃げる!!」
「ぬぅ……やるな」
単純だが効果のあるアイテムを装備していた。
目潰しでしようした【フラッシュ】の魔法は、警戒されたら意味がなく、しかし逃走には役に立つ魔法だ。
その魔法を付与されたアイテムを、麗美が逃走手段として所持していないはずがない。
「詰めが甘かったな。追うぞ!」
「「「「オォ――――――――ッ!!」」」」
逃げた犯罪者を追いかける猟犬達。
そんな子供達が追いかける先では――。
「いたぞぉ!! 賞金はもらったぁ!!」
「ひぃ!? 何でこんなに追っ手がいるのよぉ――――――――っ!?」
「逃がさん。家族の生活のため、アンタを捕らえさせてもらう!」
「へへへ……。これで俺も大金持ちさ」
「結婚式の資金になってもらうわ。悪く思わないでね」
「ふざけんなぁ、なんで私があんた達の犠牲にならなくちゃならないのよぉ!!」
麗美はご近所さんに追われていた。
だが、よほど逃げ足が速いのか、彼女の悪態混じりの悲鳴は次第に遠ざかってゆく。
「う~ん……楽勝だと思ったんだけどねぇ」
距離を置いて様子を窺っていたぜロスは、麗美のしぶとさに呆れていた。
「見事に逃げられてしまいましたよ?」
「まぁ、逃げたら逃げたで別の手を打ってますし、特に問題はありませんがね」
「真面目で良い方だと思っていたんですが……。ゼロスさんの言っていた通りでしたね。少し騙されそうになりましたよ」
「それがヤツの手口でなんだよねぇ。相手が信用するまで辛抱強く粘り、信用を得られたなら自分の都合の良い方に誘導していく。骨の髄までしゃぶり尽した後は、価値がないとばかりに簡単に捨てるんだわ」
「酷いですね……」
「酷いんだよ……」
ゼロスは麗美を始末するだけでは恨みは晴らせない。
徹底的に追い詰め、この世の不条理さを完膚なきまでに叩き込んでから、絶望の中で始末しないと気が済まない。
「でも逃げましたよ? 船着き場から別の街に逃亡するのではないですか?」
「その辺りの対策はしてある。衛兵や騎士団も動いていますし、数日は逃げることはできないでしょ。潜伏先のめぼしい場所もジョニー君達に教えてもらったからねぇ」
「あの子達……本当に普段から何をしているんでしょうか?」
「さぁ?」
麗美――シャランラは教会内から様子を窺っていただけで、鍛錬中のジョニー達との会話内容を知ることはできなかった。
また、【シャドウ・ダイブ】対策の魔導具はアドとともに制作し、そのアドにシャランラの情報をクレストン経由でデルサシスに伝えた。
シャランラは情報収集に集中している間、ゼロスは彼女の手配書を町中に張り巡らせた。
当然、衛兵にも凶悪犯の通報はいくわけで、今は町中を捜索していることだろう。
後は教会から追い出すだけで、シャランラは捜索中の衛兵と鉢合わせになる。そして人気のない場所に潜伏し、ほとぼりが冷めるまで潜むと予想していた。
「船で逃げるだろうから、波止場の使われていない倉庫に行くと思うけど、その前に逃亡資金を作ろうとするかな」
「なぜ、そこまで手口が分るのか不思議です」
「それは……いつもの手口だからですよ。この街の胡散臭い高利貸し店なんて、すでに把握済みさ。逃亡準備が整うまで、だいたい三日ってところかな?」
シャランラは当初の目論見が頓挫すると、その行動は一定のパターン化する傾向がある。
印鑑や金目の物を持ち出し、逃走資金を作ろうとするのだ。ついでに借金も押し付ける。
今まで成功しているので、今度も成功すると思い込んでいるのだろう。
「今回は他人を信用させる工作が不十分だったから、強引に事を進めようとするだろうねぇ。良くも悪くもポジティブなのさ」
「……あの、今まで迷惑を被っていたんですよね? そこまで把握しておきながら防ぐことはできなかったんですか?」
「毎日、監視するわけにはいかないでしょ。仕事もあったし、知らないところで動かれては防ぎようもない」
いつの間にか姿を眩ませ、気がつけば被害者が押しかけてくる。
後始末を押し付けられ、その殺意が熟成され憎悪となるのも理解できよう。
しかも諸悪の根源が『それが当たり前』と、本気で思っているのが問題だった。
「監視はしているから、逃げられないけどね」
ゼロスの手には、数枚の札があった。
これは【魔導符】による【使い魔】ではなく、【神仙人】スキルによる【式神】である。
魔物の血液と赤色の墨に、自分の血を混ぜて文字を紙に書いただけのものだが、コストは【魔導符】よりもはるかに安上がりだ。
仙人と言うよりは陰陽師である。
『さて、どこまで持つだろうねぇ~』
おっさんは、ようやく巡ってきた復讐の機会にウキウキしていた。
狩りの時間はこうして始まった。