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おっさん、姉弟喧嘩の前準備をはじめた



 背後から視線を感じながらも、ゼロスはサントールの街を歩く。

 正直、自宅には招待したくはないのだが、色々と仕込みを計画し追い詰める気である。

 この好機を逃せば、次にいつ現れるかわからない。


『……なんとしても仕留める』


 もはや気分はハンター。

 徹底的に追い詰め、確実に息の根を止める事に迷いがない。

 麗しき姉弟の仲であった。


「あっ、おっちゃんだ」

「おっ、ジョニー君ですか。今日は外で食事ですか?」

「おう! 今日は一仕事したからな、孤児院の婆さんが小遣いをくれたんだ」

「ジョ、ジョニー君!? そこは司祭長様といってください!」


 ルーセリスを含めたいつものメンバーもいた。

 彼女達は、食堂で食事中のようである。

 サントールの街には様々な店がある。食堂にも土地の問題からか、店の外に席を用意する場所もあり、ルーセリス達はバザーの打ち上げの最中らしい。 


「今日はご苦労様です。儲かりましたか?」

「いえ、私達は奉仕活動の一環ですから、商品の値段は低く設定しているんです。ほどほどに売り上げがでましたけど、儲けは度外視なんですよ」

「まぁ、聖職者だからねぇ。儲けに走ったらどこかの国みたいになってしまうなぁ。人間性が壊れる」

「おじさん、本当にメーティス聖法神国が嫌いなんだね……」

「正直に言うと、四神共の先兵など滅びてしまえば良いと思っていますよ。ただ、中にはまともな信者がいますからねぇ、今の内に改宗を勧めたいところだ」


 イリスの感想に堂々と肯定するおっさん。

 既に邪神が復活している以上、四神の栄華は風前の灯火だ。

 他の神々も干渉を始め、神の座から引きずり下ろす準備は整い始めている。

 無責任な女神達の悪行が広まったとき、神聖は邪悪に逆転する。来たるべき時が実に楽しみだった。


「ジャーネさん達は今日、なにをしていたんですか?」

「あたしらか? 仕事に必要な道具を探していた。魔法薬はイリスの【鑑定】で調べられるから、品質の善し悪しがわかる。予算内で良い品が購入できた」

「こんな時、【鑑定】スキルは便利よね。賭け事に使われたたら、一気に大金持ちよ」

「……イリスさん? まさか、カジノで……」

「私はカジノなんて行かないよぉ! 賭け事でお金を稼ぐなんて、碌でなしのすることじゃん!!」


 レナにはイリスの言葉が耳に痛かった。

 彼女は裏で名の知れた博徒であり、その筋の方々には一目置かれている。

 どこかの司祭長とは逆の意味で有名人なのだ。


「そ、そうね……。楽しむだけなら良いけど、賭け事に溺れたら最低よね……」

「レナ? 何でそんなに必死なんだ?」

「何でもないわ。ただ、偶にイリスの純粋さがグサリと刺さるときがあるのよ。気にしないで……」

「訳がわからんぞ?」


 ジャーネは首を傾げるが、レナはこれ以上詮索されたくないのか、誤魔化すかのように紅茶を啜る。

 謎の多い女というわけではないが、カジノに出入りしていることは秘密にしておきたかった。これも子供達がいることを配慮してのことである。


「ゼロスさんは今まで何をしてたんですか? アドさんの話では、お客様とどこかに行ったとしか聞いていないのですが……」

「いえ、ちょっとネタで作った魔法薬が売れましてね。商品の説明を行いに自宅にまで行っていたんですよ。強力な魔法薬なので、家族の同意が必要と思いましてねぇ」

「おじさん……何の魔法薬を売ったの?」

「……【女性変換薬】の完全版」

「「「「売れたの!?」」」」


 ルーセリス達は、扱いが難しい魔法薬が売れたことに驚きの声を上げた。

 ただでさえ【短時間女性変換薬】でも使えば激痛に苛まれるのに、その魔法薬を望む者がいるとは思えなかったのだ。しかも完全版である。

 逆に言えば、男でありながら女性になりたいと思う者がいると言うことだ。普通に生きている彼女達には、それが信じられない。


「まぁ、万人に売れるような薬じゃありませんがね」

「当然だよ。アレを買うなんて、よほどの事情を抱えているとしか思えないもん」

「……そうね。私達にはわからない心境だわ」

「あんな物、誰が購入するんだ?」

「残念ながら、個人のプライバシーに抵触するので、詳しくは話せないんですがね。かなり思い詰めていたとだけは言っておきましょう。自殺未遂をする程ねぇ~」


 イリス辺りは詳しく聞きたそうであったが、『自殺未遂を起こすほど』と言われては聞くことに対して躊躇いを覚えた。

 少しの情報だけで、正しい意味で【女性変換薬】が使用されたというニュアンスだけが伝わっただけである。


「僕はこれから帰るので、ゆっくり食事を楽しんでください」

「なんだよ、つれねぇな、おっちゃん」

「一緒に飯を食おうぜ」

「カイがお肉を欲しがってるんだけど、奢ってくれないの?」

「にくぅ~~~~っ!!」

「微かに酒の匂いがするな……。既に食事は済ませたのであろう。無理を言うものではない」


 相変わらず現金なチルドレンだった。

 だが、子供達はいつも通りの会話をしつつも、ゼロスの来た方向を気にしているようである。どうやら尾行者に気付いているようだ。


『ほぅ……後ろの二人に気付いたのか。予想以上に成長しているみたいだな。末恐ろしい子達だねぇ』


 成長を喜ぶべきか、急速な成長に恐怖するべきか、悩みどころである。

 とは言え、後ろの尾行者に興味を持たれては困る。特にカエデは【ハイ・エルフ】だ。

 シャランラが知れば、拉致して奴隷商人に売りかねない。

 距離的には声は届かないだろう。注意勧告はしておくべきと判断する。


「そうそう。近いうちに、皆さんの前に僕の姉が姿を現すかも知れませんが、決して心を許さずに警戒しておいてください」

「「「「「「「「 えっ!? 」」」」」」」」」

「実は酒場から尾行してきましてねぇ、今もこちらを覗っているんですよ。捕まえて衛兵に突き出せば賞金が貰えますので、ジャーネさん達は挑戦しても良いかもしれないねぇ。

 ただ、ルーセリスさんは気をつけてください。ヤツのことだから人質にしようと画策したり、生活費を盗み出すかも知れませんので、くれぐれ警戒を怠らないように」


 つまりは凶悪な指名手配犯がいるので、気をつけろと言う警告だ。

 何しろ彼女達はゼロスの知り合いで、最もガードが緩い場所でもある。善人面して近づかれるとあっさり受け入れかねない。

 だが、ゼロスは姉の手口を良く理解している。その経験を先に伝えることで警戒心を高めることで身を守らせ、ついでに策を潰していく。

 なまじ同じ女性同士なので、共感を利用されればあっさりと落ちかねない。


「……おじさん、この機に乗じてお姉さんを始末する気なんだね?」

「既にヤツは犯罪者です。ツヴェイト君の命を狙いましたし、商人も何人か殺していますよ。罪は償わなければならないよねぇ?」

「うっわ、とことん腐った人なんだ。じゃぁ、捕まえた方が良いね」

「結構いい賞金が懸けられていますよ? あと、これが手配書です」


 酒場にも賞金首の手配書が置かれている。

 そこから何枚か拝借し、一部をジャーネ達に渡した。


「賞金額が、一千万ゴルだとぉ!?」

「なによそれぇ、凄い金額じゃない!?」

「公爵家の跡取りを殺そうとしたんだから、それくらいの賞金は懸けられるよね。おじさんの身内なのに酷い……」

「ある意味、おっちゃんの身内とも言えるんじゃね?」

「そうだよねぇ~」

「若返っていると書かれてるな? 年齢は……四十六歳!? この顔で嘘だろぉ……」

「拙者は挑戦しても良いな。斬り捨てても文句を言われないのが素晴らしい。ゼロス殿の姉なら、相当できるに違いない」

「この女、肉はくれそうにもないなぁ~。にくぅ~~~~っ」


 こうして知り合いによる包囲網を完成させてゆく。

 だが、これだけでは足りない気がした。


『アド君達も巻き込むべきか……』


 身近な手練れであるアド。

 彼等も生活費に困窮しており、一時的にでも金が欲しい極貧生活者だ。

 現在公爵家の客分扱いだが、世話になりすぎることに良心の呵責に苛まれていた。

 彼等が受け入れられている理由は、ゼロスの知り合いと言うだけの理由からである。

 だが、身内の恥に巻き込むのも気が引け、ついでにアドの命も危ない。

 何しろ彼の婚約者であるユイは嫉妬深く、女の匂いを嗅ぎつけると容赦なく殺しに掛かるほどだ。


『やめておこう。アド君が気の毒だし……』


 一応事情を話し、身の回りの警戒に留めておくべきと判断する。

 さすがに修羅場にするのも気が引けたのが大きな理由であった。


「さて、食事中だったのに悪いね。僕は先に帰りますので、狙うのであれば今の内にヤツの姿を確認しておくと良いでしょう。必ずこの店の前を通りますので、気付かれないように見ていてください」

「実の姉弟を処刑台に送るのに、まったく迷いがないんだな」

「さすがはおっちゃん」

「斬っては駄目なのか?」

「アタシ達で相手ができるのか、これもいい訓練だよね」

「賞金でどれだけ肉が食べられるかな?」

「本当にブレないね、君達……」


 ジャーネ達よりも子供達の方がやる気満々である。

 そんな彼等に苦笑いをしつつ、ゼロスは手を降って別れた。

 ゼロスが去った後、少し距離を置いて女が歩いて行く。

 賞金稼ぎ対策であろうか、顔をフードで隠し周囲を警戒しながらも、その動きには一分の隙もない。逃げる準備もしているようであった。

 だが、逆にその行動が一般人とは異なり、かえって不審者であると伝えている。


「……いたな」

「いたね」

「いたわ」

「アレが、ゼロスさんのお姉さん……」

「素人だな」

「あんなに警戒して、逆に目立ってるよ?」

「一般人にわかるはずもないだろ、アンジェ……。アレは自分が追われる側に廻ったことがないんだろうさ。警戒はしてるけど、他人の視線に対しては疎かだ」

「僕達でも、あそこまで露骨じゃないよね。堂々としていればわからないのに。にく…うま……」

「今、斬ったら駄目か?」

『『『『なんか、子供達の方が怖いんですけど……』』』』


 昔、窃盗稼業で生きていたストリートチルドレンの評価は、実に辛辣だった。

 犯罪を行うことに対しての心構えは、彼等の方が上手のようである。一般市民にはわからないわずかな挙動で、シャランラの心境を見抜いていた。

 それだけの洞察力を持っていることを褒めるべきか、裏社会生活から抜け出せないことを注意するべきか、迷うところである。

 何にしても、シャランラはハンターに目をつけられたことには変わりない。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 時は少し戻る。

 弟の聡を尾行し始め、拠点を探り当てようと企むシャランラこと【麗美】。

 そこで、聡が知り合いの女性達と食堂で会話している姿を目撃した。


『へぇ……この世界にも知り合いがいるみたいね。これは僥倖だわ』


 昔、麗美は聡とつきあっていた少女の兄に近づき、金銭を貢がせた経験がある。

 同じ女性同士なら相手の好みなどを調べ上げ、相手に不信感を与えないよう誘導することができる。懐に入り込めばこちらのものだ。

 また、女性は一度不信感を持つと、簡単には元の信頼感を取り戻すのが難しい。

 まして友人同士となれば、自分の恋人でも疑い始める。そう仕込むことで、自分の行動から目を背けさせる手口を得意としていた。

 恋人の兄には盲目的になるよう献身的な女性を演じ、少女には話の合う気の良いお姉さん的な立場をとった。聡がいくら『あの女は信用するな』と言ったところで、信頼関係を築いた後では逆に嫌悪感を持たれるようになる。

 結果、聡と少女の仲は破綻した。

 騙された少女の兄は引きこもりになり、聡を信用しなかった少女は、身勝手にも聡を責め立てた。何度も忠告をされたにもかかわらずだ。

 麗美に言わせれば、『それくらいで信頼関係が壊れるなら、結局はその程度の付合いだったってことでしょ?』とのことだ。

 しかも、用がなくなればあっさりと捨て、別の男を見つけていた。

 中学生の時からこうした悪行を重ね、悪い意味で研鑽を積んできたのである。


『……とは言え、あの女達は傭兵かしら? 剣士が二人に魔導士、それに司祭……RPGね』


 麗美も決して馬鹿ではない。

 傭兵の生活は困窮している者が多く、高額依頼など滅多にない。とても金を持っているようには見えなかった。


『奴隷商人に売ったら、良い金額になりそうよね。あのスタイルに容姿……ムカつくわ』


 麗美はルーセリスやジャーネ、そしてレナに悪意を向けていた。

 何しろ彼女の実年齢は現在四十七歳。若く美しい女性達は嫉妬の対象であった。

 しかも、彼女は若返るために【回春の秘薬】に手を出した。その結果は言わずものかなである。自業自得なのだが、麗美の辞書に反省の文字はない。

 自分の失敗は他人のせいだと本気で思っているのだ。

 

『ちょうど良いわ。聡の知り合いなら、私のために犠牲になっても良いわよね。だって、お友達になるんだし……フフフ』


 見事なまでの腐りようである。

 だが、働かずに他人を犠牲にしてきた麗美にとって、これは普通なのだ。

 そして、実の親や弟から何を言われようと、彼女は決してこの生き方を曲げようとはしなかった。

 ある意味では一貫していると言える。

 これで潔さがあれば誇り高い悪なのだろうが、残念なことに彼女はどこまでも小悪党である。高潔にはなり得ない。


『そうね……筆跡が分るものを手に入れられれば、後はどうとでもなるわ。どうせ科学的な調査なんてしないでしょうし、本当に良い世界よね』


 この世界の契約書のほとんどが、個人のサインで書かれる。

 たとえ契約した相手が別人でも、筆跡が同じであればその契約は受け入れられてしまう。

 要は戸籍と筆跡さえ確かであれば、本人でなくても金を借りるなどの契約が可能なのだ。ゆえに悪質な犯罪者に利用されることが多い。

 そう、この世界に指紋鑑定などの調査方法など存在していなかった。

 商人にとって、契約書は金庫に保管するほど厳重に管理が必要なものなのである。

 

『それにしても、いつまで話してんのよ! いい加減に動きなさいよ!』


 店の外席で話をする聡と女性達。

 ついでに小生意気そうな子供達もおり、それがいっそう苛立ちを募らせる。

 麗美は子供も嫌いであった。

 聡が会話をしている時間はさほどでもないのだが、待つ間はかなりイライラと組んだ胸元の腕を指で叩き、冷静な思考ができずにいる。

 彼女は待つのも嫌いであった。ついでに言えば麗美は賞金首であり、指名手配犯だ。

 こうしている間にも賞金稼ぎが現れるかもしれない。

 そうこうしている間に、ゼロスは手を振ってその場から離れていく。


『……待たせるんじゃないわよ! まったく、弟のクセして気の利かない』


 ようやく動き出した事に安堵し、急いで聡の後を追う。

 無論、顔が見えないようにフードを被り、周囲を警戒しながらいつでも逃げられる体勢を整えながらだ。

 

『見てなさい! アンタの財産は全部私がもらってあげるから……ウフフ』


 顔を隠してはいるが、そこには悪辣な笑みを浮かべていた。

 しかし彼女は忘れている。聡が麗美の行動を最も理解している人物であり、こと実の姉に関してはこれからの行動を予測することが可能な相手であることを――。

 そして、食堂の前を歩く麗美を、まるで獲物でも見るかのような子供達がいたことに気付かないでいた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「おや?」

「「「コケ!?」」」


 教会の横道を通り自宅の前に来ると、三羽のコッコ達の姿があった。

 サントールの街に帰ってくる間に別れたウーケイ達である。


「おかえり、収穫はあったかい?」

「コケ、コッコケ。(実に良い修行ができましたぞ、師父。やはり実戦は良い)」

「コッコケ。(うむ、我等も未熟さを知りました。これいっそう修練に努めますゆえ、手ほどきの程をお願いします)」

「コッ、コケ。(獲物を逃す失敗を犯しましたが、それは未熟さゆえ。拙者達もまだまだですな)」

「獲物を逃した? 君達が? 信じられないな……」


 ゼロスはウーケイ達の非常識な強さを、誰よりも一番理解している。

 もはやワイヴァーンクラスであれば楽に勝てると踏んでいた。そのウーケイ達が敵を逃がすとは考えられないことだ。


「いったい、どんな魔物と戦ったんだ? ドラゴンでもいたのか?」

「ココケ。(黒いヤツでしたな)」

「コケケ。(うむ、姿は話に聞くドラゴンに近い。しかし……異質であった)」

「コケコケッコ。(アレは、異様な魔物でしたな。体毛や羽毛のない場所に、人の顔が無数に浮き出ておりました)」

「……そんな魔物、いたかなぁ~? 新種? 希少種? わからん……」


 ウーケイ達の話を聞く限り、該当する魔物に心当たりはない。

【ソード・アンド・ソーサリス】の知識の中にも、彼等が言うような魔物の存在はなかった。

 これが異世界だからなのか、それとも何らかの要因で発生した魔物なのか、決定するには情報が足りなすぎるのだ。


『人の顔が浮き出た……ねぇ。該当すると言えば………』


 記憶にあるのは、最終ボスである【邪神】である。

 臓物で作られた巨大な顔のような姿。その表面にはおぞましい顔が無数に浮き出ていた。

 形態を変えてもその特徴は消えず、攻撃をする度に嫌な絶叫を上げていた記憶がある。


『邪神…は、今ウチにいるしなぁ~。【邪神石】の影響か? いや、あの異様な気配を放つ意思を魔物が取り込むとは思えんし、何だろうねぇ?』


 妙に引っ掛かるものがある。

【邪神石】は生物を吸収し、宿主である体を強制的に変質させるのが特徴だ。

 当然人間を取り込めば、変化の過程で人間の顔が浮き出ることもある。

 しかし、魔物は気配に敏感な贅物だ。異様な瘴気を放つ【邪神石】を体内に取り込むとは思えない。


「考えても仕方がないか……。長旅で疲れただろ? ゆっくり休むといい」

「コケ。(お気遣いありがたく)」

「コケッケケ。(さて、今夜はゆるりと休めそうであるな)」

「コケケケ。(まともに休めなかったからな。帰ってくる場所があるというのは、実に幸せなことだ)」

「君達、一体どこまで行ってきたんだ?」


 ゼロスは、ウーケイ達が凶悪な大自然の洗礼を受けたのだと知った。

 そのウーケイ達は鶏小屋で、帰還するなり他のコッコ達に囲まれてしまう。

 今夜は仲間達と武勇伝を語り合うのであろう。彼等はまだ休めないようだ。


「さて……万が一の準備でもしておこうかねぇ」


 家の中に入ると、リビングに放置されていた実験器具の元へ向かう。

 インベントリーから【スライム核】と【白陽樹の樹液】、そのほかの薬品も取り出した。

 中には【鉄のインゴット】まである。


「んお? ゼロスさん、おかえり……。遅かったな?」

「アド君か、寝てたのか? ユイさんの所には顔を出したのかい? 一日でも顔を出さないと、刺されるぞ?」

「怖いことを言うなよ! 現実的にありそうで、マジで怖いだろ!」

「二度も言ったか……本気で怖いんだねぇ」

「実際、身重でなければ本気で刺すぞ……アイツは。それより、帰ってくるなり調合か? 今度はどんな物騒な物を作る気だよ?」

「素材を見れば分かるでしょ。【木工接着剤】と【鉄粉】だよ……。必要になりそうな気がしてねぇ」

「そんなもん、何に使うんだ?」


 そこでアドに、実の姉であるシャランラの存在を話すことにした。

 ある程度の説明をし終えた後に、彼は凄く苦い顔をする。


「……嫌な姉弟だな。ある意味では似たもの同士じゃねぇか」

「その評価は嫌だねぇ。あんなヤツと同類扱いは屈辱だよ。僕はねぇ、【ソード・アンド・ソーサリス】では好き勝手にやったけど、現実であんなことはしないさ」

「いや、説得力がねぇから……。派手にやらかしてんじゃん!」

「それでも、【ソード・アンド・ソーサリス】の時に比べたら大人しい方だぞ? さすがに防衛戦で味方を吹き飛ばしたり、凶悪な魔法薬をばらまいてハイテンションにしたりしないさ。君もやらかしてるはずだし」

「うっ……なんか、知られたくないことを悟られている気がする」


 以前、橋の工事現場に現れた魔物を思い出していた。

 その魔物を倒したとき、【邪神石】を回収している。

 普通に考えれば、瘴気を放つ石を好んで所持する者はいない。魔物か人間のどちらを実験に使ったかはわからないが、人為的なものを感じていた。

 そこに【プレイヤー】が関わっていたとするならば、最も疑いが高いのはアドである。

 イサラス王国に所属していたからこそ、軍事的利用を考慮して実験した可能性が高い。


「まぁ、国の内情には関わり合いになりたくないしね。何も聞かないでおいてあげよう」

「そうしてくれ……下手をすればヤバイことになるからな。ユイを残して牢獄入りは洒落にならん」

「……………今の台詞も聞かなかったことにしておいてあげよう。疑惑が確信に変わったけど」

「…………………マジで、頼んます」


 知り合い同士で油断したのか、余計なことを言ってしまったアド。

 まぁ、ゼロスとしても知り合いが牢獄入りは避けたく、何よりもユイに刺されたくはない。

 恨まれるのは遠慮したいのだ。


「しっかし、ゼロスさんの姉ねぇ……ゲーマーだったのか?」

「そんなわけないでしょ。食っちゃ寝の碌でなしで、金があれば無駄に浪費するような女だぞ? 引きこもってオンラインゲームなんてあり得ない」

「じゃぁ、なんで【ソード・アンド・ソーサリス】に……」

「おそらく、金に困ってどこかの同胞オタクを籠絡し、転がり込んだに違いない。暇だから【ソード・アンド・ソーサリス】参加したけど、協調性がなくて仲間同士のプレイなんて無理だからなぁ~」

「あ~……なるほど、それでPKプレイヤーか」

「たぶん、僕達はあのビッチを処刑したことがあるね。【殲滅者】の二つ名前を聞いたとき、妙に恐れていたみたいだったから」

「どんだけ骨肉の争いをしてんだよ」


 現実でもヴァーチャルでも、この姉弟は引き合う運命にあるようだ。

 それはまるで磁石の磁力の如く負の引力に引かれ合い、闘争という反発力で離れることを繰り返す。

 互いのどちらかが消滅するまで、決して終わることのない呪われた運命。


「今度こそ、ヤツに引導を渡してやる。クククク……」

「こわっ!? まぁ、どちらにしてもこの世界は良い世界だよな。姉は犯罪を行うのに最適な世界で、ゼロスさんはその姉を始末するのに最適。ゼロスさんの場合は、そこに正義執行という大義名分がある……」

「本当に……実に良い世界ですよ。向こうでは科学捜査が発展しすぎて、どんなに憎らしいヤツでも人権というものが邪魔をした。殺したら罪だったからねぇ……始末したくてもできなかったんだよ」

「ゼロスさんに迷いがないのが恐ろしいぞ……。既に手を打ってそうだし」

「当然! この時のために色々と協力者を得ている。公爵家の人間を暗殺しようとしたのが運の尽きさ。生死問わず指名手配されているからねぇ」

「それ、意図的にリークしたんだろ。地球でできなかったことを、この世界で叶えようって言うんだからな」

「フフフ、当然じゃないか。奴の存在を知った僕が、この好機を逃すとでも?」


 悪辣な笑みを浮かべたゼロス。

 その顔を見て、アドは震えが来るほど恐ろしかった。

 ユイの恐怖とはまるで異なる、人の憎悪という純粋で禍々しく黒い感情は、見ているだけでも背筋が凍るような思いだ。


『俺……この人を敵に回す真似は絶対にやりたくねぇ。恨まれたら地の果てまで追いかけてきそうだ』


【ソード・アンド・ソーサリス】のゼロスがハッチャケた怖さなら、今のゼロスは邪悪な妄執の怖さである。恐怖の質がまるで異なる。

 この凶悪な魔導士に狙われた姉にさえ近づきたくない。


「そうそう、ヤツを始末するならば、別にアド君が直接殺ってくれても良いですよ? 新婚で、しかも子供が生まれる。生活費も大変だろ?」

「しれっと俺の手を汚させようとしてね!?」

「ハッハッハ、賞金が入ればしばらく生活は安泰だよ? 悪い話じゃないだろ。生死問わずなんだし」

「つまり始末できるなら、その場で殺そうが処刑台だろうが、どちらでも構わないと?」

「ヤツも人のために死ねるんだから、それは名誉なことなんじゃないかね? どうせ毒にしかならない女なんだしねぇ……」

「俺には、ゼロスさんの方が猛毒に思えるぞ……。関わりたくない」


 悪魔は存在する。

 アドはこの時、本気でそう思うのであった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「忘れてたわ……。あの化け物達の存在を……………」


 ゼロスの拠点を見つけたシャランラであったが、庭先には白い悪魔達の姿があった。

 しかも、その数は以前に出会った三羽だけではない。ヒヨコを含めると更に倍の数が存在するのだ。

 仮に【シャドウ・ダイブ】で影に潜ったとしても、恐ろしく勘の鋭い悪魔達は気付く可能性が高い。逃げることができず袋叩きに遭うのは目に見えている。

 三羽だけでも厄介なのに、そんな化け物が野放しで庭先を歩いているのだ。これでは家に侵入して金目のものを奪うこともできない。


『でも、聡のことだから、金目の物はどこかに保管している可能性もあるわね……』


 聡のサラリーマン時代、シャランラは彼の社宅に転がり込んだ。

 だが、通帳などの物は見つからず、金を引き出すことができなかった記憶がある。

 自分という存在を確認したとき、おそらくは色々と対処した可能性が考えられた。


『厄介ね……家には近づけず、よしんば侵入できても金目の物がどこにあるかわからない。おそらくインベントリー内だろうけど、素直に渡すような真似はしないことは確実。実力も向こうが圧倒的に上だし、顔を合わせれば速攻で殺しに来る』


 標的が強すぎて、近づけないことが判明してしまった。

 妄執に囚われて後をつけたが、よくよく考えてみると敵対するにはレベルが高すぎる。

【身代わり人形】や【贄の形代】といったダメージ無効化アイテムはほぼ使い切り、手持ちは残りわずかだ。【魔人形】も既に聡の手で破壊されている。

 迂闊に姿を見せれば瞬殺は確実だった。


『なんて面倒なヤツなのよ! こうなると打てる手は一つしかないわ……。聡、アンタの生活を壊してあげる。この私を敵にしたことを後悔なさい!!』


 逆恨みも、ここまで来ると凄いとしか言い様がない。

 残りの寿命を考えると、彼女は今すぐ行動に移さねばならない。こうして麗美は動き出す。

 麗美と聡――いや、ゼロスとシャランラ読み合いが始まった。

 そんな彼女を見つめている一人の男に気付かず――。




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