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おっさん、被害者と出会う


 人は時に、会いたくもない者と偶然に、しかも何度も出会うことがある。

 また、会いたくもない人物に限って、執拗に探し当てることがある。


 ゼロスこと【大迫 聡】を探していたシャランラ。

 目的は【回春の秘薬】の効果を打ち消す魔法薬を求めてのことだが、残念なことにそんな魔法薬は存在しない

 そして、ありもしない物を求めて、彼女は弟を探していた。 一時はメーティス聖法神国の異端審問部に身を寄せていたが、非常識な生物によって壊滅した。彼女にしてみれば居心地の良い場所であったが、もはや戻ることもかなわない。

 何しろ、シャランラは公爵家の跡取りを殺そうとした大罪人であり、既に各国に指名手配をされた身の上である。 異端審問部は、たった一度のミスも許されない非情の部署であり、シャランラ達は【グレート・ギヴリオン】をソリステア魔法王国に押し付ける任務に失敗した。

 所詮は犯罪者なので使い捨ての駒にされることは理解していたが、所属して早々に拠点を失ったことは痛い。異端審問部は犯罪者の集まりゆえに、メーティス聖法神国が発行した免罪符によって一時的にだが全ての罪を不問にされている。駒として動く限り全ての罪が許されるのだが、工作活動が他国で存在がバレただけでも簡単に切り捨てられる。

 しかし、彼女にとって重要なのは活動資金だ。資金は国から出ているもので、異端審問部に身を寄せている限りは金銭的に不自由しなかった。

ただ、それも昔の話である。


『聡……いつも私の邪魔なばかりして、見てなさい! 必ずアンタに復讐してやるんだから……』


 前を歩くゼロスを尾行しつつ、悪態をつく。

どう考えても自業自得なのだが、残念なことに彼女はどこまでも自己中心的な人物だった。そして自分が悪いとは思わない。

 そして、なぜ実の弟にここまで毛嫌いされるのかもわからない。最悪なことに、彼女はどこまでも本気で生きていた。

 どこぞの魔法具店の店員と方向性が違うが、同種の人間と思って良いだろう。

 タチの悪いことに、彼女の方は逆恨みが激しかった。


『それにしても、いい加減に家に帰りなさいよ! 私のお金を返して貰うわよ』


 どこまでも本気で生きている彼女は、『弟の金=自分の金』という認識ができあがっている。ゼロスの財産は自分のものと心の底から思っているのだから最悪だ。

 どうすればこんな人間ができあがるのか不思議だ。

 当人にはまったく悪気がなく、とことん自分の主義を貫いている。自分以外の他人を道具としてしか認識しておらず、それに対して疑問にすら思わない。

 彼女にとってはそれが当たり前の話なのだ。そんな人物に係わってしまった者が、今まさに自分の後を尾行つけてくるなどとは思っても居ないほど、彼女は他人に対して無頓着でもあった。

 そう、ザボンである。


『……シャーラ。やはり俺は騙されていたのか? それに、あの男を尾行しているようだが、何者だ?』


 彼は愛に狂った者であった。

 シャランラに利用されていたとは知らず本気で愛し、有り金を奪われた被害者だ。

 サントールの街に来るまで幾度となく自問自答し、その結果、見る影もなく変わり果ててしまっていた。

 体は痩せ、目元は窪み、漁師として鍛え抜かれた体は疲労からか、何度もふらつきながらも執念でシャランラの後を追いかける。

 今の彼の姿をシャランラが見ても、決して彼だとは気付かないほどに変貌していた。


『まさか、ヤツは新しい男か!? だとしたら、いや、騙されている可能性もある。シャーラ……君の目を覚まさせてあげるよ…』


 どこまでも愛を信じたい男は、ゼロスに殺意を抱いた。

 だが、彼の殺意はゼロスに感づかれてしまう。


「ん?」


 突然振り返ったゼロスに、シャランラは咄嗟に路地裏に隠れ、ザボンは反応できずその場に取り残された。

 ザボンはゼロスがこちらを見ていることに戸惑い、しかし動くことができないでいた。


『な、なんだ……体が………動かない…』


 ザボンは動揺する。

 まるで金縛りに遭ったかのように、彼の体は指一つ動かすことができない。

 これは、ゼロスが振り返った瞬間に殺気を叩き付け、ザボンの体を硬直させただけの話だ。

 よく魔物が使う【威圧】と呼ばれる能力と同種のもので、武の一定の領域に踏み込んだ者が可能とする技である。実際はその領域にたどり着けた者は少ない。

 そんな攻撃を受けたザボンは、何が起きたのか理解できずに混乱した。

 

『これは……なんだ!? 何が起きて……』

「君……大丈夫かい? なんか、凄く顔色が悪いようだけど?」

『!?』


 いつの間にか、自分が殺意を向けた男が傍にいた。

 心臓が早鐘の如く鳴り、震えが止まらない。


「えらく体が弱っているみたいだが、大丈夫か? 体も震えているし、ちゃんと食事をとっている……訳がないか。不憫なほど痩せてるからなぁ~……」

「……し、しばらく……何も食べていなかった。金が………なくて」

「ふむ……。これから飲みに行くけど、君も来るかね? なんか事情がありそうだし、話をするだけでも気が紛れることもあるだろう。どうだい?」


 ザボンは当惑する。

 しかし、これは逆にチャンスでもあった。


「……酒は、無理だ。今飲んだら倒れる……」

「そうか……。金もないという話だし、食事は僕が奢ろう。なんか、僕に聞きたい話でもあるみたいだしねぇ」


 ザボンの背筋に冷たい汗が流れる。

 彼の人生の中で、出会ったことがないほど『危険』な人物だと思った。

 チンピラのような素人丸出しの強さと違い、熟練の傭兵のようなしたたかさと観察眼を持っている。逆らえば何されるか分ったものではない。

 何より、この男と愛するシャーラの関係が気になる。

 ザボンはこの誘いを断らず、受け入れることに決める。


「……いいのか?」

「今日は少し儲けが出たからねぇ、一人分の食事くらい余裕はある。なにやら思い詰めているようだし、酒の場ということで相談にも乗ろう。タダの気まぐれさ」

「では……お言葉に甘えることにする。まだ、倒れたくないんで……な」


 こうしてザボンは、予想外の展開に当惑しながらも、ゼロスとともに近くの酒場へと入っていった。

 そして、その光景を見ていたシャランラは……。


「……脅かすんじゃないわよ! でも、マズイわね。酒場に入られたら、隠れる場所がないわ。店に入るわけにも行かない。聡に気付かれるわけにも行かないし、あの男……余計な真似をぉ~!!」


 ザボンに気付くことはなかった。

 風貌が変わり果てていたこともあるだろうが、彼女にとってはザボンとの生活は全て終わったことであり、最早頭の片隅にすら残っていない。

 利用した相手のことなど直ぐに忘れてしまうのだ。ある意味で、もの凄くポジティブであった。酷い女とも言う。


『仕方がないわね……。近くの店から様子を窺えばいいかしら? どうせしばらくは出てこないだろうから、食事でもしながら待つとするわ』


 そしてシャランラは、対面にあるカフェに入ることにした。

 ここで怪しまれるわけには行かず、かといって酒場の前で待つわけにも行かない。苦渋の選択とも言える。

 何しろ彼女は金がない。ザボンの家から盗み出した金はすでに尽き、安いボロ宿に泊まるのでギリギリである。

 無論、そんな生活に耐えられるシャランラではないことも確かだ。

 だが、生き汚い彼女は残り少ない寿命のこともあり、選択肢が残されていない。結果、紅茶一杯で二時間近く粘ることとなる。

 店にとっては嫌な客となるのであった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ゼロスは、自分に殺気を放った男が気になった。

 この世界で恨みを買った覚えはない。いや、どこかで恨まれることをしたことがあるかも知れないが、ゼロス自身には身に覚えがない。

 動きが素人臭く、傭兵のような荒事を生業としているようには見えない。こうなると男の素性が嫌でも気になってくるものだろう。

 取り敢えず二人はテーブルに着き、手元に置かれたメニューを開く。


「好きなものを頼んでくれてもいいですよ……おっ? 【ボロモロ鳥のピリ辛揚げ】ですか、気になっていたんですよねぇ。これにするか」

「俺は……同じ物で構わない。この辺りの名物なんて知らないからな……」

「へぇ~……。(この辺りだと? つまり、サントールの住民ではないと言うことか。ますます恨まれる理由がわからんな)」


 色々と疑問に思うことが多いが、表に出さず様子を見ることにした。

 取り敢えず酒場で働くウェイトレスを呼び、冷えたエール酒とボロモロ鳥のピリ辛揚げ、スープとパンを注文した。

 料理の方は直ぐに来なかったが、エール酒は酒場なだけに出てくるのが早い。


「くぅ~~~っ! この一杯のために生きている気がするねぇ。そう思わないかい?」

「理解はできるが、この状況でよく飲めるものだ」

「用があるのはアンタの方だろ? 僕はアンタのことを知らないし、恨まれる覚えも全くない。どんな事情があるのか、多少は気になるところだが、無理して聞くほどのことでもないな。僕にはその程度の話だからねぇ」

「そうか……」


 目の前の男は、それっきり口を噤んだ。

 暗い。辛気くさい。酒場には似つかわしくない。

 周りの喧騒から彼だけが取り残されている。


「おっと、そう言えば名前を聞いていなかったねぇ。僕はゼロス。しがない魔導士だ。おたくは?」

「……ザボン。漁師をやっている」

「漁師……ますますわからんね。漁師に恨まれるようなことをした覚えなどないな。となると……第三者に関わりがあるとみた。誰だ?」

「………」


 ザボンは口を噤んで、それ以上のことは話そうとしない。

 正直じれったいが、ここで強引に口を割らせるわけにも行かない。この手のタイプは意固地になりやすいと判断したからだ。


『さて、どうしたもんかね? 見たところ生真面目なタイプだが、どうやって話を進めようか……。なにやら思い詰めた様子だし、下手に突いて感情的になられても困る』


 どうにも話ができる様子ではない。

 対面しているだけでも空気が重く、まるで妻に捨てられた亭主のようである。

 なんとか事情を聞き出したいところではあるが、とてもそんな雰囲気ではない。


『女にでも騙されたのかねぇ……ん? 待て、『女に騙された』!? まさか……』


 似たような状況を思い出した。

 かつて、地球で一社会人として仕事をしていたが、姉の麗美の暗躍でリストラされた。

 その原因が開発中の防衛プログラムが、他社に横流しされたことが原因だった。その主犯格の男に今のザボンの状況が良く似ている。

 信じていた者に裏切られたような、精神的に思い詰めた状況があまりに酷似していた。


『おいおい……あのクズ女、またやりやがったのか!? この分だと、まだ被害者がいそうな気がするな。だが、僕に辿り着いたのはどうしてだ? ヤツは指名手配されているし、姉弟とは伝わってないぞ』


 原因が姉の麗美であることは理解したが、自分に繋がるとは思えない。

 指名手配はされても家族構成などの情報は流されない。ゼロスに行き着くなど可能性としては低く、ゼロスも『姉がいた』とは伝えていたが公には知られていない。

 イリスやルーセリス達も麗美の――シャランラの名前は知らない。教えてもいない。

 まぁ、手配書で知られている可能性は高いのだが……。

 また、指名手配犯の消息を探るのは国の機関だけではなく、賞金稼ぎ達もいる。

 彼等は国運営の賞金稼ぎギルドに所属しているが、傭兵稼業に明け暮れるジャーネ達が、シャランラがゼロスの姉だと知ることもない。

 仮にゼロスがうっかり漏らしていたとしても、傭兵である彼女が賞金首の情報を覚えているはずもない。

 そもそも賞金稼ぎと傭兵では仕事の内容が異なるからだ。


「お待たせしました」

「あっ、どうも」


 そうこうしている内に、料理が運ばれてきた。

 唐揚げをエビチリ風にした料理と、トマトを煮込んだ野菜スープ。やや固めに焼いたパンが温かい湯気を出して食欲を誘う。


「なっ!? パンも酒場で焼いているのか……。それに、これが噂の【ボロモロ鳥のピリ辛揚げ】か! 『ピリ辛』というわりには辛そうだが、さてさて……」

「ぬぅ……本当にこれを食べてもいいのか? これは……俺にはかなり贅沢だぞ!?」

「構いませんよ。料金も良心的ですし、何よりも空腹ではまともな話もできないでしょ。しかし……これは、香りだけで酒が進む!」


 ほのかに鼻腔をくすぐるハーブの香りが、胃袋を刺激してならない。

 ザボンもまた、空腹も相まって生唾を飲み込んだ。


「ボロモロ鳥がいかほどの味か、確かめさせてもらおう」

「なぜ、そこまで意気込んでいるんだ?」


 ザボンは確かに空腹だが、ゼロスのように意気込むほどではない。

 腹に入れば良いと思っているので、味などに期待はしていなかった。

 そんな二人は、フォークにボロモロ鳥の唐揚げを刺し、静かに口へと運んだ。


「「!?」」


 一言で言うなら、『辛い』。

 しかし、その辛さの中に鳥独特の甘味の含んだ肉汁が、歯で噛んだ瞬間に溢れだし、口の中いっぱいに広がる。

 異世界の香草が肉の甘みを高い次元へと引き上げ、一口食べただけでゼロス達を陶酔の領域に誘う。

 エビチリに似ているがまったく異なる料理であった。


「「……………美味い」」


 この一言しかでなかった。

 いや、『美味い』の一言以外に並べ立てられる言葉など、もはや無粋と言っても過言ではない。それほどの美味さなのだ。


「な、なんという……。これが季節限定の鳥の美味さか!」

「こんな美味い鳥がこの世に存在していたのか! 俺が今まで食べていた鶏肉は、一体何だったんだぁ!」


【ボロモロ鳥】。冬になると、北から越冬のためにソリステア魔法王国近郊に飛来する、渡り鳥の一種である。

 正確には鳥型の魔物なのだが、その肉質は上品で甘みのある脂が実に美味で、多くの美食家達を虜にする。繁殖力が高いのも特徴だ。

 だが、この【ボロモロ鳥】は群れで行動し、更に言えば気性が荒く雑食性。

 別名、【空のゴブリン】とまで言われ、群れで襲われたら傭兵でもひとたまりもない。

 また、逃げ足も速く、捕らえることが難しい。


「「………」」


 二人は無言で極上の鶏肉を味わう。

 いや、良く見ると酒場からはいつの間にか喧騒が消え、無言で料理を味わう者達ばかりであった。

 聞こえるのは追加注文をする客の声と、微かに鳴る食器の音だけだ。

 食事を終えた頃には、二人は至福の笑みを浮かべていた。


「………生きていて良かった」

「あぁ……」


 ゼロスとザボンはこの世の幸せに満ち足り、もはや思い残すことは何もないというような笑みを浮かべている。

【食】、それは人が持つ原始的な幸福を満たす、根源的な本能。たとえ時代が進もうと、生物である限り本能には逆らえない。

 同時に二人は、今まさにその本能が満たされていた。

 二人は【ボロモロ鳥】の美味の余韻に浸り、無言でエール酒を飲み干す。


「……美味かった」

「満足だ……」

 

 これ以上にないほど、実に満ち足りている。

 当初の目的を忘れるほどに、二人は幸せであった。

 他の客達も、同じように幸福感に酔いしれている。

 時間は静かに過ぎていく。

 気付けば店内にナグリの姿もあったが、彼も満ち足りた表情を浮かべており、声を掛けるのは無粋と空気を読んで無言を貫く。 


「さて、腹も膨れたことだし、そろそろ本題に入ろうか」

「……どうでもいいが、どれだけの時間が過ぎていったんだ?」

「些細な問題だ」


 正確には二時間ほどだが、美味に酔いしれた二人には時間が短く感じ取れていた。

 その間に流れる時間を忘れ去るほどに、【ボロモロ鳥】は美味であったと言うことだが、同時にそれは本来の目的を忘れるというのと同義であった。

 だが、それを責めるのは酷というものであろう。

 美味なるものを口にすれば、誰しもその味に酔いしれるものだ。これは真理である。


「単刀直入に本題を切り出す。君に聞きたい。なぜ、あの時……君は僕に殺意を向けたんだ?」

「今となってはどうでもいいことだが……俺はある女性を探し続けていた」

「女性? 女性……ねぇ………」

「彼女の名はシャーラ……結婚を誓った女だった」

「シャーラ!? たぶんだが……その女は家を空けているうちに、金目の物を持って逃げたんじゃないのか? まるで襲われたかのように偽装して」

「……なぜわかる」

「ヤツの良くやる手だ。面倒事を僕に押し付けるんですよ……姉弟だというそれだけの理由でね」


 ゼロス――【大迫 聡】の高校時代、仲の良い女子がいた。

 当時は『恋人になれたら良いなぁ~』という少年らしい淡い期待の感情も持ったいたのだが、よりのもよってその少女の兄とシャランラ(麗美)は関係を持ち、金を貢がせるような真似をしでかした。

 聡の友人であった少女にも言葉巧みに近づき、やがて堂々と家に侵入するほど良好な関係を築き上げ、機が熟したとみるや貴金属や金を少しずつ盗んでいく。

 最終的には合い鍵も作り、家に人が誰もいないことを見計らい侵入するほどだ。しかも証拠を残さない。

 合い鍵を作るにも県外にまで出るほどの念の入りようだった。

 更に、自分の罪を他人になすりつけるため、ガラの悪いチンピラとも関係を持っていた。

 麗美はその男に『脅迫されて手を貸した』と証言し、あくまで自分も被害者だと訴えるほどだ。要は使い捨ての駒である。

 そして、誰もが彼女の言葉を信じた。実際そのチンピラも窃盗行為を行っており、麗美が食い荒らした家に侵入させ現行犯逮捕をさせるほどだ。

 聡が『麗美を信用するな』と忠告しても、少女は『あんな良いお姉さんを信じられないの? 最低!』と言って受け入れなかったのだ。

 悪者にされるのは聡だけだったのである。

 結局その少女とは友達以上の関係になれず、逆に麗美のせいで恨まれることになった。それ以来、女性にはまったく縁がない。

 


「―――っと、昔から面倒を起こすヤツでね。僕としては早く死んで欲しいんですよねぇ~。まぁ、もうじき勝手に死にますけど……」

「姉弟……信じられん。どう見てもアンタより年下だろ! その話は信憑性に欠ける!」

「そこに『長生きできない』という理由が絡むんですよ。あの女は、【回春の秘薬】という魔法薬を誰かを殺して奪い去り、それを飲んで二十代の姿に若返った。

 問題は、この薬には副作用がありまして、一年ほどすると元の姿に戻ると同時に、更に若返って年数の倍の年数を老けるんです。効力切れですね」

「ちょっと待て! では……シャーラは今、何歳なんだ?」

「四十六……いや、四十七になるかな?」

「つまり……八十七歳の姿に!?」

「だからあの女、必死で僕のことを探してるんだよねぇ……。解毒薬なんて持ってないのに、人の話を信じないんですよ。どこまでも自分の都合の良いものしか見ていない」


 ついでに言ってしまうと、急速な老化現象に耐えられず、死んでしまう者が多い。

 実際、【ソード・アンド・ソーサリス】の被害者プレイヤーは大半が死に絶えて、アバターをもう一度作り直さねばならなくなった。

 生き延びても老人ができあがるだけだった。


「……アンタが飲ませたわけではないよな? それに、その話が真実かは証明しようがない」

「別に、僕はどうでも良いんですよ。どうせあの女は指名手配犯だし、賞金稼ぎに命を狙われている。生き延びても老婆に変わるか死ぬだけ、自業自得だから良心も痛まない」

「クッ……シャーラ………嘘だ……そんな女だったなんて」


 ザボンは未だに未練が残っており、ゼロスの言った話も信じられないでいた。

 記憶にあるシャーラがシャランラであると信じられず、幸せな時間に縋ろうとしていた。

 そして、これがシャランラに関わった多くの被害者が抱く心境なのだ。それだけに不憫でならない。


『毎回、良くもまぁ~ここまで自分に依存する被害者を作れるものだ。そこが恐ろしいところだが、最初の手口以外は時間差で杜撰になってくんだよなぁ……』


 困ったことに、こうした心の問題にゼロスの言葉など届きはしない。

 自分で解決しなくてはならないのだ。


「ハァ~……仮に、君の信じるシャーラって人が、僕の姉と同一人物だったとして、その後はどうする気だい? 泣き寝入りか、それとも復讐か……」

「そ、それは……」

「話を聞く限り、どうもかなり良い思いをさせて貰ったようで。それが全て偽りだったとし仮定し、君はこのあと、どう行動するのかを聞いている」


 ザボンの記憶にあるシャーラは、まるで聖女であった。

 だが、その姿が自分を騙すためのもので、本質は醜悪な犯罪者であったときのことを考えてすらいなかったのである。

 最近まで過ごした幸せな光景が、彼に復讐心を持たせてくれない。しかし激しいまでの独占欲は今も業火のように燃えさかっていた。


「……俺は、確かめたい。本当にシャーラが外道な女かを………」

「ふむ……わかった。少し手伝ってあげよう」

「何をする気なんだ?」

「ここに、ある秘薬がある。これを解毒薬と称して彼女に見せるんだ。筋書きはこんな感じで……(ゴニョゴニョ)」

「そ、それは悪辣すぎないか?」

「僕は、間違いなく引っ掛かると思うんだよねぇ。それに、あの女は僕を尾行していたわけでしょ? 間違いなくこの近くにいるはず。君は奴の行動を見て決めれば良い」

「………承諾はする。だが、どう行動するかは俺の判断で良いのか?」

「構いませんよ。その前に色々と渡しておく物があるけどねぇ」


 ゼロスは罠の段取りを彼に伝えた。

 その準備が整った後、ザボンとは時間をおいて酒場を出ることにする。


『気が緩んでいたか……。まさか、ヤツに尾行けられていたとはねぇ。まぁ、手間が省けたと思えば良いか……』


 酒場を出ると、ゼロスはさっそく周囲の気配を探る。

 すると案の定、酒場の対面にあるカフェから視線を感じ取った。


『いたわ……。気配を消しているようだが、かなりお粗末だな。なんで気がつかなかったんだ……』


 かなり粘着質な視線だ。普通なら気付くレベルのネチっこい、嫌な気配である。

 そんな気配に気付かなかった自分に、反省するのであった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「やっと出てきたわね……。何時間待たせるのよ!」


 長時間酒場にいたゼロスに対し、シャランラは影から苛立ちの言葉を投げつける。

 しかし、ここで出て行っても返り討ちか、あるいは賞金首として突き出されかねない。

 ここは我慢のし時だと逸る心を抑えた。


『さて、後を尾行けるわよ! アイツの住処を見つけて、金目の物を全部いただいてやるわ』


 意気込んでカフェから出て行くシャランラ。

 その姿を見ていたウェイトレスは、『やっと帰ってくれたわ。紅茶一杯で長時間も粘るんだから……』と悪態をついていた。

 そんな店の様子など気にもとめず、ゼロスの後を尾行する。

 そして、そのシャランラの背後を酒場の入り口で様子見していたザボンが尾行を始める。

 

『シャーラ……君が何を考えているのか、確かめさせてもらう』


 悪女に利用された男は、その想いから別の決意を抱き始めていた。



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