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飛んで火に入るなんとやら


 シャランラこと麗美は、この数日間周囲を調べ上げ、聡の人間関係を把握する。

 厄介なのは公爵家との繋がりだが、配下にいるわけでないことが救いであった。となれば、次に問題となるのは交友を結んでいる者達だ。

 頻繁に近所づき合いをしているのが、孤児院を兼ねている教会の管理者の神官と面倒を見ている子供達である。

 その神官の友人が女性傭兵パーティーで、現在この教会で居候と判明した。


『神官の方はマズイわね。メーティス聖法神国には私の記録もあるし、聞いた話だと政治的に周辺国から押され気味。少しでも心証を良くするために情報を売られかねないわ』


 サントールの街にある孤児院を統括する司祭が、メーティス聖法神国から派遣された正式な司祭だった。更にはいかに見習いを含めた多くの神官達がいる。

 大国との繋がりがある以上、シャランラとしての立場はかなり最悪だ。何しろ使い捨ての工作員としてこの国に戻ってきたのだ。宗教国家が表向き清廉潔白を主張している以上、麗美は間違いなく切り捨てられる。

 最近では北の辺境平原での戦闘で大敗を喫し、更に災害によって国内の情勢は不安定。他国からの支援が欲しいところであろう。

 ソリステア魔法王国に【グレート・ギヴリオン】を押し付けようとしたことがバレでもすれば、支援援助を要請するどころの話ではない。しかも麗美達はその作戦に失敗したのだ。

 立前は異端審問官だったが、工作員と知られるわけには行かない立場にいたのである。


『ここに来て……あの国にいたことが足枷になるとはね。そうなると、あの傭兵達に取り入ることが有効か………。無駄に胸のでかい女と、妙な色気のある嫌な女。次いでにガキ。馬鹿そうで簡単に騙せそうだけど、聡がどこで絡んでくるのかが未知数。その前に懐柔できるかが鍵か。なんで隣同士なのよ!』


 近所の住民に聞いた話によると、教会には何度も差し入れなどの援助をしているらしく、教会に転がり込んでも再会した途端に戦闘となる。

 結果は一撃で敗北することは目に見えていた。

 何しろ、実の弟があの【殲滅者】なのだ。PKプレイヤーを容赦なく実験体に使い、嬉々として絶望の淵に追い込んだ凶悪な連中。その一人なのである。

 一度だけ【殲滅者】のパーティーにPKを仕掛けたが、結果は無残なものであった。

 強制的に呪われたアイテムを装備させられ、更に世界樹に逆さ吊りにされた挙げ句、アバターが消滅するまで凶悪な魔法の的にされ続けた。

 レッド・プレイヤーだっただけに、【殲滅者】達には何のペナルティーも掛からない。ゲームシステムを把握していなかった麗美は、散々不公平だと喚き散らした。

 ゲームであろうと現実であろうと、犯罪者にはそれなりの枷が懸けられる。例えば一般プレイヤーが使える店に入れないとか、賞金首の手配書に顔が連ねられるとかだ。

 それを遊びとして捉えられない許容の狭さゆえに、他のPKプレイヤーからも倦厭されていた。要するにボッチだったのである。


『……まぁ、良いわ。どうせ聡のことだから、私のことを話しているはず。けどね、いくら気をつけていても、少しだけ認識をずらせば簡単に信じ込んでしまうものなのよ。

 聡も学習しているようだけど、まだ甘いわ。この程度のことで止められると思っているのかしらね』


 何度も成功していることなので、今度も自分の勝利は間違いないと信じている。

 ましてここは異世界であり、麗美の被害者は全員死んでいるか、あるいは騙されたことで情緒不安定になっている頃合いだ。立ち直り復讐を決める頃には、自分は高飛びしているだろうと予測していた。

 これは経験による目算である。


『先ずは、あのいかにも聖女面した神官を信じ込ませる。そのためには……』


 麗美は自分の着ている衣服をわざと汚し、見た目をかなりみすぼらしくしていた。

 幸いといって良いのかわからないが、ここ数日の間まともな食事をしていないこともあり、いかにも幸薄そうな女として見える。

 今ある物を利用するところは、姉弟揃って似ていた。

 最初の目標である神官は、現在買い物の最中。隣りに傭兵の一人である巨乳の女がいるが、これはこれで使いようがあった。


『先回りして……』


 実際に空腹なので、体がふらつくのは本当のことだ。

 それを計算に入れ、路地裏からタイミングを見計らい、神官の前に姿を見せる。


「………あっ」

「た、大変!? ジャーネ、荷物を持っていてください!」

「あぁ……」


 そして、後は倒れるだけだ。

 見た目からして、よほどのお人良しと判断したが、正解であったことに第一関門が成功したことを喜ぶ。

 だが、内なる嘲りを決して見せることはない。


「大丈夫ですか!? しっかり!!」

「す、すみません……。私は……大丈夫ですから……」

「こんな弱り果てているのに、どこが大丈夫なのですか! どこか休めるところを……」


 人の親切を逆手にとり、相手の内側に滑り込む。

 いくら聡が注意勧告をしていても、人は見かけと数日間の行動で人間性の認識を決める。

 ましては同じ女性ということもあり、同情から相手に近づこうとするのだ。その心理を利用したのである。

 ここには、聡の身内ではないという認識を作る計算も含まれていた。


「わ、私は……本当に大丈夫ですから……あぁ…」

「無理に立とうとしないでください! どこか休める場所は……」

「直ぐそこに傭兵ギルドがある。そこで運ぶのはどうだ?」

「そうですね……。ジャーネも手伝ってください」

「わかった。力仕事なら任せておけ」


 こうして麗美は、標的に繋がりを作るきっかけを得ることに成功する。

 後は口八丁で信憑性を高めるだけだった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「……ずいぶんと弱っているようだが、どうしたんだ? 話によっては力になる……とは無責任に言えないな。アタシ達にできることなんて限られているし」

「そうですね……。事情にもよりますけど、可能であればご相談に応じることはできると思います。ただ、その……よほど重い事情であった場合はさすがに……」

「……いえ、お気持ちだけでも嬉しいです。今まで相談できる人がおりませんでしたので……」


 傭兵ギルドの食堂で、ルーセリス達は助けた女性の話を聞いていた。

 その話によると、夫が他の女性とともに店の売上金を持って、いずこかの土地へ駆け落ちしたというものであった。

 他の商人との契約もあり、店の商品を仕入れるにも金が必要だが、結局支払うことができずに店を担保に金を借りた。

 だが、売り上げは伸びることなく、結局借金が嵩んで店は他人のものとなり、今では食事することもままならないほど落ちぶれたという。


「なんか……想像以上に重い話だな」

「そうですね……。でも、そんな店がサントールにあったでしょうか?」

「……他の街で出直そうかと、仕事がありそうなこの街に来たのですが……お恥ずかしい限り、路銀が尽きてしまって……」

「それでは、これからの生活はどうするんですか?」

「そこは………娼婦としてなんとか………」

「この街は、娼婦の管理も厳しいぞ? 偶に犯罪者が娼婦として紛れ込むこともあるからな、どの娼館もその辺りは過剰なまでに念を押す。まして、他の街から来たとなると雇う店は少ないと思うぞ? 以前住んでいた街の戸籍や系列店である娼館から紹介状があれば別だが」

「そ、そんな……では、どこか働ける場所を探すしか……」


 街はその土地を治める領主によって法の整備が異なる。

 商人や娼婦館を建てる者達でも、街によって厳正な調査を行う。特にサントールの街は厳しい。

 娼館は性病を拡げる温床の場となることもあり、他の街から来た女性を雇うようなことはない。また、この手の店は娼婦を教育するので、大半が犯罪奴隷である場合が多い。

 一般人が娼婦になるには、商人と行政の審査が必要となるのだ。

 要は、戸籍などの身分証明と、今まで罹った病の有無。更には以前に勤めていた仕事の評判などだ。

 経歴不詳の者は娼館ですら働けないのである。


「な、なんてこと……。私は他国から駆け落ち同然で嫁いできましたから、この国の戸籍はありません。夫がその手続きをしくれなかったようなのです。あぁ……これからどうすれば…」

「それ、最初から捨てる気があったってことじゃないか! なんて男だ……」

「でも、困りましたね。立場上、私も雇うわけには行きませんし……」

「いえ、こうしてお食事をご馳走してくださっただけでも、ありがたいことですから……。これからのことは自分で何とかいたします」

「いや、無理だろ。この場合、戸籍がないんだろ? 何処も雇ってくれる場所なんてないぞ」

「自分で何とかいたします。元はといえば、夫のような酷い人に出会ってしまった私の落ち度ですから……」


 同じ女として、あまりに酷い話であった。

 されど、仕事を斡旋することはできない。せいぜい傭兵になることだが、傭兵はランクが低い内は金に困窮する。

 どちらにしても当面の生活費が工面できない。


「ルー、どうする? ここで見捨てるのは後味が悪いんだが……」

「そうですね……司祭長様が言っていました。『拾った命に責任が持てないなら、最初から動物を拾ってくるな』と。多少の路銀が貯まるまで、ウチで働いてもらいましょうか」

「いや、犬や猫じゃないんだから……」

「意味合いとしてなら同じですよ? 生活に困窮している方でも、最後まで責任が持てないのであれば、手を差し出すのは無責任です。逆に手を差し伸べられて自立できないのであれば、その方も無責任となりますけど」

「まぁ、人の好意に甘んじて、寄生するような人間は最低だな。となると、畑で働いてもらうのか?」

「そうなります。薬草の栽培などで最近は生活がマシですけど、それでもお金に余裕があるわけではありませんから」

「それは、一時的に雇うけど、生活費が貯まるまでに働く場所を探すと言うことですか?」

「はい。教会は国の補助金で運営されていますけど、裕福というわけではないので。期限付きで、ウチで働くと言うことになりますが、いかがですか?」


 女は少し思案するそぶりを見せる。

 教会は保護した孤児達も面倒を見ているので、それほど資金的に余裕があるわけでは無い。薬草などは高く売れるが、全てが高品質ではないのだ。

 また、収穫できるものにも個体差があり、見極める目も必要。品質によっては値段に差が出るなどは常識である。

 

「………わかりました。お言葉に甘えさせてもらいます……神官様」

「いえ、こちらも人手不足でして、手伝ってくれる方がいるのは助かりますから」

「おい……。暇なときはアタシ達も手伝っているぞ?」

「でも、毎日というわけではないでしょ? 薬草は野草ですから、成長が早いんです。大きくなりすぎても売れませんからね」

「不定期でしか手伝えなくてすまん……」


 傭兵であるジャーネ達は毎日手伝えるわけではない。

 時には依頼を受けて数日のあいだ教会を留守にすることもある。

 その間、予定していた収穫ができず、生長しすぎた薬草が増えてしまう。

 こうなると売り物にできず、ルーセリスが調合で使うしかない。傷薬などの品質も多少落ちるが、無駄になるよりはマシであった。


「ところで、あなたの名前を聞いてもよろしいですか?」

「えっ? そう言えば名乗っていませんでしたか、私はシャディと申します」

「四神教司祭見習いのルーセリスと言います。しばらくの間ですが、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうして教会に使用人を雇い入れることになった。

 傭兵ギルドを出て教会に向かう間、ルーセリスとジャーネは小声で話し合う。


『あの方……ゼロスさんのお姉さんでしょうか?』

『そうなのか!? いや、見た雰囲気が手配書とだいぶ違う気がするが……』

『ジャーネ……あなたが本当に傭兵なのか疑わしく思いますよ? どこから見ても似ているではないですか。あれが演技であるなら、正直怖いですね』

『確かに……。おっさんの話の印象とかなり違う。あそこまでしおらしい女が犯罪者とは思えん』

『だからこそ悪質なのだと思うけど……』

『本人かどうかがわからないか。なら、しばらくは様子見だな』

『えぇ……。別人であるなら良いのですけどね』


 疑念は持っていたが、できることなら人を疑いたくない二人であった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



『何なのよ! この神官……。神に仕える神官なら、直ぐに手を差し伸べなさいよね! しかも、私を働かせようだなんて、見た目とは違ってブラックじゃない!!』


 現実的な考え方をするルーセリスに対し、内心で麗美は悪態を吐いていた。お人好しだと思っていたら予想以上に堅い性格だったのだ。

 しかも自分を働かせようとしている。楽して生きるがモットーの麗美からすれば、ブラック企業の社長と変わらない。


『……まぁ、これで内側に入り込めたわ。少してこずりそうだけど、こちらに引き込めば何とでもなるわ。今は我慢よ……』


 麗美としても、簡単に人を信用させられるとは思っていない。

 予想よりも現実主義者であったことで苛立ったが、計画的には順調である。


『このデカ乳は簡単に騙せそうね。不明なのは残る二人だけど……』


 ジャーネの仲間はあと二人。

 小娘の方は何とかなるとして、問題はジャーネと同年代の女である。

 麗美の中では一番手強い相手であると直感していた。


『……あの女は、間違いなくこちら側。巧く欺くことができれば良いけど、もしもの時には……』


 裏で殺害することも計画に入れてある。

 この世界では、証拠がなければ犯罪と立証することはできない。

 科学捜査がない異世界なので、地球よりははるかに事を運ぶのが楽であった。

 だが、これから攻める相手は更に厄介な相手であり、傭兵三人組に構っている余裕はない。

 ルーセリスが意外に堅いこともあり、わずかな躓きで予定が大幅に狂う可能性も高かった。麗美としては事が巧く運ばないことは死活問題である。


『なんとしても、こいつらを利用できるまでに信頼されないと……』


 賽は既に投げられている。

 今いく場所は敵地であり、自分が良く知る相手が罠を仕掛けていることは明白。その牙城をいかに崩すかが焦点である。


『さて……ようやく拠点に入れそうね。聡……女同士の共感を甘く見ていると、足下が崩れるわよ。フフフ……』


 教会に辿り着き、麗美は密かにほくそ笑む。

 今まで成功してきたために、今回も失敗するとは露ほど思ってもいなかった。

 だが、それが間違いであると教会内に入ったことで判明してしまう。


「皆、今日からここで短期間ですが働くことになった、シャディさんです」

「よろしくおねがいしますね」

「「「「「ふぅ~~~ん………」」」」」

『ムカつくガキ共ね! まぁ、ここに長居する気はないから良いけど、今だけはボロが出ないようにしないと……』


 子供達の反応が薄かった。

 ルーセリスのどうでも良い自己紹介の最中、麗美は一人の少女に目が留まる。その少女はエルフであった。


『ふ~ん……エルフなのね。確か、奴隷のエルフは高く値がついたはず。この子を売ったらいくらになるかしらね』

「シスター……」

「なぁに、カエデちゃん」

「この女……今、斬っては駄目か?」

「「えっ!?」」


 まるで、麗美の思考を読んだかのように、カエデはいきなりとんでもないことを口にする。

 その言動に、麗美の背には薄ら寒いものが走った。


「いきなりね。さすがに、教会の内での刃傷沙汰はちょっと……」

「そうか……。どうも、薄汚い気配を感じたものでな、斬ればスッキリすると思ったのだが」

「相変わらず血の気が多いのね。少し、余裕があると良いのですけど」

『違うわよ! この小娘、私の考えたことに反応したみたいだったわよ!! 何なのよ、このガキ!!』


 エルフの少女は、麗美に向けて明らかな殺気を放た。

 近寄れば斬り捨てられるような、死の気配だったのである。まともな子供ではない。


「剣士は人を斬ってなんぼだ。拙者は悪意ある者を容赦なく斬るぞ? いつぞや魔物を斬った感触が忘れられぬのだ。今の拙者はいかほどのものか……」

「人をお試しの稲藁のように思ってはいけませんよ? 罪を犯せば、それだけ業を背負うことになるのですからね?」

「むしろ、拙者はその道を歩む。剣の道は修羅の道だ」

『………なんて勘の鋭い』


 子供とは思えないほどヤバかった。

 気がつけばこの少女は刀の柄に手を当て、鞘と鍔との間にわずかな鋼の輝きが見える。

 余計なことを考え続けていたら、確実に斬られていたことだろう。

 この少女にとって悪意を向けてくる者は、お手軽な試し斬りの骨付き肉なのだ。むしろウェルカムなところが怖い。


「カエデ……駄目だぞ? ここでまっ二つにしたら、後始末が大変だろ?」

「そうだぜ? 床に流れた血は簡単に落ちないんだ。仮にも教会なんだから、人死には体裁に悪い。大出血の血痕の後なんて、教会の評判が落ちるだろ」

「うんうん、シスターにも迷惑が掛かるしね。ここは自重」

「人間の肉は食えない。聞いた話だと臭いらしいし……」

「「「食うのか!?」」」

「つまり……見えないところでなら、斬って良いのか?」

「「「「うん、そう!」」」」

「その歳で殺人は駄目ですよ? まだ、業を背負うのには早すぎます」

『違うでしょぉ!? 何で人を斬ることを肯定してんのよぉ、どんな教育をしてるわけぇ!?』


 この教会が本当に孤児院であるかがあやしかった。

 そして、子供達もまた異常な理解力を持っていた。


「……チッ。残念だ」

『舌打ちしやがったわ……。なんなのよ、こいつら!!』


 孤児院とは普通、身寄りのない子供達を育て教育し、里親を探す行政の機関である。

 だが、この教会で育てられた子供達は考え方が、かぁ~なぁ~り血生臭い。

 そして、限りなく悪・即・斬であった。

 更に付け足すのであれば、カエデは明らかに麗美よりも強い。わずかな殺意を向けられただけなのに震えが止まらないのである。

 どこの世界に『刀は人を斬ってなんぼ』と豪語する子供がいるだろうか。


『どこが教会よ! 何が孤児院よぉ!! どう見ても魔窟じゃない!!』


 飛んで火に入る夏の虫。そんな言葉が麗美の脳裏に過ぎる。

 ついでに『だから貴様は阿呆なのだ!!』と高笑いする、聡の姿が見えた気がした。

 罠にはまったどころか、完全完璧なまでに死地であったのだ。


『やってくれたわね……聡ぃ!!』


 被害妄想も甚だしい。

 だが、これが教会の日常であることを知らない麗美は、逆恨みを更に拗らせることになる。

 どこまでも自分の都合でしか物事を考えない女なだった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「流派、冥境死粋は!」

「狂者の凶風よ!!」

「人鬼斬滅!」

「神魔滅殺!」

「「見よ、西方は血で紅に染まっている!!」」


 朝も早くから鋼の音が鳴り響く。

 相対しているのはカエデとゼロスだ。

 互いに真剣を持ち、ぶつかり合う刀から激しい火花が飛び散り、最後に跳び蹴りが交差する。

 一撃必殺、即斬死の斬撃を繰り出し、阿呆な台詞を吐きながらも鍛錬が続けられた。

 と言うより、色々とヤバイ。


「カエデ、今日は張りきってんな……」

「俺達も負けてらんねぇな」

「アタシ達じゃ、まだあそこまでは無理だけどね」

「鍛錬と一仕事終えた後の肉は至高。にくにく♪」


 いつものことなので、ジョニー達も動じていない。

 ついでにウーケイ達も帰ってきたので、よりいっそう鍛錬が激しいものとなっていた。

 そして――。


「ほみょ~~~~~~~~~~~~~~っ!!」


 今日も元気にイリスが宙を飛ぶ。


「まだまだぁ!!」

「コケェ! (その意気よ! 弱さに打ち拉がれるより、挑む心を鍛えなさい!)」


 メイケイに指導され、すっかり体育会系に染まったイリス。

 そんな光景を麗美は教会の中から覗いていた。


『冗談でしょ……何なのよ、アイツら!? 化け物ばかりじゃない!!』


 敵を知り己を知らば百戦危うからずと言うが、逆に危険すぎて隙がどこに見当たらない。

 少しでも知るほどに非常識さが際立ち、自分が『とんでもない過ちを犯しているのではないか?』という思いに駆られる。

 恐ろしい斬撃や打撃を繰り出す子供達。その訓練に加わる傭兵の一人と、未だ会話すらしていない厄介そうな女。

 ルーセリスはこの異常な光景を受け入れており、ジャーネが凄く普通に思えてならない。


『これは……予想以上に厄介な事態だわ。それより、子供に何を教えているのよ、アイツはぁ!!』


 いつも通りに巧くいくと思っていた。

 だが、弟の聡はこの異世界で常識を脱ぎ捨てた。地球での法律という枷から外れた彼には、もはや止められる者はどこにもいない。

 つまり、麗美にとってこの異世界がすごしやすいように、聡もまたこの世界に順応していたことになる。

 こうなると地球での法律が、いかに自分の身を守ってくれていたのかを思い知らされる。

 何より麗美は犯罪者だ。生死問わずの指名手配書が張り出され、首を取れば多額の金と交換される。他人の糧になることには我慢できない。


『何とかしないと……』


 時が立つほどに、自分が不利になることが理解できてしまった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 



 子供達の鍛錬につきあったあと、ゼロスは朝食の準備を行い、できた料理を皿にのせる。

 トレイを片手に裏口から外に出ると、そのまま農具をしまった物置へ向かった。


「朝食ですよ。まぁ、男の手料理なので味の保証はしないがね」

「いや……助かる」


 物置にはザボンが隠れていた。

 彼は窓から教会の様子を窺い、シャーラと思しき女の様子を見ていた。


「後で着替えを持ってきますよ。色々と仕込んだヤツですがねぇ」

「アンタは……いったい、何を企んでいる?」

「初志貫徹。あの毒婦を始末するためですよ。ですが、君がその身を犠牲にする必要はないと思うんだが……」

「これは、俺のけじめの問題だ……。騙されていたとしても、その間は確かに幸福だったんだ……」

「道連れにする気かい? 正直に言うと、君と同じような心境に陥った被害者はかなりいる。ヤツにそこまでする必要はないと思うが?」


 ゼロスはここまで一途に他人を愛したことはない。

 それ故に、彼の想いにはどうしても納得がいかない。麗美は殺して魚の餌にすれば良いと本気で考えているからだ。

 だが、ザボンは今でも彼女を愛していた。

 騙されていたがゆえに許せず、それでも未練がある。その一途な感情は危険な領域に達している。

 ゼロスは、麗美に準ずる必要はないと何度も言ったが、彼は頑なにそれを拒んだ。


「覚悟の上か……。けど、君は殺されるぞ?」

「構わない。もう……生きている意味がわからないんだ。たとえ偽りの幸福であっても、この想いは本物だからだ」

「ままならいもんだねぇ。君みたいな男こそ生きるべきだと思うが、覚悟をしているなら何も言わない。だが、協力はしてもらうよ?」

「あぁ……絶対に何かをやらかすと分っているんだろ? 俺もこれ以上罪を犯させるつもりはない」

「アレは罪と思ってないけどね。けど、報いは受けなければならない。生きているうちに……」


 罪人であるのに、未だのうのうと生きている麗美の存在が許せない。

 罪を償わせるためにも、相応の絶望を与える必要がある。

 四十年間、苦しめられてきた怒りを晴らすためだ。


「……近いうちに、ヤツは動く」

「姉弟だから分ることなのか?」

「いや、経験したからだよ。僕…いや、俺はね、かつては希望も持っていたんだ。いつかはまともになるってな。だが、アレは親が死んでも何も変わらなかった。

 逆に、財産が入ることを喜んだほどのゲスだ。親父が必死に働き、お袋が懸命に支えて蓄えた財産を、ヤツは一年で使い潰したんだよ。それどころか、ヤツは俺が引き継いだ財産まで狙ってきやがった。更にヤツは仕事先の上司と関係を持つどころか、商売敵に取り入り、俺の生きがいを奪ったんだよ! ついでに、同居中に何度も俺を殺しに来たほどだ。ザボン……たとえ君がヤツを愛していたとしても、俺はヤツをこの手でぶっ殺す。正直に言うと、今すぐ殺しに行きたいくらいだ。だが、先に君が決着をつけろ」

「!? わ、わかった……。ところで夜中に街へ出ていっているみたいだが?」

「裏工作をちょいとね。嫌がらせとも言うが、今のところは想定内で動いている。順調とも言うな。ククク…ヤツを徹底的に追い詰めてやるさ……クハハハハ!」


 ザボンは、ゼロスのうちにある怒りに触れてしまった。

 恐ろしく深い闇。血の繋がった家族同士で、ここまで恨めるものであろうか。

 彼も理解する。ゼロスはこの闇を払拭できない限り、どこにも行くことができないのだと。


「……ふぅ。つい感情的になってしまった。ザボン君、決着の時は君に任せるよ。僕は、知り合いが被害に遭わないように動くから」

「アンタ……相当に我慢強いな。少し尊敬する」

「よしてくれ。僕は、人に敬われる存在じゃない。ただの引きこもりな、普通のおっさんさ」


 そう言いながら背を向け、物置から出て行った。

 これからまた嫌がらせの準備をするのだろう。


「…………普通じゃないだろ」


 誰にでもなく、ザボンは静かに呟く。

 憎悪という闇が深すぎた。



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